ペルソナ3
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伊織のリクエストでロールキャベツを作った夕食時、最近学校で噂になっている怖い話を伊織が話題に出した。
というのもこの寮は特殊な事情で集められた生徒が過ごしている場所であり、その者達の面倒を見る者にも影時間への適性を持っているなどの条件が必須となる為そう簡単に適任者を見つけることが出来なかったらしい。その為他の寮の様に管理人や寮母が居らず、アマネが来る前の寮生達は各自で食事の用意や洗濯をしていたという。
とはいえ彼らも未成年。親の庇護から離れて数年で衣食住全てを完璧にこなせる訳もなく、洗濯や掃除はともかく食事は外食や総菜で済ませていた。
そんな状況を見て人生経験数回目のアマネはキレたのである。育ち盛りの子供がそんな出来立てでもなければ健康バランスを考えられない食事ばかり摂っていて良い訳がないと。
結果、アマネはこの巌戸台分寮の食事を担当することにしたのだ。
話を戻して。
そう言えば二年の先輩が苛めにあったとか夜中の学校に居たとか色々な噂を僅かだがアマネも佐藤から聞いている。信憑性があるものも無いものも混ざってしまったそれは、正直噂話だけが独り歩きしている部分もあるだろう。
「学校に食われた、とはいい得て妙な表現ですねぇ」
「お、マジ?」
「影時間にシャドウの巣窟になる学校ですし、人を食いもするでしょう」
味噌汁を飲みながら言えば美鶴と真田が何か引っかかりを覚えた様に考え込む。食事も終わりかけだからまだ良いが、考え事をしながらの食事は良くない。
結局は岳羽が、しょせん噂だと強がったがばかりに噂について調べる羽目になっていた。
夕食を終えると岳羽が早速ラウンジの受け付けにあるパソコンを使って、噂について調べ始める。少し躍起になっている様だが大丈夫なのだろうか。そう思うもアマネはすぐには手伝えなかった。食事後の片付けがあったのだ。
そして片付けをしている時に幾月理事長が来た。
彼はアマネ達が通う月光館学園の理事長であり、影時間やシャドウの事も知っている。アマネ達の活動に対し直接的な指示を出してもいる、言わば司令官的な役割の人物だ。
「ここには慣れたかい?」
「ええ、誰も料理出来ないのには驚きましたが」
「数ヶ月前まで中学生だった君が出来るほうが僕には驚きだよ。今日も君が?」
「伊織先輩のリクエストでロールキャベツでしたよ」
「良いなぁ。僕より良いもの食べてるんじゃない?」
最低限の礼儀として挨拶をしてから中断していた片付けを済ますためにキッチンへ戻り、片付け終えてから冷蔵庫に入れていたプリンを取り出してラウンジへ向かえば、ラウンジには有里以外の全員が揃っている。
「プリンありますけどどうですか?」
「は? プリン?」
「まさかそれも手作りか?」
驚く伊織と真田には悪いが間違う事なき手作りだ。多めに作ったから理事長に出しても余裕があった。
リクエストされたロールキャベツを作るに当たって、足りない材料を買いに行ったら卵が安かったので久し振りに作りたくなったのである。いわゆる衝動買いだ。
作るのは良いがあまり食べないのでいつも処理に困っていたのだが、寮生活だと食べてくれる人が居てとても助かる。パソコンに向かっていた岳羽も差し出せば手を止めて食べ始めた。
「何か進展有りました?」
「無いよ。E組の子か校門で見つかった子の話ばかり。なんかもう混ざっちゃいそう」
「繋がる様な話なんですか?」
「斑鳩君も学校の噂とか興味無いタイプ?」
「そうですね。……そういえば有里先輩は部屋ですか?」
ソファでプリンを頬張っていた四人に尋ねれば、伊織がスプーンを咥えたまま答える。
「お前が片付けしてる間に出掛けたぜ」
「……プリン取っといたほうが良いですかね?」
「オレが食べる!」
***
「――ペルソナ」
引き金を引くと同時に聞こえる硝子の割れる音。
閉じていた目を開けば目の前に己のペルソナであるイブリスがいて、アマネは縋りつく様に抱き着いた。
ペルソナを出せる様になってから影時間になる度この行動を取ってしまうのは、未だに『×××』が使えないという事実を受け入れられないからだとアマネは自己分析している。
イブリスに欠けた『×××』の代わりをさせているということは分かっていた。けれども慣れるまでは影時間になる度にイブリスを召喚し続けるだろうとも予測している。それだけ今の自分がアンバランスなのだ。
タルタロスでもないのに召喚している事が先輩達にバレたら、やはり怒られるだろうかと頭の片隅で考えつつ目を閉じる。
もう一人、もしくは内心の自己である故か、イブリスは無言でアマネに膝枕をして頭を撫でた。命じた覚えはないがイブリスはいつもそうする。
普段であればそのまま眠ってしまって、影時間が終わると同時にイブリスが消える気配だけを知覚するのだが、ふとアマネはイブリスの膝から頭を上げた。
ベッドから降りて一度イブリスをしまい、念の為に武器のナイフを持って部屋を出る。向かった先は有里の部屋。
「……先輩? 起きてますか?」
返事は無い。
今夜はタルタロス行くことも無かったし、多くの人間が認識出来ないとはいえ日付も変わるような時間帯だ。起きてない事は充分にあり得る。だから寝ていてもおかしくは無いのだけれど。
知らない気配がしたのだ。
無論アマネだって壁やドアを挟んだ向こう側の気配など、普段であれば気にしない。タルタロスの中などでは今まで培ってきた感覚の多くを研ぎ澄ましている場合もあるが、ここは寮だ。
慣れた気配にまで逐一反応していてはアマネが疲れてしまう。
けれどもこの時、有里の部屋から寮生の誰でもない気配がしていたのだ。
人の気配に似ているが、少し違うようにも思う。ではシャドウかと言われればシャドウとも違うのだが、まだシャドウのほうが近いと言えた。
まさか襲われているのかと考えて来てみたのだが、もう一度ノックしたことで出てきた有里は寝ていたらしく目が開いていない。
「……何?」
「その、何か異変があったりしませんでした?」
人の気配がしました、なんて正直に言えるわけもなくただぼかして尋ねると、有里は別に、と答えた。
「それだけ?」
「すいません夜遅くに」
「影時間だから。少し緊張してるんじゃない?」
今はもうあの気配はしない。気配は気のせいだったのだろうかと内心首を捻りながらもう一度謝って自室へ戻ろうとしたら、背中に声を掛けられる。
「順平に聞いて、プリン食べたよ」
伊織にあげず結局残しておいたプリン。
いつの間に食べたんだ、と思いながら曖昧に返した。
***
「怖い話ぃ? ナニソレ、オレに聞く?」
「嫌ならいい」
「あーゴメン! ゴメン斑鳩分かったからノート貸してください!」
次の授業で提出となっている宿題を忘れた佐藤にノートを差し出す。佐藤はそれを必死になって写しながら怖い話ねぇと呟いた。
「お前そういうの気になる派?」
「別に気にならねぇけど、寮の先輩が」
「ああ、そういうこと。お前が知りたい怖い話ってこの学校で最近起こったやつだろ? 桐条先輩に使われてんの?」
佐藤はどうやらアマネが最近噂になっている怖い話について尋ねる理由を、桐条に頼まれたからと考えたらしい。彼女が生徒会長なので学校の噂をよく思っていないとでも考えたのか。
実際は違う先輩が調べていることだし、アマネ自身がその噂を詳しく知らないから聞いただけなのだが、勘違いさせておいたままのほうがいい気がした。
憧れや理想は高いほうがいいと思う。
「つってもオレだってあんまり詳しく知らないよ? だってホラ、噂の人って二年生じゃん」
「そうなのかぁ?」
「そっから既に知らないのかよ。校門前に倒れてた人達、皆二年生でちょっと不良っていうの? 学校にも化粧とかしてきてるっていうか、ギャル系?」
「二年生の時期が一番色々落ち着いてるから、そういう傾向に走りやすいよなぁ」
「お前は何を悟ってんの? まぁ最近は無気力症も流行ってるし、たまたま校門前にいただけだと思うよ。オレは」
授業が始まって教師の話を聞きながら少し整理してみる。
校門前に倒れていたという噂の当事者は二年生。そして複数。
佐藤は無意識だったようだが会話の中で複数を示す言葉を使っていた。詳しくないと言っていたのに無意識にでも複数形を使ったということは、佐藤が聞いた噂の関係者は複数人いるということだ。
全員かどうかは分からないが、一人はおそらく女生徒だというのも佐藤の話から分かる。それも現役女子高生を絵にしたような、勉強より化粧や遊ぶことに興味を向けている感じの。
噂の種類は二つ。そしてどちらも『校門前に倒れていた』
その共通点は見過ごしていいのだろうか。
よく分からない。ノートの隅に書いたメモ代わりの情報を消しながら、こういう時『×××』が使えれば苦労しないのに、と思いつつ舌打ちする。
聞こえたらしく隣の佐藤が何事かと振り向いた。
***
週末、ラウンジに降りると岳羽達が顔をつき合わせて何か話し合っていた。アマネが自分の飲み物を用意するついでにその三人の下へと持っていけば、彼女達はどうやら怪談についての報告会をしていたらしい。
「で、明日不良が集まる路地裏へ行ってみようと」
噂の当事者達が家出を繰り返し不良とつるんでいたらしい。その不良達の話を聞けば更に何か分かるかも知れないとはいえ、その行動力には感服する。
「でも危ないですよ」
「だよなあ! もっと言ってやってくれよ」
「ジュンペー煩い」
不良を怖がる伊織と違い岳羽はなんとも思っていないようだった。不良なんて学校にいる学生と同等だとでも考えているのか、もしくは話を聞くだけなら大丈夫だと楽観視しているのか。
どちらにしても一見真面目そうな余所者が軽々しく行ける場所では無いだろうに。
「……分かりました。岳羽先輩、俺も行きます」
「え⁉」
「付いてきてどうするの?」
「念の為です。何かあったら大変ですから」
「……お前、喧嘩慣れてんの?」
伊織の言葉には否定も肯定もしないでおいた。
次の日、夜になってからラウンジに集合する。武器のナイフや召喚器は持たないが、念の為靴は通学に使っている物ではなく靴底の硬い物に履き替えておいた。何も無いのが一番良いのだが。
ノリノリな岳羽と違い伊織のテンションは低い。
「もう、フリョーの溜まり場くらい何よ?」
ああやはり岳羽は不良を過小評価している。というか制服で行くのか。
「っていうか先輩達制服で行くんですか?」
「うん。おかしい?」
「おかしくは無ぇですが多分絡まれますよ」
「げっ」
「大丈夫よ。斑鳩君心配性?」
そのまま寮を出てしまった岳羽を慌てて追い掛けた。
駅前の路地裏は街灯があるお陰か思っていたよりも明るい。着崩したり髪を染めていたり典型的な不良と言える若者が壁際に座っていたりして、制服を最低限きっちりと着こなしているアマネ達は酷く場違いだ。
とはいえ正直、アマネには服をきちんと着ていなかったり髪の色を変えたりという行為のどこが不良なのか正直よく分からない。決められた身なりを嫌がるにしても個性が無いと嘆くにしても、たかが髪の色を変えた程度で何を喜んでいるのだか、という考えだ。その髪の色だって周囲には大勢居て埋没してしまうだろうに。
ともあれ制服姿の有里達はこの場では目立つ。既に何人かはアマネ達に気付いて不審気な視線を向けていた。
「ヤベェ。想像してたよりずっとヤベェ」
アマネの後ろへ隠れていた伊織が呟く。
「ちっと、オマエらさ。遊ぶとこ間違えてんじゃねぇの?」
早速たむろしていた不良の一人が話しかけてきた。剣呑な視線に怯える伊織がぎこちなく返事をするも、その不良はアマネ達に帰れと促す。一応最初は口で言い聞かせようとする辺りこの不良、いい奴だ。
だがそんな不良の小さな優しさを、岳羽が強気に言い返すことで台無しにした。
「ここ来るのに、なんであんたの許可が要るワケ?」
「ちょっ、おまっ、バカかよ! お前あれか!? 空気詠み人知らずか⁉」
なんだそれ。
同じことを思ったらしい岳羽が呆れて伊織に言い返しているが、その時言った『こんな奴』という言葉が不良の琴線に触れた。会話が聞こえたらしい周囲で我関せずであった不良達も、こちらを苛立たしげに見てくる。
アマネがヤバイなと思いながら横を見れば、有里も雰囲気の変化にはちゃんと気付いているらしい。
周囲が敵という状況で馬鹿らしいことを言った女を睨む。女は一瞬怯んだ様だったが、アマネ達が四人しか居ないということで強気になっているらしかった。
笑い声が癇に触る。
こういう時、高校生という身分や見た目は本当に邪魔でしかない。相手の意表や隙を作るのにはちょうど良かったりするが、不必要な時まで舐められてしまう。
我慢しろ俺とアマネは内心で自重する。今は先輩達の護衛が役目だ。
「こいつら、サイッテー……」
「それがこういう奴らの基本なんですよ。どれだけ相手を意味も無く馬鹿にして見下せるかに人生賭けてるんです」
「あ? 今なんて言ったよ」
「人生賭けてるって言ったんだぁ。日本語だぜぇ」
「ちょっ、おい、斑鳩!」
「……ヒゲ男くんも大変だ。こんな人を舐めた奴と一緒だと……サ!」
不良が振り上げた拳がアマネの後ろに居る伊織を狙った。その拳を掴んで止める。
「斑鳩君……!」
驚く岳羽の声を無視して不良を睨みつけた。こちらとこの程度は修羅場とも言えない経験を山ほどしているのだ。睨まれて怯える不良が拳を引こうとするが、アマネが掴んでいるせいで逃げられない。
掴む手に少し力を加えれば不良の顔色が変わる。
「その辺でいいだろ」
聞き覚えの無い声がした。声がしたほうを見れば、六月だというのにコートを着た帽子の男が歩いてくる。
「知らねぇで来てんだ。オレが追い出す。いいだろ、そんで」
不良の拳を離してやれば不良は一度アマネを睨んだ後男の方へと向き直った。
「今更それで済むかよ!」
あの不良、相手の力量を読めるほど喧嘩慣れしていないのだろう。軸足も動きもなっていないままに振られた拳は男に躱され、逆に頭突きを食らっていた。
「うおっ……つ、つええ……」
お前が弱いんだろうが、とは流石に言いづらい雰囲気だ。そのまま男の雰囲気に呑まれて引き下がる不良を女達が笑っている。同じ穴の狢だろうに。
「テメェ……確か『荒垣』とかいったな……そうだ『荒垣真次郎』……! テメェも確かツキ高だな?」
「チックショー、覚えてろよ!」
典型的な負け犬の台詞を言っていることに彼等は気付いていただろうか。ともかく走って逃げていった不良を追い掛けるように、周囲に居た女達も去っていく。
残されたのはアマネ達と、目の前の『荒垣』という男だ。
「スゲーッス! 先輩つえーッス!」
「その顔……お前ら、アキの病室に居た……」
荒垣は何かを思い出すように有里達の顔を見ていたが、いきなり怒鳴りつけてくる。
「バカ野郎が! 帰れ。お前らの来るトコじゃねぇ」
「待って!」
そう言って去って行こうとする彼を岳羽が呼び止めた。ここへ来た理由をちゃんと覚えていたらしい。
というか彼女の場合、不良に絡まれてもそのことだけを考えていた節がある。目的に向かって一直線なのは良いが、現実を見ることと臨機応変ということを学んでほしい。
今だって、さっきの不良が仲間を連れて戻ってくるとも限らないのだ。
アマネは先輩達からフラリと離れて先程不良が逃げた路地へさり気無く近付き、戻ってこないかを見張る。そこからでも岳羽達の会話は聞こえた。
「知りたい話ってのは何だ。例の『怪談』とやらか?」
段差に腰を降ろした荒垣は話を聞いてくれるつもりらしい。彼も月光館学園での噂を聞いていたらしく、こちらの聞きたいことをすんなりと教えてくれた。
その中に出てきた『山岸』という名前。それに反応したのは伊織で、どうも苛めにあっていた二年の名前らしい。
「山岸さんの『怨霊』って……え⁉ それどういう事ですか?」
「お前ら、知らねぇのか? その山岸ってやつ、死んでるかもって。もう一週間かそこら、家にも帰ってねぇって話だ」
穏やかでない話になってきた。伊織が聞いた話では病気で学校へ来ていないということになっているらしく、不可解そうな顔をしている。
「つか、行方不明って事じゃねぇか!」
「ナイスノリツッコミです先輩」
「あのねぇ斑鳩君。っていうか、これ、もう『怪談』じゃないよ……」
岳羽はその山岸という生徒のクラスの担任の名を出した。生憎覚えがないが月光館学園は生徒数が多い。必然的に教師の数も多いので知らなくともおかしくはない。
何かを呟く荒垣の言葉には、先程も耳にした『アキ』という人物の名前が出てきた。誰のことだろうかと思いながら足元の空き缶を靴の裏で転がす。
知っているのはそれだけらしい荒垣に伊織が礼を言って、それを聞いて荒垣は去っていった。横を通り過ぎる刹那、アマネも頭を下げる。
彼は不良の話ではアマネ達と同じ月光館学園の生徒らしいが、彼もここにいるということは不良なのだろうか。
それにしては纏う空気が違う。
「もう帰ろう」
有里の声で路地裏から出るために歩き出す。
念の為最後尾を歩いていると伊織が近付いてきて礼を言われた。
「さっきさ、ありがとな斑鳩」
「大したことじゃねぇですよ」
「っていうかやっぱり喧嘩慣れしてんじゃん!」
「誰もしてないとは言ってないです」
「強いな。斑鳩は」
「……そこは褒めるとこなんですか、有里先輩」
何故か有里に頭を撫でられる。彼の中では褒めるべきことなのだろうか。というか褒める時はとにかく頭を撫でればいいのだと思い込んでいるらしい。
何か変だろうかと首をかしげる有里に、訂正することも出来ずにため息を吐いた。
***
月曜日、昼休みに行方不明の生徒『山岸』に関する話を担任教師の元へ聞きに行ったらしい先輩達が、新たに情報を持ち帰ってきた。
それによると山岸という女生徒は五月の二十九日、体育館倉庫に閉じ込められそのまま夜を迎えたらしい。夜中になって流石にまずいだろうと鍵を開けに行った生徒が、翌朝校門で倒れていたと噂になっていた生徒だ。
その後様子を見に行って鍵を開けたが倉庫の中に山岸という女生徒の姿はなくなっていた。そうして探していくうちに被害に遭い校門で倒れている生徒が続出し、怪談として噂になったのだろう。
後先考えず馬鹿な真似をしたものだ。
放課後生徒会室に呼ばれて聞いた話の感想はそんなものである。
「今夜、この学園への潜入作戦を行う。目的は『山岸風花』の救出だ」
遅れて集合場所である生徒会室へ入ってきた美鶴が告げた。どうして夜中の学校へと不思議がる伊織と岳羽が美鶴に尋ねていたが、少し考えれば彼女達にも分かる筈だ。
何度も夜の学校、タルタロスヘ入り込んでいるのだから。
深夜零時、影時間となると同時に学校がタルタロスへと変貌する。そのタイミングで学校に居た場合、適正が無いものはおそらく棺としてタルタロスの何処かへ存在しており、影時間が終わると同時に戻る学校と一緒に、何事も無かったかのように戻ってくるとすればおかしいところは無い。
校門の前に倒れていた生徒達だって、適正が無ければ影時間には動けないのだろうから同じことだとは思う。ただ、タルタロスというシャドウの巣窟の目の前にいたので多少の影響を受けてしまった。
美鶴の話ではその山岸という女生徒は適正の可能性がある者らしい。影時間になると同時にタルタロスの中へそのまま入る形になってしまい、だがペルソナも出せず脱出も出来ないままとなっている。
影時間から出られないまま。
生存の可能性は真田の言う通り、影時間だけを体感している状態ならあるだろう。十日前に入り込んだとしても影時間の中では一日分にも満たない時間だ。
タルタロスのどこへ居るかも分からない状況だが、真田の言うとおり見殺しには出来ない。アマネ達は知ってしまい、それを助けられる可能性まで持っている。
思わぬ形で入り込んでしまった山岸へ追いつく方法として、普段の様に影時間となってから潜入するのではなく、タルタロスヘ変わる瞬間を山岸と同じ場所で過ごして近くへ到る方法が提案された。
それは普段のタルタロス攻略方法である学園が変貌してからという安定した状況での侵入とは異なり、何が起こるか分からない危険性がある。良くて山岸同様侵入成功だが、最悪の場合都市伝説のマリーセレスト号の様な目に遭ってもおかしくはない。
「最悪、二重遭難という可能性もある。しかし……」
「助かる可能性があるのに、放っておくなんて俺には出来ない……後悔したくないんだ」
沈痛そうにそう呟いた真田には、何か嫌な思い出があるのか。
「お前らが行かないなら、俺一人で行く」
「俺も行きます。駄目元でも動かない訳にはいきませんよ」
手を上げて意思を告げる。真田がアマネを見て、少しだけ目を細めた。
***
校門を乗り越え、伊織が下校前に鍵を開けておいた非常口から校舎へ侵入する。三年生の二人は天然なのか急いでいて気が回らないのか、とりあえず伊織を褒めて先へ行ってしまった。
「ブリブリ何とかって、なに?」
「Brilliant ですよ。素晴らしいとか優秀だとかって意味で、褒め言葉として使ってるみてぇですね」
「あ、じゃあオレ褒められたの?」
「良かったな」
「ちょっ、有里、撫でんなっ」
夜の学校を先に行ってしまった二人を追いかけながら話す。薄暗く静かな学校は昼間とは違う雰囲気を出していて、少し岳羽が怯えていた。
「電気点けましょうよ……」
「怖がっちゃってまー」
対する伊織は楽しげだ。有里はこんな時でもいつもの様にイヤホンで音楽を聴いているらしく怖がっている素振りも何も無い。
窓の外から見える校庭は月明かりで煌々と明るく、今日は満月だと思い出した。
二手に分かれ、有里と岳羽の二人と一緒に職員室へ鍵を探しに行く。玄関ホールへの階段を降りたところで聞こえた夜間警備員の足音に慌てて隠れた。仮に見つかっても追い出されるだけで済めばまだいいが確実に怒られるだろう。
急ごうと立ち上がった途端今度は岳羽の携帯が鳴った。それに対しても驚く岳羽には悪いが、その音のせいで先程の警備員が戻ってくるとも限らない。
何処からか犬の遠吠えが聞こえる。
「あっちに行った三人は大丈夫ですかねぇ。警備員が向かったみたいだし、見つかってなければ良いんですが」
「大丈夫だと思う」
「斑鳩君は夜の学校とか平気?」
「昔はしょっちゅう侵入して遊んでたクチです」
「不良だったの?」
『昔』の部分に含んだ意味は、されても困るが流石に理解されなかった。その『昔』は校庭で暗殺部隊と対決している後輩達を眺めたりした頃のことだ。学校の風紀を守る筈の人間が許していたのだから仕方がない。
無用心にも鍵の掛かっていない職員室へ入り、真っ直ぐ鍵置き場へと向かう。下手に違うところを探ってそれが美鶴にバレれば、何をされるか分かったものではない。
「体育館、体育館……もう、暗くて字がよく見えないな。この鍵、なんて書いてある?」
「死体置き場」
「ふふっ」
有里の答えにアマネは思わず笑ってしまった。持っていた家庭科室の鍵を戻し笑い声が出そうになるのを、口を押さえて我慢する。
「あのね、覚えとくよ? いつか、復讐は果たされるんだから。――って、よく見たら体育館の鍵じゃないの!」
ふて腐れた岳羽がちゃんと確認し、体育館の鍵を手に入れた。最初からそうして自分で確認していれば良かったのに。
というかそもそも、手元を照らす程度の明かりなら携帯の明かりを使えば良かったのだ。
玄関ホールには既に先輩達が待っていた。再会して早々岳羽をからかう伊織に、岳羽も逐一突っ掛からなければ良いのに言い返している。
「四人がこのままタルタロスヘ突入。私とあと一人が外でスタンバイだ。影時間へ入ったら、私が位置を割り出す」
改めて二組に分かれての行動。突入組は意気込んでいる真田と真田が指名した有里、それと志願したアマネに汚名返上をしたいらしい伊織の四人だ。正直三人ずつに分かれれば良かっただろうにバランスの悪い。男女で分かれたと思えば良いのか。
体育館に移動し、倉庫で影時間となるのを待つ。腕時計の中で針が全て重なると同時に感じる不快感。空気が変わるのを体感しながら、アマネは少しの間だけ目を閉じた。
***
深呼吸をしてから目を開いた世界は、タルタロスの内部であることが分かる異空間だ。見慣れない壁や床ではあったが、それこそ学校ではなくタルタロスの中だという証拠になる。
そういえば先輩達はと辺りを見回すと、アマネのすぐ横に有里が倒れていた。
「先輩?」
声を掛けながら揺さぶれば有里がすぐに目を覚ます。アマネと違って意識を失ったのは、アマネが有里より空気や環境の変化に慣れていたからというだけだろう。
「ここは……」
「タルタロスですよ。無事に入れたみたいですね」
「伊織と真田先輩は?」
「分かりません。桐条先輩とも……繋がりませんね」
起き上がって額に手を当てる有里の背を支えているとふと気配がして、アマネは武器を抜きながら有里を庇うように警戒しつつ気配がした方を振り返る。
そこにはボーダーラインの上下を着た少年が、こちらを見て立っていた。
少年の、人とは違うが何処か覚えのある気配に、どこで感じたものかを思い出そうとしていると伸ばされた有里の手が武器を構えるアマネの手を下ろさせる。
「目が覚めた? 君の部屋の外で会うのと、そっちの彼に会うのは初めてだね」
「なぜ君がここに?」
話しかける有里に、ああそうか先日の影時間の時、有里の部屋から感じた気配だと思い出した。有里は知り合いなのか不思議そうだ。
「ふふ、言ったでしょ。僕はいつでも、君の傍に居るってね」
少年の声は有里に似ていた。少年は楽しげに微笑んだかと思うとすぐに悲しげに視線を逸らす。その左目の下に泣きボクロがあることに気付いたが、きっと大した意味もない。
「今夜、君にやってくる試練は、どうも一つじゃないみたいだ。とにかく、急いだほうがいいよ……『彼女』が待ってる。今の君達には必要な人だ」
試練とは何のことか分からないが、『彼女』というのは山岸のことだろうか。
どうしてそんなことを言うのか、彼女が生きていることを知っているのかと聞きたいことはあったが、少年の微笑みはそれを尋ねることを許さない。
「じゃ、また会えるといいね」
そう言って少年は消えてしまった。
「とりあえず先輩達を探しましょう」
「そうだね」
距離が遠いのか、ようやく繋がった通信も再び切れてしまう。アマネ達のように真田と伊織も二人組で行動していればいいが、もし一人だとしたら探すのも合流の為に移動するのも大変だ。
途中に居るシャドウはそう強くもなく、二人で倒しながら進んでいけばまた通信が入り美鶴の声が聞こえる。すぐに途切れてしまったその通信の最後に、知らない声が混ざった。
「……今の最後、結構はっきり聞こえましたよね」
「混線かな」
「何処とですか。タルタロス放送局でもあるんですか」
「あったら面白い」
通信はノイズ交じりではあるが先へ進むごとに何度も繋がり、そして切れる。知らない声も同時に聞こえてきて、相手も美鶴の通信を聞いているらしい。そうして聞こえる声に不安がっているのが分かった。
シャドウを倒した有里の後を追い駆け、合流出来ていないでいる真田達を心配しながらも、先程の少年のことを思い出す。
人の気配では無いのだけれど、シャドウとも違う。こちらに害を与えようとはしなかったし、一応有里の知り合いなのだろう。
だがどうして。何故。
あれは人ではないというのに、人である有里の知り合いなのか。
「……その、有里先輩。聞いて良いですか」
「何?」
「さっきの子供、何者です?」
「知らない」
有里の返事は早かった。
「オレが寮に来た日、出会った。時々ああやって現れるんだ。それ以上は知らない」
「名前も?」
「知らない」
「……そこは知っておきましょうよ」
「どうして」
「……人の名前くらい知っておきましょう。他には何か知ってることは?」
「無い」
つまり名前どころか何も知らないのだろう。
有里は日頃から周囲に対してどうでも良いと関心を向けないところがあると思っていたが、流石に不可解な現れ方をする子供に関してくらい色々考えたほうが良いのではないかと不安になる。
聞きたいことは他にもあるし、アマネは正直あの子供の言った言葉が気になって仕方が無い。
ああいうのに似た存在自体へ『昔』にも会ったことのある身として、そう放置していていいとは思えないのだ。
あの子供自身に害意や敵意はなくとも、存在だけで周囲に影響を与えるということは多々有る。彼が有里に出会う意味、会いに来る意味くらいは知っておくべきではないのか。
そう思いながら見つけた階段を昇る有里を見上げる。何を考えているのか分からない様子に、アマネが忠告しても意味が無さそうな気がした。
どうなったとしても大抵は頑張ればどうにか出来るだろうが。
「早く行こう」
「はい」
今は目の前の事に集中しようと、アマネは有里を追い駆けて階段を駆け上った。
***
「おー、ようやくお出ましだよ。心配したぜ……ったく」
合流できた真田と伊織に怪我は無いようだった。通信に紛れた知らない声は二人にも聞こえたらしく、そのことを話そうとした途端また声が聞こえる。
今度はだいぶはっきりと、か細い女性の声。
大げさに驚く伊織が声のしたほうを振り返る。そこには青白い顔をした少女がこちらの様子を伺っていた。学校の制服を着ているところからして、彼女が行方不明だった山岸だろう。
「『山岸風花』か?」
真田が尋ねれば彼女は勢いよく頷く。生きていたことに驚くという失礼なことをしておきながら伊織が話しかけた。彼女は助けと聞いて安心したのか、力なくではあるが安堵したように微笑んだ。
無事保護したと連絡しようとも、まだ美鶴との通信は繋がらない。
大丈夫だったかと尋ねられて、彼女は何にも出会わなかったと言った。今までずっと。
どういう事かと聞けば、なんとなく気配が分かる、気がするらしい。
真田が念の為と言って召喚器を山岸へ渡す。何も説明しないで見た目拳銃を渡すというのはどうかと思ったし、彼女も案の定驚いたが真田はお守りの一言で済ませた。
無理だと思う。普通は。
だがここは普通ではない。シャドウの巣窟タルタロスだ。山岸の精神も疲れや緊張で少し普通ではなくなっているのか、拳銃を拒否することなく受け取った。
「よし、急いで脱出するぞ」
真田の指示で歩き出す。有里と真田を先頭に、彼女を間にアマネと伊織が最後尾。これなら前からでも後ろからでもシャドウが来たとき彼女を守れる。
「疲れて歩けない様だったら言ってください」
「えっ……」
「お前こんなトコでセクハラ発言かよ。っていうか運ぶつもりか?」
「舐めねぇでください。女性を抱えて脱出できる程度の体力はありますから」
「おーおー、張り切っちゃて」
張り切っているわけではない。伊織は冗談だと思っているようだが、本当に土壇場が来たらそうするつもりだ。
タルタロス内にも外が望める窓がある。外は靄というか霧というか、霞みかかっていて遠くまで見ることは出来ない。だが高い建物であることからかやけに月が近くに見えた。
見晴らしの良い通路でその月の大きさに伊織が声を上げる。異様な程輝く月を不思議がる伊織に、真田がシャドウとの関係性を説明した。
そう言えば自分達が彼らと出会った日も満月だった気がする。となるともう一ヶ月経つのか、とアマネが窓の外の月を見上げていると、真田が伊織との会話で何か引っ掛かりを覚えたらしい。
「……前も丸かった? おい、四月に寮が襲われた日、月を見たか?」
「丸かった気が……」
有里が立ち止まって答える。四月だとアマネはまだこの街にすらいなかった。
「全て満月だ!」
真田が何かに気付いたらしく慌ただしく美鶴との通信を試す。いきなりどうしたのだろうかと戸惑うアマネの耳にも、美鶴の通信が僅かに聞こえた。
やはり距離が遠いのかハッキリしない。それでもシャドウと言ったのが分かる。
気をつけろ、という言葉と同時に通信が一切出来なくなった。まさか美鶴達が襲われたのかと考えかけた時、隣に居た山岸が何かに反応を示す。
「今までのより、ずっと大きい。しかも……人を、襲ってる」
彼女は何を感知しているのか。悪態を吐いた真田に訳が分かっていないらしい伊織が聞く。
「出たんだ! おそらく……ヤツらは満月に来るんだ!」
ヤツら。
覚えはないが、不穏な雰囲気を孕む言葉だ。急に走り出した真田を慌てて追い駆ける。転びそうになった山岸の手を掴んで助けて、そのまま引っ張るように走った。
「大丈夫ですかっ」
「う、うんっ」
「嫌かも知れませんがはぐれねぇ様にこのまま走ります。有里先輩、伊織先輩、先に行ってください」
「分かった」
「お、おう」
真田を追って有里と伊織が走る速度を速めて先へ行く。女性、しかも長い時間タルタロスに閉じ込められていた山岸を連れて走るには全力が出せない。けれども周囲が見覚えのある階層になってきたので、ここの辺りからであればアマネ一人でも山岸を守りながら戻ることは出来るだろう。だから二人を先に行かせた。
おそらく美鶴達はシャドウに襲われている。しかも大き目のシャドウに。
真田がどういう思考でそのことに思い至ったかは分からない。もしかしたら満月の時には強いシャドウが現れやすいと今までの経験から気付きでもしたのか。
となると戦力は一人でも多く合流したほうがいい。先に行かせた先輩達の姿が見えなくなる。
「疲れてるかも知れませんが頑張ってください。もうすぐですから」
「うんっ……えっと」
「一年の斑鳩です」
「ありがとう斑鳩くん」
「礼を言われるのはまだ早いですよ」
エントランスへ降りられるターミナルを見つけて踏み付ける様に飛び乗る。黄色掛かった光に覆われたかと思うと視界が見慣れたエントランスに変わり、その階段の辺りで大型シャドウが美鶴と岳羽と対峙していた。
苦戦している。
「これは……⁉」
「真田サン! シャドウの気ぃ逸らさないと!」
「分かっている! 貴様らの相手はこっちだ!」
普通の攻撃が効かない、という美鶴の忠告の直後、タルタロスの扉が開いて誰かが入ってきた。吐息交じりの掠れた声で山岸の名前を呼ぶ女生徒。美鶴は知っている人物らしい。
「まさか……森山さん⁉」
山岸が呼んだ名前に覚えはなかった。
「逃げてっ! ここは危ないからっ!」
「わ、私、あ、あんたに、謝らなきゃって……」
タルタロスヘ入ってきた森山という女生徒が、まるで山岸しか見えていないかのように足を踏み出す。その途端、シャドウが森山へと向かって動いた。
「おい! 危ねぇ!」
「森山さんッ!」
山岸が叫ぶ。
「私が……守らなきゃ」
そう呟いたのが聞こえたのは、隣に居たアマネと有里だけかもしれない。山岸はおもむろに真田から渡されていた召喚器の銃口を、使い方も知らない筈なのに自分のこめかみへと当てた。
ガラスの割れる音。
山岸の周囲を鈍い色の靄が掛かったかと思うと、見たことの無いペルソナが現れ山岸を包み込んだ。慌てて少し離れるとその全体像が見えた。
透明な球状の下腹部。その上には女性の上半身が繋がり、両手をやんわりと広げて揺れている。山岸はその球状の下腹部の中だ。
「山岸さん……⁉」
「ペルソナ……?」
水の中を反響するかのように、山岸の声が聞こえる。
『私……あの怪物たちの弱い所、なんとなくだけど、見えます……』
「……思ったとおりだ。美鶴、バックアップは彼女が代わる」
そう言って大型シャドウへ向き直る真田に有里も剣を構えた。アマネと伊織もシャドウへ近付き武器を構える。
対峙したシャドウは二体。どこか不思議の国のアリスに出てきた赤の女王を髣髴とさせるシャドウに、貴族が王族かをモチーフにでもしているらしいシャドウ。
山岸の声が響く。シャドウの弱点を告げる。
攻撃をしていくとシャドウは自身の性質を変えてきたが、それも山岸が上手くフォローしてきて、戦闘は容易い。
有里がシャドウをペルソナで貫く。それによってシャドウが倒れて消滅した。
「敵……他に、敵は……」
「もう心配ない」
呻くようにシャドウの気配を探っていた山岸に真田が声を掛ける。安心したかの様にふらついた山岸に、森山が驚いたように話しかけた。
「け、怪我は、無い……?」
「う、うん……」
何処かぎこちないのは先ほどの戦闘を見ていたからと、互いに対する感情のせいだろう。今までの会話と雰囲気からして、森山は山岸を苛めていた加害者なのだろうし、だとすれば気まずくなるのも当然である。
「良かった……」
そう呟いた山岸が、糸が切れたようにその場で倒れ込んだ。
「風花⁉」
「心配ない。疲れが祟っただけだ」
美鶴がそう言って森山を安心させる。泣き出した森山は美鶴に任せ、アマネは岳羽と一緒に倒れた山岸へ近付いて脱いだ上着を被せ、抱き上げる。
「大丈夫?」
「はい」
「今の二体のシャドウは、何処から……?」
「外からだ。寮やモノレールに出た時と同じだ」
「そうか……」
森山を落ち着かせた美鶴と真田が、シャドウが何処から来たのかを話し合っている。山岸を横抱きに抱えたままアマネは岳羽と一緒に二人へ近付いた。
「って言うか森山さん、影時間とかシャドウとか、全部見ちゃって、これから……」
岳羽の視線の先には、しゃがみこんでまだ泣いている森山。今の時間に動けているということでアマネ達のように適正があると思ったのだろう。それを真田が否定する。
シャドウの消滅した辺りを見ていた伊織と有里もこちらへ歩いてきた。
というのもこの寮は特殊な事情で集められた生徒が過ごしている場所であり、その者達の面倒を見る者にも影時間への適性を持っているなどの条件が必須となる為そう簡単に適任者を見つけることが出来なかったらしい。その為他の寮の様に管理人や寮母が居らず、アマネが来る前の寮生達は各自で食事の用意や洗濯をしていたという。
とはいえ彼らも未成年。親の庇護から離れて数年で衣食住全てを完璧にこなせる訳もなく、洗濯や掃除はともかく食事は外食や総菜で済ませていた。
そんな状況を見て人生経験数回目のアマネはキレたのである。育ち盛りの子供がそんな出来立てでもなければ健康バランスを考えられない食事ばかり摂っていて良い訳がないと。
結果、アマネはこの巌戸台分寮の食事を担当することにしたのだ。
話を戻して。
そう言えば二年の先輩が苛めにあったとか夜中の学校に居たとか色々な噂を僅かだがアマネも佐藤から聞いている。信憑性があるものも無いものも混ざってしまったそれは、正直噂話だけが独り歩きしている部分もあるだろう。
「学校に食われた、とはいい得て妙な表現ですねぇ」
「お、マジ?」
「影時間にシャドウの巣窟になる学校ですし、人を食いもするでしょう」
味噌汁を飲みながら言えば美鶴と真田が何か引っかかりを覚えた様に考え込む。食事も終わりかけだからまだ良いが、考え事をしながらの食事は良くない。
結局は岳羽が、しょせん噂だと強がったがばかりに噂について調べる羽目になっていた。
夕食を終えると岳羽が早速ラウンジの受け付けにあるパソコンを使って、噂について調べ始める。少し躍起になっている様だが大丈夫なのだろうか。そう思うもアマネはすぐには手伝えなかった。食事後の片付けがあったのだ。
そして片付けをしている時に幾月理事長が来た。
彼はアマネ達が通う月光館学園の理事長であり、影時間やシャドウの事も知っている。アマネ達の活動に対し直接的な指示を出してもいる、言わば司令官的な役割の人物だ。
「ここには慣れたかい?」
「ええ、誰も料理出来ないのには驚きましたが」
「数ヶ月前まで中学生だった君が出来るほうが僕には驚きだよ。今日も君が?」
「伊織先輩のリクエストでロールキャベツでしたよ」
「良いなぁ。僕より良いもの食べてるんじゃない?」
最低限の礼儀として挨拶をしてから中断していた片付けを済ますためにキッチンへ戻り、片付け終えてから冷蔵庫に入れていたプリンを取り出してラウンジへ向かえば、ラウンジには有里以外の全員が揃っている。
「プリンありますけどどうですか?」
「は? プリン?」
「まさかそれも手作りか?」
驚く伊織と真田には悪いが間違う事なき手作りだ。多めに作ったから理事長に出しても余裕があった。
リクエストされたロールキャベツを作るに当たって、足りない材料を買いに行ったら卵が安かったので久し振りに作りたくなったのである。いわゆる衝動買いだ。
作るのは良いがあまり食べないのでいつも処理に困っていたのだが、寮生活だと食べてくれる人が居てとても助かる。パソコンに向かっていた岳羽も差し出せば手を止めて食べ始めた。
「何か進展有りました?」
「無いよ。E組の子か校門で見つかった子の話ばかり。なんかもう混ざっちゃいそう」
「繋がる様な話なんですか?」
「斑鳩君も学校の噂とか興味無いタイプ?」
「そうですね。……そういえば有里先輩は部屋ですか?」
ソファでプリンを頬張っていた四人に尋ねれば、伊織がスプーンを咥えたまま答える。
「お前が片付けしてる間に出掛けたぜ」
「……プリン取っといたほうが良いですかね?」
「オレが食べる!」
***
「――ペルソナ」
引き金を引くと同時に聞こえる硝子の割れる音。
閉じていた目を開けば目の前に己のペルソナであるイブリスがいて、アマネは縋りつく様に抱き着いた。
ペルソナを出せる様になってから影時間になる度この行動を取ってしまうのは、未だに『×××』が使えないという事実を受け入れられないからだとアマネは自己分析している。
イブリスに欠けた『×××』の代わりをさせているということは分かっていた。けれども慣れるまでは影時間になる度にイブリスを召喚し続けるだろうとも予測している。それだけ今の自分がアンバランスなのだ。
タルタロスでもないのに召喚している事が先輩達にバレたら、やはり怒られるだろうかと頭の片隅で考えつつ目を閉じる。
もう一人、もしくは内心の自己である故か、イブリスは無言でアマネに膝枕をして頭を撫でた。命じた覚えはないがイブリスはいつもそうする。
普段であればそのまま眠ってしまって、影時間が終わると同時にイブリスが消える気配だけを知覚するのだが、ふとアマネはイブリスの膝から頭を上げた。
ベッドから降りて一度イブリスをしまい、念の為に武器のナイフを持って部屋を出る。向かった先は有里の部屋。
「……先輩? 起きてますか?」
返事は無い。
今夜はタルタロス行くことも無かったし、多くの人間が認識出来ないとはいえ日付も変わるような時間帯だ。起きてない事は充分にあり得る。だから寝ていてもおかしくは無いのだけれど。
知らない気配がしたのだ。
無論アマネだって壁やドアを挟んだ向こう側の気配など、普段であれば気にしない。タルタロスの中などでは今まで培ってきた感覚の多くを研ぎ澄ましている場合もあるが、ここは寮だ。
慣れた気配にまで逐一反応していてはアマネが疲れてしまう。
けれどもこの時、有里の部屋から寮生の誰でもない気配がしていたのだ。
人の気配に似ているが、少し違うようにも思う。ではシャドウかと言われればシャドウとも違うのだが、まだシャドウのほうが近いと言えた。
まさか襲われているのかと考えて来てみたのだが、もう一度ノックしたことで出てきた有里は寝ていたらしく目が開いていない。
「……何?」
「その、何か異変があったりしませんでした?」
人の気配がしました、なんて正直に言えるわけもなくただぼかして尋ねると、有里は別に、と答えた。
「それだけ?」
「すいません夜遅くに」
「影時間だから。少し緊張してるんじゃない?」
今はもうあの気配はしない。気配は気のせいだったのだろうかと内心首を捻りながらもう一度謝って自室へ戻ろうとしたら、背中に声を掛けられる。
「順平に聞いて、プリン食べたよ」
伊織にあげず結局残しておいたプリン。
いつの間に食べたんだ、と思いながら曖昧に返した。
***
「怖い話ぃ? ナニソレ、オレに聞く?」
「嫌ならいい」
「あーゴメン! ゴメン斑鳩分かったからノート貸してください!」
次の授業で提出となっている宿題を忘れた佐藤にノートを差し出す。佐藤はそれを必死になって写しながら怖い話ねぇと呟いた。
「お前そういうの気になる派?」
「別に気にならねぇけど、寮の先輩が」
「ああ、そういうこと。お前が知りたい怖い話ってこの学校で最近起こったやつだろ? 桐条先輩に使われてんの?」
佐藤はどうやらアマネが最近噂になっている怖い話について尋ねる理由を、桐条に頼まれたからと考えたらしい。彼女が生徒会長なので学校の噂をよく思っていないとでも考えたのか。
実際は違う先輩が調べていることだし、アマネ自身がその噂を詳しく知らないから聞いただけなのだが、勘違いさせておいたままのほうがいい気がした。
憧れや理想は高いほうがいいと思う。
「つってもオレだってあんまり詳しく知らないよ? だってホラ、噂の人って二年生じゃん」
「そうなのかぁ?」
「そっから既に知らないのかよ。校門前に倒れてた人達、皆二年生でちょっと不良っていうの? 学校にも化粧とかしてきてるっていうか、ギャル系?」
「二年生の時期が一番色々落ち着いてるから、そういう傾向に走りやすいよなぁ」
「お前は何を悟ってんの? まぁ最近は無気力症も流行ってるし、たまたま校門前にいただけだと思うよ。オレは」
授業が始まって教師の話を聞きながら少し整理してみる。
校門前に倒れていたという噂の当事者は二年生。そして複数。
佐藤は無意識だったようだが会話の中で複数を示す言葉を使っていた。詳しくないと言っていたのに無意識にでも複数形を使ったということは、佐藤が聞いた噂の関係者は複数人いるということだ。
全員かどうかは分からないが、一人はおそらく女生徒だというのも佐藤の話から分かる。それも現役女子高生を絵にしたような、勉強より化粧や遊ぶことに興味を向けている感じの。
噂の種類は二つ。そしてどちらも『校門前に倒れていた』
その共通点は見過ごしていいのだろうか。
よく分からない。ノートの隅に書いたメモ代わりの情報を消しながら、こういう時『×××』が使えれば苦労しないのに、と思いつつ舌打ちする。
聞こえたらしく隣の佐藤が何事かと振り向いた。
***
週末、ラウンジに降りると岳羽達が顔をつき合わせて何か話し合っていた。アマネが自分の飲み物を用意するついでにその三人の下へと持っていけば、彼女達はどうやら怪談についての報告会をしていたらしい。
「で、明日不良が集まる路地裏へ行ってみようと」
噂の当事者達が家出を繰り返し不良とつるんでいたらしい。その不良達の話を聞けば更に何か分かるかも知れないとはいえ、その行動力には感服する。
「でも危ないですよ」
「だよなあ! もっと言ってやってくれよ」
「ジュンペー煩い」
不良を怖がる伊織と違い岳羽はなんとも思っていないようだった。不良なんて学校にいる学生と同等だとでも考えているのか、もしくは話を聞くだけなら大丈夫だと楽観視しているのか。
どちらにしても一見真面目そうな余所者が軽々しく行ける場所では無いだろうに。
「……分かりました。岳羽先輩、俺も行きます」
「え⁉」
「付いてきてどうするの?」
「念の為です。何かあったら大変ですから」
「……お前、喧嘩慣れてんの?」
伊織の言葉には否定も肯定もしないでおいた。
次の日、夜になってからラウンジに集合する。武器のナイフや召喚器は持たないが、念の為靴は通学に使っている物ではなく靴底の硬い物に履き替えておいた。何も無いのが一番良いのだが。
ノリノリな岳羽と違い伊織のテンションは低い。
「もう、フリョーの溜まり場くらい何よ?」
ああやはり岳羽は不良を過小評価している。というか制服で行くのか。
「っていうか先輩達制服で行くんですか?」
「うん。おかしい?」
「おかしくは無ぇですが多分絡まれますよ」
「げっ」
「大丈夫よ。斑鳩君心配性?」
そのまま寮を出てしまった岳羽を慌てて追い掛けた。
駅前の路地裏は街灯があるお陰か思っていたよりも明るい。着崩したり髪を染めていたり典型的な不良と言える若者が壁際に座っていたりして、制服を最低限きっちりと着こなしているアマネ達は酷く場違いだ。
とはいえ正直、アマネには服をきちんと着ていなかったり髪の色を変えたりという行為のどこが不良なのか正直よく分からない。決められた身なりを嫌がるにしても個性が無いと嘆くにしても、たかが髪の色を変えた程度で何を喜んでいるのだか、という考えだ。その髪の色だって周囲には大勢居て埋没してしまうだろうに。
ともあれ制服姿の有里達はこの場では目立つ。既に何人かはアマネ達に気付いて不審気な視線を向けていた。
「ヤベェ。想像してたよりずっとヤベェ」
アマネの後ろへ隠れていた伊織が呟く。
「ちっと、オマエらさ。遊ぶとこ間違えてんじゃねぇの?」
早速たむろしていた不良の一人が話しかけてきた。剣呑な視線に怯える伊織がぎこちなく返事をするも、その不良はアマネ達に帰れと促す。一応最初は口で言い聞かせようとする辺りこの不良、いい奴だ。
だがそんな不良の小さな優しさを、岳羽が強気に言い返すことで台無しにした。
「ここ来るのに、なんであんたの許可が要るワケ?」
「ちょっ、おまっ、バカかよ! お前あれか!? 空気詠み人知らずか⁉」
なんだそれ。
同じことを思ったらしい岳羽が呆れて伊織に言い返しているが、その時言った『こんな奴』という言葉が不良の琴線に触れた。会話が聞こえたらしい周囲で我関せずであった不良達も、こちらを苛立たしげに見てくる。
アマネがヤバイなと思いながら横を見れば、有里も雰囲気の変化にはちゃんと気付いているらしい。
周囲が敵という状況で馬鹿らしいことを言った女を睨む。女は一瞬怯んだ様だったが、アマネ達が四人しか居ないということで強気になっているらしかった。
笑い声が癇に触る。
こういう時、高校生という身分や見た目は本当に邪魔でしかない。相手の意表や隙を作るのにはちょうど良かったりするが、不必要な時まで舐められてしまう。
我慢しろ俺とアマネは内心で自重する。今は先輩達の護衛が役目だ。
「こいつら、サイッテー……」
「それがこういう奴らの基本なんですよ。どれだけ相手を意味も無く馬鹿にして見下せるかに人生賭けてるんです」
「あ? 今なんて言ったよ」
「人生賭けてるって言ったんだぁ。日本語だぜぇ」
「ちょっ、おい、斑鳩!」
「……ヒゲ男くんも大変だ。こんな人を舐めた奴と一緒だと……サ!」
不良が振り上げた拳がアマネの後ろに居る伊織を狙った。その拳を掴んで止める。
「斑鳩君……!」
驚く岳羽の声を無視して不良を睨みつけた。こちらとこの程度は修羅場とも言えない経験を山ほどしているのだ。睨まれて怯える不良が拳を引こうとするが、アマネが掴んでいるせいで逃げられない。
掴む手に少し力を加えれば不良の顔色が変わる。
「その辺でいいだろ」
聞き覚えの無い声がした。声がしたほうを見れば、六月だというのにコートを着た帽子の男が歩いてくる。
「知らねぇで来てんだ。オレが追い出す。いいだろ、そんで」
不良の拳を離してやれば不良は一度アマネを睨んだ後男の方へと向き直った。
「今更それで済むかよ!」
あの不良、相手の力量を読めるほど喧嘩慣れしていないのだろう。軸足も動きもなっていないままに振られた拳は男に躱され、逆に頭突きを食らっていた。
「うおっ……つ、つええ……」
お前が弱いんだろうが、とは流石に言いづらい雰囲気だ。そのまま男の雰囲気に呑まれて引き下がる不良を女達が笑っている。同じ穴の狢だろうに。
「テメェ……確か『荒垣』とかいったな……そうだ『荒垣真次郎』……! テメェも確かツキ高だな?」
「チックショー、覚えてろよ!」
典型的な負け犬の台詞を言っていることに彼等は気付いていただろうか。ともかく走って逃げていった不良を追い掛けるように、周囲に居た女達も去っていく。
残されたのはアマネ達と、目の前の『荒垣』という男だ。
「スゲーッス! 先輩つえーッス!」
「その顔……お前ら、アキの病室に居た……」
荒垣は何かを思い出すように有里達の顔を見ていたが、いきなり怒鳴りつけてくる。
「バカ野郎が! 帰れ。お前らの来るトコじゃねぇ」
「待って!」
そう言って去って行こうとする彼を岳羽が呼び止めた。ここへ来た理由をちゃんと覚えていたらしい。
というか彼女の場合、不良に絡まれてもそのことだけを考えていた節がある。目的に向かって一直線なのは良いが、現実を見ることと臨機応変ということを学んでほしい。
今だって、さっきの不良が仲間を連れて戻ってくるとも限らないのだ。
アマネは先輩達からフラリと離れて先程不良が逃げた路地へさり気無く近付き、戻ってこないかを見張る。そこからでも岳羽達の会話は聞こえた。
「知りたい話ってのは何だ。例の『怪談』とやらか?」
段差に腰を降ろした荒垣は話を聞いてくれるつもりらしい。彼も月光館学園での噂を聞いていたらしく、こちらの聞きたいことをすんなりと教えてくれた。
その中に出てきた『山岸』という名前。それに反応したのは伊織で、どうも苛めにあっていた二年の名前らしい。
「山岸さんの『怨霊』って……え⁉ それどういう事ですか?」
「お前ら、知らねぇのか? その山岸ってやつ、死んでるかもって。もう一週間かそこら、家にも帰ってねぇって話だ」
穏やかでない話になってきた。伊織が聞いた話では病気で学校へ来ていないということになっているらしく、不可解そうな顔をしている。
「つか、行方不明って事じゃねぇか!」
「ナイスノリツッコミです先輩」
「あのねぇ斑鳩君。っていうか、これ、もう『怪談』じゃないよ……」
岳羽はその山岸という生徒のクラスの担任の名を出した。生憎覚えがないが月光館学園は生徒数が多い。必然的に教師の数も多いので知らなくともおかしくはない。
何かを呟く荒垣の言葉には、先程も耳にした『アキ』という人物の名前が出てきた。誰のことだろうかと思いながら足元の空き缶を靴の裏で転がす。
知っているのはそれだけらしい荒垣に伊織が礼を言って、それを聞いて荒垣は去っていった。横を通り過ぎる刹那、アマネも頭を下げる。
彼は不良の話ではアマネ達と同じ月光館学園の生徒らしいが、彼もここにいるということは不良なのだろうか。
それにしては纏う空気が違う。
「もう帰ろう」
有里の声で路地裏から出るために歩き出す。
念の為最後尾を歩いていると伊織が近付いてきて礼を言われた。
「さっきさ、ありがとな斑鳩」
「大したことじゃねぇですよ」
「っていうかやっぱり喧嘩慣れしてんじゃん!」
「誰もしてないとは言ってないです」
「強いな。斑鳩は」
「……そこは褒めるとこなんですか、有里先輩」
何故か有里に頭を撫でられる。彼の中では褒めるべきことなのだろうか。というか褒める時はとにかく頭を撫でればいいのだと思い込んでいるらしい。
何か変だろうかと首をかしげる有里に、訂正することも出来ずにため息を吐いた。
***
月曜日、昼休みに行方不明の生徒『山岸』に関する話を担任教師の元へ聞きに行ったらしい先輩達が、新たに情報を持ち帰ってきた。
それによると山岸という女生徒は五月の二十九日、体育館倉庫に閉じ込められそのまま夜を迎えたらしい。夜中になって流石にまずいだろうと鍵を開けに行った生徒が、翌朝校門で倒れていたと噂になっていた生徒だ。
その後様子を見に行って鍵を開けたが倉庫の中に山岸という女生徒の姿はなくなっていた。そうして探していくうちに被害に遭い校門で倒れている生徒が続出し、怪談として噂になったのだろう。
後先考えず馬鹿な真似をしたものだ。
放課後生徒会室に呼ばれて聞いた話の感想はそんなものである。
「今夜、この学園への潜入作戦を行う。目的は『山岸風花』の救出だ」
遅れて集合場所である生徒会室へ入ってきた美鶴が告げた。どうして夜中の学校へと不思議がる伊織と岳羽が美鶴に尋ねていたが、少し考えれば彼女達にも分かる筈だ。
何度も夜の学校、タルタロスヘ入り込んでいるのだから。
深夜零時、影時間となると同時に学校がタルタロスへと変貌する。そのタイミングで学校に居た場合、適正が無いものはおそらく棺としてタルタロスの何処かへ存在しており、影時間が終わると同時に戻る学校と一緒に、何事も無かったかのように戻ってくるとすればおかしいところは無い。
校門の前に倒れていた生徒達だって、適正が無ければ影時間には動けないのだろうから同じことだとは思う。ただ、タルタロスというシャドウの巣窟の目の前にいたので多少の影響を受けてしまった。
美鶴の話ではその山岸という女生徒は適正の可能性がある者らしい。影時間になると同時にタルタロスの中へそのまま入る形になってしまい、だがペルソナも出せず脱出も出来ないままとなっている。
影時間から出られないまま。
生存の可能性は真田の言う通り、影時間だけを体感している状態ならあるだろう。十日前に入り込んだとしても影時間の中では一日分にも満たない時間だ。
タルタロスのどこへ居るかも分からない状況だが、真田の言うとおり見殺しには出来ない。アマネ達は知ってしまい、それを助けられる可能性まで持っている。
思わぬ形で入り込んでしまった山岸へ追いつく方法として、普段の様に影時間となってから潜入するのではなく、タルタロスヘ変わる瞬間を山岸と同じ場所で過ごして近くへ到る方法が提案された。
それは普段のタルタロス攻略方法である学園が変貌してからという安定した状況での侵入とは異なり、何が起こるか分からない危険性がある。良くて山岸同様侵入成功だが、最悪の場合都市伝説のマリーセレスト号の様な目に遭ってもおかしくはない。
「最悪、二重遭難という可能性もある。しかし……」
「助かる可能性があるのに、放っておくなんて俺には出来ない……後悔したくないんだ」
沈痛そうにそう呟いた真田には、何か嫌な思い出があるのか。
「お前らが行かないなら、俺一人で行く」
「俺も行きます。駄目元でも動かない訳にはいきませんよ」
手を上げて意思を告げる。真田がアマネを見て、少しだけ目を細めた。
***
校門を乗り越え、伊織が下校前に鍵を開けておいた非常口から校舎へ侵入する。三年生の二人は天然なのか急いでいて気が回らないのか、とりあえず伊織を褒めて先へ行ってしまった。
「ブリブリ何とかって、なに?」
「Brilliant ですよ。素晴らしいとか優秀だとかって意味で、褒め言葉として使ってるみてぇですね」
「あ、じゃあオレ褒められたの?」
「良かったな」
「ちょっ、有里、撫でんなっ」
夜の学校を先に行ってしまった二人を追いかけながら話す。薄暗く静かな学校は昼間とは違う雰囲気を出していて、少し岳羽が怯えていた。
「電気点けましょうよ……」
「怖がっちゃってまー」
対する伊織は楽しげだ。有里はこんな時でもいつもの様にイヤホンで音楽を聴いているらしく怖がっている素振りも何も無い。
窓の外から見える校庭は月明かりで煌々と明るく、今日は満月だと思い出した。
二手に分かれ、有里と岳羽の二人と一緒に職員室へ鍵を探しに行く。玄関ホールへの階段を降りたところで聞こえた夜間警備員の足音に慌てて隠れた。仮に見つかっても追い出されるだけで済めばまだいいが確実に怒られるだろう。
急ごうと立ち上がった途端今度は岳羽の携帯が鳴った。それに対しても驚く岳羽には悪いが、その音のせいで先程の警備員が戻ってくるとも限らない。
何処からか犬の遠吠えが聞こえる。
「あっちに行った三人は大丈夫ですかねぇ。警備員が向かったみたいだし、見つかってなければ良いんですが」
「大丈夫だと思う」
「斑鳩君は夜の学校とか平気?」
「昔はしょっちゅう侵入して遊んでたクチです」
「不良だったの?」
『昔』の部分に含んだ意味は、されても困るが流石に理解されなかった。その『昔』は校庭で暗殺部隊と対決している後輩達を眺めたりした頃のことだ。学校の風紀を守る筈の人間が許していたのだから仕方がない。
無用心にも鍵の掛かっていない職員室へ入り、真っ直ぐ鍵置き場へと向かう。下手に違うところを探ってそれが美鶴にバレれば、何をされるか分かったものではない。
「体育館、体育館……もう、暗くて字がよく見えないな。この鍵、なんて書いてある?」
「死体置き場」
「ふふっ」
有里の答えにアマネは思わず笑ってしまった。持っていた家庭科室の鍵を戻し笑い声が出そうになるのを、口を押さえて我慢する。
「あのね、覚えとくよ? いつか、復讐は果たされるんだから。――って、よく見たら体育館の鍵じゃないの!」
ふて腐れた岳羽がちゃんと確認し、体育館の鍵を手に入れた。最初からそうして自分で確認していれば良かったのに。
というかそもそも、手元を照らす程度の明かりなら携帯の明かりを使えば良かったのだ。
玄関ホールには既に先輩達が待っていた。再会して早々岳羽をからかう伊織に、岳羽も逐一突っ掛からなければ良いのに言い返している。
「四人がこのままタルタロスヘ突入。私とあと一人が外でスタンバイだ。影時間へ入ったら、私が位置を割り出す」
改めて二組に分かれての行動。突入組は意気込んでいる真田と真田が指名した有里、それと志願したアマネに汚名返上をしたいらしい伊織の四人だ。正直三人ずつに分かれれば良かっただろうにバランスの悪い。男女で分かれたと思えば良いのか。
体育館に移動し、倉庫で影時間となるのを待つ。腕時計の中で針が全て重なると同時に感じる不快感。空気が変わるのを体感しながら、アマネは少しの間だけ目を閉じた。
***
深呼吸をしてから目を開いた世界は、タルタロスの内部であることが分かる異空間だ。見慣れない壁や床ではあったが、それこそ学校ではなくタルタロスの中だという証拠になる。
そういえば先輩達はと辺りを見回すと、アマネのすぐ横に有里が倒れていた。
「先輩?」
声を掛けながら揺さぶれば有里がすぐに目を覚ます。アマネと違って意識を失ったのは、アマネが有里より空気や環境の変化に慣れていたからというだけだろう。
「ここは……」
「タルタロスですよ。無事に入れたみたいですね」
「伊織と真田先輩は?」
「分かりません。桐条先輩とも……繋がりませんね」
起き上がって額に手を当てる有里の背を支えているとふと気配がして、アマネは武器を抜きながら有里を庇うように警戒しつつ気配がした方を振り返る。
そこにはボーダーラインの上下を着た少年が、こちらを見て立っていた。
少年の、人とは違うが何処か覚えのある気配に、どこで感じたものかを思い出そうとしていると伸ばされた有里の手が武器を構えるアマネの手を下ろさせる。
「目が覚めた? 君の部屋の外で会うのと、そっちの彼に会うのは初めてだね」
「なぜ君がここに?」
話しかける有里に、ああそうか先日の影時間の時、有里の部屋から感じた気配だと思い出した。有里は知り合いなのか不思議そうだ。
「ふふ、言ったでしょ。僕はいつでも、君の傍に居るってね」
少年の声は有里に似ていた。少年は楽しげに微笑んだかと思うとすぐに悲しげに視線を逸らす。その左目の下に泣きボクロがあることに気付いたが、きっと大した意味もない。
「今夜、君にやってくる試練は、どうも一つじゃないみたいだ。とにかく、急いだほうがいいよ……『彼女』が待ってる。今の君達には必要な人だ」
試練とは何のことか分からないが、『彼女』というのは山岸のことだろうか。
どうしてそんなことを言うのか、彼女が生きていることを知っているのかと聞きたいことはあったが、少年の微笑みはそれを尋ねることを許さない。
「じゃ、また会えるといいね」
そう言って少年は消えてしまった。
「とりあえず先輩達を探しましょう」
「そうだね」
距離が遠いのか、ようやく繋がった通信も再び切れてしまう。アマネ達のように真田と伊織も二人組で行動していればいいが、もし一人だとしたら探すのも合流の為に移動するのも大変だ。
途中に居るシャドウはそう強くもなく、二人で倒しながら進んでいけばまた通信が入り美鶴の声が聞こえる。すぐに途切れてしまったその通信の最後に、知らない声が混ざった。
「……今の最後、結構はっきり聞こえましたよね」
「混線かな」
「何処とですか。タルタロス放送局でもあるんですか」
「あったら面白い」
通信はノイズ交じりではあるが先へ進むごとに何度も繋がり、そして切れる。知らない声も同時に聞こえてきて、相手も美鶴の通信を聞いているらしい。そうして聞こえる声に不安がっているのが分かった。
シャドウを倒した有里の後を追い駆け、合流出来ていないでいる真田達を心配しながらも、先程の少年のことを思い出す。
人の気配では無いのだけれど、シャドウとも違う。こちらに害を与えようとはしなかったし、一応有里の知り合いなのだろう。
だがどうして。何故。
あれは人ではないというのに、人である有里の知り合いなのか。
「……その、有里先輩。聞いて良いですか」
「何?」
「さっきの子供、何者です?」
「知らない」
有里の返事は早かった。
「オレが寮に来た日、出会った。時々ああやって現れるんだ。それ以上は知らない」
「名前も?」
「知らない」
「……そこは知っておきましょうよ」
「どうして」
「……人の名前くらい知っておきましょう。他には何か知ってることは?」
「無い」
つまり名前どころか何も知らないのだろう。
有里は日頃から周囲に対してどうでも良いと関心を向けないところがあると思っていたが、流石に不可解な現れ方をする子供に関してくらい色々考えたほうが良いのではないかと不安になる。
聞きたいことは他にもあるし、アマネは正直あの子供の言った言葉が気になって仕方が無い。
ああいうのに似た存在自体へ『昔』にも会ったことのある身として、そう放置していていいとは思えないのだ。
あの子供自身に害意や敵意はなくとも、存在だけで周囲に影響を与えるということは多々有る。彼が有里に出会う意味、会いに来る意味くらいは知っておくべきではないのか。
そう思いながら見つけた階段を昇る有里を見上げる。何を考えているのか分からない様子に、アマネが忠告しても意味が無さそうな気がした。
どうなったとしても大抵は頑張ればどうにか出来るだろうが。
「早く行こう」
「はい」
今は目の前の事に集中しようと、アマネは有里を追い駆けて階段を駆け上った。
***
「おー、ようやくお出ましだよ。心配したぜ……ったく」
合流できた真田と伊織に怪我は無いようだった。通信に紛れた知らない声は二人にも聞こえたらしく、そのことを話そうとした途端また声が聞こえる。
今度はだいぶはっきりと、か細い女性の声。
大げさに驚く伊織が声のしたほうを振り返る。そこには青白い顔をした少女がこちらの様子を伺っていた。学校の制服を着ているところからして、彼女が行方不明だった山岸だろう。
「『山岸風花』か?」
真田が尋ねれば彼女は勢いよく頷く。生きていたことに驚くという失礼なことをしておきながら伊織が話しかけた。彼女は助けと聞いて安心したのか、力なくではあるが安堵したように微笑んだ。
無事保護したと連絡しようとも、まだ美鶴との通信は繋がらない。
大丈夫だったかと尋ねられて、彼女は何にも出会わなかったと言った。今までずっと。
どういう事かと聞けば、なんとなく気配が分かる、気がするらしい。
真田が念の為と言って召喚器を山岸へ渡す。何も説明しないで見た目拳銃を渡すというのはどうかと思ったし、彼女も案の定驚いたが真田はお守りの一言で済ませた。
無理だと思う。普通は。
だがここは普通ではない。シャドウの巣窟タルタロスだ。山岸の精神も疲れや緊張で少し普通ではなくなっているのか、拳銃を拒否することなく受け取った。
「よし、急いで脱出するぞ」
真田の指示で歩き出す。有里と真田を先頭に、彼女を間にアマネと伊織が最後尾。これなら前からでも後ろからでもシャドウが来たとき彼女を守れる。
「疲れて歩けない様だったら言ってください」
「えっ……」
「お前こんなトコでセクハラ発言かよ。っていうか運ぶつもりか?」
「舐めねぇでください。女性を抱えて脱出できる程度の体力はありますから」
「おーおー、張り切っちゃて」
張り切っているわけではない。伊織は冗談だと思っているようだが、本当に土壇場が来たらそうするつもりだ。
タルタロス内にも外が望める窓がある。外は靄というか霧というか、霞みかかっていて遠くまで見ることは出来ない。だが高い建物であることからかやけに月が近くに見えた。
見晴らしの良い通路でその月の大きさに伊織が声を上げる。異様な程輝く月を不思議がる伊織に、真田がシャドウとの関係性を説明した。
そう言えば自分達が彼らと出会った日も満月だった気がする。となるともう一ヶ月経つのか、とアマネが窓の外の月を見上げていると、真田が伊織との会話で何か引っ掛かりを覚えたらしい。
「……前も丸かった? おい、四月に寮が襲われた日、月を見たか?」
「丸かった気が……」
有里が立ち止まって答える。四月だとアマネはまだこの街にすらいなかった。
「全て満月だ!」
真田が何かに気付いたらしく慌ただしく美鶴との通信を試す。いきなりどうしたのだろうかと戸惑うアマネの耳にも、美鶴の通信が僅かに聞こえた。
やはり距離が遠いのかハッキリしない。それでもシャドウと言ったのが分かる。
気をつけろ、という言葉と同時に通信が一切出来なくなった。まさか美鶴達が襲われたのかと考えかけた時、隣に居た山岸が何かに反応を示す。
「今までのより、ずっと大きい。しかも……人を、襲ってる」
彼女は何を感知しているのか。悪態を吐いた真田に訳が分かっていないらしい伊織が聞く。
「出たんだ! おそらく……ヤツらは満月に来るんだ!」
ヤツら。
覚えはないが、不穏な雰囲気を孕む言葉だ。急に走り出した真田を慌てて追い駆ける。転びそうになった山岸の手を掴んで助けて、そのまま引っ張るように走った。
「大丈夫ですかっ」
「う、うんっ」
「嫌かも知れませんがはぐれねぇ様にこのまま走ります。有里先輩、伊織先輩、先に行ってください」
「分かった」
「お、おう」
真田を追って有里と伊織が走る速度を速めて先へ行く。女性、しかも長い時間タルタロスに閉じ込められていた山岸を連れて走るには全力が出せない。けれども周囲が見覚えのある階層になってきたので、ここの辺りからであればアマネ一人でも山岸を守りながら戻ることは出来るだろう。だから二人を先に行かせた。
おそらく美鶴達はシャドウに襲われている。しかも大き目のシャドウに。
真田がどういう思考でそのことに思い至ったかは分からない。もしかしたら満月の時には強いシャドウが現れやすいと今までの経験から気付きでもしたのか。
となると戦力は一人でも多く合流したほうがいい。先に行かせた先輩達の姿が見えなくなる。
「疲れてるかも知れませんが頑張ってください。もうすぐですから」
「うんっ……えっと」
「一年の斑鳩です」
「ありがとう斑鳩くん」
「礼を言われるのはまだ早いですよ」
エントランスへ降りられるターミナルを見つけて踏み付ける様に飛び乗る。黄色掛かった光に覆われたかと思うと視界が見慣れたエントランスに変わり、その階段の辺りで大型シャドウが美鶴と岳羽と対峙していた。
苦戦している。
「これは……⁉」
「真田サン! シャドウの気ぃ逸らさないと!」
「分かっている! 貴様らの相手はこっちだ!」
普通の攻撃が効かない、という美鶴の忠告の直後、タルタロスの扉が開いて誰かが入ってきた。吐息交じりの掠れた声で山岸の名前を呼ぶ女生徒。美鶴は知っている人物らしい。
「まさか……森山さん⁉」
山岸が呼んだ名前に覚えはなかった。
「逃げてっ! ここは危ないからっ!」
「わ、私、あ、あんたに、謝らなきゃって……」
タルタロスヘ入ってきた森山という女生徒が、まるで山岸しか見えていないかのように足を踏み出す。その途端、シャドウが森山へと向かって動いた。
「おい! 危ねぇ!」
「森山さんッ!」
山岸が叫ぶ。
「私が……守らなきゃ」
そう呟いたのが聞こえたのは、隣に居たアマネと有里だけかもしれない。山岸はおもむろに真田から渡されていた召喚器の銃口を、使い方も知らない筈なのに自分のこめかみへと当てた。
ガラスの割れる音。
山岸の周囲を鈍い色の靄が掛かったかと思うと、見たことの無いペルソナが現れ山岸を包み込んだ。慌てて少し離れるとその全体像が見えた。
透明な球状の下腹部。その上には女性の上半身が繋がり、両手をやんわりと広げて揺れている。山岸はその球状の下腹部の中だ。
「山岸さん……⁉」
「ペルソナ……?」
水の中を反響するかのように、山岸の声が聞こえる。
『私……あの怪物たちの弱い所、なんとなくだけど、見えます……』
「……思ったとおりだ。美鶴、バックアップは彼女が代わる」
そう言って大型シャドウへ向き直る真田に有里も剣を構えた。アマネと伊織もシャドウへ近付き武器を構える。
対峙したシャドウは二体。どこか不思議の国のアリスに出てきた赤の女王を髣髴とさせるシャドウに、貴族が王族かをモチーフにでもしているらしいシャドウ。
山岸の声が響く。シャドウの弱点を告げる。
攻撃をしていくとシャドウは自身の性質を変えてきたが、それも山岸が上手くフォローしてきて、戦闘は容易い。
有里がシャドウをペルソナで貫く。それによってシャドウが倒れて消滅した。
「敵……他に、敵は……」
「もう心配ない」
呻くようにシャドウの気配を探っていた山岸に真田が声を掛ける。安心したかの様にふらついた山岸に、森山が驚いたように話しかけた。
「け、怪我は、無い……?」
「う、うん……」
何処かぎこちないのは先ほどの戦闘を見ていたからと、互いに対する感情のせいだろう。今までの会話と雰囲気からして、森山は山岸を苛めていた加害者なのだろうし、だとすれば気まずくなるのも当然である。
「良かった……」
そう呟いた山岸が、糸が切れたようにその場で倒れ込んだ。
「風花⁉」
「心配ない。疲れが祟っただけだ」
美鶴がそう言って森山を安心させる。泣き出した森山は美鶴に任せ、アマネは岳羽と一緒に倒れた山岸へ近付いて脱いだ上着を被せ、抱き上げる。
「大丈夫?」
「はい」
「今の二体のシャドウは、何処から……?」
「外からだ。寮やモノレールに出た時と同じだ」
「そうか……」
森山を落ち着かせた美鶴と真田が、シャドウが何処から来たのかを話し合っている。山岸を横抱きに抱えたままアマネは岳羽と一緒に二人へ近付いた。
「って言うか森山さん、影時間とかシャドウとか、全部見ちゃって、これから……」
岳羽の視線の先には、しゃがみこんでまだ泣いている森山。今の時間に動けているということでアマネ達のように適正があると思ったのだろう。それを真田が否定する。
シャドウの消滅した辺りを見ていた伊織と有里もこちらへ歩いてきた。