ペルソナ3
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夜になって、四階の作戦室に寮生が揃うと、望月は一人掛けのソファへ腰を降ろして俯いていた。アマネはそのソファの後ろへ回り、背凭れへと寄りかかって腕組みをする。
いつものことだが、席が足りないので誰かは立っていなければならない。
「これで、全員集まったな」
「綾時くん……もう大丈夫なの?」
「ありがとう。僕なら大丈夫だ。それに僕には……全てを伝える責任がある」
そんなモノ無い、とは言えなかった。
「早速だが、訊きたい事が山ほどある。質問に答えてもらおう。君は昨日、シャドウたちの目的が『母なるもの』の復活にあると言った。その存在について教えてくれ。復活すれば、どうなる?」
「母なるものの名は……『ニュクス』」
伊織が不思議な言葉を聞いたかのように口の中で繰り返す。
「太古、この星に『死』なるものを授けた僕らシャドウの母たる存在だよ。目覚めれば……星は純粋なる死に満たされて、全ての命は、消え失せる」
「命が消える⁉」
「全ての命が消える……まさか、絶滅するという意味か⁉」
「生きる事を止めてしまう……って言った方が正確かな」
『生きる』という意志をなくした生き物は、果たして生き物足りうるのか。無気力症の患者、通称『影人間』の姿はそれを問いかけてくる。
意思無く何も考えず、ただ筋肉の収縮する働きによってだけ生命維持をしている物は、『生き物』と呼ぶに人類は満足しない。ましてや全人類がそうなってしまうのであれば、認識されない時点でそれは滅んだことになる。
望月の言う『滅び』とはそういうことだ。
防ぐ方法はあるのかという岳羽の問いに、望月は沈黙で答える。
「『鐘』が鳴ったのを聴いたろ。あの時、すべては決したんだ。僕は『宣告者』。死を『宣告する者』……僕は、存在そのものが滅びの確約なんだ」
アマネ以外の全員が言葉を失っていた。アマネの『昔』の話を聞いた事がある有里さえそんな様子で、ただアマネと望月を交互に見ている。
滅びの日は次の春を待たずにやってくるという。あまりに短い猶予に皆が動揺を隠せないでいた。
「へ……ヘヘン。み、みんな、何ビビっちゃてるワケ? ニュクスだか何だか知んないけど、そんなん…倒しちゃえばいいジャン! 今までだって、ずっと勝って来たジャンよ!」
「それは無理だ……ニュクスの前では、力の大小なんて問題じゃない」
望月が顔を上げてアマネを見上げる。
「死なない命は無いように……時の流れを変えることは出来ても止めてしまえないように、ニュクスを消すなんて事は……決してできない」
悲しげな目をしていた。
「……僕は、シャドウが集まって生まれた存在だ。なのに人の姿をしてて、君たちとこうして話せたり、喜んだり悲しんだりも出来る。これは、僕が彼の中に居た事の恩恵だ。おかげで僕は……君たちに選択肢をあげられる」
ややあって寮生へと視線を戻した望月が口を開く。
「選択肢……?」
「ニュクスの訪れはもう避けられない。でも、その日までを苦しまずに過ごす事は、出来る。僕を殺せばいい。『宣告者』の僕が消えれば影時間に関わる記憶は全て消える。つまり君たちの記憶から、この救いの無い現実を消す事が出来る。もう何も……決して思い出す事は無い。滅びの訪れは一瞬のものだ。何も知らずに迎えるなら、君たちは苦しまずに済む」
誰も気付かなかった。アマネでさえ一瞬聞き間違いかと思う程自然に、望月は言う。
「全てを、忘れる……?」
「君たちは普通の高校生活に戻れるって事さ。それに『滅び』までの時間も、少しは長くなるかも知れない。本来、僕の性質はニュクスと同じ。だから殺すなんて出来ない」
そこで望月は僅かに息を止めた。
「でも、彼らのおかげで……今の僕には僅かだけ『人』の性質があるんだ。彼の手でなら……たぶん、出来る」
望月が見つめたのは、有里。かつて彼を宿していた『少年』
「もし僕を殺さなければ、全てが今のままだ。避けられない間近な死を怯えて待つだけの、救いの無い日常がただ続いていく……。でも僕は、君たちをそんな目には遭わせたくない」
「記憶が消えるなんて……そんなのイヤよ。て言うか『忘れれば楽だ』なんて、そんなの単なる逃げじゃない!」
「逃げる事は、悪い事かい?」
激昂する岳羽に反して、望月はどこまでも冷静だ。
「逃げなければ、そこには君たちの想像を超えた途方も無い絶望が広がってる。『絶対に死んでしまう』という怖さを君たちはまだ知らない。今の気持ちだけで、簡単に決めない方がいい」
気を抜けば望月のことを殴ってしまいそうになる手を、腕を強く掴む事で堪える。
望月の言う『絶対に死んでしまう怖さ』を知っていた。『想像を超えた途方もない絶望』だって、アマネは既に何度も経験している。
弟達を残して死んでしまうことも、誰も居ない恐怖も、死ぬ寸前の感覚でさえアマネは経験しているのだ。今更『犠牲』を生み出して人生を全うしたいと思うほど、アマネは出来た大人じゃない。
それに。
それでもアマネは、『覚えて』いるのだろう。
「すぐに決めなくてもいい。少しだけど……まだ時間はあるから」
静かに望月が立ち上がった。
「十二月三十一日……今年の大晦日。それまでに、考えておいて。それを過ぎると、僕は影時間の闇に溶けてもう君たちの触れられない存在になる」
扉へ近付き開いた望月が立ち止まって振り返る。作戦室に居る全員の顔を順に眺め、最後にアマネへ向けて申し訳無さそうに微笑んだ。
「どうせ、僕は、ニュクスの訪れと共に役割を終えて消える存在だ。僕の心配は要らない。大晦日になったら……また来るから」
閉められた扉の向こう。伊織が呼び止めようと立ち上がって扉を開けるが、その向こうの闇の中へ望月の姿は無い。
アマネは望月が座っていたソファへ腰を降ろして頭を抱える。
無性に友人達の形見だった腕輪があって欲しかった。
いつものことだが、席が足りないので誰かは立っていなければならない。
「これで、全員集まったな」
「綾時くん……もう大丈夫なの?」
「ありがとう。僕なら大丈夫だ。それに僕には……全てを伝える責任がある」
そんなモノ無い、とは言えなかった。
「早速だが、訊きたい事が山ほどある。質問に答えてもらおう。君は昨日、シャドウたちの目的が『母なるもの』の復活にあると言った。その存在について教えてくれ。復活すれば、どうなる?」
「母なるものの名は……『ニュクス』」
伊織が不思議な言葉を聞いたかのように口の中で繰り返す。
「太古、この星に『死』なるものを授けた僕らシャドウの母たる存在だよ。目覚めれば……星は純粋なる死に満たされて、全ての命は、消え失せる」
「命が消える⁉」
「全ての命が消える……まさか、絶滅するという意味か⁉」
「生きる事を止めてしまう……って言った方が正確かな」
『生きる』という意志をなくした生き物は、果たして生き物足りうるのか。無気力症の患者、通称『影人間』の姿はそれを問いかけてくる。
意思無く何も考えず、ただ筋肉の収縮する働きによってだけ生命維持をしている物は、『生き物』と呼ぶに人類は満足しない。ましてや全人類がそうなってしまうのであれば、認識されない時点でそれは滅んだことになる。
望月の言う『滅び』とはそういうことだ。
防ぐ方法はあるのかという岳羽の問いに、望月は沈黙で答える。
「『鐘』が鳴ったのを聴いたろ。あの時、すべては決したんだ。僕は『宣告者』。死を『宣告する者』……僕は、存在そのものが滅びの確約なんだ」
アマネ以外の全員が言葉を失っていた。アマネの『昔』の話を聞いた事がある有里さえそんな様子で、ただアマネと望月を交互に見ている。
滅びの日は次の春を待たずにやってくるという。あまりに短い猶予に皆が動揺を隠せないでいた。
「へ……ヘヘン。み、みんな、何ビビっちゃてるワケ? ニュクスだか何だか知んないけど、そんなん…倒しちゃえばいいジャン! 今までだって、ずっと勝って来たジャンよ!」
「それは無理だ……ニュクスの前では、力の大小なんて問題じゃない」
望月が顔を上げてアマネを見上げる。
「死なない命は無いように……時の流れを変えることは出来ても止めてしまえないように、ニュクスを消すなんて事は……決してできない」
悲しげな目をしていた。
「……僕は、シャドウが集まって生まれた存在だ。なのに人の姿をしてて、君たちとこうして話せたり、喜んだり悲しんだりも出来る。これは、僕が彼の中に居た事の恩恵だ。おかげで僕は……君たちに選択肢をあげられる」
ややあって寮生へと視線を戻した望月が口を開く。
「選択肢……?」
「ニュクスの訪れはもう避けられない。でも、その日までを苦しまずに過ごす事は、出来る。僕を殺せばいい。『宣告者』の僕が消えれば影時間に関わる記憶は全て消える。つまり君たちの記憶から、この救いの無い現実を消す事が出来る。もう何も……決して思い出す事は無い。滅びの訪れは一瞬のものだ。何も知らずに迎えるなら、君たちは苦しまずに済む」
誰も気付かなかった。アマネでさえ一瞬聞き間違いかと思う程自然に、望月は言う。
「全てを、忘れる……?」
「君たちは普通の高校生活に戻れるって事さ。それに『滅び』までの時間も、少しは長くなるかも知れない。本来、僕の性質はニュクスと同じ。だから殺すなんて出来ない」
そこで望月は僅かに息を止めた。
「でも、彼らのおかげで……今の僕には僅かだけ『人』の性質があるんだ。彼の手でなら……たぶん、出来る」
望月が見つめたのは、有里。かつて彼を宿していた『少年』
「もし僕を殺さなければ、全てが今のままだ。避けられない間近な死を怯えて待つだけの、救いの無い日常がただ続いていく……。でも僕は、君たちをそんな目には遭わせたくない」
「記憶が消えるなんて……そんなのイヤよ。て言うか『忘れれば楽だ』なんて、そんなの単なる逃げじゃない!」
「逃げる事は、悪い事かい?」
激昂する岳羽に反して、望月はどこまでも冷静だ。
「逃げなければ、そこには君たちの想像を超えた途方も無い絶望が広がってる。『絶対に死んでしまう』という怖さを君たちはまだ知らない。今の気持ちだけで、簡単に決めない方がいい」
気を抜けば望月のことを殴ってしまいそうになる手を、腕を強く掴む事で堪える。
望月の言う『絶対に死んでしまう怖さ』を知っていた。『想像を超えた途方もない絶望』だって、アマネは既に何度も経験している。
弟達を残して死んでしまうことも、誰も居ない恐怖も、死ぬ寸前の感覚でさえアマネは経験しているのだ。今更『犠牲』を生み出して人生を全うしたいと思うほど、アマネは出来た大人じゃない。
それに。
それでもアマネは、『覚えて』いるのだろう。
「すぐに決めなくてもいい。少しだけど……まだ時間はあるから」
静かに望月が立ち上がった。
「十二月三十一日……今年の大晦日。それまでに、考えておいて。それを過ぎると、僕は影時間の闇に溶けてもう君たちの触れられない存在になる」
扉へ近付き開いた望月が立ち止まって振り返る。作戦室に居る全員の顔を順に眺め、最後にアマネへ向けて申し訳無さそうに微笑んだ。
「どうせ、僕は、ニュクスの訪れと共に役割を終えて消える存在だ。僕の心配は要らない。大晦日になったら……また来るから」
閉められた扉の向こう。伊織が呼び止めようと立ち上がって扉を開けるが、その向こうの闇の中へ望月の姿は無い。
アマネは望月が座っていたソファへ腰を降ろして頭を抱える。
無性に友人達の形見だった腕輪があって欲しかった。