ペルソナ3
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寮のラウンジに話があるからと全員が集められ、その中には結局一週間体験学習を休んだ伊織の姿もある。
凡庸とした慰めの言葉しか掛けられないことは分かりきっていたので、アマネは一言も話しかけなかった。
美鶴が出してきたのはスケッチブックで、チドリが入院していた病院が彼女の病室を整理している時に出てきたものらしい。声楽と絵画に関しては微塵たりとも才能の無いアマネには全く縁の無いものだ。
濃い鉛筆の汚れが端についているそれは、それでも随分と丁寧に使い込まれているだろう事が窺える。見覚えがあったものの受け取る事を拒否した伊織に代わり、岳羽がそのスケッチブックを捲った。
中に描かれていたのは、伊織の顔。
伊織はチドリの描くものは一般人には理解できないと言っていたが、そこに描かれていたものは知識の無いアマネでも上手いと言わざるをえない。
それが、何枚も何枚も、このスケッチブックの用紙は全て伊織が描かれているのではと思うほどに埋め尽くされている。一枚を描き上げるのに一度見ただけとは思えないので、見ながら書いたのだとすればそれは入院中、伊織が何度も足を運んだという事だ。
しかし、多分これはそれだけではない。おそらく伊織が見舞いへ来ない日にも描かれたのだろう。見舞いに来てくれた伊織のことを思い出して、何度も、何度も。
「フサいでんなよって、言われてるみてえ……」
涙声のまま、スケッチブックへ描かれた自分を見つめて伊織が呟く。それから顔を上げて有里をまっすぐに見た。
「なぁ、湊。オレ……影時間を消すために、戦うよ。今まで、ちょくちょく突っ掛かったりして、悪かったな。ちっとだけ悔しいけど……でも、オマエの力、頼りにしてるぜ」
伊織の目は立ち直った者のそれだ。
アマネは伊織の手に抱えられたスケッチブックを見つめて、無意識に腰の普段ナイフを差しているベルトへ伸びていた手を握り締める。そこに触れたいものは無い。
早急な用件はその事だけだったらしく話はそれで終わり、そのまま雑談へと移った話し合いにも程ほどに参加して、アマネは皆が飲んだ後の茶器をキッチンの流しへと運ぶ。
誰も来ない事を確かめてから、流しの縁に擦り寄るようにしゃがみ込んで左手を鳴らした。
指先に灯る小さい橙色の炎。
「アマネ?」
「⁉ ……湊さん、ですか」
リアルに肩が跳ねた。慌てて炎を消して立ち上がったせいでよろけて身体を流し台へぶつけたが、それよりも誤魔化す事が先決だ。
有里は空らしいマグカップを持って不思議そうにアマネを見ている。この人はどうしてかアマネに対しては聡いので油断が出来ない。
「どうしたの」
「別に何でもねぇ……」
「話して」
「……ちょっと『昔』のことを思い出しただけですから」
「『昔』」
「話したでしょう?」
有里にならそれで通じるだろうと思えば、思い出したのか納得したように頷いた。
ただ、アマネ自身にも、どうしてそれを思い出したのかは分かっていない。チドリが意識を失い、それを抱きかかえて涙する伊織の姿を見たからなのか、それとも遺品として伊織に渡されたスケッチブックを見たからなのか。
微妙に置き換えられる記憶があるから困る。
チドリを『シルビ』。スケッチブックを『ナイフ』へ置き換えれば、それはアマネが『死んだ』時に良く似ていた。
「弟達は俺の使っていたものを隠していたんです。それを思い出したら、あいつ等は俺の『死』から立ち直れてたのか気になって」
空白の百年。それをアマネは知らない。個人の思いであれば尚更。
「だから、少しうだうだしただけで……決して湊さんが頭を撫でるようなことは無ぇんですよ」
「うん」
頷いたくせに人が話している途中から頭を撫で始めていた有里は、手を止める素振りもない。その手を掴んで止めさせる事も出来るのだが、アマネはそれをしなかった。
有里を見下ろせば目が合って微笑まれる。コロマルを撫でている時にたまに浮かべるものに似ているが故意は無いと思いたい。コロマルには悪いが同系列は嫌だった。
荒垣の時ほどうろたえないのは、既に一度全てを有里へ吐き出しているからだろう。
満足したのか有里がアマネの頭から手を降ろす。
「スケッチブック。絵上手かったね」
「そうですね。ああ、湊さんも美術部でしたねぇ。やっぱり気になりますか?」
「オレもあんまり上手くない。平賀先輩は賞取ったりしてたけど、医者になるからって部活は引退したし」
アマネの知らない名前だったが話の流れから美術部の人だろう。山岸も美術部だったから聞いてみれば分かるかもしれない。先輩と言っているということは三年生なのだろうが、この時期から受験勉強というのは遅い気もした。
医者になるというくらいだから、元から頭がいい人なのだろうが。
流しっぱなしだった水を止めて、茶器を洗う為にスポンジを手に取る。ラウンジへ戻ればいいのに隣に来た有里がじっと見つめていた。
洗うのなんて見ていても楽しくないだろうに、と考えてから、違うのかと思い至る。
「……もう平気ですよ。話して楽になりましたから」
「本当に?」
「疑われちゃ何とも言えねぇんですけど」
「アマネは無理するから」
「兄さん」
「でも……うん。平気そう」
そう言って有里はアマネを見て微笑んだ。
凡庸とした慰めの言葉しか掛けられないことは分かりきっていたので、アマネは一言も話しかけなかった。
美鶴が出してきたのはスケッチブックで、チドリが入院していた病院が彼女の病室を整理している時に出てきたものらしい。声楽と絵画に関しては微塵たりとも才能の無いアマネには全く縁の無いものだ。
濃い鉛筆の汚れが端についているそれは、それでも随分と丁寧に使い込まれているだろう事が窺える。見覚えがあったものの受け取る事を拒否した伊織に代わり、岳羽がそのスケッチブックを捲った。
中に描かれていたのは、伊織の顔。
伊織はチドリの描くものは一般人には理解できないと言っていたが、そこに描かれていたものは知識の無いアマネでも上手いと言わざるをえない。
それが、何枚も何枚も、このスケッチブックの用紙は全て伊織が描かれているのではと思うほどに埋め尽くされている。一枚を描き上げるのに一度見ただけとは思えないので、見ながら書いたのだとすればそれは入院中、伊織が何度も足を運んだという事だ。
しかし、多分これはそれだけではない。おそらく伊織が見舞いへ来ない日にも描かれたのだろう。見舞いに来てくれた伊織のことを思い出して、何度も、何度も。
「フサいでんなよって、言われてるみてえ……」
涙声のまま、スケッチブックへ描かれた自分を見つめて伊織が呟く。それから顔を上げて有里をまっすぐに見た。
「なぁ、湊。オレ……影時間を消すために、戦うよ。今まで、ちょくちょく突っ掛かったりして、悪かったな。ちっとだけ悔しいけど……でも、オマエの力、頼りにしてるぜ」
伊織の目は立ち直った者のそれだ。
アマネは伊織の手に抱えられたスケッチブックを見つめて、無意識に腰の普段ナイフを差しているベルトへ伸びていた手を握り締める。そこに触れたいものは無い。
早急な用件はその事だけだったらしく話はそれで終わり、そのまま雑談へと移った話し合いにも程ほどに参加して、アマネは皆が飲んだ後の茶器をキッチンの流しへと運ぶ。
誰も来ない事を確かめてから、流しの縁に擦り寄るようにしゃがみ込んで左手を鳴らした。
指先に灯る小さい橙色の炎。
「アマネ?」
「⁉ ……湊さん、ですか」
リアルに肩が跳ねた。慌てて炎を消して立ち上がったせいでよろけて身体を流し台へぶつけたが、それよりも誤魔化す事が先決だ。
有里は空らしいマグカップを持って不思議そうにアマネを見ている。この人はどうしてかアマネに対しては聡いので油断が出来ない。
「どうしたの」
「別に何でもねぇ……」
「話して」
「……ちょっと『昔』のことを思い出しただけですから」
「『昔』」
「話したでしょう?」
有里にならそれで通じるだろうと思えば、思い出したのか納得したように頷いた。
ただ、アマネ自身にも、どうしてそれを思い出したのかは分かっていない。チドリが意識を失い、それを抱きかかえて涙する伊織の姿を見たからなのか、それとも遺品として伊織に渡されたスケッチブックを見たからなのか。
微妙に置き換えられる記憶があるから困る。
チドリを『シルビ』。スケッチブックを『ナイフ』へ置き換えれば、それはアマネが『死んだ』時に良く似ていた。
「弟達は俺の使っていたものを隠していたんです。それを思い出したら、あいつ等は俺の『死』から立ち直れてたのか気になって」
空白の百年。それをアマネは知らない。個人の思いであれば尚更。
「だから、少しうだうだしただけで……決して湊さんが頭を撫でるようなことは無ぇんですよ」
「うん」
頷いたくせに人が話している途中から頭を撫で始めていた有里は、手を止める素振りもない。その手を掴んで止めさせる事も出来るのだが、アマネはそれをしなかった。
有里を見下ろせば目が合って微笑まれる。コロマルを撫でている時にたまに浮かべるものに似ているが故意は無いと思いたい。コロマルには悪いが同系列は嫌だった。
荒垣の時ほどうろたえないのは、既に一度全てを有里へ吐き出しているからだろう。
満足したのか有里がアマネの頭から手を降ろす。
「スケッチブック。絵上手かったね」
「そうですね。ああ、湊さんも美術部でしたねぇ。やっぱり気になりますか?」
「オレもあんまり上手くない。平賀先輩は賞取ったりしてたけど、医者になるからって部活は引退したし」
アマネの知らない名前だったが話の流れから美術部の人だろう。山岸も美術部だったから聞いてみれば分かるかもしれない。先輩と言っているということは三年生なのだろうが、この時期から受験勉強というのは遅い気もした。
医者になるというくらいだから、元から頭がいい人なのだろうが。
流しっぱなしだった水を止めて、茶器を洗う為にスポンジを手に取る。ラウンジへ戻ればいいのに隣に来た有里がじっと見つめていた。
洗うのなんて見ていても楽しくないだろうに、と考えてから、違うのかと思い至る。
「……もう平気ですよ。話して楽になりましたから」
「本当に?」
「疑われちゃ何とも言えねぇんですけど」
「アマネは無理するから」
「兄さん」
「でも……うん。平気そう」
そう言って有里はアマネを見て微笑んだ。