ペルソナ3
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学校の図書室で借りた本を読んでいれば影時間になってしまい、今夜はもう寝るかとベッドの中へ入り込もうとしたところで警報が鳴った。
間を置かず山岸によるペルソナを使っての声が聞こえ、アマネは上着を掴んで四階の作戦室へと向かう。作戦室にはアマネと同じように急いで集まった面々が揃っていた。
どうやら大型シャドウではないものの、タルタロスの前にここへ居るアマネ達とは違うペルソナ使いの反応を見つけたらしい。思い当たる存在は、最後の大型シャドウを倒した日に現れた『ストレガ』だ。
そう考えたのは当然アマネだけではなく、真田達も生きていたのかと苦々しげである。
様子を探り続けていた山岸が不意に悲鳴を上げたかと思うと、山岸とは違う声が山岸のペルソナの向こうから聞こえてきた。アマネ達に捕まった後から今まで、病院で入院していたはずのチドリの声である。
そういえば昼間、ニュースで病院に爆発物が放り込まれたという話をしていたなと思い出すものの、それを変に思うには遅すぎたらしい。チドリはアマネ達を消す事に決めたからタルタロス前へ来いと、随分勝手な事を言って通信を切る。
伊織が叫んで作戦室を出て行った。追いかけようとしたものの、真田に腕を掴まれ阻止される。
「待て斑鳩」
「ですが」
「ああ、罠かもしれない。だが相手はストレガだ。放ってはおけないだろう。それに連中に会えば今の状況を知る手掛かりになるかも知れない」
美鶴が冷静に状況を整理した。
あのストレガが生きていたとして、残りのタカヤはともかくジンはまだアマネが刺したナイフの傷が完全には治っていないだろう。チドリだって昨日までは入院していたうえに召喚器は没収されていた筈である。とすれば罠だとしても戦力として数えていいのはタカヤだけだ。
負傷の点ではアマネも同様だが、アマネは別にナイフが握れない訳でも召喚器が持てない訳でもない。それでも今までの作戦時のように戦闘メンバーを選ぶ際、有里はアマネをメンバーには加えなかった。
タルタロスへ向かう為に作戦室を出て寮の玄関へ向かう最中、美鶴が思い出したようにアマネを見る。
「斑鳩、キミは寮に残って……」
「待機はしません。大丈夫です」
「……無理はするなよ」
アマネよりも、先に向かった伊織が無茶をしないかのほうが気になった。走る際に振った腕が少し痛んだけれども、傷の治り具合でいうなら支障は無いから気にしない。
タルタロスヘ到着すると、入口の階段のところでチドリと伊織が対峙している。地面に倒れている人は居ないものの、幾月を『殺した』日と似ているなと思った。
だからだろうか、嫌な予感がしたのは。
「ちょっ、あっぶね! 当たったらケガで済まねーっつの!」
投げられた手斧を避けた伊織が怒鳴る。チドリが舌打ちするのが聴こえた。
「下がれ順平! 話が通じる状況じゃない!」
「これ以上は危険です! 気持ちは分かるけど、順平くん、今は下がって!」
真田と山岸が伊織を下がらせようとするその向こうで、チドリが召喚器を取り出す。一体何処で手に入れたのかと思ったものの、タカヤとジンのことを思い出して理解せざるを得なかった。
おそらく二人のどちらか、もしくは二人が彼女へ召喚器を渡したのだろう。現在その二人はチドリの傍におらず、彼女を止める為にも有里達がそれぞれ武器を構えた。
一対多数で、ましてや先日まで入院していてまともに身体を動かしていなかったであろう彼女が勝てる訳も無く、倒れたチドリへ伊織が駆け寄って抱え起こす。
「触らないでって、言ったでしょ……」
「チドリ、教えてくれよ……なんで、こんな」
チドリが少し、微笑んだ。
「一番怖いのは……死ぬ事じゃない。一番怖い事……それは『執着』してしまう事。そうなれば失くすのが怖くなる。物だって、命だって、なんだって……。だから私たちは、いつだって今という瞬間を楽しむだけ。なのに順平は、私に、要らない苦しみを持ってきた」
「え…?」
救急箱を提げていた自分の手が震えている事に気付いたものの、アマネはどうしてだか分からなかった。ただ、近付いて応急処置をしてやることも出来ない自分に気付いて、少し呆然とする。
アマネも死ぬのを怖いとは思っていない。自殺をしてはいけないとは理解しているけれども、死を怖いと思ったことは無かった。
自分のことはどうでもいいと思うのに、チドリの言葉が意識から離れない。
チドリは自身のペルソナである『メーディア』へ依存していた。そしてアマネも自身のペルソナである『イブリス』へ依存している。
それは『イブリス』が自身から抜け出たものだったからだが、かつて荒垣は有里へ『アマネとチドリが似ている』と言ったという。
「順平と一緒に居ると、怖くなかったものが、なんでも怖くなる。無くすのが怖い。死ぬのだって怖い……一緒の時間が終わっちゃうのが、怖い。だから、私……」
「チドリ……?」
顔を上げた先にあるタルタロスの扉へ向かってアマネは腰のナイフを抜いた。山岸も気付いて伊織とチドリの二人から顔を上げる。
タルタロスの中からタカヤとジンが出てきた。ジンの腕には袖から白いものが僅かに覗いている。偶然とはいえお揃いで嫌だ。
タカヤはともかくアマネに刺されたジンも生きていた事に、安堵するつもりは無かった。
「出やがったな。死に損ないどもが!」
真田が憎々しげに叫ぶものの、二人はアマネ達を気にした様子も無く伊織に抱えられているチドリを見下ろし、彼女へ対して失望したとばかりの言葉を掛ける。
「何が駄目だ! ふざけてんなよ、この亡霊ヤロウが!」
「生に『執着』などしなかった我々を、運命はそれでも『生かした』……私は『選ばれた』のです」
それならばお前等には選んでくる更に上の存在が居るのか、と言ってやろうとしたものの、それよりも先に伊織が激昂した。チドリを守るのだと宣言する伊織へ向けて鼻で笑ったタカヤが銃口を向け、真田が叫ぶ。
深夜には良く響き渡る銃声が、僅かな反響を残して消えて、伊織が不思議そうに自分の腹部を見下ろした。そこから滲む血が脚を伝って足元を赤く染めていき、伊織がチドリへ覆い被さるように倒れていく。
山岸が叫び声を上げるのを聞きながら、アマネは後ろから押されたような感覚に足を踏み出し、そのまま伊織へと駆け寄った。チドリが呆然と、伊織とその腹部から流れる血を見つめている。
タカヤが持つ銃は銃口が広く、その分放たれる銃弾も大きい。荒垣が死んだ要因もその部分にあると言ってもよく、銃弾が大きければその分傷口だって大きくなる。
内臓を傷付けていれば更に命の危険度は高い。撃たれた経験があるからではなくそれを知っているアマネが伊織の服を掴んで脱がせば、血が止まらない傷口がアマネとチドリの前へと晒される。
チドリの手がその出血を抑えるように傷へ伸ばされた。そのまま抑えていろと言おうとしたが、振り向いた先でチドリが目を閉じている姿を見て、応急処置をしようとした手が止まる。
嫌な予感はまだしていた。けれどもそれは伊織にではない。
「チドリ、さん……?」
「順平は……こんな所で死んじゃダメ」
アマネの呼びかけも無視してそう呟いたチドリの手が、淡く光る。その手の下で、傷が塞がっていくのが見えてアマネはもう一度チドリへ目を向けた。
伊織がハッとした様に目を開け、起き上がる。
「あれ……撃たれ、て、ない?」
恐る恐るといった風に腹を触る手の下では、撃たれたのとアマネが脱がせたのとでシャツが破れているものの、傷は跡形もなく塞がっていた。血の跡があるものの、出血していたとは思えない顔色でもある。
真田が信じられないと呟くのを聞きながら、アマネも信じられなかった。目を覚ました伊織を見て満足そうに微笑んだチドリが倒れるのに、慌てて手を伸ばせば伊織も手を伸ばしてチドリを抱きかかえる。
伊織へ自分の生命力を譲渡したチドリが、伊織の腕の中で重くなる。
「チ、ドリ? ……うそだろ? チドリ、返事してくれよ……チドリィィ! あああぁぁぁぁぁ!」
今のアマネにはどうしようもない事だと分かってはいるのに、握り締めた左手で爪が掌に食い込んだ。肩に手を置かれて、見れば有里がアマネの後ろへ立っていた。
意識して手を開く。
「愚かな……こんなにも下らない最期を選ぶとは」
タカヤの声がしてタルタロスを振り返るも、誰よりも先に怒りを露わにしたのは伊織だった。
叫びながら迷いなく召喚器を抜き、自身のこめかみへと押し当てる。引き金を引いて召喚されたのは伊織のペルソナである『ヘルメス』だけではなく、ジンが信じられないと言わんばかりにもう一つの、チドリのペルソナである『メーディア』を見つめた。
おそらく彼女が伊織と知り合う前まで、ずっと心の拠り所へしていた『もう一人の自分』
それが一つに合わさって一体のペルソナへと変わっていく。
目を逸らした先に、意識のないチドリ。
彼女がそう望んだのなら、それはきっと彼女にとって喜ばしい事なのだろうけれど。
「……私はもっと大きな事を成します。影時間を消す手立ての無いあなた方など、もはや捨て置こうかとも思いましたが……いずれ決着をつける日も訪れそうです」
新しい伊織のペルソナにやられたストレガの二人が、身を翻しタルタロスの中へ逃げていく。今なら簡単に追いかけることどころか、捕まえる事も倒す事だって出来るだろう。
けれども誰も追いかけようとはしなかった。怪我が治っていないアマネであっても追いかけて捕まえる事は楽勝だっただろうが、それをするには肩に置かれた有里の手を払わなければならない。
そうでなくとも、今の伊織を置いて行くなんてことが出来るはずも無かった。
覚醒したばかりのペルソナを扱ったからか、それとも流れた血までは元通りにならなかったのか、伊織は立ち上がることすら出来ない。それでもタカヤとジンを追いかけようとするのを真田が止める。
「彼女にもらった命だろっ! 託されたんだ。無駄遣いするな」
諭すように掛けられたその言葉に、伊織は眠っているだけのようなチドリの頬へ手を伸ばした。先程同様、見ていられなくてアマネは距離を取るように立ち上がる。
目蓋の裏に唯一の『弟』の泣き顔が浮かんでいた。天田が傍に来てアマネの手を掴むのを握り返す。
荒垣はチドリとアマネが似ていると言っていた。きっとそうなのだろうという同意はナンセンスだ。
伊織は寮へ帰るまで、何も言わなかった。
間を置かず山岸によるペルソナを使っての声が聞こえ、アマネは上着を掴んで四階の作戦室へと向かう。作戦室にはアマネと同じように急いで集まった面々が揃っていた。
どうやら大型シャドウではないものの、タルタロスの前にここへ居るアマネ達とは違うペルソナ使いの反応を見つけたらしい。思い当たる存在は、最後の大型シャドウを倒した日に現れた『ストレガ』だ。
そう考えたのは当然アマネだけではなく、真田達も生きていたのかと苦々しげである。
様子を探り続けていた山岸が不意に悲鳴を上げたかと思うと、山岸とは違う声が山岸のペルソナの向こうから聞こえてきた。アマネ達に捕まった後から今まで、病院で入院していたはずのチドリの声である。
そういえば昼間、ニュースで病院に爆発物が放り込まれたという話をしていたなと思い出すものの、それを変に思うには遅すぎたらしい。チドリはアマネ達を消す事に決めたからタルタロス前へ来いと、随分勝手な事を言って通信を切る。
伊織が叫んで作戦室を出て行った。追いかけようとしたものの、真田に腕を掴まれ阻止される。
「待て斑鳩」
「ですが」
「ああ、罠かもしれない。だが相手はストレガだ。放ってはおけないだろう。それに連中に会えば今の状況を知る手掛かりになるかも知れない」
美鶴が冷静に状況を整理した。
あのストレガが生きていたとして、残りのタカヤはともかくジンはまだアマネが刺したナイフの傷が完全には治っていないだろう。チドリだって昨日までは入院していたうえに召喚器は没収されていた筈である。とすれば罠だとしても戦力として数えていいのはタカヤだけだ。
負傷の点ではアマネも同様だが、アマネは別にナイフが握れない訳でも召喚器が持てない訳でもない。それでも今までの作戦時のように戦闘メンバーを選ぶ際、有里はアマネをメンバーには加えなかった。
タルタロスへ向かう為に作戦室を出て寮の玄関へ向かう最中、美鶴が思い出したようにアマネを見る。
「斑鳩、キミは寮に残って……」
「待機はしません。大丈夫です」
「……無理はするなよ」
アマネよりも、先に向かった伊織が無茶をしないかのほうが気になった。走る際に振った腕が少し痛んだけれども、傷の治り具合でいうなら支障は無いから気にしない。
タルタロスヘ到着すると、入口の階段のところでチドリと伊織が対峙している。地面に倒れている人は居ないものの、幾月を『殺した』日と似ているなと思った。
だからだろうか、嫌な予感がしたのは。
「ちょっ、あっぶね! 当たったらケガで済まねーっつの!」
投げられた手斧を避けた伊織が怒鳴る。チドリが舌打ちするのが聴こえた。
「下がれ順平! 話が通じる状況じゃない!」
「これ以上は危険です! 気持ちは分かるけど、順平くん、今は下がって!」
真田と山岸が伊織を下がらせようとするその向こうで、チドリが召喚器を取り出す。一体何処で手に入れたのかと思ったものの、タカヤとジンのことを思い出して理解せざるを得なかった。
おそらく二人のどちらか、もしくは二人が彼女へ召喚器を渡したのだろう。現在その二人はチドリの傍におらず、彼女を止める為にも有里達がそれぞれ武器を構えた。
一対多数で、ましてや先日まで入院していてまともに身体を動かしていなかったであろう彼女が勝てる訳も無く、倒れたチドリへ伊織が駆け寄って抱え起こす。
「触らないでって、言ったでしょ……」
「チドリ、教えてくれよ……なんで、こんな」
チドリが少し、微笑んだ。
「一番怖いのは……死ぬ事じゃない。一番怖い事……それは『執着』してしまう事。そうなれば失くすのが怖くなる。物だって、命だって、なんだって……。だから私たちは、いつだって今という瞬間を楽しむだけ。なのに順平は、私に、要らない苦しみを持ってきた」
「え…?」
救急箱を提げていた自分の手が震えている事に気付いたものの、アマネはどうしてだか分からなかった。ただ、近付いて応急処置をしてやることも出来ない自分に気付いて、少し呆然とする。
アマネも死ぬのを怖いとは思っていない。自殺をしてはいけないとは理解しているけれども、死を怖いと思ったことは無かった。
自分のことはどうでもいいと思うのに、チドリの言葉が意識から離れない。
チドリは自身のペルソナである『メーディア』へ依存していた。そしてアマネも自身のペルソナである『イブリス』へ依存している。
それは『イブリス』が自身から抜け出たものだったからだが、かつて荒垣は有里へ『アマネとチドリが似ている』と言ったという。
「順平と一緒に居ると、怖くなかったものが、なんでも怖くなる。無くすのが怖い。死ぬのだって怖い……一緒の時間が終わっちゃうのが、怖い。だから、私……」
「チドリ……?」
顔を上げた先にあるタルタロスの扉へ向かってアマネは腰のナイフを抜いた。山岸も気付いて伊織とチドリの二人から顔を上げる。
タルタロスの中からタカヤとジンが出てきた。ジンの腕には袖から白いものが僅かに覗いている。偶然とはいえお揃いで嫌だ。
タカヤはともかくアマネに刺されたジンも生きていた事に、安堵するつもりは無かった。
「出やがったな。死に損ないどもが!」
真田が憎々しげに叫ぶものの、二人はアマネ達を気にした様子も無く伊織に抱えられているチドリを見下ろし、彼女へ対して失望したとばかりの言葉を掛ける。
「何が駄目だ! ふざけてんなよ、この亡霊ヤロウが!」
「生に『執着』などしなかった我々を、運命はそれでも『生かした』……私は『選ばれた』のです」
それならばお前等には選んでくる更に上の存在が居るのか、と言ってやろうとしたものの、それよりも先に伊織が激昂した。チドリを守るのだと宣言する伊織へ向けて鼻で笑ったタカヤが銃口を向け、真田が叫ぶ。
深夜には良く響き渡る銃声が、僅かな反響を残して消えて、伊織が不思議そうに自分の腹部を見下ろした。そこから滲む血が脚を伝って足元を赤く染めていき、伊織がチドリへ覆い被さるように倒れていく。
山岸が叫び声を上げるのを聞きながら、アマネは後ろから押されたような感覚に足を踏み出し、そのまま伊織へと駆け寄った。チドリが呆然と、伊織とその腹部から流れる血を見つめている。
タカヤが持つ銃は銃口が広く、その分放たれる銃弾も大きい。荒垣が死んだ要因もその部分にあると言ってもよく、銃弾が大きければその分傷口だって大きくなる。
内臓を傷付けていれば更に命の危険度は高い。撃たれた経験があるからではなくそれを知っているアマネが伊織の服を掴んで脱がせば、血が止まらない傷口がアマネとチドリの前へと晒される。
チドリの手がその出血を抑えるように傷へ伸ばされた。そのまま抑えていろと言おうとしたが、振り向いた先でチドリが目を閉じている姿を見て、応急処置をしようとした手が止まる。
嫌な予感はまだしていた。けれどもそれは伊織にではない。
「チドリ、さん……?」
「順平は……こんな所で死んじゃダメ」
アマネの呼びかけも無視してそう呟いたチドリの手が、淡く光る。その手の下で、傷が塞がっていくのが見えてアマネはもう一度チドリへ目を向けた。
伊織がハッとした様に目を開け、起き上がる。
「あれ……撃たれ、て、ない?」
恐る恐るといった風に腹を触る手の下では、撃たれたのとアマネが脱がせたのとでシャツが破れているものの、傷は跡形もなく塞がっていた。血の跡があるものの、出血していたとは思えない顔色でもある。
真田が信じられないと呟くのを聞きながら、アマネも信じられなかった。目を覚ました伊織を見て満足そうに微笑んだチドリが倒れるのに、慌てて手を伸ばせば伊織も手を伸ばしてチドリを抱きかかえる。
伊織へ自分の生命力を譲渡したチドリが、伊織の腕の中で重くなる。
「チ、ドリ? ……うそだろ? チドリ、返事してくれよ……チドリィィ! あああぁぁぁぁぁ!」
今のアマネにはどうしようもない事だと分かってはいるのに、握り締めた左手で爪が掌に食い込んだ。肩に手を置かれて、見れば有里がアマネの後ろへ立っていた。
意識して手を開く。
「愚かな……こんなにも下らない最期を選ぶとは」
タカヤの声がしてタルタロスを振り返るも、誰よりも先に怒りを露わにしたのは伊織だった。
叫びながら迷いなく召喚器を抜き、自身のこめかみへと押し当てる。引き金を引いて召喚されたのは伊織のペルソナである『ヘルメス』だけではなく、ジンが信じられないと言わんばかりにもう一つの、チドリのペルソナである『メーディア』を見つめた。
おそらく彼女が伊織と知り合う前まで、ずっと心の拠り所へしていた『もう一人の自分』
それが一つに合わさって一体のペルソナへと変わっていく。
目を逸らした先に、意識のないチドリ。
彼女がそう望んだのなら、それはきっと彼女にとって喜ばしい事なのだろうけれど。
「……私はもっと大きな事を成します。影時間を消す手立ての無いあなた方など、もはや捨て置こうかとも思いましたが……いずれ決着をつける日も訪れそうです」
新しい伊織のペルソナにやられたストレガの二人が、身を翻しタルタロスの中へ逃げていく。今なら簡単に追いかけることどころか、捕まえる事も倒す事だって出来るだろう。
けれども誰も追いかけようとはしなかった。怪我が治っていないアマネであっても追いかけて捕まえる事は楽勝だっただろうが、それをするには肩に置かれた有里の手を払わなければならない。
そうでなくとも、今の伊織を置いて行くなんてことが出来るはずも無かった。
覚醒したばかりのペルソナを扱ったからか、それとも流れた血までは元通りにならなかったのか、伊織は立ち上がることすら出来ない。それでもタカヤとジンを追いかけようとするのを真田が止める。
「彼女にもらった命だろっ! 託されたんだ。無駄遣いするな」
諭すように掛けられたその言葉に、伊織は眠っているだけのようなチドリの頬へ手を伸ばした。先程同様、見ていられなくてアマネは距離を取るように立ち上がる。
目蓋の裏に唯一の『弟』の泣き顔が浮かんでいた。天田が傍に来てアマネの手を掴むのを握り返す。
荒垣はチドリとアマネが似ていると言っていた。きっとそうなのだろうという同意はナンセンスだ。
伊織は寮へ帰るまで、何も言わなかった。