ペルソナ3
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風呂へ入る為に服を脱ぐ度、肩にある銃創が目に付く。
治るのは早いとしても数年は痕が残るだろう。風呂上り、手首と違って肩は片手で包帯を巻くのが難しく、アマネは誰かに頼むかとタオルで濡れた髪をかき上げる。
家でのゴタゴタを片付け寮へ戻ってきたらしい美鶴には、以前の様な覇気が無かった。
肉親を失ったという事に対してアマネに掛けられる言葉は無い。ましてやそれが『父親』だと尚更。下手に同情することも出来ず、アマネは出来るだけ美鶴の前に姿を見せないようにしていた。
アマネの肩の傷は彼女の父親の死に関わるものだからだ。父親が死んで間もないというのに、その時の事を思い出させるものを好んで見せ付けるほどアマネだって馬鹿ではない。
学校ではともかく、寮では美鶴が帰ってきた日から三角巾で腕を吊ることは止めた。包帯はしているものの、見えないように首周りの広くない服を着るようにし、傷を負っていることすら隠している。風呂も出来るだけ遅くに入浴して、他の寮生が各自部屋に戻った頃合いを見計らっていた。
だから階段を上がった先で、降りてきた美鶴とかち合ったのは完全に計算違いである。
「桐条、先輩」
「……斑鳩」
既に風呂へは入ったらしく、就寝前なのかパジャマに上着を羽織っただけの姿は、今時の高校生にしては律儀だと思う。高校生なら中学時代のジャージを寝巻き代わりにしている奴だっているだろうに。
そんな事よりも、アマネは有里辺りに頼もうと包帯を手に持っていたことを思い出した。美鶴の視線はしっかりとそれを見ていて、決して後ろめたい事があるわけでもないのだが、風呂上りの背中に冷や汗が伝う。
「ラウンジに、忘れ物をしてしまってな」
「ぇ、ああ、そうですか」
手摺りに置いた手へ視線を逸らして、そう説明する美鶴にアマネも流石に動けない。
「……その包帯は、肩の怪我か?」
「……はい」
「怪我の様子はどうなんだ?」
「綺麗に弾が貫通していたので、治るのは早いらしいです。傷跡は残るでしょうが」
「そうか……」
内心は罪悪感でいっぱいだった。
貴方の父親を救えなくて、助けられなくてすいません、とか、そういう言葉を美鶴が望んでいるとは思えないけれど、言いたくなるのをアマネは堪える。自己満足の先の失敗を押し付けていいタイミングでもない。
これ以上はもういいだろうとアマネは美鶴の脇を抜ける形で階段を昇る。おざなりな感じのする就寝前の挨拶を掛けようとしたところで、やんわりと腕を掴まれた。
「……その包帯、私が巻いてもいいか?」
ラウンジへ戻ってソファへ腰を降ろし、アマネは上に来ていた部屋着代わりのワイシャツを片方だけ脱ぐ。ティシャツよりは着脱が楽なので、ここ数日はワイシャツを部屋着にしていたのだ。
風呂上りでガーゼもしておらず露わになる傷に美鶴は僅かに目を細め、それから指先をそっと傷へ伸ばした。
綺麗な爪の形をしている、と割とどうでもいいことを思いながら、アマネは美鶴の好きにさせる。包帯はまだアマネの手の中だ。
銃創とはいえそれは綺麗な円の形ではない。肉は丸を描いて抉れてはいるけれど、そこから周囲へ皹が入ったように裂けている。貫通しているので反対側にも同じような痕があり、時々肉が再生するまで指が通せるのではと思わなくも無い。当たり前だがそんなことをするつもりは無いか。
美鶴はアマネの隣に座って身を乗り出す格好でそれを見つめていた。傷口をなぞるように指先を動かし、アマネがくすぐったく思うのを我慢している事すら知らずに、熱心に。
「……痛いか?」
「いいえ」
「……痛かったか?」
「すぐに気を失ってしまったので」
言外に撃たれた直後の痛みは覚えていないと言えば手が肩に置かれ、美鶴がその手の甲へ額を押し当てる。
「……お父様も、痛くはなかっただろうか」
アマネは答えなかった。きっと痛くはなかっただろうと言ったところで、今の美鶴には気休めのような慰めにしか聞こえないだろうし、実際どうだったかなんてアマネにも分からない。
ただ、即死であっただろう彼に痛みを感じる余裕があったとはアマネには思えなかった。
風呂上りで温まっていた身体が冷めていくのを感じる。美鶴の空いている手へ包帯を乗せれば、美鶴は不意を突かれたかのように顔を上げた。
「巻いてください」
美鶴の目を真っ直ぐに見つめて言えば、美鶴はのろのろと動き出す。伸ばされた包帯。何も着ていない素肌に触れられるには、美鶴の手は冷たかった。
それでもアマネは文句を言わずに美鶴が包帯を巻く姿を見つめる。
巻かれた包帯は慣れていないことが分かる下手な出来栄えで、明日の朝どころか寝ている間に解けてしまいそうだった。それでもアマネは構わずシャツに腕を通してボタンを嵌める。
「巻き直したほうが」
「桐条先輩」
「なんだ?」
「今から酷いことを言います」
それはいらない事だと思うのに、止まらない。
「ご当主は、撃たれてから倒れるまでの間に、多分意識もなくなっていました。倒れた直後に俺は目が合いましたけれど、そこに光は無かった。だから、痛みとかは本当に、分からなかったと思います」
「……斑鳩」
「俺の憶測です。即死状態だったでしょう。荒垣さんの様に痛みを堪えながらの最期だったとは思えません」
武治が最期に見たのは、自分や娘達を騙していた幾月の姿か、アマネの姿だっただろう。それが寂しいだろうことはアマネにも分かる。
アマネだって、『昔』の何度かは一人で死んだ。最期に見たい人の姿も見られないまま。
けれども。
「だから、本当、痛みはしなかったはずです」
美鶴の目を見つめてそう言えば、美鶴の手がアマネの手を軽く握った。互いに風呂上りだとかそういうものを過ぎ去り、ただ冷え切った手。
けれども生きているから、痛みを感じる手だ。
「……お父様は、痛くなかったというんだな?」
「はい」
「そうか。……そう、か」
俯いてしまった美鶴を、失礼だろうと思いながらもアマネはそっと抱き締めて背中を撫でてやる。巻かれた肩の包帯が少しゴワゴワしたが、明日の朝にでも巻き直せばいい。
治るのは早いとしても数年は痕が残るだろう。風呂上り、手首と違って肩は片手で包帯を巻くのが難しく、アマネは誰かに頼むかとタオルで濡れた髪をかき上げる。
家でのゴタゴタを片付け寮へ戻ってきたらしい美鶴には、以前の様な覇気が無かった。
肉親を失ったという事に対してアマネに掛けられる言葉は無い。ましてやそれが『父親』だと尚更。下手に同情することも出来ず、アマネは出来るだけ美鶴の前に姿を見せないようにしていた。
アマネの肩の傷は彼女の父親の死に関わるものだからだ。父親が死んで間もないというのに、その時の事を思い出させるものを好んで見せ付けるほどアマネだって馬鹿ではない。
学校ではともかく、寮では美鶴が帰ってきた日から三角巾で腕を吊ることは止めた。包帯はしているものの、見えないように首周りの広くない服を着るようにし、傷を負っていることすら隠している。風呂も出来るだけ遅くに入浴して、他の寮生が各自部屋に戻った頃合いを見計らっていた。
だから階段を上がった先で、降りてきた美鶴とかち合ったのは完全に計算違いである。
「桐条、先輩」
「……斑鳩」
既に風呂へは入ったらしく、就寝前なのかパジャマに上着を羽織っただけの姿は、今時の高校生にしては律儀だと思う。高校生なら中学時代のジャージを寝巻き代わりにしている奴だっているだろうに。
そんな事よりも、アマネは有里辺りに頼もうと包帯を手に持っていたことを思い出した。美鶴の視線はしっかりとそれを見ていて、決して後ろめたい事があるわけでもないのだが、風呂上りの背中に冷や汗が伝う。
「ラウンジに、忘れ物をしてしまってな」
「ぇ、ああ、そうですか」
手摺りに置いた手へ視線を逸らして、そう説明する美鶴にアマネも流石に動けない。
「……その包帯は、肩の怪我か?」
「……はい」
「怪我の様子はどうなんだ?」
「綺麗に弾が貫通していたので、治るのは早いらしいです。傷跡は残るでしょうが」
「そうか……」
内心は罪悪感でいっぱいだった。
貴方の父親を救えなくて、助けられなくてすいません、とか、そういう言葉を美鶴が望んでいるとは思えないけれど、言いたくなるのをアマネは堪える。自己満足の先の失敗を押し付けていいタイミングでもない。
これ以上はもういいだろうとアマネは美鶴の脇を抜ける形で階段を昇る。おざなりな感じのする就寝前の挨拶を掛けようとしたところで、やんわりと腕を掴まれた。
「……その包帯、私が巻いてもいいか?」
ラウンジへ戻ってソファへ腰を降ろし、アマネは上に来ていた部屋着代わりのワイシャツを片方だけ脱ぐ。ティシャツよりは着脱が楽なので、ここ数日はワイシャツを部屋着にしていたのだ。
風呂上りでガーゼもしておらず露わになる傷に美鶴は僅かに目を細め、それから指先をそっと傷へ伸ばした。
綺麗な爪の形をしている、と割とどうでもいいことを思いながら、アマネは美鶴の好きにさせる。包帯はまだアマネの手の中だ。
銃創とはいえそれは綺麗な円の形ではない。肉は丸を描いて抉れてはいるけれど、そこから周囲へ皹が入ったように裂けている。貫通しているので反対側にも同じような痕があり、時々肉が再生するまで指が通せるのではと思わなくも無い。当たり前だがそんなことをするつもりは無いか。
美鶴はアマネの隣に座って身を乗り出す格好でそれを見つめていた。傷口をなぞるように指先を動かし、アマネがくすぐったく思うのを我慢している事すら知らずに、熱心に。
「……痛いか?」
「いいえ」
「……痛かったか?」
「すぐに気を失ってしまったので」
言外に撃たれた直後の痛みは覚えていないと言えば手が肩に置かれ、美鶴がその手の甲へ額を押し当てる。
「……お父様も、痛くはなかっただろうか」
アマネは答えなかった。きっと痛くはなかっただろうと言ったところで、今の美鶴には気休めのような慰めにしか聞こえないだろうし、実際どうだったかなんてアマネにも分からない。
ただ、即死であっただろう彼に痛みを感じる余裕があったとはアマネには思えなかった。
風呂上りで温まっていた身体が冷めていくのを感じる。美鶴の空いている手へ包帯を乗せれば、美鶴は不意を突かれたかのように顔を上げた。
「巻いてください」
美鶴の目を真っ直ぐに見つめて言えば、美鶴はのろのろと動き出す。伸ばされた包帯。何も着ていない素肌に触れられるには、美鶴の手は冷たかった。
それでもアマネは文句を言わずに美鶴が包帯を巻く姿を見つめる。
巻かれた包帯は慣れていないことが分かる下手な出来栄えで、明日の朝どころか寝ている間に解けてしまいそうだった。それでもアマネは構わずシャツに腕を通してボタンを嵌める。
「巻き直したほうが」
「桐条先輩」
「なんだ?」
「今から酷いことを言います」
それはいらない事だと思うのに、止まらない。
「ご当主は、撃たれてから倒れるまでの間に、多分意識もなくなっていました。倒れた直後に俺は目が合いましたけれど、そこに光は無かった。だから、痛みとかは本当に、分からなかったと思います」
「……斑鳩」
「俺の憶測です。即死状態だったでしょう。荒垣さんの様に痛みを堪えながらの最期だったとは思えません」
武治が最期に見たのは、自分や娘達を騙していた幾月の姿か、アマネの姿だっただろう。それが寂しいだろうことはアマネにも分かる。
アマネだって、『昔』の何度かは一人で死んだ。最期に見たい人の姿も見られないまま。
けれども。
「だから、本当、痛みはしなかったはずです」
美鶴の目を見つめてそう言えば、美鶴の手がアマネの手を軽く握った。互いに風呂上りだとかそういうものを過ぎ去り、ただ冷え切った手。
けれども生きているから、痛みを感じる手だ。
「……お父様は、痛くなかったというんだな?」
「はい」
「そうか。……そう、か」
俯いてしまった美鶴を、失礼だろうと思いながらもアマネはそっと抱き締めて背中を撫でてやる。巻かれた肩の包帯が少しゴワゴワしたが、明日の朝にでも巻き直せばいい。