後日談2
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「……あの、綾時さん」
「なに?」
「脚、辛くねぇですか?」
「平気だよ? 背中もこの子暖かいし」
そう言って望月に微笑まれたらアマネは何も言い返せない。例えアマネの頭が望月の脚へ乗せられている膝枕の状態であろうと、その望月の背もたれの様にエレボスが望月へ寄り添っていようとだ。
なんとか声だけは堪えて泣きまくって、泣き疲れて眠ってしまうなんて男子高校生としてやって良いことではないだろう。
アマネは気付けば寝てしまって、目を覚ましても望月はそこにいた。
本来であれば彼は『死の宣告者』としての役目を終えて消滅しているのではと思いもしたが、だからといって居なくなって欲しい訳ではない。むしろ彼がいることもアマネは望んでいたのだ。
『兄』の友達でありアマネとも友達であった。彼女と恋仲になり、それでも自分の役目を全うしなければならなかった人。
「友達に膝枕するのって初めてだな」
嬉しそうにしているが、アマネはそれになんと返していいのか分からない。腕を上げて自分の顔の上へ乗せて表情を隠した。
隠したかったのは望月がいるという状況かも知れない。彼だってアマネが助けることの叶わなかった人の筈だ。だからこの状況はアマネの夢かアマネの現実逃避だろう。
現実ではないのなら、言ってもいいのかも知れない。
「綾時さん」
「なに?」
「俺、出来ることなら『俺がいない世界』が良かったぁ」
動かした足の下で砂がザラザラと動く。
「そしたら俺はこんなに辛ぇことも苦しいことも知らなくて済んだ。大切な人がいなくなる未来も、俺が馬鹿みてぇに走り続けることもなくて、その分誰かが悲しむ事も無かったんじゃねぇかなぁ」
「そしたら、僕は君に会えなかったね」
望月の手がアマネの髪を撫でた。
「僕も、湊君も、奏ちゃんも、順平もゆかりさんも美鶴さんも真田さんも山岸さんも天田君もコロマルも、荒垣さんもあの女の子も、『月森』君も会えなかった」
「……そう、ですね」
「アマネ君はそれでいいの?」
訊かれて、やっぱりすぐには答えられない。けれども最初からアマネの存在なんてモノがなければ、出会えないことを考える事すら無いことの様にも思った。
好きの反対は無関心。どうでもいいのならそれらはいらないのではないのか、在っても意味はないのではないのか。在ると知らなかったらそれらは。
それらは――。
「本当は分かってる。それでも『それらは在ってしかるべき』なんだってぇ」
どうでもよくなんて、無いのだと。
何処かの蝶の羽ばたきが何処かの畑を潤す雨を降らせるように、灰の下の小さな火種がいつかの暖かさを生み出すように、この世にいらない物は何一つとしてありはしない。
それは死を宣告するだけの存在であった望月であっても、無意識に抑圧させた精神であっても変わらず、むしろそれが『在ってこそ』世界なのだと。
「でも兄さんや有里さんの命が『大いなる封印』の為だけに存在していたなんて思いたくねぇ。そんな在り方が許されるのなら、俺の命はそれらを変える為に存在していて欲しい」
「アマネ君らしい考えだ。でもアマネ君。それって堂々巡りだよ」
「堂々巡り?」
「アマネ君の命がそう存在しているとして、アマネ君が湊君達に対してそう思ったことを、他の人が考えないと思うの?」
腕を退かして望月を見上げれば、望月は真剣な顔をしていた。
「僕もアマネ君が傷つくのは嫌だよ。アマネ君が居なくなるのも嫌だよ。アマネ君がそんな役割を持っているって知ったら、湊君なんか絶対に『どうでもよくない!』って言うよ」
そう言って想像したのか笑う彼に、アマネはメティスが繰り返していた言葉を思い出す。何度も言われたあの『駄目』という言葉が、耳の奥で反響している様な気分だった。
彼女はずっと、言っていたじゃないか。
死んではいけない。犠牲になってはいけない。身代わりになってはいけない。自暴自棄になってはいけないと。
望月の脚から頭を上げて起き上がる。エレボスがアマネを見上げて短い鳴き声を上げるのに振り返って頭を撫でてやった。
「綾時さん。さっきの問いかけの答えですけど」
「さっき? ……ああ、『諦めるのか』って話?」
アマネと同じように立ち上がった望月が服に付いた砂を払い落とす。
「答えた方がいいですか」
「別にいいよ。知ってるから」
エレボスも立ち上がってアマネへすり寄ってきた。その身体が少し小さくなった気がする。そんなエレボスと望月と一緒に新しい扉を潜った。
タルタロスの内部。階段をゆっくりと上がった先では彼女が空から降りてくるニュクスへ向けて手を挙げようとしているところで。
空から今にも堕ちてきそうな月。視界いっぱいのそれに遮られて夜空なんて見えやしない。とはいえ、あの時は夜空を眺める余裕なんてありはしなかった。
アマネは彼女へ向かって、あと少し受け入れられないままの気持ちを堪えながら口を開く。
「奏さん」
初めて彼女が振り返った。首に掛けられた音楽プレーヤーが揺れている。
青い、音楽プレーヤーだった。
「なに?」
「脚、辛くねぇですか?」
「平気だよ? 背中もこの子暖かいし」
そう言って望月に微笑まれたらアマネは何も言い返せない。例えアマネの頭が望月の脚へ乗せられている膝枕の状態であろうと、その望月の背もたれの様にエレボスが望月へ寄り添っていようとだ。
なんとか声だけは堪えて泣きまくって、泣き疲れて眠ってしまうなんて男子高校生としてやって良いことではないだろう。
アマネは気付けば寝てしまって、目を覚ましても望月はそこにいた。
本来であれば彼は『死の宣告者』としての役目を終えて消滅しているのではと思いもしたが、だからといって居なくなって欲しい訳ではない。むしろ彼がいることもアマネは望んでいたのだ。
『兄』の友達でありアマネとも友達であった。彼女と恋仲になり、それでも自分の役目を全うしなければならなかった人。
「友達に膝枕するのって初めてだな」
嬉しそうにしているが、アマネはそれになんと返していいのか分からない。腕を上げて自分の顔の上へ乗せて表情を隠した。
隠したかったのは望月がいるという状況かも知れない。彼だってアマネが助けることの叶わなかった人の筈だ。だからこの状況はアマネの夢かアマネの現実逃避だろう。
現実ではないのなら、言ってもいいのかも知れない。
「綾時さん」
「なに?」
「俺、出来ることなら『俺がいない世界』が良かったぁ」
動かした足の下で砂がザラザラと動く。
「そしたら俺はこんなに辛ぇことも苦しいことも知らなくて済んだ。大切な人がいなくなる未来も、俺が馬鹿みてぇに走り続けることもなくて、その分誰かが悲しむ事も無かったんじゃねぇかなぁ」
「そしたら、僕は君に会えなかったね」
望月の手がアマネの髪を撫でた。
「僕も、湊君も、奏ちゃんも、順平もゆかりさんも美鶴さんも真田さんも山岸さんも天田君もコロマルも、荒垣さんもあの女の子も、『月森』君も会えなかった」
「……そう、ですね」
「アマネ君はそれでいいの?」
訊かれて、やっぱりすぐには答えられない。けれども最初からアマネの存在なんてモノがなければ、出会えないことを考える事すら無いことの様にも思った。
好きの反対は無関心。どうでもいいのならそれらはいらないのではないのか、在っても意味はないのではないのか。在ると知らなかったらそれらは。
それらは――。
「本当は分かってる。それでも『それらは在ってしかるべき』なんだってぇ」
どうでもよくなんて、無いのだと。
何処かの蝶の羽ばたきが何処かの畑を潤す雨を降らせるように、灰の下の小さな火種がいつかの暖かさを生み出すように、この世にいらない物は何一つとしてありはしない。
それは死を宣告するだけの存在であった望月であっても、無意識に抑圧させた精神であっても変わらず、むしろそれが『在ってこそ』世界なのだと。
「でも兄さんや有里さんの命が『大いなる封印』の為だけに存在していたなんて思いたくねぇ。そんな在り方が許されるのなら、俺の命はそれらを変える為に存在していて欲しい」
「アマネ君らしい考えだ。でもアマネ君。それって堂々巡りだよ」
「堂々巡り?」
「アマネ君の命がそう存在しているとして、アマネ君が湊君達に対してそう思ったことを、他の人が考えないと思うの?」
腕を退かして望月を見上げれば、望月は真剣な顔をしていた。
「僕もアマネ君が傷つくのは嫌だよ。アマネ君が居なくなるのも嫌だよ。アマネ君がそんな役割を持っているって知ったら、湊君なんか絶対に『どうでもよくない!』って言うよ」
そう言って想像したのか笑う彼に、アマネはメティスが繰り返していた言葉を思い出す。何度も言われたあの『駄目』という言葉が、耳の奥で反響している様な気分だった。
彼女はずっと、言っていたじゃないか。
死んではいけない。犠牲になってはいけない。身代わりになってはいけない。自暴自棄になってはいけないと。
望月の脚から頭を上げて起き上がる。エレボスがアマネを見上げて短い鳴き声を上げるのに振り返って頭を撫でてやった。
「綾時さん。さっきの問いかけの答えですけど」
「さっき? ……ああ、『諦めるのか』って話?」
アマネと同じように立ち上がった望月が服に付いた砂を払い落とす。
「答えた方がいいですか」
「別にいいよ。知ってるから」
エレボスも立ち上がってアマネへすり寄ってきた。その身体が少し小さくなった気がする。そんなエレボスと望月と一緒に新しい扉を潜った。
タルタロスの内部。階段をゆっくりと上がった先では彼女が空から降りてくるニュクスへ向けて手を挙げようとしているところで。
空から今にも堕ちてきそうな月。視界いっぱいのそれに遮られて夜空なんて見えやしない。とはいえ、あの時は夜空を眺める余裕なんてありはしなかった。
アマネは彼女へ向かって、あと少し受け入れられないままの気持ちを堪えながら口を開く。
「奏さん」
初めて彼女が振り返った。首に掛けられた音楽プレーヤーが揺れている。
青い、音楽プレーヤーだった。