後日談2
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次に潜った扉の先はごくごくシンプルで、ベッドと勉強机と、申し訳程度の戸棚が置いてあるだけの部屋だった。おそらくは誰かの私室なのだろう。入ってきた扉は両開きだった筈だが、後ろを振り返ると何の変哲もないドアが一つあるだけになっていた。
腕から下ろしたエレボスが興味津々な様子で部屋の中を歩き回り、何かを見つけた訳でも無さそうだがいそいそとベッドの下へと潜り込んでいる。思春期の青年の部屋だったらどうするんだと思ったが、エレボスはすぐに残念そうに這い出てきたので何もなかったのだろう。
「ベッドに乗ってみてもいいと思いますか?」
「良いんじゃねぇの?」
「私、ベッドに乗るのも初めてです」
そう言って恐る恐るといった様子でベッドへ乗り上がるベアトリーチェを横目に、シルビは勉強机へ近付いてその引き出しを開けた。下から開けていって、一番上の引き出しの中に音楽プレーヤーを見つける。
コンクリートの様な固い場所へ落としでもしたのか、本体部分に致命的そうな皹が入っていた。イヤホンを取り上げて耳へ填め、電源を入れてみる。
充電は残っていたのか電源は入ったが、案の定聞こえる音は酷いものだった。女性の声で歌われる英歌詞の録音をかき消すように雑音が入り込んでいる。むしろコレはもう雑音を聞く為だけの様なものにすら思えた。普通であればこれはもう買い換えるべきだろう。
誰の物かも分からないが、これだけ壊れているのに処分せずにいるという事は大事な物なのだろうと考え、引き出しへ戻すのに電源を切ろうとしてシルビはその手を止めた。
耳に填めたままのイヤホンから声が聞こえたのだ。
女性の声ではない。ましてや雑音が偶然誰かの声の様に聞こえた訳でもなかった。それはハッキリと、シルビの鼓膜を揺らしている。
指先が音量を操作するボタンへ無意識に触れ、音量を上げていった。大きくなる雑音と女性の歌声へ紛れて、それはシルビへ何かを訴えているように。
『――……アマネ』
引き剥がす様に耳からイヤホンを外して机の上へ置く。叩きつける様に置いたせいで響いた音に、ベッドの上にいたベアトリーチェとエレボスが驚いて振り向いていた。
電子表示板が今度こそ壊れたのか、荒く意味を成さないドットの羅列だけを表示する。流れていくそれを凝視していると、すぐ横から伸びてきた手が音楽プレーヤーを掴み上げた。
誰もいなかった筈なのに伸びてきた手へ驚いて後退れば、そこには青みかかった髪の青年が立っている。あまり感情の起伏が無い様な目で手に取った音楽プレーヤーを見つめ、それから音楽プレーヤーが壊れてしまっている事を悲しむ様に微笑んでシルビへと向き直った。
青年はじっとシルビを見つめている。シルビは彼を見返しながら戸惑うことしか出来なかった。
青みかかった髪。前髪が右目を隠していて感情の起伏が無い様な顔。それでもシルビを見つめて微笑んでいる彼に、見覚えだけは嫌と言うほどあるのにどうしても彼のことが思い出せない。
それが申し訳なくて悲しくて、だから話しかけることすら出来なかった。
ベッドから降りたベアトリーチェとエレボスがシルビのすぐ後ろへと来る。シルビ越しにいきなり現れた彼を見ているだろうに、彼女達も何も言わなかった。
誰ですか、と問うことは何故だかどうしても出来そうにない。出来るわけがなかった。
だって、『弟』からそんな質問をされたらショックだろう。
「……おとう、と?」
自分の考えた事が不思議に思えて呟く。自分には『兄』がいたのだろうかと思い出せない記憶を思い出そうとして頭を抑えた。
大切な人がいたのだ。
その大切な人達が悲しまないように『彼女』を助けようとした。何も知らない彼女はきっとシルビがそうした理由も分からなかっただろう。しかしシルビにとってはそれで良かったのだ。
それで良かった。でも、どうしてだったか。
目の前に立っていた青年が踵を返し部屋を出ていく。シルビがそれを追いかけるようにドアを開けると、ドアの向こうはいつもの砂漠ではなく何処かの建物の廊下で、その先に青年の後ろ姿が見えた。
今まで追いかけていた人影の後ろ姿によく似たそれに、シルビは後ろへベアトリーチェとエレボスがいることも気にせず追いかける。それなりに足が速い筈なのに前をいく青年との距離は縮まらない。
廊下を駆け抜けて青年が階段を駆け下りていく。シルビも階段を飛び降りる勢いで駆け下りた。
下の階はこの建物の一階部分なのか、受付や談話用のソファや置かれたラウンジがある。ホテルか寮の様な場所だったのかも知れない。その広間を青年が一直線に走り抜けてエントランスへ向かい、その扉を開けて外へ出て行く。
閉まっていく扉の隙間から青年の背中が見える。扉が閉まりきれば見えなくなってしまうだろうそれに、シルビは無意識に呼びかけた。
「『兄』さん!」
同時に彼の名前を思い出す。
ぶつかるように押し開いた扉の向こうはいつもの砂漠で、“見覚えのある”人達の姿があった。今まで忘れていたのが嘘のようにその人達のことを思い出して、上がっていた息を整えながらその人達を見回す。
後ろから“メティス”とエレボスが自分を追いかけてきた。そうして砂漠に立つその人達の中に『彼女がいない』ことと、自分の後ろへいる『メティス』の存在に血の気が引く。
彼女がいない。つまりアマネは。
「――……助け、られなかった?」
腕から下ろしたエレボスが興味津々な様子で部屋の中を歩き回り、何かを見つけた訳でも無さそうだがいそいそとベッドの下へと潜り込んでいる。思春期の青年の部屋だったらどうするんだと思ったが、エレボスはすぐに残念そうに這い出てきたので何もなかったのだろう。
「ベッドに乗ってみてもいいと思いますか?」
「良いんじゃねぇの?」
「私、ベッドに乗るのも初めてです」
そう言って恐る恐るといった様子でベッドへ乗り上がるベアトリーチェを横目に、シルビは勉強机へ近付いてその引き出しを開けた。下から開けていって、一番上の引き出しの中に音楽プレーヤーを見つける。
コンクリートの様な固い場所へ落としでもしたのか、本体部分に致命的そうな皹が入っていた。イヤホンを取り上げて耳へ填め、電源を入れてみる。
充電は残っていたのか電源は入ったが、案の定聞こえる音は酷いものだった。女性の声で歌われる英歌詞の録音をかき消すように雑音が入り込んでいる。むしろコレはもう雑音を聞く為だけの様なものにすら思えた。普通であればこれはもう買い換えるべきだろう。
誰の物かも分からないが、これだけ壊れているのに処分せずにいるという事は大事な物なのだろうと考え、引き出しへ戻すのに電源を切ろうとしてシルビはその手を止めた。
耳に填めたままのイヤホンから声が聞こえたのだ。
女性の声ではない。ましてや雑音が偶然誰かの声の様に聞こえた訳でもなかった。それはハッキリと、シルビの鼓膜を揺らしている。
指先が音量を操作するボタンへ無意識に触れ、音量を上げていった。大きくなる雑音と女性の歌声へ紛れて、それはシルビへ何かを訴えているように。
『――……アマネ』
引き剥がす様に耳からイヤホンを外して机の上へ置く。叩きつける様に置いたせいで響いた音に、ベッドの上にいたベアトリーチェとエレボスが驚いて振り向いていた。
電子表示板が今度こそ壊れたのか、荒く意味を成さないドットの羅列だけを表示する。流れていくそれを凝視していると、すぐ横から伸びてきた手が音楽プレーヤーを掴み上げた。
誰もいなかった筈なのに伸びてきた手へ驚いて後退れば、そこには青みかかった髪の青年が立っている。あまり感情の起伏が無い様な目で手に取った音楽プレーヤーを見つめ、それから音楽プレーヤーが壊れてしまっている事を悲しむ様に微笑んでシルビへと向き直った。
青年はじっとシルビを見つめている。シルビは彼を見返しながら戸惑うことしか出来なかった。
青みかかった髪。前髪が右目を隠していて感情の起伏が無い様な顔。それでもシルビを見つめて微笑んでいる彼に、見覚えだけは嫌と言うほどあるのにどうしても彼のことが思い出せない。
それが申し訳なくて悲しくて、だから話しかけることすら出来なかった。
ベッドから降りたベアトリーチェとエレボスがシルビのすぐ後ろへと来る。シルビ越しにいきなり現れた彼を見ているだろうに、彼女達も何も言わなかった。
誰ですか、と問うことは何故だかどうしても出来そうにない。出来るわけがなかった。
だって、『弟』からそんな質問をされたらショックだろう。
「……おとう、と?」
自分の考えた事が不思議に思えて呟く。自分には『兄』がいたのだろうかと思い出せない記憶を思い出そうとして頭を抑えた。
大切な人がいたのだ。
その大切な人達が悲しまないように『彼女』を助けようとした。何も知らない彼女はきっとシルビがそうした理由も分からなかっただろう。しかしシルビにとってはそれで良かったのだ。
それで良かった。でも、どうしてだったか。
目の前に立っていた青年が踵を返し部屋を出ていく。シルビがそれを追いかけるようにドアを開けると、ドアの向こうはいつもの砂漠ではなく何処かの建物の廊下で、その先に青年の後ろ姿が見えた。
今まで追いかけていた人影の後ろ姿によく似たそれに、シルビは後ろへベアトリーチェとエレボスがいることも気にせず追いかける。それなりに足が速い筈なのに前をいく青年との距離は縮まらない。
廊下を駆け抜けて青年が階段を駆け下りていく。シルビも階段を飛び降りる勢いで駆け下りた。
下の階はこの建物の一階部分なのか、受付や談話用のソファや置かれたラウンジがある。ホテルか寮の様な場所だったのかも知れない。その広間を青年が一直線に走り抜けてエントランスへ向かい、その扉を開けて外へ出て行く。
閉まっていく扉の隙間から青年の背中が見える。扉が閉まりきれば見えなくなってしまうだろうそれに、シルビは無意識に呼びかけた。
「『兄』さん!」
同時に彼の名前を思い出す。
ぶつかるように押し開いた扉の向こうはいつもの砂漠で、“見覚えのある”人達の姿があった。今まで忘れていたのが嘘のようにその人達のことを思い出して、上がっていた息を整えながらその人達を見回す。
後ろから“メティス”とエレボスが自分を追いかけてきた。そうして砂漠に立つその人達の中に『彼女がいない』ことと、自分の後ろへいる『メティス』の存在に血の気が引く。
彼女がいない。つまりアマネは。
「――……助け、られなかった?」