後日談2
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
時の狭間の行き止まりからポロニアンモールへ続いていた扉を、ポロニアンモール側から潜るとその先は寮のラウンジの一角へと続いていた。わざわざ時の狭間の迷宮を抜けずとも物資や食料の補給に迎えるとなって、目下の問題は解決したのだろう。
再びラウンジの階段から地下の時の狭間へと降りると、白蘭が何かに気付いたようにしゃがんで砂の地面へと手を伸ばした。それから増えていた扉へと顔を向ける。
「どうした?」
「……足跡がある」
「足跡?」
伊織と荒垣がしゃがんでいる白蘭の手元を覗き込んだ。アイギスも同じように白蘭の手元を見下ろせば、覚えのない足跡が二つ。
一つは運動靴のそれだが、もう一つはアイギスの機械の足によって出来るそれに似ている。けれどもアイギスはまだその足跡が続く先へ向かった覚えはない。
「アイギスの足跡?」
「いえ、私の足跡じゃありません。それにこっちの靴の跡も順平さん達の者とは違いますね」
「つまり、オレ達の他にもここに誰かがいるって事か?」
言葉にすると嫌に現実味を帯びる。だが少し考えればポロニアンモールへ繋がる扉を探しに探索していた最中に人影を見ている事や、白蘭が探している『アマネ』という人物の事が挙げられるのだ。単純に考えても誰かが居てもおかしくはない。
立ち上がった白蘭がその足跡の続く先である扉を眺める。
「居たとしたら、その人はどこを目指してるんだろうね。ボク達みたいに時の狭間の事を知ってるのなら、もしかしたら解決に向かって動いてるかも知れない。そしたら、キミ達まで歩き回る必要ナイかもね」
「そんな訳にはいかないな。コレは我々の問題でもある。それとも白蘭、君こそラウンジで待っているか?」
桐条が言い返すのに白蘭は言いたいことを飲み込んだような顔をして振り返った。何が言いたいのかまではアイギスには分からなかったが、きっと『アマネ』という人物のことを考えているのだろうとは思う。
それだけ、その人が大事なのだ。
「――ま、そうだね。ボクはボクの目的があるからラウンジで待ってるなんてしないよ。ゴメンね? アマネチャンが見つからなくてイライラしてる」
「オレ達も同じだ。何もお前だけがこの状況を不快に思っているワケじゃない」
「ありがと。えーと、真田サン?」
人から又聞きしていたような感じで真田の名を口にする。
次の扉の先へ進もうと歩き出した一行から、白蘭が少し離れて歩くのにアイギスは気になったのとシャドウに襲われないかと心配して歩み寄った。ポケットに入れた手であの匣を弄っているらしい白蘭がそんなアイギスに気付いて笑う。
苛々しているようには見えなかった。
再び進んだ最奥の扉を潜ると、そこは路地裏にある不良の溜まり場だった。何時の時間軸かは分からないが、その場所を目にした白蘭以外が思わず息を詰めたのは間違いない。
荒垣がストレガのタカヤへ撃たれた場所であったことと、その溜まり場の階段へ当の荒垣が座っていたからだ。
「……え、なんで?」
階段へ腰を下ろしている『荒垣』と、近くに立っている荒垣とを全員が見比べる。荒垣本人はじっと階段へ座っている自分を見つめていた。
ふと、路地裏の奥から誰かが走ってくる。濃紺色のパーカーを着ていたその人物は、躊躇無く座っていた『荒垣』の背中へと飛びつき、飛びつかれた『荒垣』が驚きと警戒を持ってパーカーの人物へと振り返った。
『オイコラ離せ』
『すみません』
聞こえてきた声は、耳触りのいい少し大きめの、男の声。
記憶にないはずなのに、聞き覚えがあるような気がする。パーカーの青年は『荒垣』の隣へと移動して膝を抱えた。その姿を見て白蘭が目を見開いている。
『テメェ何者だ?』
座っている『荒垣』が言う。
『何だと思いますか?』
『知らねえよ』
『俺もね、知らねぇんですよ。でもこれだけは知ってる』
パーカーの青年が立ち上がった。そうして目の前の会話をただ聞いているだけだったアイギス達へと歩み寄ってきて、こちらの荒垣の前で立ち止まる。
『俺はきっとチャンスを与えられたんです。本来は二度とない時間をもう一度走り抜けて、貴方達の未来を最悪から“最”悪じゃない未来へ変える為に』
気が付けば不良の溜まり場ではなく、時の狭間の最奥にあった扉の前へと戻ってきていた。目の前にあった筈の扉は無くなっていて、けれどもそれへ突っ込む空気でもない。
あれはいつかの『過去』なのだろうか。少なくとも荒垣が不良の溜まり場を徘徊して居た頃の。となれば十月よりも前の時間軸で、荒垣はあのパーカーの青年と何かがあった。
最後には本来あの時間軸には居なかった筈の、今の荒垣へと話しかけてきた青年について訊ねようとして、アイギスは荒垣を振り向いて目を見開く。荒垣は頭を抱え込むように被っていたニット帽を押さえ込み、低く呻いていた。
「荒垣さん……?」
「……あの野郎」
「は? あの野郎?」
「おい白蘭! あの馬鹿は結局“何”をしやがった!」
怒鳴りつける荒垣にしかし、消えた扉のあった場所を眺めていた白蘭は驚くこともなく視線を荒垣へと向ける。
嬉しいのか悲しいのかは分からないけれど、泣きそうな顔だと思ったのはアイギスだけだろうか。
「思い出したんだ? アマネチャンと最初に接触したのはアナタだったんだね」
「たまたまだろ。オレだけ一人だったから接触しやすかったのかも知れねえ……そう言うあたり、テメェも色々知ってるのか」
「最初から言ってたデショ。『アマネチャンを迎えに来た』って。ボクはアマネチャンが結局『何をした』のかは知らない。でも『三月三十一日』に何が起こるのかは書いてあった」
そう言って鞄からノートを取り出した白蘭に、荒垣が引ったくるようにそれを受け取った。引ったくるようにといえどノートを開く仕草やその扱いは丁寧だ。
「……あの馬鹿。この結果がコレか」
「貴方はえーと、荒垣サンかな。荒垣サンは知ってたの?」
「多分一番詳しく聞かされてただろうな。だがこんな……こんな結末があってたまるかっ!」
ノートの最後の方のページを開いたまま荒垣が激昂する。白蘭はそんな荒垣を静かに見つめていた。
「でもアマネチャンにとってはそれが『最良』だと思ったんじゃない? 荒垣サンを助けて桐条の当主も助けて、本来は『死ぬ』かも知れなかった『あの人』はどうなった?」
「死ぬかも知れなかった……?」
「有里は生きてる。だが昏睡状態だ。それともアイツは、『命だけでもあればいい』とでも考えてたってのか」
「分からないよ。その『有里サン』と自分とで半分ずつ分担することで、少し不自由になってしまうとしても生きていられると考えてたかも知れない。ただソレは上手くいかなかった。『有里サン』は昏睡状態になってしまって、アマネチャンはその存在も消えた。――アマネチャンは失敗したんだ」
何も言えないとばかりに黙り込んでしまう二人に、桐条が困惑を顔へ浮かべながら訊ねる。
「ちょっと待ってくれ。お前達は何の話をしている? 荒垣、説明してくれ」
苦々しげにノートを閉じた荒垣が、何かに気付いたようにしゃがんで足下へ落ちていた物を拾い上げた。白い陶器の破片の様なそれを眺めながら、荒垣は言いにくそうに口を開く。
「……有里の他に、もう一人『馬鹿』がいたんだ。ソイツは……アイツはオレ達を自分の知っている未来よりマシな未来を進ませる為に試行錯誤してた。それで今、アイツは存在『してなかった』」
「存在して、いなかった?」
「違うな。まだ存在してねえっつうのが正しいな」
荒垣が舌打ちをこぼしてノートを白蘭へ返した。大事そうにノートを鞄へ戻した白蘭を眺めたままアイギスは考える。
『存在していない』というのはどういう事か。アイギス達がその『アマネ』という人物について覚えていないと白蘭が言うのも、存在していた証拠が何も無いからなのだろうか。
存在していた証拠というのはよく分からない。ただ、証拠がないということは証明されないということだ。
再びラウンジの階段から地下の時の狭間へと降りると、白蘭が何かに気付いたようにしゃがんで砂の地面へと手を伸ばした。それから増えていた扉へと顔を向ける。
「どうした?」
「……足跡がある」
「足跡?」
伊織と荒垣がしゃがんでいる白蘭の手元を覗き込んだ。アイギスも同じように白蘭の手元を見下ろせば、覚えのない足跡が二つ。
一つは運動靴のそれだが、もう一つはアイギスの機械の足によって出来るそれに似ている。けれどもアイギスはまだその足跡が続く先へ向かった覚えはない。
「アイギスの足跡?」
「いえ、私の足跡じゃありません。それにこっちの靴の跡も順平さん達の者とは違いますね」
「つまり、オレ達の他にもここに誰かがいるって事か?」
言葉にすると嫌に現実味を帯びる。だが少し考えればポロニアンモールへ繋がる扉を探しに探索していた最中に人影を見ている事や、白蘭が探している『アマネ』という人物の事が挙げられるのだ。単純に考えても誰かが居てもおかしくはない。
立ち上がった白蘭がその足跡の続く先である扉を眺める。
「居たとしたら、その人はどこを目指してるんだろうね。ボク達みたいに時の狭間の事を知ってるのなら、もしかしたら解決に向かって動いてるかも知れない。そしたら、キミ達まで歩き回る必要ナイかもね」
「そんな訳にはいかないな。コレは我々の問題でもある。それとも白蘭、君こそラウンジで待っているか?」
桐条が言い返すのに白蘭は言いたいことを飲み込んだような顔をして振り返った。何が言いたいのかまではアイギスには分からなかったが、きっと『アマネ』という人物のことを考えているのだろうとは思う。
それだけ、その人が大事なのだ。
「――ま、そうだね。ボクはボクの目的があるからラウンジで待ってるなんてしないよ。ゴメンね? アマネチャンが見つからなくてイライラしてる」
「オレ達も同じだ。何もお前だけがこの状況を不快に思っているワケじゃない」
「ありがと。えーと、真田サン?」
人から又聞きしていたような感じで真田の名を口にする。
次の扉の先へ進もうと歩き出した一行から、白蘭が少し離れて歩くのにアイギスは気になったのとシャドウに襲われないかと心配して歩み寄った。ポケットに入れた手であの匣を弄っているらしい白蘭がそんなアイギスに気付いて笑う。
苛々しているようには見えなかった。
再び進んだ最奥の扉を潜ると、そこは路地裏にある不良の溜まり場だった。何時の時間軸かは分からないが、その場所を目にした白蘭以外が思わず息を詰めたのは間違いない。
荒垣がストレガのタカヤへ撃たれた場所であったことと、その溜まり場の階段へ当の荒垣が座っていたからだ。
「……え、なんで?」
階段へ腰を下ろしている『荒垣』と、近くに立っている荒垣とを全員が見比べる。荒垣本人はじっと階段へ座っている自分を見つめていた。
ふと、路地裏の奥から誰かが走ってくる。濃紺色のパーカーを着ていたその人物は、躊躇無く座っていた『荒垣』の背中へと飛びつき、飛びつかれた『荒垣』が驚きと警戒を持ってパーカーの人物へと振り返った。
『オイコラ離せ』
『すみません』
聞こえてきた声は、耳触りのいい少し大きめの、男の声。
記憶にないはずなのに、聞き覚えがあるような気がする。パーカーの青年は『荒垣』の隣へと移動して膝を抱えた。その姿を見て白蘭が目を見開いている。
『テメェ何者だ?』
座っている『荒垣』が言う。
『何だと思いますか?』
『知らねえよ』
『俺もね、知らねぇんですよ。でもこれだけは知ってる』
パーカーの青年が立ち上がった。そうして目の前の会話をただ聞いているだけだったアイギス達へと歩み寄ってきて、こちらの荒垣の前で立ち止まる。
『俺はきっとチャンスを与えられたんです。本来は二度とない時間をもう一度走り抜けて、貴方達の未来を最悪から“最”悪じゃない未来へ変える為に』
気が付けば不良の溜まり場ではなく、時の狭間の最奥にあった扉の前へと戻ってきていた。目の前にあった筈の扉は無くなっていて、けれどもそれへ突っ込む空気でもない。
あれはいつかの『過去』なのだろうか。少なくとも荒垣が不良の溜まり場を徘徊して居た頃の。となれば十月よりも前の時間軸で、荒垣はあのパーカーの青年と何かがあった。
最後には本来あの時間軸には居なかった筈の、今の荒垣へと話しかけてきた青年について訊ねようとして、アイギスは荒垣を振り向いて目を見開く。荒垣は頭を抱え込むように被っていたニット帽を押さえ込み、低く呻いていた。
「荒垣さん……?」
「……あの野郎」
「は? あの野郎?」
「おい白蘭! あの馬鹿は結局“何”をしやがった!」
怒鳴りつける荒垣にしかし、消えた扉のあった場所を眺めていた白蘭は驚くこともなく視線を荒垣へと向ける。
嬉しいのか悲しいのかは分からないけれど、泣きそうな顔だと思ったのはアイギスだけだろうか。
「思い出したんだ? アマネチャンと最初に接触したのはアナタだったんだね」
「たまたまだろ。オレだけ一人だったから接触しやすかったのかも知れねえ……そう言うあたり、テメェも色々知ってるのか」
「最初から言ってたデショ。『アマネチャンを迎えに来た』って。ボクはアマネチャンが結局『何をした』のかは知らない。でも『三月三十一日』に何が起こるのかは書いてあった」
そう言って鞄からノートを取り出した白蘭に、荒垣が引ったくるようにそれを受け取った。引ったくるようにといえどノートを開く仕草やその扱いは丁寧だ。
「……あの馬鹿。この結果がコレか」
「貴方はえーと、荒垣サンかな。荒垣サンは知ってたの?」
「多分一番詳しく聞かされてただろうな。だがこんな……こんな結末があってたまるかっ!」
ノートの最後の方のページを開いたまま荒垣が激昂する。白蘭はそんな荒垣を静かに見つめていた。
「でもアマネチャンにとってはそれが『最良』だと思ったんじゃない? 荒垣サンを助けて桐条の当主も助けて、本来は『死ぬ』かも知れなかった『あの人』はどうなった?」
「死ぬかも知れなかった……?」
「有里は生きてる。だが昏睡状態だ。それともアイツは、『命だけでもあればいい』とでも考えてたってのか」
「分からないよ。その『有里サン』と自分とで半分ずつ分担することで、少し不自由になってしまうとしても生きていられると考えてたかも知れない。ただソレは上手くいかなかった。『有里サン』は昏睡状態になってしまって、アマネチャンはその存在も消えた。――アマネチャンは失敗したんだ」
何も言えないとばかりに黙り込んでしまう二人に、桐条が困惑を顔へ浮かべながら訊ねる。
「ちょっと待ってくれ。お前達は何の話をしている? 荒垣、説明してくれ」
苦々しげにノートを閉じた荒垣が、何かに気付いたようにしゃがんで足下へ落ちていた物を拾い上げた。白い陶器の破片の様なそれを眺めながら、荒垣は言いにくそうに口を開く。
「……有里の他に、もう一人『馬鹿』がいたんだ。ソイツは……アイツはオレ達を自分の知っている未来よりマシな未来を進ませる為に試行錯誤してた。それで今、アイツは存在『してなかった』」
「存在して、いなかった?」
「違うな。まだ存在してねえっつうのが正しいな」
荒垣が舌打ちをこぼしてノートを白蘭へ返した。大事そうにノートを鞄へ戻した白蘭を眺めたままアイギスは考える。
『存在していない』というのはどういう事か。アイギス達がその『アマネ』という人物について覚えていないと白蘭が言うのも、存在していた証拠が何も無いからなのだろうか。
存在していた証拠というのはよく分からない。ただ、証拠がないということは証明されないということだ。