ペルソナP3P
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「きっと『ニュクス』と対峙する前にアンタと話すのは最後だと思う」
「左様でございますか」
「もし無事に――無事でなくとも、全てが終わってここへ来れたら、また向かい合って紅茶を貰っても?」
青い部屋。ベルベットルームでテーブルを挟んで向かい側。いつもの定位置へ座っているイゴールと前にもした様なやりとりを繰り返す。
イゴールは組んだ手に口元をかくして俯いたまま上目遣いでアマネを見返していた。湯気の燻る紅茶が映える白磁のカップ。アマネはじっとそれを見つめてイゴールを見ない。
『一度目』にここでその会話をした時、アマネは全てを楽観視していた。自分ならニュクスを倒せると、運命の分かれ目など無いかのように明日を迎えられると軽く考えていただろう。
けれども『一度目』を経験したアマネにはもう、そんな楽観視は出来ない。
「以前、私は貴方へ言い逃した言葉がこざいました」
「言い逃した?」
「『何故、貴方は』……その先の言葉は言った私にも分かりませんでした。何をお尋ねしようとしたのかも、何故そんな問いかけをしようとしたのかも、長らく貴方と関わった今でも分かりません」
珍しく自身の事を語るイゴールは、わずかに眉間へ皺を寄せていた。
「ですが今、漠然とその時の事を思い出しました。『何故、貴方は約束をするのですか?』」
エレベーターの密室が静かに動いている音が鈍く響いている。イゴールとアマネが黙ってしまえばそれしか響かない部屋で、アマネは答えようとした口を一度引き結んだ。
イゴールは人ではない。アマネは人でありたいと思っている。けれどもイゴールが自身をどうありたいと思っているのかなど知らない。ただアマネは他の方法を知らないだけだ。
『人』であり続ける為には。
「犬が、貰った骨を土の中へ埋めるのは、今の他に『後で』という未来があることを理解しているかららしい。『後で』腹が減ったり遊びてぇと思った時にそれを使えるように。って話」
詳しい話は忘れた。
「約束は言葉の交わせる『人』同士が結べる『未来の話』だぁ。俺は約束をすることで誰かとの繋がりを持っていると実感してる。誰かとは『人』で、約束できるのは『人』だよ」
イゴールを見る。イゴールは笑いもせずにアマネを見つめていた。
アマネは笑う。
「俺を繋ぎ止める絆を分かり易く言葉にしたものが『約束』だと思えばいい。俺はちゃんと、自分を縛る紐を絶やさねぇ為の努力をしてる。だからイゴール、俺は“また”ここへ来て向かい合って紅茶を貰ってもいいかぁ?」
「――お待ちしております」
そう言って、いつもの様に目を伏せて黙り込むイゴールにアマネは両手で顔を覆い隠して俯いた。
いつだったか、多分『一度目』の一月三十一日がもう片手で数えられる程近くなった頃のことだ。アマネはあの人に『自分の未来は無いかもしれないとは思わなかったのか』と訊かれた。
それに対して答えた言葉が、あの人があの選択をする一押しになってしまった可能性があるがそれはさておき。今またその質問を誰かへされたとしよう。
アマネは答える。
「毎日、未来のことを考えて覚悟して生きてる」
「……左様ですか」
少し寂しそうな顔をしたテオドアは、もしかしたらベルベットルームからいなくなってしまった姉のことを考えているのかもしれない。アマネと同じようにあの人へ心酔して、アマネよりも先にあの人を助ける方法を探しに行った彼女。今は何処を放浪しているかなど予想も出来ない。
「私には姉上の考えが分からないのです。いえ、あの客人が尊い方であるのは分かっております。ですが『喪失』というのはそんなに衝撃的なことなのでしょうか」
「リズが居なくなって寂しくねぇの?」
「これが『寂しい』という感情であるのなら。ですが姉上はいつか戻ってこられるでしょう?」
「本当にぃ?」
「……分かりません」
俯くテオドアはまだ『喪失』を知らない。
もし、この世界でも有里が彼女なりの『命の答え』を見出して『大いなる封印』になってこの世を離れたとしたら、テオドアもエリザベスと同じようにベルベットルームを出て行くのだろうか。
「マギーも二人が居なくなったら寂しいだろぉなぁ」
「姉上が、寂しがりますか?」
「お前さんには見せてねぇだろぉけど、彼女はリズが居なくなって寂しいと思ってるよ。俺はそれが……」
それが、酷く申し訳ないと思う。
マーガレットは笑ってくれる。アマネに対していたずらも悪ふざけも冗談も言うが、弟妹のことを話す時決してふざけない事には気付いていた。
彼女から妹を奪ったのはアマネだ。驕っていた『一度目』のアマネだろう。
そして今度は、彼女は弟さえも失うかもしれない。生きていればいいとか、再び会える可能性はあるとか、そういう問題では無いだろう。
腰へ提げたウォレットチェーンの飾り部分へ触れる。
「テオ、君はマギーを悲しませちゃ駄目だぁ。大事な姉弟だろぉ?」
「尊敬はしておりますが、姉上達が私をどう思っているかまでは……」
言いよどむテオドアを見つめて微笑ましく思った。そうあまり意識せず、当たり前に思っていられるうちは幸せだろう。
失って初めて分かることだってある。だが知らなくたっていいことだってあるのだ。
「左様でございますか」
「もし無事に――無事でなくとも、全てが終わってここへ来れたら、また向かい合って紅茶を貰っても?」
青い部屋。ベルベットルームでテーブルを挟んで向かい側。いつもの定位置へ座っているイゴールと前にもした様なやりとりを繰り返す。
イゴールは組んだ手に口元をかくして俯いたまま上目遣いでアマネを見返していた。湯気の燻る紅茶が映える白磁のカップ。アマネはじっとそれを見つめてイゴールを見ない。
『一度目』にここでその会話をした時、アマネは全てを楽観視していた。自分ならニュクスを倒せると、運命の分かれ目など無いかのように明日を迎えられると軽く考えていただろう。
けれども『一度目』を経験したアマネにはもう、そんな楽観視は出来ない。
「以前、私は貴方へ言い逃した言葉がこざいました」
「言い逃した?」
「『何故、貴方は』……その先の言葉は言った私にも分かりませんでした。何をお尋ねしようとしたのかも、何故そんな問いかけをしようとしたのかも、長らく貴方と関わった今でも分かりません」
珍しく自身の事を語るイゴールは、わずかに眉間へ皺を寄せていた。
「ですが今、漠然とその時の事を思い出しました。『何故、貴方は約束をするのですか?』」
エレベーターの密室が静かに動いている音が鈍く響いている。イゴールとアマネが黙ってしまえばそれしか響かない部屋で、アマネは答えようとした口を一度引き結んだ。
イゴールは人ではない。アマネは人でありたいと思っている。けれどもイゴールが自身をどうありたいと思っているのかなど知らない。ただアマネは他の方法を知らないだけだ。
『人』であり続ける為には。
「犬が、貰った骨を土の中へ埋めるのは、今の他に『後で』という未来があることを理解しているかららしい。『後で』腹が減ったり遊びてぇと思った時にそれを使えるように。って話」
詳しい話は忘れた。
「約束は言葉の交わせる『人』同士が結べる『未来の話』だぁ。俺は約束をすることで誰かとの繋がりを持っていると実感してる。誰かとは『人』で、約束できるのは『人』だよ」
イゴールを見る。イゴールは笑いもせずにアマネを見つめていた。
アマネは笑う。
「俺を繋ぎ止める絆を分かり易く言葉にしたものが『約束』だと思えばいい。俺はちゃんと、自分を縛る紐を絶やさねぇ為の努力をしてる。だからイゴール、俺は“また”ここへ来て向かい合って紅茶を貰ってもいいかぁ?」
「――お待ちしております」
そう言って、いつもの様に目を伏せて黙り込むイゴールにアマネは両手で顔を覆い隠して俯いた。
いつだったか、多分『一度目』の一月三十一日がもう片手で数えられる程近くなった頃のことだ。アマネはあの人に『自分の未来は無いかもしれないとは思わなかったのか』と訊かれた。
それに対して答えた言葉が、あの人があの選択をする一押しになってしまった可能性があるがそれはさておき。今またその質問を誰かへされたとしよう。
アマネは答える。
「毎日、未来のことを考えて覚悟して生きてる」
「……左様ですか」
少し寂しそうな顔をしたテオドアは、もしかしたらベルベットルームからいなくなってしまった姉のことを考えているのかもしれない。アマネと同じようにあの人へ心酔して、アマネよりも先にあの人を助ける方法を探しに行った彼女。今は何処を放浪しているかなど予想も出来ない。
「私には姉上の考えが分からないのです。いえ、あの客人が尊い方であるのは分かっております。ですが『喪失』というのはそんなに衝撃的なことなのでしょうか」
「リズが居なくなって寂しくねぇの?」
「これが『寂しい』という感情であるのなら。ですが姉上はいつか戻ってこられるでしょう?」
「本当にぃ?」
「……分かりません」
俯くテオドアはまだ『喪失』を知らない。
もし、この世界でも有里が彼女なりの『命の答え』を見出して『大いなる封印』になってこの世を離れたとしたら、テオドアもエリザベスと同じようにベルベットルームを出て行くのだろうか。
「マギーも二人が居なくなったら寂しいだろぉなぁ」
「姉上が、寂しがりますか?」
「お前さんには見せてねぇだろぉけど、彼女はリズが居なくなって寂しいと思ってるよ。俺はそれが……」
それが、酷く申し訳ないと思う。
マーガレットは笑ってくれる。アマネに対していたずらも悪ふざけも冗談も言うが、弟妹のことを話す時決してふざけない事には気付いていた。
彼女から妹を奪ったのはアマネだ。驕っていた『一度目』のアマネだろう。
そして今度は、彼女は弟さえも失うかもしれない。生きていればいいとか、再び会える可能性はあるとか、そういう問題では無いだろう。
腰へ提げたウォレットチェーンの飾り部分へ触れる。
「テオ、君はマギーを悲しませちゃ駄目だぁ。大事な姉弟だろぉ?」
「尊敬はしておりますが、姉上達が私をどう思っているかまでは……」
言いよどむテオドアを見つめて微笑ましく思った。そうあまり意識せず、当たり前に思っていられるうちは幸せだろう。
失って初めて分かることだってある。だが知らなくたっていいことだってあるのだ。