ペルソナP3P
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いわゆる植物状態というべきか、意識の戻らないまま一ヶ月以上眠り続けている荒垣の病室の窓を開ける。そうして見舞い客用の椅子へ座って片膝を抱えた。
「……チドリさんは助けられませんでした」
益の無い報告に当然ながら返事は無い。意識があったとしても荒垣は何か言ってくれたかどうか。
天田経由で教えてもらった荒垣の病室は、真田やSEESの面々が頻繁に見舞いへ訪れるのか見舞いの品が置かれていた。しなびてはいても枯れてはいない花からして、ごく最近も誰かが来ていたのだろう。もしかしたら彼を養子にした荒垣家の人かもしれないが、そちらの話は詳しくないので分からない。
チドリが伊織を庇った日から数日が経っている。月光館の二年生は職業体験学習で一週間ほど忙しい。だが伊織は『前』と同じく寮の自室へ篭っているのだろう。
『前』はアマネが部屋の前に食事を置いていたが、今はちゃんと食べているのだろうかと不安になる。だが、だからといってアマネが食事を用意しに行くのは違う気がしていた。
抱えた膝へ額を押し付ける。
「諦める気は無ぇけど、弱音を吐きたくはなりますね」
返事は無い。当たり前だ。彼は生きているだけでも奇跡で、彼に関するこの先のことはアマネでは分からない。
意識の無いまま一生を生き続けるのなら、あの時死なせてしまえば良かったのではと思う時だってある。すぐにその考えは振り払うが、アマネは自分の傲慢さで荒垣を死なせなかったという『負い目』もあった。
「……また来ます」
これ以上居ても落ち込むだけだと判断して立ち上がる。荒垣の病室を出ようと戸を開けた目の前に、病室へ入ろうとしていたらしい有里が居てぶつかりかけた。
たたらを踏んで立ち止まってぶつかるのを回避し、同じように立ち止まった有里が驚いたように見上げてくるのと目が合う。
彼女は二年だから職業体験学習へ参加しているはずだが、提げている鞄からしてどうやらその参加後にそのまま見舞いへ来たらしい。アマネも学校帰りにそのまま来たので状況は同じだが。
「……こんにちは」
「あ、うん。こんにちは」
「俺はもう帰りますのでどうぞ」
有里が病室へ入れるように脇へ避ける。だが有里は入ってこずにアマネを見ていた。
「もう帰るの?」
「ええ。見舞いに来ただけですから」
「ならちょっと待っててよ。途中まででいいから一緒に帰ろう?」
自分がそんな気分ではないと分かっているのだけれど、彼女と『あの人』は違うとも分かっているのだけれど、彼女の誘いは断れない。
「順平がね、部屋から出てこないの」
見舞いの後、隣を歩く有里がポツリと呟く。
「もちろんチドリが死んじゃって悲しいからだってのは分かってる。でも部屋から出て来ないのも心配なんだ」
「心の整理が必要なんでしょう」
「……大切な人が死ぬって、大変なんだね」
他人事のような言い方に有里を見れば、有里は空を見上げていた。
「私ね、小さい頃に両親を事故で亡くしてるの。でも小さかったからかもしれないけどあんまり覚えてなくて。だからかもしれないけど『死んじゃって悲しい』ってのがよく分からないんだ」
両親を亡くしたのは十年前のムーンライトブリッジでのことだろう。『あの人』と同じ運命であるのなら、あの場所で彼女は“死神”をその身へ封印されたはずだ。
「だから荒垣さんが撃たれた時や、美鶴のお父さんが倒れた時も、泣いてる皆を見ても、悲しいっていうのとは少し違う気がしてた。……イヤな奴だよね。私」
「……嫌な奴ってことは無ぇでしょう」
「そうかな」
「俺の――『兄』がそういう人でした。口癖が『どうでもいい』で、最初の頃は色んなものへ興味が薄くて」
「お兄さん居るの?」
「今は……離れた場所へいます」
彼女へは『あの人』のことを“死んだ”と教えたくなくて言い方を変える。アマネが一人暮らしをしていることは知っているからか、有里は別の学校へ通っているとでも考えたようだった。
最初の頃の『あの人』が全てに興味が無かったのは、その中へ抱え込んでいた“死神”による副作用的なものだったのだろう。大型シャドウを倒しその身へ集めていくことで感情が集められていったような、そんな感覚。
なら有里だって同じなのかも知れない。
「有里さんにもいつか好きな人とか大切な人が出来て、その人と離れなけりゃならなくなった時にはちゃんと、悲しいって思えると思いますよ」
「そうかな……ああでも、SEESの皆やアマネ君が居なくなったら寂しいって思うな」
「俺もですか」
「うん」
アマネを見上げて微笑む有里に、『あの人』の笑顔が一瞬だけ重なる。思わず目を細めた。
「でも目下の悩みは順平だよ」
「伊織先輩は結構強いって俺は思ってます。今はそっとしておいてあげたらどうですか」
「チドリから命を貰うくらいだもんね」
他者から命を貰う。有里は簡単に言葉にしたがそれがどんなに大変なことであるかを、アマネは漠然と知っている。
寮とアマネのアパートとで別れなければならない場所へ至って、アマネは足を止めた。単に別れるだけだと思ったのだろう有里の手を掴んで、逡巡しながら口を開く。
「? アマネく――」
「可能性の一つです。確証はありません。期待はしねぇでください。――桐条先輩に言ってチドリさんが世話をしていた花を、彼女の傍に置いてもらってください」
「――花?」
「何が要因だったのか俺は知らないんです。でも、出来るだけ同じ状況を……っ」
有里が訝しげな顔をするのが耐えられなくて、そこまで言って逃げるように走り出した。
「……チドリさんは助けられませんでした」
益の無い報告に当然ながら返事は無い。意識があったとしても荒垣は何か言ってくれたかどうか。
天田経由で教えてもらった荒垣の病室は、真田やSEESの面々が頻繁に見舞いへ訪れるのか見舞いの品が置かれていた。しなびてはいても枯れてはいない花からして、ごく最近も誰かが来ていたのだろう。もしかしたら彼を養子にした荒垣家の人かもしれないが、そちらの話は詳しくないので分からない。
チドリが伊織を庇った日から数日が経っている。月光館の二年生は職業体験学習で一週間ほど忙しい。だが伊織は『前』と同じく寮の自室へ篭っているのだろう。
『前』はアマネが部屋の前に食事を置いていたが、今はちゃんと食べているのだろうかと不安になる。だが、だからといってアマネが食事を用意しに行くのは違う気がしていた。
抱えた膝へ額を押し付ける。
「諦める気は無ぇけど、弱音を吐きたくはなりますね」
返事は無い。当たり前だ。彼は生きているだけでも奇跡で、彼に関するこの先のことはアマネでは分からない。
意識の無いまま一生を生き続けるのなら、あの時死なせてしまえば良かったのではと思う時だってある。すぐにその考えは振り払うが、アマネは自分の傲慢さで荒垣を死なせなかったという『負い目』もあった。
「……また来ます」
これ以上居ても落ち込むだけだと判断して立ち上がる。荒垣の病室を出ようと戸を開けた目の前に、病室へ入ろうとしていたらしい有里が居てぶつかりかけた。
たたらを踏んで立ち止まってぶつかるのを回避し、同じように立ち止まった有里が驚いたように見上げてくるのと目が合う。
彼女は二年だから職業体験学習へ参加しているはずだが、提げている鞄からしてどうやらその参加後にそのまま見舞いへ来たらしい。アマネも学校帰りにそのまま来たので状況は同じだが。
「……こんにちは」
「あ、うん。こんにちは」
「俺はもう帰りますのでどうぞ」
有里が病室へ入れるように脇へ避ける。だが有里は入ってこずにアマネを見ていた。
「もう帰るの?」
「ええ。見舞いに来ただけですから」
「ならちょっと待っててよ。途中まででいいから一緒に帰ろう?」
自分がそんな気分ではないと分かっているのだけれど、彼女と『あの人』は違うとも分かっているのだけれど、彼女の誘いは断れない。
「順平がね、部屋から出てこないの」
見舞いの後、隣を歩く有里がポツリと呟く。
「もちろんチドリが死んじゃって悲しいからだってのは分かってる。でも部屋から出て来ないのも心配なんだ」
「心の整理が必要なんでしょう」
「……大切な人が死ぬって、大変なんだね」
他人事のような言い方に有里を見れば、有里は空を見上げていた。
「私ね、小さい頃に両親を事故で亡くしてるの。でも小さかったからかもしれないけどあんまり覚えてなくて。だからかもしれないけど『死んじゃって悲しい』ってのがよく分からないんだ」
両親を亡くしたのは十年前のムーンライトブリッジでのことだろう。『あの人』と同じ運命であるのなら、あの場所で彼女は“死神”をその身へ封印されたはずだ。
「だから荒垣さんが撃たれた時や、美鶴のお父さんが倒れた時も、泣いてる皆を見ても、悲しいっていうのとは少し違う気がしてた。……イヤな奴だよね。私」
「……嫌な奴ってことは無ぇでしょう」
「そうかな」
「俺の――『兄』がそういう人でした。口癖が『どうでもいい』で、最初の頃は色んなものへ興味が薄くて」
「お兄さん居るの?」
「今は……離れた場所へいます」
彼女へは『あの人』のことを“死んだ”と教えたくなくて言い方を変える。アマネが一人暮らしをしていることは知っているからか、有里は別の学校へ通っているとでも考えたようだった。
最初の頃の『あの人』が全てに興味が無かったのは、その中へ抱え込んでいた“死神”による副作用的なものだったのだろう。大型シャドウを倒しその身へ集めていくことで感情が集められていったような、そんな感覚。
なら有里だって同じなのかも知れない。
「有里さんにもいつか好きな人とか大切な人が出来て、その人と離れなけりゃならなくなった時にはちゃんと、悲しいって思えると思いますよ」
「そうかな……ああでも、SEESの皆やアマネ君が居なくなったら寂しいって思うな」
「俺もですか」
「うん」
アマネを見上げて微笑む有里に、『あの人』の笑顔が一瞬だけ重なる。思わず目を細めた。
「でも目下の悩みは順平だよ」
「伊織先輩は結構強いって俺は思ってます。今はそっとしておいてあげたらどうですか」
「チドリから命を貰うくらいだもんね」
他者から命を貰う。有里は簡単に言葉にしたがそれがどんなに大変なことであるかを、アマネは漠然と知っている。
寮とアマネのアパートとで別れなければならない場所へ至って、アマネは足を止めた。単に別れるだけだと思ったのだろう有里の手を掴んで、逡巡しながら口を開く。
「? アマネく――」
「可能性の一つです。確証はありません。期待はしねぇでください。――桐条先輩に言ってチドリさんが世話をしていた花を、彼女の傍に置いてもらってください」
「――花?」
「何が要因だったのか俺は知らないんです。でも、出来るだけ同じ状況を……っ」
有里が訝しげな顔をするのが耐えられなくて、そこまで言って逃げるように走り出した。