ペルソナ3
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腫れぼったい目蓋を開けると有里の寝顔が至近距離にあって、アマネは起こさないように起き上がりながら後頭部を掻いた。
結局昨日は声を殺しながらも盛大に泣き続け、そのまま眠ってしまったらしい。有里の服を掴んだままだった手からして、有里はアマネが眠ってしまっても動けなかったからここで寝ているのだろう。よく見れば身体が痛くなりそうな姿勢で寝ている。
着替えないまま眠ってしまったせいで皺だらけの制服は、クリーニングはせずとも皺を伸ばしておかなければならない。試験前とは言え休日で良かったと思いつつ、アマネは有里を跨いでベッドから降りる。
久しぶりに大泣きした理由が、後悔の念からだったのか荒垣の死に対する悲しみからだったのかは、随分とスッキリしてしまった今ではよく分からなかった。むしろどちらもが混ざり合っていたから、ああまでも混乱していたというべきか。
いずれにせよ、全てを吐き出した今はもう大丈夫だろう。
「……あー」
着替えを終えて机へ向かうと鞄の隣に昨日の土鍋が鎮座している。蓋を開けてみると雑炊は完全に冷めきっており、端のほうは乾いて糊の様に固まってしまっていた。
椅子を引いて腰を降ろし、匙をその雑炊へ突っ込んで口に運ぶ。
「……マズ」
何が入っているのか謎の甘みと焦げた苦み。完食した暁には盛大に舌の感覚が狂いそうなそれを、アマネは黙々と減らしていく。不味くて涙が出そうだった。
半分ほどをなんとか胃へ収めたところで、やはりもう無理だと言葉通り匙を投げる。ベッド軋む音に振り返れば、寝起きのボンヤリした顔で有里が起き上がっていた。
「おはようございます」
「……おはよう」
有里は目を擦りながら部屋を見回し、ここがアマネの部屋である事を認識すると昨夜のことを思い出したらしく、椅子へ座っているアマネを見る。
「もう大丈夫ですよ。吐き出せるだけ吐き出せましたから」
「そう……。それ」
「雑炊ですか? 空き腹にこの量は多いです。あと言っちゃ悪ぃですけどこれ不味いんですけど」
「風花が作った」
「……まだ俺あの人にそこまで料理教えてねぇよ」
しかしながら山岸が作ったにしては匂いと見た目は普通だったなと思っていると、有里が小さく笑う声が聞こえた。
「戻ったね」
「何がですか」
「喋り方」
何の事か一瞬分からず首を傾げると、有里はそれでも構わないといった風にベッドから降りる。一度自分の部屋へ戻るのだろう。アマネも雑炊を片付けるために立ち上がった。
食べ切れなかった残りは申し訳ないがこっそりと処分させてもらおう。
厨房で雑炊を始末した後、そのまま朝食を作っていると美鶴や山岸が降りてきて、アマネを見ては驚いたように駆け寄ってきた。
「斑鳩君、もう大丈夫なの?」
「倒れたと聞いて心配したんだ」
「試験前で寝不足だったんですよ。しっかり寝たし、今日も勉強は諦めて休むつもりですから、大丈夫です」
少しの嘘を交えて言えば、山岸と美鶴は釈然としないまでも休むという言葉を信用する事にしたらしい。
「君は意外と無理をするからな」
「そんなの、俺だけじゃねぇでしょう。先輩達だって寝不足に気をつけねぇと」
「そういう意味ではないのだが……そうだな。気をつけよう」
美鶴は笑ってラウンジへと戻っていく。山岸は見れば洗って水気を切る為に放置している土鍋を見ていた。
「山岸先輩が作ってくださったそうで。食欲無くて全部は食べられなかったんですけど、ご馳走になりました」
「そう。よかった」
その『よかった』が、食べられて良かったか、食べられるもので良かったという意味なのかどちらの意味かは尋ねない。山岸は元より食べられるものとして作っていることは分かりきっているからだ。
フライパンの油が温まったのを確かめて油を馴染ませる。それから卵を割って落としつつ山岸もラウンジへと向かわせた。直後厨房の外から山岸と真田の話し声が聞こえて、アマネはフライ返しを持つ手に力を入れる。
案の定厨房へ入ってきた真田に、アマネは笑顔で挨拶をした。
「おはようございます。真田先輩」
「もういいのか」
「ええ、一晩寝て随分落ち着いたっていうか。やっぱ駄目ですねぇ。試験前だからって睡眠時間を削るのは」
油が跳ねる。
真田はまるでアマネの真意を探るように、思ったよりも真剣な表情をしていた。何を推し量ろうとしているのかまでは分からないものの、真田はアマネへ言いたい事があって、けれどもそれを上手く言葉に出来ないでいるような印象を受ける。
焼けた目玉焼きを皿へ移し、そのままソーセージを焼く作業へと移った。吐き気も涙も今はもう無い。
「……そうだな。夜更かしは健康に悪い」
結局何も言いはしなかった真田が戸棚からプロテインを出す為にアマネの後ろを通った時、通り抜け様手を乗せるように頭を叩かれた。アマネが思わず振り返れば、真田はアマネへ背を向けて棚からプロテインの缶を出している。
視線に気付いたのか、真田が振り向いて目が合った。
「なんだ?」
「……いえ」
「そろそろ天田も起きてくるだろう。朝食はまだか? 夜更かしも駄目だが食事を取らないのも良くないだろ」
「そうですね」
***
中間試験は一週間前に荒垣が亡くなったとはいえつつがなく行われた。あんな事があれば勉強に身が入らないのではと心配もあったが、アマネに関して言うならその心配は全くないのが悲しいところである。
ともあれ終わった一週間の苦行に、アマネも少なからず落ち着いた。試験結果が出るのは数日後なのでそれまでは他に心配事も無い。
夕食後に自室へ戻ろうと二階へ上がると、荒垣の部屋のドアが開けられている事に気付いてアマネは立ち止まった。
誰か居るのだろうかと不思議に思って中を覗き込めば、荒垣がタルタロスへ赴く際武器としていたバス停の標識を両手で持った有里がいる。
「何してるんですか」
「アマネ」
「つか鍵掛かってたんじゃねぇんですか?」
「鍵開いてた」
そう言ってバス停の標識を持ち上げようと頑張っている有里へ、アマネは部屋へ入って近付いた。
徹底的な綺麗好きではなかったけれど、それなりに几帳面だった荒垣の部屋は誰も掃除しておらずとも整っていて、ただ床や机の上が既に薄っすらと埃を被っている。
遺品整理はともかく、近いうちに一度掃除だけでもしなければと思いつつ部屋を見回していると、机の上に一冊のノートが置かれていた。
気になって手に取ってみれば、中には荒垣の文字で黒く埋まっている。
「……レシピ?」
「そうみたいですね……っと」
横に立って覗き込んできた有里へも見えるように広げれば、ページの隙間からハラリと紙切れが落ちた。ノートを有里へ渡して拾う為にしゃがむ。
二つ折りにされた紙片の内側には、誰かへ宛てるでもない乱雑なメモが書かれていた。
「アマネ?」
「……ああ、すいません。そろそろ出ましょうか。でねぇと真田先輩に怒られるかも」
「その紙は?」
「料理番組見てた時の書き損じみたいですね。捨てても平気でしょう」
誤魔化して有里へノートを置かせ、もう一度部屋を出るように促す。有里は何故か標識を持ったまま部屋を出た。後で真田か美鶴に言っておいた方がいいかもしれないが、バス停くらいは形見分けとして貰っても大丈夫だろう。
貰ったところで使えそうな場面は無いが。
有里と別れて部屋へ戻り、アマネは新垣の部屋から持ってきた紙片を再び広げて目を落とす。
ペルソナが少なからず神話上の存在の姿からイメージしている事は、荒垣も当然知っていた。
だからこれは多分、昼間アマネ達が学校へ行っている時に本を読んでだとかテレビで見てとかそういう些細な理由からのメモだろう。
『イブリス 固い意思を貫いた。忠誠の徒。斑鳩のペルソナ。火から生まれた。最期のときまで』
その後の一言は二重線で消されていた。
『傲慢』
「……俺もアンタも、傲慢でしたよ」
或いは、今も。
結局昨日は声を殺しながらも盛大に泣き続け、そのまま眠ってしまったらしい。有里の服を掴んだままだった手からして、有里はアマネが眠ってしまっても動けなかったからここで寝ているのだろう。よく見れば身体が痛くなりそうな姿勢で寝ている。
着替えないまま眠ってしまったせいで皺だらけの制服は、クリーニングはせずとも皺を伸ばしておかなければならない。試験前とは言え休日で良かったと思いつつ、アマネは有里を跨いでベッドから降りる。
久しぶりに大泣きした理由が、後悔の念からだったのか荒垣の死に対する悲しみからだったのかは、随分とスッキリしてしまった今ではよく分からなかった。むしろどちらもが混ざり合っていたから、ああまでも混乱していたというべきか。
いずれにせよ、全てを吐き出した今はもう大丈夫だろう。
「……あー」
着替えを終えて机へ向かうと鞄の隣に昨日の土鍋が鎮座している。蓋を開けてみると雑炊は完全に冷めきっており、端のほうは乾いて糊の様に固まってしまっていた。
椅子を引いて腰を降ろし、匙をその雑炊へ突っ込んで口に運ぶ。
「……マズ」
何が入っているのか謎の甘みと焦げた苦み。完食した暁には盛大に舌の感覚が狂いそうなそれを、アマネは黙々と減らしていく。不味くて涙が出そうだった。
半分ほどをなんとか胃へ収めたところで、やはりもう無理だと言葉通り匙を投げる。ベッド軋む音に振り返れば、寝起きのボンヤリした顔で有里が起き上がっていた。
「おはようございます」
「……おはよう」
有里は目を擦りながら部屋を見回し、ここがアマネの部屋である事を認識すると昨夜のことを思い出したらしく、椅子へ座っているアマネを見る。
「もう大丈夫ですよ。吐き出せるだけ吐き出せましたから」
「そう……。それ」
「雑炊ですか? 空き腹にこの量は多いです。あと言っちゃ悪ぃですけどこれ不味いんですけど」
「風花が作った」
「……まだ俺あの人にそこまで料理教えてねぇよ」
しかしながら山岸が作ったにしては匂いと見た目は普通だったなと思っていると、有里が小さく笑う声が聞こえた。
「戻ったね」
「何がですか」
「喋り方」
何の事か一瞬分からず首を傾げると、有里はそれでも構わないといった風にベッドから降りる。一度自分の部屋へ戻るのだろう。アマネも雑炊を片付けるために立ち上がった。
食べ切れなかった残りは申し訳ないがこっそりと処分させてもらおう。
厨房で雑炊を始末した後、そのまま朝食を作っていると美鶴や山岸が降りてきて、アマネを見ては驚いたように駆け寄ってきた。
「斑鳩君、もう大丈夫なの?」
「倒れたと聞いて心配したんだ」
「試験前で寝不足だったんですよ。しっかり寝たし、今日も勉強は諦めて休むつもりですから、大丈夫です」
少しの嘘を交えて言えば、山岸と美鶴は釈然としないまでも休むという言葉を信用する事にしたらしい。
「君は意外と無理をするからな」
「そんなの、俺だけじゃねぇでしょう。先輩達だって寝不足に気をつけねぇと」
「そういう意味ではないのだが……そうだな。気をつけよう」
美鶴は笑ってラウンジへと戻っていく。山岸は見れば洗って水気を切る為に放置している土鍋を見ていた。
「山岸先輩が作ってくださったそうで。食欲無くて全部は食べられなかったんですけど、ご馳走になりました」
「そう。よかった」
その『よかった』が、食べられて良かったか、食べられるもので良かったという意味なのかどちらの意味かは尋ねない。山岸は元より食べられるものとして作っていることは分かりきっているからだ。
フライパンの油が温まったのを確かめて油を馴染ませる。それから卵を割って落としつつ山岸もラウンジへと向かわせた。直後厨房の外から山岸と真田の話し声が聞こえて、アマネはフライ返しを持つ手に力を入れる。
案の定厨房へ入ってきた真田に、アマネは笑顔で挨拶をした。
「おはようございます。真田先輩」
「もういいのか」
「ええ、一晩寝て随分落ち着いたっていうか。やっぱ駄目ですねぇ。試験前だからって睡眠時間を削るのは」
油が跳ねる。
真田はまるでアマネの真意を探るように、思ったよりも真剣な表情をしていた。何を推し量ろうとしているのかまでは分からないものの、真田はアマネへ言いたい事があって、けれどもそれを上手く言葉に出来ないでいるような印象を受ける。
焼けた目玉焼きを皿へ移し、そのままソーセージを焼く作業へと移った。吐き気も涙も今はもう無い。
「……そうだな。夜更かしは健康に悪い」
結局何も言いはしなかった真田が戸棚からプロテインを出す為にアマネの後ろを通った時、通り抜け様手を乗せるように頭を叩かれた。アマネが思わず振り返れば、真田はアマネへ背を向けて棚からプロテインの缶を出している。
視線に気付いたのか、真田が振り向いて目が合った。
「なんだ?」
「……いえ」
「そろそろ天田も起きてくるだろう。朝食はまだか? 夜更かしも駄目だが食事を取らないのも良くないだろ」
「そうですね」
***
中間試験は一週間前に荒垣が亡くなったとはいえつつがなく行われた。あんな事があれば勉強に身が入らないのではと心配もあったが、アマネに関して言うならその心配は全くないのが悲しいところである。
ともあれ終わった一週間の苦行に、アマネも少なからず落ち着いた。試験結果が出るのは数日後なのでそれまでは他に心配事も無い。
夕食後に自室へ戻ろうと二階へ上がると、荒垣の部屋のドアが開けられている事に気付いてアマネは立ち止まった。
誰か居るのだろうかと不思議に思って中を覗き込めば、荒垣がタルタロスへ赴く際武器としていたバス停の標識を両手で持った有里がいる。
「何してるんですか」
「アマネ」
「つか鍵掛かってたんじゃねぇんですか?」
「鍵開いてた」
そう言ってバス停の標識を持ち上げようと頑張っている有里へ、アマネは部屋へ入って近付いた。
徹底的な綺麗好きではなかったけれど、それなりに几帳面だった荒垣の部屋は誰も掃除しておらずとも整っていて、ただ床や机の上が既に薄っすらと埃を被っている。
遺品整理はともかく、近いうちに一度掃除だけでもしなければと思いつつ部屋を見回していると、机の上に一冊のノートが置かれていた。
気になって手に取ってみれば、中には荒垣の文字で黒く埋まっている。
「……レシピ?」
「そうみたいですね……っと」
横に立って覗き込んできた有里へも見えるように広げれば、ページの隙間からハラリと紙切れが落ちた。ノートを有里へ渡して拾う為にしゃがむ。
二つ折りにされた紙片の内側には、誰かへ宛てるでもない乱雑なメモが書かれていた。
「アマネ?」
「……ああ、すいません。そろそろ出ましょうか。でねぇと真田先輩に怒られるかも」
「その紙は?」
「料理番組見てた時の書き損じみたいですね。捨てても平気でしょう」
誤魔化して有里へノートを置かせ、もう一度部屋を出るように促す。有里は何故か標識を持ったまま部屋を出た。後で真田か美鶴に言っておいた方がいいかもしれないが、バス停くらいは形見分けとして貰っても大丈夫だろう。
貰ったところで使えそうな場面は無いが。
有里と別れて部屋へ戻り、アマネは新垣の部屋から持ってきた紙片を再び広げて目を落とす。
ペルソナが少なからず神話上の存在の姿からイメージしている事は、荒垣も当然知っていた。
だからこれは多分、昼間アマネ達が学校へ行っている時に本を読んでだとかテレビで見てとかそういう些細な理由からのメモだろう。
『イブリス 固い意思を貫いた。忠誠の徒。斑鳩のペルソナ。火から生まれた。最期のときまで』
その後の一言は二重線で消されていた。
『傲慢』
「……俺もアンタも、傲慢でしたよ」
或いは、今も。