ペルソナP3P
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夏休みも残すところあと二週間を切った昼のこと。佐藤へ誘われて映画祭りへ行った帰り、映画の上映中は電源を切っていた携帯に叔父の家から連絡が来ていた。
律儀に電源を切っていたのは、切っていたところで電話を掛けてくる相手が荒垣か一緒にいた佐藤くらいだと考えていたからである。残りの夏休みの間に一度叔父の家へ戻る予定は伝えてあったが、何かあったのだろうかと家へ帰ってから折り返し電話をして、電話に出た相手に携帯を投げ捨てたくなった。
『アマネおにいちゃんだぁ!』
従妹の声に怒鳴りそうになったのを堪える。
「――叔母さんか叔父さんは」
『出かけてるよ。おにいちゃんいつ帰ってくるの? 楽しみにしてるんだから!』
「……さっき連絡があったみたいだけど」
『あ、それアタシ。ねえねえ夏休みの間におにいちゃんのトコに』
耐え切れなくて電話を切る。
『前』と変わらずアマネへ色目を使うようになったあの従妹がアマネは相変わらず苦手だ。叔父と叔母には彼女へアマネの連絡先や住所を教えないように頼んであったが、同じ家に住んでいる以上何かしらの方法で携帯番号が知られたのだろう。
後で叔父へ伝えなければと思っているとアパートの鍵が外から開けられた。当然家主であるアマネ以外にはそんなことが出来るのは一人しか居らず、案の定室内へ入ってきたのは荒垣だ。
彼を見ただけでホッとしてしまった。
「どうした」
「いえ、何でもねぇです。今日は食べていきますか?」
「作るのか? なら麺類は止めろ」
「夏バテ?」
「昼間食ったんだよ」
どうでもいいことを話しながら荒垣がノートを確認する姿に、アマネは逆に立ち上がって台所へ向かう。
夕食を食べた後に叔父の家へ電話すれば、従妹では無く叔父が出てくれるだろう。もし駄目であったのなら仕方ないのでメールでお願いするしかない。
『前』はあんな従妹からの電話は無かった。それはきっとアマネが巌戸台分寮へ入っていたからで、流石の従妹も他の学生へ迷惑を掛ける行為はしなかったのだろう。携帯番号はやはり教えていなかったから寮へ電話するしかなく、寮へ電話すればアマネ以外の誰が出るかも分からなかった。
今はそうではない。アパートへは荒垣が来るもののアマネだけだ。
「……まぁ、住所はばれてねぇしなぁ」
あと数日ある夏休みの間、流石に従妹がアパートへ突撃してくる事はないと思いたい。夏休みだからと来られても困るし、今はこの街で起こる騒動へ集中したくて並盛の事も調べずにいるのだから。
そう思っていたのに。
目の前には土下座する叔父と涙目の叔母。泣きたいのはこっちだと声高に怒鳴れたらどんなに良かったのかも分からない。
両親が死んでからずっと世話になっていたアマネの母親の弟である叔父は、アマネの両親が残した遺産を預かってもらっていた。当然のように養育費として扱ってくれと言った覚えもあったが、叔父はそれに手をつける事無く、自分の働きでアマネをも養ってくれていたのだ。
高校で月光館へ行くにあたり、その遺産の中から入学金を出しはしたものの、残りはアマネが大学へ行く為にと変わらず手をつけられず、非常に有り難い恩人なのである。
だから、そんな人に頭を下げさせる様な馬鹿は、嫌いだ。
「……不貞腐れて反省の一つも見せないんだな」
「アタシ悪くないし!? なんでそんなに怒ってんの?」
叔母と叔父の後ろで不満タラタラに座っていた従妹は、事の重大ささえ分かっていないらしい。
人の遺産を何の根拠もなく『将来的にアタシのモノになるんだから』と勝手に通帳から引き落とし、不良との夜遊びや買い物代に使い捨てた従妹は、それでも自分が被害者だとほざく。
彼女の計画では、アマネは将来彼女と結婚しこの家で彼女を養うのだという。その為一人で都会に行ってしまったことは悪い事で、今回の件はオシオキも兼ねているのだそうだ。聞いていて頭が痛くなったのはアマネだけではなかったらしく、叔母はとうとう泣き出してしまっていた。
過干渉をすることもなく、実の娘である従妹とも分け隔てなく育ててくれた叔父夫婦は、アマネの『人生』で最もまともな後見人だった。けれども実の娘はまともですらなかったらしい。
「だってぇ、アマネおにいちゃん帰ってこなくて寂しかったしぃ」
「寂しかったら人の金を勝手に使っていいのか。この夏休みの間だけで幾ら使ったのか分かって言ってるんだろうな」
「なによ、どうせアマネおにいちゃんだって遊んでるんでしょー?」
全く悪びれない従妹を叔父が怒鳴りつけようとするのを止める。そのまま殴ってしまったってアマネは構わなかったが、二人は実の親子だ。
使われてしまった金額は三十万。遺産の中では些細な金額だが、中学生が夏休みの間だけで使い果たすにしては多過ぎる金額だ。
遺産が減ってしまったことに悲しんでいる訳ではない。けれども悲しかったという事は、きっとアマネは『この叔父夫婦なら大丈夫』だと思っていたのだろう。
謝り倒す叔父に声を掛けて、残りの遺産の管理をアマネに任せるように頼む。使われてしまった金は今までの養育のお礼の一部として返却を求めない事にして、その他にも色々と話し合っていれば一日なんて直ぐに過ぎてしまった。
その後、今後アマネは従妹には二度と会わず、連絡も叔父としかしないことを取り決めたのは叔母だった。彼女はもしかして自分の娘の考えを薄々勘付いていたのかも知れない。
元から一泊の予定だった叔父の家を辞する時、遺産に関する書類をアマネへ渡す手は震えていた。
「ごめんねアマネ君」
「……叔母さんが悪い訳じゃありませんから」
こんなにいい人からどうしてあんな娘がと思う。それがアマネなんて変な存在の叔母になってしまったからだとは思いたくは無かったが、そういう可能性もあるんじゃないかと思ってしまった。
アマネが変だから、『大いなる全知の亜種』なんて存在だから、だから狂わせてしまったのではないのか、なんて。
だとしたらきっと、『兄さん』がああなってしまったのもアマネのせいだ。そして『彼女』があんな運命を背負った事も。
これから起こる出来事だって、全部アマネのせいだ。
腰につけていたウォレットチェーンが揺れる。他に乗客のいない電車の中は冷房が効いていなくて暑かった。
額に滲んだ汗を拭って自販機で買った水を飲む。そうやって落ち込んでいる暇は無いのだ。
落ち込んでいる暇があるのなら動かなければならない。だって最後の日まで半年を切り始めている。荒垣が死ぬか生きるかの時だって、もう二ヶ月も無い。
「……頑張らねぇと」
誰にでもなくそう言った。
辰巳ポートアイランドへ戻ってきて、自宅であるアパートの玄関を開けると冷たい空気が部屋の中から流れてきた。冷房を止めずに出てしまったのだったかと電気代を心配しながら中へ入れば、荒垣がもう何度も見返したであろうノートを広げている。
帰ってきたアマネを見やってノートを閉じる荒垣は抑制剤の副作用で体温が低く、だから夏でもコートだしアマネのアパートへ来てもあまり冷房を付けたがらなかった。アマネもそれが分かっているから荒垣が来ている時や来そうな時は冷房を点けない。暑さには慣れているし、真夏でもコートを着込むような人に更に我慢をさせるのも悪いと思っていたからだ。
「冷房、つけてたんですか」
「……今日は暑いらしいからな」
そううそぶく荒垣の手はきっと冷たい。
アマネは荷物を降ろして冷房の電源を切り、冷房を切った事で訝しげな顔をする荒垣に抱きつくように飛びついた。
「うぉっ、おい!」
「……寒ぃのでしばらくこのままでいさせてください」
「……何かあったのかよ」
「別に」
別に、従妹の事以外は何も無い。ただ荒垣が帰ってくるだろうアマネの為にわざわざ冷房を点けておいてくれたこととか、もう半年も無い事や、何も知らないくせに慰めるようにアマネの頭を撫でる荒垣に、頑張ろうと思っただけだ。
律儀に電源を切っていたのは、切っていたところで電話を掛けてくる相手が荒垣か一緒にいた佐藤くらいだと考えていたからである。残りの夏休みの間に一度叔父の家へ戻る予定は伝えてあったが、何かあったのだろうかと家へ帰ってから折り返し電話をして、電話に出た相手に携帯を投げ捨てたくなった。
『アマネおにいちゃんだぁ!』
従妹の声に怒鳴りそうになったのを堪える。
「――叔母さんか叔父さんは」
『出かけてるよ。おにいちゃんいつ帰ってくるの? 楽しみにしてるんだから!』
「……さっき連絡があったみたいだけど」
『あ、それアタシ。ねえねえ夏休みの間におにいちゃんのトコに』
耐え切れなくて電話を切る。
『前』と変わらずアマネへ色目を使うようになったあの従妹がアマネは相変わらず苦手だ。叔父と叔母には彼女へアマネの連絡先や住所を教えないように頼んであったが、同じ家に住んでいる以上何かしらの方法で携帯番号が知られたのだろう。
後で叔父へ伝えなければと思っているとアパートの鍵が外から開けられた。当然家主であるアマネ以外にはそんなことが出来るのは一人しか居らず、案の定室内へ入ってきたのは荒垣だ。
彼を見ただけでホッとしてしまった。
「どうした」
「いえ、何でもねぇです。今日は食べていきますか?」
「作るのか? なら麺類は止めろ」
「夏バテ?」
「昼間食ったんだよ」
どうでもいいことを話しながら荒垣がノートを確認する姿に、アマネは逆に立ち上がって台所へ向かう。
夕食を食べた後に叔父の家へ電話すれば、従妹では無く叔父が出てくれるだろう。もし駄目であったのなら仕方ないのでメールでお願いするしかない。
『前』はあんな従妹からの電話は無かった。それはきっとアマネが巌戸台分寮へ入っていたからで、流石の従妹も他の学生へ迷惑を掛ける行為はしなかったのだろう。携帯番号はやはり教えていなかったから寮へ電話するしかなく、寮へ電話すればアマネ以外の誰が出るかも分からなかった。
今はそうではない。アパートへは荒垣が来るもののアマネだけだ。
「……まぁ、住所はばれてねぇしなぁ」
あと数日ある夏休みの間、流石に従妹がアパートへ突撃してくる事はないと思いたい。夏休みだからと来られても困るし、今はこの街で起こる騒動へ集中したくて並盛の事も調べずにいるのだから。
そう思っていたのに。
目の前には土下座する叔父と涙目の叔母。泣きたいのはこっちだと声高に怒鳴れたらどんなに良かったのかも分からない。
両親が死んでからずっと世話になっていたアマネの母親の弟である叔父は、アマネの両親が残した遺産を預かってもらっていた。当然のように養育費として扱ってくれと言った覚えもあったが、叔父はそれに手をつける事無く、自分の働きでアマネをも養ってくれていたのだ。
高校で月光館へ行くにあたり、その遺産の中から入学金を出しはしたものの、残りはアマネが大学へ行く為にと変わらず手をつけられず、非常に有り難い恩人なのである。
だから、そんな人に頭を下げさせる様な馬鹿は、嫌いだ。
「……不貞腐れて反省の一つも見せないんだな」
「アタシ悪くないし!? なんでそんなに怒ってんの?」
叔母と叔父の後ろで不満タラタラに座っていた従妹は、事の重大ささえ分かっていないらしい。
人の遺産を何の根拠もなく『将来的にアタシのモノになるんだから』と勝手に通帳から引き落とし、不良との夜遊びや買い物代に使い捨てた従妹は、それでも自分が被害者だとほざく。
彼女の計画では、アマネは将来彼女と結婚しこの家で彼女を養うのだという。その為一人で都会に行ってしまったことは悪い事で、今回の件はオシオキも兼ねているのだそうだ。聞いていて頭が痛くなったのはアマネだけではなかったらしく、叔母はとうとう泣き出してしまっていた。
過干渉をすることもなく、実の娘である従妹とも分け隔てなく育ててくれた叔父夫婦は、アマネの『人生』で最もまともな後見人だった。けれども実の娘はまともですらなかったらしい。
「だってぇ、アマネおにいちゃん帰ってこなくて寂しかったしぃ」
「寂しかったら人の金を勝手に使っていいのか。この夏休みの間だけで幾ら使ったのか分かって言ってるんだろうな」
「なによ、どうせアマネおにいちゃんだって遊んでるんでしょー?」
全く悪びれない従妹を叔父が怒鳴りつけようとするのを止める。そのまま殴ってしまったってアマネは構わなかったが、二人は実の親子だ。
使われてしまった金額は三十万。遺産の中では些細な金額だが、中学生が夏休みの間だけで使い果たすにしては多過ぎる金額だ。
遺産が減ってしまったことに悲しんでいる訳ではない。けれども悲しかったという事は、きっとアマネは『この叔父夫婦なら大丈夫』だと思っていたのだろう。
謝り倒す叔父に声を掛けて、残りの遺産の管理をアマネに任せるように頼む。使われてしまった金は今までの養育のお礼の一部として返却を求めない事にして、その他にも色々と話し合っていれば一日なんて直ぐに過ぎてしまった。
その後、今後アマネは従妹には二度と会わず、連絡も叔父としかしないことを取り決めたのは叔母だった。彼女はもしかして自分の娘の考えを薄々勘付いていたのかも知れない。
元から一泊の予定だった叔父の家を辞する時、遺産に関する書類をアマネへ渡す手は震えていた。
「ごめんねアマネ君」
「……叔母さんが悪い訳じゃありませんから」
こんなにいい人からどうしてあんな娘がと思う。それがアマネなんて変な存在の叔母になってしまったからだとは思いたくは無かったが、そういう可能性もあるんじゃないかと思ってしまった。
アマネが変だから、『大いなる全知の亜種』なんて存在だから、だから狂わせてしまったのではないのか、なんて。
だとしたらきっと、『兄さん』がああなってしまったのもアマネのせいだ。そして『彼女』があんな運命を背負った事も。
これから起こる出来事だって、全部アマネのせいだ。
腰につけていたウォレットチェーンが揺れる。他に乗客のいない電車の中は冷房が効いていなくて暑かった。
額に滲んだ汗を拭って自販機で買った水を飲む。そうやって落ち込んでいる暇は無いのだ。
落ち込んでいる暇があるのなら動かなければならない。だって最後の日まで半年を切り始めている。荒垣が死ぬか生きるかの時だって、もう二ヶ月も無い。
「……頑張らねぇと」
誰にでもなくそう言った。
辰巳ポートアイランドへ戻ってきて、自宅であるアパートの玄関を開けると冷たい空気が部屋の中から流れてきた。冷房を止めずに出てしまったのだったかと電気代を心配しながら中へ入れば、荒垣がもう何度も見返したであろうノートを広げている。
帰ってきたアマネを見やってノートを閉じる荒垣は抑制剤の副作用で体温が低く、だから夏でもコートだしアマネのアパートへ来てもあまり冷房を付けたがらなかった。アマネもそれが分かっているから荒垣が来ている時や来そうな時は冷房を点けない。暑さには慣れているし、真夏でもコートを着込むような人に更に我慢をさせるのも悪いと思っていたからだ。
「冷房、つけてたんですか」
「……今日は暑いらしいからな」
そううそぶく荒垣の手はきっと冷たい。
アマネは荷物を降ろして冷房の電源を切り、冷房を切った事で訝しげな顔をする荒垣に抱きつくように飛びついた。
「うぉっ、おい!」
「……寒ぃのでしばらくこのままでいさせてください」
「……何かあったのかよ」
「別に」
別に、従妹の事以外は何も無い。ただ荒垣が帰ってくるだろうアマネの為にわざわざ冷房を点けておいてくれたこととか、もう半年も無い事や、何も知らないくせに慰めるようにアマネの頭を撫でる荒垣に、頑張ろうと思っただけだ。