ペルソナ3
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一夜明けて、夜になるまで天田は帰ってこなかった。ラウンジには天田と真田以外の全員が、まるで天田が戻ってくるのを待っているかのように揃っている。
山岸はまだ探しに行くべきだと不安がっていたけれど、有里は真田同様放っておくべきだと言う。
アマネも天田が自分で行動を起こすまで放っておくべきだと思うのだけれど、そう考えること自体がアマネの気分を落ち込ませていた。
玄関が開く音に、皆が一斉に振り返る。
窺うように入ってきた天田の姿に、コロマルが尻尾を振りながら鳴いた。ホッとするような緊張を持ったような、酷く不安定な雰囲気で天田を迎えるなか、アマネだけは天田の一挙一動を見逃さないように凝視する。
脂汗が顔を流れていく感覚が、嫌に明瞭としていた。
「よかった。ほんと……心配したんだから」
「心配……?」
胸元で両手を握り締めながら話し掛ける山岸に、天田は少し不思議そうに首をかしげる。その気持ちはアマネにも分かった。けれども天田は特に何かを言い返すつもりは無いらしい。
美鶴の戦えるのかという問いかけへ静かに頷く姿に、アマネは耐えられなくなって気付かれない様にそっとラウンジから逃げる。二階ではなく四階のトイレにまで逃げて、食べたばかりの夕食を吐き出した。
消化しきれていない料理の残骸ごと、後悔も吐き出せればいいのにと思う。
何事も無かったかのように階段を降りていけば、部屋へ戻るらしい天田が階段を昇ってくるところだった。
「……アマネさん」
「……。腹は減ってない?」
「はい。大丈夫です」
「そっか。腹減ったら、厨房に夜食作ってあるから」
階段の下から見上げてくる天田に、ちゃんといつも通りの顔が出来ているだろうかとか、吐いた事がばれないだろうかと不安になる。天田は少し訝しげにアマネを見つめていたが、やがて再び階段を昇り始めた。
誰にもばれてはいけない。
「アマネさん……」
「ん?」
「……カフェオレ、作ってください。甘いやつ」
「いいぜ。出来たら部屋に持って行ってやるよ」
「ありがとうございます」
すれ違った直後に頼まれて、そのまま一階へ降りて厨房へ向かう。冷蔵庫から牛乳を取り出して鍋に移したところで、有里がやってきた。
「どうしました?」
「……ううん」
鍋を火に掛けたまま振り返れば、有里は少し目を見開いた後そう言って、棚へ入れてあるお茶請けを覗き込む。そういえばそれの補充もしなければと思い出した。
鍋に向き直って、後ろでゴソゴソしている有里へ話し掛ける。
「天田の分と思って作っておいた夜食があるんですけど、天田は食べないそうなのでそっちを食べていいですよ」
「……アマネが食べなよ」
有里の言葉に思わず肩が震えた。
***
「……ぅ」
心臓へ一発。腹部と右の太腿、左肩。いずれも貫通はしていない。ふらついている暇もなく足を踏み出して地面を蹴り、自分を撃った男へと襲い掛かる。男は達成感と驚愕の混じった表情で絶命した。
今度こそ倒れそうになった身体が、後ろから伸ばされた腕に支えられたものの、結局ズルリと地面へ倒れこむ。
視界に写る銀色。赤色。黒色。
「……ゲホッ!」
咳き込んで眼が覚めた。起き上がって両手で口元を押さえ咳が止むのを堪える。喉の痛みに涙が出てきて、それが皮膚を流れる感覚に意識と呼吸がしっかりとしてきた。
どうしてあんな夢を見たのかなんて分かりきっている。けれども荒垣の『せい』だと言うには荒垣が悪い訳ではない。
悪いのはアマネ自身だ。
「大丈夫?」
「っ⁉」
いきなり話し掛けられて、咄嗟に掛布を払いながら臨戦態勢を取ると、部屋の真ん中に驚いた表情のファルロスが立っていた。
「……来て?」
「うん。今来たところ。ねぇ大丈夫? 顔色悪いよ」
「……昔の事を、夢に見ただけだから」
額の脂汗を手の甲で拭いベッドの上で座りなおす。本当は着替えるなり顔を洗うなりしたい気分だったが、それはファルロスが帰ってからにすることにした。
ファルロスは心配そうにアマネを見ながら近付いてくる。
「昔の夢?」
「……弟と、もう二度と会えなくなった時の、俺は酷い奴で、弟の気持ちなんて考えてなくて、今更それに気付いたっていうか……」
「聞いたよ。仲間がなくなったんだってね。……寂しい?」
「寂しい……のかどうか、まだ整理がついてないっていうか」
ファルロスの手がアマネの手をやんわりと握った。相変わらず暖かくも冷たくもない手で、だがしかしアマネはその子供特有の柔らかさに吐き気がこみ上げてくるのを感じ、そっとファルロスの手を払う。
不思議に思いはしたものの、払われたことをショックに思ったりはしなかったらしいファルロスの様子に安堵しつつ、両手で口を押さえて目を閉じる。
「今日はもう、帰った方がいい?」
気遣うファルロスの声に首を振った。
「……まだ、そこに居てくれ」
「いいよ。いてあげる」
感謝すればいいのか謝ればいいのか分からなかったが、喋る事も出来ないほどの吐き気に深呼吸を繰り返す。いっそのこと吐いても良かったけれど、ファルロスがいることと影時間で水道が出ない事を考えると理性が躊躇させていた。
その後気絶するように眠ったらしく、気付けば朝になっていてファルロスの姿は無い。時計を見ればまだ朝と呼ぶにも早い時間だったが、アマネは眠れる気がしなくてそのまま起きる事にした。
鏡に映る自分の顔は笑えるほどに顔色が悪くなっていて、どうやって周囲を誤魔化すかを考える。睡眠不足と食欲減退。吐き気は今のところ治まっていた。
学校へ登校し、昼休みに過呼吸になって保険室へ逃げ込んだ。
保険医の江戸川は相変わらず何を考えているのか分からない雰囲気のまま、アマネへ午後の授業は早退した方がいいと勧めてきたが、アマネは治まった過呼吸にもう試験も近いからと早退しない事を選んだ。
教室へ行くと佐藤に心配されたが、それにも大丈夫だと返して授業を受ける。
寮へ帰って夕食を作り、一緒に食事を取っておきながら、皆が寝静まる頃に普段あまり使用されない四階のトイレで吐いた。胃の中は完璧に空で、これでは栄養吸収どころの話ではないなと自嘲する。
夜は夜で気絶するように数時間眠る程度で、いつもより随分と早く起きて朝食の仕度をし、誰よりも早く学校へ行って寮の誰とも顔を合わせない。
出来る限り寮生とは顔を合わせないようにする日が数日続いて、試験前最後の登校日だった土曜日。
ふらつく足を殆ど気力だけで前へと進めていたアマネは、まだ誰も帰ってきていないらしいラウンジのソファで腰を降ろす。少し休んだら夕食を作って、勉強をするからと部屋へ篭もればいいとこれからの計画を立てながら、重たい目蓋を閉じた。
血の赤と、銀色。
「……っ!」
「うわ、びっくりした」
ちょうど玄関を開けて帰ってきた岳羽が声を上げる。十数分ほど眠ってしまっていたらしく、時計の針が角度を変えていた。
「……おかえりなさい」
「ただいまー……ってか、大丈夫? 斑鳩君顔色悪いよ」
「試験前で勉強してて、ちょっと寝不足なんです」
「ホント? 夕食作んなくていいから、ちょっと休みなよ。何だか見ててハラハラしちゃう」
睡眠不足の言い訳を訝しがる岳羽に、アマネは笑顔を作って大丈夫だと嘘を吐く。演技力にはそれなりに自信がある。
ゆっくりと立ち上がったつもりなのに暗くなった視界に、岳羽へばれないように顔をしかめた。
自室へ行こうと鞄を持って階段を上がる。後ろからはアマネが部屋へ戻る事を察した岳羽が、自分も部屋へ荷物を置きに行こうとしているのか付いて来ていて、アマネは冷や汗を滲ませながら手摺りへ掴まった。
大丈夫だと自分へ言い聞かせる。大丈夫でなければいけない。
二階へ着いたところで三階へ行く岳羽と別れ、アマネは自室の扉を目指す。ふらついた身体を支える為に壁へ手を突いて、あ、と思う間もなく口を押さえる。
また過呼吸だ。
鞄の中へビニール袋があった筈だと思いながらも、行動へは移せない。その場にしゃがみ込むと苦しさからくる涙がボタボタと床へ落ちる。
「斑鳩?」
背後から聞こえた声に振り返ると、真田が階段を昇ってきたところらしく、しゃがんでいたアマネを不思議そうに見下ろしていた。
会いたくなかった、と思った頭の中へ浮かんだ言葉を、苦しさの合間から吐き出す。
「……、ごめ……な……」
朦朧とする意識の中、真田が慌てていた気がした。
山岸はまだ探しに行くべきだと不安がっていたけれど、有里は真田同様放っておくべきだと言う。
アマネも天田が自分で行動を起こすまで放っておくべきだと思うのだけれど、そう考えること自体がアマネの気分を落ち込ませていた。
玄関が開く音に、皆が一斉に振り返る。
窺うように入ってきた天田の姿に、コロマルが尻尾を振りながら鳴いた。ホッとするような緊張を持ったような、酷く不安定な雰囲気で天田を迎えるなか、アマネだけは天田の一挙一動を見逃さないように凝視する。
脂汗が顔を流れていく感覚が、嫌に明瞭としていた。
「よかった。ほんと……心配したんだから」
「心配……?」
胸元で両手を握り締めながら話し掛ける山岸に、天田は少し不思議そうに首をかしげる。その気持ちはアマネにも分かった。けれども天田は特に何かを言い返すつもりは無いらしい。
美鶴の戦えるのかという問いかけへ静かに頷く姿に、アマネは耐えられなくなって気付かれない様にそっとラウンジから逃げる。二階ではなく四階のトイレにまで逃げて、食べたばかりの夕食を吐き出した。
消化しきれていない料理の残骸ごと、後悔も吐き出せればいいのにと思う。
何事も無かったかのように階段を降りていけば、部屋へ戻るらしい天田が階段を昇ってくるところだった。
「……アマネさん」
「……。腹は減ってない?」
「はい。大丈夫です」
「そっか。腹減ったら、厨房に夜食作ってあるから」
階段の下から見上げてくる天田に、ちゃんといつも通りの顔が出来ているだろうかとか、吐いた事がばれないだろうかと不安になる。天田は少し訝しげにアマネを見つめていたが、やがて再び階段を昇り始めた。
誰にもばれてはいけない。
「アマネさん……」
「ん?」
「……カフェオレ、作ってください。甘いやつ」
「いいぜ。出来たら部屋に持って行ってやるよ」
「ありがとうございます」
すれ違った直後に頼まれて、そのまま一階へ降りて厨房へ向かう。冷蔵庫から牛乳を取り出して鍋に移したところで、有里がやってきた。
「どうしました?」
「……ううん」
鍋を火に掛けたまま振り返れば、有里は少し目を見開いた後そう言って、棚へ入れてあるお茶請けを覗き込む。そういえばそれの補充もしなければと思い出した。
鍋に向き直って、後ろでゴソゴソしている有里へ話し掛ける。
「天田の分と思って作っておいた夜食があるんですけど、天田は食べないそうなのでそっちを食べていいですよ」
「……アマネが食べなよ」
有里の言葉に思わず肩が震えた。
***
「……ぅ」
心臓へ一発。腹部と右の太腿、左肩。いずれも貫通はしていない。ふらついている暇もなく足を踏み出して地面を蹴り、自分を撃った男へと襲い掛かる。男は達成感と驚愕の混じった表情で絶命した。
今度こそ倒れそうになった身体が、後ろから伸ばされた腕に支えられたものの、結局ズルリと地面へ倒れこむ。
視界に写る銀色。赤色。黒色。
「……ゲホッ!」
咳き込んで眼が覚めた。起き上がって両手で口元を押さえ咳が止むのを堪える。喉の痛みに涙が出てきて、それが皮膚を流れる感覚に意識と呼吸がしっかりとしてきた。
どうしてあんな夢を見たのかなんて分かりきっている。けれども荒垣の『せい』だと言うには荒垣が悪い訳ではない。
悪いのはアマネ自身だ。
「大丈夫?」
「っ⁉」
いきなり話し掛けられて、咄嗟に掛布を払いながら臨戦態勢を取ると、部屋の真ん中に驚いた表情のファルロスが立っていた。
「……来て?」
「うん。今来たところ。ねぇ大丈夫? 顔色悪いよ」
「……昔の事を、夢に見ただけだから」
額の脂汗を手の甲で拭いベッドの上で座りなおす。本当は着替えるなり顔を洗うなりしたい気分だったが、それはファルロスが帰ってからにすることにした。
ファルロスは心配そうにアマネを見ながら近付いてくる。
「昔の夢?」
「……弟と、もう二度と会えなくなった時の、俺は酷い奴で、弟の気持ちなんて考えてなくて、今更それに気付いたっていうか……」
「聞いたよ。仲間がなくなったんだってね。……寂しい?」
「寂しい……のかどうか、まだ整理がついてないっていうか」
ファルロスの手がアマネの手をやんわりと握った。相変わらず暖かくも冷たくもない手で、だがしかしアマネはその子供特有の柔らかさに吐き気がこみ上げてくるのを感じ、そっとファルロスの手を払う。
不思議に思いはしたものの、払われたことをショックに思ったりはしなかったらしいファルロスの様子に安堵しつつ、両手で口を押さえて目を閉じる。
「今日はもう、帰った方がいい?」
気遣うファルロスの声に首を振った。
「……まだ、そこに居てくれ」
「いいよ。いてあげる」
感謝すればいいのか謝ればいいのか分からなかったが、喋る事も出来ないほどの吐き気に深呼吸を繰り返す。いっそのこと吐いても良かったけれど、ファルロスがいることと影時間で水道が出ない事を考えると理性が躊躇させていた。
その後気絶するように眠ったらしく、気付けば朝になっていてファルロスの姿は無い。時計を見ればまだ朝と呼ぶにも早い時間だったが、アマネは眠れる気がしなくてそのまま起きる事にした。
鏡に映る自分の顔は笑えるほどに顔色が悪くなっていて、どうやって周囲を誤魔化すかを考える。睡眠不足と食欲減退。吐き気は今のところ治まっていた。
学校へ登校し、昼休みに過呼吸になって保険室へ逃げ込んだ。
保険医の江戸川は相変わらず何を考えているのか分からない雰囲気のまま、アマネへ午後の授業は早退した方がいいと勧めてきたが、アマネは治まった過呼吸にもう試験も近いからと早退しない事を選んだ。
教室へ行くと佐藤に心配されたが、それにも大丈夫だと返して授業を受ける。
寮へ帰って夕食を作り、一緒に食事を取っておきながら、皆が寝静まる頃に普段あまり使用されない四階のトイレで吐いた。胃の中は完璧に空で、これでは栄養吸収どころの話ではないなと自嘲する。
夜は夜で気絶するように数時間眠る程度で、いつもより随分と早く起きて朝食の仕度をし、誰よりも早く学校へ行って寮の誰とも顔を合わせない。
出来る限り寮生とは顔を合わせないようにする日が数日続いて、試験前最後の登校日だった土曜日。
ふらつく足を殆ど気力だけで前へと進めていたアマネは、まだ誰も帰ってきていないらしいラウンジのソファで腰を降ろす。少し休んだら夕食を作って、勉強をするからと部屋へ篭もればいいとこれからの計画を立てながら、重たい目蓋を閉じた。
血の赤と、銀色。
「……っ!」
「うわ、びっくりした」
ちょうど玄関を開けて帰ってきた岳羽が声を上げる。十数分ほど眠ってしまっていたらしく、時計の針が角度を変えていた。
「……おかえりなさい」
「ただいまー……ってか、大丈夫? 斑鳩君顔色悪いよ」
「試験前で勉強してて、ちょっと寝不足なんです」
「ホント? 夕食作んなくていいから、ちょっと休みなよ。何だか見ててハラハラしちゃう」
睡眠不足の言い訳を訝しがる岳羽に、アマネは笑顔を作って大丈夫だと嘘を吐く。演技力にはそれなりに自信がある。
ゆっくりと立ち上がったつもりなのに暗くなった視界に、岳羽へばれないように顔をしかめた。
自室へ行こうと鞄を持って階段を上がる。後ろからはアマネが部屋へ戻る事を察した岳羽が、自分も部屋へ荷物を置きに行こうとしているのか付いて来ていて、アマネは冷や汗を滲ませながら手摺りへ掴まった。
大丈夫だと自分へ言い聞かせる。大丈夫でなければいけない。
二階へ着いたところで三階へ行く岳羽と別れ、アマネは自室の扉を目指す。ふらついた身体を支える為に壁へ手を突いて、あ、と思う間もなく口を押さえる。
また過呼吸だ。
鞄の中へビニール袋があった筈だと思いながらも、行動へは移せない。その場にしゃがみ込むと苦しさからくる涙がボタボタと床へ落ちる。
「斑鳩?」
背後から聞こえた声に振り返ると、真田が階段を昇ってきたところらしく、しゃがんでいたアマネを不思議そうに見下ろしていた。
会いたくなかった、と思った頭の中へ浮かんだ言葉を、苦しさの合間から吐き出す。
「……、ごめ……な……」
朦朧とする意識の中、真田が慌てていた気がした。