ペルソナ3
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荒垣の葬式は、月光館学園の大講堂で行われた。
一生徒にどうして学校がとも思わなくも無かったが、それ以上何かを考える事をアマネの頭は拒否していたらしい。気付けばアマネは佐藤や伏見と並んで、大講堂の椅子へ腰を降ろしていた。
校長の声がマイクによって拡大され講堂内へ響いている。反響のし過ぎで何処かぼやけたその声に、荒垣の死が『暴力事件』として処理されたのだと気付いた。
美鶴が前もって言っていた気もするけれど、あまり思い出せない。
並べられた椅子のそこかしこから囁きあう声が聞こえてくる。校長の話の長さを愚痴っているものもあれば、荒垣のことを何も知らないが故に、この葬式自体を茶番に扱っているもの。
言い返す気には到底なれなかった。
二年の席のほうで伊織が立ち上がって怒鳴っているのが見える。教師が慌てて宥めようと近付いていくのを眺めてもアマネは何も考えられず、治まって再び静かになる講堂へ校長の声が再び響いた。
ふと、鼻を啜る音に気付いてアマネは隣の席に座っていた佐藤を振り返る。
佐藤は泣いていた。
「……佐藤?」
「……んだよ、話し掛けるなよ」
「お前、荒垣さんのこと知ってたっけ?」
「……中学の時、一回不良に絡まれてんの助けてもらった」
涙声でそう呟いた佐藤がまた鼻をすすり上げる。見かねた伏見がハンカチを差し出し、佐藤はそれを受け取ったもののただ握り締めたるだけだった。
膝へ置かれた手の甲が濡れているのを、アマネはぼんやりと見やる。
「それだけだけど、それだけでも知ってる人が死んだらオレはいやだよ」
佐藤の言葉がアマネの胸に突き刺さった。
「一回会っただけの人でこんな悲しいのに、もっと仲がいい奴が死んだら、もっといやだ」
「……そっか」
突っ伏すように深く俯いた佐藤の、嗚咽と一緒に震える背中へ手を伸ばしながら、アマネはやっぱりはっきりとはしない目を壇上の遺影へ向ける。
泣いている佐藤を馬鹿にして笑う声が聞こえたけれど、それを気にしてもやれなかった。
「斑鳩君」
「……ん?」
伏見に呼ばれて振り向けば、佐藤を挟んだ隣へ座る伏見が、酷く心配そうにアマネを見ている。
「大丈夫?」
気遣いの言葉が、知人が死んだからなのか荒垣が死んだからなのか、それともアマネが後悔していることに気付いたからかは分からない。
ハンカチを握り締めた手の甲で涙を拭いながら、佐藤が顔を上げる。
「……荒垣さん、少し前から同じ寮に住んでた」
「うん」
「一緒に料理したり話をしたりして」
「……うん」
「なんで俺、こんな今更になって気付いたんだろうな」
壇上の祭壇で、遺影の中の荒垣は最期の時のように笑ってはいなかった。
***
「帰ったらラウンジへ集合してくれ」
「分かりました」
「それじゃあ」
わざわざ教室にまでやってきたくせに用件を言うだけですぐに去って行った美鶴は、多分生徒会長として色々やる事があるのだろう。教室を振り返ると佐藤はまだ机に突っ伏したままで、当分動く様子は無かった。
スポーツドリンクでも買ってきてやろうと自販機へ向かって、ペットボトルを取り出し口から取ろうとしたところで、視界の端を赤いものが通り抜ける。思わず振り返れば、真田が大講堂へと向かって歩いていた。
思わず追いかけた理由は自分でも分からない。
アマネがペットボトルを掴んだままその背中を追いかけていけば、真田の姿は人の居なくなった静かな大講堂へと入っていく。中へまで追いかけるのは気が咎めて、アマネは入り口のところで立ち止まって隙間から中を覗き込んだ。
遺影へまるで生きているように話しかける真田に、入らなくて正解だったとアマネは入り口で座り込んで大講堂へ背を向ける。
「黙ってないで返事くらいしろよ。……いつもそうだ、お前は。いつも、黙って勝手に行っちまう。こっちの身にもなれってんだ……」
遺影へ向けて話す声が、入り口のアマネにまで聞こえていた。
「逆だと言いたいのか? そうだな……力だ理屈だって、一人で突っ走ってたのはオレのほうだ。美紀を失ってから、オレはただ力だけを求めてきた。力さえあれば、どんなものでも守れると思ってた」
真田の声がだんだんと荒くなるのを感じ取りながら、これ以上聞くべきではないという思いと、聞かなければいけないような気分に胸が締め付けられる。せり上がってくるように『昔』の事を思い出して、叫ばないようにするのに必死だった。
力さえあればどんなものでも守れるなんて、誰だって思うだろう。
祭壇を何度も殴る音が聞こえる。それから真田の叫ぶような泣き声に、これ以上は無理だとアマネは静かに立ち上がった。
聞きたくない。聞いていたくない。聞かなければ良かった。
だってアマネは知らなくて、つい最近やっと気付いたばかりなのだ。荒垣によって気付かされたばかりで、まだ受け入れることも理解する事も出来ていなかった。
気持ち悪くて口に手を当てる。
どういうルートを通って教室へ戻ったのか思い出せなかった。気付けばアマネが持っていた筈のスポーツドリンクは無くなっていて、何処かに落としてしまったらしい。
教室ではアマネを待っていた佐藤が、目元を赤くしながらも笑って待っていた。
「何処行ってたんだよ斑鳩。帰ろうぜ。……今のオレたち、揃って顔色悪いぜ」
「……ごめん。スポドリ買ってきてやろうと思ったんだけど、売り切れだった」
***
天田以外の揃うラウンジは重苦しい雰囲気で、ソファへ座ったままアマネは美鶴が話し始めるのを待つ。やがてやって来た美鶴も、少なからず精神的にきているらしかった。
「集まってもらった理由は分かるな。天田の処遇をどうするか、私達で話し合おうと思う。理事長も了解済だ。アイギス、彼を連れて来てくれ」
「了解しました」
アイギスが立ち上がって階段を上がっていく。
処遇も何も、復讐の為にここへ来たとはいえ天田が希少なペルソナ使いであることに変わりは無い。それを考えると、無為にこの寮を追い出すこともしないだろう事はすぐに予想できた。
問題があるとすれば今後の彼への接し方と、彼がどういう行動と態度を取るかだろう。なんにせよ、アマネは天田を拒絶しないつもりではいた。
問題があるとすれば、と視線を真田へと向ける。
真田を見る度に、アマネは『×××』とは違う自分自身の記憶の蓋が開く感覚に苛まれていた。とはいっても昨夜からまともに真田を見たのは、大講堂へ向かう姿を見た時と今だけだったが。
アイギスが戻ってきて天田が部屋から居なくなった事を告げる。探しに行くべきだと山岸は騒いだけれど、真田は逆に信じられないくらい落ち着いていた。
「天田の事は放っておけ。庇ってどうする。連れ戻して何か変わるのか」
「明彦……」
「アイツのケジメだ。どう生きるかは、自分で決めるしかない。……自分で決めるしかな」
放蕩とも、自暴自棄とも放置とも違う。
荒垣の最期の言葉。
自分はなんて言ったのだったかと、アマネは塞ごうと頑張っていた筈の記憶の蓋へ手を伸ばしている事に気付いて額へ手を当てた。思い出す事がいい事なのか悪い事なのかは分かりかねる。
自分が最期に言った言葉がどうしても思い出せない。
「アマネさん。顔色が悪いようですが」
「……ぁ、ああ、ごめん。先に休ませて貰っていいですか」
アイギスにいきなり声を掛けられて、一瞬上手く反応が出来なかった。隣へ座って顔を覗きこんでくるアイギスに、美鶴もアマネの顔を見て目を細める。
「そうだな。随分と顔色が悪いようだし、部屋へ戻るといい」
「すみません」
「一緒に行こうか」
「……いえ、いいです」
有里の親切を断ってソファから立ち上がった。ゆっくりとラウンジから階段を上がっていって、部屋へ戻る前にトイレへ寄って胃の中の物を吐き出す。
我慢する限界だった嘔吐感が、本当に吐き出したことで少し楽になった。
「……ああ、そっか。思い出した」
吐いた物の臭いで再び吐きそうな状況の中、ようやく思い出せた言葉に視界が滲んだ。
『笑ってくれぇ。ココディーロ』
自分は弟の笑顔を求めたのだ。
一生徒にどうして学校がとも思わなくも無かったが、それ以上何かを考える事をアマネの頭は拒否していたらしい。気付けばアマネは佐藤や伏見と並んで、大講堂の椅子へ腰を降ろしていた。
校長の声がマイクによって拡大され講堂内へ響いている。反響のし過ぎで何処かぼやけたその声に、荒垣の死が『暴力事件』として処理されたのだと気付いた。
美鶴が前もって言っていた気もするけれど、あまり思い出せない。
並べられた椅子のそこかしこから囁きあう声が聞こえてくる。校長の話の長さを愚痴っているものもあれば、荒垣のことを何も知らないが故に、この葬式自体を茶番に扱っているもの。
言い返す気には到底なれなかった。
二年の席のほうで伊織が立ち上がって怒鳴っているのが見える。教師が慌てて宥めようと近付いていくのを眺めてもアマネは何も考えられず、治まって再び静かになる講堂へ校長の声が再び響いた。
ふと、鼻を啜る音に気付いてアマネは隣の席に座っていた佐藤を振り返る。
佐藤は泣いていた。
「……佐藤?」
「……んだよ、話し掛けるなよ」
「お前、荒垣さんのこと知ってたっけ?」
「……中学の時、一回不良に絡まれてんの助けてもらった」
涙声でそう呟いた佐藤がまた鼻をすすり上げる。見かねた伏見がハンカチを差し出し、佐藤はそれを受け取ったもののただ握り締めたるだけだった。
膝へ置かれた手の甲が濡れているのを、アマネはぼんやりと見やる。
「それだけだけど、それだけでも知ってる人が死んだらオレはいやだよ」
佐藤の言葉がアマネの胸に突き刺さった。
「一回会っただけの人でこんな悲しいのに、もっと仲がいい奴が死んだら、もっといやだ」
「……そっか」
突っ伏すように深く俯いた佐藤の、嗚咽と一緒に震える背中へ手を伸ばしながら、アマネはやっぱりはっきりとはしない目を壇上の遺影へ向ける。
泣いている佐藤を馬鹿にして笑う声が聞こえたけれど、それを気にしてもやれなかった。
「斑鳩君」
「……ん?」
伏見に呼ばれて振り向けば、佐藤を挟んだ隣へ座る伏見が、酷く心配そうにアマネを見ている。
「大丈夫?」
気遣いの言葉が、知人が死んだからなのか荒垣が死んだからなのか、それともアマネが後悔していることに気付いたからかは分からない。
ハンカチを握り締めた手の甲で涙を拭いながら、佐藤が顔を上げる。
「……荒垣さん、少し前から同じ寮に住んでた」
「うん」
「一緒に料理したり話をしたりして」
「……うん」
「なんで俺、こんな今更になって気付いたんだろうな」
壇上の祭壇で、遺影の中の荒垣は最期の時のように笑ってはいなかった。
***
「帰ったらラウンジへ集合してくれ」
「分かりました」
「それじゃあ」
わざわざ教室にまでやってきたくせに用件を言うだけですぐに去って行った美鶴は、多分生徒会長として色々やる事があるのだろう。教室を振り返ると佐藤はまだ机に突っ伏したままで、当分動く様子は無かった。
スポーツドリンクでも買ってきてやろうと自販機へ向かって、ペットボトルを取り出し口から取ろうとしたところで、視界の端を赤いものが通り抜ける。思わず振り返れば、真田が大講堂へと向かって歩いていた。
思わず追いかけた理由は自分でも分からない。
アマネがペットボトルを掴んだままその背中を追いかけていけば、真田の姿は人の居なくなった静かな大講堂へと入っていく。中へまで追いかけるのは気が咎めて、アマネは入り口のところで立ち止まって隙間から中を覗き込んだ。
遺影へまるで生きているように話しかける真田に、入らなくて正解だったとアマネは入り口で座り込んで大講堂へ背を向ける。
「黙ってないで返事くらいしろよ。……いつもそうだ、お前は。いつも、黙って勝手に行っちまう。こっちの身にもなれってんだ……」
遺影へ向けて話す声が、入り口のアマネにまで聞こえていた。
「逆だと言いたいのか? そうだな……力だ理屈だって、一人で突っ走ってたのはオレのほうだ。美紀を失ってから、オレはただ力だけを求めてきた。力さえあれば、どんなものでも守れると思ってた」
真田の声がだんだんと荒くなるのを感じ取りながら、これ以上聞くべきではないという思いと、聞かなければいけないような気分に胸が締め付けられる。せり上がってくるように『昔』の事を思い出して、叫ばないようにするのに必死だった。
力さえあればどんなものでも守れるなんて、誰だって思うだろう。
祭壇を何度も殴る音が聞こえる。それから真田の叫ぶような泣き声に、これ以上は無理だとアマネは静かに立ち上がった。
聞きたくない。聞いていたくない。聞かなければ良かった。
だってアマネは知らなくて、つい最近やっと気付いたばかりなのだ。荒垣によって気付かされたばかりで、まだ受け入れることも理解する事も出来ていなかった。
気持ち悪くて口に手を当てる。
どういうルートを通って教室へ戻ったのか思い出せなかった。気付けばアマネが持っていた筈のスポーツドリンクは無くなっていて、何処かに落としてしまったらしい。
教室ではアマネを待っていた佐藤が、目元を赤くしながらも笑って待っていた。
「何処行ってたんだよ斑鳩。帰ろうぜ。……今のオレたち、揃って顔色悪いぜ」
「……ごめん。スポドリ買ってきてやろうと思ったんだけど、売り切れだった」
***
天田以外の揃うラウンジは重苦しい雰囲気で、ソファへ座ったままアマネは美鶴が話し始めるのを待つ。やがてやって来た美鶴も、少なからず精神的にきているらしかった。
「集まってもらった理由は分かるな。天田の処遇をどうするか、私達で話し合おうと思う。理事長も了解済だ。アイギス、彼を連れて来てくれ」
「了解しました」
アイギスが立ち上がって階段を上がっていく。
処遇も何も、復讐の為にここへ来たとはいえ天田が希少なペルソナ使いであることに変わりは無い。それを考えると、無為にこの寮を追い出すこともしないだろう事はすぐに予想できた。
問題があるとすれば今後の彼への接し方と、彼がどういう行動と態度を取るかだろう。なんにせよ、アマネは天田を拒絶しないつもりではいた。
問題があるとすれば、と視線を真田へと向ける。
真田を見る度に、アマネは『×××』とは違う自分自身の記憶の蓋が開く感覚に苛まれていた。とはいっても昨夜からまともに真田を見たのは、大講堂へ向かう姿を見た時と今だけだったが。
アイギスが戻ってきて天田が部屋から居なくなった事を告げる。探しに行くべきだと山岸は騒いだけれど、真田は逆に信じられないくらい落ち着いていた。
「天田の事は放っておけ。庇ってどうする。連れ戻して何か変わるのか」
「明彦……」
「アイツのケジメだ。どう生きるかは、自分で決めるしかない。……自分で決めるしかな」
放蕩とも、自暴自棄とも放置とも違う。
荒垣の最期の言葉。
自分はなんて言ったのだったかと、アマネは塞ごうと頑張っていた筈の記憶の蓋へ手を伸ばしている事に気付いて額へ手を当てた。思い出す事がいい事なのか悪い事なのかは分かりかねる。
自分が最期に言った言葉がどうしても思い出せない。
「アマネさん。顔色が悪いようですが」
「……ぁ、ああ、ごめん。先に休ませて貰っていいですか」
アイギスにいきなり声を掛けられて、一瞬上手く反応が出来なかった。隣へ座って顔を覗きこんでくるアイギスに、美鶴もアマネの顔を見て目を細める。
「そうだな。随分と顔色が悪いようだし、部屋へ戻るといい」
「すみません」
「一緒に行こうか」
「……いえ、いいです」
有里の親切を断ってソファから立ち上がった。ゆっくりとラウンジから階段を上がっていって、部屋へ戻る前にトイレへ寄って胃の中の物を吐き出す。
我慢する限界だった嘔吐感が、本当に吐き出したことで少し楽になった。
「……ああ、そっか。思い出した」
吐いた物の臭いで再び吐きそうな状況の中、ようやく思い出せた言葉に視界が滲んだ。
『笑ってくれぇ。ココディーロ』
自分は弟の笑顔を求めたのだ。