ペルソナP3P
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
電車に揺られて降り立った町は酷く見覚えがあるもので、五月の陽射しから顔を隠すようにフードを被る。こんなにパーカーばっかり着ているのなら、もう数着増やした方がいい気がしてきた。
駅前の洋菓子店である『ナミモリーヌ』の前を通り、かつて通った並盛高校の金網の脇を歩いて、山本寿司の看板を見つける。古くて廃材寸前の黒曜ランドの看板を眺めて、見覚えのあるマンションを見つけて足を止めた。
言葉は出ない。
ゴールデンウィークで学校が休みだからか、笑い声を上げながら子供が脇を抜けていく。それに気を取り直して再び歩き出した。歩く度に記憶が鮮明に甦るようで、気付けば自然と腰に付けていたウォレットチェーンの飾り部分を握り締めている。
並盛中へ向かえば金網の向こうに部活の練習をしている生徒達が見えた。見覚えがある様な無いような顔ぶれに、いつまでも学校を覗き込んでいたら不審者だなと離れる。
河川敷へ行って休憩も兼ねて腰を降ろせば、遠くで電車が走っている音が聞こえた。
「懐かしいけど……懐かしいだけ、かなぁ」
知っている顔を探す気にはなれない。ここは平行世界だと何度も自分へ言い聞かせて、アマネは手を握り締める。
やはりどうしても気になって来てしまったこの『町』は、アマネが覚えているものと同じだった。だが決定的にきっと、『アマネの存在』が抜け落ちている場所なのだろう。
当たり前なのだが、そう思うと数ヶ月前、アマネがここへ『来てしまった』日の様な胸が詰まる思いを覚えた。
ここにアマネの居場所はないし、巌戸台のあの場所へもきっとアマネの居場所はない。
居場所が無いなりに頑張ってやろうと決めたのだから、今更自分から再認識させられるような事をしなければ良かったと思いつつ立ち上がる。河川敷を上ってもう帰ろうと駅へ向かえば後ろからぶつかられた。
「うぉっ」
「む、すまん!」
聞き覚えのある声に肩が震える。アマネが落としたバッグを拾う手には、ボクシングで酷使しているからか巻かれたテーピング。
ランニング中だったのかジャージ姿で、相変わらず鼻の上にもテーピングをしていて、バッグを差し出してくる笑顔に言葉を無くした。
「どうしたのだ?」
「……いえ、どうも」
バッグを受け取って背負い直す。それから被っていたフードを引っ張って顔を見せないようにした。
かつての幼馴染だった『笹川了平』は、アマネに気付いた様子もアマネを覚えている様子も無い。『ここ』では幼馴染ではないのだから当然かと思うもの、少し。
「して、アマネ。お前は何処の高校へ通っておるのだ?」
「……え」
「ん? もしや高校へは通っておらんのか? 並盛中学でも会えんし並盛高校にも来ないから、他の高校へ行ってしまったのだと思っていたのだが……」
「じゃなくて、なんで……」
「幼馴染の顔を忘れる訳がないだろう?」
少し論点のずれた了平の言葉に、驚きで頭が上手く働かない。どうして『ここ』では幼馴染でも無いのに、それどころか会った事すらないのに、と混乱する。
アマネが困惑している事に気付いたのか、了平は笑う。相変わらず屈託の無い笑みだ。
「お前が驚いているのを見るのは久しぶりだな」
「うん」
「沢田や雲雀たちもお前のことをずっと探しておったぞ」
「そっか」
「京子もお前に会えるのを楽しみにしている」
「う、ん」
「ずっと、寂しくはなかったか?」
「……一人じゃねぇ時も、あったから」
汗臭いタオルを差し出されて、受け取って顔に押し付けた。こいつは馬鹿なくせに的を射た発言が上手いから、きっとそのせいだと了平のせいにする。
地面に落ちた涙で、アマネは自分が思っていた以上に『寂しい』と感じていた事に気付いた。
覚えのある名称に『ここ』へ来てしまったのは、もしかしたらと思ったからだ。もしかしたら誰かがいるかも知れない、もしかしたらアマネを覚えているかも知れない。そんな僅かな期待に賭けて来てしまうほどに、アマネは寂しかったのだろう。
「……一人じゃねぇ時もあったから、大丈夫だったんだぁ」
「そうか。今は何をしておるのだ?」
顔を上げてタオルを返した。目元を手の甲で擦って、尋ねてきた了平を見返す。
「助けられなかった人がいるんだぁ。でもチャンスを与えられて、今度こそ助けられそうな人を助けてぇ。少しでも悲しむ回数を減らしてぇ。変えてぇ未来がある。……俺が本当に助けたかった人を助ける事は、無理だけど」
はっきりと宣誓するように言えば了平はやはり屈託無く笑った。
「そうか! 極限頑張れよ!」
ここで『手伝おうか』とか『一人で大丈夫か』と訊いてこないところが了平らしい。手を貸そうかと言われたところでアマネは断るつもりだった。
だってこれはアマネの『やりたい事』なのだから。
連絡先も今住んでいる場所の事も話さず、アマネは了平と別れた。会った事を黙っておいてくれとは言わなかったからか、多分了平は妹である京子や後輩である沢田達へアマネのことを言ってしまうだろうが、今はもうそれも構わないと思える。
ただ一年後へ来るだろう決着の日に、負けられない理由が増えただけだ。
駅前の洋菓子店である『ナミモリーヌ』の前を通り、かつて通った並盛高校の金網の脇を歩いて、山本寿司の看板を見つける。古くて廃材寸前の黒曜ランドの看板を眺めて、見覚えのあるマンションを見つけて足を止めた。
言葉は出ない。
ゴールデンウィークで学校が休みだからか、笑い声を上げながら子供が脇を抜けていく。それに気を取り直して再び歩き出した。歩く度に記憶が鮮明に甦るようで、気付けば自然と腰に付けていたウォレットチェーンの飾り部分を握り締めている。
並盛中へ向かえば金網の向こうに部活の練習をしている生徒達が見えた。見覚えがある様な無いような顔ぶれに、いつまでも学校を覗き込んでいたら不審者だなと離れる。
河川敷へ行って休憩も兼ねて腰を降ろせば、遠くで電車が走っている音が聞こえた。
「懐かしいけど……懐かしいだけ、かなぁ」
知っている顔を探す気にはなれない。ここは平行世界だと何度も自分へ言い聞かせて、アマネは手を握り締める。
やはりどうしても気になって来てしまったこの『町』は、アマネが覚えているものと同じだった。だが決定的にきっと、『アマネの存在』が抜け落ちている場所なのだろう。
当たり前なのだが、そう思うと数ヶ月前、アマネがここへ『来てしまった』日の様な胸が詰まる思いを覚えた。
ここにアマネの居場所はないし、巌戸台のあの場所へもきっとアマネの居場所はない。
居場所が無いなりに頑張ってやろうと決めたのだから、今更自分から再認識させられるような事をしなければ良かったと思いつつ立ち上がる。河川敷を上ってもう帰ろうと駅へ向かえば後ろからぶつかられた。
「うぉっ」
「む、すまん!」
聞き覚えのある声に肩が震える。アマネが落としたバッグを拾う手には、ボクシングで酷使しているからか巻かれたテーピング。
ランニング中だったのかジャージ姿で、相変わらず鼻の上にもテーピングをしていて、バッグを差し出してくる笑顔に言葉を無くした。
「どうしたのだ?」
「……いえ、どうも」
バッグを受け取って背負い直す。それから被っていたフードを引っ張って顔を見せないようにした。
かつての幼馴染だった『笹川了平』は、アマネに気付いた様子もアマネを覚えている様子も無い。『ここ』では幼馴染ではないのだから当然かと思うもの、少し。
「して、アマネ。お前は何処の高校へ通っておるのだ?」
「……え」
「ん? もしや高校へは通っておらんのか? 並盛中学でも会えんし並盛高校にも来ないから、他の高校へ行ってしまったのだと思っていたのだが……」
「じゃなくて、なんで……」
「幼馴染の顔を忘れる訳がないだろう?」
少し論点のずれた了平の言葉に、驚きで頭が上手く働かない。どうして『ここ』では幼馴染でも無いのに、それどころか会った事すらないのに、と混乱する。
アマネが困惑している事に気付いたのか、了平は笑う。相変わらず屈託の無い笑みだ。
「お前が驚いているのを見るのは久しぶりだな」
「うん」
「沢田や雲雀たちもお前のことをずっと探しておったぞ」
「そっか」
「京子もお前に会えるのを楽しみにしている」
「う、ん」
「ずっと、寂しくはなかったか?」
「……一人じゃねぇ時も、あったから」
汗臭いタオルを差し出されて、受け取って顔に押し付けた。こいつは馬鹿なくせに的を射た発言が上手いから、きっとそのせいだと了平のせいにする。
地面に落ちた涙で、アマネは自分が思っていた以上に『寂しい』と感じていた事に気付いた。
覚えのある名称に『ここ』へ来てしまったのは、もしかしたらと思ったからだ。もしかしたら誰かがいるかも知れない、もしかしたらアマネを覚えているかも知れない。そんな僅かな期待に賭けて来てしまうほどに、アマネは寂しかったのだろう。
「……一人じゃねぇ時もあったから、大丈夫だったんだぁ」
「そうか。今は何をしておるのだ?」
顔を上げてタオルを返した。目元を手の甲で擦って、尋ねてきた了平を見返す。
「助けられなかった人がいるんだぁ。でもチャンスを与えられて、今度こそ助けられそうな人を助けてぇ。少しでも悲しむ回数を減らしてぇ。変えてぇ未来がある。……俺が本当に助けたかった人を助ける事は、無理だけど」
はっきりと宣誓するように言えば了平はやはり屈託無く笑った。
「そうか! 極限頑張れよ!」
ここで『手伝おうか』とか『一人で大丈夫か』と訊いてこないところが了平らしい。手を貸そうかと言われたところでアマネは断るつもりだった。
だってこれはアマネの『やりたい事』なのだから。
連絡先も今住んでいる場所の事も話さず、アマネは了平と別れた。会った事を黙っておいてくれとは言わなかったからか、多分了平は妹である京子や後輩である沢田達へアマネのことを言ってしまうだろうが、今はもうそれも構わないと思える。
ただ一年後へ来るだろう決着の日に、負けられない理由が増えただけだ。