ペルソナ3
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十月になり、学校の指定制服も冬服に衣替えとなった。
「でもお前夏でも長袖だもんなー」
「いいじゃねぇかよ。日焼け防止に蚊に刺され防止で」
「オトメかっ!」
たった数ヶ月ぶりなのに制服の上着を着た姿がとても新鮮に思えるのは、アマネ達がまだ一年生でこの制服に慣れていないからだろうか。
私立であるせいかなかなか斬新なデザインのファスナーを、意味もなく上下させながら佐藤が着心地を確かめている。どうやって着崩そうかを考えているようだったが、あまり懸命な判断には思えなかった。
アマネの知る先輩達は揃って制服をキッチリと着ているのを見た事が無い。それぞれが個性を出して着崩しているし、そもそも規定の制服を何だと思っているのか疑わしいものまでいる。それ以前に生徒会長自体が普段から規定外れのリボンで胸元を飾っていた。
そういうアマネは無難にファスナーを少し降ろしているだけだ。髪の長さに規則はない。
十月になったことで衣替えの他にも、次の満月が迫ってきていることを実感している。あと数日後には満月である事を考えて、アマネは長袖の裾に隠れた手首の包帯を見下ろした。
包帯の下の皮膚は既に鬱血の青黒い痕もだいぶ薄くなっていて、武器を持つ事へ支障は無いだろう。包帯だってそろそろ外しても構わない。
手首を捻るように動かしていれば、佐藤がじっとアマネの手首を見つめている事に気付いてアマネは顔を上げた。
「痛いの?」
「いやぁ? 全然痛くねぇけどぉ?」
アマネを探るように見つめる佐藤に、何となく恐怖心というか、視線を逸らしてもらいたい衝動に駆られてそっと息を止める。
文化祭の前、佐藤に言われた事がまだアマネの中で小さく燻っている事に、佐藤は気付いてしまっただろうか。
誰かの為に自分を殺す事が、その誰かを心配させているなんて考えた事も無かった。
ましてや自分が心配されている可能性があることもだ。
飽きたのか本当だと信じる事にしたのか、逸らされた佐藤の視線に内心胸を撫で下ろしながら、アマネは右手をポケットへ押し込む。
「……そろそろ包帯巻くのやめようと思ってなぁ」
「ふぅん。……ん? 包帯の下どうなってたんだっけ?」
「青黒くなって腫れてた」
「うぁああ! やめてオレの手首が痛くなる! 気をつけて。マジ気をつけて!あんまり痛くないような説明にして!」
「お前……」
自分のことのように痛がるのはいいが、大袈裟な動きまでし始めた佐藤に思わず冷たい視線を向けた。ここは学校の廊下で、他にも見ている生徒が大勢いる。
佐藤が悪目立ちを始める前に、アマネはその頭を叩いて大人しくさせた。
***
食料品と細かな消耗品の買出しから帰ってきたところで、寮のラウンジで荒垣と会った。
「あれ、出掛けるんですか?」
「……ああ」
出掛けることを知られたくなかったとばかりの、苦虫を噛み潰した表情で答えた荒垣に、アマネは機嫌が悪いのだろうかと考える。けれども自分が何かをしでかした記憶も無いので、八つ当たりされなければいいかとラウンジのテーブルへ買い物袋を置いた。
今日は作戦日ではあるけれど夕食は作らねばならないし、無事に大型シャドウを倒せれば明日の食事の事だって考えなければならない。安くなり始めた秋刀魚がビニール袋の中から、虚ろで気味の悪い目をアマネへと向けていた。
「……おい」
挨拶はしたのだし、そのまま外へ出て行くと思われた荒垣がアマネの後ろへと立つ。
「何ですか?」
「お前、前に自分に誰かの意識が向けられる事はあるのかって言ってたな」
「それが何か?」
「答えは出たのか?」
持っていた卵パックをテーブルへ置いて、アマネはゆっくり身体ごと荒垣へと振り返った。
「……そんなに、簡単な話じゃねぇでしょう」
「そうだな」
「でも少なくとも今、荒垣さん、貴方が俺を心配してくださってんのは分かります」
荒垣は無言でアマネを見下ろしている。
その目をアマネは今までにも見たことがあった。影時間にタルタロスでシャドウとの戦闘後や、チドリが入院した後の厨房で。台風前にアマネが怪我をした日。その次の日。
有里が嫉妬する程度には、荒垣はアマネのことを心配してくれていた。
「そうやって、少しずつ考えを改めていかなけりゃいけないとは、思いました」
だから佐藤の視線に怯え、有里の手の温もりと言葉に悩んでいる。自分には心配されるに値する価値があるのか。本当に優しくされていいのかを。
「お前は」
吐息に混じって消えてしまいそうな声に、荒垣自身がおかしそうに笑った。
「まるで――」
「たっだいまー! っと、なんスか? 買い物帰り?」
いきなり玄関を開けて入ってきた伊織の姿にアマネと荒垣は同時に振り返る。
伊織には聞かせるつもりが無かったのか、荒垣は咳払いをすると何も無かったかのようにポケットへ手を突っ込み、外へと向かっていく。
「荒垣さん」
「……山岸にも言ったが、夜には少し遅れるかもしれねぇ」
「あ、はい。分かりました。行ってらっしゃい」
返事は無かったけれど、荒垣は扉を閉める前に一度だけアマネを振り返った。
「お、今日の夕飯サンマ⁉ サンマっスか斑鳩クン⁉」
「ええ、大根おろし作るの手伝ってもらえますか?」
***
夜の作戦室に荒垣と天田の姿は無かった。
山岸が言うには今夜の大型シャドウは、巌戸台駅前広場に二体。伊織が前回の罰だと岳羽に言われて天田を部屋へ呼びに行き、戻ってくるのを待たずに巌戸台駅前商店街へと向かった。
商店街から駅前ロータリーへ大型シャドウの姿が見える。ブリキ製の動物のようなシャドウと庭園にいる乙女を模したものか。相変わらずシャドウの姿に統一性や法則性が見出せない。
「うわ、居る! この辺いつも学校に行くのに使うし、暴れられるとマジ困るんだけど」
「なんだか、私たちを待ってるみたい……」
岳羽と山岸の会話にアマネももう一度シャドウを確認して、山岸の感覚に同意する。
けれど待っているのはアマネ達ではなく、人なら誰でも構わないのだろう。少なくとも周囲にアマネ達以外の人の気配はしない為、結果的にアマネ達を待っていることになる。
「ところで、天田はどうした?」
「なんか、部屋に居なかったんスよ」
少し遅れて付いて来た伊織が美鶴の呟きに答えた。
影時間がなかったとしても、一応未成年が出歩くには適していない時間だ。それなのに部屋へいないのはおかしい。
「探しに行きますか?」
「いや、君まで単独行動はするな。それに手首も完治はしていないだろう?」
それとなく提案しても、桐条は行方が分からない事より単独行動のほうを気にしているらしかった。
包帯を巻くのをやめたアマネの右手首は、袖に隠れながらもまだ青さが残っている。隠す様に左手をそこへ添えると美鶴が小さく微笑んだ。
荒垣もまだ来ていない。寮へ戻ったとしても理事長が居るから、伝言を聞いて此処へは来られるはずだし、荒垣は天田と違って夜間の出歩きに慣れているようなので、荒垣のことは真田以外あまり気にしていなかった。
アマネも遅くなるほどの用事が気になりもしたが、探しに行くことは出来なさそうである。
動き出しそうなシャドウの気配に、あまりモタモタもしていられない。荒垣と天田が来る事を期待するのを諦め、有里が討伐メンバーを選び始めた。
ザワザワと嫌な予感がするのは昼間、荒垣の言葉を聞き逃してしまったからだろうか。
コロマルが足元へ寄ってきて鼻を鳴らしながら見上げてくるのに、アマネはその予感を振り払ってコロマルの頭を撫でる。いつもであれば天田の傍へいるコロマルも、二人が居ない事で心配しているのだろう。
「……心配すんなぁ」
けれども後から来ると言っていたのだから荒垣は必ず来るはずである。
有里は今夜、アマネもコロマルも選ばなかった。
「でもお前夏でも長袖だもんなー」
「いいじゃねぇかよ。日焼け防止に蚊に刺され防止で」
「オトメかっ!」
たった数ヶ月ぶりなのに制服の上着を着た姿がとても新鮮に思えるのは、アマネ達がまだ一年生でこの制服に慣れていないからだろうか。
私立であるせいかなかなか斬新なデザインのファスナーを、意味もなく上下させながら佐藤が着心地を確かめている。どうやって着崩そうかを考えているようだったが、あまり懸命な判断には思えなかった。
アマネの知る先輩達は揃って制服をキッチリと着ているのを見た事が無い。それぞれが個性を出して着崩しているし、そもそも規定の制服を何だと思っているのか疑わしいものまでいる。それ以前に生徒会長自体が普段から規定外れのリボンで胸元を飾っていた。
そういうアマネは無難にファスナーを少し降ろしているだけだ。髪の長さに規則はない。
十月になったことで衣替えの他にも、次の満月が迫ってきていることを実感している。あと数日後には満月である事を考えて、アマネは長袖の裾に隠れた手首の包帯を見下ろした。
包帯の下の皮膚は既に鬱血の青黒い痕もだいぶ薄くなっていて、武器を持つ事へ支障は無いだろう。包帯だってそろそろ外しても構わない。
手首を捻るように動かしていれば、佐藤がじっとアマネの手首を見つめている事に気付いてアマネは顔を上げた。
「痛いの?」
「いやぁ? 全然痛くねぇけどぉ?」
アマネを探るように見つめる佐藤に、何となく恐怖心というか、視線を逸らしてもらいたい衝動に駆られてそっと息を止める。
文化祭の前、佐藤に言われた事がまだアマネの中で小さく燻っている事に、佐藤は気付いてしまっただろうか。
誰かの為に自分を殺す事が、その誰かを心配させているなんて考えた事も無かった。
ましてや自分が心配されている可能性があることもだ。
飽きたのか本当だと信じる事にしたのか、逸らされた佐藤の視線に内心胸を撫で下ろしながら、アマネは右手をポケットへ押し込む。
「……そろそろ包帯巻くのやめようと思ってなぁ」
「ふぅん。……ん? 包帯の下どうなってたんだっけ?」
「青黒くなって腫れてた」
「うぁああ! やめてオレの手首が痛くなる! 気をつけて。マジ気をつけて!あんまり痛くないような説明にして!」
「お前……」
自分のことのように痛がるのはいいが、大袈裟な動きまでし始めた佐藤に思わず冷たい視線を向けた。ここは学校の廊下で、他にも見ている生徒が大勢いる。
佐藤が悪目立ちを始める前に、アマネはその頭を叩いて大人しくさせた。
***
食料品と細かな消耗品の買出しから帰ってきたところで、寮のラウンジで荒垣と会った。
「あれ、出掛けるんですか?」
「……ああ」
出掛けることを知られたくなかったとばかりの、苦虫を噛み潰した表情で答えた荒垣に、アマネは機嫌が悪いのだろうかと考える。けれども自分が何かをしでかした記憶も無いので、八つ当たりされなければいいかとラウンジのテーブルへ買い物袋を置いた。
今日は作戦日ではあるけれど夕食は作らねばならないし、無事に大型シャドウを倒せれば明日の食事の事だって考えなければならない。安くなり始めた秋刀魚がビニール袋の中から、虚ろで気味の悪い目をアマネへと向けていた。
「……おい」
挨拶はしたのだし、そのまま外へ出て行くと思われた荒垣がアマネの後ろへと立つ。
「何ですか?」
「お前、前に自分に誰かの意識が向けられる事はあるのかって言ってたな」
「それが何か?」
「答えは出たのか?」
持っていた卵パックをテーブルへ置いて、アマネはゆっくり身体ごと荒垣へと振り返った。
「……そんなに、簡単な話じゃねぇでしょう」
「そうだな」
「でも少なくとも今、荒垣さん、貴方が俺を心配してくださってんのは分かります」
荒垣は無言でアマネを見下ろしている。
その目をアマネは今までにも見たことがあった。影時間にタルタロスでシャドウとの戦闘後や、チドリが入院した後の厨房で。台風前にアマネが怪我をした日。その次の日。
有里が嫉妬する程度には、荒垣はアマネのことを心配してくれていた。
「そうやって、少しずつ考えを改めていかなけりゃいけないとは、思いました」
だから佐藤の視線に怯え、有里の手の温もりと言葉に悩んでいる。自分には心配されるに値する価値があるのか。本当に優しくされていいのかを。
「お前は」
吐息に混じって消えてしまいそうな声に、荒垣自身がおかしそうに笑った。
「まるで――」
「たっだいまー! っと、なんスか? 買い物帰り?」
いきなり玄関を開けて入ってきた伊織の姿にアマネと荒垣は同時に振り返る。
伊織には聞かせるつもりが無かったのか、荒垣は咳払いをすると何も無かったかのようにポケットへ手を突っ込み、外へと向かっていく。
「荒垣さん」
「……山岸にも言ったが、夜には少し遅れるかもしれねぇ」
「あ、はい。分かりました。行ってらっしゃい」
返事は無かったけれど、荒垣は扉を閉める前に一度だけアマネを振り返った。
「お、今日の夕飯サンマ⁉ サンマっスか斑鳩クン⁉」
「ええ、大根おろし作るの手伝ってもらえますか?」
***
夜の作戦室に荒垣と天田の姿は無かった。
山岸が言うには今夜の大型シャドウは、巌戸台駅前広場に二体。伊織が前回の罰だと岳羽に言われて天田を部屋へ呼びに行き、戻ってくるのを待たずに巌戸台駅前商店街へと向かった。
商店街から駅前ロータリーへ大型シャドウの姿が見える。ブリキ製の動物のようなシャドウと庭園にいる乙女を模したものか。相変わらずシャドウの姿に統一性や法則性が見出せない。
「うわ、居る! この辺いつも学校に行くのに使うし、暴れられるとマジ困るんだけど」
「なんだか、私たちを待ってるみたい……」
岳羽と山岸の会話にアマネももう一度シャドウを確認して、山岸の感覚に同意する。
けれど待っているのはアマネ達ではなく、人なら誰でも構わないのだろう。少なくとも周囲にアマネ達以外の人の気配はしない為、結果的にアマネ達を待っていることになる。
「ところで、天田はどうした?」
「なんか、部屋に居なかったんスよ」
少し遅れて付いて来た伊織が美鶴の呟きに答えた。
影時間がなかったとしても、一応未成年が出歩くには適していない時間だ。それなのに部屋へいないのはおかしい。
「探しに行きますか?」
「いや、君まで単独行動はするな。それに手首も完治はしていないだろう?」
それとなく提案しても、桐条は行方が分からない事より単独行動のほうを気にしているらしかった。
包帯を巻くのをやめたアマネの右手首は、袖に隠れながらもまだ青さが残っている。隠す様に左手をそこへ添えると美鶴が小さく微笑んだ。
荒垣もまだ来ていない。寮へ戻ったとしても理事長が居るから、伝言を聞いて此処へは来られるはずだし、荒垣は天田と違って夜間の出歩きに慣れているようなので、荒垣のことは真田以外あまり気にしていなかった。
アマネも遅くなるほどの用事が気になりもしたが、探しに行くことは出来なさそうである。
動き出しそうなシャドウの気配に、あまりモタモタもしていられない。荒垣と天田が来る事を期待するのを諦め、有里が討伐メンバーを選び始めた。
ザワザワと嫌な予感がするのは昼間、荒垣の言葉を聞き逃してしまったからだろうか。
コロマルが足元へ寄ってきて鼻を鳴らしながら見上げてくるのに、アマネはその予感を振り払ってコロマルの頭を撫でる。いつもであれば天田の傍へいるコロマルも、二人が居ない事で心配しているのだろう。
「……心配すんなぁ」
けれども後から来ると言っていたのだから荒垣は必ず来るはずである。
有里は今夜、アマネもコロマルも選ばなかった。