ペルソナ3
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ファルロスがあと一週間だよと告げるだけで消えてしまった数日後。夏休みが終わり特に問題もなく二学期が始まった。あの後メールだけは頻繁に来たものの映画に誘ってくることのなかった佐藤は、結局あの後の映画は一つも観られなかったらしく、新学期が始まってからも未だに悔しがっていて少々鬱陶しい。
クラスメイトから夏休みの旅行の土産を貰い、終わらなかった宿題の写しを放課後遅くまで手伝わされ、寮に帰ると伊織の声が出迎えた。
「え、ウチの制服⁉ なに、どういう事?」
「学校に行きたいって言うから、冗談で先輩たちに話してたんだけど……あ、斑鳩クンおかえり。で、えっと、理事長が即オッケーしちゃって、明日から高等部二年生ってことにネ……」
「ただいま帰りました」
「おかえりなさいであります」
伊織に説明している岳羽の傍、山岸の隣には月光館学園の女子制服を着たアイギスがいる。服を着ただけで機械の部分は殆ど隠され、一見普通の女子高生だ。
色々と話している二年生達はとりあえず、天田と一緒にアイギスへ近付いてみる。
「どうですか? アイギスさん」
「風花さんに装着していただいた、『学園用迷彩』は完璧であります」
「ぅ、うん、そうかぁ」
もう少し表現も人間らしさを学んだほうがいいと思う。
「想像以上に似合ってますよ。誰も特別なんて思わないんじゃないかな。でもなんで学校なんかに? 何もないですよ、多分」
「『二学期』の開始を受けて、日中の活動を合わせたいと考えました。私だけここに待機していては、任務に支障をきたします。よって、同行を申し出たであります」
誰に合わせたいのかは考えずとも分かった。どうしてそこまで有里を気にかけるのかは知らないが、彼女は『大切』と『任務』へ誠実だ。
「任務に支障、ね。むしろ居た方が支障出るっぽいけど」
「至らない所は、順次改善を図っていくつもりであります」
「あー……うん、そうして」
冷静沈着ながらも熱意溢れるアイギスに岳羽が折れた。アイギスが学校へ通うようになれば同じ学年の有里達が一番フォローに忙しくなるだろう。それを考えると岳羽の溜息も聞かなかったことに出来る。
「アマネさんも、宜しくお願いするであります」
「学年が違うので、授業を受けている場所も違うので学校で会うことは少ないと思います。俺にしか解決出来なさそうな事が起こった時にしか協力は出来ないかも知れません」
「了解しました」
「斑鳩クンずるい」
岳羽が不満がろうが事実だ。
「ワンッ、ワンッ!」
「『自分も学校に行く』と言っています」
「コロマル……さすがにあんたはここにいて」
「クゥーン……」
落ち込んだコロマルの頭を撫でる。今日のコロマルのご飯は少し豪勢にして機嫌を直してもらおう。
***
「聞いたか? 二年にだけど転校生だって。なんか凄い可愛いらしいよ」
「……知ってるぅ」
「あれ、ちょ、何処行くんだよ」
「その転校生の様子見だぁ」
「知り合い?」
「同じ寮」
今日の昼食は購買を予定しているらしい佐藤が購買へ行くらしいので、教室の出口で別れて二年の教室がある階へ向かう。伊織が忘れた弁当と一緒に自分の分も持っては来たが、別に佐藤に食われないようにではない。
違う学年の活動範囲という事で違和感のある廊下から、アイギスが転入した筈のクラスを覗き込む。
転入生という事で好奇心の的になっているかと思ったらそうでもなく、向かい合わせにされた机を有里達と囲んで座っていた。
伊織が居ないのは弁当を忘れたことに気付いて、購買にでも昼食を買いに走っているのかもしれない。
「先輩」
「あ、斑鳩クン」
アイギスと何か話していたらしい岳羽が気付いて立ち上がる。教室へ入るのは憚れたので入り口で待っていれば、すぐに駈け寄ってきてくれた。
「どうしたの?」
「伊織先輩の忘れた弁当と、アイギスさんの様子を」
「ああ……今のところ大丈夫よ。見ていてハラハラはするけど」
岳羽が振り返った先では、アイギスがじっと有里が弁当を食べている姿を見つめている。あんなに見られていてよく食べられるなと思ったが、有里は食べるほうに集中していて気付かないのかもしれない。
「わざわざ見に来るなんて、斑鳩クンも心配性だねぇ」
「昨日はあまり来るなと言いましたけど、俺が見に行かねぇとは言ってねぇじゃないですか。俺も見守れば先輩達の負担も減るだろうしぃ」
「そっか、ゴメンね」
「構いません。これ、伊織先輩に渡してください」
「でも順平、購買行っちゃったよ? それでも渡しとく?」
「いざとれば有里先輩が食べると思いますよ」
「ああ……そうだね」
弁当を渡して自分の教室へ戻る。まだ弁当を食べる時間は残っているし、教室で食べればいい。
階段を降りているとポケットに入れていた携帯が振動してメールの着信を知らせた。見れば真田からで、今日の放課後付き合って欲しいという内容だ。
今日は何かあっただろうかと思うが、特に思い当たる事は無い。スーパーへ寄る予定も無かったから了承のメールを返して携帯をしまう。
教室に戻ると購買から帰ってきていた佐藤が居た。
「おかえり。転校生どうだった?」
「杞憂だったぁ」
「お前心配性な、別にいいけど。今度紹介してよ。可愛いんでしょ?」
「可愛いとは思うがお前に紹介する価値はねぇ」
「え、なんか問題あり?」
「お前に価値がねぇって話」
「斑鳩が酷いんですけど!」
放課後、正門前で真田と合流すると、有里も一緒に呼んだらしく少しの間待たされた。
「……来たな」
「斑鳩も一緒ですか?」
「ああ。一緒に来てもらいたい所がある。行くぞ」
脇に置いていたトランクを持ち上げて真田が歩き出すのを、有里と一緒に追いかける。そういえばアイギスはどうしたのかと思ったが、ふと振り返ると岳羽と一緒に昇降口を出て来るところが見えた。
真田に連れられて向かったのは、商店街にある「はがくれ」で、奢ってくれるのかと考えもしたがそんなわけが無いと思い直す。そんな程度でわざわざ呼び出したりはしないだろう。
ふと、店から出てきた人物が真田に気付いて眉をしかめた。
「いい加減しつけえぞ!」
「事情が変わった。悪いが今日は、ノーと言わせる気は無い」
「あぁ?」
訝しげに真田を睨んだのは、以前不良の溜り場で出会った荒垣だ。知り合いなのかと尋ねられる雰囲気ではなく、黙って見ていると真田が持っていたトランクを荒垣へと突きつける。
「これ、分かるな。お前が使ってた召喚器だ」
無言でそれを見る荒垣の表情は暗い。
「新しい敵が現れた。オレたちと同じ『ペルソナ使い』だ」
「……別に、興味ねぇな。」
「話はまだある。天田が……オレたちの仲間に入った」
「っ……⁉ どういう事だ、そりゃ⁉」
天田の名前に反応して荒垣が目を見開いた。一瞬で真剣になって真田へ詰め寄る姿は何か天田と因縁でもあるのだろうか。
「『適正』が見つかり幾月さんが認めた。今のアイツはペルソナ使いだ」
「なんてこった……」
アマネと有里は話に入れず置いてきぼりを食らっている。夏休みに天田の様子がおかしかった後SEESの活動に参加するようになった事と、荒垣の今の焦り様は関係があるのだとは思うが、歳も離れている二人に共通点は見つからない。
おそらく荒垣もペルソナ使いだというのは話の流れで分かるのだが。
「……一つだけ聞かせてくれ。仲間になったってのは、アイツの意思か?」
「ああ。自分から志願してきた」
「……そうか」
思い悩んでいるようだった荒垣は、その言葉を聴いて自嘲する様に小さく笑った。
「なら、傍に居ねえとな……。お前が、現場を仕切ってるってヤツだな」
荒垣がアマネの隣でずっと黙っていた有里を見る。
「訊いておきたい事がある。お前は、何の為に戦ってる」
「自分自身の為」
有里はそう答えた。
「……そうか。まあいい。オレぁ、すべき事をするだけだ。俺の部屋ぁ、まだ空いてんのか?」
「斑鳩、あの空き室の掃除はどうなってる?」
「先日空気の入れ替えはしたし、特に問題は無ぇかと」
男子の階で唯一残っている空き部屋のことだろうと予想して答える。
もしかして自分はそれだけが聞きたいが為に連れて来られたのかと思ったが、そうだとしたら少し悲しいので深く考えるのを止めた。
「だそうだ」
「……ふん」
***
空気の入れ替えはしてあっても、暫く誰も使っていなかったこともあり寝具は部屋に無い。物置から予備の寝具を運ぶと最低限の荷物を持ってきた荒垣がそれを整理していた。
「布団、持ってきました」
「悪ぃな。そこ置いとけ」
布団も夏休みの間に一度干してあるので、黴臭いことも無いだろう。
まだ九月という残暑の残る季節だというのにコートを着たまま片付けをしている荒垣に、アマネは何となくそのまま立ち去る気にもなれず壁へ寄り掛かった。
彼は以前、ここで活動を共にしていたらしい。どういった理由で寮を出ていたのか知らないが、彼の様子からして自分から出て行ったのは分かる。
執拗に真田に再勧誘されていたようだが断り続け、それが今になって天田が参加するというだけで戻ってきた。
ということは、彼にとって天田はそんなに大切、いや、重要な人物なのか。
先日の張り詰めた表情の天田を思い出す。それから活動に参加すると言った天田を。
何かが、あるのだろうけれど、それを聞くのはそう親しくない関係では憚られた。そもそもアマネは人間関係に首を突っ込むのは得意ではない。
「……おい」
「はい?」
「そこに居んなら悪ぃが、ちょっと手伝ってくれ」
そうは言っても手伝う必要など無いように思える。とりあえず壁から背を離して荒垣に近付くと、荒垣はニット帽の下からマジマジとアマネを見た。
アマネと荒垣の身長差は殆ど無い。むしろ荒垣が猫背な分変わらないといってもいいだろう。アマネが成人した時に伸びきっている身長が、猫背ではない今の荒垣程度だ。
「お前、名前は?」
「斑鳩 周です。好きなように呼んで下さい」
ダンボールの中に入っていた雑誌を取り出す。料理の本だったのでそのまま開いて読んでみようかと少し思ったが、差し出された手に無言で渡した。そういうのは片付けの手伝いではなくただの邪魔だ。
「……六月頃に、一度会ったよな」
「ええ、不良の溜り場で」
「お前と、あのリーダーだけだ。不良共が戻ってこねぇか警戒してたのは」
「気付いてたんですか」
「気付かねぇでいられるか。リーダーはともかくお前は喧嘩慣れしてる雰囲気だったしな」
雑誌を空だったラックへ放り込んだ荒垣がアマネを見る。
どこか羨ましがるかのような目だった。
「……今日の夕食、何食べたいですか?」
咄嗟に話題を変えようと尋ねる。荒垣越しの窓の外は既に赤みを指していた。
「お前が作るのか?」
「土日以外は。でねぇと先輩達の健康が絶対損なわれますね」
「ああ……お前もそう思うか」
荒垣が居た頃も、アマネが来る前のような状況だったのだろうか。ともあれすんなりと変わった話題に内心ホッとしながら、アマネはもう一度荒垣に夕食のリクエストを尋ねる。
深夜、新しく仲間入りした荒垣を連れてのタルタロスは、そろそろ階数が三桁目へ入ろうとしていた。毎回一番下から登っていく事になっていたら、いつまで経っても最上階へは辿り着けなかっただろう。
プロレスラーの様な見た目のシャドウを斬り伏せ倒して、ふと振り返ると荒垣が鈍器でシャドウを潰していた。まだ残暑の残る時期な上、動き回って汗を掻くだろうにニット帽とコートを脱ぐ様子は無い。
「暑くねぇんですかねぇ?」
「斑鳩だって、いつも長袖着てる」
「俺のあれは腕を守る為と何かあった時に裂いて使える様にですよ。それに夏は流石に薄手の物しか着てねぇし」
寒い時も確かにあるけれど。というより日本の夏は湿気でジメジメしている。
一通りシャドウが居なくなったのを確かめてアマネがナイフを戻せば、荒垣と一緒に戦っていたコロマルが有里へ向けて駆け寄ってきた。目の前で止まって尻尾を振る姿は和む。
「ホラよ、渡しとくぜ」
あちらの通路の先で見つけたらしい道具を有里へ渡す荒垣は、視線だけを動かしてアマネを見た。視線は上から下へ移動してからまたアマネの顔へ戻り、次にコロマルへと移る。
何かを探している様に思えたが、人の身体を観察して何を探すのかとすぐには思いつけなかった。荒垣の視線が有里へ移り、上着の破けた部分で止まったのを見てやっと理解する。
「さっきの戦闘で怪我はしてません」
「……そうか」
同じく気付いたらしい有里が言うと、荒垣はばつが悪そうに顔を逸らす。アマネは思わず有里と顔を見合わせて、少しだけ笑ってしまった。
彼は言葉では何も示さないが、心根は優しい部類の人なのだろう。人の怪我の有無を心配し、怪我をしていることを確かめてから治すように言うつもりだったのか。
恥ずかしくてか再び見つけたシャドウへ向かっていく荒垣の後を、コロマルが追いかける。
「やさしい、人なのかな」
「不器用な人、って感じもしますがね」
「……やさしくて不器用な人。うん。じゃあそれで」
有里の中で荒垣に対する評価が決まったらしい。剣を握って加勢の為に駆けて行く有里を追いかけながら、アマネは有里が下した評価について考えてみた。
やさしくは、あるのだろう。その優しさを上手く表に出すのは苦手そうで、だからアマネは不器用と言った。
同時に優しさの意味を間違えているという意味も込めていたけれど。
これが所謂『男は背中で物を語れ』というやつなのだろうか。
「……ねぇなぁ」
自分の考えを自分で完全に否定して、アマネはコロマルが止めを刺し損ねたシャドウへ蹴りを入れた。
クラスメイトから夏休みの旅行の土産を貰い、終わらなかった宿題の写しを放課後遅くまで手伝わされ、寮に帰ると伊織の声が出迎えた。
「え、ウチの制服⁉ なに、どういう事?」
「学校に行きたいって言うから、冗談で先輩たちに話してたんだけど……あ、斑鳩クンおかえり。で、えっと、理事長が即オッケーしちゃって、明日から高等部二年生ってことにネ……」
「ただいま帰りました」
「おかえりなさいであります」
伊織に説明している岳羽の傍、山岸の隣には月光館学園の女子制服を着たアイギスがいる。服を着ただけで機械の部分は殆ど隠され、一見普通の女子高生だ。
色々と話している二年生達はとりあえず、天田と一緒にアイギスへ近付いてみる。
「どうですか? アイギスさん」
「風花さんに装着していただいた、『学園用迷彩』は完璧であります」
「ぅ、うん、そうかぁ」
もう少し表現も人間らしさを学んだほうがいいと思う。
「想像以上に似合ってますよ。誰も特別なんて思わないんじゃないかな。でもなんで学校なんかに? 何もないですよ、多分」
「『二学期』の開始を受けて、日中の活動を合わせたいと考えました。私だけここに待機していては、任務に支障をきたします。よって、同行を申し出たであります」
誰に合わせたいのかは考えずとも分かった。どうしてそこまで有里を気にかけるのかは知らないが、彼女は『大切』と『任務』へ誠実だ。
「任務に支障、ね。むしろ居た方が支障出るっぽいけど」
「至らない所は、順次改善を図っていくつもりであります」
「あー……うん、そうして」
冷静沈着ながらも熱意溢れるアイギスに岳羽が折れた。アイギスが学校へ通うようになれば同じ学年の有里達が一番フォローに忙しくなるだろう。それを考えると岳羽の溜息も聞かなかったことに出来る。
「アマネさんも、宜しくお願いするであります」
「学年が違うので、授業を受けている場所も違うので学校で会うことは少ないと思います。俺にしか解決出来なさそうな事が起こった時にしか協力は出来ないかも知れません」
「了解しました」
「斑鳩クンずるい」
岳羽が不満がろうが事実だ。
「ワンッ、ワンッ!」
「『自分も学校に行く』と言っています」
「コロマル……さすがにあんたはここにいて」
「クゥーン……」
落ち込んだコロマルの頭を撫でる。今日のコロマルのご飯は少し豪勢にして機嫌を直してもらおう。
***
「聞いたか? 二年にだけど転校生だって。なんか凄い可愛いらしいよ」
「……知ってるぅ」
「あれ、ちょ、何処行くんだよ」
「その転校生の様子見だぁ」
「知り合い?」
「同じ寮」
今日の昼食は購買を予定しているらしい佐藤が購買へ行くらしいので、教室の出口で別れて二年の教室がある階へ向かう。伊織が忘れた弁当と一緒に自分の分も持っては来たが、別に佐藤に食われないようにではない。
違う学年の活動範囲という事で違和感のある廊下から、アイギスが転入した筈のクラスを覗き込む。
転入生という事で好奇心の的になっているかと思ったらそうでもなく、向かい合わせにされた机を有里達と囲んで座っていた。
伊織が居ないのは弁当を忘れたことに気付いて、購買にでも昼食を買いに走っているのかもしれない。
「先輩」
「あ、斑鳩クン」
アイギスと何か話していたらしい岳羽が気付いて立ち上がる。教室へ入るのは憚れたので入り口で待っていれば、すぐに駈け寄ってきてくれた。
「どうしたの?」
「伊織先輩の忘れた弁当と、アイギスさんの様子を」
「ああ……今のところ大丈夫よ。見ていてハラハラはするけど」
岳羽が振り返った先では、アイギスがじっと有里が弁当を食べている姿を見つめている。あんなに見られていてよく食べられるなと思ったが、有里は食べるほうに集中していて気付かないのかもしれない。
「わざわざ見に来るなんて、斑鳩クンも心配性だねぇ」
「昨日はあまり来るなと言いましたけど、俺が見に行かねぇとは言ってねぇじゃないですか。俺も見守れば先輩達の負担も減るだろうしぃ」
「そっか、ゴメンね」
「構いません。これ、伊織先輩に渡してください」
「でも順平、購買行っちゃったよ? それでも渡しとく?」
「いざとれば有里先輩が食べると思いますよ」
「ああ……そうだね」
弁当を渡して自分の教室へ戻る。まだ弁当を食べる時間は残っているし、教室で食べればいい。
階段を降りているとポケットに入れていた携帯が振動してメールの着信を知らせた。見れば真田からで、今日の放課後付き合って欲しいという内容だ。
今日は何かあっただろうかと思うが、特に思い当たる事は無い。スーパーへ寄る予定も無かったから了承のメールを返して携帯をしまう。
教室に戻ると購買から帰ってきていた佐藤が居た。
「おかえり。転校生どうだった?」
「杞憂だったぁ」
「お前心配性な、別にいいけど。今度紹介してよ。可愛いんでしょ?」
「可愛いとは思うがお前に紹介する価値はねぇ」
「え、なんか問題あり?」
「お前に価値がねぇって話」
「斑鳩が酷いんですけど!」
放課後、正門前で真田と合流すると、有里も一緒に呼んだらしく少しの間待たされた。
「……来たな」
「斑鳩も一緒ですか?」
「ああ。一緒に来てもらいたい所がある。行くぞ」
脇に置いていたトランクを持ち上げて真田が歩き出すのを、有里と一緒に追いかける。そういえばアイギスはどうしたのかと思ったが、ふと振り返ると岳羽と一緒に昇降口を出て来るところが見えた。
真田に連れられて向かったのは、商店街にある「はがくれ」で、奢ってくれるのかと考えもしたがそんなわけが無いと思い直す。そんな程度でわざわざ呼び出したりはしないだろう。
ふと、店から出てきた人物が真田に気付いて眉をしかめた。
「いい加減しつけえぞ!」
「事情が変わった。悪いが今日は、ノーと言わせる気は無い」
「あぁ?」
訝しげに真田を睨んだのは、以前不良の溜り場で出会った荒垣だ。知り合いなのかと尋ねられる雰囲気ではなく、黙って見ていると真田が持っていたトランクを荒垣へと突きつける。
「これ、分かるな。お前が使ってた召喚器だ」
無言でそれを見る荒垣の表情は暗い。
「新しい敵が現れた。オレたちと同じ『ペルソナ使い』だ」
「……別に、興味ねぇな。」
「話はまだある。天田が……オレたちの仲間に入った」
「っ……⁉ どういう事だ、そりゃ⁉」
天田の名前に反応して荒垣が目を見開いた。一瞬で真剣になって真田へ詰め寄る姿は何か天田と因縁でもあるのだろうか。
「『適正』が見つかり幾月さんが認めた。今のアイツはペルソナ使いだ」
「なんてこった……」
アマネと有里は話に入れず置いてきぼりを食らっている。夏休みに天田の様子がおかしかった後SEESの活動に参加するようになった事と、荒垣の今の焦り様は関係があるのだとは思うが、歳も離れている二人に共通点は見つからない。
おそらく荒垣もペルソナ使いだというのは話の流れで分かるのだが。
「……一つだけ聞かせてくれ。仲間になったってのは、アイツの意思か?」
「ああ。自分から志願してきた」
「……そうか」
思い悩んでいるようだった荒垣は、その言葉を聴いて自嘲する様に小さく笑った。
「なら、傍に居ねえとな……。お前が、現場を仕切ってるってヤツだな」
荒垣がアマネの隣でずっと黙っていた有里を見る。
「訊いておきたい事がある。お前は、何の為に戦ってる」
「自分自身の為」
有里はそう答えた。
「……そうか。まあいい。オレぁ、すべき事をするだけだ。俺の部屋ぁ、まだ空いてんのか?」
「斑鳩、あの空き室の掃除はどうなってる?」
「先日空気の入れ替えはしたし、特に問題は無ぇかと」
男子の階で唯一残っている空き部屋のことだろうと予想して答える。
もしかして自分はそれだけが聞きたいが為に連れて来られたのかと思ったが、そうだとしたら少し悲しいので深く考えるのを止めた。
「だそうだ」
「……ふん」
***
空気の入れ替えはしてあっても、暫く誰も使っていなかったこともあり寝具は部屋に無い。物置から予備の寝具を運ぶと最低限の荷物を持ってきた荒垣がそれを整理していた。
「布団、持ってきました」
「悪ぃな。そこ置いとけ」
布団も夏休みの間に一度干してあるので、黴臭いことも無いだろう。
まだ九月という残暑の残る季節だというのにコートを着たまま片付けをしている荒垣に、アマネは何となくそのまま立ち去る気にもなれず壁へ寄り掛かった。
彼は以前、ここで活動を共にしていたらしい。どういった理由で寮を出ていたのか知らないが、彼の様子からして自分から出て行ったのは分かる。
執拗に真田に再勧誘されていたようだが断り続け、それが今になって天田が参加するというだけで戻ってきた。
ということは、彼にとって天田はそんなに大切、いや、重要な人物なのか。
先日の張り詰めた表情の天田を思い出す。それから活動に参加すると言った天田を。
何かが、あるのだろうけれど、それを聞くのはそう親しくない関係では憚られた。そもそもアマネは人間関係に首を突っ込むのは得意ではない。
「……おい」
「はい?」
「そこに居んなら悪ぃが、ちょっと手伝ってくれ」
そうは言っても手伝う必要など無いように思える。とりあえず壁から背を離して荒垣に近付くと、荒垣はニット帽の下からマジマジとアマネを見た。
アマネと荒垣の身長差は殆ど無い。むしろ荒垣が猫背な分変わらないといってもいいだろう。アマネが成人した時に伸びきっている身長が、猫背ではない今の荒垣程度だ。
「お前、名前は?」
「斑鳩 周です。好きなように呼んで下さい」
ダンボールの中に入っていた雑誌を取り出す。料理の本だったのでそのまま開いて読んでみようかと少し思ったが、差し出された手に無言で渡した。そういうのは片付けの手伝いではなくただの邪魔だ。
「……六月頃に、一度会ったよな」
「ええ、不良の溜り場で」
「お前と、あのリーダーだけだ。不良共が戻ってこねぇか警戒してたのは」
「気付いてたんですか」
「気付かねぇでいられるか。リーダーはともかくお前は喧嘩慣れしてる雰囲気だったしな」
雑誌を空だったラックへ放り込んだ荒垣がアマネを見る。
どこか羨ましがるかのような目だった。
「……今日の夕食、何食べたいですか?」
咄嗟に話題を変えようと尋ねる。荒垣越しの窓の外は既に赤みを指していた。
「お前が作るのか?」
「土日以外は。でねぇと先輩達の健康が絶対損なわれますね」
「ああ……お前もそう思うか」
荒垣が居た頃も、アマネが来る前のような状況だったのだろうか。ともあれすんなりと変わった話題に内心ホッとしながら、アマネはもう一度荒垣に夕食のリクエストを尋ねる。
深夜、新しく仲間入りした荒垣を連れてのタルタロスは、そろそろ階数が三桁目へ入ろうとしていた。毎回一番下から登っていく事になっていたら、いつまで経っても最上階へは辿り着けなかっただろう。
プロレスラーの様な見た目のシャドウを斬り伏せ倒して、ふと振り返ると荒垣が鈍器でシャドウを潰していた。まだ残暑の残る時期な上、動き回って汗を掻くだろうにニット帽とコートを脱ぐ様子は無い。
「暑くねぇんですかねぇ?」
「斑鳩だって、いつも長袖着てる」
「俺のあれは腕を守る為と何かあった時に裂いて使える様にですよ。それに夏は流石に薄手の物しか着てねぇし」
寒い時も確かにあるけれど。というより日本の夏は湿気でジメジメしている。
一通りシャドウが居なくなったのを確かめてアマネがナイフを戻せば、荒垣と一緒に戦っていたコロマルが有里へ向けて駆け寄ってきた。目の前で止まって尻尾を振る姿は和む。
「ホラよ、渡しとくぜ」
あちらの通路の先で見つけたらしい道具を有里へ渡す荒垣は、視線だけを動かしてアマネを見た。視線は上から下へ移動してからまたアマネの顔へ戻り、次にコロマルへと移る。
何かを探している様に思えたが、人の身体を観察して何を探すのかとすぐには思いつけなかった。荒垣の視線が有里へ移り、上着の破けた部分で止まったのを見てやっと理解する。
「さっきの戦闘で怪我はしてません」
「……そうか」
同じく気付いたらしい有里が言うと、荒垣はばつが悪そうに顔を逸らす。アマネは思わず有里と顔を見合わせて、少しだけ笑ってしまった。
彼は言葉では何も示さないが、心根は優しい部類の人なのだろう。人の怪我の有無を心配し、怪我をしていることを確かめてから治すように言うつもりだったのか。
恥ずかしくてか再び見つけたシャドウへ向かっていく荒垣の後を、コロマルが追いかける。
「やさしい、人なのかな」
「不器用な人、って感じもしますがね」
「……やさしくて不器用な人。うん。じゃあそれで」
有里の中で荒垣に対する評価が決まったらしい。剣を握って加勢の為に駆けて行く有里を追いかけながら、アマネは有里が下した評価について考えてみた。
やさしくは、あるのだろう。その優しさを上手く表に出すのは苦手そうで、だからアマネは不器用と言った。
同時に優しさの意味を間違えているという意味も込めていたけれど。
これが所謂『男は背中で物を語れ』というやつなのだろうか。
「……ねぇなぁ」
自分の考えを自分で完全に否定して、アマネはコロマルが止めを刺し損ねたシャドウへ蹴りを入れた。