ペルソナ3
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「……夏期講習なら、自分でも申し込みましたよ」
「そうか、斑鳩は真面目だな」
動物病院にコロマルを引き渡してもらいに行くと言う美鶴に同行を頼まれ、向かう途中で聞かれたのは来週から始まる夏期講習のことだった。
桐条は寮の全員を参加させるつもりの様で、既に申し込みもしているとか。アマネは元々その予定だったから構わないが、伊織などは嘆くだろう。
アマネだって学年一位を取ったのだから、そんな面倒なものへ参加する必要など無いとは思うが、親戚の家へ帰らない外聞的な理由になるし、佐藤からも誘われたのである。
というよりあれは脅迫だったが。
『お前のせいで点数が取れるようになったけど、だからって更に上を目指せって親に言われても、教師の授業じゃ分からない』というのが佐藤の言葉である。
自分の勉強の必要が無いからと佐藤の勉強をみていたせいだ。ある意味アマネにも責任があるのだろう。
その事を話すと美鶴が笑った。
「君は教師の代わりなのか」
「佐藤にとっては、そうなのかも知れないですね」
「戦いも良い動きをするし勉強も出来て料理も出来る。まったく、君は優秀だな」
「そんな事ねぇですよ。そう言えば、期末一位のご褒美の話ですけど」
「決まったのか?」
「有里先輩からMDを頂いたんですけど、プレーヤーを持ってねぇんです。ですからそれをおねだりしようと思いまして」
バイトもしていない学生には高めのおねだりになるが、もし断られたら自分で買う予定は立てている。他には目下欲しいものなど無かったし、美鶴に強請るには妥当だと思った。
「プレーヤー、か。分かった。今度手配しよう」
「……手配、かぁ」
「何か言ったか?」
「いえ」
コロマルを受け取る為の待ち合わせ場所では既にコロマルが待っていて、美鶴とアマネに気付いた途端アマネへと向かって駆け出してくる。
怪我が治ったことで洗われもしたのだろう。血の付いていない、触ると心地よい感触の白い毛並みを撫でると嬉しげに首を竦めた。しゃがんで怪我をしていた辺りを手で探れば、アマネが炎で治した場所は既に白い毛並みが生え始めている。
これから彼はペルソナ使いとして寮で暮らすらしい。
寮へ帰ってコロマルが今日から寮に住むことを全寮生へ告げ、来週からの夏期講習の話題になると予想通り伊織が嘆いた。
「ありえねーっ!」
「てか、あんた成績アレなんだから、行かなきゃダメに決まってるでしょ⁉」
「アレとか言うなっ! ああ、最悪だ。オマエらもだろ?」
「どうでもいい」
「残念ですが、俺は自分から申し込んだ派です」
「う、裏切り者っ!」
「ま、まぁ、少しの間ですから、頑張りましょう」
***
「コロマル、祭り一緒に行くかぁ?」
「ワンッ」
夏期講習の一週間は無事終わった。何故か合間の休み時間の度にアマネの周りにクラスメイトが詰め寄り、休み時間は常に直前の講習の復習になっていたが。原因はアマネのお陰で成績が良くなったと周囲に言い触らした佐藤にあったらしく、二日目からは諦めた。成績が維持できるのなら文句は言うまい。
講習明けの日曜日。
コロマルが元々住処としていた長嶋神社で祭りがあると聞いて、アマネはコロマルを誘ったのだ。
首輪にしっかりとリードを繋いで神社へ向かえば、コロマルは祭りの雰囲気に興奮している。まだ子犬だった頃にもここで祭りを経験していただろうし、その記憶が甦ったのかもしれない。
犬でも食べられるような物を選んで買って、人混みのない場所でコロマルと分け合って食べる。本当は人間用の味付けの物は犬には良くないのだが、喜んで食べるところを見ると、今までにも貰って食べた事があるのだろう。
食べ終えて顔を上げたコロマルの頭を撫でていると名前を呼ばれた。
「斑鳩! おっ前、オレの誘いは断って犬と祭りかよ!」
「……コロマル、ソイツは知り合いだから噛んで良し」
「噛んでいいの⁉」
ラフな格好の佐藤の両手にはしっかりと綿菓子やたこ焼きのパック。何故か腕には風船が結ばれていて頭にはお面まである。あのお面はフェザーマンという戦隊番組のものだったか。
「携帯お前からのメール来てねぇし。っていうか満喫してんなぁ」
「え、マジ……あ、送信出来てない。じゃあ今からでいいよ。一緒に祭り行こうぜ」
しゃがんでコロマルを撫でようとした佐藤の手から、逃げるようにコロマルがアマネの傍へ移動した。逃げられて落ち込む佐藤の手には焼きソバのものだと思われるソースが付いている。それに気付いて逃げたのであって佐藤に撫でられること自体は嫌がるつもりはなかっただろう。
「断る。俺今日はコロマルを連れて来たかっただけだし、コロマルが満足したら帰るぜぇ?」
「なんで犬優先っ……って、コイツここの犬じゃん」
気付くのが遅いとは思ったが黙っておいた。
「そっか、オマエ斑鳩に飼われることに、って、斑鳩寮暮らしじゃね?」
「……面倒見ることになったんだぁ。飼い主不在よりは自由に闊歩できるだろぉ」
決して、コロマルは飼い主だった神主を忘れたわけではない。だが恩を返す為、と言ったところでそれは多くの者には分かってもらえないのだ。アマネ達だってアイギスがいなければコロマルがただ懐いて寮へ来たと思ったかもしれない。ペルソナが使えなければそれも無かった話だが。
「へぇ。良かったなコロマル。新しい飼い主だってよ」
そうとは知らず人事のようにコロマルへ声を掛ける佐藤に、僅かに困ったようにアマネを見たコロマルを撫でる。
「クゥーン」
「ごめんなぁ」
「え、なんで謝ってんの? オレ何かした?」
「ワンッ」
「……そうだなぁ。お前がイカ焼きとお好み焼き奢ってくれたら許すってよぉ」
「犬はイカ食えないだろ。それお前が食べたいだけじゃん!」
***
「やっぱさ、映画は映画館で観ないと駄目だよな」
「……そうだなぁ」
映画祭り三日目。佐藤に強引に付き合わされ映画を観るのも三日目。
流石に三日も連続で違う作品とはいえ映画を観るのは、普段体力に自信があったアマネでも疲れた。先程見たばかりの映画の感想を熱く語っている佐藤はそんな事が無いようだが、よくもまぁ疲れないものである。
「っていうか、お前俺以外誘う奴いねぇのかぁ?」
「んー、居るけどさ、斑鳩なら分かんなかったとことか訊いたら解説出来んじゃん。あと字幕だけの外国映画観ても文句言わないし」
「別にいいけどよぉ」
疲れからの溜息を吐いて昼食を食べる為にワックへ向かう。今日の気分が二人揃ってジャンクフードなのは観終わった映画の影響だ。主人公がひどく美味そうにハンバーガーを食べているシーンがあったのである。
「……あ」
「どした?」
顔を上げた先にふと見覚えのある人物を見つけて、アマネは小さく声を洩らす。目敏く気付いた佐藤が聞いてきたのは無視して、アマネは佐藤に視線を向けた。
あちらはまだアマネに気付いた様子も無く、フラフラと歩いている。
「もう一人増えていいかぁ?」
「いいよ」
「じゃあ、メガネ一名ご案内ぃ」
「っ⁉ なんやねんいきなりっ⁉」
さり気無くすれ違い様に腕を掴んだ。アタッシュケースを脇に提げて歩いていたジンはアマネに気付いてはいなかったらしく、いきなり腕を掴まれて驚いていた。
『ストレガ』というのが集団の通称なのかタカヤ個人の通称なのか分からないが、つい先日アマネ達を地下へ閉じ込めた奴らの一人である。
「おま、この前の……!」
やっとアマネに気付いたのか、暴れて逃げようとするがアマネは腕を放さない。
「知り合い?」
「屋上でかくれんぼをしたり地下に閉じ込められたりした仲だぁ」
「へぇ。オレ佐藤って言うんだ。よろしく」
「ちょっ、おいっ、いい加減放せやボケェ!」
「放したら逃げるから嫌。佐藤、この人はジンって言って、まぁ見ての通りメガネだぁ」
「変な紹介スンナや! てかなんやねん自分ら! 」
「オレら昼飯ワック行くんだ」
「せっかくだし一緒に行こうぜぇ」
腹が減っていたのだろう。暴れるジンは意外にもその一言で黙り、アマネを睨みつけた。未だに後ろへ引っ張られる体制なので恰好はつけられていないが。
「……奢りなら行ったる」
「別にいいぜぇ。誘ったのは俺だし」
「あ、じゃあオレも奢りで!」
「いや佐藤は払えぇ。お前さっきの映画も割り勘だったじゃねぇかぁ」
ワックの店内で人の奢りだからといって欲張る事も無く、セットを一つ頼んだだけのジンを向かいに、アマネは黙々とポテトを摘む。隣では佐藤が映画の感想を語るのではなく、ジンに話しかけるほうに熱くなっていた。
「ジンってオレらと同い年? 斑鳩とどうやって知り合ったの?」
「さっき言ったじゃねぇかぁ。屋上でかくれんぼして地下で閉じ込められたり……」
「ちょお待てや。屋上でかくれんぼっていつの話や」
「七月の、白河通りのとこの屋上」
「何処でかくれんぼしてんだよお前ら。……あ、ワリ、親から電話だ」
席を立って電話をしに行った佐藤を見送ると、ジンが俯きがちにアマネを睨む。
「……屋上って、気付いてたんか」
「実のところ後ろで隠れて話を聞いてた。お前らに気付いたのはあの時が初めてだなぁ」
「……はん、オレらの行動なんざお見通しってワケかい」
「お見通しな訳無ぇだろぉ。たまたまだぁ」
「どの口で」
「お見通しだったら、俺はお前等が邪魔者になりそうだってんで殺してるかも知れねぇ」
咥えようとしていたポテトがジンの手から落ちた。
「目的の為なら邪魔者は消す。俺は『偽善』をそういうもんだと思ってる。だから簡単に『偽善』だなんて言わねぇほうがいいぜぇ?」
「……自分も一緒なんやな」
「誰と?」
「……自分みたいな考えの奴は、嫌いや」
「嫌いでも構わねぇよ。俺の考えは傲慢だってことぐらい分かってるからなぁ。今日はただ本当に、飯食いたかっただけだしぃ」
舌打ちしたジンがそっぽを向いた先で、佐藤が困った顔をしながら電話しているのが見える。
「アイツもペルソナ使えるんか?」
「佐藤は普通の友人だぁ。影時間への適正も無ぇしそんな物があるとも知らない、平々凡々の普通の高校生だよ」
ジンが何か呟いたようだったが、アマネには何も聞こえなかった。佐藤が強く電話を切ったかと思うと戻ってくる。
「ゴメン、用事出来た。悪ぃけど帰るな」
「大丈夫」
「多分明日も予定はいるから映画観れないや」
「……明日も観るつもりだったのかよぉ」
「明後日にまたメールする。ジンも、じゃあな」
「……気ぃつけて行きや」
携帯をしまうことも無く笑って店を出て行った佐藤が、店から出て窓の外を走っていった。あの顔色からして、大した用事ではないが呼び出されたというところか。
黙々と、既に食べるというより片付けているといった雰囲気でジンが残っていたポテトを頬張る。佐藤が居なくなればそのまま席を立つと思っていたのだが、意外と残さない性質なのかもしれない。
「いつも何食ってんだぁ?」
「色々や。自分に関係ないやろ」
「付き合わせたお詫びに、半裸にも何か持って帰ってやれよぉ。奢るから」
「半裸言うなや。……奢られるなら貰ったる」
***
長閑な夏休みの日中。アマネがラウンジで岳羽が放置したのだろう雑誌をめくっていると、何だが張り詰めた顔をして天田が外から帰ってきた。
その時ラウンジにいたのはアマネだけで、様子のおかしい天田に気付いて持っていた雑誌をソファへ放り投げて天田へ近付く。
「天田ぁ?」
「……アマネさん」
「どうかしたかぁ?」
「いえ、何でもないんです」
「何でもないって顔じゃねぇから聞いてんだけど」
アマネを見上げる天田の顔は僅かに青白い。炎天下の外から帰ってきたばかりにしてはおかしい顔色で、アマネはとりあえず天田の額へ手を伸ばした。
「熱がある訳じゃねぇなぁ。気持ち悪かったりは?」
「大丈夫です」
「……とりあえず一緒に麦茶飲もう。なぁ?」
背中へ手を添えてキッチンへ向かえば、天田はゆっくりと付いて来る。身体的な不調では無いようだけれど、今の天田を一人にするのは身体的にも精神的にもいけない気がした。
キッチンで冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出し、グラス二つに麦茶を注ぐ。後ろで椅子に座った天田は俯いて手を握り締めていた。
「ほら」
「ありがとうございます」
受け取っても飲もうとはしない。
これは重症だと思いながら、アマネは自分の分として淹れた麦茶を一息で飲み干した。
外へ出ていて何かあったのだろう。それもショックを受けるような。
「何か、あったのかぁ?」
本当はこういう聞き方では話してくれないだろうなと思いつつも、それ以外の言葉が浮かばない。アマネがテーブルへ置いたグラスをチラリと見て、天田は両手で持つグラスを見つめた。
「……アマネさんは、どうしてもやらなくちゃいけないことって、ありますか?」
これはまた難解な質問だ。
「……今は無ぇけど、昔はあったぜぇ」
「それはどういう」
「弟を守る」
「弟さん、いるんですか」
「今はいねぇよ」
アマネの言葉をアマネの両親が居ないという情報と照らし合わせて、弟も死んだのだと考えたのだろう。天田が申し訳無さそうな顔をする。
実際には『弟』がいたのは『昔』の話だし、アマネのほうが先に死んだのだが。
「すみません」
「構わねぇよ。で、天田にはそれがあるのかぁ?」
「……はい。でもずっと他の事とかがモヤモヤしてて」
おそらくは何かをきっかけに、その事を思い出したのか考え出したのか。
もしくは吹っ切れたのか。
いずれにせよ、まだ小学生の天田がしなければならない事など、普通ならありはしない。アマネの様に複雑な環境で生まれ育ち、何かきっかけがあって決意したというのならともかく、天田はアマネが知る限り母親がいないだけの普通の小学生だ。
「決意したならそれでもいいけど、頼むから心配だけはさせてくれるなぁ? 悩むくらいなら誰でもいいから相談しろぉ」
「……はい」
天田が麦茶を飲み干した。
***
「斑鳩、今いいか?」
自室で私物のノートパソコンを弄っていたところ部屋のドアをノックされ、ドア越しの美鶴の声に何かあっただろうかと急いで開けると、予想とは違い迎えた美鶴は和やかな表情だった。
「先日おねだりされた音楽プレーヤーだが、ついさっき届いてな。渡しにきたんだ」
そう言う美鶴の手にはさほど大きくは無い箱。パッケージには若干作られた感じのする写真が使われていて、美鶴に断ってその場で箱を開けると梱包材に包まれた本体が出てくる。
「性能は山岸と有里に相談したんだが、色は私が選んだ。……気に入らないか?」
梱包材を解いて現れたMDプレーヤーは、黒いメタリック塗装を思わせる色合いの物で、シンプルだ。美鶴がアマネを普段どう見てこの色を選んだのかは知らないが、なるほど自分のようだと思う。
プレーヤーをマジマジと観察してからアマネが顔を上げれば、美鶴が気に入らなかったのかと不安がっていて、その様子に思わず笑ってしまった。
「ありがとうございます。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。好きですから、こういう色」
「そうか。いや、用意しようと言った手前、君の好みなどは聞いていなかったと思ってな」
「蛍光色とかは苦手ですけど、虹の七色と黒と白、それに銀色が好きですね。さっそく使ってみてもいいですか?」
「ああ」
机の上で本体以外の付属品も丁寧に取り出し、コードを繋いで起動させる。当然充電は無かったが、予備電源として電池とも繋げられるタイプだったので、今はそちらを使うことにした。
イヤホンは慣れていないせいか少し違和感があるし合っていない様なので、後で合う物を買うことにする。
有里から貰ったディスクを入れて、起動。
「……おお」
思わず声を洩らしてドアのほうを振り返れば、今度は美鶴がアマネのその様子に吹き出した。慌てて口元を隠すが目が笑ったままだ。
「どうだ?」
「聞きますか?」
「……ずいぶん気に入ったようだな。私も嬉しいよ」
用件はそれだけだからと美鶴がドアを閉めて去っていってから椅子へ座り、イヤホンを外さないまま取扱説明書へ目を通す。
その間もイヤホンから流れ来る音楽。聞いたことがある気がするが、それが何処だったかまではまだ思い出せない。近くのスーパーのBGMではないと断言できるが。
もっと身近で、しかも昨日も聞いた気がする。
聞き覚えがあったのは最初の一曲だけでは無かった。一通り目を通した説明書と箱を片付けてから美鶴の話に出てきた二人の先輩を思い出し、その二人にもお礼を言う為に部屋から出ようとしたところで、それが何処で聞いたものだったかを唐突に思い出す。
有里のイヤホンから時折漏れて聞こえる曲。その中でもいいなと思っていたモノだ。
***
数日後の夜、理事長が何か話があるらしくて作戦室へ集められた。
「全員いるみたいだね。さ、入って」
メンバーが揃っている事を確認する幾月の声は僅かに硬く、扉の外へ掛けた声もまた硬い。
そんなに緊張しなければならない人物が入ってくるのかと思っていると、入ってきたのは今の時間ならいつもは既に部屋へ引っ込んでいる筈の天田だった。
「失礼します」
「まさか……」
言葉を失う真田とは違って、幾月は先程の緊張も何処へいったのか軽い口調に戻っている。
「色々調べさせてもらった結果、彼にも充分な『適正』があると分かってね。早速、仲間に加わってもらおうと思って、みんなに集まってもらったんだけど……」
「ま、待ってください理事長。彼はまだ初等科です。それに……」
「それに……何かな? 彼のペルソナ能力は確かだよ。鍛えれば、十分戦力になり得る」
「そいつ自身はいいと言ったんですか」
「僕のほうからお願いしたんです。僕にだって出来る事があると思うし……。それに、僕になんで『力』が目覚めたのか、ようやく、分かった気がするんです」
最後のほうの言葉は、先日顔色悪く帰ってきたときのことが関係しているのか。
礼儀正しく頭を下げる天田へ特に何も気にせず挨拶するアイギスも、年下で戦闘経験がない後輩の仲間が増えて嬉しいらしい伊織も、深く考えてはいないようだ。
戦力が増えた、という点では確かに嬉しいけれども、アマネはそっと天田を見る。
何かを決意したというより、箍が外れてしまったかのような笑顔は、小学生が浮かべるものでは無いだろうに。
話はこれだけだからと解散して皆が作戦室を出て行くなかで、階段を降りる天田を呼び止める。
「今、自分がどんな顔してるか分かってるかぁ?」
「アマネさんも、僕が加わる事には反対ですか?」
「違う」
「大丈夫ですよ。頑張りますから」
アマネの言葉を遮るように言った天田が、それ以上の会話をする気はないとばかりに階段を駆け下りていく。
今は何を言っても無理かもしれないと天田が駆け下りて行った階段を見下ろしていると、後ろから肩にそっと手が置かれた。
「斑鳩。どうかした?」
「有里先輩……何でも、ありません」
「そう」
天田には相談しろと言っておきながら、アマネ自身が言えていない。それに気付いて苦笑したアマネを有里が不思議そうに見下ろしてくる。数段上にいるので今だけはアマネよりも上に彼の顔があった。
「メンバーが増えてリーダーも大変ですね」
ごまかしの会話を、有里は変には思わなかったらしい。
「今度、天田の分の武器とか買いに行かないといけない」
「言ってくれれば手伝いますよ」
「斑鳩の武器も新調する」
「ありがとうございます」
「そうか、斑鳩は真面目だな」
動物病院にコロマルを引き渡してもらいに行くと言う美鶴に同行を頼まれ、向かう途中で聞かれたのは来週から始まる夏期講習のことだった。
桐条は寮の全員を参加させるつもりの様で、既に申し込みもしているとか。アマネは元々その予定だったから構わないが、伊織などは嘆くだろう。
アマネだって学年一位を取ったのだから、そんな面倒なものへ参加する必要など無いとは思うが、親戚の家へ帰らない外聞的な理由になるし、佐藤からも誘われたのである。
というよりあれは脅迫だったが。
『お前のせいで点数が取れるようになったけど、だからって更に上を目指せって親に言われても、教師の授業じゃ分からない』というのが佐藤の言葉である。
自分の勉強の必要が無いからと佐藤の勉強をみていたせいだ。ある意味アマネにも責任があるのだろう。
その事を話すと美鶴が笑った。
「君は教師の代わりなのか」
「佐藤にとっては、そうなのかも知れないですね」
「戦いも良い動きをするし勉強も出来て料理も出来る。まったく、君は優秀だな」
「そんな事ねぇですよ。そう言えば、期末一位のご褒美の話ですけど」
「決まったのか?」
「有里先輩からMDを頂いたんですけど、プレーヤーを持ってねぇんです。ですからそれをおねだりしようと思いまして」
バイトもしていない学生には高めのおねだりになるが、もし断られたら自分で買う予定は立てている。他には目下欲しいものなど無かったし、美鶴に強請るには妥当だと思った。
「プレーヤー、か。分かった。今度手配しよう」
「……手配、かぁ」
「何か言ったか?」
「いえ」
コロマルを受け取る為の待ち合わせ場所では既にコロマルが待っていて、美鶴とアマネに気付いた途端アマネへと向かって駆け出してくる。
怪我が治ったことで洗われもしたのだろう。血の付いていない、触ると心地よい感触の白い毛並みを撫でると嬉しげに首を竦めた。しゃがんで怪我をしていた辺りを手で探れば、アマネが炎で治した場所は既に白い毛並みが生え始めている。
これから彼はペルソナ使いとして寮で暮らすらしい。
寮へ帰ってコロマルが今日から寮に住むことを全寮生へ告げ、来週からの夏期講習の話題になると予想通り伊織が嘆いた。
「ありえねーっ!」
「てか、あんた成績アレなんだから、行かなきゃダメに決まってるでしょ⁉」
「アレとか言うなっ! ああ、最悪だ。オマエらもだろ?」
「どうでもいい」
「残念ですが、俺は自分から申し込んだ派です」
「う、裏切り者っ!」
「ま、まぁ、少しの間ですから、頑張りましょう」
***
「コロマル、祭り一緒に行くかぁ?」
「ワンッ」
夏期講習の一週間は無事終わった。何故か合間の休み時間の度にアマネの周りにクラスメイトが詰め寄り、休み時間は常に直前の講習の復習になっていたが。原因はアマネのお陰で成績が良くなったと周囲に言い触らした佐藤にあったらしく、二日目からは諦めた。成績が維持できるのなら文句は言うまい。
講習明けの日曜日。
コロマルが元々住処としていた長嶋神社で祭りがあると聞いて、アマネはコロマルを誘ったのだ。
首輪にしっかりとリードを繋いで神社へ向かえば、コロマルは祭りの雰囲気に興奮している。まだ子犬だった頃にもここで祭りを経験していただろうし、その記憶が甦ったのかもしれない。
犬でも食べられるような物を選んで買って、人混みのない場所でコロマルと分け合って食べる。本当は人間用の味付けの物は犬には良くないのだが、喜んで食べるところを見ると、今までにも貰って食べた事があるのだろう。
食べ終えて顔を上げたコロマルの頭を撫でていると名前を呼ばれた。
「斑鳩! おっ前、オレの誘いは断って犬と祭りかよ!」
「……コロマル、ソイツは知り合いだから噛んで良し」
「噛んでいいの⁉」
ラフな格好の佐藤の両手にはしっかりと綿菓子やたこ焼きのパック。何故か腕には風船が結ばれていて頭にはお面まである。あのお面はフェザーマンという戦隊番組のものだったか。
「携帯お前からのメール来てねぇし。っていうか満喫してんなぁ」
「え、マジ……あ、送信出来てない。じゃあ今からでいいよ。一緒に祭り行こうぜ」
しゃがんでコロマルを撫でようとした佐藤の手から、逃げるようにコロマルがアマネの傍へ移動した。逃げられて落ち込む佐藤の手には焼きソバのものだと思われるソースが付いている。それに気付いて逃げたのであって佐藤に撫でられること自体は嫌がるつもりはなかっただろう。
「断る。俺今日はコロマルを連れて来たかっただけだし、コロマルが満足したら帰るぜぇ?」
「なんで犬優先っ……って、コイツここの犬じゃん」
気付くのが遅いとは思ったが黙っておいた。
「そっか、オマエ斑鳩に飼われることに、って、斑鳩寮暮らしじゃね?」
「……面倒見ることになったんだぁ。飼い主不在よりは自由に闊歩できるだろぉ」
決して、コロマルは飼い主だった神主を忘れたわけではない。だが恩を返す為、と言ったところでそれは多くの者には分かってもらえないのだ。アマネ達だってアイギスがいなければコロマルがただ懐いて寮へ来たと思ったかもしれない。ペルソナが使えなければそれも無かった話だが。
「へぇ。良かったなコロマル。新しい飼い主だってよ」
そうとは知らず人事のようにコロマルへ声を掛ける佐藤に、僅かに困ったようにアマネを見たコロマルを撫でる。
「クゥーン」
「ごめんなぁ」
「え、なんで謝ってんの? オレ何かした?」
「ワンッ」
「……そうだなぁ。お前がイカ焼きとお好み焼き奢ってくれたら許すってよぉ」
「犬はイカ食えないだろ。それお前が食べたいだけじゃん!」
***
「やっぱさ、映画は映画館で観ないと駄目だよな」
「……そうだなぁ」
映画祭り三日目。佐藤に強引に付き合わされ映画を観るのも三日目。
流石に三日も連続で違う作品とはいえ映画を観るのは、普段体力に自信があったアマネでも疲れた。先程見たばかりの映画の感想を熱く語っている佐藤はそんな事が無いようだが、よくもまぁ疲れないものである。
「っていうか、お前俺以外誘う奴いねぇのかぁ?」
「んー、居るけどさ、斑鳩なら分かんなかったとことか訊いたら解説出来んじゃん。あと字幕だけの外国映画観ても文句言わないし」
「別にいいけどよぉ」
疲れからの溜息を吐いて昼食を食べる為にワックへ向かう。今日の気分が二人揃ってジャンクフードなのは観終わった映画の影響だ。主人公がひどく美味そうにハンバーガーを食べているシーンがあったのである。
「……あ」
「どした?」
顔を上げた先にふと見覚えのある人物を見つけて、アマネは小さく声を洩らす。目敏く気付いた佐藤が聞いてきたのは無視して、アマネは佐藤に視線を向けた。
あちらはまだアマネに気付いた様子も無く、フラフラと歩いている。
「もう一人増えていいかぁ?」
「いいよ」
「じゃあ、メガネ一名ご案内ぃ」
「っ⁉ なんやねんいきなりっ⁉」
さり気無くすれ違い様に腕を掴んだ。アタッシュケースを脇に提げて歩いていたジンはアマネに気付いてはいなかったらしく、いきなり腕を掴まれて驚いていた。
『ストレガ』というのが集団の通称なのかタカヤ個人の通称なのか分からないが、つい先日アマネ達を地下へ閉じ込めた奴らの一人である。
「おま、この前の……!」
やっとアマネに気付いたのか、暴れて逃げようとするがアマネは腕を放さない。
「知り合い?」
「屋上でかくれんぼをしたり地下に閉じ込められたりした仲だぁ」
「へぇ。オレ佐藤って言うんだ。よろしく」
「ちょっ、おいっ、いい加減放せやボケェ!」
「放したら逃げるから嫌。佐藤、この人はジンって言って、まぁ見ての通りメガネだぁ」
「変な紹介スンナや! てかなんやねん自分ら! 」
「オレら昼飯ワック行くんだ」
「せっかくだし一緒に行こうぜぇ」
腹が減っていたのだろう。暴れるジンは意外にもその一言で黙り、アマネを睨みつけた。未だに後ろへ引っ張られる体制なので恰好はつけられていないが。
「……奢りなら行ったる」
「別にいいぜぇ。誘ったのは俺だし」
「あ、じゃあオレも奢りで!」
「いや佐藤は払えぇ。お前さっきの映画も割り勘だったじゃねぇかぁ」
ワックの店内で人の奢りだからといって欲張る事も無く、セットを一つ頼んだだけのジンを向かいに、アマネは黙々とポテトを摘む。隣では佐藤が映画の感想を語るのではなく、ジンに話しかけるほうに熱くなっていた。
「ジンってオレらと同い年? 斑鳩とどうやって知り合ったの?」
「さっき言ったじゃねぇかぁ。屋上でかくれんぼして地下で閉じ込められたり……」
「ちょお待てや。屋上でかくれんぼっていつの話や」
「七月の、白河通りのとこの屋上」
「何処でかくれんぼしてんだよお前ら。……あ、ワリ、親から電話だ」
席を立って電話をしに行った佐藤を見送ると、ジンが俯きがちにアマネを睨む。
「……屋上って、気付いてたんか」
「実のところ後ろで隠れて話を聞いてた。お前らに気付いたのはあの時が初めてだなぁ」
「……はん、オレらの行動なんざお見通しってワケかい」
「お見通しな訳無ぇだろぉ。たまたまだぁ」
「どの口で」
「お見通しだったら、俺はお前等が邪魔者になりそうだってんで殺してるかも知れねぇ」
咥えようとしていたポテトがジンの手から落ちた。
「目的の為なら邪魔者は消す。俺は『偽善』をそういうもんだと思ってる。だから簡単に『偽善』だなんて言わねぇほうがいいぜぇ?」
「……自分も一緒なんやな」
「誰と?」
「……自分みたいな考えの奴は、嫌いや」
「嫌いでも構わねぇよ。俺の考えは傲慢だってことぐらい分かってるからなぁ。今日はただ本当に、飯食いたかっただけだしぃ」
舌打ちしたジンがそっぽを向いた先で、佐藤が困った顔をしながら電話しているのが見える。
「アイツもペルソナ使えるんか?」
「佐藤は普通の友人だぁ。影時間への適正も無ぇしそんな物があるとも知らない、平々凡々の普通の高校生だよ」
ジンが何か呟いたようだったが、アマネには何も聞こえなかった。佐藤が強く電話を切ったかと思うと戻ってくる。
「ゴメン、用事出来た。悪ぃけど帰るな」
「大丈夫」
「多分明日も予定はいるから映画観れないや」
「……明日も観るつもりだったのかよぉ」
「明後日にまたメールする。ジンも、じゃあな」
「……気ぃつけて行きや」
携帯をしまうことも無く笑って店を出て行った佐藤が、店から出て窓の外を走っていった。あの顔色からして、大した用事ではないが呼び出されたというところか。
黙々と、既に食べるというより片付けているといった雰囲気でジンが残っていたポテトを頬張る。佐藤が居なくなればそのまま席を立つと思っていたのだが、意外と残さない性質なのかもしれない。
「いつも何食ってんだぁ?」
「色々や。自分に関係ないやろ」
「付き合わせたお詫びに、半裸にも何か持って帰ってやれよぉ。奢るから」
「半裸言うなや。……奢られるなら貰ったる」
***
長閑な夏休みの日中。アマネがラウンジで岳羽が放置したのだろう雑誌をめくっていると、何だが張り詰めた顔をして天田が外から帰ってきた。
その時ラウンジにいたのはアマネだけで、様子のおかしい天田に気付いて持っていた雑誌をソファへ放り投げて天田へ近付く。
「天田ぁ?」
「……アマネさん」
「どうかしたかぁ?」
「いえ、何でもないんです」
「何でもないって顔じゃねぇから聞いてんだけど」
アマネを見上げる天田の顔は僅かに青白い。炎天下の外から帰ってきたばかりにしてはおかしい顔色で、アマネはとりあえず天田の額へ手を伸ばした。
「熱がある訳じゃねぇなぁ。気持ち悪かったりは?」
「大丈夫です」
「……とりあえず一緒に麦茶飲もう。なぁ?」
背中へ手を添えてキッチンへ向かえば、天田はゆっくりと付いて来る。身体的な不調では無いようだけれど、今の天田を一人にするのは身体的にも精神的にもいけない気がした。
キッチンで冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出し、グラス二つに麦茶を注ぐ。後ろで椅子に座った天田は俯いて手を握り締めていた。
「ほら」
「ありがとうございます」
受け取っても飲もうとはしない。
これは重症だと思いながら、アマネは自分の分として淹れた麦茶を一息で飲み干した。
外へ出ていて何かあったのだろう。それもショックを受けるような。
「何か、あったのかぁ?」
本当はこういう聞き方では話してくれないだろうなと思いつつも、それ以外の言葉が浮かばない。アマネがテーブルへ置いたグラスをチラリと見て、天田は両手で持つグラスを見つめた。
「……アマネさんは、どうしてもやらなくちゃいけないことって、ありますか?」
これはまた難解な質問だ。
「……今は無ぇけど、昔はあったぜぇ」
「それはどういう」
「弟を守る」
「弟さん、いるんですか」
「今はいねぇよ」
アマネの言葉をアマネの両親が居ないという情報と照らし合わせて、弟も死んだのだと考えたのだろう。天田が申し訳無さそうな顔をする。
実際には『弟』がいたのは『昔』の話だし、アマネのほうが先に死んだのだが。
「すみません」
「構わねぇよ。で、天田にはそれがあるのかぁ?」
「……はい。でもずっと他の事とかがモヤモヤしてて」
おそらくは何かをきっかけに、その事を思い出したのか考え出したのか。
もしくは吹っ切れたのか。
いずれにせよ、まだ小学生の天田がしなければならない事など、普通ならありはしない。アマネの様に複雑な環境で生まれ育ち、何かきっかけがあって決意したというのならともかく、天田はアマネが知る限り母親がいないだけの普通の小学生だ。
「決意したならそれでもいいけど、頼むから心配だけはさせてくれるなぁ? 悩むくらいなら誰でもいいから相談しろぉ」
「……はい」
天田が麦茶を飲み干した。
***
「斑鳩、今いいか?」
自室で私物のノートパソコンを弄っていたところ部屋のドアをノックされ、ドア越しの美鶴の声に何かあっただろうかと急いで開けると、予想とは違い迎えた美鶴は和やかな表情だった。
「先日おねだりされた音楽プレーヤーだが、ついさっき届いてな。渡しにきたんだ」
そう言う美鶴の手にはさほど大きくは無い箱。パッケージには若干作られた感じのする写真が使われていて、美鶴に断ってその場で箱を開けると梱包材に包まれた本体が出てくる。
「性能は山岸と有里に相談したんだが、色は私が選んだ。……気に入らないか?」
梱包材を解いて現れたMDプレーヤーは、黒いメタリック塗装を思わせる色合いの物で、シンプルだ。美鶴がアマネを普段どう見てこの色を選んだのかは知らないが、なるほど自分のようだと思う。
プレーヤーをマジマジと観察してからアマネが顔を上げれば、美鶴が気に入らなかったのかと不安がっていて、その様子に思わず笑ってしまった。
「ありがとうございます。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。好きですから、こういう色」
「そうか。いや、用意しようと言った手前、君の好みなどは聞いていなかったと思ってな」
「蛍光色とかは苦手ですけど、虹の七色と黒と白、それに銀色が好きですね。さっそく使ってみてもいいですか?」
「ああ」
机の上で本体以外の付属品も丁寧に取り出し、コードを繋いで起動させる。当然充電は無かったが、予備電源として電池とも繋げられるタイプだったので、今はそちらを使うことにした。
イヤホンは慣れていないせいか少し違和感があるし合っていない様なので、後で合う物を買うことにする。
有里から貰ったディスクを入れて、起動。
「……おお」
思わず声を洩らしてドアのほうを振り返れば、今度は美鶴がアマネのその様子に吹き出した。慌てて口元を隠すが目が笑ったままだ。
「どうだ?」
「聞きますか?」
「……ずいぶん気に入ったようだな。私も嬉しいよ」
用件はそれだけだからと美鶴がドアを閉めて去っていってから椅子へ座り、イヤホンを外さないまま取扱説明書へ目を通す。
その間もイヤホンから流れ来る音楽。聞いたことがある気がするが、それが何処だったかまではまだ思い出せない。近くのスーパーのBGMではないと断言できるが。
もっと身近で、しかも昨日も聞いた気がする。
聞き覚えがあったのは最初の一曲だけでは無かった。一通り目を通した説明書と箱を片付けてから美鶴の話に出てきた二人の先輩を思い出し、その二人にもお礼を言う為に部屋から出ようとしたところで、それが何処で聞いたものだったかを唐突に思い出す。
有里のイヤホンから時折漏れて聞こえる曲。その中でもいいなと思っていたモノだ。
***
数日後の夜、理事長が何か話があるらしくて作戦室へ集められた。
「全員いるみたいだね。さ、入って」
メンバーが揃っている事を確認する幾月の声は僅かに硬く、扉の外へ掛けた声もまた硬い。
そんなに緊張しなければならない人物が入ってくるのかと思っていると、入ってきたのは今の時間ならいつもは既に部屋へ引っ込んでいる筈の天田だった。
「失礼します」
「まさか……」
言葉を失う真田とは違って、幾月は先程の緊張も何処へいったのか軽い口調に戻っている。
「色々調べさせてもらった結果、彼にも充分な『適正』があると分かってね。早速、仲間に加わってもらおうと思って、みんなに集まってもらったんだけど……」
「ま、待ってください理事長。彼はまだ初等科です。それに……」
「それに……何かな? 彼のペルソナ能力は確かだよ。鍛えれば、十分戦力になり得る」
「そいつ自身はいいと言ったんですか」
「僕のほうからお願いしたんです。僕にだって出来る事があると思うし……。それに、僕になんで『力』が目覚めたのか、ようやく、分かった気がするんです」
最後のほうの言葉は、先日顔色悪く帰ってきたときのことが関係しているのか。
礼儀正しく頭を下げる天田へ特に何も気にせず挨拶するアイギスも、年下で戦闘経験がない後輩の仲間が増えて嬉しいらしい伊織も、深く考えてはいないようだ。
戦力が増えた、という点では確かに嬉しいけれども、アマネはそっと天田を見る。
何かを決意したというより、箍が外れてしまったかのような笑顔は、小学生が浮かべるものでは無いだろうに。
話はこれだけだからと解散して皆が作戦室を出て行くなかで、階段を降りる天田を呼び止める。
「今、自分がどんな顔してるか分かってるかぁ?」
「アマネさんも、僕が加わる事には反対ですか?」
「違う」
「大丈夫ですよ。頑張りますから」
アマネの言葉を遮るように言った天田が、それ以上の会話をする気はないとばかりに階段を駆け下りていく。
今は何を言っても無理かもしれないと天田が駆け下りて行った階段を見下ろしていると、後ろから肩にそっと手が置かれた。
「斑鳩。どうかした?」
「有里先輩……何でも、ありません」
「そう」
天田には相談しろと言っておきながら、アマネ自身が言えていない。それに気付いて苦笑したアマネを有里が不思議そうに見下ろしてくる。数段上にいるので今だけはアマネよりも上に彼の顔があった。
「メンバーが増えてリーダーも大変ですね」
ごまかしの会話を、有里は変には思わなかったらしい。
「今度、天田の分の武器とか買いに行かないといけない」
「言ってくれれば手伝いますよ」
「斑鳩の武器も新調する」
「ありがとうございます」