ペルソナ3
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屋久島旅行三日目。
今日はアイギスも一緒に海へ来た。男女も別れて別行動ではなく全員がいる。
「んー、華の屋久島旅行も、はや三日目か。明日はもう帰るだけだし、正直、三日じゃ短けーよなぁ……。まあでも、それっぽっちの割にゃ色々あったか」
「理事長の歌とか、お前の歌とかな……」
せっかく思い出さないでいたのに真田の一言で昨夜の事を思い出してしまった。
昨日の夜は旅行中の夜という事もあってカラオケ大会が行われたのである。とはいえアマネは自身の音痴を自覚しているので絶対にマイクは握らなかった。岳羽や伊織には一度となく歌うように促されたが、これだけは絶対に譲れないとアマネも最後まで自身の矜持を守り切ったのである。
代わりに、音痴であることを自覚していないらしい幾月の実質騒音な歌唱からは逃げきれなかったが。伊織は幾月ほど下手ではないものの歌のチョイスが微妙だった。彼はきっと自分の声質に合った歌を歌えば化ける気がする。
「おかげで昨日の晩は、殆ど寝られなかった」
「海岸で、何かの任務でしょうか?」
海岸へ来た理由が分かっていないらしいアイギスが問いかける。彼女が機械である事は公にするものではないと分かっているらしく、彼女は昨日と同じワンピースを着ていた。このワンピースは彼女の体の機械の部分を覆っている。
「ハハ、そんなんじゃねって。ただ遊びに来ただけだ」
「そう言えばアイギスは『遊ぶ』って分かる?」
「もちろん分かるであります。娯楽は心の栄養です」
「おおー、そうそう。へぇ、結構フツーに話せんじゃん。ま、とりあえず帰る前に、いっぺんくらいちゃんと泳ごうぜ」
伊織がアイギスの手を引いて波打ち際へ走っていく。泳ぐにしてもやはり伊織は野球帽を外さないらしい。アマネが髪を伸ばしているのと同じ様に、何か理由があるのだろうか。
「あ、ちょっと、順平くんっ……アイギス、塩水に浸けて平気なのかな」
「そんなヤワじゃないでしょ」
心配する山岸と楽観視する岳羽の向こうから、アイギスだけが帰ってきた。
「あれ、海に入るんじゃないの?」
「皆さんも、ご一緒されるのがいいであります。一人だけが楽しい行動は、本当の『遊ぶ』ではないであります」
「えー、メンドいなぁ。ヘンなとこ律儀なんだから……」
そう言いながらも岳羽は楽しげにアイギスと海へ向かう。
「私たちも、行きましょうか」
「……そうだな」
美鶴と山岸も海へ向かい、アマネも行こうとパーカーを脱いだところで幾月がやってきた。暑い海岸だというのに水着ではなく普段着だ。流石にそれはアマネも暑そうだと思うのだが、幾月は気にした様子も無い。
「どうだい、楽しんでる? いやぁ、色々あったけど、何とか今日は終日羽根を伸ばせそうだね」
「……そうですね」
相槌を打った真田が伊織に呼ばれる。
「ハハ、楽しそうで良かったよ。明日の事だけど、帰りの船の時間は言ってあったよね? 僕は多分、先に港へ行ってると思う。朝早いから、遅れないようにね」
「はい、伝えておきます」
「じゃ、寮に帰ったら、また宜しく頼むよ」
「はい」
海のほうから今度は有里が呼ばれた。続いてアマネともう一度真田も。
「やれやれ。オレたちも行くか」
「はい」
準備運動代わりに伸びをして、海へ向かって歩き出した。
***
「これ、屋久島のお土産」
「これは……ありがとうございます」
実のところ何処でも売っている星の砂とクッキーの箱を渡すと、エリザベスは何かに驚いてから受け取った。どうやら気になったのは星の砂らしい。
「星の砂。地球外宇宙より落下した隕石の破片ではなく、サンゴの死骸。随分とお集めいただき大変だったでしょう。ありがとうございます」
「……うん。そういう作業を仕事にしている人もいるんじゃねぇのぉ?」
マジマジと星の砂という死骸の詰まった小瓶を見つめるエリザベスにため息を吐くと、目の前に紅茶のカップが置かれた。エリザベスが動いていないのだからこれはイゴールが淹れたことになる気がしたが、深く考えるのは止める。
「今日は何用でしょうかな?」
「あー、ちょっとなぁ。聞いてもらっていいかぁ?」
「どうぞ」
イゴールは目線だけをこちらへ向けて笑った。
「……屋久島で仲間になった対シャドウ兵器のアイギス。彼女は機械で何故か有里先輩を第一認識してたんだけどよぉ。俺の事も不思議そうに見てたんだぁ」
彼女の思考は分からないので有里を重要視する理由は分からない。だが彼女がアマネを見る理由は以前だったら分かった。
正確には『意思のある機械』が『アマネ』を見る理由。
「でもそれはさぁ、ペルソナ――イブリスに持ってかれてるんじゃねぇの?」
「さて……貴方様は少し考えすぎておられるようですな」
紅茶が美味い。
「確かにペルソナは貴方様のもう一人の貴方ではございますが、かの姿を具現化出来るからと言って、完全に貴方様と切り離されたわけではございません。ペルソナは鏡に映るもう一人の貴方。端的に言ってしまうとそれだけのことなのでございますよ」
「……つまり、俺が持っていた性質は俺の中に残っていると? でもそしたら、なんで炎や『×××』が使えなくなったんだぁ?」
「……私はその二つを知りません故、何とも言えませんな」
イゴールが目を伏せる。結局肝心な部分は自分で気付くなり考えるなりしろということか。
今までの自分の答えが合っているかも分からないこの状況で、そんな放置プレイは少し困る。
分かったのは、動植物や機械生物に懐かれるというアマネの性質はイブリスの形成に使われず、今もアマネの中へ残っているという事。
イブリスの形成に炎や『×××』を使うための部分が使われたとして、それはアマネの内面の何処の部分なのだろうか。
もう一人の自分。無意識の内面。奥底の心理。
「……イブリスは俺。でも俺はイブリスじゃねぇ」
「そうですな」
イブリスはアマネの『一部』
***
新しく巌戸台分寮の一員となったアイギスは入寮直後から騒々しく、どういった理由からなのかス町に有里の部屋へ侵入するといった問題行動を起こした。機械乙女であるせいなのか他の理由からなのか、人間社会での常識を前提に行動してくれない彼女に、学校へ行かなければならない寮生達はしかし不安を覚えている様だった。
いくら相手が機械乙女だといえ、自分がいない間に自室に忍び込まれたり寮の備品を壊されたりするのではないかと考えてしまうのは、多感な年頃でなくとも当然のことだろう。アマネだって自分が不在の間にキッチンの調理器具を壊されたら落ち込む。
そもそも有里を重要視しているらしい彼女は部屋へ忍び込むだけでは飽き足らず、学校にへも有里を追いかけていきそうな勢いだった。
そんなアイギスを眺めて、試しにやってみるかとアマネは寮を出る前に、アイギスへ話し掛けてみる。
「アイギスさん」
「何でありますか」
「ここへ住んでいる人達は学生という社会的立場を持っています。平日は学校という場所で勉学を学ぶことを生業としています。なので俺達は学校へ行ってきます。アイギスさんは学生ではないので、今日のところはここで待機をお願いします」
「それは命令ですか」
「いいえ、お願いです」
「了解いたしました。私はアマネさんのお願いを聞くであります」
後ろでおお、とどよめきが聞こえた。伊織が見ていたらしい。
「斑鳩オマエ、よくいう事聞かせられるな」
「ちゃんとそうする理由を理解できるように言えば分かるんですよ。人間的感情があるなら慣れてくればそれも必要無くなるでしょうから、どうしてって聞いてくる子供に言い聞かせるように言えばいいんです」
「なるほどー」
学校に行って佐藤に土産と、旅行中に頼んで撮らせてもらった美鶴の水着姿写真を渡すと凄い勢いで喜ばれた。泣き出すのではないかというくらい騒いだので、最終的に叩いて黙らせる。
ついでに、最近少しずつではあるがよく話すようになった伏見にも土産を渡すと、顔を真っ赤にして御礼を言われた。たった一言のお礼でもどもっていたが、いきなり貰えると思っていなかった土産を貰えて驚いたのだろう。
昼休みに試験の順位が発表されて、見に行けばアマネは当然の如く一位だった。
「おま、スゲェな」
「んなことより見ろぉ。五位も上がってるじゃねぇかぁ!」
「いやオレの順位で喜ぶなよ」
「だってお前、せっかく教えたのに下がってたり変わってなかったら悔しいだろぉ?」
佐藤の順位も中間試験の時より上がっている。一気に五位も上がるというのは教えた甲斐があったというかなんというか。
自分の点数など一位になれるようにやったのだからどうでもいい。
二年と三年の順位も見てみると、三年は変わらず美鶴が一位だったが、二年では有里が一位になっていた。
分寮に住む三人が全学年で一位を取るというのは、何か色々大丈夫なのだろうか。
「この有里って人もお前と同じ寮だろ? お前んとこの寮、頭いい奴がいる寮なの?」
「……この人も同じ寮だぜぇ」
後で伊織に謝ろうと思いつつ下の方に掲示されていた伊織の名前を指差す。佐藤は伊織の順位を見て関係ないと分かったらしい。
「さて、順位上がったお祝いに今日はオレに付き合えよ。はがくれ行こうぜ」
早く帰ってアイギスの相手、はしなくても大丈夫か。
***
放課後に佐藤と期末試験の打ち上げと称してはがくれに寄り、少し遅くなりつつも寮に帰るとアイギスが寄ってきた。
「無事の帰還を確認したであります」
「戦場から帰ってきた訳ではなく、日常行動での帰還は『おかえりなさい』で構いません」
「危険地域よりの帰還ではない場合の言動、でありますか。なるほどなー」
今の説明は少し悪かった気がするが、細かいニュアンスはまだ分からないだろう。すぐ後ろから有里が帰ってきた。
「湊さん、おかえりなさいであります」
言ってから、これで良いのかと視線がアマネへと向けられる。頷きを返すとアイギスは有里の横へ移動した。これは彼女の思考行動だと思ったので、有里も何も言わないしアマネは止めさせない。
「試験結果、見たよ」
「あ、はい。俺も見ました。桐条先輩といい有里先輩といい、頭が良いんですね」
「斑鳩だって一位だった。頑張ったね」
以前言ったことをまだ覚えているのか手を伸ばして頭を撫でられる。自分のせいだとは分かっているが、どうにも居た堪れない。
アマネ自身こうすればいいと教えられた身だが、もしかして当時アマネが撫でていた彼らもこういう気分だったのだろうかと今更になって思う。一言言わせてもらうなら、文句はこの動作をアマネに教えた看護婦長に言ってほしい。
今日は横でアイギスがじっと見ているから尚更恥ずかしかった。
「二人とも、帰ってきたのか」
振り向くと美鶴が階段を降りて来たところで、アマネを見ると少しだけ微笑んで近付いてきた。
「試験結果、見たぞ。本当に一位を取るとはな」
「心配無用と言い切った手前、この程度は出来ませんとね」
「有里も首位だったし、同じ寮に住む後輩が優秀で喜ばしいよ」
そういう美鶴こそ連続で首位を取り続けている。続ける努力がその場所を維持させているのだろうが、そのほうがアマネとしては見習うべき凄い事だと思った。
アマネが勉強できるのは、今までの『経験』によるものなのだから。
「約束通り、斑鳩には何か褒美を上げなくてはいけないな。後で教えてくれるか?」
「分かりました」
去っていく美鶴にアマネも部屋へ行こうとすると腕を掴まれた。何だと思って振り返ると有里がアマネの腕を掴んでいる。
「何ですか?」
「褒美って何の話?」
「ああ。前にそういう話をしたんですよ。俺が期末で一位を取ったら褒美をやるって」
「……オレも」
アイギスが有里を見て首を傾げた。
「オレも何かあげようか、ご褒美」
「え、いや、何でですか」
「あげたい」
「はぁ」
今度はアマネが首を傾げたくなってしまう。普通褒美を貰えるアマネを羨ましがるだろうに、何故あげる側の美鶴を羨ましがったのか。
そういうところ、未だに有里が分からない。
今日はアイギスも一緒に海へ来た。男女も別れて別行動ではなく全員がいる。
「んー、華の屋久島旅行も、はや三日目か。明日はもう帰るだけだし、正直、三日じゃ短けーよなぁ……。まあでも、それっぽっちの割にゃ色々あったか」
「理事長の歌とか、お前の歌とかな……」
せっかく思い出さないでいたのに真田の一言で昨夜の事を思い出してしまった。
昨日の夜は旅行中の夜という事もあってカラオケ大会が行われたのである。とはいえアマネは自身の音痴を自覚しているので絶対にマイクは握らなかった。岳羽や伊織には一度となく歌うように促されたが、これだけは絶対に譲れないとアマネも最後まで自身の矜持を守り切ったのである。
代わりに、音痴であることを自覚していないらしい幾月の実質騒音な歌唱からは逃げきれなかったが。伊織は幾月ほど下手ではないものの歌のチョイスが微妙だった。彼はきっと自分の声質に合った歌を歌えば化ける気がする。
「おかげで昨日の晩は、殆ど寝られなかった」
「海岸で、何かの任務でしょうか?」
海岸へ来た理由が分かっていないらしいアイギスが問いかける。彼女が機械である事は公にするものではないと分かっているらしく、彼女は昨日と同じワンピースを着ていた。このワンピースは彼女の体の機械の部分を覆っている。
「ハハ、そんなんじゃねって。ただ遊びに来ただけだ」
「そう言えばアイギスは『遊ぶ』って分かる?」
「もちろん分かるであります。娯楽は心の栄養です」
「おおー、そうそう。へぇ、結構フツーに話せんじゃん。ま、とりあえず帰る前に、いっぺんくらいちゃんと泳ごうぜ」
伊織がアイギスの手を引いて波打ち際へ走っていく。泳ぐにしてもやはり伊織は野球帽を外さないらしい。アマネが髪を伸ばしているのと同じ様に、何か理由があるのだろうか。
「あ、ちょっと、順平くんっ……アイギス、塩水に浸けて平気なのかな」
「そんなヤワじゃないでしょ」
心配する山岸と楽観視する岳羽の向こうから、アイギスだけが帰ってきた。
「あれ、海に入るんじゃないの?」
「皆さんも、ご一緒されるのがいいであります。一人だけが楽しい行動は、本当の『遊ぶ』ではないであります」
「えー、メンドいなぁ。ヘンなとこ律儀なんだから……」
そう言いながらも岳羽は楽しげにアイギスと海へ向かう。
「私たちも、行きましょうか」
「……そうだな」
美鶴と山岸も海へ向かい、アマネも行こうとパーカーを脱いだところで幾月がやってきた。暑い海岸だというのに水着ではなく普段着だ。流石にそれはアマネも暑そうだと思うのだが、幾月は気にした様子も無い。
「どうだい、楽しんでる? いやぁ、色々あったけど、何とか今日は終日羽根を伸ばせそうだね」
「……そうですね」
相槌を打った真田が伊織に呼ばれる。
「ハハ、楽しそうで良かったよ。明日の事だけど、帰りの船の時間は言ってあったよね? 僕は多分、先に港へ行ってると思う。朝早いから、遅れないようにね」
「はい、伝えておきます」
「じゃ、寮に帰ったら、また宜しく頼むよ」
「はい」
海のほうから今度は有里が呼ばれた。続いてアマネともう一度真田も。
「やれやれ。オレたちも行くか」
「はい」
準備運動代わりに伸びをして、海へ向かって歩き出した。
***
「これ、屋久島のお土産」
「これは……ありがとうございます」
実のところ何処でも売っている星の砂とクッキーの箱を渡すと、エリザベスは何かに驚いてから受け取った。どうやら気になったのは星の砂らしい。
「星の砂。地球外宇宙より落下した隕石の破片ではなく、サンゴの死骸。随分とお集めいただき大変だったでしょう。ありがとうございます」
「……うん。そういう作業を仕事にしている人もいるんじゃねぇのぉ?」
マジマジと星の砂という死骸の詰まった小瓶を見つめるエリザベスにため息を吐くと、目の前に紅茶のカップが置かれた。エリザベスが動いていないのだからこれはイゴールが淹れたことになる気がしたが、深く考えるのは止める。
「今日は何用でしょうかな?」
「あー、ちょっとなぁ。聞いてもらっていいかぁ?」
「どうぞ」
イゴールは目線だけをこちらへ向けて笑った。
「……屋久島で仲間になった対シャドウ兵器のアイギス。彼女は機械で何故か有里先輩を第一認識してたんだけどよぉ。俺の事も不思議そうに見てたんだぁ」
彼女の思考は分からないので有里を重要視する理由は分からない。だが彼女がアマネを見る理由は以前だったら分かった。
正確には『意思のある機械』が『アマネ』を見る理由。
「でもそれはさぁ、ペルソナ――イブリスに持ってかれてるんじゃねぇの?」
「さて……貴方様は少し考えすぎておられるようですな」
紅茶が美味い。
「確かにペルソナは貴方様のもう一人の貴方ではございますが、かの姿を具現化出来るからと言って、完全に貴方様と切り離されたわけではございません。ペルソナは鏡に映るもう一人の貴方。端的に言ってしまうとそれだけのことなのでございますよ」
「……つまり、俺が持っていた性質は俺の中に残っていると? でもそしたら、なんで炎や『×××』が使えなくなったんだぁ?」
「……私はその二つを知りません故、何とも言えませんな」
イゴールが目を伏せる。結局肝心な部分は自分で気付くなり考えるなりしろということか。
今までの自分の答えが合っているかも分からないこの状況で、そんな放置プレイは少し困る。
分かったのは、動植物や機械生物に懐かれるというアマネの性質はイブリスの形成に使われず、今もアマネの中へ残っているという事。
イブリスの形成に炎や『×××』を使うための部分が使われたとして、それはアマネの内面の何処の部分なのだろうか。
もう一人の自分。無意識の内面。奥底の心理。
「……イブリスは俺。でも俺はイブリスじゃねぇ」
「そうですな」
イブリスはアマネの『一部』
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新しく巌戸台分寮の一員となったアイギスは入寮直後から騒々しく、どういった理由からなのかス町に有里の部屋へ侵入するといった問題行動を起こした。機械乙女であるせいなのか他の理由からなのか、人間社会での常識を前提に行動してくれない彼女に、学校へ行かなければならない寮生達はしかし不安を覚えている様だった。
いくら相手が機械乙女だといえ、自分がいない間に自室に忍び込まれたり寮の備品を壊されたりするのではないかと考えてしまうのは、多感な年頃でなくとも当然のことだろう。アマネだって自分が不在の間にキッチンの調理器具を壊されたら落ち込む。
そもそも有里を重要視しているらしい彼女は部屋へ忍び込むだけでは飽き足らず、学校にへも有里を追いかけていきそうな勢いだった。
そんなアイギスを眺めて、試しにやってみるかとアマネは寮を出る前に、アイギスへ話し掛けてみる。
「アイギスさん」
「何でありますか」
「ここへ住んでいる人達は学生という社会的立場を持っています。平日は学校という場所で勉学を学ぶことを生業としています。なので俺達は学校へ行ってきます。アイギスさんは学生ではないので、今日のところはここで待機をお願いします」
「それは命令ですか」
「いいえ、お願いです」
「了解いたしました。私はアマネさんのお願いを聞くであります」
後ろでおお、とどよめきが聞こえた。伊織が見ていたらしい。
「斑鳩オマエ、よくいう事聞かせられるな」
「ちゃんとそうする理由を理解できるように言えば分かるんですよ。人間的感情があるなら慣れてくればそれも必要無くなるでしょうから、どうしてって聞いてくる子供に言い聞かせるように言えばいいんです」
「なるほどー」
学校に行って佐藤に土産と、旅行中に頼んで撮らせてもらった美鶴の水着姿写真を渡すと凄い勢いで喜ばれた。泣き出すのではないかというくらい騒いだので、最終的に叩いて黙らせる。
ついでに、最近少しずつではあるがよく話すようになった伏見にも土産を渡すと、顔を真っ赤にして御礼を言われた。たった一言のお礼でもどもっていたが、いきなり貰えると思っていなかった土産を貰えて驚いたのだろう。
昼休みに試験の順位が発表されて、見に行けばアマネは当然の如く一位だった。
「おま、スゲェな」
「んなことより見ろぉ。五位も上がってるじゃねぇかぁ!」
「いやオレの順位で喜ぶなよ」
「だってお前、せっかく教えたのに下がってたり変わってなかったら悔しいだろぉ?」
佐藤の順位も中間試験の時より上がっている。一気に五位も上がるというのは教えた甲斐があったというかなんというか。
自分の点数など一位になれるようにやったのだからどうでもいい。
二年と三年の順位も見てみると、三年は変わらず美鶴が一位だったが、二年では有里が一位になっていた。
分寮に住む三人が全学年で一位を取るというのは、何か色々大丈夫なのだろうか。
「この有里って人もお前と同じ寮だろ? お前んとこの寮、頭いい奴がいる寮なの?」
「……この人も同じ寮だぜぇ」
後で伊織に謝ろうと思いつつ下の方に掲示されていた伊織の名前を指差す。佐藤は伊織の順位を見て関係ないと分かったらしい。
「さて、順位上がったお祝いに今日はオレに付き合えよ。はがくれ行こうぜ」
早く帰ってアイギスの相手、はしなくても大丈夫か。
***
放課後に佐藤と期末試験の打ち上げと称してはがくれに寄り、少し遅くなりつつも寮に帰るとアイギスが寄ってきた。
「無事の帰還を確認したであります」
「戦場から帰ってきた訳ではなく、日常行動での帰還は『おかえりなさい』で構いません」
「危険地域よりの帰還ではない場合の言動、でありますか。なるほどなー」
今の説明は少し悪かった気がするが、細かいニュアンスはまだ分からないだろう。すぐ後ろから有里が帰ってきた。
「湊さん、おかえりなさいであります」
言ってから、これで良いのかと視線がアマネへと向けられる。頷きを返すとアイギスは有里の横へ移動した。これは彼女の思考行動だと思ったので、有里も何も言わないしアマネは止めさせない。
「試験結果、見たよ」
「あ、はい。俺も見ました。桐条先輩といい有里先輩といい、頭が良いんですね」
「斑鳩だって一位だった。頑張ったね」
以前言ったことをまだ覚えているのか手を伸ばして頭を撫でられる。自分のせいだとは分かっているが、どうにも居た堪れない。
アマネ自身こうすればいいと教えられた身だが、もしかして当時アマネが撫でていた彼らもこういう気分だったのだろうかと今更になって思う。一言言わせてもらうなら、文句はこの動作をアマネに教えた看護婦長に言ってほしい。
今日は横でアイギスがじっと見ているから尚更恥ずかしかった。
「二人とも、帰ってきたのか」
振り向くと美鶴が階段を降りて来たところで、アマネを見ると少しだけ微笑んで近付いてきた。
「試験結果、見たぞ。本当に一位を取るとはな」
「心配無用と言い切った手前、この程度は出来ませんとね」
「有里も首位だったし、同じ寮に住む後輩が優秀で喜ばしいよ」
そういう美鶴こそ連続で首位を取り続けている。続ける努力がその場所を維持させているのだろうが、そのほうがアマネとしては見習うべき凄い事だと思った。
アマネが勉強できるのは、今までの『経験』によるものなのだから。
「約束通り、斑鳩には何か褒美を上げなくてはいけないな。後で教えてくれるか?」
「分かりました」
去っていく美鶴にアマネも部屋へ行こうとすると腕を掴まれた。何だと思って振り返ると有里がアマネの腕を掴んでいる。
「何ですか?」
「褒美って何の話?」
「ああ。前にそういう話をしたんですよ。俺が期末で一位を取ったら褒美をやるって」
「……オレも」
アイギスが有里を見て首を傾げた。
「オレも何かあげようか、ご褒美」
「え、いや、何でですか」
「あげたい」
「はぁ」
今度はアマネが首を傾げたくなってしまう。普通褒美を貰えるアマネを羨ましがるだろうに、何故あげる側の美鶴を羨ましがったのか。
そういうところ、未だに有里が分からない。