日常編
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斑鳩アマネには世俗で言うところの〝前世の記憶〟が存在している。
果たしてその人物が本当に存在していたのかを確かめる術も今は無いが、物心ついた時には既に当たり前の様に抱えていたその記憶を、アマネは何よりも大切に抱えていた。
『シルビ・テトラ・グラマト』
百年近く昔のイタリアの、シチリアを中心に活動していた殺し屋だった男だ。
殺し屋なんて職業から分かる通りシルビは裏社会に属する人間で、どこぞの神話の悪魔の名である『シャイタン』と名乗っていた。その界隈では名を知らない者がいないと自他共に認める程の実力者だった、らしい。
らしいというのは今のところ、アマネの記憶以外に彼が存在した証拠が無いからだ。
アマネ自身は『シルビ』が自身の前世であり、今の自分が途中に死を挟んでいても引き続いた人生を送っていると自負しているが、他人にそれが通用するかは別の話である。
中学二年生という義務教育中のアマネには一人でイタリアへ行ける財力も手段も無いし、イタリアに行ったからとて伝手も無しに過去の裏社会に属していた殺し屋を調べるなんて真似も出来そうにない。いや、後者についてはイタリアに行く事さえ出来れば〝前世の記憶〟と共に培ったノウハウでどうにか出来る気はしないでもなかった。
過去の人物であるにも関わらず現代にも通用するだろう技能。更に言えば彼は何故かその身体能力以外にも〝謎の能力〟を持っていた。
シルビの転生体であるアマネもその能力を持っている。
頭痛が酷くて授業を受ける気になれず、かといって保健室で休むのも早退するのも嫌で逃げる様に忍び込んだ屋上。日陰になる場所で座り込んでいると出入り口が開き、誰かがやってきたようだった。
授業中に屋上へやって来る不良は大抵、余程騒がない限りお互いに口出ししないのが不文律になっている。けれどもアマネはこの時、漂ってきた匂いに眉をひそめて閉じていた目を開けた。
アマネに背を向けて手摺に寄りかかっていた鈍い灰色の髪の生徒に声を掛ける。
「悪ぃけど、煙草吸うなら風下に行ってくれぇ」
勢いよく振り返った不良はアマネが居ることに気付いていなかったのか、座り込んでいるアマネを見ては眉間に皺を寄せながら睨んできた。その手には火を点けたばかりの煙草。日本の喫煙は二十歳からだったと思うが、そんなことは不良らしい彼には関係ないのだろう。
無論アマネにも関係は無い。関係無いが臭いは気になった。
「テメッ、いつからそこに」
「お前さんが来る前から居たよ。頭が痛くて煙草の臭いも遠慮してぇんだよ。風下に行ってくれぇ」
血流に合わせて痛む頭にこめかみを揉む様に手を当てる。不良は自分の持つ煙草とアマネとを見てから舌打ちを我慢する様な顔で風下へと移動した。
完全には無くならないが薄まる紫煙の臭い。
「おい」
暫くして声を掛けられて、顔を上げれば不良が見下ろしてきていた。
「頭痛がひどいなら保健室に行けよ」
まさか不良に気遣わられるとは。アマネのそんな動揺が伝わったのか不良が舌打ちをこぼした。
「……近く、に、他人がいると寝られねぇんだぁ。お前さんが入っていったら少しうとうとするよ」
「その『お前さん』ってやめろ」
「やめろって、名前も知らねぇ後輩を他にどう呼べばいいんだぁ?」
「チッ……獄寺だ」
「獄寺……ああ、京子が言ってた転校生かぁ」
少し前に京子と同じクラスに転入してきた生徒が居ることは、京子からも恭弥からも聞いている。ただこんな不良だとは思わなかったが。
こんな不良然とした者の転入許可をよくあの恭弥が出したなと考えていれば、獄寺がしゃがんで目線を合わせてくる。
「京子って誰だよ」
「あー、笹川。笹川京子」
フルネームを聞けば思い出せたのか獄寺が曖昧に頷いた。まだ転校してきたばかりでクラスメイトの名前を覚えきれていないのかもしれない。一応彼女はアマネの身内の欲目を引いても並盛のマドンナと言われている程可愛いのだが。
京子と同じクラス。
「じゃあ沢田とも同じクラ――」
「十代目をご存じなのか!?」
沢田、と言った途端に目を輝かせて身を乗り出してくる獄寺に面食らう。
「じゅ、十代目ぇ?」
「十代目は十代目だ。今はまだ候補に近いが、オレはあのお方が十代目になられると信じている!」
「何の十代目だよ」
「ボンゴレだ!」
「ボ――っ」
それは〝前世〟に聞いた単語だ。
アマネの記憶以外に存在していた証拠の無かった人物に関わるそれに、どういうことかと考えようとする頭の痛みが増していく。獄寺はそんなアマネの様子に気付かないまま十代目こと沢田がどんなに凄いのかをつらつらと語っていた。
シルビの記憶ではボンゴレとはシチリアを拠点に当時は盛大な勢力を誇っていたマフィアファミリーの名前だ。シルビはどこにも属さない殺し屋だったけれどボンゴレとは懇意にしていた。
弟が居た。そして親友もいた。シルビはその二人を庇って死んだのである。
頭が痛む。
「――? おい?」
沢田の凄さを語っていた獄寺がアマネの異状に気付いて声を掛けてくる。動いた獄寺から火薬の香りがした。少し前に恭弥が校庭を爆破されたと言って怒っていたのを思い出す。
「胸も痛いのか?」
言われてアマネは自分が無意識に心臓の辺りを押さえていたことに気付いた。ゆっくりと意識して離した手が血で赤くなっているなんてことも、ない。
果たしてその人物が本当に存在していたのかを確かめる術も今は無いが、物心ついた時には既に当たり前の様に抱えていたその記憶を、アマネは何よりも大切に抱えていた。
『シルビ・テトラ・グラマト』
百年近く昔のイタリアの、シチリアを中心に活動していた殺し屋だった男だ。
殺し屋なんて職業から分かる通りシルビは裏社会に属する人間で、どこぞの神話の悪魔の名である『シャイタン』と名乗っていた。その界隈では名を知らない者がいないと自他共に認める程の実力者だった、らしい。
らしいというのは今のところ、アマネの記憶以外に彼が存在した証拠が無いからだ。
アマネ自身は『シルビ』が自身の前世であり、今の自分が途中に死を挟んでいても引き続いた人生を送っていると自負しているが、他人にそれが通用するかは別の話である。
中学二年生という義務教育中のアマネには一人でイタリアへ行ける財力も手段も無いし、イタリアに行ったからとて伝手も無しに過去の裏社会に属していた殺し屋を調べるなんて真似も出来そうにない。いや、後者についてはイタリアに行く事さえ出来れば〝前世の記憶〟と共に培ったノウハウでどうにか出来る気はしないでもなかった。
過去の人物であるにも関わらず現代にも通用するだろう技能。更に言えば彼は何故かその身体能力以外にも〝謎の能力〟を持っていた。
シルビの転生体であるアマネもその能力を持っている。
頭痛が酷くて授業を受ける気になれず、かといって保健室で休むのも早退するのも嫌で逃げる様に忍び込んだ屋上。日陰になる場所で座り込んでいると出入り口が開き、誰かがやってきたようだった。
授業中に屋上へやって来る不良は大抵、余程騒がない限りお互いに口出ししないのが不文律になっている。けれどもアマネはこの時、漂ってきた匂いに眉をひそめて閉じていた目を開けた。
アマネに背を向けて手摺に寄りかかっていた鈍い灰色の髪の生徒に声を掛ける。
「悪ぃけど、煙草吸うなら風下に行ってくれぇ」
勢いよく振り返った不良はアマネが居ることに気付いていなかったのか、座り込んでいるアマネを見ては眉間に皺を寄せながら睨んできた。その手には火を点けたばかりの煙草。日本の喫煙は二十歳からだったと思うが、そんなことは不良らしい彼には関係ないのだろう。
無論アマネにも関係は無い。関係無いが臭いは気になった。
「テメッ、いつからそこに」
「お前さんが来る前から居たよ。頭が痛くて煙草の臭いも遠慮してぇんだよ。風下に行ってくれぇ」
血流に合わせて痛む頭にこめかみを揉む様に手を当てる。不良は自分の持つ煙草とアマネとを見てから舌打ちを我慢する様な顔で風下へと移動した。
完全には無くならないが薄まる紫煙の臭い。
「おい」
暫くして声を掛けられて、顔を上げれば不良が見下ろしてきていた。
「頭痛がひどいなら保健室に行けよ」
まさか不良に気遣わられるとは。アマネのそんな動揺が伝わったのか不良が舌打ちをこぼした。
「……近く、に、他人がいると寝られねぇんだぁ。お前さんが入っていったら少しうとうとするよ」
「その『お前さん』ってやめろ」
「やめろって、名前も知らねぇ後輩を他にどう呼べばいいんだぁ?」
「チッ……獄寺だ」
「獄寺……ああ、京子が言ってた転校生かぁ」
少し前に京子と同じクラスに転入してきた生徒が居ることは、京子からも恭弥からも聞いている。ただこんな不良だとは思わなかったが。
こんな不良然とした者の転入許可をよくあの恭弥が出したなと考えていれば、獄寺がしゃがんで目線を合わせてくる。
「京子って誰だよ」
「あー、笹川。笹川京子」
フルネームを聞けば思い出せたのか獄寺が曖昧に頷いた。まだ転校してきたばかりでクラスメイトの名前を覚えきれていないのかもしれない。一応彼女はアマネの身内の欲目を引いても並盛のマドンナと言われている程可愛いのだが。
京子と同じクラス。
「じゃあ沢田とも同じクラ――」
「十代目をご存じなのか!?」
沢田、と言った途端に目を輝かせて身を乗り出してくる獄寺に面食らう。
「じゅ、十代目ぇ?」
「十代目は十代目だ。今はまだ候補に近いが、オレはあのお方が十代目になられると信じている!」
「何の十代目だよ」
「ボンゴレだ!」
「ボ――っ」
それは〝前世〟に聞いた単語だ。
アマネの記憶以外に存在していた証拠の無かった人物に関わるそれに、どういうことかと考えようとする頭の痛みが増していく。獄寺はそんなアマネの様子に気付かないまま十代目こと沢田がどんなに凄いのかをつらつらと語っていた。
シルビの記憶ではボンゴレとはシチリアを拠点に当時は盛大な勢力を誇っていたマフィアファミリーの名前だ。シルビはどこにも属さない殺し屋だったけれどボンゴレとは懇意にしていた。
弟が居た。そして親友もいた。シルビはその二人を庇って死んだのである。
頭が痛む。
「――? おい?」
沢田の凄さを語っていた獄寺がアマネの異状に気付いて声を掛けてくる。動いた獄寺から火薬の香りがした。少し前に恭弥が校庭を爆破されたと言って怒っていたのを思い出す。
「胸も痛いのか?」
言われてアマネは自分が無意識に心臓の辺りを押さえていたことに気付いた。ゆっくりと意識して離した手が血で赤くなっているなんてことも、ない。