閑話20
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帰る前に入院することになったザップを見舞ってから帰るというレオと一緒に見舞いへ行くことにして、シルビは先に事務所へ戻るというクラウスとスティーブンを【第八の炎】で送り届けた。
三年前の紐育がヘルサレムズ・ロットへとなってしまった大崩落の際に、ブラッドベリ総合病院の中央部分だけとなってしまったのだという病棟の廊下は安静が基本といわれる病院にしては騒がしく、入院患者や急患と医者がごった返している。とはいえ医者の殆どが分裂している女医のルシアナだ。
そんな廊下を受付に聞いた病室へ向かいながら、シルビは左手首にはめていた腕輪を外す。汚れを拭うように触れて一巡りさせ、それから全部の宝石に皹などが入っていないかを確かめる。
何の問題もないことにほっとして腕へはめ直して、クラウス達と別れてからずっと不機嫌そうに黙っているレオを横目でいた。機嫌が悪いというか不満があるというか、レオはそういう時唇を尖らせる癖がある。
無意識なのか分からないそれを指摘したことはないが、ちょっと子供っぽくて可愛いと思っていることは内緒だ。
「疲れたかぁ?」
「……別に、疲れてねーよ」
「でも血界の眷属が現れて【神々の義眼】を使ったんだろぉ? 熱は?」
「今日はそんなに酷使してない」
「ふうん? 痛かったりしたら言えよぉ?」
「……そしたら、また前みたいにどうにかしてくれんの」
「うん」
特に深く考えもせずに頷けばレオがシルビを見る。少し怒っているような雰囲気に機嫌が悪いのは自分のせいかと思い至って、けれどもシルビは気付いたことを悟らせないようにレオを見返した。
「色々文句言いてーんだけど、とりあえずシルビって何様のつもりだよ。さっきの『眼』? とか【空間転移】以外の能力とか色々あるけど、お前何も教えてくれないじゃん。一緒に行くのも拒絶したしさ。それでいて一人で勝手に動くところとか周りの人間信用してねーみたいだし、こっちもスゲー信用されてない感がある」
「それは……」
それは、仕方がない。しょうがないのだ。シルビの事情は軽々しく話すには重すぎる。
何も言い返せずにいるとレオが眉間へ皺を寄せてシルビを睨んだ。
「そーいうトコ信用出来ない」
鼻を鳴らしてレオが廊下を先へ進んでしまう。追いかけて謝って、少しでも事情を話せばきっとレオは分かってくれると頭では理解できているのに、シルビはどうしてもそこから動けなかった。
迷惑を掛けないように、レオはレオの問題へ集中出来るように。
シルビよりレオの方が重大な問題だと思っていたし、実際シルビの問題は今日の様にひょんな事から少しずつ解決へ進んでいく。拒絶というのだって『眼』を食べる光景なんて見せたくなくてレオの同行を断った程度で、他に意味はあまり無かった。
「……帰ろう」
置いていったのはレオがシルビと一緒に居たくないという意思表示だろうと判断して、シルビは患者が歩き回る廊下で踵を返した。一応レオには先に帰る旨をメールで連絡しておいて、スティーブンにも事務所ではなく家へ直帰することを伝える。
『眼』を一つ取り戻してもあまり何かが変わった感覚はなかった。色々能力を使って試してみないと変化は分からないのだろう。それを試す時間も欲しい。とりあえず【黒い炎】で置物を直しても目眩や過度な疲労は襲ってこなかった。
家族や友人達に『眼』を一つ取り返したことを知らせるかどうか悩んで、結局残りをちゃんと取り戻すまで報告しないことに決める。病院の待合室へ出たところで、扉を勢い良く押し開いてバイト先の薬局の店長が飛び込んできた。
「うぉおおお! ルシアナ! 先生! ルシアナ!? スーザン!」
飛び込んでくるなり病院内の医者や職員達を見て叫ぶ店長に、分裂していたルシアナや他のスタッフ達も驚いた様子で店長を振り返る。そうしてルシアナがたくさん居ることに驚いていた店長へ駆け寄り、まるで久しぶりに戦友と再会したかのように声を掛けていた。
知り合いなのかと歩み寄っていけば会話が聞こえる。
「ジョン貴方生きてたの!?」
「そりゃコッチの台詞だ! お前オレがどんな思いでこの病院を探し続けてたと思ってる! 三年だぞ三年! 異界人の奴らに聞いたり虚にまで見に行きもしたんだからな!」
「相変わらず元気だな君は」
「医者が元気じゃなくてどーすんですか。オレ薬剤師だけど!」
「ああジョン。生きていて良かった……」
泣き出すスタッフを抱きしめて、この病院をおいて死ぬかよと言っていた店長の目にも涙が滲んでいた。医者が揃って集まっているのに気付いてか、院長であるマグラ・ド・グラナが眺めていたシルビの脇を抜けて騒ぎの元へと向かっていく。
スタッフを抱きしめていた店長が気付いて眼を丸くした。
「君は? 彼女達の知り合いかね?」
「本が喋った!」
「確かに私の外見は人界の本に似ているが」
「たくさん知識詰め込んでそうなった的なアレか。オレはジョン・ワタベ。元ブラッドベリ総合病院薬局長、でした。アンタは?」
「この病院の院長をしている。マグラ・ド・グラナだ」
「ここで働かせてください」
雰囲気を一変真面目になって頭を下げる店長に、多分誰よりも驚いたのはシルビだろう。
「三年前の大崩落の時、ここへ駆けつけられなかったオレがオレは一番腹立たしかった。ここが無くなっちまってからも未練たらたらでHLに居続けたのはこの日の、この謝罪の為だ。先生やルシアナや、ここの皆と働く人生がオレは欲しい」
三年前の紐育がヘルサレムズ・ロットへとなってしまった大崩落の際に、ブラッドベリ総合病院の中央部分だけとなってしまったのだという病棟の廊下は安静が基本といわれる病院にしては騒がしく、入院患者や急患と医者がごった返している。とはいえ医者の殆どが分裂している女医のルシアナだ。
そんな廊下を受付に聞いた病室へ向かいながら、シルビは左手首にはめていた腕輪を外す。汚れを拭うように触れて一巡りさせ、それから全部の宝石に皹などが入っていないかを確かめる。
何の問題もないことにほっとして腕へはめ直して、クラウス達と別れてからずっと不機嫌そうに黙っているレオを横目でいた。機嫌が悪いというか不満があるというか、レオはそういう時唇を尖らせる癖がある。
無意識なのか分からないそれを指摘したことはないが、ちょっと子供っぽくて可愛いと思っていることは内緒だ。
「疲れたかぁ?」
「……別に、疲れてねーよ」
「でも血界の眷属が現れて【神々の義眼】を使ったんだろぉ? 熱は?」
「今日はそんなに酷使してない」
「ふうん? 痛かったりしたら言えよぉ?」
「……そしたら、また前みたいにどうにかしてくれんの」
「うん」
特に深く考えもせずに頷けばレオがシルビを見る。少し怒っているような雰囲気に機嫌が悪いのは自分のせいかと思い至って、けれどもシルビは気付いたことを悟らせないようにレオを見返した。
「色々文句言いてーんだけど、とりあえずシルビって何様のつもりだよ。さっきの『眼』? とか【空間転移】以外の能力とか色々あるけど、お前何も教えてくれないじゃん。一緒に行くのも拒絶したしさ。それでいて一人で勝手に動くところとか周りの人間信用してねーみたいだし、こっちもスゲー信用されてない感がある」
「それは……」
それは、仕方がない。しょうがないのだ。シルビの事情は軽々しく話すには重すぎる。
何も言い返せずにいるとレオが眉間へ皺を寄せてシルビを睨んだ。
「そーいうトコ信用出来ない」
鼻を鳴らしてレオが廊下を先へ進んでしまう。追いかけて謝って、少しでも事情を話せばきっとレオは分かってくれると頭では理解できているのに、シルビはどうしてもそこから動けなかった。
迷惑を掛けないように、レオはレオの問題へ集中出来るように。
シルビよりレオの方が重大な問題だと思っていたし、実際シルビの問題は今日の様にひょんな事から少しずつ解決へ進んでいく。拒絶というのだって『眼』を食べる光景なんて見せたくなくてレオの同行を断った程度で、他に意味はあまり無かった。
「……帰ろう」
置いていったのはレオがシルビと一緒に居たくないという意思表示だろうと判断して、シルビは患者が歩き回る廊下で踵を返した。一応レオには先に帰る旨をメールで連絡しておいて、スティーブンにも事務所ではなく家へ直帰することを伝える。
『眼』を一つ取り戻してもあまり何かが変わった感覚はなかった。色々能力を使って試してみないと変化は分からないのだろう。それを試す時間も欲しい。とりあえず【黒い炎】で置物を直しても目眩や過度な疲労は襲ってこなかった。
家族や友人達に『眼』を一つ取り返したことを知らせるかどうか悩んで、結局残りをちゃんと取り戻すまで報告しないことに決める。病院の待合室へ出たところで、扉を勢い良く押し開いてバイト先の薬局の店長が飛び込んできた。
「うぉおおお! ルシアナ! 先生! ルシアナ!? スーザン!」
飛び込んでくるなり病院内の医者や職員達を見て叫ぶ店長に、分裂していたルシアナや他のスタッフ達も驚いた様子で店長を振り返る。そうしてルシアナがたくさん居ることに驚いていた店長へ駆け寄り、まるで久しぶりに戦友と再会したかのように声を掛けていた。
知り合いなのかと歩み寄っていけば会話が聞こえる。
「ジョン貴方生きてたの!?」
「そりゃコッチの台詞だ! お前オレがどんな思いでこの病院を探し続けてたと思ってる! 三年だぞ三年! 異界人の奴らに聞いたり虚にまで見に行きもしたんだからな!」
「相変わらず元気だな君は」
「医者が元気じゃなくてどーすんですか。オレ薬剤師だけど!」
「ああジョン。生きていて良かった……」
泣き出すスタッフを抱きしめて、この病院をおいて死ぬかよと言っていた店長の目にも涙が滲んでいた。医者が揃って集まっているのに気付いてか、院長であるマグラ・ド・グラナが眺めていたシルビの脇を抜けて騒ぎの元へと向かっていく。
スタッフを抱きしめていた店長が気付いて眼を丸くした。
「君は? 彼女達の知り合いかね?」
「本が喋った!」
「確かに私の外見は人界の本に似ているが」
「たくさん知識詰め込んでそうなった的なアレか。オレはジョン・ワタベ。元ブラッドベリ総合病院薬局長、でした。アンタは?」
「この病院の院長をしている。マグラ・ド・グラナだ」
「ここで働かせてください」
雰囲気を一変真面目になって頭を下げる店長に、多分誰よりも驚いたのはシルビだろう。
「三年前の大崩落の時、ここへ駆けつけられなかったオレがオレは一番腹立たしかった。ここが無くなっちまってからも未練たらたらでHLに居続けたのはこの日の、この謝罪の為だ。先生やルシアナや、ここの皆と働く人生がオレは欲しい」