―幻界病棟ライゼス―
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あの時の事を思い出すのは未だに酷だとシルビは思う。片足を失った経験や声を失った経験はあったけれども、それがチャチな不便であったと思わせるくらいに酷い体験だった。
無重力空間からいきなり土の中へ埋められたような不自由感。
そして惜しむべきは、未だに時々その感覚を覚えるということだ。
「……ふぅ」
「休憩なさっては如何ですか?」
「ああ、ありがとうございます」
一息吐いて背もたれへ寄りかかったところで、タイミング良くギルベルトが珈琲を持ってきてくれた。それにお礼を言ってシルビは作業途中のノートパソコンの画面を見やる。映し出されているのはとあるアプリのアップデートプログラミング言語で、シルビが組んだ魔導式がそこへ組み込まれていた。
『血界の眷属』の諱名を、携帯で固有名詞として打ち込めるアプリである。
レオの持つ【神々の義眼】により、『血界の眷属』の持つ諱名を読みとる事が可能になった。そしてそれが可能になったことで、牙狩りは以前とは比べものにならない対抗策を手に入れたことになる。
滅封の血を持つラインヘルツ家の者であるクラウスと、レオが組んでこそ成立するその対抗策はしかし、レオが読んだ諱名をクラウスへ伝えなければならないと言う一手間があった。
少し前まではレオが自筆でメモを取りクラウスへ渡すという形が取られていたが、それではメモを取る時間が掛かることと、渡すまでの間にもロスが生じ効率が悪かったのである。レオもメモを渡すまでの間は前線へ居続けなければならず、レオも【神々の義眼】も危険に晒されていた。
そこで、以前の騒動で知り合った機装技師の菌類リ・ガドとスティーブン達が話し合い、遠距離間でもメモの代わりになり危険無く渡せるものが出来ないかという事で、スマートフォンで『血界の眷属』の固有名詞を打ち込めるアプリを開発することになったのである。
固有名詞は『血界の眷属』が古きものであることと、【神々の義眼】が神的存在の所有物であるせいか、名前は“古き文字”で表されるらしい。なのでその古き文字を読める(一端といえど神的存在だ)事と魔導科学に少なからず触れた経験がある(言うほどではないとは思う)事からシルビがそのアプリ作成を任されたのだった。
基本のアプリは既に完成し、レオとクラウスと動作確認等の為にシルビと、ついでにスティーブンの携帯へインストールされている。シルビが今行なっていたのは古き文字の追加登録と転送速度の上昇といったアップデートの為のプログラミングだった。
不自由を覚えるのは、そのプログラムを組む速度が昔より遅いと感じるところである。
大分昔の話になるが、シルビは元々ロボット工学や兵器製造といった技術分野に携わっていた。ボンゴレの技術チームと一緒になって何かを発明したという事はなかったが紛れて遊んでいた経験がある。
その後魔術関係に関わることが増えて、人生の一つでは魔法学校で教鞭を取るようにもなり、工学より魔術と触れ合うようになった。現在シルビが『娘』と呼んでいる機械乙女は身体こそ機械だが、その動力源はシルビの【黒い炎】というどちらかというと魔術要素の塊だ。
要はシルビが科学も魔術も一応浅く広く知識を持っているという話だが、その話の肝には【×××】がある。つまりは全て【×××】によるチートだった。
無論最初こそチートだったとはいえ、そこから自力で学んだり考えたりして現在はシルビ自身の知識によるものである。薬剤師としての知識だって最初こそ【白澤】という存在故のものだったのだろうが、今はそんなことを言わせない。
そのチート能力の無い今でもそれなりに浅く広く持っている知識を、シルビは少しは誇らしく思っているのだが、それでも【×××】と比べれば到底及ばなかった。
つまりは一度利便性を経験すると、不便を予想以上に不便だと感じてしまうアレである。
「……古き文字の資料って何処にありましたっけぇ?」
「資料室の右奥の棚です。お持ちしましょうか?」
「気分転換も兼ねて自分で取りに行きます」
座っていたソファから立ち上がると背骨が鳴った。事務所へ来てから座りっぱなしだったとそこで思い出す。両腕を頭上へ上げて背伸びをすれば思った以上に身体が凝り固まっている気配がした。
アップデートのプログラムは半日もあれば完成すると思ったのだが、その辺の個人作成アプリとはやはり違う。古き文字を調べ直すのだって【×××】が使えたなら一秒と掛からないことを知っていると、どうしても時間が無為に失われている気がしてならない。
そんなことはある訳が無いというのに。
「駄目だなぁ……」
資料室の棚の間をすり抜けていきながら呟く。右奥の棚へ並べられた資料の中から目当ての物を見つけて手を伸ばしたところで、執務室の方からスティーブンの声が聞こえた。
ドアを開けて見れば書類を片付けていたスティーブンが呆れた様子で電話をしており、執務机でパソコンと睨めっこしていたクラウスも何事かと顔を上げている。スティーブンの声色と口調からして街の何処かで暴動が起こったとか、そういう緊急事態ではないだろう。
無重力空間からいきなり土の中へ埋められたような不自由感。
そして惜しむべきは、未だに時々その感覚を覚えるということだ。
「……ふぅ」
「休憩なさっては如何ですか?」
「ああ、ありがとうございます」
一息吐いて背もたれへ寄りかかったところで、タイミング良くギルベルトが珈琲を持ってきてくれた。それにお礼を言ってシルビは作業途中のノートパソコンの画面を見やる。映し出されているのはとあるアプリのアップデートプログラミング言語で、シルビが組んだ魔導式がそこへ組み込まれていた。
『血界の眷属』の諱名を、携帯で固有名詞として打ち込めるアプリである。
レオの持つ【神々の義眼】により、『血界の眷属』の持つ諱名を読みとる事が可能になった。そしてそれが可能になったことで、牙狩りは以前とは比べものにならない対抗策を手に入れたことになる。
滅封の血を持つラインヘルツ家の者であるクラウスと、レオが組んでこそ成立するその対抗策はしかし、レオが読んだ諱名をクラウスへ伝えなければならないと言う一手間があった。
少し前まではレオが自筆でメモを取りクラウスへ渡すという形が取られていたが、それではメモを取る時間が掛かることと、渡すまでの間にもロスが生じ効率が悪かったのである。レオもメモを渡すまでの間は前線へ居続けなければならず、レオも【神々の義眼】も危険に晒されていた。
そこで、以前の騒動で知り合った機装技師の菌類リ・ガドとスティーブン達が話し合い、遠距離間でもメモの代わりになり危険無く渡せるものが出来ないかという事で、スマートフォンで『血界の眷属』の固有名詞を打ち込めるアプリを開発することになったのである。
固有名詞は『血界の眷属』が古きものであることと、【神々の義眼】が神的存在の所有物であるせいか、名前は“古き文字”で表されるらしい。なのでその古き文字を読める(一端といえど神的存在だ)事と魔導科学に少なからず触れた経験がある(言うほどではないとは思う)事からシルビがそのアプリ作成を任されたのだった。
基本のアプリは既に完成し、レオとクラウスと動作確認等の為にシルビと、ついでにスティーブンの携帯へインストールされている。シルビが今行なっていたのは古き文字の追加登録と転送速度の上昇といったアップデートの為のプログラミングだった。
不自由を覚えるのは、そのプログラムを組む速度が昔より遅いと感じるところである。
大分昔の話になるが、シルビは元々ロボット工学や兵器製造といった技術分野に携わっていた。ボンゴレの技術チームと一緒になって何かを発明したという事はなかったが紛れて遊んでいた経験がある。
その後魔術関係に関わることが増えて、人生の一つでは魔法学校で教鞭を取るようにもなり、工学より魔術と触れ合うようになった。現在シルビが『娘』と呼んでいる機械乙女は身体こそ機械だが、その動力源はシルビの【黒い炎】というどちらかというと魔術要素の塊だ。
要はシルビが科学も魔術も一応浅く広く知識を持っているという話だが、その話の肝には【×××】がある。つまりは全て【×××】によるチートだった。
無論最初こそチートだったとはいえ、そこから自力で学んだり考えたりして現在はシルビ自身の知識によるものである。薬剤師としての知識だって最初こそ【白澤】という存在故のものだったのだろうが、今はそんなことを言わせない。
そのチート能力の無い今でもそれなりに浅く広く持っている知識を、シルビは少しは誇らしく思っているのだが、それでも【×××】と比べれば到底及ばなかった。
つまりは一度利便性を経験すると、不便を予想以上に不便だと感じてしまうアレである。
「……古き文字の資料って何処にありましたっけぇ?」
「資料室の右奥の棚です。お持ちしましょうか?」
「気分転換も兼ねて自分で取りに行きます」
座っていたソファから立ち上がると背骨が鳴った。事務所へ来てから座りっぱなしだったとそこで思い出す。両腕を頭上へ上げて背伸びをすれば思った以上に身体が凝り固まっている気配がした。
アップデートのプログラムは半日もあれば完成すると思ったのだが、その辺の個人作成アプリとはやはり違う。古き文字を調べ直すのだって【×××】が使えたなら一秒と掛からないことを知っていると、どうしても時間が無為に失われている気がしてならない。
そんなことはある訳が無いというのに。
「駄目だなぁ……」
資料室の棚の間をすり抜けていきながら呟く。右奥の棚へ並べられた資料の中から目当ての物を見つけて手を伸ばしたところで、執務室の方からスティーブンの声が聞こえた。
ドアを開けて見れば書類を片付けていたスティーブンが呆れた様子で電話をしており、執務机でパソコンと睨めっこしていたクラウスも何事かと顔を上げている。スティーブンの声色と口調からして街の何処かで暴動が起こったとか、そういう緊急事態ではないだろう。