閑話15
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レオナルド視点
レオがピザ屋のバイトを終えてライブラの事務所へやってくると、執務室でシルビが困り果てた様にソファの下や植木鉢の影を覗き込んでいた。
「何してんの?」
「! レオ君! ちょっと早くドア閉めてくれぇ!」
言われたドアノブを掴んだままだったドアを慌てて閉める。それからシルビが何か聞こえやしないかとばかりに耳を澄ませ、しかし何も聞こえなかったようで更に困ったような顔をした。
それでも探す事は諦めていないようで、テーブルの下や棚の上まで確かめている。
「シルビ?」
「あー、その、レオ君廊下で何か動いてるものを見なかったかぁ?」
「? 見てねーけど?」
「ちょっと眼を放した隙にどっかいっちゃって困ってるんだぁ。まだ名前も無かったから呼べもしねぇし、っていうか出てくると思って無かったって言うか、スティーブンさんにバレたら怒られるよなぁ……」
後半は完全に愚痴と独り言であったそれに、レオはとりあえずシルビが何かを探している事だけ理解した。名前と言っていたので多分生き物。スティーブンにバレたら怒られるというあたり、内緒で連れてきてしまったとかそういう感じか。
けれどもライブラはレオのペット兼相棒である音速猿のソニックを許容しているし、ちゃんと事情を話せば怒らないのではとも思った。無論ここは秘密結社で遊び場では無いから怒られる時は怒られるだろうが。
「オレも探すの手伝うよ。どんなヤツ探してんの?」
小動物探しくらいなら手伝えるだろうと腕まくりをしながら尋ねれば、見つからなくて焦っているのかカーテンをバサバサと揺らしていたシルビが振り返った。
「俺は猫のつもりだった」
「ん? 猫?」
「だから多分鳴き声は猫」
「猫だろ?」
「でも人から見たら『猫じゃない』って言われるかもしれねぇ」
「……猫、だよな?」
「とりあえず四足歩行だとは思う。……多分」
「なんで多分なんだよっ!?」
不安がちなシルビの説明にとうとう突っ込まざるを得ない。だがシルビもシルビでどう説明したものか迷っているらしく、普段の落ち着きを無くしていた。
テーブルの上には落書きが隅に描かれた白紙が鉛筆と一緒に置かれている。シルビが落書きでもしていたのだろうそれは真ん中だけ真っ白で、端から落書きしていくのも変な描き方だなと思った。
「見つかんなかったらどうしよぅ……」
「お、落ち着けよ。きっと見つかるって」
「生態系は狂わねぇと思うんだけど……」
「そこまで危険なの!?」
シルビの吐いた弱音に聞き捨てならない言葉があってレオは叫ぶ。本当にシルビは何を探してるんだと考えた時、資料室のドアが開いた。
資料室のドアを開けたのはスティーブンで、その手にはファイルが数冊抱えられていた。叫んでいたレオとシルビを見やるその顔は疲れている様子で、多分また徹夜でもしたのだろう。
「やあ少年。バイトは終わったのか」
「あ、ハイ」
「どうも疲れてるらしくてな。悪いが大きい声は出さないでくれ」
深いため息を吐いたスティーブンに、いつものような覇気が無い事へ気付く。何かそんなに疲れるようなことがあったのかと、レオが話しかけようと口を開いた途端、シルビがスティーブンへ向かって駆け寄っていった。
「猫ぉ!」
「え、これ猫なのか? っていうか幻覚じゃないのか!?」
驚くスティーブンを無視してその足元へしゃがんだシルビが、スティーブンの足元へ居たらしい何かを抱き上げる。シルビの声色からしてそれこそシルビが探していた『生き物』なのだろう。
しかし、シルビが立ち上がった事でレオにも見えた“それ”は、どう考えても『猫』ではなかった。
まず猫と呼ぶ為の部分が一つも存在しない。辛うじて四足で尻尾もあるようだが、全体を見て一言でそれを表すのなら『形容しがたい』だ。このヘルサレムズ・ロットでもなかなかお目にかかれなさそうなその形状は、ラヴクラフトの作品に出てくる旧支配者達の類にしか思えない。
形容しがたい形容をどうにか説明しようと観察しているだけで、精神ではないものの何かが確実に減っていっている気がしてくる。
絶句しているレオと、別の意味で言葉をなくしているスティーブンをよそに、“それ”を抱きかかえたシルビは安心したように微笑んでいた。
「見つかってよかったぁ! ありがとうございます」
「ああうん……ところで“それ”猫か?」
「にゃー」
「鳴いた! マジで猫――いや猫じゃねーだろ!」
「やっぱりそう思うよな! 僕が変なもの見てる訳じゃないよな!?」
「大丈夫です【神々の義眼】でも変なモンにしか見えません!」
「そこまで言うかぁ……」
落ち込みがちに呟いたシルビの腕の中から、暫定『猫』が飛び降りてシルビの脚へ身体を摺り寄せたかと思うと、テーブルの上に放置されていた白紙の上で丸くなる。そして吸い込まれるようにして“紙へ戻った”。
近付いていったシルビがその紙を摘み上げれば、白紙だったはずの紙には先ほどの暫定『猫』が描かれている。
「……結局、何だったんだ?」
「仙術です」
スティーブンの問いにシルビがあっけらかんと答えた。
「本来は描いたものへ魂を込めて操る類のアレなんですけど、どうにも力の制御が不十分で出ちゃったっていうか……」
「つまり、今のは絵だったと?」
「はい」
シルビの持つ紙へ描かれているのは、得体の知れない形容しがたいが一応四足の物体である。本人は『猫のつもりだ』と言っていたし、鳴き声は確かに猫のそれだった。
それにしたって。
「――下手くそ過ぎんだろ!」
怒鳴るように突っ込んだレオへ同意するようにスティーブンも頷いている。
結局その後、やって来たクラウスに見せてみたところ、彼も言葉を無くしていた。聞けばブローディ&ハマーと話をした時に絵画の話になり、下手なのを自覚していて滅多に描かないでいたのを久しぶりに描いてみたらしい。
落ち込みきっているシルビへ追い討ちを掛けるようにザップやチェイン達もやってきてはその絵を眼にする羽目になり、言葉を失っていたのにレオも何も言えなかった。
「描いたほうが練習になって上手くなるってぇ……」
「人には向き不向きもあるよ。……うん」
「それにしてもヤベーな……ヤベーわ」
あのザップでさえ真顔でそれしか言わない程酷い絵。
レオとスティーブンが仙術について思い出したのは、その絵が厳重に廃棄され、記憶から抹消され始めた数日後だった。
レオがピザ屋のバイトを終えてライブラの事務所へやってくると、執務室でシルビが困り果てた様にソファの下や植木鉢の影を覗き込んでいた。
「何してんの?」
「! レオ君! ちょっと早くドア閉めてくれぇ!」
言われたドアノブを掴んだままだったドアを慌てて閉める。それからシルビが何か聞こえやしないかとばかりに耳を澄ませ、しかし何も聞こえなかったようで更に困ったような顔をした。
それでも探す事は諦めていないようで、テーブルの下や棚の上まで確かめている。
「シルビ?」
「あー、その、レオ君廊下で何か動いてるものを見なかったかぁ?」
「? 見てねーけど?」
「ちょっと眼を放した隙にどっかいっちゃって困ってるんだぁ。まだ名前も無かったから呼べもしねぇし、っていうか出てくると思って無かったって言うか、スティーブンさんにバレたら怒られるよなぁ……」
後半は完全に愚痴と独り言であったそれに、レオはとりあえずシルビが何かを探している事だけ理解した。名前と言っていたので多分生き物。スティーブンにバレたら怒られるというあたり、内緒で連れてきてしまったとかそういう感じか。
けれどもライブラはレオのペット兼相棒である音速猿のソニックを許容しているし、ちゃんと事情を話せば怒らないのではとも思った。無論ここは秘密結社で遊び場では無いから怒られる時は怒られるだろうが。
「オレも探すの手伝うよ。どんなヤツ探してんの?」
小動物探しくらいなら手伝えるだろうと腕まくりをしながら尋ねれば、見つからなくて焦っているのかカーテンをバサバサと揺らしていたシルビが振り返った。
「俺は猫のつもりだった」
「ん? 猫?」
「だから多分鳴き声は猫」
「猫だろ?」
「でも人から見たら『猫じゃない』って言われるかもしれねぇ」
「……猫、だよな?」
「とりあえず四足歩行だとは思う。……多分」
「なんで多分なんだよっ!?」
不安がちなシルビの説明にとうとう突っ込まざるを得ない。だがシルビもシルビでどう説明したものか迷っているらしく、普段の落ち着きを無くしていた。
テーブルの上には落書きが隅に描かれた白紙が鉛筆と一緒に置かれている。シルビが落書きでもしていたのだろうそれは真ん中だけ真っ白で、端から落書きしていくのも変な描き方だなと思った。
「見つかんなかったらどうしよぅ……」
「お、落ち着けよ。きっと見つかるって」
「生態系は狂わねぇと思うんだけど……」
「そこまで危険なの!?」
シルビの吐いた弱音に聞き捨てならない言葉があってレオは叫ぶ。本当にシルビは何を探してるんだと考えた時、資料室のドアが開いた。
資料室のドアを開けたのはスティーブンで、その手にはファイルが数冊抱えられていた。叫んでいたレオとシルビを見やるその顔は疲れている様子で、多分また徹夜でもしたのだろう。
「やあ少年。バイトは終わったのか」
「あ、ハイ」
「どうも疲れてるらしくてな。悪いが大きい声は出さないでくれ」
深いため息を吐いたスティーブンに、いつものような覇気が無い事へ気付く。何かそんなに疲れるようなことがあったのかと、レオが話しかけようと口を開いた途端、シルビがスティーブンへ向かって駆け寄っていった。
「猫ぉ!」
「え、これ猫なのか? っていうか幻覚じゃないのか!?」
驚くスティーブンを無視してその足元へしゃがんだシルビが、スティーブンの足元へ居たらしい何かを抱き上げる。シルビの声色からしてそれこそシルビが探していた『生き物』なのだろう。
しかし、シルビが立ち上がった事でレオにも見えた“それ”は、どう考えても『猫』ではなかった。
まず猫と呼ぶ為の部分が一つも存在しない。辛うじて四足で尻尾もあるようだが、全体を見て一言でそれを表すのなら『形容しがたい』だ。このヘルサレムズ・ロットでもなかなかお目にかかれなさそうなその形状は、ラヴクラフトの作品に出てくる旧支配者達の類にしか思えない。
形容しがたい形容をどうにか説明しようと観察しているだけで、精神ではないものの何かが確実に減っていっている気がしてくる。
絶句しているレオと、別の意味で言葉をなくしているスティーブンをよそに、“それ”を抱きかかえたシルビは安心したように微笑んでいた。
「見つかってよかったぁ! ありがとうございます」
「ああうん……ところで“それ”猫か?」
「にゃー」
「鳴いた! マジで猫――いや猫じゃねーだろ!」
「やっぱりそう思うよな! 僕が変なもの見てる訳じゃないよな!?」
「大丈夫です【神々の義眼】でも変なモンにしか見えません!」
「そこまで言うかぁ……」
落ち込みがちに呟いたシルビの腕の中から、暫定『猫』が飛び降りてシルビの脚へ身体を摺り寄せたかと思うと、テーブルの上に放置されていた白紙の上で丸くなる。そして吸い込まれるようにして“紙へ戻った”。
近付いていったシルビがその紙を摘み上げれば、白紙だったはずの紙には先ほどの暫定『猫』が描かれている。
「……結局、何だったんだ?」
「仙術です」
スティーブンの問いにシルビがあっけらかんと答えた。
「本来は描いたものへ魂を込めて操る類のアレなんですけど、どうにも力の制御が不十分で出ちゃったっていうか……」
「つまり、今のは絵だったと?」
「はい」
シルビの持つ紙へ描かれているのは、得体の知れない形容しがたいが一応四足の物体である。本人は『猫のつもりだ』と言っていたし、鳴き声は確かに猫のそれだった。
それにしたって。
「――下手くそ過ぎんだろ!」
怒鳴るように突っ込んだレオへ同意するようにスティーブンも頷いている。
結局その後、やって来たクラウスに見せてみたところ、彼も言葉を無くしていた。聞けばブローディ&ハマーと話をした時に絵画の話になり、下手なのを自覚していて滅多に描かないでいたのを久しぶりに描いてみたらしい。
落ち込みきっているシルビへ追い討ちを掛けるようにザップやチェイン達もやってきてはその絵を眼にする羽目になり、言葉を失っていたのにレオも何も言えなかった。
「描いたほうが練習になって上手くなるってぇ……」
「人には向き不向きもあるよ。……うん」
「それにしてもヤベーな……ヤベーわ」
あのザップでさえ真顔でそれしか言わない程酷い絵。
レオとスティーブンが仙術について思い出したのは、その絵が厳重に廃棄され、記憶から抹消され始めた数日後だった。