―The Outlaw of Green―
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
様々な企業の事務所が入るビル群の一つへ、九頭見会の事務所はあった。事務所といえその内部は広く、ヘルサレムズ・ロットにおける九頭見会の本拠地がここなのだろう。事件現場であるキャバレーでは肩透かしを食らったので、ここでは何か無いかと期待する。
統一感が無ければ趣味も悪い調度品の上にある花瓶は、確か高名な職人によるものだと思い出して眺めていたら、底に『メイド・イン・コリア』と入っていて贋物かと呆れてしまった。ため息を吐いて花瓶を戻せば、シルビの脇から近付いてきた下っ端らしい男がその花瓶を丁寧に磨き始める。
その男にシルビは現在、認識されていない。
【霧の炎】による幻覚は、流石にレオの持つ【神々の義眼】程のものだと通用しないようだが、シルビの技量ならそれ以外の相手には通用するらしかった。【不可視の人狼】であるチェインにもその幻覚が通じている事を考えると、五年前から力の四割が失われ幻覚に限らず様々な能力の精度が下がっていると思っていたのが、自分もまだまだ捨てたモンじゃないなとシルビは考える。
「さて、九頭見会のトップはさっき確認したしぃ、あとは重要書類と……一応カルテも欲しいなぁ」
九頭見会がそれなりの強さを誇っている理由は、金に飽かせた構成員の人体改造にあった。このヘルサレムズ・ロットならでは。というには外でも行なわれている技術なので少し流行遅れだが、その技術と性能は確かにヘルサレムズ・ロットの外よりは段違いだ。
機械の四肢へ改造する事により戦闘力を強化し、その力を持って他の組織を圧倒してきたのだろう。強ければ金も入り、金が入れば更に強化できる。
どうやらこの九頭見会の構成員は、殆どが何かしらの形で体の一部をサイボーグ化しているようだった。書類が置いてありそうな場所を求めて徘徊しているシルビの視界に入る者は、誰一人として既に生身を一部捨てている。
親から貰った身体をぞんざいに扱うなとシルビは思うのだが、こういう者達はそう考える事もないのだろう。
全身を改造しているのか通常より巨体の男が座っていた机の引き出しを、男が立ち上がったタイミングで開けて確認すれば、目当ての物が入っていた。滑塵組を調べている調書らしいそれに目を通していると、後ろで退いたばかりの巨体の男へ話しかける声が聞こえる。
「兄貴! 滑塵組の奴が吐きました!」
「おう、なんだと?」
「キリシマエイジの居場所っす。あの緑のバケモンやっぱり滑塵組の」
「んなこたぁ分かってんだよ。俺が直々に行ったるわ」
気になる単語を会話の中に見つけて振り返れば、男達は何処かへ行くのか出口へと向かっていった。シルビが追いかけて廊下へ出れば、男達は植物園がどうのと話している。
気になってついていった先では、クラウスと行った植物園の出口で見たヤクザの男が血だらけで倒れていた。
「……スティーブンさん。滑塵組へ急行を。九頭見会が動くかもしれません」
『九頭見会が? ……シルビお前、今何やってるんだ? 後ろから風の音が凄いぞ』
「九頭見会の車にしがみついてます。行き先はまだちょっと分かんねぇんですけど」
元紐育の街並みはヘルサレムズ・トッロになった今でも混雑している。お陰で車体の上に幻覚で姿を隠して乗っていても振り落とされる可能性は低い。それでも片手でしっかりと車にしがみ付きながらスティーブンへ電話をしている現状を説明すると、電話の向こうでスティーブンは呆れたようだった。
『突拍子の無い部下はこれ以上いらないんだが……それで、他に何か分かった事は?』
「九頭見会の構成員が滑塵組の構成員を捕まえて尋問してたんですけど……クラウスさん居ますぅ?」
『クラウス? いや、今は出掛けてるな』
電話の向こうにクラウスは居ないらしい。シルビが気になっているのはその尋問で捕まった滑塵組の者が植物園の前で見たヤクザであるという事と、現在乗っている車の向かっている方角へ偶然か必然か植物園があるということだ。
後者に関してはまぁ偶然だとも取れる。この広いヘルサレムズ・ロットだろうと道路の走り方で何処へだって行けるのだ。
だが前者の『植物園の前で見たヤクザ』というのが地味に引っかかった。あのスカジャンの男はスーツを着ていたことを考えるとおそらく下っ端ではなかったのだろう。スーツを着ている下っ端というのはいない。だとすれば階級は分からないが幹部格。よくよく考えればその幹部格が借金の請求になど行く訳がなかった。
では幹部格が植物園へ赴く用事とは何か。
また何か分かり次第連絡すると告げて通話を切る。進行方向に植物園が見えてきてシルビはそれを眺めながらポケットへ携帯をしまった。
現在持っている符号を無理やり繋げる事は出来るが、確証もないのにそのままそれを行なうのは憚られる。何故ならその符号の持ち主がクラウスの知り合いだったからだ。
日本のヤクザ。【白澤】を知っていた東洋人だと思われる『先生』。スカジャンのヤクザが訪れる植物園。その植物園の管理人。
「ヤクザ関係者だとすりゃ、まぁヤクザも会いに来るなぁ」
嫌な方向への予想を裏切るように、シルビが乗っている車は植物園の前へと停車した。巨体の男が車から降りて植物園へ向かうその手に、スカジャンの男が“握られている”。
申し訳ないが、シルビが助ける事はもう出来なさそうだった。
「もしもしスティーブンさん? クラウスさんと連絡取れました?」
『さっきからやっているが取れない。何かあったのか?』
「いえ、今クラウスさんが参加してる園芸サークルの会合場所だった植物園に居るんです」
中へ入っていった巨体の男達を見送り、スティーブンへ連絡を取る。本当はクラウスとまず話したかったのだが、シルビの電話にも出てくれなかったのだ。
「九頭見会は『キリシマエイジ』という男を捜してるみてぇで、植物園へ居るのか手がかりがあるのかは分かんねぇんですけど、ここの管理人もちょっと怪しいかもしれません」
『怪しい、とは?』
「滑塵の関係者かと。ただどういった関係者なのかはちょっと……」
『ちょっと待ってくれ。ギルベルトさんならそこの管理人の名前を知っているかもしれない』
通話状態のまま歩いているのか雑音が少し混じる。電話の向こうではないシルビの側では、先に行った九頭見会の巨体の男が暴れているのか何か悲鳴と壊れる音が聞こえてきていた。悲鳴の声は会合の時に聞いた『先生』の声ではないが、それが逆に不安を煽る。
先生とは、メイヴィが一緒に居る筈なのだ。
もし本当に九頭見会があの先生を目的としてやってきたのであれば、当然一緒に居るメイヴィも巻き込まれるだろう。本当ならこんな場所で立ち往生せず見に行ってしまえばいいのだが、下手に踏み込んで全く関係の無い事だったら困る。植物園だということで麻薬などに関わる可能性があるとしたら、シルビには対処しきれない。正確には燃やす以外の処分が出来ないのだ。
誰かが戻ってくる気配にシルビはソテツの木の陰へ身を隠し、誰が戻ってきたのかと確認する。巨体の男を一緒に奥へ向かった下っ端の一人で、その腕にメイヴィを抱えているのを見てシルビは飛び出した。
「!? 誰だテメ――」
「少なくとも幼女誘拐犯じゃねぇよ」
警戒して立ち止まった下っ端を一蹴りで昏倒させて、下っ端が倒れる前にその腕からメイヴィを助け出す。泣きながら唸っていた少女は唐突に抱き手が変わった事に気付き、しかしシルビの腕から逃げようと暴れるのを止めなかった。
殴られでもしたのかメイヴィの顔が腫れている。その頬へそっと手を添えて少女へ声を掛けた。
「ミス・メイヴィ。俺の目を見てごらん?」
声を掛けた途端、はた、と暴れるのを止めた少女がシルビの目を見る。
「俺が“何”か分かるだろぉ? 大丈夫。もう怖い事は無ぇから」
意識してゆっくりと話しかければ、メイヴィが唇をかみ締めてシルビへしがみ付いた。
統一感が無ければ趣味も悪い調度品の上にある花瓶は、確か高名な職人によるものだと思い出して眺めていたら、底に『メイド・イン・コリア』と入っていて贋物かと呆れてしまった。ため息を吐いて花瓶を戻せば、シルビの脇から近付いてきた下っ端らしい男がその花瓶を丁寧に磨き始める。
その男にシルビは現在、認識されていない。
【霧の炎】による幻覚は、流石にレオの持つ【神々の義眼】程のものだと通用しないようだが、シルビの技量ならそれ以外の相手には通用するらしかった。【不可視の人狼】であるチェインにもその幻覚が通じている事を考えると、五年前から力の四割が失われ幻覚に限らず様々な能力の精度が下がっていると思っていたのが、自分もまだまだ捨てたモンじゃないなとシルビは考える。
「さて、九頭見会のトップはさっき確認したしぃ、あとは重要書類と……一応カルテも欲しいなぁ」
九頭見会がそれなりの強さを誇っている理由は、金に飽かせた構成員の人体改造にあった。このヘルサレムズ・ロットならでは。というには外でも行なわれている技術なので少し流行遅れだが、その技術と性能は確かにヘルサレムズ・ロットの外よりは段違いだ。
機械の四肢へ改造する事により戦闘力を強化し、その力を持って他の組織を圧倒してきたのだろう。強ければ金も入り、金が入れば更に強化できる。
どうやらこの九頭見会の構成員は、殆どが何かしらの形で体の一部をサイボーグ化しているようだった。書類が置いてありそうな場所を求めて徘徊しているシルビの視界に入る者は、誰一人として既に生身を一部捨てている。
親から貰った身体をぞんざいに扱うなとシルビは思うのだが、こういう者達はそう考える事もないのだろう。
全身を改造しているのか通常より巨体の男が座っていた机の引き出しを、男が立ち上がったタイミングで開けて確認すれば、目当ての物が入っていた。滑塵組を調べている調書らしいそれに目を通していると、後ろで退いたばかりの巨体の男へ話しかける声が聞こえる。
「兄貴! 滑塵組の奴が吐きました!」
「おう、なんだと?」
「キリシマエイジの居場所っす。あの緑のバケモンやっぱり滑塵組の」
「んなこたぁ分かってんだよ。俺が直々に行ったるわ」
気になる単語を会話の中に見つけて振り返れば、男達は何処かへ行くのか出口へと向かっていった。シルビが追いかけて廊下へ出れば、男達は植物園がどうのと話している。
気になってついていった先では、クラウスと行った植物園の出口で見たヤクザの男が血だらけで倒れていた。
「……スティーブンさん。滑塵組へ急行を。九頭見会が動くかもしれません」
『九頭見会が? ……シルビお前、今何やってるんだ? 後ろから風の音が凄いぞ』
「九頭見会の車にしがみついてます。行き先はまだちょっと分かんねぇんですけど」
元紐育の街並みはヘルサレムズ・トッロになった今でも混雑している。お陰で車体の上に幻覚で姿を隠して乗っていても振り落とされる可能性は低い。それでも片手でしっかりと車にしがみ付きながらスティーブンへ電話をしている現状を説明すると、電話の向こうでスティーブンは呆れたようだった。
『突拍子の無い部下はこれ以上いらないんだが……それで、他に何か分かった事は?』
「九頭見会の構成員が滑塵組の構成員を捕まえて尋問してたんですけど……クラウスさん居ますぅ?」
『クラウス? いや、今は出掛けてるな』
電話の向こうにクラウスは居ないらしい。シルビが気になっているのはその尋問で捕まった滑塵組の者が植物園の前で見たヤクザであるという事と、現在乗っている車の向かっている方角へ偶然か必然か植物園があるということだ。
後者に関してはまぁ偶然だとも取れる。この広いヘルサレムズ・ロットだろうと道路の走り方で何処へだって行けるのだ。
だが前者の『植物園の前で見たヤクザ』というのが地味に引っかかった。あのスカジャンの男はスーツを着ていたことを考えるとおそらく下っ端ではなかったのだろう。スーツを着ている下っ端というのはいない。だとすれば階級は分からないが幹部格。よくよく考えればその幹部格が借金の請求になど行く訳がなかった。
では幹部格が植物園へ赴く用事とは何か。
また何か分かり次第連絡すると告げて通話を切る。進行方向に植物園が見えてきてシルビはそれを眺めながらポケットへ携帯をしまった。
現在持っている符号を無理やり繋げる事は出来るが、確証もないのにそのままそれを行なうのは憚られる。何故ならその符号の持ち主がクラウスの知り合いだったからだ。
日本のヤクザ。【白澤】を知っていた東洋人だと思われる『先生』。スカジャンのヤクザが訪れる植物園。その植物園の管理人。
「ヤクザ関係者だとすりゃ、まぁヤクザも会いに来るなぁ」
嫌な方向への予想を裏切るように、シルビが乗っている車は植物園の前へと停車した。巨体の男が車から降りて植物園へ向かうその手に、スカジャンの男が“握られている”。
申し訳ないが、シルビが助ける事はもう出来なさそうだった。
「もしもしスティーブンさん? クラウスさんと連絡取れました?」
『さっきからやっているが取れない。何かあったのか?』
「いえ、今クラウスさんが参加してる園芸サークルの会合場所だった植物園に居るんです」
中へ入っていった巨体の男達を見送り、スティーブンへ連絡を取る。本当はクラウスとまず話したかったのだが、シルビの電話にも出てくれなかったのだ。
「九頭見会は『キリシマエイジ』という男を捜してるみてぇで、植物園へ居るのか手がかりがあるのかは分かんねぇんですけど、ここの管理人もちょっと怪しいかもしれません」
『怪しい、とは?』
「滑塵の関係者かと。ただどういった関係者なのかはちょっと……」
『ちょっと待ってくれ。ギルベルトさんならそこの管理人の名前を知っているかもしれない』
通話状態のまま歩いているのか雑音が少し混じる。電話の向こうではないシルビの側では、先に行った九頭見会の巨体の男が暴れているのか何か悲鳴と壊れる音が聞こえてきていた。悲鳴の声は会合の時に聞いた『先生』の声ではないが、それが逆に不安を煽る。
先生とは、メイヴィが一緒に居る筈なのだ。
もし本当に九頭見会があの先生を目的としてやってきたのであれば、当然一緒に居るメイヴィも巻き込まれるだろう。本当ならこんな場所で立ち往生せず見に行ってしまえばいいのだが、下手に踏み込んで全く関係の無い事だったら困る。植物園だということで麻薬などに関わる可能性があるとしたら、シルビには対処しきれない。正確には燃やす以外の処分が出来ないのだ。
誰かが戻ってくる気配にシルビはソテツの木の陰へ身を隠し、誰が戻ってきたのかと確認する。巨体の男を一緒に奥へ向かった下っ端の一人で、その腕にメイヴィを抱えているのを見てシルビは飛び出した。
「!? 誰だテメ――」
「少なくとも幼女誘拐犯じゃねぇよ」
警戒して立ち止まった下っ端を一蹴りで昏倒させて、下っ端が倒れる前にその腕からメイヴィを助け出す。泣きながら唸っていた少女は唐突に抱き手が変わった事に気付き、しかしシルビの腕から逃げようと暴れるのを止めなかった。
殴られでもしたのかメイヴィの顔が腫れている。その頬へそっと手を添えて少女へ声を掛けた。
「ミス・メイヴィ。俺の目を見てごらん?」
声を掛けた途端、はた、と暴れるのを止めた少女がシルビの目を見る。
「俺が“何”か分かるだろぉ? 大丈夫。もう怖い事は無ぇから」
意識してゆっくりと話しかければ、メイヴィが唇をかみ締めてシルビへしがみ付いた。