閑話9
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不可逆の混沌に呑まれる街ヘルサレムズ・ロット。
その街で世界の均衡を守る為に日夜暗躍する秘密結社『ライブラ』のリーダー。クラウス・V・ラインヘルツの趣味の一つに園芸があった。
趣味の一つと言えども、クラウスは一つの物事でもとことん極める性質のようで、彼が面倒を見る植物はこの霧に覆われた街でも青々と葉を茂らせている。ライブラの事務所にも彼が世話をしている植物の置かれた温室がいくつかあり、その内の一つにツェッドの寝所である水槽が置かれている為、ツェッドとツェッドの体調管理を任されているシルビはライブラのメンバーでも比較的頻繁に温室へ赴くことが多かった。
更に言うならシルビは水槽がある部屋以外の温室へも行く。しかしそれは植物を眺めたいからではなく、大抵【白澤】の姿になりたいのだが自宅へ帰れない時で、植物の陰で仮眠を取っているのである。
以前ツェッドに姿を見られてからは水槽がある部屋では寝ない事にしていたが、人為的なものとはいえ植物だけに囲まれた場所で寝る心地よさは諦められなかった。自分の家で植物育てて寝場所を作れという案もあるが、流石にそれは面倒臭い。
その日もシルビが植物とは違う気配に気付いて仮眠から目を覚ますと、クラウスが如雨露を片手に温室の奥へと向かっていくところだった。水やりに来たのかと寝起きの頭で考えて、何気なくそのままクラウスの元へと向かう。
「クラウスさん」
「! シルビ君か」
【白澤】の姿のまま近付いて声を掛ければ、機嫌良さげに植木鉢へ水をあげていたクラウスが振り返った。クラウスとスティーブンにはもうバラしてあるので、その二人になら【白澤】の姿を見られてもあまり気にしない事にしている。ましてやクラウスはシルビのこの姿も『美しい』と思っているらしいので、納得はしていないものの一応受け入れてはいた。
四つ足のままクラウスの隣へ寄って座り、彼が水をあげている途中だった植木鉢を見る。異界側の植物らしく、上から降る如雨露からの水に歓喜して葉を振っていたが、シルビの視線に気付くとシルビへ向かって茎を折った。
器用にお辞儀をしたその植物へ返事の代わりに鼻先を近づければ、クラウスの手がシルビの頭を押さえつける。
「……食べませんよ」
「! すまない。つい」
「それとも撫でていただけるのでぇ?」
からかう様に言えば意図を理解したのか、クラウスが腰を屈めてシルビの頭を撫でる。それに眼を細めればクラウスの目許も僅かに綻んだのが見えた。
シルビは【白澤】の姿があからさまに人ではない故にあまり好きではないが、この姿でいる時に家族や地獄の補佐官が傍に来て撫でたり寄り掛かったりしてくるのは好きだった。そもそもスキンシップが好きなので人の姿でもハグやボディタッチが当たり前である。
人のぬくい体温や、僅かに与えられる重みが癒す。『手当て』という言葉は偉大だ。
無論そうして直接な触れ合いだけが素晴らしいと断言するつもりもないが。
先程踊っていた植物が、自分が構ってもらえないのが不満だとばかりに葉を揺らして土を叩く。大して音もしなかったがクラウスは気付き、心なし残念そうにシルビの頭から手を離した。
「愛されてますねぇ」
「そうだろうか」
「生憎植物の言葉は分かりませんが、感情くらいは分かりますよ。そうでなくともここは心地良い。ただ事務的に育てられただけじゃこの空間は作れません」
植物に囲まれた場所で寝たい、という理由の他にもここへ来る理由はある。クラウスに愛情を目一杯貰って育っている植物達は、流石に桃源郷へ及ばないもののその辺の公園の芝生に比べれば雲泥の差があった。
他の植物の様子を見に行くクラウスの後を、シルビは近くにあったバケツの持ち手を噛んで持ち上げ付いていく。人の姿へ戻って手伝ったほうがいいのかもしれないが、今日はこのままで居たい気分だった。
「普段の姿には戻らないのかね?」
「戻ったほうがいいですか?」
「いや、その姿も好ましいので君が嫌ではないのなら、私は是非そのままでいて欲しい」
これを本気で言っているのだからクラウスは怖い。いや怖くはないのだがある意味恐ろしかった。苦手なタイプではないのだがシルビが弱いタイプである。
「……なら、手入れが終わるまではこのままで」
「毛並みを撫でても?」
「どうぞぉ」
先程既に撫でているくせに許可を求めるクラウスは、まるで初めて出会った犬に触れようとする子供同然だ。となると自分は犬かと思わなくも無い。こんな角が沢山あって眼だって二つ以上の、牛だか山羊だか分からない大型の化物と犬を比べるのは、犬に失礼な気もするが。
植物の世話を手伝っている合間、クラウスは宣言通りふとした瞬間にへと触れてきた。その雰囲気が完全に愛犬を可愛がるそれで、撫でている相手がシルビであることに少し申し訳ない気分になる。せめてもの思いでしていた、懐いている振りが途中から撫でられるのが心地良くて本気だった事は、シルビ自身の矜持の為に言わないでおこうと思った。
その街で世界の均衡を守る為に日夜暗躍する秘密結社『ライブラ』のリーダー。クラウス・V・ラインヘルツの趣味の一つに園芸があった。
趣味の一つと言えども、クラウスは一つの物事でもとことん極める性質のようで、彼が面倒を見る植物はこの霧に覆われた街でも青々と葉を茂らせている。ライブラの事務所にも彼が世話をしている植物の置かれた温室がいくつかあり、その内の一つにツェッドの寝所である水槽が置かれている為、ツェッドとツェッドの体調管理を任されているシルビはライブラのメンバーでも比較的頻繁に温室へ赴くことが多かった。
更に言うならシルビは水槽がある部屋以外の温室へも行く。しかしそれは植物を眺めたいからではなく、大抵【白澤】の姿になりたいのだが自宅へ帰れない時で、植物の陰で仮眠を取っているのである。
以前ツェッドに姿を見られてからは水槽がある部屋では寝ない事にしていたが、人為的なものとはいえ植物だけに囲まれた場所で寝る心地よさは諦められなかった。自分の家で植物育てて寝場所を作れという案もあるが、流石にそれは面倒臭い。
その日もシルビが植物とは違う気配に気付いて仮眠から目を覚ますと、クラウスが如雨露を片手に温室の奥へと向かっていくところだった。水やりに来たのかと寝起きの頭で考えて、何気なくそのままクラウスの元へと向かう。
「クラウスさん」
「! シルビ君か」
【白澤】の姿のまま近付いて声を掛ければ、機嫌良さげに植木鉢へ水をあげていたクラウスが振り返った。クラウスとスティーブンにはもうバラしてあるので、その二人になら【白澤】の姿を見られてもあまり気にしない事にしている。ましてやクラウスはシルビのこの姿も『美しい』と思っているらしいので、納得はしていないものの一応受け入れてはいた。
四つ足のままクラウスの隣へ寄って座り、彼が水をあげている途中だった植木鉢を見る。異界側の植物らしく、上から降る如雨露からの水に歓喜して葉を振っていたが、シルビの視線に気付くとシルビへ向かって茎を折った。
器用にお辞儀をしたその植物へ返事の代わりに鼻先を近づければ、クラウスの手がシルビの頭を押さえつける。
「……食べませんよ」
「! すまない。つい」
「それとも撫でていただけるのでぇ?」
からかう様に言えば意図を理解したのか、クラウスが腰を屈めてシルビの頭を撫でる。それに眼を細めればクラウスの目許も僅かに綻んだのが見えた。
シルビは【白澤】の姿があからさまに人ではない故にあまり好きではないが、この姿でいる時に家族や地獄の補佐官が傍に来て撫でたり寄り掛かったりしてくるのは好きだった。そもそもスキンシップが好きなので人の姿でもハグやボディタッチが当たり前である。
人のぬくい体温や、僅かに与えられる重みが癒す。『手当て』という言葉は偉大だ。
無論そうして直接な触れ合いだけが素晴らしいと断言するつもりもないが。
先程踊っていた植物が、自分が構ってもらえないのが不満だとばかりに葉を揺らして土を叩く。大して音もしなかったがクラウスは気付き、心なし残念そうにシルビの頭から手を離した。
「愛されてますねぇ」
「そうだろうか」
「生憎植物の言葉は分かりませんが、感情くらいは分かりますよ。そうでなくともここは心地良い。ただ事務的に育てられただけじゃこの空間は作れません」
植物に囲まれた場所で寝たい、という理由の他にもここへ来る理由はある。クラウスに愛情を目一杯貰って育っている植物達は、流石に桃源郷へ及ばないもののその辺の公園の芝生に比べれば雲泥の差があった。
他の植物の様子を見に行くクラウスの後を、シルビは近くにあったバケツの持ち手を噛んで持ち上げ付いていく。人の姿へ戻って手伝ったほうがいいのかもしれないが、今日はこのままで居たい気分だった。
「普段の姿には戻らないのかね?」
「戻ったほうがいいですか?」
「いや、その姿も好ましいので君が嫌ではないのなら、私は是非そのままでいて欲しい」
これを本気で言っているのだからクラウスは怖い。いや怖くはないのだがある意味恐ろしかった。苦手なタイプではないのだがシルビが弱いタイプである。
「……なら、手入れが終わるまではこのままで」
「毛並みを撫でても?」
「どうぞぉ」
先程既に撫でているくせに許可を求めるクラウスは、まるで初めて出会った犬に触れようとする子供同然だ。となると自分は犬かと思わなくも無い。こんな角が沢山あって眼だって二つ以上の、牛だか山羊だか分からない大型の化物と犬を比べるのは、犬に失礼な気もするが。
植物の世話を手伝っている合間、クラウスは宣言通りふとした瞬間にへと触れてきた。その雰囲気が完全に愛犬を可愛がるそれで、撫でている相手がシルビであることに少し申し訳ない気分になる。せめてもの思いでしていた、懐いている振りが途中から撫でられるのが心地良くて本気だった事は、シルビ自身の矜持の為に言わないでおこうと思った。