閑話7
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混沌と不条理が跋扈する街、ヘルサレムズ・ロット。そこで世界の均衡を日夜守り続けている秘密結社ライブラの事務所で、シルビは死んでいた。
死んでいた、というのは穏やかではない表現だが、心因的にはとても正しいように思える。確実に眼は死んでいるだろうし。
向かい合って置かれた執務机の上には書類の山、山、山。片付けた山と未処理の山の数はやっと大体半分か。
ここ数日、外で出向かねばならない騒動が多かった。マフィア同士の諍いならまだ可愛いもので、異界人同士の乱闘や大喧嘩、血界の眷属の来襲や某国の裏取引、何故か海辺の公園へ這い上がってきたタコ足の駆除など、動き回らなければならない事案が発生しまくったのである。
騒動を治めればお終いという話であれば良かったが、当然そんな訳が無い。後処理により書かねばならない報告書や、その騒動のせいで処理出来ずにいて溜まった書類は、無常な姿で帰りを待っていたのである。主にスティーブンの。
書類の山へ囲まれて、珈琲を飲む間さえ無いほどに気力を使っていたスティーブンを見かねて、シルビが手伝いを申し出たのが二日前。スティーブンがクラウスとギルベルトからドクターストップを受けたのが四時間前だ。
彼は今仮眠室で眠っている。医療従事者的にはしっかり寝てほしいが、現状ではさっさと戻ってきて欲しかった。
正規では無く派遣であるシルビに見られて困るような書類はクラウスが片付けるといって持っていってくれたので、ここに残っている山は全てシルビでも片付けられはする。
するのだが。
「……癒しが足りねぇ」
「何か甘いものでも買ってきましょうか?」
「ありがとうツェッド君。じゃあザップさんに銀髪長髪のカツラを被せて俺から見えるあたりのソファに置いておいてくれぇ。顔は見えねぇように」
「それ癒しになんねーよ! つかどーいう癒しだよそれ!」
ソファの方で分厚い本を読んでいたレオが思わずといった様子で突っ込んできた。その隣に座っていたツェッドが真面目に戸惑って、今は何処かへ行っているらしいザップを探しに行こうとするのを止めて、シルビは掴み続けていたペンを置く。
座ったまま背伸びをすれば背骨が小気味のいい音を立てた。肩も回して冷め切っていた珈琲に口をつける。手を見れば指がペンの形にへこんでいた。
「ひっさしぶりにこんなに書類書いた気がするなぁ。俺座り仕事苦手なんだよなぁ」
「苦手という割りに大分片付けているようですが」
「苦手と不得手は違げぇってことだろぉ」
集中力が切れたので休憩する。
元々シルビはそれなりな企業の重役をしている者達とそれなりに親しい間柄で、その関係でそれなりの地位が与えられている。当然シルビにも定期的に地位へ対応しただけのサインを求められる書類が定期的にやってくるのだが、この量の報告書を一気に裁いたのは初めてかもしれなかった。
というか、器物損害の報告書が多過ぎる。『復讐者』の他にもスポンサーがいるとはいえ、些か壊しすぎている気がした。
「いやでも世界平和と器物平和じゃ前者が優先されるよなぁ。うん」
「勝手に考えて勝手に結論出すなら口に出すなよー。いたたまれないだろー」
「レオ君はあまり壊してねぇだろぉ? 問題はザップさんとかだよ」
「すみません」
「ツェッド君はまだあんまり壊してねぇじゃん。それに世界平和優先ならいいんだよ」
「ゴーインだなー」
「お前、器物損害気にしてたら世界救えねぇぜぇ? 最悪血界の眷属のせいにすりゃいいしなぁ」
「あくどい。シルビあくどい」
そのあくどいシルビが、今に至るまでにいったい何枚の報告書を誰達の為に片付けてやったと思っているのか。スティーブンが死にそうだったからという訳だけではないのだ。
終わったら何か奢ってもらうかと考えて再びペンを手に取る。そうして再び書類との格闘を始めながら、シルビはレオが膝に広げていた本を見た。
普段のレオなら手に取らないだろう、分厚い本である。おそらくライブラの本棚へあったものだと思われるそれは、シルビの位置からは写真が載っているのが少し見えるだけだ。
「何読んでるんだぁ?」
「あ、これ? 動物図鑑」
「子供か」
「先日温室で、白い生き物を見たんです」
ツェッドの発言にサインがずれた。
「見たことの無い生き物だったので気になりまして。クラウスさんにも聞いたんですけど分からないと言われてしまったので、自分で探してみようと」
「なんか凄い綺麗な生き物だったらしいからオレも気になってさ」
「……ふーん」
三枚分のサインが全部ゆがむ。書類をそれ以上汚してはいけないという理性は残っていたので、メモ用紙を手元に置いてその上でペン先をぐるぐると動かす。思考がもう書類から完全に離れた。
やはりツェッドに見られたのは失敗だったのだ。レオ達が戻ってきたらすぐに食事を食わせられるようにと待機せず、シルビも家に帰って休めば良かった。横着したシルビが悪い。
悪いのだが、だからといってこの仕打ちは無いだろう。
「そういえば、その白い生き物シルビさんと同じ紫の眼だったんですよ」
「あぁああああああああもうやだぁあああああああああ! 兄さん姉さんコディー愛してるから俺に回復魔法ぉおおおおおおおおおおお!」
頭を抱えて天井を見上げて叫んだ。地味に執務室へ反響したエコーが消えるまで誰も動かず、エコーが消えてからシルビは無言で椅子から立ち上がる。
そうしてソファの二人を見れば、二人は前触れの無いシルビの奇行に唖然としていた。何も知らないから分からないのだろうが、分かっていたとしても滑稽だと思ったに違いない。
衝動的にやったシルビ自身、何やってんだとしか思えなかった。きっと疲れているのだと思うことにする。
「……飯食いに行こうぜぇ」
「そ、そうですね」
「い、いやー腹減ったなー」
死んでいた、というのは穏やかではない表現だが、心因的にはとても正しいように思える。確実に眼は死んでいるだろうし。
向かい合って置かれた執務机の上には書類の山、山、山。片付けた山と未処理の山の数はやっと大体半分か。
ここ数日、外で出向かねばならない騒動が多かった。マフィア同士の諍いならまだ可愛いもので、異界人同士の乱闘や大喧嘩、血界の眷属の来襲や某国の裏取引、何故か海辺の公園へ這い上がってきたタコ足の駆除など、動き回らなければならない事案が発生しまくったのである。
騒動を治めればお終いという話であれば良かったが、当然そんな訳が無い。後処理により書かねばならない報告書や、その騒動のせいで処理出来ずにいて溜まった書類は、無常な姿で帰りを待っていたのである。主にスティーブンの。
書類の山へ囲まれて、珈琲を飲む間さえ無いほどに気力を使っていたスティーブンを見かねて、シルビが手伝いを申し出たのが二日前。スティーブンがクラウスとギルベルトからドクターストップを受けたのが四時間前だ。
彼は今仮眠室で眠っている。医療従事者的にはしっかり寝てほしいが、現状ではさっさと戻ってきて欲しかった。
正規では無く派遣であるシルビに見られて困るような書類はクラウスが片付けるといって持っていってくれたので、ここに残っている山は全てシルビでも片付けられはする。
するのだが。
「……癒しが足りねぇ」
「何か甘いものでも買ってきましょうか?」
「ありがとうツェッド君。じゃあザップさんに銀髪長髪のカツラを被せて俺から見えるあたりのソファに置いておいてくれぇ。顔は見えねぇように」
「それ癒しになんねーよ! つかどーいう癒しだよそれ!」
ソファの方で分厚い本を読んでいたレオが思わずといった様子で突っ込んできた。その隣に座っていたツェッドが真面目に戸惑って、今は何処かへ行っているらしいザップを探しに行こうとするのを止めて、シルビは掴み続けていたペンを置く。
座ったまま背伸びをすれば背骨が小気味のいい音を立てた。肩も回して冷め切っていた珈琲に口をつける。手を見れば指がペンの形にへこんでいた。
「ひっさしぶりにこんなに書類書いた気がするなぁ。俺座り仕事苦手なんだよなぁ」
「苦手という割りに大分片付けているようですが」
「苦手と不得手は違げぇってことだろぉ」
集中力が切れたので休憩する。
元々シルビはそれなりな企業の重役をしている者達とそれなりに親しい間柄で、その関係でそれなりの地位が与えられている。当然シルビにも定期的に地位へ対応しただけのサインを求められる書類が定期的にやってくるのだが、この量の報告書を一気に裁いたのは初めてかもしれなかった。
というか、器物損害の報告書が多過ぎる。『復讐者』の他にもスポンサーがいるとはいえ、些か壊しすぎている気がした。
「いやでも世界平和と器物平和じゃ前者が優先されるよなぁ。うん」
「勝手に考えて勝手に結論出すなら口に出すなよー。いたたまれないだろー」
「レオ君はあまり壊してねぇだろぉ? 問題はザップさんとかだよ」
「すみません」
「ツェッド君はまだあんまり壊してねぇじゃん。それに世界平和優先ならいいんだよ」
「ゴーインだなー」
「お前、器物損害気にしてたら世界救えねぇぜぇ? 最悪血界の眷属のせいにすりゃいいしなぁ」
「あくどい。シルビあくどい」
そのあくどいシルビが、今に至るまでにいったい何枚の報告書を誰達の為に片付けてやったと思っているのか。スティーブンが死にそうだったからという訳だけではないのだ。
終わったら何か奢ってもらうかと考えて再びペンを手に取る。そうして再び書類との格闘を始めながら、シルビはレオが膝に広げていた本を見た。
普段のレオなら手に取らないだろう、分厚い本である。おそらくライブラの本棚へあったものだと思われるそれは、シルビの位置からは写真が載っているのが少し見えるだけだ。
「何読んでるんだぁ?」
「あ、これ? 動物図鑑」
「子供か」
「先日温室で、白い生き物を見たんです」
ツェッドの発言にサインがずれた。
「見たことの無い生き物だったので気になりまして。クラウスさんにも聞いたんですけど分からないと言われてしまったので、自分で探してみようと」
「なんか凄い綺麗な生き物だったらしいからオレも気になってさ」
「……ふーん」
三枚分のサインが全部ゆがむ。書類をそれ以上汚してはいけないという理性は残っていたので、メモ用紙を手元に置いてその上でペン先をぐるぐると動かす。思考がもう書類から完全に離れた。
やはりツェッドに見られたのは失敗だったのだ。レオ達が戻ってきたらすぐに食事を食わせられるようにと待機せず、シルビも家に帰って休めば良かった。横着したシルビが悪い。
悪いのだが、だからといってこの仕打ちは無いだろう。
「そういえば、その白い生き物シルビさんと同じ紫の眼だったんですよ」
「あぁああああああああもうやだぁあああああああああ! 兄さん姉さんコディー愛してるから俺に回復魔法ぉおおおおおおおおおおお!」
頭を抱えて天井を見上げて叫んだ。地味に執務室へ反響したエコーが消えるまで誰も動かず、エコーが消えてからシルビは無言で椅子から立ち上がる。
そうしてソファの二人を見れば、二人は前触れの無いシルビの奇行に唖然としていた。何も知らないから分からないのだろうが、分かっていたとしても滑稽だと思ったに違いない。
衝動的にやったシルビ自身、何やってんだとしか思えなかった。きっと疲れているのだと思うことにする。
「……飯食いに行こうぜぇ」
「そ、そうですね」
「い、いやー腹減ったなー」