―Don’t forget to don’t forget me―
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「集団昏倒?」
42番街の近くで起こった事件に、スティーブンが面倒臭そうにチェインから資料を受け取った。ただの集団昏倒なら例え異界人排他主義な42番街区であっても、このヘルサレムズ・ロットの敷地内である限りはそう大騒ぎする必要は無い。
だが今回の集団昏倒の特筆すべき点は『同時に集団記憶喪失も併発している』ことにあった。レオの友人といい、今月は記憶に関する話が多い。
集団昏倒と記憶喪失の当事者は、全員が揃って十三時間前からの記憶が無いらしかった。よって騒ぎの中心で何が起こったのかも忘れられており、チェインでもその騒動の原因を探る事は出来なかった様である。
そう考えればすぐに分かるが、コレは非常に厄介な話となってくるのだ。
「これが意図的にやられた事だとしたら、どんな犯罪も観測されたまま無かった事にされる」
死体の見つからない殺人事件は、殺人事件として成立しないのと同じ事である。死体は見つかったところで最初は死体遺棄として扱われるが、その死体さえ見つからないのならそれは死体遺棄としてさえ扱われず、世の中で『起こっていない』と認識されるのだ。
簡単に言うなら観測されるまで生死の分からないシュレーディンガーの猫と同じ現象だが、悪い事に猫の生死以前に猫を入れたという事実が無くなっているに等しい。
音がしてシルビ達が振り返ると、レオが話を聞いていたのか驚いた顔で立っていた。声を掛ける前に走り出して何処かへ行ってしまったレオに、シルビ達は不思議に思いつつ首をかしげる。
「何だったんだ?」
「さぁ?」
「……あれ、集団昏倒の現場って『42番区』でしたよねぇ?」
ふと思い出してスティーブンが持っていた資料を覗き込んだ。確認すれば確かに『42番区』だと書かれている。
「確か最近出来た友人とその辺りで会ってたはずですよ。彼」
「じゃあ友人が心配になったのか。まぁ確かにその区間に近い場所へ居たのなら、集団昏倒の被害者になってる可能性もあるな」
住処までは聞いていないし、昼食を一緒に食べるだけだと聞いているので、夜間に起こった騒ぎの時には異界人らしいその友人が42番街の近くへ居たかどうか。異界人排他思想の強い区域だし、いくらなんでも夜には近付かないだろう。
「一応は様子見だな。今後の経過次第で出方を変えたほうがいいだろう」
何かの切欠で被害者が失った十三時間の記憶を取り戻すかもしれない。そうでなくとも区域内の監視カメラを確認すれば、何が起こったのかは分かるだろう。
映像記録まで改竄なり消滅なりをしていたら困るが、その場合はその場合で首謀者の技量が量れるというものだ。
正直面倒臭いので、思い出して欲しいというのが本音である。
集団昏倒の騒ぎをライブラの事務所でシルビが聞いて約半日後。友達を心配しに行ったのだと思われたレオが二度目の集団昏倒事件に巻き込まれた。
二度目とはいったもののその規模は一度目の比ではなく、何千人という者が一斉に昏倒と記憶喪失を併発したのである。失われた記憶も半日程度ではなくおよそ一ヶ月分。
酷い者は生活に支障どころか、生きるのに支障が出るレベルでの記憶喪失となっており、そういった者は今後の人生は殆ど苦労しかないだろう。何せ病院の看護婦に雑談として聞いたところ赤ん坊より酷い状態らしいのだ。
借金取りが来て大変だったとか何とか愚痴を吐かれたが、当事者にとっては借金のことすら忘れられたのだけはもしかしたら僥倖かもしれない。
「だから! オマエこの一ヶ月殆ど毎日ロケッツバーガー食ってたんだよ!」
「マジすか」
花瓶の水を取り替えて戻ってきたら、ザップが椅子に座ってレオと話していた。シルビが戻ってきた事に気付いて振り返り、シルビへと同意を求めてくる。
「マジだよな!」
「うん。バーガーばっかり食べてるから、俺は心配して『野菜食え』って怒ったなぁ」
「何してんだよ。って、え、そんなに食ってたのオレ?」
「その腹の肉が証拠だろうがよお」
ザップがレオの腹を指差した。集団昏倒に巻き込まれて入院し、食事が低カロリーな入院食になったからか少しは凹んだレオの贅肉は、けれどもまだ元の状態にとまではいっていない。
「次は健康的に太ってくれぇ」
「太るのは確定なの!? いや食べるのは好きだからいいけどさ」
「だってレオ君。成長期としてその体格はちょっと……」
「チビだってか! チビって言いたいのか!」
「でゃははは! 陰毛チビ!」
苦笑しながら花瓶を置いて、思い出せない一ヶ月の記憶に首をひねっているレオの頭へ手を置いた。他の被害者と違い棒状の物による殴打傷がレオの頭にだけ残っていたのだが、それが昏倒と関係があるのかどうかは分かっていない。
ただ現場のレオが見つかった付近が、シルビの調べでは一番記憶障害の度合いが酷いようだった。生死に支障が出る程度の記憶障害者がいたのもレオの傍で、だから暗にまた何か問題へ巻き込まれていたのだろうというのが、レオへは話していないがシルビやスティーブン達の考えである。
「……でも、だとしたら『ネジ君』は」
「んぁ? 何か言ったかー?」
「何でもねぇよ。さて、そろそろ仕事へ戻るかぁザップさん」
「うぇー」
仕事の途中で寄っただけであることを思い出させて、嫌々立ち上がったザップの背中を押しながら病室を後にした。レオの怪我は頭の殴打傷以外は問題ないので、もうすぐ退院だと聞いている。
記憶が戻らずとも退院させるヘルサレムズ・ロットの病院の、そういうところはちょっと未だに理解出来なかった。
42番街の近くで起こった事件に、スティーブンが面倒臭そうにチェインから資料を受け取った。ただの集団昏倒なら例え異界人排他主義な42番街区であっても、このヘルサレムズ・ロットの敷地内である限りはそう大騒ぎする必要は無い。
だが今回の集団昏倒の特筆すべき点は『同時に集団記憶喪失も併発している』ことにあった。レオの友人といい、今月は記憶に関する話が多い。
集団昏倒と記憶喪失の当事者は、全員が揃って十三時間前からの記憶が無いらしかった。よって騒ぎの中心で何が起こったのかも忘れられており、チェインでもその騒動の原因を探る事は出来なかった様である。
そう考えればすぐに分かるが、コレは非常に厄介な話となってくるのだ。
「これが意図的にやられた事だとしたら、どんな犯罪も観測されたまま無かった事にされる」
死体の見つからない殺人事件は、殺人事件として成立しないのと同じ事である。死体は見つかったところで最初は死体遺棄として扱われるが、その死体さえ見つからないのならそれは死体遺棄としてさえ扱われず、世の中で『起こっていない』と認識されるのだ。
簡単に言うなら観測されるまで生死の分からないシュレーディンガーの猫と同じ現象だが、悪い事に猫の生死以前に猫を入れたという事実が無くなっているに等しい。
音がしてシルビ達が振り返ると、レオが話を聞いていたのか驚いた顔で立っていた。声を掛ける前に走り出して何処かへ行ってしまったレオに、シルビ達は不思議に思いつつ首をかしげる。
「何だったんだ?」
「さぁ?」
「……あれ、集団昏倒の現場って『42番区』でしたよねぇ?」
ふと思い出してスティーブンが持っていた資料を覗き込んだ。確認すれば確かに『42番区』だと書かれている。
「確か最近出来た友人とその辺りで会ってたはずですよ。彼」
「じゃあ友人が心配になったのか。まぁ確かにその区間に近い場所へ居たのなら、集団昏倒の被害者になってる可能性もあるな」
住処までは聞いていないし、昼食を一緒に食べるだけだと聞いているので、夜間に起こった騒ぎの時には異界人らしいその友人が42番街の近くへ居たかどうか。異界人排他思想の強い区域だし、いくらなんでも夜には近付かないだろう。
「一応は様子見だな。今後の経過次第で出方を変えたほうがいいだろう」
何かの切欠で被害者が失った十三時間の記憶を取り戻すかもしれない。そうでなくとも区域内の監視カメラを確認すれば、何が起こったのかは分かるだろう。
映像記録まで改竄なり消滅なりをしていたら困るが、その場合はその場合で首謀者の技量が量れるというものだ。
正直面倒臭いので、思い出して欲しいというのが本音である。
集団昏倒の騒ぎをライブラの事務所でシルビが聞いて約半日後。友達を心配しに行ったのだと思われたレオが二度目の集団昏倒事件に巻き込まれた。
二度目とはいったもののその規模は一度目の比ではなく、何千人という者が一斉に昏倒と記憶喪失を併発したのである。失われた記憶も半日程度ではなくおよそ一ヶ月分。
酷い者は生活に支障どころか、生きるのに支障が出るレベルでの記憶喪失となっており、そういった者は今後の人生は殆ど苦労しかないだろう。何せ病院の看護婦に雑談として聞いたところ赤ん坊より酷い状態らしいのだ。
借金取りが来て大変だったとか何とか愚痴を吐かれたが、当事者にとっては借金のことすら忘れられたのだけはもしかしたら僥倖かもしれない。
「だから! オマエこの一ヶ月殆ど毎日ロケッツバーガー食ってたんだよ!」
「マジすか」
花瓶の水を取り替えて戻ってきたら、ザップが椅子に座ってレオと話していた。シルビが戻ってきた事に気付いて振り返り、シルビへと同意を求めてくる。
「マジだよな!」
「うん。バーガーばっかり食べてるから、俺は心配して『野菜食え』って怒ったなぁ」
「何してんだよ。って、え、そんなに食ってたのオレ?」
「その腹の肉が証拠だろうがよお」
ザップがレオの腹を指差した。集団昏倒に巻き込まれて入院し、食事が低カロリーな入院食になったからか少しは凹んだレオの贅肉は、けれどもまだ元の状態にとまではいっていない。
「次は健康的に太ってくれぇ」
「太るのは確定なの!? いや食べるのは好きだからいいけどさ」
「だってレオ君。成長期としてその体格はちょっと……」
「チビだってか! チビって言いたいのか!」
「でゃははは! 陰毛チビ!」
苦笑しながら花瓶を置いて、思い出せない一ヶ月の記憶に首をひねっているレオの頭へ手を置いた。他の被害者と違い棒状の物による殴打傷がレオの頭にだけ残っていたのだが、それが昏倒と関係があるのかどうかは分かっていない。
ただ現場のレオが見つかった付近が、シルビの調べでは一番記憶障害の度合いが酷いようだった。生死に支障が出る程度の記憶障害者がいたのもレオの傍で、だから暗にまた何か問題へ巻き込まれていたのだろうというのが、レオへは話していないがシルビやスティーブン達の考えである。
「……でも、だとしたら『ネジ君』は」
「んぁ? 何か言ったかー?」
「何でもねぇよ。さて、そろそろ仕事へ戻るかぁザップさん」
「うぇー」
仕事の途中で寄っただけであることを思い出させて、嫌々立ち上がったザップの背中を押しながら病室を後にした。レオの怪我は頭の殴打傷以外は問題ないので、もうすぐ退院だと聞いている。
記憶が戻らずとも退院させるヘルサレムズ・ロットの病院の、そういうところはちょっと未だに理解出来なかった。