―Hello,World―
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五年前、『とある事件』が起こった。
数年経って落ち着いてきた今でも、知人達がそれについて思い起こす度に『深刻で最悪な事件』だと評するその事件で、シルビは『神』から『化け物』へと成り下がったのである。
元より『神』なんかより『人間』で居たいと思っていたシルビにとってもそれは衝撃的で、その事件から現在進行形の今でも、『かつての自分は酷く贅沢だったのだな』と考えさせられた騒動だった。その騒動によってシルビがかつて持っていた能力は失われ、今を以って六割程度しか回復していない。
それ以外にも傷痕を残した『事件』だった。
「まぁ何はともあれ、トラックが空を飛ぶのはHLでも普通じゃねぇんだなぁ?」
「当たり前だろ! 何の為のタイヤだよ!」
肩に担いだ少年が怒鳴る。成り行きで助けてしまったこの少年はどうも『不思議な眼』を持っているようで、その眼から感じられる感覚に思わず追いかけてしまったのだ。
何故か逃げたので更に追いかけた先でこの騒ぎが起こっていた訳だが、どうやら三年前に異界と交じり合ってしまった元ニューヨークであるこの地、『ヘルサレムズ・ロット』でもそういった現象は珍しいらしかった。トラックだけではなく道路を走っていた車という車が軒並み宙へと飛び上がっている。
正確には吹き飛ばされているのだろう。車以外にも市民なのだろう生物達も巻き込まれて舞い上がっている。波の様にそれがだんだんと近づいてきている事を確認し、シルビは少年を担ぐ腕とは逆の手で近くにあった街路灯を掴んだ。
コンクリへ走っていく亀裂。それが盛り上がることで車が宙へ浮いているのなら、地面に立てられている街路灯を掴んだところで意味は無い。本来なら。
「少年、舌を噛まねぇように口を閉じておけぇ」
「何をっ――」
「あとしがみ付いておきなさい。安全な場所までは絶対に離すつもり無ぇけど」
シルビの直ぐ足元へまで伸びてきた亀裂が、街路灯と一緒にシルビ達の身体を宙へと高く放り投げる。肩の上で少年が叫んでいるのが煩くて仕方が無いが、無視して宙に滞空している間に掴んでいた街路灯を建物の壁へ向かって投げた。
投げた肩が嫌な音を立てたが、それも無視して指を鳴らす。現れた幻覚の鎖の先が建物の壁へ突き刺さった街路灯へと巻きつき、手首へ巻きつけて掴んでいた反対側がそこを支点に放物線を描いた。
当然鎖を掴んでいるシルビの身体はその放物線通りに動き、反動で建物の壁へぶつかる前に両足で衝撃を殺す。鎖一本と片手でぶら下がった状態のまま、シルビは去っていく謎の亀裂を見送ってから肩の上の少年へ声を掛けた。
「生きてるかぁ?」
「……吐きそう」
「もうちょっと我慢してくれぇ。今地面に降りるからぁ」
無事に着地してから、どうやら脱臼してしまった肩を無理やり元へ戻している間に、携帯へ誰かから連絡のあったらしい少年が電話をしている。亀裂が入って盛り上がった道路は、モグラが通った地面を髣髴とさせた。
だが流石にモグラではないだろう。大きさもさることながら、モグラであるのならこうも一直線に進んだりはしまい。しかも道路に沿って。
自分はいつの間に怪獣映画の舞台へ入り込んでしまったのだろうかと、どうでもいい事を考えていると後ろで電話をしていた筈の少年が走り出した。
「あ、ちょっと待てぇ! 何処に行くんだぁ?」
「さっきのヤツを追いかけんだよ! アンタはついて来んな」
慌てて追いかけて併走すれば、少年が鬱陶しげにシルビを見る。さっきは助けてやったというのに、慌てているせいか感謝の一つもない。
「そりゃ困る。君について行かねぇと俺きっとMr.ラインヘルツのとこに行ける気がしねぇ」
「警察に聞い……ちゃ駄目だ。それは駄目だった。えーと……あーもう、やっぱりついて来い!」
そう言って少年がシルビの腕を掴んだが、進行方向ではだんだんと亀裂の先頭が先に行ってしまっている。アレを追いかければいいにしたって、ただ走っているだけでは到底追いつけないだろう。
少年もそれが分かっているのか必死に走りながらも悪態を吐いていた。シルビも一応少年より体力はあるつもりだったが、走っていて追いつけるとは思えない。
呆れた様に息を吐くと少年が怒った様にシルビを見る。振り返った拍子に少年が掴んでいた腕が引っ張られ、せっかく戻した肩がまた脱臼した。
「これでも頑張ってんだよ!」
「まだ何も言ってねぇよ」
「言うつもりだったろ!」
「君が掴んでいる腕がさっき脱臼したことについては、まぁ、言うつもりだったかなぁ」
「え、ごめん!」
「いや治せるから癖にならなけりゃ気にしねぇんだけどさぁ。何? アレの前に行きてぇの?」
「行きたいって言うか、アレの先に仲間がいるっていうか……」
「そこに行けたら、Mr.ラインヘルツのとこに連れて行ってくれるってんなら、どうにかしてあげよう」
「……出来んの?」
「『化け物』舐めんなよぉ――せぇのっ!」
走りながら指を鳴らし走る先に燃え上がらせた炎の輪へ、驚く少年と一緒に飛び込む。輪の中を潜り抜けた先は先程走っていた地点から、モグラモドキを追い越した数百メートルほど先だ。
コンクリへ着地して炎の輪を消すと、少年が驚きながら後ろを振り返ったりシルビを見たりと忙しい。警察が作ったのか意味も無さそうなバリケードの傍から、同じように驚いたスーツの男性が駆けてくる。
「少年!」
「スティーブンさん!」
どうやら少年の知り合いらしい彼に、シルビは外れたままだった肩をはめ直した。『五年前の事件』から後は、身体も貧弱になった気がする。
「予想外の方法で来たな。そちらの彼は友人かい?」
「えーと……」
「生憎出会ったばかりで名前も知りません。ですが現状打破を優先したいので、申し訳ありませんが俺にも話を聞かせていただけますか?」
男性と少年の会話へ首を突っ込めば、男性が訝しげにシルビを観察した。数秒で『利用出来るか出来ないか』の判断をしたらしい彼は、シルビから眼を逸らして少年へと話しかける。
「ヤツの視界を奪えるか試してみてくれ。無理なようだったら彼と一緒に退避。君は悪いがここまで彼を助けてきてくれたようだし、もう少し彼を頼んでもいいかな」
「アレって生物なんですか?」
「話ではそうらしいね。ただ知識に関してはサルより無いだろう」
「サルは意外と頭がいいですよ?」
「言うね。僕はヤツの動きが鈍くなったところで動きを拘束するから、いずれにせよ君達は逃げろ」
話の腰を折るのは悪かろうと何も言わなかったが、一体どうやって『視界を奪って』『動きを拘束する』つもりなのか。文句も言わずに了承した少年に、男性が走り去っていく。
自分から言い出したことだが何かの作戦に『少年を守る』という形で組み込まれたシルビは、とりあえず少年が行動した後に逃げる場所を探すかと周囲を見回した。とはいえだんだんと近づいてくる地面の下のモグラモドキに、再び空へ放り上げられて上手く着地すればいいのかもしれない。
だとしたら少年を掴んでいたほうが、と思ったところで、隣で少年が眼を見開いた。
青い眼だ。しかし『人』のそれではない。
騒動へ巻き込まれる前に感じた感覚はやはり間違っていなかったのだろう。ほのかに光を発して青く光る少年の両目に、シルビは緊張に似た気持ちで唾を飲み込んだ。
地面の下のモグラモドキの動きが、僅かに歪んで遅くなる。亀裂どころか大きく盛り上がった地面が割れ、巨大なミミズのような生物が叫びなのか鳴き声なのか分からない音を発しながら姿を現した。
その全身が下から凍っていく。見れば先程の男性の足元から凍り付いていっているようで。
「……氷属性的なぁ?」
思わず呟いた頭上へ誰かが飛び上がり、凍りついたミミズを殴りつける。殴られた箇所から皹の入っていった氷が、衝撃に耐え切れず砕けて周囲へと散らばった。
建物の壁や地面と問わず、モグラモドキがしでかした道路陥没より酷そうな状況でシルビは隣の少年と一緒に空を見上げる。
暗くなった頭上。空を見上げれば凍りついたミミズの大きめな破片。咄嗟に少年を引き寄せて破片へ向けて腕を伸ばし、指を鳴らす。
シルビの周囲から急激に生えた様に伸びた植物の蔓が、周囲の街路灯や看板の柱へと絡まり即席のネットが作り出された。そのネットへ受け止められて落下を止めたミミズの破片に、シルビは少年の無事を確かめてからため息を吐く。
これだけ動き回っても、今日はまだ仕事も何もしていなかった。
数年経って落ち着いてきた今でも、知人達がそれについて思い起こす度に『深刻で最悪な事件』だと評するその事件で、シルビは『神』から『化け物』へと成り下がったのである。
元より『神』なんかより『人間』で居たいと思っていたシルビにとってもそれは衝撃的で、その事件から現在進行形の今でも、『かつての自分は酷く贅沢だったのだな』と考えさせられた騒動だった。その騒動によってシルビがかつて持っていた能力は失われ、今を以って六割程度しか回復していない。
それ以外にも傷痕を残した『事件』だった。
「まぁ何はともあれ、トラックが空を飛ぶのはHLでも普通じゃねぇんだなぁ?」
「当たり前だろ! 何の為のタイヤだよ!」
肩に担いだ少年が怒鳴る。成り行きで助けてしまったこの少年はどうも『不思議な眼』を持っているようで、その眼から感じられる感覚に思わず追いかけてしまったのだ。
何故か逃げたので更に追いかけた先でこの騒ぎが起こっていた訳だが、どうやら三年前に異界と交じり合ってしまった元ニューヨークであるこの地、『ヘルサレムズ・ロット』でもそういった現象は珍しいらしかった。トラックだけではなく道路を走っていた車という車が軒並み宙へと飛び上がっている。
正確には吹き飛ばされているのだろう。車以外にも市民なのだろう生物達も巻き込まれて舞い上がっている。波の様にそれがだんだんと近づいてきている事を確認し、シルビは少年を担ぐ腕とは逆の手で近くにあった街路灯を掴んだ。
コンクリへ走っていく亀裂。それが盛り上がることで車が宙へ浮いているのなら、地面に立てられている街路灯を掴んだところで意味は無い。本来なら。
「少年、舌を噛まねぇように口を閉じておけぇ」
「何をっ――」
「あとしがみ付いておきなさい。安全な場所までは絶対に離すつもり無ぇけど」
シルビの直ぐ足元へまで伸びてきた亀裂が、街路灯と一緒にシルビ達の身体を宙へと高く放り投げる。肩の上で少年が叫んでいるのが煩くて仕方が無いが、無視して宙に滞空している間に掴んでいた街路灯を建物の壁へ向かって投げた。
投げた肩が嫌な音を立てたが、それも無視して指を鳴らす。現れた幻覚の鎖の先が建物の壁へ突き刺さった街路灯へと巻きつき、手首へ巻きつけて掴んでいた反対側がそこを支点に放物線を描いた。
当然鎖を掴んでいるシルビの身体はその放物線通りに動き、反動で建物の壁へぶつかる前に両足で衝撃を殺す。鎖一本と片手でぶら下がった状態のまま、シルビは去っていく謎の亀裂を見送ってから肩の上の少年へ声を掛けた。
「生きてるかぁ?」
「……吐きそう」
「もうちょっと我慢してくれぇ。今地面に降りるからぁ」
無事に着地してから、どうやら脱臼してしまった肩を無理やり元へ戻している間に、携帯へ誰かから連絡のあったらしい少年が電話をしている。亀裂が入って盛り上がった道路は、モグラが通った地面を髣髴とさせた。
だが流石にモグラではないだろう。大きさもさることながら、モグラであるのならこうも一直線に進んだりはしまい。しかも道路に沿って。
自分はいつの間に怪獣映画の舞台へ入り込んでしまったのだろうかと、どうでもいい事を考えていると後ろで電話をしていた筈の少年が走り出した。
「あ、ちょっと待てぇ! 何処に行くんだぁ?」
「さっきのヤツを追いかけんだよ! アンタはついて来んな」
慌てて追いかけて併走すれば、少年が鬱陶しげにシルビを見る。さっきは助けてやったというのに、慌てているせいか感謝の一つもない。
「そりゃ困る。君について行かねぇと俺きっとMr.ラインヘルツのとこに行ける気がしねぇ」
「警察に聞い……ちゃ駄目だ。それは駄目だった。えーと……あーもう、やっぱりついて来い!」
そう言って少年がシルビの腕を掴んだが、進行方向ではだんだんと亀裂の先頭が先に行ってしまっている。アレを追いかければいいにしたって、ただ走っているだけでは到底追いつけないだろう。
少年もそれが分かっているのか必死に走りながらも悪態を吐いていた。シルビも一応少年より体力はあるつもりだったが、走っていて追いつけるとは思えない。
呆れた様に息を吐くと少年が怒った様にシルビを見る。振り返った拍子に少年が掴んでいた腕が引っ張られ、せっかく戻した肩がまた脱臼した。
「これでも頑張ってんだよ!」
「まだ何も言ってねぇよ」
「言うつもりだったろ!」
「君が掴んでいる腕がさっき脱臼したことについては、まぁ、言うつもりだったかなぁ」
「え、ごめん!」
「いや治せるから癖にならなけりゃ気にしねぇんだけどさぁ。何? アレの前に行きてぇの?」
「行きたいって言うか、アレの先に仲間がいるっていうか……」
「そこに行けたら、Mr.ラインヘルツのとこに連れて行ってくれるってんなら、どうにかしてあげよう」
「……出来んの?」
「『化け物』舐めんなよぉ――せぇのっ!」
走りながら指を鳴らし走る先に燃え上がらせた炎の輪へ、驚く少年と一緒に飛び込む。輪の中を潜り抜けた先は先程走っていた地点から、モグラモドキを追い越した数百メートルほど先だ。
コンクリへ着地して炎の輪を消すと、少年が驚きながら後ろを振り返ったりシルビを見たりと忙しい。警察が作ったのか意味も無さそうなバリケードの傍から、同じように驚いたスーツの男性が駆けてくる。
「少年!」
「スティーブンさん!」
どうやら少年の知り合いらしい彼に、シルビは外れたままだった肩をはめ直した。『五年前の事件』から後は、身体も貧弱になった気がする。
「予想外の方法で来たな。そちらの彼は友人かい?」
「えーと……」
「生憎出会ったばかりで名前も知りません。ですが現状打破を優先したいので、申し訳ありませんが俺にも話を聞かせていただけますか?」
男性と少年の会話へ首を突っ込めば、男性が訝しげにシルビを観察した。数秒で『利用出来るか出来ないか』の判断をしたらしい彼は、シルビから眼を逸らして少年へと話しかける。
「ヤツの視界を奪えるか試してみてくれ。無理なようだったら彼と一緒に退避。君は悪いがここまで彼を助けてきてくれたようだし、もう少し彼を頼んでもいいかな」
「アレって生物なんですか?」
「話ではそうらしいね。ただ知識に関してはサルより無いだろう」
「サルは意外と頭がいいですよ?」
「言うね。僕はヤツの動きが鈍くなったところで動きを拘束するから、いずれにせよ君達は逃げろ」
話の腰を折るのは悪かろうと何も言わなかったが、一体どうやって『視界を奪って』『動きを拘束する』つもりなのか。文句も言わずに了承した少年に、男性が走り去っていく。
自分から言い出したことだが何かの作戦に『少年を守る』という形で組み込まれたシルビは、とりあえず少年が行動した後に逃げる場所を探すかと周囲を見回した。とはいえだんだんと近づいてくる地面の下のモグラモドキに、再び空へ放り上げられて上手く着地すればいいのかもしれない。
だとしたら少年を掴んでいたほうが、と思ったところで、隣で少年が眼を見開いた。
青い眼だ。しかし『人』のそれではない。
騒動へ巻き込まれる前に感じた感覚はやはり間違っていなかったのだろう。ほのかに光を発して青く光る少年の両目に、シルビは緊張に似た気持ちで唾を飲み込んだ。
地面の下のモグラモドキの動きが、僅かに歪んで遅くなる。亀裂どころか大きく盛り上がった地面が割れ、巨大なミミズのような生物が叫びなのか鳴き声なのか分からない音を発しながら姿を現した。
その全身が下から凍っていく。見れば先程の男性の足元から凍り付いていっているようで。
「……氷属性的なぁ?」
思わず呟いた頭上へ誰かが飛び上がり、凍りついたミミズを殴りつける。殴られた箇所から皹の入っていった氷が、衝撃に耐え切れず砕けて周囲へと散らばった。
建物の壁や地面と問わず、モグラモドキがしでかした道路陥没より酷そうな状況でシルビは隣の少年と一緒に空を見上げる。
暗くなった頭上。空を見上げれば凍りついたミミズの大きめな破片。咄嗟に少年を引き寄せて破片へ向けて腕を伸ばし、指を鳴らす。
シルビの周囲から急激に生えた様に伸びた植物の蔓が、周囲の街路灯や看板の柱へと絡まり即席のネットが作り出された。そのネットへ受け止められて落下を止めたミミズの破片に、シルビは少年の無事を確かめてからため息を吐く。
これだけ動き回っても、今日はまだ仕事も何もしていなかった。