―妖眼幻視行―
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レオナルド視点
かしかしと床を堅い物が擦れる音がする。突然静かになった病室に少しだけ感じられた緊迫感に、けれどもレオには何も見えなかった。
当然だ。現在レオの両目は包帯で覆われている。
身体もまともに動かせず、ただベッドで横たわって安静にしているだけのレオでは、病室に何が入ってきたのかも分からなかった。筈だった。
「……シルビ?」
床を擦れる音に覚えがあってそう呼びかければ、擦れる音が止まる。暫くの沈黙にどうして誰も何も言わないのかと不思議に思いながら、レオは病室の何処かへ居るだろう妹とシルビへ話しかけた。
「ミシェーラ。その人シルビっていって、オレの友達」
「お兄ちゃん友達いたんだ?」
「お前な」
「冗談。初めましてシルビさん。ミシェーラ・ウォッチです。目が見えないので顔に触らせてもらっていいですか?」
目が見えなくなってから、それはミシェーラにとって挨拶と同然のことだ。レオの見舞いに来てくれたことで紹介する事になってしまったザップ達も、それぞれ一度は顔を触られている。
再びかしかしと響いた音が止まった。多分ミシェーラへ近付いたのだろう。
「……? 大きい、犬? 牛?」
真剣に分からないのだろうミシェーラの戸惑いの声。トビーが『犬、じゃあないんじゃないかな……?』とぎこちなく相槌を打っていて、レオはやっとシルビが人の姿をしていないということに思い至った。
よく考えれば足音の時点で気付くべきだったのだろう。靴音とは違うそれに、喋ろうとしないシルビに。
「――……初めましてMiss.ミシェーラ。並びにMr.トビー。俺はシルビ・テトラ・グラマト。貴女の兄君に歪な眼を与え、貴女の眼を奪った神性存在と同じ、人の倫理など意に介さない不条理の一部です」
誰かが息を呑む音。
「貴女と貴女の伴侶と、貴女の兄君へ俺は謝罪をしてもしきれない。どうか謝罪の言葉を吐くことだけはお許しください」
聞こえる声の位置が高くなる。多分人の姿に戻ったのだろう。
「友人の一人も助けてやれなくて、ごめんなさい」
シルビの声は申し訳なさそうで、けれども震えていたりはしなかった。ただ以前、シルビが『神性存在』だと知った後の、シルビの家で話した時と声のトーンが似ていると気付く。目が見えない分聴力が鋭くなっているらしい。
『どうか俺と友達で居続けてください』
あの時と似た眼をしているんだろうな、と思ったところでレオには何も出来ず、その場の全員が多分ミシェーラの次の言葉を待っている。
響いたのは言葉ではなく、盛大なビンタの音だった。
「ご、ごめんなさい変なトコに当たりませんでした!? 何せコレがコレなもんで!」
「っ……いや、ちゃんと当たってる」
「良かった! じゃあこの話はこれで終わりって事で!」
あっけらかんと言い切ったミシェーラに、冷蔵庫の傍から吹き出すような声が聞こえた。
「それよりシルビさん。もう一回触らせてもらっていいですか? 凄いモフモフしてたんですけど」
「ミシェーラ。流石にそれは……」
「トビーも触らせてもらいなよ! 凄いんだから!」
シルビは無言ながらまた獣の姿になったらしく、ミシェーラと結局触らせてもらうことにしたトビーの声が病室に響く。我が妹ながら凄いなと思ってしまったが、そうではないのだろう。
レオがミシェーラの不安に気付いたように、ミシェーラはレオの決めたことに気付いた。
レオはシルビを憎まない。例えシルビがミシェーラの眼を奪いレオへ【神々の義眼】を押しつけたモノと同じ『神性存在』であっても、ソレとシルビは違うのだからと決めたことに。
だからシルビが彼女へ、レオやトビーへ謝罪するのは間違っていると、ミシェーラは判断した。その結果がビンタというのはどうかと思うが。
「おいミシェーラ。あんまりシルビ撫でまくるなよ。毛が抜けるだろ」
「そこはもっと気にするとこがあんだろっ!」
耐えきれなくなったとばかりにザップが怒鳴る。ザップの声がした方へ顔を向けるが、当然ザップがどういう顔をしているのかは分からなかった。けれども多分他の皆も似たような顔をしているかもしれない。
「シルビがこんなっ、牛? 山羊? トナカイか? なんか分かんねー四つ足になってんだぞ!?」
「僕とレオ君は前から知ってましたよ」
「マジかよ魚類!」
「クラウスさんとギルベルトさんとスティーブンさんも知ってます」
「スカーフェイスも知ってたの!?」
そう言えば今病室にいるメンバーの中では、レオとツェッドしか知らなかった。出来るだけ隠しておこうとしていたのだったと思い出して、病室へザップ達が居ることに気付いていただろうに、その隠していた姿で入ってきたという事実にレオははっとする。
化け物と罵られることも、憎まれることも覚悟して、シルビは獣の姿でレオの元へ来たのだ。おそらく、恨まれることを望んで。
「ミシェーラ。オレの分ももう一回ビンタしといて」
「いいよ」
病室に再び響くビンタの音。惜しむらくはレオが直々にビンタしてやれなかったことか。甘んじて受け入れるシルビも大概ではある。
かしかしと床を堅い物が擦れる音がする。突然静かになった病室に少しだけ感じられた緊迫感に、けれどもレオには何も見えなかった。
当然だ。現在レオの両目は包帯で覆われている。
身体もまともに動かせず、ただベッドで横たわって安静にしているだけのレオでは、病室に何が入ってきたのかも分からなかった。筈だった。
「……シルビ?」
床を擦れる音に覚えがあってそう呼びかければ、擦れる音が止まる。暫くの沈黙にどうして誰も何も言わないのかと不思議に思いながら、レオは病室の何処かへ居るだろう妹とシルビへ話しかけた。
「ミシェーラ。その人シルビっていって、オレの友達」
「お兄ちゃん友達いたんだ?」
「お前な」
「冗談。初めましてシルビさん。ミシェーラ・ウォッチです。目が見えないので顔に触らせてもらっていいですか?」
目が見えなくなってから、それはミシェーラにとって挨拶と同然のことだ。レオの見舞いに来てくれたことで紹介する事になってしまったザップ達も、それぞれ一度は顔を触られている。
再びかしかしと響いた音が止まった。多分ミシェーラへ近付いたのだろう。
「……? 大きい、犬? 牛?」
真剣に分からないのだろうミシェーラの戸惑いの声。トビーが『犬、じゃあないんじゃないかな……?』とぎこちなく相槌を打っていて、レオはやっとシルビが人の姿をしていないということに思い至った。
よく考えれば足音の時点で気付くべきだったのだろう。靴音とは違うそれに、喋ろうとしないシルビに。
「――……初めましてMiss.ミシェーラ。並びにMr.トビー。俺はシルビ・テトラ・グラマト。貴女の兄君に歪な眼を与え、貴女の眼を奪った神性存在と同じ、人の倫理など意に介さない不条理の一部です」
誰かが息を呑む音。
「貴女と貴女の伴侶と、貴女の兄君へ俺は謝罪をしてもしきれない。どうか謝罪の言葉を吐くことだけはお許しください」
聞こえる声の位置が高くなる。多分人の姿に戻ったのだろう。
「友人の一人も助けてやれなくて、ごめんなさい」
シルビの声は申し訳なさそうで、けれども震えていたりはしなかった。ただ以前、シルビが『神性存在』だと知った後の、シルビの家で話した時と声のトーンが似ていると気付く。目が見えない分聴力が鋭くなっているらしい。
『どうか俺と友達で居続けてください』
あの時と似た眼をしているんだろうな、と思ったところでレオには何も出来ず、その場の全員が多分ミシェーラの次の言葉を待っている。
響いたのは言葉ではなく、盛大なビンタの音だった。
「ご、ごめんなさい変なトコに当たりませんでした!? 何せコレがコレなもんで!」
「っ……いや、ちゃんと当たってる」
「良かった! じゃあこの話はこれで終わりって事で!」
あっけらかんと言い切ったミシェーラに、冷蔵庫の傍から吹き出すような声が聞こえた。
「それよりシルビさん。もう一回触らせてもらっていいですか? 凄いモフモフしてたんですけど」
「ミシェーラ。流石にそれは……」
「トビーも触らせてもらいなよ! 凄いんだから!」
シルビは無言ながらまた獣の姿になったらしく、ミシェーラと結局触らせてもらうことにしたトビーの声が病室に響く。我が妹ながら凄いなと思ってしまったが、そうではないのだろう。
レオがミシェーラの不安に気付いたように、ミシェーラはレオの決めたことに気付いた。
レオはシルビを憎まない。例えシルビがミシェーラの眼を奪いレオへ【神々の義眼】を押しつけたモノと同じ『神性存在』であっても、ソレとシルビは違うのだからと決めたことに。
だからシルビが彼女へ、レオやトビーへ謝罪するのは間違っていると、ミシェーラは判断した。その結果がビンタというのはどうかと思うが。
「おいミシェーラ。あんまりシルビ撫でまくるなよ。毛が抜けるだろ」
「そこはもっと気にするとこがあんだろっ!」
耐えきれなくなったとばかりにザップが怒鳴る。ザップの声がした方へ顔を向けるが、当然ザップがどういう顔をしているのかは分からなかった。けれども多分他の皆も似たような顔をしているかもしれない。
「シルビがこんなっ、牛? 山羊? トナカイか? なんか分かんねー四つ足になってんだぞ!?」
「僕とレオ君は前から知ってましたよ」
「マジかよ魚類!」
「クラウスさんとギルベルトさんとスティーブンさんも知ってます」
「スカーフェイスも知ってたの!?」
そう言えば今病室にいるメンバーの中では、レオとツェッドしか知らなかった。出来るだけ隠しておこうとしていたのだったと思い出して、病室へザップ達が居ることに気付いていただろうに、その隠していた姿で入ってきたという事実にレオははっとする。
化け物と罵られることも、憎まれることも覚悟して、シルビは獣の姿でレオの元へ来たのだ。おそらく、恨まれることを望んで。
「ミシェーラ。オレの分ももう一回ビンタしといて」
「いいよ」
病室に再び響くビンタの音。惜しむらくはレオが直々にビンタしてやれなかったことか。甘んじて受け入れるシルビも大概ではある。