閑話22
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ヴァルハラ社へ『本名』で赴いて、まだお嬢さんと呼ばれるにふさわしい社長と会ってきた帰り。事務所の執務室にメンバーの姿はなく、シルビは疲れからくるため息を吐いて温室へ向かった。
まだ眠ってはいなかったらしいツェッドは、水槽の中でエアギルスに故障などが起きていないかの確認をしており、シルビが来たことに気付くと水面からエアギルスをいつもの定位置へと置く。そうして水槽から上がろうとするのを手の動きだけで遠慮した。
「体調はぁ?」
「大丈夫です。シルビさんこそ大丈夫ですか」
「出来れば今すぐ休みてぇけど、話を聞いてもらう約束だったから」
ギルベルトが置いておいたのだろう棚の上のタオルを手に取って、それを肩へ掛けながら水槽の上部へ到る為の階段へ腰を下ろす。薄着な上にびしょ濡れになったり夜気に晒されたりしたからか少し寒かった。
「ヴァルハラ社のお嬢さんなぁ。君のエアギルスをすげぇレアなヘッドフォンと勘違いして奪ったらしいぜぇ。本物の写真も見せてもらったけど、確かにちょっと似てたなぁ」
「ヘッドフォンですか」
「全く違う君の生命維持装置だって説明してきたから、後で改めて謝罪に来るかもしれねぇ」
というか謝罪を約束させたことはシルビだけの秘密だ。幻の超高級音響機器だか何だか知らないが、金持ちの実業家というだけで世界の全てを手に入れた気分になっていた彼女が悪い。
ザップが大暴れして自慢の『商品』が壊される光景を、英国女王陛下にも見られてしまっただの何だのと言ってもいたが、ちゃんと最初から穏便に事を運んでいれば良かっただけの話だ。
ただ謝罪次第では、そこはフォローしてあげようとは思っている。本名で会いに行ったシルビの社会的価値に怯えていた彼女は、それでも今の軍需企業へは欠かせない人物だ。
「あんな立派なビルを持つ会社へ、簡単に話を聞けに行けるんですね」
「……結果的にね、友人達の手伝いをしてたらそうなっただけだぁ」
「でも貴方自身が持つものでもあるでしょう?」
「どうだろうなぁ……俺がそれを欲しいなんて思ったことは無かったなぁ」
肩に掛けたタオルで口元を拭う。
「エアギルスだけど、予備の制作を急いでもらうことにしたから、また今回みてぇなことがあっても次は大丈夫だと思う」
「制作を、急ぐ?」
「俺の友人に頼んで作って貰ったんだぁ。そういうの挑戦するの好きな奴が居るから」
「そうだったんですか。……でもシルビさん。貴方も『造りだそう』としてましたよね?」
ツェッドが聞いている事が何のことかを理解しかねて、それから思い出して笑った。
「あれは『創り出そうとした』んじゃねぇ。ただの【幻覚】だぁ」
指を鳴らして手の上へエアギルスを【幻覚】で作り上げる。殆ど一瞬で現れたそれにガラス越しのツェッドが傍へ寄ってきた。
「『これ』は【有幻覚】っていう幻覚の一種で作られてる。重さも質量もあるしちゃんと機能もする。でも俺は未熟だから俺の意識が途切れたら消えちまうし、今の俺の技量じゃレオ君の【神々の義眼】にも映らねぇ」
「その精度で、幻覚なんですか」
「いつも伸ばしてる鎖とかもコレと一緒だぜぇ。本物を取り返すまでの急場凌ぎにと思ってたんだけど、疲れてたから上手くいかなかったなぁ」
手の上のエアギルスを消して手のひらを晒す。手品だったらタネも仕掛けもありませんといったところだが、残念な事にタネはあるのだ。
それも不十分過ぎる技量で、実際にあの時エアギルスを【幻覚】で作り上げていたとしても、ツェッドがそれを装着して息が出来ていたかどうか。今考えると無理に作らなくて良かったと思う。
「苦しいだろうからって、思ったんだよ。俺もここはいきぐるしい」
「シルビさん『も』? ――!?」
俯いて膝へ顔を埋めて、【白澤】の角と尻尾が現れたことへ驚くツェッドの声を聞いた。ツェッドが激しく動いたせいか水槽の水が大きく揺れ動いて水音を立てている。
「俺も、明確に人間とは言い切れねぇんだぁ」
膝へ頬を押し付けるようにして水槽へと顔を向け、ガラス越しにシルビの角と尻尾を凝視しているツェッドへと笑いかけた。上手く笑えた様な気がしなかったのは、目が合ったツェッドが怯えるように身を引いたからだ。
「異界存在?」
「神性存在。らしい。人間として産まれてるけど事象に近かったり色んな能力が使えたり、俺自身分かってねぇ部分のほうがまだ多いけど、ハッキリと人間だとだけは言えねぇんだって」
だからこんな事も出来る、と手だけを水槽のガラスへ透過させる。まるで水面から手を入れるようにガラスをすり抜けたその手へ、ツェッドが恐る恐る手を伸ばしてきたのに触れてしまう前に引き戻した。
時間が経って多少回復していたとはいえ、その程度の【拒絶】もまだ疲れる。
「そういう意味じゃ、俺は君とちょっと似てる」
「でもボクは」
「俺にも同じ種族とか同属はいねぇよ。しかも生きてるうちに色んなものを取り込んで、人と魚なんて目じゃねぇくらいの『合成獣』でもある。この尻尾と角もその一つだなぁ」
ツェッドの指先がガラスを僅かに引っかいた。
「ただ身体だけは人間として産まれたから、一応血の繋がりのある家族はいる。人間社会で育ってきたから親友とか友達もいる。それが俺が生き続ける為のよすがになってる」
「生きる為の、よすが」
まだ眠ってはいなかったらしいツェッドは、水槽の中でエアギルスに故障などが起きていないかの確認をしており、シルビが来たことに気付くと水面からエアギルスをいつもの定位置へと置く。そうして水槽から上がろうとするのを手の動きだけで遠慮した。
「体調はぁ?」
「大丈夫です。シルビさんこそ大丈夫ですか」
「出来れば今すぐ休みてぇけど、話を聞いてもらう約束だったから」
ギルベルトが置いておいたのだろう棚の上のタオルを手に取って、それを肩へ掛けながら水槽の上部へ到る為の階段へ腰を下ろす。薄着な上にびしょ濡れになったり夜気に晒されたりしたからか少し寒かった。
「ヴァルハラ社のお嬢さんなぁ。君のエアギルスをすげぇレアなヘッドフォンと勘違いして奪ったらしいぜぇ。本物の写真も見せてもらったけど、確かにちょっと似てたなぁ」
「ヘッドフォンですか」
「全く違う君の生命維持装置だって説明してきたから、後で改めて謝罪に来るかもしれねぇ」
というか謝罪を約束させたことはシルビだけの秘密だ。幻の超高級音響機器だか何だか知らないが、金持ちの実業家というだけで世界の全てを手に入れた気分になっていた彼女が悪い。
ザップが大暴れして自慢の『商品』が壊される光景を、英国女王陛下にも見られてしまっただの何だのと言ってもいたが、ちゃんと最初から穏便に事を運んでいれば良かっただけの話だ。
ただ謝罪次第では、そこはフォローしてあげようとは思っている。本名で会いに行ったシルビの社会的価値に怯えていた彼女は、それでも今の軍需企業へは欠かせない人物だ。
「あんな立派なビルを持つ会社へ、簡単に話を聞けに行けるんですね」
「……結果的にね、友人達の手伝いをしてたらそうなっただけだぁ」
「でも貴方自身が持つものでもあるでしょう?」
「どうだろうなぁ……俺がそれを欲しいなんて思ったことは無かったなぁ」
肩に掛けたタオルで口元を拭う。
「エアギルスだけど、予備の制作を急いでもらうことにしたから、また今回みてぇなことがあっても次は大丈夫だと思う」
「制作を、急ぐ?」
「俺の友人に頼んで作って貰ったんだぁ。そういうの挑戦するの好きな奴が居るから」
「そうだったんですか。……でもシルビさん。貴方も『造りだそう』としてましたよね?」
ツェッドが聞いている事が何のことかを理解しかねて、それから思い出して笑った。
「あれは『創り出そうとした』んじゃねぇ。ただの【幻覚】だぁ」
指を鳴らして手の上へエアギルスを【幻覚】で作り上げる。殆ど一瞬で現れたそれにガラス越しのツェッドが傍へ寄ってきた。
「『これ』は【有幻覚】っていう幻覚の一種で作られてる。重さも質量もあるしちゃんと機能もする。でも俺は未熟だから俺の意識が途切れたら消えちまうし、今の俺の技量じゃレオ君の【神々の義眼】にも映らねぇ」
「その精度で、幻覚なんですか」
「いつも伸ばしてる鎖とかもコレと一緒だぜぇ。本物を取り返すまでの急場凌ぎにと思ってたんだけど、疲れてたから上手くいかなかったなぁ」
手の上のエアギルスを消して手のひらを晒す。手品だったらタネも仕掛けもありませんといったところだが、残念な事にタネはあるのだ。
それも不十分過ぎる技量で、実際にあの時エアギルスを【幻覚】で作り上げていたとしても、ツェッドがそれを装着して息が出来ていたかどうか。今考えると無理に作らなくて良かったと思う。
「苦しいだろうからって、思ったんだよ。俺もここはいきぐるしい」
「シルビさん『も』? ――!?」
俯いて膝へ顔を埋めて、【白澤】の角と尻尾が現れたことへ驚くツェッドの声を聞いた。ツェッドが激しく動いたせいか水槽の水が大きく揺れ動いて水音を立てている。
「俺も、明確に人間とは言い切れねぇんだぁ」
膝へ頬を押し付けるようにして水槽へと顔を向け、ガラス越しにシルビの角と尻尾を凝視しているツェッドへと笑いかけた。上手く笑えた様な気がしなかったのは、目が合ったツェッドが怯えるように身を引いたからだ。
「異界存在?」
「神性存在。らしい。人間として産まれてるけど事象に近かったり色んな能力が使えたり、俺自身分かってねぇ部分のほうがまだ多いけど、ハッキリと人間だとだけは言えねぇんだって」
だからこんな事も出来る、と手だけを水槽のガラスへ透過させる。まるで水面から手を入れるようにガラスをすり抜けたその手へ、ツェッドが恐る恐る手を伸ばしてきたのに触れてしまう前に引き戻した。
時間が経って多少回復していたとはいえ、その程度の【拒絶】もまだ疲れる。
「そういう意味じゃ、俺は君とちょっと似てる」
「でもボクは」
「俺にも同じ種族とか同属はいねぇよ。しかも生きてるうちに色んなものを取り込んで、人と魚なんて目じゃねぇくらいの『合成獣』でもある。この尻尾と角もその一つだなぁ」
ツェッドの指先がガラスを僅かに引っかいた。
「ただ身体だけは人間として産まれたから、一応血の繋がりのある家族はいる。人間社会で育ってきたから親友とか友達もいる。それが俺が生き続ける為のよすがになってる」
「生きる為の、よすが」