―鰓呼吸ブルース―
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ツェッド視点
師匠に連れられて伯爵の屋敷を、『外の世界』を初めて目にした時の記憶を夢見ていた。
飛び込むように意識の外側へと浮上する。そうして目の前にあった紫色に、叫ぶ声を忘れた。
身体が驚きに吸い込んだ酸素に、自分が水中へいるのだとすぐに緊張は解けたもののごく至近距離にある紫色へ思考が混乱する。以前にも似たような状況があったことを思い出して、その時以上に近い瞳にツェッドは言葉が見つからなかった。
目の前に『立っていた』シルビはツェッドが目を覚ましたのだと悟ると、泣きそうな紫の眼を細めてツェッドの顔から手を離す。するりと離れていったそれに手を伸ばし掛けたが、シルビはそのままツェッドへ背を向けガラスを『すり抜けて』水槽の外へと出て行った。
驚くツェッドの前で、ガラス越しにシルビは苦しげに咳き込んだかと思うとふらふら歩きだし、掠れた声でギルベルトを呼ぶ。ドアの向こうからタオルを抱えてやってきたギルベルトがよろけたシルビを支え、それからツェッドへと顔を向けた。
「ミスターオブライエン。お目覚めになられましたか」
安心したように微笑むギルベルトに、ツェッドは自分が倒れる前の事をやっと思い出す。いきなり覚えのない二人組へ襲撃され、エアギルスを奪われたのだ。
「レオナルドさん達が倒れていた貴方を見つけて、運んできてくださったのです。気分が悪いなどはありませんか?」
「……はい」
答えながらもツェッドの視線はギルベルトへもたれ掛かっているシルビへ向けられる。シルビはつい先程までツェッド同様水槽の中へ居たにも関わらず濡れている様子はなく、ただ疲労困憊だとばかりに脱力していた。
シルビが僅かに顔を上げてギルベルトへ何かを耳打ちし、それを聞いたギルベルトが頷いてシルビを運び水槽へと寄りかからせる。タオルを一枚受け取ったシルビが頭からそれを被るのに、ツェッドはガラスへ手を突いてそんなシルビを窺った。
当たり前だがガラスはツェッドの手を透過させようとはしない。
「……ツェッド君」
タオルを被って俯いていたシルビが呼ぶ。疲れ切っているのがありありと分かる声だ。
「今ちょっと、出られるようにするから、ちょっと待ってて」
泣きそうな声でそう言ってシルビが指を鳴らす。藍色の炎がシルビの手元で燃え上がったかと思うと、エアギルスがその手元へ現れた。ツェッドが驚いて凝視している先で、しかしそのエアギルスは歪んで消えてしまう。
舌打ちをしたシルビがもう一度指を鳴らす。そこでやっとシルビがエアギルスを何かしらの能力で『造りだそう』としていることに気付いて、ツェッドは慌てて水面へと上がった。
師匠から教わった血法シナトベの応用で、鰓を含めた頭部だけを水泡で包み込んで水槽から出て、階段を降りてシルビへと駆け寄る。身体から落ちる水滴で床を水浸しにしてしまったが、それは後で片づければいい。
「シルビさん! 大丈夫です! 短時間なら自分でどうにか出来ますから!」
「……そう? ごめんなぁ」
掴んだ手が水中にいたツェッドの手より冷たかった。ギルベルトが傍にきてツェッドの身体へタオルを掛ける。
お礼を言ってそれで身体を拭けばシルビがギルベルトを見上げた。
「さっき、携帯へ連絡が来てましたよね」
「チェインさんからのエアギルスの所在判明の報告でした。『ヴァルハラ・ダイナミクス』という軍需企業の本社だとか」
「ああ、あの若社長のトコ……。なら直に行ったほうが取り返せるかなぁ」
軍需企業の関係者と知り合いなのかと思ったが、疲れ切っているシルビへ必要以上に喋らせるのもどうかと悩んで、結局尋ねるのをやめる。
いつもの上着を着ていなくて寒いのかシルビがくしゃみをした。頭から被っていたタオルを肩へかけ直してよろよろと立ち上がる姿は、窒息死しかけていたツェッドより重症にも思えなくない。
今だって血法の応用技である【逆さ泡鉢】が解けてしまったら、ツェッドは再び陸に上がった魚へと成り果てる。水槽が近いのですぐに戻して貰えば少しの間息を止めているのと同じ程度だろうが、苦しいことには変わりない。
けれどもシルビの様子はそれとはまた少し違っていた。
「ギルベルトさん、その会社の場所を教えてもらえますか?」
「構いませんが、どうなさるので?」
「ボクがエアギルスを奪われたことが原因なので、ボクも行こうと思います」
「無理はしねぇほうがいい」
「無理だなんて。ボクより今の貴方のほうがよっぽど無理をしてますよね?」
水槽へ手を突いて身体を支えているシルビが押し黙る。無理をしているという自覚はあるらしく、逸らされた視線にギルベルトがツェッドへ同意するように微笑んだ。
「では車を用意いたしましょう」
「お願いします」
温室を出ていくギルベルトを見送ってツェッドはシルビを振り返る。未だに水槽へ寄りかかったままのシルビと目が合って、その紫色の瞳がツェッドを映した。
彼がガラスをすり抜けるような能力を持っていたなんて聞いたことがない。手の中で『造りだされかけた』エアギルス。意識がない間ずっと触れていた手の理由とか。
泣きそうなままの理由とか。
「あの……」
「……後で、話を聞いてもらってもぉ?」
遮るように尋ねられて、ツェッドはただ頷いた。
師匠に連れられて伯爵の屋敷を、『外の世界』を初めて目にした時の記憶を夢見ていた。
飛び込むように意識の外側へと浮上する。そうして目の前にあった紫色に、叫ぶ声を忘れた。
身体が驚きに吸い込んだ酸素に、自分が水中へいるのだとすぐに緊張は解けたもののごく至近距離にある紫色へ思考が混乱する。以前にも似たような状況があったことを思い出して、その時以上に近い瞳にツェッドは言葉が見つからなかった。
目の前に『立っていた』シルビはツェッドが目を覚ましたのだと悟ると、泣きそうな紫の眼を細めてツェッドの顔から手を離す。するりと離れていったそれに手を伸ばし掛けたが、シルビはそのままツェッドへ背を向けガラスを『すり抜けて』水槽の外へと出て行った。
驚くツェッドの前で、ガラス越しにシルビは苦しげに咳き込んだかと思うとふらふら歩きだし、掠れた声でギルベルトを呼ぶ。ドアの向こうからタオルを抱えてやってきたギルベルトがよろけたシルビを支え、それからツェッドへと顔を向けた。
「ミスターオブライエン。お目覚めになられましたか」
安心したように微笑むギルベルトに、ツェッドは自分が倒れる前の事をやっと思い出す。いきなり覚えのない二人組へ襲撃され、エアギルスを奪われたのだ。
「レオナルドさん達が倒れていた貴方を見つけて、運んできてくださったのです。気分が悪いなどはありませんか?」
「……はい」
答えながらもツェッドの視線はギルベルトへもたれ掛かっているシルビへ向けられる。シルビはつい先程までツェッド同様水槽の中へ居たにも関わらず濡れている様子はなく、ただ疲労困憊だとばかりに脱力していた。
シルビが僅かに顔を上げてギルベルトへ何かを耳打ちし、それを聞いたギルベルトが頷いてシルビを運び水槽へと寄りかからせる。タオルを一枚受け取ったシルビが頭からそれを被るのに、ツェッドはガラスへ手を突いてそんなシルビを窺った。
当たり前だがガラスはツェッドの手を透過させようとはしない。
「……ツェッド君」
タオルを被って俯いていたシルビが呼ぶ。疲れ切っているのがありありと分かる声だ。
「今ちょっと、出られるようにするから、ちょっと待ってて」
泣きそうな声でそう言ってシルビが指を鳴らす。藍色の炎がシルビの手元で燃え上がったかと思うと、エアギルスがその手元へ現れた。ツェッドが驚いて凝視している先で、しかしそのエアギルスは歪んで消えてしまう。
舌打ちをしたシルビがもう一度指を鳴らす。そこでやっとシルビがエアギルスを何かしらの能力で『造りだそう』としていることに気付いて、ツェッドは慌てて水面へと上がった。
師匠から教わった血法シナトベの応用で、鰓を含めた頭部だけを水泡で包み込んで水槽から出て、階段を降りてシルビへと駆け寄る。身体から落ちる水滴で床を水浸しにしてしまったが、それは後で片づければいい。
「シルビさん! 大丈夫です! 短時間なら自分でどうにか出来ますから!」
「……そう? ごめんなぁ」
掴んだ手が水中にいたツェッドの手より冷たかった。ギルベルトが傍にきてツェッドの身体へタオルを掛ける。
お礼を言ってそれで身体を拭けばシルビがギルベルトを見上げた。
「さっき、携帯へ連絡が来てましたよね」
「チェインさんからのエアギルスの所在判明の報告でした。『ヴァルハラ・ダイナミクス』という軍需企業の本社だとか」
「ああ、あの若社長のトコ……。なら直に行ったほうが取り返せるかなぁ」
軍需企業の関係者と知り合いなのかと思ったが、疲れ切っているシルビへ必要以上に喋らせるのもどうかと悩んで、結局尋ねるのをやめる。
いつもの上着を着ていなくて寒いのかシルビがくしゃみをした。頭から被っていたタオルを肩へかけ直してよろよろと立ち上がる姿は、窒息死しかけていたツェッドより重症にも思えなくない。
今だって血法の応用技である【逆さ泡鉢】が解けてしまったら、ツェッドは再び陸に上がった魚へと成り果てる。水槽が近いのですぐに戻して貰えば少しの間息を止めているのと同じ程度だろうが、苦しいことには変わりない。
けれどもシルビの様子はそれとはまた少し違っていた。
「ギルベルトさん、その会社の場所を教えてもらえますか?」
「構いませんが、どうなさるので?」
「ボクがエアギルスを奪われたことが原因なので、ボクも行こうと思います」
「無理はしねぇほうがいい」
「無理だなんて。ボクより今の貴方のほうがよっぽど無理をしてますよね?」
水槽へ手を突いて身体を支えているシルビが押し黙る。無理をしているという自覚はあるらしく、逸らされた視線にギルベルトがツェッドへ同意するように微笑んだ。
「では車を用意いたしましょう」
「お願いします」
温室を出ていくギルベルトを見送ってツェッドはシルビを振り返る。未だに水槽へ寄りかかったままのシルビと目が合って、その紫色の瞳がツェッドを映した。
彼がガラスをすり抜けるような能力を持っていたなんて聞いたことがない。手の中で『造りだされかけた』エアギルス。意識がない間ずっと触れていた手の理由とか。
泣きそうなままの理由とか。
「あの……」
「……後で、話を聞いてもらってもぉ?」
遮るように尋ねられて、ツェッドはただ頷いた。