―鰓呼吸ブルース―
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
出来るだけ楽な格好というつもりで、いつも彼が水槽の中でそうしているようにエアギルスの装着部位が付いていた上着を脱がせる。そっと腕を放せば水中へ寝ている魚の様に静かに沈んでいくツェッドの、瞼がなくて寝ているのかどうかも見ただけでは分からない眼をレオがガラス越しに覗き込んだ。
【神々の義眼】を見開いて。
そうすることでツェッドの『眼球』が最後に見たものを映し取るつもりらしい。音速猿のソニック相手には今までに何度か行ない、一応成功もしているようだった。
おそらくシルビも全ての『眼』が揃っていれば似たようなことは出来るのだろう。自分の見たものを他者へ見せた経験はあった気がする。
息を飲むように仰け反ったレオが、ややあって見守っていたクラウス達へと振り向いた。
「犯人は……トレンチコートの二人組です。チョビ髭の眼鏡と、いかつい黒目」
どうやら異界人ではなく人類らしいその犯人像に、ますます以てエアギルスを盗んだ理由が分からない。
だがこの場合、盗んだ理由ではなく取り返せるのかが重要なのだろう。
その犯人共が何処の誰かを捜すところからかと、シルビがツェッドの看病でびしょ濡れになったティシャツを摘んだところで、緊急事態発生の警報が鳴り響いた。
テレビを点ければヘルサレムズ・ロット内のゴミ捨て場数十カ所で降霊術テロが発生したらしい。逆環境問題過激派の声明も既に各メディアへ送り届けられており、腐敗しかけた異界人が声高に叫んでいる映像が流される。
『汚染された世界でしか生存できない我々に死ねというのか! 清潔ファシスト共に不浄の鉄槌を!』
サバンナの掃除屋と名高いハイエナや水槽に入れば汚れをたべてくれるタニシを見習ってから発言しろと思ったのは、映像に映る異界人達に蠅が集っていたからか。もしくはこっちはこっちでツェッドの問題があったからか。正確なところはシルビ自身ちょっと分からなかった。ツェッドには悪いが多分前者である。
だがヘルサレムズ・ロットをゴミの楽園へする訳にもいかず、クラウス達が出動の支度を始めた。ツェッドのエアギルス奪還もしたいところだが、世界の均衡を守る組織である以上個人的な事情よりテロ退治を優先せざるを得ない。
「シルビはツェッドへ何かあったときの為に残ってくれ」
「分かりました」
サポート寄りの扱いをされているシルビは、多分呼ばれることもないだろう。
「レオ、すまない。すぐ戻る」
クラウスが申し訳なさそうにそう言って事務所を出て行った。
くしゃみを一つこぼしてシルビはツェッドのカルテを取りに行く。血界の眷属に作られた存在であるツェッドは前例のない魚と人間の複合生命体なので、少しでも身体に変調があったら記録しておいたほうがいいのである。今回のことは変調とは違うが、一応記録しておいても損はないだろう。
びしょ濡れの髪の毛をかき上げて、そう言えば結わえていなかったなと思い出したところでレオがポツリと呟いた。
「楽しみにしてたってことだよな」
振り返った先で、レオは水槽から剥がした新年会のチラシを見つめている。
「……なあシルビ」
「なに」
「どーにか出来ねえの。……『神性存在』、なんだろ?」
カルテへ滑らせていたペンを、間違えて折ってしまった。こぼれたインクで汚れた手を払ってから、ペンの破片をゴミ箱へ捨てる。
「出来ない」
レオに背を向けて端的に、ハッキリとそれだけ告げたところで返事はなかった。新しいペンを取ってカルテを書き込んでいけば、紙をグシャグシャに丸める音がして背中に何かがぶつけられる。
荒々しい足音を無理に立ててレオが温室を出ていく。乱暴に閉められた扉を振り返ったところでレオが帰ってくる気配もなく、シルビは足下へ転がっていた丸められたチラシを拾った。
丁寧に広げて皺を伸ばし、それでも皺の残るチラシの文面を見つめる。
「……言い訳もさせてくれねぇの」
カルテと一緒にそのチラシを置いて、シルビはツェッドが揺蕩う水槽へと歩み寄った。
冷たいガラスの向こう。ツェッドが何かの夢を見ている。
多少の皹が入ったとしても割れないようにと、厚めのガラスへ手を伸ばした。常識で考えるならそのままガラスへ触れる筈の手は、しかしガラスを『すり抜けて』水中へ漂うツェッドへ向けて伸びる。
そのまま腕、肩、身体とガラスを『すり抜けて』水槽の中へと入り込んだシルビは、意識の無いツェッドの顔を引き寄せて額を押し当てた。
取り返した『眼』のお陰で取り返す前より疲れにくくなったり、身体能力の再向上がされたりはしているが、この【選択】という能力は元々が他者の能力だったものであることもあって、使いにくく感じられる。【選択】次第では水中でも溶岩の中でも呼吸が出来るのでそこはいいのだが。
周囲の水を【拒絶】し続けている意識が頭痛を引き起こし始めている。この調子では一時間も保てばいい方か。
「苦しいかもだけど、俺は君に起きて欲しい」
聞こえていないだろうが構わずに話しかける。
シルビにとっても相変わらず、ツェッドにとっても依然としてこの世界は少し生き苦しい。
けれども。
【神々の義眼】を見開いて。
そうすることでツェッドの『眼球』が最後に見たものを映し取るつもりらしい。音速猿のソニック相手には今までに何度か行ない、一応成功もしているようだった。
おそらくシルビも全ての『眼』が揃っていれば似たようなことは出来るのだろう。自分の見たものを他者へ見せた経験はあった気がする。
息を飲むように仰け反ったレオが、ややあって見守っていたクラウス達へと振り向いた。
「犯人は……トレンチコートの二人組です。チョビ髭の眼鏡と、いかつい黒目」
どうやら異界人ではなく人類らしいその犯人像に、ますます以てエアギルスを盗んだ理由が分からない。
だがこの場合、盗んだ理由ではなく取り返せるのかが重要なのだろう。
その犯人共が何処の誰かを捜すところからかと、シルビがツェッドの看病でびしょ濡れになったティシャツを摘んだところで、緊急事態発生の警報が鳴り響いた。
テレビを点ければヘルサレムズ・ロット内のゴミ捨て場数十カ所で降霊術テロが発生したらしい。逆環境問題過激派の声明も既に各メディアへ送り届けられており、腐敗しかけた異界人が声高に叫んでいる映像が流される。
『汚染された世界でしか生存できない我々に死ねというのか! 清潔ファシスト共に不浄の鉄槌を!』
サバンナの掃除屋と名高いハイエナや水槽に入れば汚れをたべてくれるタニシを見習ってから発言しろと思ったのは、映像に映る異界人達に蠅が集っていたからか。もしくはこっちはこっちでツェッドの問題があったからか。正確なところはシルビ自身ちょっと分からなかった。ツェッドには悪いが多分前者である。
だがヘルサレムズ・ロットをゴミの楽園へする訳にもいかず、クラウス達が出動の支度を始めた。ツェッドのエアギルス奪還もしたいところだが、世界の均衡を守る組織である以上個人的な事情よりテロ退治を優先せざるを得ない。
「シルビはツェッドへ何かあったときの為に残ってくれ」
「分かりました」
サポート寄りの扱いをされているシルビは、多分呼ばれることもないだろう。
「レオ、すまない。すぐ戻る」
クラウスが申し訳なさそうにそう言って事務所を出て行った。
くしゃみを一つこぼしてシルビはツェッドのカルテを取りに行く。血界の眷属に作られた存在であるツェッドは前例のない魚と人間の複合生命体なので、少しでも身体に変調があったら記録しておいたほうがいいのである。今回のことは変調とは違うが、一応記録しておいても損はないだろう。
びしょ濡れの髪の毛をかき上げて、そう言えば結わえていなかったなと思い出したところでレオがポツリと呟いた。
「楽しみにしてたってことだよな」
振り返った先で、レオは水槽から剥がした新年会のチラシを見つめている。
「……なあシルビ」
「なに」
「どーにか出来ねえの。……『神性存在』、なんだろ?」
カルテへ滑らせていたペンを、間違えて折ってしまった。こぼれたインクで汚れた手を払ってから、ペンの破片をゴミ箱へ捨てる。
「出来ない」
レオに背を向けて端的に、ハッキリとそれだけ告げたところで返事はなかった。新しいペンを取ってカルテを書き込んでいけば、紙をグシャグシャに丸める音がして背中に何かがぶつけられる。
荒々しい足音を無理に立ててレオが温室を出ていく。乱暴に閉められた扉を振り返ったところでレオが帰ってくる気配もなく、シルビは足下へ転がっていた丸められたチラシを拾った。
丁寧に広げて皺を伸ばし、それでも皺の残るチラシの文面を見つめる。
「……言い訳もさせてくれねぇの」
カルテと一緒にそのチラシを置いて、シルビはツェッドが揺蕩う水槽へと歩み寄った。
冷たいガラスの向こう。ツェッドが何かの夢を見ている。
多少の皹が入ったとしても割れないようにと、厚めのガラスへ手を伸ばした。常識で考えるならそのままガラスへ触れる筈の手は、しかしガラスを『すり抜けて』水中へ漂うツェッドへ向けて伸びる。
そのまま腕、肩、身体とガラスを『すり抜けて』水槽の中へと入り込んだシルビは、意識の無いツェッドの顔を引き寄せて額を押し当てた。
取り返した『眼』のお陰で取り返す前より疲れにくくなったり、身体能力の再向上がされたりはしているが、この【選択】という能力は元々が他者の能力だったものであることもあって、使いにくく感じられる。【選択】次第では水中でも溶岩の中でも呼吸が出来るのでそこはいいのだが。
周囲の水を【拒絶】し続けている意識が頭痛を引き起こし始めている。この調子では一時間も保てばいい方か。
「苦しいかもだけど、俺は君に起きて欲しい」
聞こえていないだろうが構わずに話しかける。
シルビにとっても相変わらず、ツェッドにとっても依然としてこの世界は少し生き苦しい。
けれども。