―鰓呼吸ブルース―
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モルツォグァッツァでのバイトを終えて家へ帰って、暗くなった窓の外を眺めつつ今日はもう疲れたので早めに寝るかと髪を解いて上着を脱いだところで、携帯が着信を告げた。
「はいシルビ――」
『シルビ! 今すぐ来て!』
「落ち着けぇ。何があった?」
慌てたレオの声に最近避けていたことを頭の片隅へ押しやる。電話越しのシルビまで焦っても仕方がないので、わざと何でも無さそうに平然として尋ねたが、それは次の瞬間にはやはり頭の隅へと吹き飛んだ。
『ツェッドさんが! ツェッドさんが息出来ない!』
腕輪を外していなかったことが救いか。咄嗟に指を鳴らして【第八の炎】が繋がった先は、事務所のツェッドの水槽がある温室かという予想を裏切って夜の道路脇だった。
少し肌寒さを感じたものの、上着を取りに戻る余裕はすぐ側にあった人集りを見つけて無くなる。レオだけではなくザップやチェインまでいるその人集りの中心で倒れているのはツェッドだった。
「レオ君!」
「シルビ! ボンベ! ボンベ無い! 水! 水ぅ!」
「プールの方がいんじゃね!?」
「とにかくタクシー呼ぼうとしたところなの。ペットボトルの水はあるんだけど」
一番冷静そうなチェインの話を聞きながらシルビはツェッドの様子を確かめる。外傷はないが普段彼の首元の鰓を覆っているエアギルスが無くなっていた。そのせいで呼吸が出来なくなっており、空気の海で溺れかけているとでもいうべきか。
チェインからペットボトルとハンカチを受け取ってハンカチを濡らし、ツェッドの鰓へとそっと押し当てる。湿った鰓に苦しげながらも僅かに呻いたツェッドは、これでごく僅かなが空気を取り入れることが出来ているはずだ。
とはいえ当然こんな応急処置より水中へ押し込んだ方がいいのは確かで、シルビはツェッドの頭を支えながら振り返った。
「事務所へ連絡して今すぐツェッド君を連れて行くことを伝えてください。ザップさんとレオ君は運ぶのを手伝ってくれぇ」
「分かった」
「エアギルスはぁ?」
「それが見つかんなくて。二人組が強盗したらしいのを見てた奴はいるんだけど、財布は盗まれてなくてエアギルスだけ」
事務所へ電話を掛けていたチェインはそう言うが、それはそれで変な話だ。逆アクアラングなど大抵の異界人でも盗んで使おうとは思わないだろうに。
ザップがツェッドの腕を肩へ回して起き上がらせるのに、シルビはレオとハンカチを押さえる役目を変わって指を鳴らした。ここへ来るまでに使っていたらしいザップのランブレッタも回収する。
【第八の炎】を繋げた先である事務所の温室では、チェインの連絡を受けたギルベルト達が既に待機してくれていた。
ワークパンツだけをとりあえず脱がせて、水槽へゆっくりとツェッドの身体を放り込む。水中に浸った途端喘ぐように鰓が動いたのを確認し、シルビは沈んでいく身体を引き留めるように腕を掴んで脈を測った。
まだ少し早いのは中断されていた酸素の供給で身体中に分配している為だろう。落ち着くまではすぐに対応出来るように水面付近に居て欲しいのだが、意識の無い今はそれも難しい。
最悪シルビが水中に行くことも考えていると、急場を凌いで水槽に寄りかかる形で座っていたレオが頭を掻いた。
「しかしエアギルスなんてツェッドさん専用でしょ? 他の使い道なんてありゃしないのに無理やり引剥がしていくとか、どういう了見なんでしょうね」
それはシルビも考えたことだ。
「替えは無いンすか」
「言ったろ。高いんだよ。シルビの伝手で安くしてもらったにしたって、高級腕時計をワンオフで作るようなもんだ」
「一応予備としてもう一つ作って貰ってますが、今すぐに完成ってのは無理な話だなぁ。つかスティーブンさん、それバラしたんですか」
「悪かったか?」
「いえ……」
ツェッドの生命維持に必要なエアギルスの作成に、シルビも噛んでいる事実はシルビの本名のほうの関係なので、レオ達やツェッド本人にも言っていなかった。特別内緒にしていたわけではないが、ザップへ集られ無いように黙っていた部分はある。
ヘルサレムズ・ロットへ赴くに当たって本名で動くことはあまり無しにしようと決めたのはシルビ自身だし、それで距離を置かれるのも本意ではない。
「じゃ、新年会は?」
「虚居? 無理だろ」
「ウソだー! 苦労して取ったのにぃぃ!」
心配するところはそこなのだろうかとちょっと呆れた。水槽に放り込まれて呼吸が出来るようになったツェッドに、命の危機が無くなったからだろうが、その次に思うことがそれかと。
「……これ」
立ち上がったレオが何かに気付いたように水槽のガラスへ手を伸ばした。ぺり、と剥がれる音にシルビも身を乗り出してレオの手元を見れば、水槽の内側へ向けて貼られていたらしい新年会のチラシ。
紙だから水中へ持ち込むことは出来ない。けれども何度もずっと見ていたかったから、水槽の外側から貼ったのか。
ライブラへ来てからでなくとも、彼にとっては初めてだろうそのパーティが楽しみで。
「取り返しましょうよエアギルス。幹事としてこんなん承服できない。新年会実行委員会からの緊急要請です」
水槽の中でツェッドの脈がやっと落ち着いてくる。けれども意識はまだ目覚めない。
「はいシルビ――」
『シルビ! 今すぐ来て!』
「落ち着けぇ。何があった?」
慌てたレオの声に最近避けていたことを頭の片隅へ押しやる。電話越しのシルビまで焦っても仕方がないので、わざと何でも無さそうに平然として尋ねたが、それは次の瞬間にはやはり頭の隅へと吹き飛んだ。
『ツェッドさんが! ツェッドさんが息出来ない!』
腕輪を外していなかったことが救いか。咄嗟に指を鳴らして【第八の炎】が繋がった先は、事務所のツェッドの水槽がある温室かという予想を裏切って夜の道路脇だった。
少し肌寒さを感じたものの、上着を取りに戻る余裕はすぐ側にあった人集りを見つけて無くなる。レオだけではなくザップやチェインまでいるその人集りの中心で倒れているのはツェッドだった。
「レオ君!」
「シルビ! ボンベ! ボンベ無い! 水! 水ぅ!」
「プールの方がいんじゃね!?」
「とにかくタクシー呼ぼうとしたところなの。ペットボトルの水はあるんだけど」
一番冷静そうなチェインの話を聞きながらシルビはツェッドの様子を確かめる。外傷はないが普段彼の首元の鰓を覆っているエアギルスが無くなっていた。そのせいで呼吸が出来なくなっており、空気の海で溺れかけているとでもいうべきか。
チェインからペットボトルとハンカチを受け取ってハンカチを濡らし、ツェッドの鰓へとそっと押し当てる。湿った鰓に苦しげながらも僅かに呻いたツェッドは、これでごく僅かなが空気を取り入れることが出来ているはずだ。
とはいえ当然こんな応急処置より水中へ押し込んだ方がいいのは確かで、シルビはツェッドの頭を支えながら振り返った。
「事務所へ連絡して今すぐツェッド君を連れて行くことを伝えてください。ザップさんとレオ君は運ぶのを手伝ってくれぇ」
「分かった」
「エアギルスはぁ?」
「それが見つかんなくて。二人組が強盗したらしいのを見てた奴はいるんだけど、財布は盗まれてなくてエアギルスだけ」
事務所へ電話を掛けていたチェインはそう言うが、それはそれで変な話だ。逆アクアラングなど大抵の異界人でも盗んで使おうとは思わないだろうに。
ザップがツェッドの腕を肩へ回して起き上がらせるのに、シルビはレオとハンカチを押さえる役目を変わって指を鳴らした。ここへ来るまでに使っていたらしいザップのランブレッタも回収する。
【第八の炎】を繋げた先である事務所の温室では、チェインの連絡を受けたギルベルト達が既に待機してくれていた。
ワークパンツだけをとりあえず脱がせて、水槽へゆっくりとツェッドの身体を放り込む。水中に浸った途端喘ぐように鰓が動いたのを確認し、シルビは沈んでいく身体を引き留めるように腕を掴んで脈を測った。
まだ少し早いのは中断されていた酸素の供給で身体中に分配している為だろう。落ち着くまではすぐに対応出来るように水面付近に居て欲しいのだが、意識の無い今はそれも難しい。
最悪シルビが水中に行くことも考えていると、急場を凌いで水槽に寄りかかる形で座っていたレオが頭を掻いた。
「しかしエアギルスなんてツェッドさん専用でしょ? 他の使い道なんてありゃしないのに無理やり引剥がしていくとか、どういう了見なんでしょうね」
それはシルビも考えたことだ。
「替えは無いンすか」
「言ったろ。高いんだよ。シルビの伝手で安くしてもらったにしたって、高級腕時計をワンオフで作るようなもんだ」
「一応予備としてもう一つ作って貰ってますが、今すぐに完成ってのは無理な話だなぁ。つかスティーブンさん、それバラしたんですか」
「悪かったか?」
「いえ……」
ツェッドの生命維持に必要なエアギルスの作成に、シルビも噛んでいる事実はシルビの本名のほうの関係なので、レオ達やツェッド本人にも言っていなかった。特別内緒にしていたわけではないが、ザップへ集られ無いように黙っていた部分はある。
ヘルサレムズ・ロットへ赴くに当たって本名で動くことはあまり無しにしようと決めたのはシルビ自身だし、それで距離を置かれるのも本意ではない。
「じゃ、新年会は?」
「虚居? 無理だろ」
「ウソだー! 苦労して取ったのにぃぃ!」
心配するところはそこなのだろうかとちょっと呆れた。水槽に放り込まれて呼吸が出来るようになったツェッドに、命の危機が無くなったからだろうが、その次に思うことがそれかと。
「……これ」
立ち上がったレオが何かに気付いたように水槽のガラスへ手を伸ばした。ぺり、と剥がれる音にシルビも身を乗り出してレオの手元を見れば、水槽の内側へ向けて貼られていたらしい新年会のチラシ。
紙だから水中へ持ち込むことは出来ない。けれども何度もずっと見ていたかったから、水槽の外側から貼ったのか。
ライブラへ来てからでなくとも、彼にとっては初めてだろうそのパーティが楽しみで。
「取り返しましょうよエアギルス。幹事としてこんなん承服できない。新年会実行委員会からの緊急要請です」
水槽の中でツェッドの脈がやっと落ち着いてくる。けれども意識はまだ目覚めない。