原作前日常編
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夢主視点
夢を見たのだ。
いつものように青い部屋で青い蝶が飛んでいて、いつもと違ったのはその部屋にいつもの面々が居らず、背を向けるように客用の椅子へ座る人物が一人。
もしかしてこれは自分がお茶を淹れてやらねばならないのか、と思いつつ周囲を飛び回る蝶へ促されてその人へと近付いた。
俯いて座っていたその人はシルビが近付いた事に気付くと顔を上げる。そしてシルビがこの部屋の主の席である場所へ腰を降ろすと、不思議そうに目を瞬かせた。
「何か、思い残す事でもありますか?」
「……、ない」
薄汚れたシャツに赤い帽子。口には道化師のように赤い口紅で頬の先へまで線が引かれている。笑顔を描こうとして失敗したようなその化粧の彼に、シルビは問い掛け続けた。
「何か、気になることはありますか」
「ない」
「自分の最期を覚えていますか」
男は答えない。質問を変える。
「何が聞きたいですか。俺が答えられることなら答えましょう」
「じゃあ、一つだけ教えてくれ」
「オレは幸せだったと思うか?」
「それは、俺では分かりかねる事でしょう」
「君は幸せか?」
「俺の人生は長いので一概には言えませんが、弟を庇って死んだ時も、弟に似た眼を持った少年を逃がした時も、弟分の代わりになった時も、兄が出来たあの時も、その後の全ての人生でも、俺は幸せでした。そして多分、今もまだその時の気持ちでいます」
「……兄貴がいたんだ」
男はシルビを見ない。
「他にも恩を覚えてる人とか、助けたい子供とか、たくさん、いたんだ。オレはあの子を愛してた。――それでも、やっぱり兄貴を殺せなかった。悪魔でも人でなしでも、やっぱりあいつはオレの兄貴だったんだ」
俯く彼の事をシルビは知らなかった。けれどもここへ来ている以上、彼はもう死んでいるのだろう。何がしたくてこの部屋の住人が部屋を貸してくれたのかは分からなかったが、シルビは彼を慰める言葉を持たずに座っている。
実の兄弟を殺したいほど憎めた事なんて無かった。それはきっとシルビと彼との大きな相違点だ。
けれども。
「貴方は、その『あの子』を愛していた。それで充分でしょう?」
男が顔を上げる。
「きっとその子も、貴方の事が大好きですよ。俺が兄へそう思っているように」
「……そうだったら、オレは幸せだな」
夢を見たのだ。
十数年ほど前にあった、実際には夢とも少し違うのだろうが、夢の中の出来事を夢に見た。
天気がいいからと潜らずに海を進んでいる船の甲板で、いつの間にかうとうとと眠ってしまっていたらしい。寝ている間に来たのかシャチが人の膝を勝手に枕にして寝ていたし、反対側では船長が並んで寄り掛かって寝ている。その膝にはそろそろ抱き上げるのには苦労するほど大きくなったベポ。
懐かしい夢を見たなと瞬きを繰り返す。結局あの人の名前は聞いたものの、それ以外の何もかもを知らないままに夢の中での逢瀬は終わってしまった。
袖が触れるよりは大きいが小さな縁のよしみで、あの人が愛した子供の幸せを時々思い出しては人知れず願ってやる事くらいしか、何も知らないシルビには出来る事はない。
ただ、大好きな人にそう思われるその子供やシルビは、どんな人生を歩んでも幸せ者だと思う。
「船長?」
隣で身動きした船長がぼんやりと目を覚ます。はっきりと思考が動いていない様子に思わず笑みが浮かぶ。
「まだ寝ててもいいですよ。俺ももう少し寝てぇし」
「……懐かしい夢を見た気がする」
おぼろげな発言に珍しいと思いつつ続きを促せば、船長は言おうとして口を開きかけ、けれども結局言わずに口を閉ざした。別に無理に聞きだす気もなかったので、そのままにする。
何かあったら起こしにきていただろうし、船長と副船長が揃って起こされないという事は寝ている間に問題は無かったのだろう。あと二時間くらいはこのままぼんやりとしていられるかなと考えていると、船長がシルビへ向けて体重を掛けてくる。
「懐かしい夢を見た」
「そうですか」
「恩人の夢だった」
「それは良かったですね。きっとその人も貴方のことを考えているか、寝ている間に近くへ来てくれていたのでしょう。俺の死んだ兄も時々そういう事をしてくるので」
近くに島も無い海原だというのに、何の違和感もさせずに落下防止の手摺りへ留まっている青い蝶を眺めながら言えば、船長はやはり何も言わずに帽子を深く被り直した。
青い蝶の隣で、手摺りに寄り掛かってピースをしている男については、シルビにしか視えないのでスルーする。船長には適当な事を言ったが、シルビが夢を見たのはそれが原因だろう。
シルビの膝を枕にしているシャチが、聞き取れない寝言を言って寝返りを打った。
「もう少し、寝る」
船長がそう言ってシルビへ寄り掛かり直す。これでは船長が起きるか誰かに呼ばれて動かなければいけなくなるまで動けない。
けれどもたまにはいいかと思うことにした。
夢を見たのだ。
いつものように青い部屋で青い蝶が飛んでいて、いつもと違ったのはその部屋にいつもの面々が居らず、背を向けるように客用の椅子へ座る人物が一人。
もしかしてこれは自分がお茶を淹れてやらねばならないのか、と思いつつ周囲を飛び回る蝶へ促されてその人へと近付いた。
俯いて座っていたその人はシルビが近付いた事に気付くと顔を上げる。そしてシルビがこの部屋の主の席である場所へ腰を降ろすと、不思議そうに目を瞬かせた。
「何か、思い残す事でもありますか?」
「……、ない」
薄汚れたシャツに赤い帽子。口には道化師のように赤い口紅で頬の先へまで線が引かれている。笑顔を描こうとして失敗したようなその化粧の彼に、シルビは問い掛け続けた。
「何か、気になることはありますか」
「ない」
「自分の最期を覚えていますか」
男は答えない。質問を変える。
「何が聞きたいですか。俺が答えられることなら答えましょう」
「じゃあ、一つだけ教えてくれ」
「オレは幸せだったと思うか?」
「それは、俺では分かりかねる事でしょう」
「君は幸せか?」
「俺の人生は長いので一概には言えませんが、弟を庇って死んだ時も、弟に似た眼を持った少年を逃がした時も、弟分の代わりになった時も、兄が出来たあの時も、その後の全ての人生でも、俺は幸せでした。そして多分、今もまだその時の気持ちでいます」
「……兄貴がいたんだ」
男はシルビを見ない。
「他にも恩を覚えてる人とか、助けたい子供とか、たくさん、いたんだ。オレはあの子を愛してた。――それでも、やっぱり兄貴を殺せなかった。悪魔でも人でなしでも、やっぱりあいつはオレの兄貴だったんだ」
俯く彼の事をシルビは知らなかった。けれどもここへ来ている以上、彼はもう死んでいるのだろう。何がしたくてこの部屋の住人が部屋を貸してくれたのかは分からなかったが、シルビは彼を慰める言葉を持たずに座っている。
実の兄弟を殺したいほど憎めた事なんて無かった。それはきっとシルビと彼との大きな相違点だ。
けれども。
「貴方は、その『あの子』を愛していた。それで充分でしょう?」
男が顔を上げる。
「きっとその子も、貴方の事が大好きですよ。俺が兄へそう思っているように」
「……そうだったら、オレは幸せだな」
夢を見たのだ。
十数年ほど前にあった、実際には夢とも少し違うのだろうが、夢の中の出来事を夢に見た。
天気がいいからと潜らずに海を進んでいる船の甲板で、いつの間にかうとうとと眠ってしまっていたらしい。寝ている間に来たのかシャチが人の膝を勝手に枕にして寝ていたし、反対側では船長が並んで寄り掛かって寝ている。その膝にはそろそろ抱き上げるのには苦労するほど大きくなったベポ。
懐かしい夢を見たなと瞬きを繰り返す。結局あの人の名前は聞いたものの、それ以外の何もかもを知らないままに夢の中での逢瀬は終わってしまった。
袖が触れるよりは大きいが小さな縁のよしみで、あの人が愛した子供の幸せを時々思い出しては人知れず願ってやる事くらいしか、何も知らないシルビには出来る事はない。
ただ、大好きな人にそう思われるその子供やシルビは、どんな人生を歩んでも幸せ者だと思う。
「船長?」
隣で身動きした船長がぼんやりと目を覚ます。はっきりと思考が動いていない様子に思わず笑みが浮かぶ。
「まだ寝ててもいいですよ。俺ももう少し寝てぇし」
「……懐かしい夢を見た気がする」
おぼろげな発言に珍しいと思いつつ続きを促せば、船長は言おうとして口を開きかけ、けれども結局言わずに口を閉ざした。別に無理に聞きだす気もなかったので、そのままにする。
何かあったら起こしにきていただろうし、船長と副船長が揃って起こされないという事は寝ている間に問題は無かったのだろう。あと二時間くらいはこのままぼんやりとしていられるかなと考えていると、船長がシルビへ向けて体重を掛けてくる。
「懐かしい夢を見た」
「そうですか」
「恩人の夢だった」
「それは良かったですね。きっとその人も貴方のことを考えているか、寝ている間に近くへ来てくれていたのでしょう。俺の死んだ兄も時々そういう事をしてくるので」
近くに島も無い海原だというのに、何の違和感もさせずに落下防止の手摺りへ留まっている青い蝶を眺めながら言えば、船長はやはり何も言わずに帽子を深く被り直した。
青い蝶の隣で、手摺りに寄り掛かってピースをしている男については、シルビにしか視えないのでスルーする。船長には適当な事を言ったが、シルビが夢を見たのはそれが原因だろう。
シルビの膝を枕にしているシャチが、聞き取れない寝言を言って寝返りを打った。
「もう少し、寝る」
船長がそう言ってシルビへ寄り掛かり直す。これでは船長が起きるか誰かに呼ばれて動かなければいけなくなるまで動けない。
けれどもたまにはいいかと思うことにした。