ワノ国編
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夢主視点
モモの助に飛び方を指南して、とりあえずモモの助自身が落下してしまわないようにする。龍と白澤の空の飛び方は異なるので、教えられることはあまりない。
鬼ヶ島はゆっくりだが着実に都へ接近している。カイドウが作ったと思われる焔雲はだんだんと薄れて鬼ヶ島も崩壊を続けていた。
「ほのお雲の作り方も教えてくれ!」
「え、知らない……」
「知らないィ!?」
『報告! 城内二階にて得体の知れない巨大妖怪出現!』
頭上から放送が聞こえてくる。とりあえず岩盤の崩壊を抑えるかと鬼ヶ島の地面に生えていた植物の根を急成長させた。張り巡らされた根によって崩落は抑えられる筈だ。
『妖怪は壁をすり抜け、何かの亡霊の様に移動中! 城内はもう火の海です!』
またぞろ何か新しい脅威が城内に現れたのか。壁をすり抜ける巨大な妖怪に該当しそうなものに心当たりはなかった。
対抗策を考えようにも実物を見てみなければそれが何なのかも分からない。かといってモモの助を一人にするのもはばかられた。
モモの助はまだ焔雲を作り出せる様子がない。仕方なくシルビは薄れつつあるカイドウの焔雲をくわえ、都とは逆の方へ引っ張る。
こういう時手がないのは不便だ。
「! 名案でござるな!」
「名案なわけない。この焔雲はいつまでも島を浮かせていられない」
いいから焔雲を生み出せるようになってくれと思う。シルビ一人ではいくら浮いているとはいえ島一つを引っ張り続けてなんていられない。ましてやこれは他人が作り上げた焔雲だ。
引きずる様にゆるやかに鬼ヶ島が都から離れていく。時折島が揺れるのはもう、引っ張っているからなのか島の上での乱闘のせいなのかわからない。
モモの助と一緒になって鬼ヶ島を引っ張る。不意にズニーシャの声が脳裏に響いた。
「ん? 誰か呼んだか?」
「ズニーシャが呼んだ」
「ズニーシャ!?」
シルビの脳裏にもその声は届いているが頭痛は人の姿の時と比べれば軽いものだ。声の大きさからして更にワノ国へ近付いてきたのだろう。
ズニーシャに返事を返すにはどうすればいのだろうかと戸惑う様子のモモの助の背後、鬼ヶ島の一角から唐突に何かがワノ国本土へと伸びて突き刺さった。そのせいで島の移動が中断される。
「なんだアレは!?」
鬼ヶ島を振り返ったところでその何かが激しく振動し、その衝撃で本土の地面に巨大な穴が開いた。
「えー!? 何でござるか!? あのでかい穴!」
穴は鬼ヶ島よりたった一回り小さい程度か。だが誰かが鬼ヶ島をそこへ落とす為に開けたのではないのだろう。
伸びていた何かが縮んで島へ戻っていく。様子を見に行くかと思った直後、島の下部が爆発して崩壊し巨穴へビッグマムらしきものが落ちていった。
ビッグマムらしき影は砕けた岩盤と共に落下し巨穴へ消えていく。数秒の後に盛大な爆炎が立ち昇るものの何故か爆音は一切しなかった。
穴と爆心地を包む様に広がっているのは見慣れた船長の能力による半円上の膜だ。
ということは、船長達はビッグマムを倒せたのだろう。
鬼ヶ島が崩壊して出来た大穴からヤマトが姿を見せる。
「モモの助君っ! ――誰!?」
「ヤマトではないか! そこが地下室か!? ムキ出しに!?」
ヤマトがモモの助の隣を飛んでいるシルビを見て驚いていた。改めて自己紹介をしても良かったのだが、先にモモの助の言葉にヤマトが話を続けてしまう。
「そうなんだよ! 爆弾一つで“島”が吹き飛んじゃった! 何とか冷気で固めて武器庫ごと大爆発は免れたけど」
どうやらヤマトは城内にある火薬が島の落下や火事に飲まれて爆発しないように対策をしに行っていたらしい。
城内は今も火が燃え広がりつつあるのだろう。先ほどの放送で聞いた巨大な妖怪というのもまだ気になった。
「おぬしが無事で良かった! 拙者手が放せぬゆえ、そのまま聞いてくれ。“象主”が……近くに来ておるのだ!」
「え、おでんの日誌に書いてあったゾウ……!?」
「さよう! 八百年前罪を犯した、ジョイボーイの仲間でござる!」
ジョイボーイ。
「“象主”とは前に少し話をしたのだが、かんじんな事がわからぬ」
「すごい! モモの助君、やっぱりゾウと話せるんだね! おでんが予想した通りだ! 君こそ世界を夜明けに導く者だ!」
おでんの日誌と先ほどヤマトが言っていたが、そんな物があってヤマトとモモの助はそれを読んだ様である。
今はどこにあるのか知らないが、かつてロジャーの船に乗って彼と海を旅したという男の日誌だ。
もしかしたら『シャイタン』のことも書かれているのだろうかと漠然と思う。そうであったとしても白澤とシャイタンをイコールで繋げたりはしないだろうが。
「父上の日誌を読んで拙者が死んではならん事は分かった。しかし父は、もっとも重要なページをみずからやぶりすてておる!」
後生に残すことに懸念があったのか、あるいは誰にも教えたくなかったのだろうか。
「ロジャーや父達は最後の島で何を見て笑った!? かんじんの目的がわからぬのだ。父は予言者ではない! 今ここにいても『開国せよ』と同じ様に言ったであろうか!?」
ワノ国を開国せよと遺した光月の末裔。その子供は言う。
「拙者頭が悪いゆえ! 『ワノ国』の人達が危険にさらされるなら『開国』などしとうない!」
ズニーシャの命令を待つ声が聞こえる。開国するのならあの子の力が必要だ。
けれどもモモの助はその引き金を引くことに躊躇を覚えている。
当たり前だ。誰も彼に教えてあげなかったし教えてあげられなかった。
モモの助は自分が『頭が悪い』という。国の皆が危険にさらされるのなら開国もしたくないと考えてしまうから。
それを臆病だとは、シルビには思えなかった。
きっと今のワノ国を見て、開国を勧める者は過去の者なら誰一人いない。それは光月おでんであってもそうだろうしシルビだって言わずもがなだ。
ここでシルビが助言をすることは簡単だろう。開国は延期すべきだという一言でモモの助はきっとそうしてくれる。だが駄目なのだ。
花の都からの祭り囃子が聞こえる。鬼ヶ島で起きている事の一部も伝わっていないそこでは、そろそろ空船を上がらせるのか風の強さを図るためらしい一気球が一個だけ飛んでいくのが見えた。
屋上部から鬼ヶ島の地下まで一直線に熱波の息が貫通する。ヤマトが吹っ飛んであわや落ちそうになりモモの助が驚いて焔雲を離していた。シルビも雲を離して落ち掛けたヤマトを助けに向かう。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
「しゃべった……!」
喋らないと思われていたのか。そもそも今のシルビはヤマトに何だと思われているのだろうか。
貫通した熱波から何かが飛び出して再び屋上へ戻っていった。屋上へ戻ったということは、あれはルフィだったのだろう。
それを追いかけるように屋上を見上げていると、不意にずっと脳裏で聞こえていたルフィの声が驚いたような声を上げる。
直後、ルフィの声が途切れた。
「え!? ルフィの“声”が……聞こえぬぞ……!?」
同じく声が聞こえなくなったのだろうモモの助がどうしたのだろうかと困惑している。それを横目に、シルビは旋回して島の外から屋上へと向かった。
屋上の縁に前足を着地させたところで激しい一撃が屋上を襲う。舞い上がる土埃と跳んでくる瓦礫から身を守りながら人の姿に戻れば、最後に見た時から大分様変わりした屋上が見えた。
増えた大穴。瓦礫どころか土塊にまで戻ってしまった岩石。元から砂利だったものは更に砕けて砂も同然だ。屋上としての存在すらいつまで保っていられるか分かったものではない。
そんな荒れた場所の中心で血塗れのルフィが大の字になって倒れている。
少し離れたところでは白服の仮面を付けた男が倒れていて、どうやらどちらも意識は無いようだった。いや、ルフィの場合は意識どころではなさそうである。
意識のないルフィの傍らでしゃがみ、その顔を覗き込む。白目を向いて呼吸しているのかすら怪しい彼の顔の血を少しだけ拭った。
彼と戦っていた筈のカイドウは、城内に戻ってルフィの死を宣言しているようだ。同時にモモの助に降伏宣言をさせろと言っているのが聞こえてくる。
ルフィはピクリとも動かない。
「モモの助君は、今のタイミングじゃ開国したくないってぇ」
返事はない。
「ワノ国は俺を忘れていなかったよ。モモの助君、俺を見て一発で白澤だって分かってくれたもん」
返事を期待していない。
「……ワノ国に来てから、海楼石で出来たあの笛を渡されたぁ」
返事などありはしない。
「――起きねぇのなら俺は一人で笛を吹く」
立ち上がって倒れているルフィに背を向ける。そうして城内に通じている大穴に向かいながら服の内側にずっと持っていた横笛に服の上から触れた。
長いこと吹いていないが、ルフィがこのまま死ねば今生では二度と吹くことはないだろうから、このまま吹かずに壊れてしまってもそれはそれ。
穴からは暴れている龍の姿のカイドウが見える。シルビはそれに向かって獣の姿に戻りながら飛び降りた。
口から熱波を吐こうとしていた正にその瞬間の、カイドウの鼻先へ落下の勢いをつけた渾身の体当たりを食らわせる。思った以上に衝撃を与えたらしいそれにカイドウの顔面が歪んでいた。
反動を殺す為に一回転しながら宙に立ち、突然の敵対者にシルビを睨んでくるカイドウを見返す。
「まだおれに歯向かう奴がいるのかァ!」
カイドウの怒号が空気を震わせた。燃えさかる炎とカイドウとルフィの敗北とにざわめいていた城内が、その声とシルビの姿とでわずかに静まりかえっていく。
カイドウが口から熱の息を吐き出す。直撃すれば島を貫通することも容易いであろうそれは、今まで何度もワノ国を苦しめてきた。ワノ国だけではなくルフィやシルビもか。
しかし、今向かってきたそれをシルビは無言のまま赤い炎で打ち消した。誰しもが直撃してシルビを殺すだろうと思った筈の熱息は、その炎に阻まれて消える。
驚いたのは兵士や侍達だけではない。攻撃をしたカイドウ自身も訝しげにシルビを睨み続けている。
誰かが『白澤だ』と呟いた。
「――……我が名は白澤。霜月康イエの信仰心と申し出により参上つかまつった」
せいぜい厳かに見えるように名乗ってみる。カイドウ軍はどうか知らないが侍達は康イエの名前にどよめいていた。
「トカゲ如きにこの国を壊されてたまるか」
『どうかご覧あれ。光月とその家臣が築きし我が国よ』
康イエが見せたかった光景は、きっとまだここにない。
宙を蹴る。一瞬身構えたカイドウが視線でシルビを追うのをあえて自由にさせたまま、シルビは首を払うように動かして赤い嵐の炎を跳ばした。
カイドウが唸りをあげる。巻き上がる竜巻は出来る限り打ち消す。
ルフィが負けたというカイドウ直々の発言のせいで侍達の志気が下がっていたが、シルビの登場で困惑と動揺に変わっていた。
「ウシ一匹に何が出来る!」
吹き飛ばされて壁に激突する前に身を捻って足を着く。そこへ向かってくる頭突きに同じく額を突き出して受け止めた。額の目が痛かったがそんな弱音は言っていられない。
元々瑞獣白澤は戦うことを得意とした存在ではなかった。攻撃方法だって頭突きや体当たりといった即物的なものばかりで、蹄では剣も持てない。
それでも。
「いけー! 白澤!」
「馬鹿ヤロウ! 白澤様だ!」
落ちていた刀を口にくわえて武器にする。量産されたなまくらな刀ではカイドウの鱗に傷を付けることは難しいし、覇気をまとわせても一撃で崩壊して終わりだ。
それでも。
「撃ち落とせ!」
「一丁前に跳びやがって!」
地上から放たれた銃弾に身を翻す。尾の毛先が掠めたがこんなのはかすり傷にも入らない。砕けた刀の柄を捨てて次の刀を拾う。
距離を測って対峙したカイドウはまだ余裕が有り余っていた。
それでも。
「出口はドコだー!」
「死にたくないっ!」
移動速度だけならカイドウよりシルビの方が勝る。だが攻撃力で見ればシルビの劣勢だ。
それでも。
『――聞きてェな――』
「――っ!」
頭上から小さく声が聞こえる。それに注意が逸れた瞬間にカイドウの頭突きを食らって吹き飛んだ。
吹き飛ばされたシルビに侍達が叫んでいる。壁に激突して埋まってしまって、四つ足のままでは瓦礫をどかせそうになかった。
瓦礫の隙間から見える先でカイドウが熱息を吐き出そうと口の中に炎を溜めている。あれの直撃を食らえば流石に劣勢云々なんて話ではなくなるだろう。
シルビは誰からも見えないのをいいことに、人の姿に戻って息を吐く。服の下から横笛を取り出して、そっと息を吹き込んだ。
高い音が喧噪を切り裂いて響き渡る。束の間、誰もがその音の出所を探して呆けるのに、シルビは聞こえてきた“太鼓の音”に合わせて笛を吹いた。
数百年ぶりのそれだ。
「――それでも、“王が現れる”までの時間稼ぎは出来るんだよ、ばぁーか」
太鼓の音が強くなる。
モモの助に飛び方を指南して、とりあえずモモの助自身が落下してしまわないようにする。龍と白澤の空の飛び方は異なるので、教えられることはあまりない。
鬼ヶ島はゆっくりだが着実に都へ接近している。カイドウが作ったと思われる焔雲はだんだんと薄れて鬼ヶ島も崩壊を続けていた。
「ほのお雲の作り方も教えてくれ!」
「え、知らない……」
「知らないィ!?」
『報告! 城内二階にて得体の知れない巨大妖怪出現!』
頭上から放送が聞こえてくる。とりあえず岩盤の崩壊を抑えるかと鬼ヶ島の地面に生えていた植物の根を急成長させた。張り巡らされた根によって崩落は抑えられる筈だ。
『妖怪は壁をすり抜け、何かの亡霊の様に移動中! 城内はもう火の海です!』
またぞろ何か新しい脅威が城内に現れたのか。壁をすり抜ける巨大な妖怪に該当しそうなものに心当たりはなかった。
対抗策を考えようにも実物を見てみなければそれが何なのかも分からない。かといってモモの助を一人にするのもはばかられた。
モモの助はまだ焔雲を作り出せる様子がない。仕方なくシルビは薄れつつあるカイドウの焔雲をくわえ、都とは逆の方へ引っ張る。
こういう時手がないのは不便だ。
「! 名案でござるな!」
「名案なわけない。この焔雲はいつまでも島を浮かせていられない」
いいから焔雲を生み出せるようになってくれと思う。シルビ一人ではいくら浮いているとはいえ島一つを引っ張り続けてなんていられない。ましてやこれは他人が作り上げた焔雲だ。
引きずる様にゆるやかに鬼ヶ島が都から離れていく。時折島が揺れるのはもう、引っ張っているからなのか島の上での乱闘のせいなのかわからない。
モモの助と一緒になって鬼ヶ島を引っ張る。不意にズニーシャの声が脳裏に響いた。
「ん? 誰か呼んだか?」
「ズニーシャが呼んだ」
「ズニーシャ!?」
シルビの脳裏にもその声は届いているが頭痛は人の姿の時と比べれば軽いものだ。声の大きさからして更にワノ国へ近付いてきたのだろう。
ズニーシャに返事を返すにはどうすればいのだろうかと戸惑う様子のモモの助の背後、鬼ヶ島の一角から唐突に何かがワノ国本土へと伸びて突き刺さった。そのせいで島の移動が中断される。
「なんだアレは!?」
鬼ヶ島を振り返ったところでその何かが激しく振動し、その衝撃で本土の地面に巨大な穴が開いた。
「えー!? 何でござるか!? あのでかい穴!」
穴は鬼ヶ島よりたった一回り小さい程度か。だが誰かが鬼ヶ島をそこへ落とす為に開けたのではないのだろう。
伸びていた何かが縮んで島へ戻っていく。様子を見に行くかと思った直後、島の下部が爆発して崩壊し巨穴へビッグマムらしきものが落ちていった。
ビッグマムらしき影は砕けた岩盤と共に落下し巨穴へ消えていく。数秒の後に盛大な爆炎が立ち昇るものの何故か爆音は一切しなかった。
穴と爆心地を包む様に広がっているのは見慣れた船長の能力による半円上の膜だ。
ということは、船長達はビッグマムを倒せたのだろう。
鬼ヶ島が崩壊して出来た大穴からヤマトが姿を見せる。
「モモの助君っ! ――誰!?」
「ヤマトではないか! そこが地下室か!? ムキ出しに!?」
ヤマトがモモの助の隣を飛んでいるシルビを見て驚いていた。改めて自己紹介をしても良かったのだが、先にモモの助の言葉にヤマトが話を続けてしまう。
「そうなんだよ! 爆弾一つで“島”が吹き飛んじゃった! 何とか冷気で固めて武器庫ごと大爆発は免れたけど」
どうやらヤマトは城内にある火薬が島の落下や火事に飲まれて爆発しないように対策をしに行っていたらしい。
城内は今も火が燃え広がりつつあるのだろう。先ほどの放送で聞いた巨大な妖怪というのもまだ気になった。
「おぬしが無事で良かった! 拙者手が放せぬゆえ、そのまま聞いてくれ。“象主”が……近くに来ておるのだ!」
「え、おでんの日誌に書いてあったゾウ……!?」
「さよう! 八百年前罪を犯した、ジョイボーイの仲間でござる!」
ジョイボーイ。
「“象主”とは前に少し話をしたのだが、かんじんな事がわからぬ」
「すごい! モモの助君、やっぱりゾウと話せるんだね! おでんが予想した通りだ! 君こそ世界を夜明けに導く者だ!」
おでんの日誌と先ほどヤマトが言っていたが、そんな物があってヤマトとモモの助はそれを読んだ様である。
今はどこにあるのか知らないが、かつてロジャーの船に乗って彼と海を旅したという男の日誌だ。
もしかしたら『シャイタン』のことも書かれているのだろうかと漠然と思う。そうであったとしても白澤とシャイタンをイコールで繋げたりはしないだろうが。
「父上の日誌を読んで拙者が死んではならん事は分かった。しかし父は、もっとも重要なページをみずからやぶりすてておる!」
後生に残すことに懸念があったのか、あるいは誰にも教えたくなかったのだろうか。
「ロジャーや父達は最後の島で何を見て笑った!? かんじんの目的がわからぬのだ。父は予言者ではない! 今ここにいても『開国せよ』と同じ様に言ったであろうか!?」
ワノ国を開国せよと遺した光月の末裔。その子供は言う。
「拙者頭が悪いゆえ! 『ワノ国』の人達が危険にさらされるなら『開国』などしとうない!」
ズニーシャの命令を待つ声が聞こえる。開国するのならあの子の力が必要だ。
けれどもモモの助はその引き金を引くことに躊躇を覚えている。
当たり前だ。誰も彼に教えてあげなかったし教えてあげられなかった。
モモの助は自分が『頭が悪い』という。国の皆が危険にさらされるのなら開国もしたくないと考えてしまうから。
それを臆病だとは、シルビには思えなかった。
きっと今のワノ国を見て、開国を勧める者は過去の者なら誰一人いない。それは光月おでんであってもそうだろうしシルビだって言わずもがなだ。
ここでシルビが助言をすることは簡単だろう。開国は延期すべきだという一言でモモの助はきっとそうしてくれる。だが駄目なのだ。
花の都からの祭り囃子が聞こえる。鬼ヶ島で起きている事の一部も伝わっていないそこでは、そろそろ空船を上がらせるのか風の強さを図るためらしい一気球が一個だけ飛んでいくのが見えた。
屋上部から鬼ヶ島の地下まで一直線に熱波の息が貫通する。ヤマトが吹っ飛んであわや落ちそうになりモモの助が驚いて焔雲を離していた。シルビも雲を離して落ち掛けたヤマトを助けに向かう。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
「しゃべった……!」
喋らないと思われていたのか。そもそも今のシルビはヤマトに何だと思われているのだろうか。
貫通した熱波から何かが飛び出して再び屋上へ戻っていった。屋上へ戻ったということは、あれはルフィだったのだろう。
それを追いかけるように屋上を見上げていると、不意にずっと脳裏で聞こえていたルフィの声が驚いたような声を上げる。
直後、ルフィの声が途切れた。
「え!? ルフィの“声”が……聞こえぬぞ……!?」
同じく声が聞こえなくなったのだろうモモの助がどうしたのだろうかと困惑している。それを横目に、シルビは旋回して島の外から屋上へと向かった。
屋上の縁に前足を着地させたところで激しい一撃が屋上を襲う。舞い上がる土埃と跳んでくる瓦礫から身を守りながら人の姿に戻れば、最後に見た時から大分様変わりした屋上が見えた。
増えた大穴。瓦礫どころか土塊にまで戻ってしまった岩石。元から砂利だったものは更に砕けて砂も同然だ。屋上としての存在すらいつまで保っていられるか分かったものではない。
そんな荒れた場所の中心で血塗れのルフィが大の字になって倒れている。
少し離れたところでは白服の仮面を付けた男が倒れていて、どうやらどちらも意識は無いようだった。いや、ルフィの場合は意識どころではなさそうである。
意識のないルフィの傍らでしゃがみ、その顔を覗き込む。白目を向いて呼吸しているのかすら怪しい彼の顔の血を少しだけ拭った。
彼と戦っていた筈のカイドウは、城内に戻ってルフィの死を宣言しているようだ。同時にモモの助に降伏宣言をさせろと言っているのが聞こえてくる。
ルフィはピクリとも動かない。
「モモの助君は、今のタイミングじゃ開国したくないってぇ」
返事はない。
「ワノ国は俺を忘れていなかったよ。モモの助君、俺を見て一発で白澤だって分かってくれたもん」
返事を期待していない。
「……ワノ国に来てから、海楼石で出来たあの笛を渡されたぁ」
返事などありはしない。
「――起きねぇのなら俺は一人で笛を吹く」
立ち上がって倒れているルフィに背を向ける。そうして城内に通じている大穴に向かいながら服の内側にずっと持っていた横笛に服の上から触れた。
長いこと吹いていないが、ルフィがこのまま死ねば今生では二度と吹くことはないだろうから、このまま吹かずに壊れてしまってもそれはそれ。
穴からは暴れている龍の姿のカイドウが見える。シルビはそれに向かって獣の姿に戻りながら飛び降りた。
口から熱波を吐こうとしていた正にその瞬間の、カイドウの鼻先へ落下の勢いをつけた渾身の体当たりを食らわせる。思った以上に衝撃を与えたらしいそれにカイドウの顔面が歪んでいた。
反動を殺す為に一回転しながら宙に立ち、突然の敵対者にシルビを睨んでくるカイドウを見返す。
「まだおれに歯向かう奴がいるのかァ!」
カイドウの怒号が空気を震わせた。燃えさかる炎とカイドウとルフィの敗北とにざわめいていた城内が、その声とシルビの姿とでわずかに静まりかえっていく。
カイドウが口から熱の息を吐き出す。直撃すれば島を貫通することも容易いであろうそれは、今まで何度もワノ国を苦しめてきた。ワノ国だけではなくルフィやシルビもか。
しかし、今向かってきたそれをシルビは無言のまま赤い炎で打ち消した。誰しもが直撃してシルビを殺すだろうと思った筈の熱息は、その炎に阻まれて消える。
驚いたのは兵士や侍達だけではない。攻撃をしたカイドウ自身も訝しげにシルビを睨み続けている。
誰かが『白澤だ』と呟いた。
「――……我が名は白澤。霜月康イエの信仰心と申し出により参上つかまつった」
せいぜい厳かに見えるように名乗ってみる。カイドウ軍はどうか知らないが侍達は康イエの名前にどよめいていた。
「トカゲ如きにこの国を壊されてたまるか」
『どうかご覧あれ。光月とその家臣が築きし我が国よ』
康イエが見せたかった光景は、きっとまだここにない。
宙を蹴る。一瞬身構えたカイドウが視線でシルビを追うのをあえて自由にさせたまま、シルビは首を払うように動かして赤い嵐の炎を跳ばした。
カイドウが唸りをあげる。巻き上がる竜巻は出来る限り打ち消す。
ルフィが負けたというカイドウ直々の発言のせいで侍達の志気が下がっていたが、シルビの登場で困惑と動揺に変わっていた。
「ウシ一匹に何が出来る!」
吹き飛ばされて壁に激突する前に身を捻って足を着く。そこへ向かってくる頭突きに同じく額を突き出して受け止めた。額の目が痛かったがそんな弱音は言っていられない。
元々瑞獣白澤は戦うことを得意とした存在ではなかった。攻撃方法だって頭突きや体当たりといった即物的なものばかりで、蹄では剣も持てない。
それでも。
「いけー! 白澤!」
「馬鹿ヤロウ! 白澤様だ!」
落ちていた刀を口にくわえて武器にする。量産されたなまくらな刀ではカイドウの鱗に傷を付けることは難しいし、覇気をまとわせても一撃で崩壊して終わりだ。
それでも。
「撃ち落とせ!」
「一丁前に跳びやがって!」
地上から放たれた銃弾に身を翻す。尾の毛先が掠めたがこんなのはかすり傷にも入らない。砕けた刀の柄を捨てて次の刀を拾う。
距離を測って対峙したカイドウはまだ余裕が有り余っていた。
それでも。
「出口はドコだー!」
「死にたくないっ!」
移動速度だけならカイドウよりシルビの方が勝る。だが攻撃力で見ればシルビの劣勢だ。
それでも。
『――聞きてェな――』
「――っ!」
頭上から小さく声が聞こえる。それに注意が逸れた瞬間にカイドウの頭突きを食らって吹き飛んだ。
吹き飛ばされたシルビに侍達が叫んでいる。壁に激突して埋まってしまって、四つ足のままでは瓦礫をどかせそうになかった。
瓦礫の隙間から見える先でカイドウが熱息を吐き出そうと口の中に炎を溜めている。あれの直撃を食らえば流石に劣勢云々なんて話ではなくなるだろう。
シルビは誰からも見えないのをいいことに、人の姿に戻って息を吐く。服の下から横笛を取り出して、そっと息を吹き込んだ。
高い音が喧噪を切り裂いて響き渡る。束の間、誰もがその音の出所を探して呆けるのに、シルビは聞こえてきた“太鼓の音”に合わせて笛を吹いた。
数百年ぶりのそれだ。
「――それでも、“王が現れる”までの時間稼ぎは出来るんだよ、ばぁーか」
太鼓の音が強くなる。