ワノ国編
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夢主視点
目の前ではキングの拳が緑の炎の壁に阻まれている。その傍らではプラキオザウルスとサンジが戦っていた。
弱点を知っているとしても、的確にその弱点を突けるのかは別の話である。先の言葉も挑発してみたつもりだったが、キングはシルビが思っていたより冷静な性格だったらしい。
シルビの攻撃がキングになかなか通らない反面、キングの攻撃もシルビにはなかなか当たっていなかった。“拒絶”している時は余程の不意を突かれない限りそれを解除することもないだろう。
無論キング以外の手練れ、例えば横で戦っているプラキオザウルスが一時でもキングの加勢に回ればシルビも隙が生まれる。カイドウとビッグマムの二人程ではないがこの二人だってなかなかの強敵だ。
とはいえプラキオザウルスの方にはキングを助けようという意志はないらしい。同じカイドウの下にいても必ずしも仲が良という訳ではない様である。
それにシルビの方も完全に“拒絶”する訳にはいかなかった。シルビの後方には侍達や、チョッパーによって治療中のゾロもいる。
彼らがキングの攻撃を受けてもよくない。だからシルビの後方に彼らがいる位置取りになってしまった時は、“拒絶”せずに受け止めていた。
「攻撃が通らない理由は分からないが、分かってきたな」
攻撃の手を僅かに緩めたキングが口を開く。
「お前の炎は色によって効果が違う」
「おや、正解。でもそれ、別に隠してねぇし」
別に今更手の内を隠すような真似はしていない。
「後ろにサムライ共がいる時は当たる」
ドツボを指摘されて無言を返した。キングがマスクから唯一見える目を細める。
「そして、そろそろ限界だろう」
「……。うん」
二度も無言の肯定はしたくなくて素直に返事をした。地上の侍達やマルコがシルビを見るのに、シルビはわざと大袈裟に肩をすくめてみせる。
「だって聞いてよキング君。俺ってばここに来る前は屋上で船長達と一緒にカイドウとビッグマム相手にしてたんだぜぇ? それからほぼ休み無しで君の相手ぇ。むしろここまで動けたことを褒めて欲しいくらいだぜぇ」
カイドウの名前が出たところでキングが僅かに反応した。だがそれだけ。
ルフィの声はもう聞こえず頭痛も引いている。だが屋上で四皇二人に対して一人で立ち向かった疲れや合わせ技を受け止めた余韻が、ここにきて動くのに支障をきたし始めてもいた。
鈍く痛む手足に今すぐ白澤の姿になって一眠りがしたい。ただでさえ一度は無意識に白澤の姿に成りかけたのだ。
角や尻尾が出せればまだまだ余裕だろう。だがこのライブフロアではワノ国の者が多過ぎた。
動物系能力者が多いことに紛れられるのであればいいがそうでなければやはり白澤の姿にはなれない。
そして危ない橋は渡らないに越したことはなかった。
キングが迫ってくる。拒絶しようとして『声』が脳裏に響く。
『――“シャイタン”――』
「――ッ!」
間の悪い語りかけに反応が遅れた。炎をまとった剣が迫ってくるのに腕を交差させて身を守る。
剣は受け止めることが出来たが、間を置かず剣を持ち替えたキングの拳が迫ってくるのに咄嗟に剣を蹴り上げた。身を捻るも拳が掠る。
バランスを崩した拍子に膝から力が抜けた。糸が切れた操り人形のように自分が崩れ落ちる感覚。
「ぇ――?」
視界の隅にライブフロアへ繋がる出入り口が入る。そこからシルビに向けて銃を構えているカイドウ軍の兵士。驚いた顔をしているのは当たると思っていなかったからだろう。その兵士にベポが後ろから襲いかかるのが見えた。
予想外のタイミングに予想外な方向からの銃撃。空中に立っている為の集中が途切れる。
落ちる、と思った直後誰かに抱きとめられた。空中にいたシルビを助けられるような、空を飛べる味方は一人しかいない。
「大丈夫かよい」
当たり前だが片羽ではそう飛べないのかマルコがシルビを抱き抱えたまま地上に戻る。マルコが着地すると青い翼は人の腕に戻り、シルビの背中に回されていたそれも腕に戻ってしまった。
撃たれた膝が痛くてよろけてしまう。離れたばかりの腕が伸びてきてシルビの腕を掴んで支える。
そのまま空いている方の手を挙げてマルコが笑った。何故このタイミングでそんな呑気に笑うのか。
「ああ……降参! もう気が済んだ……」
「マルコさん!?」
諦めるのかと咎める様に彼に呼びかければ、マルコは一度シルビを見下ろしてから再びキングを見返した。
「おれ達ァ、ここまでだ……」
シルビにそんなつもりはない。膝を撃たれた程度ならまだ戦えると言おうとしたところで違うのだと気付く。
何かが剥がれていくような引きちぎれていくような音。思わず振り返った先で、ゾロに巻き付けていた幾重もの布が破けていくのが見えた。
確かゾロはチョッパーに治療を託し、チョッパーはそんなゾロにどんな治療を施したのだったか。脇目で時々しか確認していなかったのを今更少し後悔する。
言えるのはそれが決して悪くはない治療だったということ。
マルコが眼鏡を押し上げた。
「“花形”登場だよい!」
動けるまでに回復したゾロがキングに斬りかかる。
「ゾロ十郎が復活したァ!」
「サン五郎さんやっちまえ!」
「ゾロ君……」
侍達の歓声に紛れた声は届かなかっただろう。しかし振り向いたゾロと目が合ってシルビはその意図を察する。
なるほどシルビとマルコは『ここまで』だ。
プレキオザウルスことクイーンとキングが、改めて麦わらの一味の主力と対峙する。誰も邪魔をしてくれるなと張り詰めた緊迫感がライブフロアにいる手練れ達から侍達へと伝播していくのに、シルビも痛む足を叱咤して立ち上がった。
マルコは疲れ切ったのか座り込んだままだ。だが折を見てまた戦闘に戻るなり避難なりするだろう。
落下する直前にベポが見えた。であればシャチも一緒にいる筈だ。きっとずっとそこでカイドウ軍と戦っていたのだろうベポに、ライブフロアを突っ切って合流を目指す。
「ベポ! シャチ!」
完全に無事とは言い難いが少なくとも五体は満足な姿の二人が、兵士を倒して振り返った。
「ペンギン!」
「ペンギン無事!?」
「俺は気にしなくていいぃ! 二人とも無事で良かったぁ!」
抱きしめて無事を喜びたいがそんな暇はない。上の階で燃え上がった火が広がりつつあるらしく逃げるように降りてくるカイドウ軍にけれども、ライブフロアのゾロとサンジの邪魔をさせる訳にはいかず、シルビは召喚器を取り出して一思いに階段を破壊した。
ここの階段を破壊したところで他の場所にも階段がある。それに、階段が壊れたとしても飛び降りてくる者達もいるので気は抜けなかった。
頭痛がする。
「キャプテンとワカメは!?」
「船長は多分ビッグマムのとこぉ! ワカメは……ごめんちょっと分かんねぇ」
「ええー!?」
生きているとは願っているが、今の状況でそれを考えるのはナンセンスだろう。ビッグマムと船長がどこで交戦しているのかも既に分からない。
「二人はずっとここにぃ?」
「ううん。逃げたり追ったり結構動き回ってたよ。ライブフロアでペンギンがキング相手にしてるの見て、ここでカイドウ軍がフロアに行かないように足止めしてた!」
ということは裏でいい仕事をしていたということだ。
通路の先でフランキーも『ライブフロアに通すな』と叫んでいるのが聞こえる。指を鳴らして膝の銃痕だけ治してしまい、シルビも足止め役に回ろうとしたところでまた頭の中に声が響いた。
だんだんと近付いてきてはシルビを呼ぶ声。おそらく彼はシルビがここにいると思っていないから、どこにいるか分からないままに叫んで呼んでいる。
『――“シャイタン!”――』
「――ああもう煩せぇなぁ! 何だよぉ!?」
『――ワノ国が開国するぞ――』
ワノ国が『開国』する気配を察して、ゾウことズニーシャがワノ国へ向かってきているらしい。
ズニーシャに人間の動きはあまり分からないから、人間達が何をしているのかまでは分かっていないのだろう。そしてその壮大な瞬間に『死告シャイタン』を立ち会わせようとして呼んでいたらしい。
「俺はもうワノ国にいる。俺からするとまだ『開国』するかは分かんねぇよ」
あの孤独な巨象は今の人間の動向をどう思いながら見ているのだろうかと心の隅で考える。少なくともシルビの様に人の世に紛れて情勢を把握は出来ない子だ。
あの子は歩き続けるしか出来ない。シャイタンが見ていることしか出来ないように。
『世界政府の宿敵』とは笑える称号だ。
頭を押さえて立ち止まったシルビに気付いて、ベポとシャチが前に出てカイドウ軍を足止めしている。早く再び加勢しにいかなければと思うがズニーシャへ返す言葉もうまくまとまらない。
「……ズニーシャ。俺は」
何か叫び声が聞こえる。この期に及んで誰だとライブフロアを振り返ったところで、ライブフロアの天井を桃色の龍が突き破ってきた。
『シャイタン?』
「俺は――俺、今忙しいぃ!」
大きさだけならばカイドウと変わらないだろう。しかし桃色の龍はあのカイドウの様にその双眸で睨みを効かせるどころか、怖がる子供のように両目を瞑ったままだった。それでいて動き回るものだから四方八方の壁や床、天井に激突し突き破り破壊しながらライブフロアを通過していく。
敵味方関係なく吹き飛ばされるし、運良く吹き飛ばされなかったとしても落下してくる瓦礫に襲われる。シルビも咄嗟に、いきなり現れた龍に驚いていたベポとシャチを引っ掴んで安全そうな場所へ避難した。
悲鳴を上げながら遠ざかっていく桃色の龍に、誰も彼もが呆然としている。
「え、今のモモの助? でかくなってた……?」
「麦わらの声もしてなかった?」
「――というかバンダナさん達くっついてなかったぁ!?」
シャチとベポの言葉にシルビも龍が抜け去った跡を見た。確かにモモの助は桃色の龍になれはしたが、あんなに大きくはなかった筈である。
館内放送が混乱しながら鬼ヶ島へ飛び込んできた龍の詳細を報告しようとして出来ていない。
更に少ししてからやっと、桃色の龍の暴走が止まったのかいくらか冷静さを取り戻したらしい放送が入った。鬼ヶ島も大分ボロボロになってきたが、まだ放送機能が無事なのは奇跡だ。
『謎の竜について報告します。現在屋上には傷ついたヤマト坊ちゃんが一人! そして上空に……二匹の龍が対峙! カイドウ様の青龍に対し桃色の龍に乗る海賊“麦わらのルフィ”!』
龍の暴走跡を追うかどうか迷っていたところに放送が入る。カイドウ軍側はモモの助が龍になれることを知らない為、あれがモモの助だとは考えもしていないらしい。
シルビ達もモモの助のことを知っていても、先ほどの大きな龍とモモの助とを結びつけるには時間を有した。モモの助があんな大きさの龍になったことは今までなかったのだ。急に大きくなったには何かしらの理由があるはずである。
モモの助が大きい龍になったことも気にはなるが、それ以上に今は桃色の龍の尻尾にしがみついていたバンダナ達が気になった。シルビの見間違いでなければバンダナだけではなくワカメやジャンバール達もしがみついていたのである。
「シャチ、ベポ。俺さっきの龍を追いかけるけどここでまだ足止め出来るぅ?」
「で、出来る!」
「よし、いい子ぉ。無理だと判断したらすぐに逃げるんだぞぉ」
疲れているだろうにまだやる気を見せる二人に笑みを浮かべ、シルビは走り出した。龍が突き抜けていった穴から瓦礫や倒れ伏す人の山を飛び越え上の階を目指す。龍は屋上へいるらしいので穴は屋上へ繋がっている筈だ。
そうして飛び上がった二階の通路の先で、船長とキッドがビッグマムと対峙していた。その傍にバンダナ達がいるのが見えて向かおうとしたところで、ルフィの声が拡声器越しに響きわたる。
『モモ! お前が噛みついたのは『四皇』だぞ! この世にまだ恐ェもんがあんのか!?』
『な、……ない!』
放送に声を拾われているとは思ってもいないであろうルフィの声。
『行け! お前は飛べる!』
『おう!』
『鬼ヶ島止めて来い! カイドウにはおれが、必ず勝つ!』
泣き虫だったモモの助が威勢良くした返事に彼の成長を感じ入るものの、ルフィの言葉に引っかかりを覚えた。『鬼ヶ島を止める』とはどういうことだ。
ルフィの復活に盛り上がる侍達の歓声を後目に、シルビは船長達とビッグマムへ背を向けて異なる方向へ走り出す。思い出したのだ。
屋上でカイドウとビッグマムと対峙する前、地下で船長と話をしていた時に感じた長い揺れ。あれがただの地震ではなかったとしたら。
既に原型を保てていない窓から外を見る。本来であれば渦潮ひしめく海面が見えるはずの沖は、今はどうしてだかただ空しか見えなかった。
「島が飛んでるぅ……? ……いや、島も飛ぶ時は飛ぶかぁ」
過去にも島が飛んでいるのを目撃したことがあるのを思い出す。あの時に比べれば鬼ヶ島は小さいだろう。
とはいえ普通に考えれば島は飛ばない。飛ぶ方がおかしいのだという認識はシルビにもあった。
空の雷雲が割れて月が姿を見せる。明るくなった夜景に蠢く影を見つけて空を見上げれば桃色の龍が屋上から落ちていた。モモの助の声で叫びながら、落下しつつも雲を掴んで身体を安定させている。
急場で龍としての空の飛び方を理解したのか。海に落ちなくて良かったと思うと同時に、この鬼ヶ島はただ浮いているだけなのかと疑問に思う。
そんな訳がない。であればルフィは『止めろ』などとは言うまい。
浮かせたからには浮かせる理由があったのだろう。そもそも誰が島を浮かせているのか。咄嗟に思い浮かんだ心当たりはカイドウとビッグマムだった。
ビッグマムなら普段からそうしているように、雲へソウルを分け与えて島を運ばせることが出来るだろう。ただ彼女にはそれを行う理由がない。カイドウに頼まれてとも考えられるが、彼女がカイドウの頼みをそう素直に聞き続けるだろうか。
対してカイドウはその悪魔の実の能力で龍の姿となって『焔雲』と呼ぶ雲を生み出せた筈だ。シルビの記憶が確かならその焔雲は遠隔操作も出来た。カイドウ程の能力者なら島一つを浮かせるだけの焔雲も作り出せるだろう。
ただ、やはり二人とも島を浮かせる理由については予想が付かない。分かるのはいつか必ずこの鬼ヶ島をどこかへ降ろすだろうこと。
降ろす場所も気にはなるが、万が一“落とす”となれば島にいる全員の命も危ない。
「よっ、とぉ」
壊れた窓枠を蹴って外へ飛び出す。誰も彼もが敵に向かって得物を振るったり瓦礫から逃れようとしたり訳も分からないまま行き先も分からずに走り回っているから、きっと、誰にも変貌する瞬間は見られなかっただろう。
“前脚”が宙を蹴る。誰かの悲鳴がけれどもすぐに途切れて別の誰かの悲鳴が響く。そんな周囲を見ない振りしてシルビは鬼ヶ島の敷地から宙へと旋回した。
空に浮かぶ鬼ヶ島はゆっくりとであるが確実に本土へと移動している。島を背負う焔雲が岩盤を支えきれなくなっているのか、ボロボロと島の一部が崩れ落ち始めていた。
ルフィが言いたかったのは島の移動か崩壊か。この現状を見てしまってはそれももう些細な問題だ。
鬼ヶ島はもう本土上空で、このままでは花の都へと到達する。
風がシルビの毛並みや尻尾を揺らした。
「――はく、たく……?」
誰もいないはずの場所から声がして振り向く。
小さい焔雲にしがみついて空に佇む桃色の龍。
目の前ではキングの拳が緑の炎の壁に阻まれている。その傍らではプラキオザウルスとサンジが戦っていた。
弱点を知っているとしても、的確にその弱点を突けるのかは別の話である。先の言葉も挑発してみたつもりだったが、キングはシルビが思っていたより冷静な性格だったらしい。
シルビの攻撃がキングになかなか通らない反面、キングの攻撃もシルビにはなかなか当たっていなかった。“拒絶”している時は余程の不意を突かれない限りそれを解除することもないだろう。
無論キング以外の手練れ、例えば横で戦っているプラキオザウルスが一時でもキングの加勢に回ればシルビも隙が生まれる。カイドウとビッグマムの二人程ではないがこの二人だってなかなかの強敵だ。
とはいえプラキオザウルスの方にはキングを助けようという意志はないらしい。同じカイドウの下にいても必ずしも仲が良という訳ではない様である。
それにシルビの方も完全に“拒絶”する訳にはいかなかった。シルビの後方には侍達や、チョッパーによって治療中のゾロもいる。
彼らがキングの攻撃を受けてもよくない。だからシルビの後方に彼らがいる位置取りになってしまった時は、“拒絶”せずに受け止めていた。
「攻撃が通らない理由は分からないが、分かってきたな」
攻撃の手を僅かに緩めたキングが口を開く。
「お前の炎は色によって効果が違う」
「おや、正解。でもそれ、別に隠してねぇし」
別に今更手の内を隠すような真似はしていない。
「後ろにサムライ共がいる時は当たる」
ドツボを指摘されて無言を返した。キングがマスクから唯一見える目を細める。
「そして、そろそろ限界だろう」
「……。うん」
二度も無言の肯定はしたくなくて素直に返事をした。地上の侍達やマルコがシルビを見るのに、シルビはわざと大袈裟に肩をすくめてみせる。
「だって聞いてよキング君。俺ってばここに来る前は屋上で船長達と一緒にカイドウとビッグマム相手にしてたんだぜぇ? それからほぼ休み無しで君の相手ぇ。むしろここまで動けたことを褒めて欲しいくらいだぜぇ」
カイドウの名前が出たところでキングが僅かに反応した。だがそれだけ。
ルフィの声はもう聞こえず頭痛も引いている。だが屋上で四皇二人に対して一人で立ち向かった疲れや合わせ技を受け止めた余韻が、ここにきて動くのに支障をきたし始めてもいた。
鈍く痛む手足に今すぐ白澤の姿になって一眠りがしたい。ただでさえ一度は無意識に白澤の姿に成りかけたのだ。
角や尻尾が出せればまだまだ余裕だろう。だがこのライブフロアではワノ国の者が多過ぎた。
動物系能力者が多いことに紛れられるのであればいいがそうでなければやはり白澤の姿にはなれない。
そして危ない橋は渡らないに越したことはなかった。
キングが迫ってくる。拒絶しようとして『声』が脳裏に響く。
『――“シャイタン”――』
「――ッ!」
間の悪い語りかけに反応が遅れた。炎をまとった剣が迫ってくるのに腕を交差させて身を守る。
剣は受け止めることが出来たが、間を置かず剣を持ち替えたキングの拳が迫ってくるのに咄嗟に剣を蹴り上げた。身を捻るも拳が掠る。
バランスを崩した拍子に膝から力が抜けた。糸が切れた操り人形のように自分が崩れ落ちる感覚。
「ぇ――?」
視界の隅にライブフロアへ繋がる出入り口が入る。そこからシルビに向けて銃を構えているカイドウ軍の兵士。驚いた顔をしているのは当たると思っていなかったからだろう。その兵士にベポが後ろから襲いかかるのが見えた。
予想外のタイミングに予想外な方向からの銃撃。空中に立っている為の集中が途切れる。
落ちる、と思った直後誰かに抱きとめられた。空中にいたシルビを助けられるような、空を飛べる味方は一人しかいない。
「大丈夫かよい」
当たり前だが片羽ではそう飛べないのかマルコがシルビを抱き抱えたまま地上に戻る。マルコが着地すると青い翼は人の腕に戻り、シルビの背中に回されていたそれも腕に戻ってしまった。
撃たれた膝が痛くてよろけてしまう。離れたばかりの腕が伸びてきてシルビの腕を掴んで支える。
そのまま空いている方の手を挙げてマルコが笑った。何故このタイミングでそんな呑気に笑うのか。
「ああ……降参! もう気が済んだ……」
「マルコさん!?」
諦めるのかと咎める様に彼に呼びかければ、マルコは一度シルビを見下ろしてから再びキングを見返した。
「おれ達ァ、ここまでだ……」
シルビにそんなつもりはない。膝を撃たれた程度ならまだ戦えると言おうとしたところで違うのだと気付く。
何かが剥がれていくような引きちぎれていくような音。思わず振り返った先で、ゾロに巻き付けていた幾重もの布が破けていくのが見えた。
確かゾロはチョッパーに治療を託し、チョッパーはそんなゾロにどんな治療を施したのだったか。脇目で時々しか確認していなかったのを今更少し後悔する。
言えるのはそれが決して悪くはない治療だったということ。
マルコが眼鏡を押し上げた。
「“花形”登場だよい!」
動けるまでに回復したゾロがキングに斬りかかる。
「ゾロ十郎が復活したァ!」
「サン五郎さんやっちまえ!」
「ゾロ君……」
侍達の歓声に紛れた声は届かなかっただろう。しかし振り向いたゾロと目が合ってシルビはその意図を察する。
なるほどシルビとマルコは『ここまで』だ。
プレキオザウルスことクイーンとキングが、改めて麦わらの一味の主力と対峙する。誰も邪魔をしてくれるなと張り詰めた緊迫感がライブフロアにいる手練れ達から侍達へと伝播していくのに、シルビも痛む足を叱咤して立ち上がった。
マルコは疲れ切ったのか座り込んだままだ。だが折を見てまた戦闘に戻るなり避難なりするだろう。
落下する直前にベポが見えた。であればシャチも一緒にいる筈だ。きっとずっとそこでカイドウ軍と戦っていたのだろうベポに、ライブフロアを突っ切って合流を目指す。
「ベポ! シャチ!」
完全に無事とは言い難いが少なくとも五体は満足な姿の二人が、兵士を倒して振り返った。
「ペンギン!」
「ペンギン無事!?」
「俺は気にしなくていいぃ! 二人とも無事で良かったぁ!」
抱きしめて無事を喜びたいがそんな暇はない。上の階で燃え上がった火が広がりつつあるらしく逃げるように降りてくるカイドウ軍にけれども、ライブフロアのゾロとサンジの邪魔をさせる訳にはいかず、シルビは召喚器を取り出して一思いに階段を破壊した。
ここの階段を破壊したところで他の場所にも階段がある。それに、階段が壊れたとしても飛び降りてくる者達もいるので気は抜けなかった。
頭痛がする。
「キャプテンとワカメは!?」
「船長は多分ビッグマムのとこぉ! ワカメは……ごめんちょっと分かんねぇ」
「ええー!?」
生きているとは願っているが、今の状況でそれを考えるのはナンセンスだろう。ビッグマムと船長がどこで交戦しているのかも既に分からない。
「二人はずっとここにぃ?」
「ううん。逃げたり追ったり結構動き回ってたよ。ライブフロアでペンギンがキング相手にしてるの見て、ここでカイドウ軍がフロアに行かないように足止めしてた!」
ということは裏でいい仕事をしていたということだ。
通路の先でフランキーも『ライブフロアに通すな』と叫んでいるのが聞こえる。指を鳴らして膝の銃痕だけ治してしまい、シルビも足止め役に回ろうとしたところでまた頭の中に声が響いた。
だんだんと近付いてきてはシルビを呼ぶ声。おそらく彼はシルビがここにいると思っていないから、どこにいるか分からないままに叫んで呼んでいる。
『――“シャイタン!”――』
「――ああもう煩せぇなぁ! 何だよぉ!?」
『――ワノ国が開国するぞ――』
ワノ国が『開国』する気配を察して、ゾウことズニーシャがワノ国へ向かってきているらしい。
ズニーシャに人間の動きはあまり分からないから、人間達が何をしているのかまでは分かっていないのだろう。そしてその壮大な瞬間に『死告シャイタン』を立ち会わせようとして呼んでいたらしい。
「俺はもうワノ国にいる。俺からするとまだ『開国』するかは分かんねぇよ」
あの孤独な巨象は今の人間の動向をどう思いながら見ているのだろうかと心の隅で考える。少なくともシルビの様に人の世に紛れて情勢を把握は出来ない子だ。
あの子は歩き続けるしか出来ない。シャイタンが見ていることしか出来ないように。
『世界政府の宿敵』とは笑える称号だ。
頭を押さえて立ち止まったシルビに気付いて、ベポとシャチが前に出てカイドウ軍を足止めしている。早く再び加勢しにいかなければと思うがズニーシャへ返す言葉もうまくまとまらない。
「……ズニーシャ。俺は」
何か叫び声が聞こえる。この期に及んで誰だとライブフロアを振り返ったところで、ライブフロアの天井を桃色の龍が突き破ってきた。
『シャイタン?』
「俺は――俺、今忙しいぃ!」
大きさだけならばカイドウと変わらないだろう。しかし桃色の龍はあのカイドウの様にその双眸で睨みを効かせるどころか、怖がる子供のように両目を瞑ったままだった。それでいて動き回るものだから四方八方の壁や床、天井に激突し突き破り破壊しながらライブフロアを通過していく。
敵味方関係なく吹き飛ばされるし、運良く吹き飛ばされなかったとしても落下してくる瓦礫に襲われる。シルビも咄嗟に、いきなり現れた龍に驚いていたベポとシャチを引っ掴んで安全そうな場所へ避難した。
悲鳴を上げながら遠ざかっていく桃色の龍に、誰も彼もが呆然としている。
「え、今のモモの助? でかくなってた……?」
「麦わらの声もしてなかった?」
「――というかバンダナさん達くっついてなかったぁ!?」
シャチとベポの言葉にシルビも龍が抜け去った跡を見た。確かにモモの助は桃色の龍になれはしたが、あんなに大きくはなかった筈である。
館内放送が混乱しながら鬼ヶ島へ飛び込んできた龍の詳細を報告しようとして出来ていない。
更に少ししてからやっと、桃色の龍の暴走が止まったのかいくらか冷静さを取り戻したらしい放送が入った。鬼ヶ島も大分ボロボロになってきたが、まだ放送機能が無事なのは奇跡だ。
『謎の竜について報告します。現在屋上には傷ついたヤマト坊ちゃんが一人! そして上空に……二匹の龍が対峙! カイドウ様の青龍に対し桃色の龍に乗る海賊“麦わらのルフィ”!』
龍の暴走跡を追うかどうか迷っていたところに放送が入る。カイドウ軍側はモモの助が龍になれることを知らない為、あれがモモの助だとは考えもしていないらしい。
シルビ達もモモの助のことを知っていても、先ほどの大きな龍とモモの助とを結びつけるには時間を有した。モモの助があんな大きさの龍になったことは今までなかったのだ。急に大きくなったには何かしらの理由があるはずである。
モモの助が大きい龍になったことも気にはなるが、それ以上に今は桃色の龍の尻尾にしがみついていたバンダナ達が気になった。シルビの見間違いでなければバンダナだけではなくワカメやジャンバール達もしがみついていたのである。
「シャチ、ベポ。俺さっきの龍を追いかけるけどここでまだ足止め出来るぅ?」
「で、出来る!」
「よし、いい子ぉ。無理だと判断したらすぐに逃げるんだぞぉ」
疲れているだろうにまだやる気を見せる二人に笑みを浮かべ、シルビは走り出した。龍が突き抜けていった穴から瓦礫や倒れ伏す人の山を飛び越え上の階を目指す。龍は屋上へいるらしいので穴は屋上へ繋がっている筈だ。
そうして飛び上がった二階の通路の先で、船長とキッドがビッグマムと対峙していた。その傍にバンダナ達がいるのが見えて向かおうとしたところで、ルフィの声が拡声器越しに響きわたる。
『モモ! お前が噛みついたのは『四皇』だぞ! この世にまだ恐ェもんがあんのか!?』
『な、……ない!』
放送に声を拾われているとは思ってもいないであろうルフィの声。
『行け! お前は飛べる!』
『おう!』
『鬼ヶ島止めて来い! カイドウにはおれが、必ず勝つ!』
泣き虫だったモモの助が威勢良くした返事に彼の成長を感じ入るものの、ルフィの言葉に引っかかりを覚えた。『鬼ヶ島を止める』とはどういうことだ。
ルフィの復活に盛り上がる侍達の歓声を後目に、シルビは船長達とビッグマムへ背を向けて異なる方向へ走り出す。思い出したのだ。
屋上でカイドウとビッグマムと対峙する前、地下で船長と話をしていた時に感じた長い揺れ。あれがただの地震ではなかったとしたら。
既に原型を保てていない窓から外を見る。本来であれば渦潮ひしめく海面が見えるはずの沖は、今はどうしてだかただ空しか見えなかった。
「島が飛んでるぅ……? ……いや、島も飛ぶ時は飛ぶかぁ」
過去にも島が飛んでいるのを目撃したことがあるのを思い出す。あの時に比べれば鬼ヶ島は小さいだろう。
とはいえ普通に考えれば島は飛ばない。飛ぶ方がおかしいのだという認識はシルビにもあった。
空の雷雲が割れて月が姿を見せる。明るくなった夜景に蠢く影を見つけて空を見上げれば桃色の龍が屋上から落ちていた。モモの助の声で叫びながら、落下しつつも雲を掴んで身体を安定させている。
急場で龍としての空の飛び方を理解したのか。海に落ちなくて良かったと思うと同時に、この鬼ヶ島はただ浮いているだけなのかと疑問に思う。
そんな訳がない。であればルフィは『止めろ』などとは言うまい。
浮かせたからには浮かせる理由があったのだろう。そもそも誰が島を浮かせているのか。咄嗟に思い浮かんだ心当たりはカイドウとビッグマムだった。
ビッグマムなら普段からそうしているように、雲へソウルを分け与えて島を運ばせることが出来るだろう。ただ彼女にはそれを行う理由がない。カイドウに頼まれてとも考えられるが、彼女がカイドウの頼みをそう素直に聞き続けるだろうか。
対してカイドウはその悪魔の実の能力で龍の姿となって『焔雲』と呼ぶ雲を生み出せた筈だ。シルビの記憶が確かならその焔雲は遠隔操作も出来た。カイドウ程の能力者なら島一つを浮かせるだけの焔雲も作り出せるだろう。
ただ、やはり二人とも島を浮かせる理由については予想が付かない。分かるのはいつか必ずこの鬼ヶ島をどこかへ降ろすだろうこと。
降ろす場所も気にはなるが、万が一“落とす”となれば島にいる全員の命も危ない。
「よっ、とぉ」
壊れた窓枠を蹴って外へ飛び出す。誰も彼もが敵に向かって得物を振るったり瓦礫から逃れようとしたり訳も分からないまま行き先も分からずに走り回っているから、きっと、誰にも変貌する瞬間は見られなかっただろう。
“前脚”が宙を蹴る。誰かの悲鳴がけれどもすぐに途切れて別の誰かの悲鳴が響く。そんな周囲を見ない振りしてシルビは鬼ヶ島の敷地から宙へと旋回した。
空に浮かぶ鬼ヶ島はゆっくりとであるが確実に本土へと移動している。島を背負う焔雲が岩盤を支えきれなくなっているのか、ボロボロと島の一部が崩れ落ち始めていた。
ルフィが言いたかったのは島の移動か崩壊か。この現状を見てしまってはそれももう些細な問題だ。
鬼ヶ島はもう本土上空で、このままでは花の都へと到達する。
風がシルビの毛並みや尻尾を揺らした。
「――はく、たく……?」
誰もいないはずの場所から声がして振り向く。
小さい焔雲にしがみついて空に佇む桃色の龍。