ワノ国編
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夢主視点
誰かの私室らしい個室に潜り込み、箪笥などを失敬して包帯の代わりに成りそうな物を探す。家具を分解して副木の代わりにしゾロの身体を変な姿勢にならないように固定した。
巨大な十字架の様になってしまったのは決してシルビのせいではない。どちらかというと時間短縮の為、固定出来ればいいとばかりにサンジが雑に布を巻いていったからだ。
「コイツがこんなに傷つく程の相手ってのは!?」
「カイドウとビッグマム」
「納得。ルフィは無事なんだろうな」
「屋上から逃げる直前に声は聞いたけどぉ……」
ゾロやシルビ達が今まで何をしていたかを手短に話す。ゾロは落下中こそ意識が無くなっていたが、応急手当中に意識を取り戻していた。
「呼吸と心拍数に問題なし。出血量がそんなに多くねぇのと骨が内臓を傷つけてなかったのがラッキーだなぁ。……というか、逆になんで内臓無事なのか分かんねぇんだけどぉ」
シルビも布の余りを先程船長に掴まれた方の手に巻かせてもらう。
「寝ていいか?」
「うん。むしろ寝れるなら寝た方が体が休まるぅ。寝れなくても瞼を閉じてるだけでだいぶ違うから」
「オイ! それで寝たソイツを誰が運ぶと思ってんだ!?」
「俺が運ぶよ。サンジ君は悪ぃけど敵をお願いしていいぃ?」
髪をまとめあげて懐から出した防寒帽を被った。狭まる視界にしかしいつもの調子を取り戻しつつ、出たままだった尻尾や角もしまう。
分厚い十字架姿のゾロを担ぐと意外と重かった。
「サンジ君城の中はどうなってるのか分かるぅ?」
「ドクロドームの入り口付近にある『開かずの倉庫』から、モモとしのぶちゃんと多分お前の仲間と、あとヤマトぼっちゃん? って奴が逃げたって放送があった。それでオレはモモのとこに行く途中だったんだ」
「あの子達まだ船に戻って無かったのかぁ!? 」
ワカメにモモの助達をポーラータングへ案内する様に指示を出したのはもう随分前の話である。それからだいぶ経っているので、既にワカメはモモの助を逃して後続のジャンバール達と一緒にいると思っていたのだが、何か不測の事態でも起きたのかも知れない。
治療の為に滞在していた部屋をサンジと一緒に飛び出す。
「懸賞金三億三千万ベリーの“黒足のサンジ”だァ! 討ち取れェ!」
「見ろ! あれが背負ってるのもしかして“海賊狩りのゾロ”かも知れねェ!」
まだ生き残っていた雑魚達が目敏く気付いて追いかけてきた。
「どうして包帯まみれのゾロ君は分かって、俺の正体はバレねぇんだろぉ」
バレたい訳ではないが。
担いだゾロに対して晴の炎を押し当てて回復を早める。シルビも十全ではないので気休め程度にしかならないが、やらないよりはマシだろう。
そのゾロはシルビに担がれたままどうやら寝ているようだった。寝ていいと言ったのはシルビだが、まさか本当にこの状況この状態で寝るとは。
いっそ自分も寝てしまいたいなと思いながら走っていたところで、河松とイゾウが合流する。
「サン五郎殿! ペンギン殿!」
「お! カッパ! お前ら無事だったのかよかった!」
二人はこの戦況でどこもかしこも戦力が足りないと判断した錦えもんの指示で、散らばって助太刀に向かうところだったらしい。錦えもんは菊と一緒にモモの助を助けに向かったそうだ。
「え! オレ今モモの助のところへ向かってたんだぞ」
「錦えもんが向かったゆえ大丈夫でござる!」
「助太刀なら『ライブフロア』だ……ぐー……」
「依頼だけして寝るなてめー!」
行き先をリクエストして再び寝入るゾロにサンジが怒鳴るも起きやしない。
とはいえ明確な行き先を決めていなかったこともあって、ゾロの指示通りにライブフロアを目指すことにする。
襲いかかってくる敵はサンジと河松が先んじて倒してくれるので、ゾロを担いでいるシルビはあまり戦わなくて済むのが助かった。代わりに晴の炎の調整に集中していれば、隣を走っていたイゾウに話しかけられる。
「なあ、アンタのその炎は何だ?」
「ああ、これは活性を促して怪我の回復を早めてるんです。気になります?」
「ウチのマルコも同じ様なことするんだが、色が違うな」
「不死鳥マルコさん。青い炎でしたっけぇ? それは単に青い不死鳥になったからだと思いますよ」
イゾウがサンジと河松の死角をすり抜けてきた敵を撃つ。
「赤い不死鳥なら赤い炎でしょう」
「へー。そうなのか?」
そもそも不死鳥の炎とシルビが扱う炎は違う。
もうすぐライブフロアへ繋がる通路だというところで、激しい頭痛に足が止まった。
「……うっ、」
「ペンギン!? どうした!?」
脳内で大きな音が反響して意識を揺さぶる。制御も何もあったものではないそれは屋上でカイドウと対峙している筈の“ルフィの声”だった。
落としそうになったゾロを駆け戻ってきたサンジが受け取る。もう晴の炎も出していられない程の頭痛と脳内に響く大声に目を閉じた。
『鬼ヶ島全土へ報告ー! 決着がついたよ!』
頭の中ではなく城の中へ少女の声が響き渡る。
『敵の最高賞金首“麦わらのルフィ”はー! 敗けたよー!』
戦場が一瞬、その放送を聞き取ろうと静まりかえる。
『カイドウ様に息の根を止められて、“麦わらのルフィ”は暗い夜の海の底に沈んでいった!』
場違いなほどに明るい声にサンジや河松達が耳を傾けていた。それを薄目で見やってシルビは意識して呼吸する。
その放送が嘘だということは理解していた。嘘だというより、まだルフィの息の根が止まった訳ではないということだけが分かっているというべきか。
シルビの脳内にルフィの声がガンガンと響いてくる。肉声で伝えることが出来ないから本能のまま無意識に叫び続けて誰かに、確実に伝わる相手としてモモの助を選んではいるようだけれど、彼に届けと叫び続けられていた。
きっとルフィはこれがシルビにも伝わっているとは思ってすらいない。
カイドウの部下のものだろう少女の声が館内放送を続けている。侍や海賊達に降参と服従を勧める発言にサンジとゾロがフザけるなと怒鳴り返していた。
立ち止まっていては埒があかないと判断してかサンジがゾロを担ぎ、河松がシルビを背負って走り出す。
「志気を下げるには十分は情報だ!」
「真偽などわかりようがない!」
「どいつもこいつも負けた気になりやがって!」
侍達の動揺が伝わってくる。イゾウの言う通り今の放送は、嘘であったとしても確認しようがない以上志気を下げるのには有効すぎるものだった。
この意識に響く声はモモの助にも伝わっているだろう。であればルフィの声が聞こえているモモの助かシルビがルフィの意志を皆に伝えられることが出来れば、再び志気の活性化も夢ではない。
だがどうやって伝えるか。それが問題だ。
それにルフィの声は大きすぎて、きっとモモの助もシルビ同様頭痛で苦しんでいるだろう。こんな事ならゾウでズニーシャの声を聞いた時に、声の伝え方も少し教えておけば良かった。
ズニーシャ、と思い出してふと思いつく。試したことはないが、この場所は人工的とはいえ『動物』が多い。
これは“賭け”だ。
「河松さん。落とさねぇでくださいね」
「? ペンギン殿? 何を――」
河松の背中で両手を喉へ押し当てる。
「――【ルフィ君は生きている】――!」
そう大声を出したつもりはないが、その一言が染み入る様に広がって消えていった。
「何した!?」
「情報は正しく伝達しねぇとぉ」
武器を握っていたカイドウ軍の動物と融合したような見た目の兵士達が、すれ違いざま惚けた様な顔をしている。
先程の放送で聞いた情報を信じていいのか疑うべきなのか戸惑っているようなそれで、シルビはまだ響く頭痛を堪えながらも口角を上げた。
ルフィは生きている。それだけでも伝われば彼らは勝手に信じてくれるだろう。
あの子は死なない限り打倒カイドウを諦めやしないと。
実際、志気の下がった侍達と同じようにカイドウ軍は困惑している。“本能”がルフィの生存を理解しているのに、放送で流れた情報では敗けたとされていてどちらが正しいのか分かりかねているようだった。
カイドウ軍ばかりが動揺しているのは、人工悪魔の実を食べた影響で動物系能力者が侍達より多いからだ。
シルビは動植物に影響を与える。それは本能に近ければ近い程強いもので、だからこそ動物系能力者にはシルビの声が届いたのだ。
侍の志気が下がったのならカイドウ軍側の志気も下げてしまえばいい。
サンジが階段を下りるのがもどかしくなったのかライブフロアに面した壁を蹴り破る。
「“悪魔風脚”」
飛び降りたサンジの下には、今にも巨大化したチョッパーに食らいつこうとしているプラキオザウルス。
「“回転焼ストライク”!」
その頭部を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたプラキオザウルスが胴体を軸に回転する。その回る首が頭上から降り放たれていた矢を弾き飛ばしていた。おそらく矢は侍を攻撃するものだったのだろうが、プラキオザウルスのお陰で被害無しだ。
サンジの後を続いてライブフロアに降り立った河松にお礼を言ってシルビも自力で立つ。頭痛はするが慣れてきたので動くことは出来そうだった。
「よくふんばったな。チョッパー」
「サ……サンジ。ルフィがあ~!」
「チョッパー君。さっき感じなかったぁ? ルフィ君は生きてるよ」
泣いているチョッパーに笑いかける。彼は元々トナカイなので人工動物系よりしっかりと伝わっていた筈だ。
「それにいくらでも見てきたろ? “奇跡”」
言ってサンジが担いでいたゾロを降ろしてチョッパーの方へ蹴り転がす。
「こいつを頼む。復活すりゃあ十人力だ」
「二千人力だ……!」
「ゾロォ!?」
チョッパーは一見してそれがゾロだとは分からなかったようで、ゾロの声を聞いて驚いていた。サンジが紫煙を吐いてプラキオザウルスに向き直る。
シルビはズレた防寒帽を直しつつ周囲を見回して、ベポとシャチの姿が無いことを確認した。討ち入りの最初の頃にはぐれてからずっと会えていないが、無事であることを願う。
そうしてゆっくりと、黒いライダージャケットで全身を覆った黒い翼の男の方へと向かった。傍には青い炎の翼を広げた不死鳥のマルコが立っている。
「あれはぁ?」
「『火災のキング』大看板の一人だよい」
泣き声混じりのモモの助の声が放送された。
『ルフィは生きておる! 必ず戻ると拙者にかたりかけてくる!』
嗚咽混じりのモモの助の声。その後ろから微かにワカメの声も聞こえてくる。
『だから戦い続けてくれ! 痛くても辛くても! すまぬが命のかぎり戦ってくれ!』
頭の中に響くルフィの声と城内に響くモモの助の声が重なった。
『必ず勝つ!』
侍達の鯨波の声。一度は下がった志気が再び盛り上がる。
その歓声に参加しないまま、シルビは頭痛で霞む視界を鬱陶しく思いながら黒い羽の男『キング』を見上げた。
男は革ジャケットスーツで全身を覆っており、その顔までもがマスクで隠されている。マルコの様子からしてずっと戦っていたのだろうが傷ついている感じがしない。
キングの背中に燃え上がる炎は体から燃え上がっているらしく、燃え広がる様子も消える気配も無かった。
黒い羽。背中の炎。
「……ふむ」
「アイツにはどうにも攻撃が通らねェよい。どうする?」
ずっとこのライブフロアの前線に立っていてくれたのだろうマルコに話しかけられ、シルビはマルコに顔を向けた。青い炎が翼となって広がっている。
一度触らせてもらいたいなと思いつつ視線をキングへ戻した。キングはサンジと共に乱入してきたシルビにしかし、見覚えも心当たりも無ければ警戒するつもりもあまり無いらしい。
さもありなん。『ペンギン』は賞金首ですらない一介の海賊だ。
その油断を利用させてもらう。
「――ッ!?」
シルビとマルコを見下ろしていたキングのうなじに、青い『雨の炎』をまとわせた脚で蹴り込む。衝撃で少しだけ前に体勢を崩したキングが振り返る前に、雨の炎を浴びて火が消えた背中へもう一撃。
今度は痛みを覚えて倒れかかったキングに、キング当人ではなく周囲の侍達やカイドウ軍の兵士達が目を丸くして絶句していた。宙に立って炎をまとったまま、シルビはキングを見下ろす。
「炎なら俺も負けねぇよ。つか、負けたら申し訳が立たねぇんだけどぉ」
シルビの炎は大切な友人達の炎だ。その炎を使っておいて負けるなんて真似は友人達が許してもシルビ自身が許さない。身を這う様に寄り添って燃え上がる青い炎に頬をすり寄せる。
はっきりとした敵意を向けてきたキングが手に炎を灯す。
『わー! うるティ様がやられたァ! ページワン様に次いで!』
先程ルフィの敗北を伝えてきた放送が、今度はカイドウ軍の幹部の敗北を知らせる。
『“飛び六胞”が二人もやられちゃった~!――いっけない放送しちゃった!』
どうやら流すつもりの無かった会話が放送に乗ってしまったらしい。
放送の向こうで何があったのか悲鳴がし、ウソップの声がしたかと思うと幼い少女の声が響き渡る。
『お……お玉でやんす!』
「え、誰……?」
思わず不思議に思った瞬間キングが炎をまとった拳で殴りかかってきた。咄嗟に“拒絶”してしまって、シルビをすり抜けたキングが驚愕の気配を浮かべているのにシルビは慌ててその場から転移する。
お玉と名乗った少女はライブフロアを一望できるステージにいたらしい。
「なぜ戦場にあんなガキが紛れ込んでる!」
サンジと対峙していたプラキオザウルスが首を伸ばし、ステージにいるお玉を怒鳴りつける。
「誰だテメェはァ!」
「キャー!」
放送と地声とのダブルサウンドで悲鳴が聞こえた。どうやら恐怖のあまり気を失ったお玉に、シルビは彼女が名乗った理由が分からないまでも彼女を怖がらせたプラキオザウルスを蹴りつける。
「テメェ女の子に何してんだぁ人でなし恐竜野郎ぅううう!」
「ヘベァッ!」
本来なら子供を怖がらせた罪でもう数回ヤキを入れてやりたいが、キングの相手があるので泣く泣く反動を利用してマルコの元へと戻った。あのプラキオザウルス退治はサンジに託す。
戻ってきたシルビをマルコが呆れた目で見てきた。
「お前さん、破天荒な奴だねい」
「いやだって、子供を怖がらせるのは風上に置けねぇでしょう?」
「それは同感だが……まァいいよい」
マルコとシルビの中間に炎をまとった剣が振り下ろされる。互いに飛んでそれを躱し、空中でキングと向き合った。
下ではシルビが何故空中に立てているのか不思議がる声が上がっているが、丁寧に答えている間も気もない。
マルコ曰く『攻撃が通らない』キングだが、先程試したシルビの攻撃は問題なく通った様だった。であればシルビの憶測は合っている筈である。
キングが拳に炎を灯す。対するシルビも自身の手に炎を灯した。
交差、するには体格差がありすぎる拳。ただ『一度やってしまったからもういいか』と“拒絶”したお陰でキングの拳はシルビの体を素通りして地面に激突し、対するシルビの拳はキングの顔面に入る。
背中に火が燃え上がっているのでシルビの攻撃はキングに通らない。ただ衝撃にキングがよろめく。
歓声を上げたのは誰だったか。
『きびだんごを食べたお友達! お願いでやんす!』
意識を取り戻したのかお玉の声。そのお玉が言った『きびだんご』の単語にシルビははっとしてお玉がいるステージを見た。
『ルフィのアニキ達とモモの助くん達の、味方をしてけろ~!! 一緒にカイドウを! 倒してけろー!』
放送を利用して鬼ヶ島全域に響いたであろうそれ。途端に人工悪魔の実を食べたと思われるカイドウ軍の兵士達が侍ではなく味方である筈の兵士達を攻撃し始める。
仲間外れや乱心、裏切りかと突然の出来事に情報が錯綜していた。そこかしこでギフターズが寝返ったと入る放送にシルビは手で口元を隠す。
「ふふっ。そっかぁ。『きびだんご』かぁ」
誰にも聞こえなかっただろう独り言。
シルビが動植物全てに影響を与えることが出来る様に、生成した団子を食わせた動物を従わせることが出来るようになる悪魔の実の能力だ。
団子を食べさせるという行程が必要なので植物には効かないし、人間も本能が理性に負けてしまって服従させることは出来ないが、動物系能力者の多いこの場所ではなるほど驚異的な能力だろう。
先程ルフィの生存を伝えた程度のそれとは違う、もっと洗練されていない驚異的な力だ。
そんな“卑怯”な作戦があるのなら、シルビにも教えてほしかった。
どうやらきびだんごを食べて寝返った者達の中には、上司が寝返ったからそれに追従してという者もいるらしい。お陰で本来きびだんごを食べさせられた人数以上の兵士が侍側に寝返ったようである。
キングが性懲りもなく飛びかかってきたが“拒絶”して回避した。そう何度も自身の攻撃が通らないとなればキングの方も奇妙に思えてきたのか、改めて宙に立っているシルビを見る。
「何故攻撃が効かない……」
「おや、君にも攻撃が通らねぇだろぉ? 条件付きでぇ」
「! ……」
地面に向かって指を鳴らし、手を払えばフロアに燃え広がっていた炎が沈静化していく。
「懐かしいね。俺が最後に会ったのは多分四十年以上前だぁ」
シルビの話を横から聞いていたマルコが『四十年前?』と不思議がっているが、それは無視してキングへ笑みを向けた。暗にお前の弱点を理解しているぞという意味のそれは正しくキングへ伝わったのか、キングがマスクの下で顎を引くのが分かる。
最後に見たその種族の人物は確か妊婦だった。その種族故に追われていた彼女にシルビは自分の故郷なら安全だろうと告げた覚えがあるが、結局彼女はシルビの故郷にはたどり着けなかったらしい。
あの時は助けた。今は敵対。運命とはどうにも不遇なものだ。
だが、そんなこと今は関係ないだろう。
「それとも坊や。俺の弱点を教えてほしいかぁ?」
キングは何も言わずに動き出した。ルナーリア族特有の背中の炎と黒い翼。
カイドウの部下にも珍しい種族がいたものである。
誰かの私室らしい個室に潜り込み、箪笥などを失敬して包帯の代わりに成りそうな物を探す。家具を分解して副木の代わりにしゾロの身体を変な姿勢にならないように固定した。
巨大な十字架の様になってしまったのは決してシルビのせいではない。どちらかというと時間短縮の為、固定出来ればいいとばかりにサンジが雑に布を巻いていったからだ。
「コイツがこんなに傷つく程の相手ってのは!?」
「カイドウとビッグマム」
「納得。ルフィは無事なんだろうな」
「屋上から逃げる直前に声は聞いたけどぉ……」
ゾロやシルビ達が今まで何をしていたかを手短に話す。ゾロは落下中こそ意識が無くなっていたが、応急手当中に意識を取り戻していた。
「呼吸と心拍数に問題なし。出血量がそんなに多くねぇのと骨が内臓を傷つけてなかったのがラッキーだなぁ。……というか、逆になんで内臓無事なのか分かんねぇんだけどぉ」
シルビも布の余りを先程船長に掴まれた方の手に巻かせてもらう。
「寝ていいか?」
「うん。むしろ寝れるなら寝た方が体が休まるぅ。寝れなくても瞼を閉じてるだけでだいぶ違うから」
「オイ! それで寝たソイツを誰が運ぶと思ってんだ!?」
「俺が運ぶよ。サンジ君は悪ぃけど敵をお願いしていいぃ?」
髪をまとめあげて懐から出した防寒帽を被った。狭まる視界にしかしいつもの調子を取り戻しつつ、出たままだった尻尾や角もしまう。
分厚い十字架姿のゾロを担ぐと意外と重かった。
「サンジ君城の中はどうなってるのか分かるぅ?」
「ドクロドームの入り口付近にある『開かずの倉庫』から、モモとしのぶちゃんと多分お前の仲間と、あとヤマトぼっちゃん? って奴が逃げたって放送があった。それでオレはモモのとこに行く途中だったんだ」
「あの子達まだ船に戻って無かったのかぁ!? 」
ワカメにモモの助達をポーラータングへ案内する様に指示を出したのはもう随分前の話である。それからだいぶ経っているので、既にワカメはモモの助を逃して後続のジャンバール達と一緒にいると思っていたのだが、何か不測の事態でも起きたのかも知れない。
治療の為に滞在していた部屋をサンジと一緒に飛び出す。
「懸賞金三億三千万ベリーの“黒足のサンジ”だァ! 討ち取れェ!」
「見ろ! あれが背負ってるのもしかして“海賊狩りのゾロ”かも知れねェ!」
まだ生き残っていた雑魚達が目敏く気付いて追いかけてきた。
「どうして包帯まみれのゾロ君は分かって、俺の正体はバレねぇんだろぉ」
バレたい訳ではないが。
担いだゾロに対して晴の炎を押し当てて回復を早める。シルビも十全ではないので気休め程度にしかならないが、やらないよりはマシだろう。
そのゾロはシルビに担がれたままどうやら寝ているようだった。寝ていいと言ったのはシルビだが、まさか本当にこの状況この状態で寝るとは。
いっそ自分も寝てしまいたいなと思いながら走っていたところで、河松とイゾウが合流する。
「サン五郎殿! ペンギン殿!」
「お! カッパ! お前ら無事だったのかよかった!」
二人はこの戦況でどこもかしこも戦力が足りないと判断した錦えもんの指示で、散らばって助太刀に向かうところだったらしい。錦えもんは菊と一緒にモモの助を助けに向かったそうだ。
「え! オレ今モモの助のところへ向かってたんだぞ」
「錦えもんが向かったゆえ大丈夫でござる!」
「助太刀なら『ライブフロア』だ……ぐー……」
「依頼だけして寝るなてめー!」
行き先をリクエストして再び寝入るゾロにサンジが怒鳴るも起きやしない。
とはいえ明確な行き先を決めていなかったこともあって、ゾロの指示通りにライブフロアを目指すことにする。
襲いかかってくる敵はサンジと河松が先んじて倒してくれるので、ゾロを担いでいるシルビはあまり戦わなくて済むのが助かった。代わりに晴の炎の調整に集中していれば、隣を走っていたイゾウに話しかけられる。
「なあ、アンタのその炎は何だ?」
「ああ、これは活性を促して怪我の回復を早めてるんです。気になります?」
「ウチのマルコも同じ様なことするんだが、色が違うな」
「不死鳥マルコさん。青い炎でしたっけぇ? それは単に青い不死鳥になったからだと思いますよ」
イゾウがサンジと河松の死角をすり抜けてきた敵を撃つ。
「赤い不死鳥なら赤い炎でしょう」
「へー。そうなのか?」
そもそも不死鳥の炎とシルビが扱う炎は違う。
もうすぐライブフロアへ繋がる通路だというところで、激しい頭痛に足が止まった。
「……うっ、」
「ペンギン!? どうした!?」
脳内で大きな音が反響して意識を揺さぶる。制御も何もあったものではないそれは屋上でカイドウと対峙している筈の“ルフィの声”だった。
落としそうになったゾロを駆け戻ってきたサンジが受け取る。もう晴の炎も出していられない程の頭痛と脳内に響く大声に目を閉じた。
『鬼ヶ島全土へ報告ー! 決着がついたよ!』
頭の中ではなく城の中へ少女の声が響き渡る。
『敵の最高賞金首“麦わらのルフィ”はー! 敗けたよー!』
戦場が一瞬、その放送を聞き取ろうと静まりかえる。
『カイドウ様に息の根を止められて、“麦わらのルフィ”は暗い夜の海の底に沈んでいった!』
場違いなほどに明るい声にサンジや河松達が耳を傾けていた。それを薄目で見やってシルビは意識して呼吸する。
その放送が嘘だということは理解していた。嘘だというより、まだルフィの息の根が止まった訳ではないということだけが分かっているというべきか。
シルビの脳内にルフィの声がガンガンと響いてくる。肉声で伝えることが出来ないから本能のまま無意識に叫び続けて誰かに、確実に伝わる相手としてモモの助を選んではいるようだけれど、彼に届けと叫び続けられていた。
きっとルフィはこれがシルビにも伝わっているとは思ってすらいない。
カイドウの部下のものだろう少女の声が館内放送を続けている。侍や海賊達に降参と服従を勧める発言にサンジとゾロがフザけるなと怒鳴り返していた。
立ち止まっていては埒があかないと判断してかサンジがゾロを担ぎ、河松がシルビを背負って走り出す。
「志気を下げるには十分は情報だ!」
「真偽などわかりようがない!」
「どいつもこいつも負けた気になりやがって!」
侍達の動揺が伝わってくる。イゾウの言う通り今の放送は、嘘であったとしても確認しようがない以上志気を下げるのには有効すぎるものだった。
この意識に響く声はモモの助にも伝わっているだろう。であればルフィの声が聞こえているモモの助かシルビがルフィの意志を皆に伝えられることが出来れば、再び志気の活性化も夢ではない。
だがどうやって伝えるか。それが問題だ。
それにルフィの声は大きすぎて、きっとモモの助もシルビ同様頭痛で苦しんでいるだろう。こんな事ならゾウでズニーシャの声を聞いた時に、声の伝え方も少し教えておけば良かった。
ズニーシャ、と思い出してふと思いつく。試したことはないが、この場所は人工的とはいえ『動物』が多い。
これは“賭け”だ。
「河松さん。落とさねぇでくださいね」
「? ペンギン殿? 何を――」
河松の背中で両手を喉へ押し当てる。
「――【ルフィ君は生きている】――!」
そう大声を出したつもりはないが、その一言が染み入る様に広がって消えていった。
「何した!?」
「情報は正しく伝達しねぇとぉ」
武器を握っていたカイドウ軍の動物と融合したような見た目の兵士達が、すれ違いざま惚けた様な顔をしている。
先程の放送で聞いた情報を信じていいのか疑うべきなのか戸惑っているようなそれで、シルビはまだ響く頭痛を堪えながらも口角を上げた。
ルフィは生きている。それだけでも伝われば彼らは勝手に信じてくれるだろう。
あの子は死なない限り打倒カイドウを諦めやしないと。
実際、志気の下がった侍達と同じようにカイドウ軍は困惑している。“本能”がルフィの生存を理解しているのに、放送で流れた情報では敗けたとされていてどちらが正しいのか分かりかねているようだった。
カイドウ軍ばかりが動揺しているのは、人工悪魔の実を食べた影響で動物系能力者が侍達より多いからだ。
シルビは動植物に影響を与える。それは本能に近ければ近い程強いもので、だからこそ動物系能力者にはシルビの声が届いたのだ。
侍の志気が下がったのならカイドウ軍側の志気も下げてしまえばいい。
サンジが階段を下りるのがもどかしくなったのかライブフロアに面した壁を蹴り破る。
「“悪魔風脚”」
飛び降りたサンジの下には、今にも巨大化したチョッパーに食らいつこうとしているプラキオザウルス。
「“回転焼ストライク”!」
その頭部を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされたプラキオザウルスが胴体を軸に回転する。その回る首が頭上から降り放たれていた矢を弾き飛ばしていた。おそらく矢は侍を攻撃するものだったのだろうが、プラキオザウルスのお陰で被害無しだ。
サンジの後を続いてライブフロアに降り立った河松にお礼を言ってシルビも自力で立つ。頭痛はするが慣れてきたので動くことは出来そうだった。
「よくふんばったな。チョッパー」
「サ……サンジ。ルフィがあ~!」
「チョッパー君。さっき感じなかったぁ? ルフィ君は生きてるよ」
泣いているチョッパーに笑いかける。彼は元々トナカイなので人工動物系よりしっかりと伝わっていた筈だ。
「それにいくらでも見てきたろ? “奇跡”」
言ってサンジが担いでいたゾロを降ろしてチョッパーの方へ蹴り転がす。
「こいつを頼む。復活すりゃあ十人力だ」
「二千人力だ……!」
「ゾロォ!?」
チョッパーは一見してそれがゾロだとは分からなかったようで、ゾロの声を聞いて驚いていた。サンジが紫煙を吐いてプラキオザウルスに向き直る。
シルビはズレた防寒帽を直しつつ周囲を見回して、ベポとシャチの姿が無いことを確認した。討ち入りの最初の頃にはぐれてからずっと会えていないが、無事であることを願う。
そうしてゆっくりと、黒いライダージャケットで全身を覆った黒い翼の男の方へと向かった。傍には青い炎の翼を広げた不死鳥のマルコが立っている。
「あれはぁ?」
「『火災のキング』大看板の一人だよい」
泣き声混じりのモモの助の声が放送された。
『ルフィは生きておる! 必ず戻ると拙者にかたりかけてくる!』
嗚咽混じりのモモの助の声。その後ろから微かにワカメの声も聞こえてくる。
『だから戦い続けてくれ! 痛くても辛くても! すまぬが命のかぎり戦ってくれ!』
頭の中に響くルフィの声と城内に響くモモの助の声が重なった。
『必ず勝つ!』
侍達の鯨波の声。一度は下がった志気が再び盛り上がる。
その歓声に参加しないまま、シルビは頭痛で霞む視界を鬱陶しく思いながら黒い羽の男『キング』を見上げた。
男は革ジャケットスーツで全身を覆っており、その顔までもがマスクで隠されている。マルコの様子からしてずっと戦っていたのだろうが傷ついている感じがしない。
キングの背中に燃え上がる炎は体から燃え上がっているらしく、燃え広がる様子も消える気配も無かった。
黒い羽。背中の炎。
「……ふむ」
「アイツにはどうにも攻撃が通らねェよい。どうする?」
ずっとこのライブフロアの前線に立っていてくれたのだろうマルコに話しかけられ、シルビはマルコに顔を向けた。青い炎が翼となって広がっている。
一度触らせてもらいたいなと思いつつ視線をキングへ戻した。キングはサンジと共に乱入してきたシルビにしかし、見覚えも心当たりも無ければ警戒するつもりもあまり無いらしい。
さもありなん。『ペンギン』は賞金首ですらない一介の海賊だ。
その油断を利用させてもらう。
「――ッ!?」
シルビとマルコを見下ろしていたキングのうなじに、青い『雨の炎』をまとわせた脚で蹴り込む。衝撃で少しだけ前に体勢を崩したキングが振り返る前に、雨の炎を浴びて火が消えた背中へもう一撃。
今度は痛みを覚えて倒れかかったキングに、キング当人ではなく周囲の侍達やカイドウ軍の兵士達が目を丸くして絶句していた。宙に立って炎をまとったまま、シルビはキングを見下ろす。
「炎なら俺も負けねぇよ。つか、負けたら申し訳が立たねぇんだけどぉ」
シルビの炎は大切な友人達の炎だ。その炎を使っておいて負けるなんて真似は友人達が許してもシルビ自身が許さない。身を這う様に寄り添って燃え上がる青い炎に頬をすり寄せる。
はっきりとした敵意を向けてきたキングが手に炎を灯す。
『わー! うるティ様がやられたァ! ページワン様に次いで!』
先程ルフィの敗北を伝えてきた放送が、今度はカイドウ軍の幹部の敗北を知らせる。
『“飛び六胞”が二人もやられちゃった~!――いっけない放送しちゃった!』
どうやら流すつもりの無かった会話が放送に乗ってしまったらしい。
放送の向こうで何があったのか悲鳴がし、ウソップの声がしたかと思うと幼い少女の声が響き渡る。
『お……お玉でやんす!』
「え、誰……?」
思わず不思議に思った瞬間キングが炎をまとった拳で殴りかかってきた。咄嗟に“拒絶”してしまって、シルビをすり抜けたキングが驚愕の気配を浮かべているのにシルビは慌ててその場から転移する。
お玉と名乗った少女はライブフロアを一望できるステージにいたらしい。
「なぜ戦場にあんなガキが紛れ込んでる!」
サンジと対峙していたプラキオザウルスが首を伸ばし、ステージにいるお玉を怒鳴りつける。
「誰だテメェはァ!」
「キャー!」
放送と地声とのダブルサウンドで悲鳴が聞こえた。どうやら恐怖のあまり気を失ったお玉に、シルビは彼女が名乗った理由が分からないまでも彼女を怖がらせたプラキオザウルスを蹴りつける。
「テメェ女の子に何してんだぁ人でなし恐竜野郎ぅううう!」
「ヘベァッ!」
本来なら子供を怖がらせた罪でもう数回ヤキを入れてやりたいが、キングの相手があるので泣く泣く反動を利用してマルコの元へと戻った。あのプラキオザウルス退治はサンジに託す。
戻ってきたシルビをマルコが呆れた目で見てきた。
「お前さん、破天荒な奴だねい」
「いやだって、子供を怖がらせるのは風上に置けねぇでしょう?」
「それは同感だが……まァいいよい」
マルコとシルビの中間に炎をまとった剣が振り下ろされる。互いに飛んでそれを躱し、空中でキングと向き合った。
下ではシルビが何故空中に立てているのか不思議がる声が上がっているが、丁寧に答えている間も気もない。
マルコ曰く『攻撃が通らない』キングだが、先程試したシルビの攻撃は問題なく通った様だった。であればシルビの憶測は合っている筈である。
キングが拳に炎を灯す。対するシルビも自身の手に炎を灯した。
交差、するには体格差がありすぎる拳。ただ『一度やってしまったからもういいか』と“拒絶”したお陰でキングの拳はシルビの体を素通りして地面に激突し、対するシルビの拳はキングの顔面に入る。
背中に火が燃え上がっているのでシルビの攻撃はキングに通らない。ただ衝撃にキングがよろめく。
歓声を上げたのは誰だったか。
『きびだんごを食べたお友達! お願いでやんす!』
意識を取り戻したのかお玉の声。そのお玉が言った『きびだんご』の単語にシルビははっとしてお玉がいるステージを見た。
『ルフィのアニキ達とモモの助くん達の、味方をしてけろ~!! 一緒にカイドウを! 倒してけろー!』
放送を利用して鬼ヶ島全域に響いたであろうそれ。途端に人工悪魔の実を食べたと思われるカイドウ軍の兵士達が侍ではなく味方である筈の兵士達を攻撃し始める。
仲間外れや乱心、裏切りかと突然の出来事に情報が錯綜していた。そこかしこでギフターズが寝返ったと入る放送にシルビは手で口元を隠す。
「ふふっ。そっかぁ。『きびだんご』かぁ」
誰にも聞こえなかっただろう独り言。
シルビが動植物全てに影響を与えることが出来る様に、生成した団子を食わせた動物を従わせることが出来るようになる悪魔の実の能力だ。
団子を食べさせるという行程が必要なので植物には効かないし、人間も本能が理性に負けてしまって服従させることは出来ないが、動物系能力者の多いこの場所ではなるほど驚異的な能力だろう。
先程ルフィの生存を伝えた程度のそれとは違う、もっと洗練されていない驚異的な力だ。
そんな“卑怯”な作戦があるのなら、シルビにも教えてほしかった。
どうやらきびだんごを食べて寝返った者達の中には、上司が寝返ったからそれに追従してという者もいるらしい。お陰で本来きびだんごを食べさせられた人数以上の兵士が侍側に寝返ったようである。
キングが性懲りもなく飛びかかってきたが“拒絶”して回避した。そう何度も自身の攻撃が通らないとなればキングの方も奇妙に思えてきたのか、改めて宙に立っているシルビを見る。
「何故攻撃が効かない……」
「おや、君にも攻撃が通らねぇだろぉ? 条件付きでぇ」
「! ……」
地面に向かって指を鳴らし、手を払えばフロアに燃え広がっていた炎が沈静化していく。
「懐かしいね。俺が最後に会ったのは多分四十年以上前だぁ」
シルビの話を横から聞いていたマルコが『四十年前?』と不思議がっているが、それは無視してキングへ笑みを向けた。暗にお前の弱点を理解しているぞという意味のそれは正しくキングへ伝わったのか、キングがマスクの下で顎を引くのが分かる。
最後に見たその種族の人物は確か妊婦だった。その種族故に追われていた彼女にシルビは自分の故郷なら安全だろうと告げた覚えがあるが、結局彼女はシルビの故郷にはたどり着けなかったらしい。
あの時は助けた。今は敵対。運命とはどうにも不遇なものだ。
だが、そんなこと今は関係ないだろう。
「それとも坊や。俺の弱点を教えてほしいかぁ?」
キングは何も言わずに動き出した。ルナーリア族特有の背中の炎と黒い翼。
カイドウの部下にも珍しい種族がいたものである。