ワノ国編
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夢主視点
ワノ国『兎丼』にある常陰港はその日、とても船を出すには安全と言えそうにない悪天候だった。
船の上に立っているだけでともすれば海へと放り出されそうな荒波は、日頃から海の上にいる海賊ならともかくこの日の為だけに船に乗る中には酷く酔う者も多いだろう。
「船酔いの薬多めに用意しときますぅ?」
「いらねえんじゃないかい? そこまでオレらが気にかけてやる必要もないだろうさ」
海面は荒波が立とうとも水中はまだ穏やかなもので、シルビ達を乗せたポーラーダンク号は当初の予定通り常陰港から出航して鬼ヶ島を目指していた。
周囲に侍達の船は見かけていない。数時間前にオロチの手の者だと思われるゴロツキらしき姿は確認したが、彼らも水中に潜伏しているとは流石に思わなかったようだ。内通者のことを考慮して最初に停泊していた場所から移動しておいたのも良かったのだろう。
シルビ達の格好も既に着物から普段のツナギ姿に戻っている。
「言いてェことがあるなら言え」
「そのロシナンテさんリスペクトの羽やめません?」
船長が何か言い返してくる前に操舵室から報告が入った。なんでもこの大荒れの海に小舟が漂っているらしい。
その小舟の行き先を妨害するようにして巨大な三隻の軍艦。その帆に描かれているのは百獣海賊団のそれだ。
小舟は帆もなければ舵もなく、人力で進む為のオールが数本取り付けられただけのそれだ。海原へ乗り出す為ではなく、浜からそう遠くない場所で漁をする為でしかないその船には、どうやら錦えもん達が乗っている。
それを知った途端、船長は悩む間もなく上昇の指示を出した。小舟はちょうどポーラータンク号の甲板の上辺りを漂っている。
「こんな小舟で嵐の海に出るなんて、バカかお前ら! 海をナメすぎだ侍共!」
船が海面に上昇するのと船長が甲板への扉を開けるのはほぼ同時だった。
開け放たれた扉から荒れた海の飛沫と降りしきる怒濤の雨粒が船内に入り込み、甲板に出たシルビ達の身体にも襲いかかってくる。濡れるのはこの長い海賊業で慣れたとはいえ、好んで濡れたいとはいつも思っていない。
強風に飛ばされない様に防寒帽を押さえたその向こうで、ルフィやキッドの声も聞こえる。小舟に乗っていたのはやはり錦えもん達でカン十郎とモモの助の姿はない。
「一体、何が起きて……」
甲板に上陸した小舟の上で錦えもん達が、状況が分からないといった様子で呆然としている。反乱の徒の首謀者が呆然としては駄目だろう。
それとも演技か。
「話が違うぞ! 小舟に乗った侍達を沈めるだけだと!」
「こいつら海賊じゃねェか!」
「捕まってるハズの“最悪の世代”!」
「お前らー! なに侍の小舟いじめてんだ!? 海は海賊が相手だ!」
そんなに何度も小舟小舟と連呼しないであげて欲しい。
内通者がいた割には情報が末端にまで共有されていないようだった。とはいえそれはこちら側も同じ様で、大雨の中サニー号の甲板に集まったルフィ達から錦えもんにどういうことだと質問が飛んでくる。
今この場に、囚人採掘場を解放されて味方になった囚人達はいない。各地のヤクザやミンク族の勇士達もだ。
シルビの予想では彼らは刃武港の波止場に隠れてそこから出航している筈である。ここにその船の集団が見えないということは予想が当たっていたと考えていたのだが、であれば錦えもんがここにいるのも妙な話だった。錦えもん達が囮を買って出たというのであれば、錦えもん達を囮にしてハートはハートで潜入しようという計画は失敗だ。
「ペンギン、あいつら囮にハートは突っ込むって話じゃなかったっけ!?」
「俺の考えた案だとそうするつもりだったんだけどぉ……え、俺の読み違いぃ?」
「ペンギンが読み違えることあるんだ!?」
ワカメが驚くのは納得がいかないが、読み間違えたらしいことは確かだ。敵の裏の裏を読み過ぎたか。それともシルビの推測以上の何かがあったのか。
「すまぬ! 作戦は全て漏れていた……! 皆がどうなったのか……何もわからぬ!」
錦えもんが謝罪するがそれは想定内だ。内通者がいることはベポ達が捕まった時点で分かっている。問題はその後錦えもんがどう対策を練ったかだが、今のを聞くにその対策すら読まれていたのか。
「そのライオンの船は壊し損ねちまったが、伊達港に並んでた船は昨夜全部沈めたよ! オロチ様の命令で、郷をつなぐ『大橋』も壊したぜ!」
伊達港は討ち入りをする為の船を整備していた場所だ。そこの船を沈めたというのなら討ち入りに必要な足を潰されたということになる。
だがそれだとおかしい。移動にかかる時間を考えると昨夜の段階で伊達港に船があるのは奇妙だった。伊達港から鬼ヶ島はそんなに近くないのである。
であれば、これは錦えもんが考えた騙し合いの策の一つなのかと考えてみた。
伊達港にあえて船を残してカイドウ側に破壊させ、反逆者達が移動できないとなった後に首謀者格である錦えもんが姿を現して囮になる。
そう考えることも出来なくはない。ただしその場合、シルビも欺かれてしまったことになる。
身を隠す場所の変更は康イエの残した絵で理解した。だがその情報も内通者を通してカイドウ側に流れてしまうと思ったから、シルビはその変更地である刃武港の波止場をスルーして常陰港から出航する様に提案したのである。
なのに今ここに錦えもんがいて、船も沈められたらしい。船が沈められてしまったのが錦えもん達の策であったなら、シルビ達は逆に来ない方がいい場所へ来てしまったことになる。
百獣海賊団の船から、騙し合いに勝ったと誇る様に嘲笑が響いた。反逆者達は明日から片付けていくつもりらしい。船が無いので国外に逃げることも出来ず、それぞれの土地を繋ぐ橋も壊してしまった様で国内を逃げ回ることも難しいだろう。
「絶望を重ねる様で悪いが、今日の宴は百獣海賊団とかのビッグマム海賊団の『同盟』を記念する宴でもある!」
キッド海賊団やシルビの後ろで船内から出てきたクルー達がどよめいた。『四皇』同士が率いる海賊団が同盟を組むとなれば、その戦力は二倍なんて単純計算で済むものではないだろう。流石のシルビも単独で勝利を掴めるかと言われれば、勝利の定義と条件を確認したい。
「たった三隻の小せェ海賊船が侍達を助けに来たから何だ! 一度は全員『ワノ国』で捕まった“小物”共だろ!」
「――は?」
人の船長をよりにもよって『小物』扱いとはどういう了見か。
「『四皇』カイドウの名の下に! 全員沈めて終わりだ!」
戦艦に備え付けられた砲台がハートの船やサニー号に向けられる。そんなことよりも船長を小物扱いされて腹が立った。
「俺の船長になに――」
「ペンギンお前は下がれ。麦藁屋も下がれ!」
百獣海賊団の戦艦に飛び移ろうとしたシルビを後ろに押しやって、船長がオペオペの実の能力を使って戦艦に移動する。同時にルフィとキッドも戦艦へと飛びかかって行っていた。
向こうに行った船長三人が何か言い合いながら競う様に戦い出し、あっという間に一隻が爆発して沈没する。元はシルビと同じく“小物”と言われたことに怒っていた筈だが、いつの間にか海に沈めば泳げない衝動的な三船長達は浮いた瓦礫の上で互いを格下だの何だのと言い合っていた。
残る敵船は二隻。そっちこそ潰してもいいだろうかと考えていると、『狂』の字を帆に大きく書き込んだ船が近づいてくる。
「困ってそうだなお前達!」
その船からの声に反応したのは、一隻とはいえ味方の船を沈められたカイドウ側だった。
「狂死郎一家の船! 狂死郎親分だ! 助かった!」
新たな敵の増援に舌打ちをこぼす。敵が増えて良いことなどない。
最悪船長だけ船に回収して潜水し鬼ヶ島に単騎突っ込むかと考えているとしかし、狂死郎は錦えもん達がいるハートの船でも麦藁の一味がいるサニー号でもなく、同じ陣営である筈の戦艦を攻撃した。
一太刀で戦艦を分断、とはいえ沈めるのではなく大砲を使えなくしただけではあるが、そんな事をした狂死郎にカイドウの手下達が驚いている。
狂死郎が話しかけたのは錦えもんたちだった。
「赤鞘のお侍さん方! 拙者花の都のヤクザ者、人呼んで“居眠り狂死郎”と申す! ――我が狂死郎一家二百名。あんた方の討ち入りに助太刀させて頂きたい!」
「ウソだろ親分!」
カイドウの手下達の驚愕の悲鳴。
「義理も恩も『光月家』には計り知れずござんす! ――とかく思い出すのは“錦さん”! 四十年前に都で起きた『山の神事件』」
四十年前といえば錦えもん達がワノ国を出るよりも更に二十年は昔だ。
「世間はまるでおでん様の暴走と理解してたが、違うねアレは……! 欲の皮の突っ張った若ェあんたが起こした事件だった!」
そう言いながら狂死郎が被っていたカツラを脱ぎ捨てる。
「おぬし……! 傳ジローか!?」
身を乗り出して錦えもんが叫んだ。その周囲でお菊達も驚いているという事は、狂死郎は彼ら全員が知る人物だったのだろう。
「いかにも! ……見間違えたろうな。すぐにでも名乗り出たかったが万が一を考えて敵であり続けた。案の定名乗っていれば内通者に正体をバラされおれはオロチに消されていた」
波涛と強風の向こうから帆影がうっすらと覗いた。だんだんと近づいてくるそれに息を飲んだのは誰だったか。
「最後までオロチの信頼を得た事で、『羅刹町牢屋敷』の千人の侍達を解放する事ができた! 締めて千二百人の兵を足してくれ!」
背後に連なる船は一隻二隻なんてものではない。挙がる喚声も当然一人や二人程度のそれではなくて、シルビは先程の怒りも忘れてただ静かにその光景を見つめた。
絶望の底にも光は届く。二十年の時を経てようやく追い風が吹いたのかもしれない。
民衆が圧制に逆らおうとする光景は今までにも何度も見てきた。遙か昔なら故郷のイタリアで。少し前ならドレスローザで。
そのどれもをシルビは。
「――ぁ、船長のこと忘れてたぁ」
大荒れの海でこうも至近距離に船が集まれば波は不規則なものになる。瓦礫の上にいた筈の船長達を確認すればまだ沈んではいないようだった。
「しかし錦さん、さすが頭の切れる男!」
波の向こうではやっと再会出来た興奮もあってか狂死郎改め傳ジローが叫んでいる。
「康イエ様の判じ絵は『刃武港』を表す“ハブの腹に線二本”。二本の線は腹の絵を消す事を意味する“文字抜き”」
そこまではシルビも分かっていた。だからハブミナトの中にある“ブミナ”の字を消して“ハト”と考え、元から集合場所だった刃武港の“波止場”が新しく正しい集合場所だと判断したのである。
港から大きく変えるのは移動時間や人数の事を考えると難しい故、その周辺で変更したと思うのが普通だと思ったのだ。だからその裏をかいてハートの海賊団は常陰港から出航しようとした。
「誰もが『はぶみなと』の中を抜いて『はと』と読める故、皆には『線二本』とだけを連絡した。――しかしオロチの“内通者”がそばにいると察したあんたは、あえて身内にだけ『トカゲ港』と読み違いをしてみせた」
「は? そうなのかぁ?」
「“内通者”はまんまとオロチに『トカゲ港』と伝えた。――長く都にのさばった権力者の愚かしさ! オロチは土地の距離感を見誤り行動を起こしたのが昨夜!」
結果、オロチが『間に合うだろう』と甘く見ながらも動き出した時には既に行動は終わっており、反逆軍の総勢は皆船に乗ってそれぞれの場所を出発していたらしい。
オロチ軍が壊した船は必要が無かった船。それを残しておいたことすらもオロチ軍の裏をかく作戦の一つだったのか。だがお陰でオロチ軍は『船を壊せたから奴らの足はなくなった』と勘違いし余裕を持って追いかけてきた。
その余裕が反乱軍にとっての猶予になるとも知らないまま。
「あんた達が集めた四千二百の軍勢は作戦通り、康イエ様の愛した“もみじ林”の絶景がある刃波港の『波止』に身を隠し、この刻を迎えた!」
嵐の海に浮かぶ船の姿はどんどん増えていく。十や二十はもう越えた。
オロチ軍は元より船に乗せるつもりが無かったから船出の妨害方法こそ考えても、もし船が出てしまったらの事は考えていなかったのだろう。だから錦えもんを襲いにきた戦艦は少なく、しかも一隻は既に船長達によって壊されている。
残りの船ではいくら戦艦といえ、全てを止めるなんて真似は出来ないだろう。
「『鬼ヶ島』討ち入りの作戦は、何一つ狂っていない! 我ら千二百を新たに足して総勢約五千四百名! さァ皆行こうぞ! いざ! 『鬼ヶ島』!」
それらが全て計算の内であったならシルビは錦えもんへの評価を改めるべきだ。だがしかし、当の本人は神妙な顔で黙り込んでいただけだった。
ワノ国『兎丼』にある常陰港はその日、とても船を出すには安全と言えそうにない悪天候だった。
船の上に立っているだけでともすれば海へと放り出されそうな荒波は、日頃から海の上にいる海賊ならともかくこの日の為だけに船に乗る中には酷く酔う者も多いだろう。
「船酔いの薬多めに用意しときますぅ?」
「いらねえんじゃないかい? そこまでオレらが気にかけてやる必要もないだろうさ」
海面は荒波が立とうとも水中はまだ穏やかなもので、シルビ達を乗せたポーラーダンク号は当初の予定通り常陰港から出航して鬼ヶ島を目指していた。
周囲に侍達の船は見かけていない。数時間前にオロチの手の者だと思われるゴロツキらしき姿は確認したが、彼らも水中に潜伏しているとは流石に思わなかったようだ。内通者のことを考慮して最初に停泊していた場所から移動しておいたのも良かったのだろう。
シルビ達の格好も既に着物から普段のツナギ姿に戻っている。
「言いてェことがあるなら言え」
「そのロシナンテさんリスペクトの羽やめません?」
船長が何か言い返してくる前に操舵室から報告が入った。なんでもこの大荒れの海に小舟が漂っているらしい。
その小舟の行き先を妨害するようにして巨大な三隻の軍艦。その帆に描かれているのは百獣海賊団のそれだ。
小舟は帆もなければ舵もなく、人力で進む為のオールが数本取り付けられただけのそれだ。海原へ乗り出す為ではなく、浜からそう遠くない場所で漁をする為でしかないその船には、どうやら錦えもん達が乗っている。
それを知った途端、船長は悩む間もなく上昇の指示を出した。小舟はちょうどポーラータンク号の甲板の上辺りを漂っている。
「こんな小舟で嵐の海に出るなんて、バカかお前ら! 海をナメすぎだ侍共!」
船が海面に上昇するのと船長が甲板への扉を開けるのはほぼ同時だった。
開け放たれた扉から荒れた海の飛沫と降りしきる怒濤の雨粒が船内に入り込み、甲板に出たシルビ達の身体にも襲いかかってくる。濡れるのはこの長い海賊業で慣れたとはいえ、好んで濡れたいとはいつも思っていない。
強風に飛ばされない様に防寒帽を押さえたその向こうで、ルフィやキッドの声も聞こえる。小舟に乗っていたのはやはり錦えもん達でカン十郎とモモの助の姿はない。
「一体、何が起きて……」
甲板に上陸した小舟の上で錦えもん達が、状況が分からないといった様子で呆然としている。反乱の徒の首謀者が呆然としては駄目だろう。
それとも演技か。
「話が違うぞ! 小舟に乗った侍達を沈めるだけだと!」
「こいつら海賊じゃねェか!」
「捕まってるハズの“最悪の世代”!」
「お前らー! なに侍の小舟いじめてんだ!? 海は海賊が相手だ!」
そんなに何度も小舟小舟と連呼しないであげて欲しい。
内通者がいた割には情報が末端にまで共有されていないようだった。とはいえそれはこちら側も同じ様で、大雨の中サニー号の甲板に集まったルフィ達から錦えもんにどういうことだと質問が飛んでくる。
今この場に、囚人採掘場を解放されて味方になった囚人達はいない。各地のヤクザやミンク族の勇士達もだ。
シルビの予想では彼らは刃武港の波止場に隠れてそこから出航している筈である。ここにその船の集団が見えないということは予想が当たっていたと考えていたのだが、であれば錦えもんがここにいるのも妙な話だった。錦えもん達が囮を買って出たというのであれば、錦えもん達を囮にしてハートはハートで潜入しようという計画は失敗だ。
「ペンギン、あいつら囮にハートは突っ込むって話じゃなかったっけ!?」
「俺の考えた案だとそうするつもりだったんだけどぉ……え、俺の読み違いぃ?」
「ペンギンが読み違えることあるんだ!?」
ワカメが驚くのは納得がいかないが、読み間違えたらしいことは確かだ。敵の裏の裏を読み過ぎたか。それともシルビの推測以上の何かがあったのか。
「すまぬ! 作戦は全て漏れていた……! 皆がどうなったのか……何もわからぬ!」
錦えもんが謝罪するがそれは想定内だ。内通者がいることはベポ達が捕まった時点で分かっている。問題はその後錦えもんがどう対策を練ったかだが、今のを聞くにその対策すら読まれていたのか。
「そのライオンの船は壊し損ねちまったが、伊達港に並んでた船は昨夜全部沈めたよ! オロチ様の命令で、郷をつなぐ『大橋』も壊したぜ!」
伊達港は討ち入りをする為の船を整備していた場所だ。そこの船を沈めたというのなら討ち入りに必要な足を潰されたということになる。
だがそれだとおかしい。移動にかかる時間を考えると昨夜の段階で伊達港に船があるのは奇妙だった。伊達港から鬼ヶ島はそんなに近くないのである。
であれば、これは錦えもんが考えた騙し合いの策の一つなのかと考えてみた。
伊達港にあえて船を残してカイドウ側に破壊させ、反逆者達が移動できないとなった後に首謀者格である錦えもんが姿を現して囮になる。
そう考えることも出来なくはない。ただしその場合、シルビも欺かれてしまったことになる。
身を隠す場所の変更は康イエの残した絵で理解した。だがその情報も内通者を通してカイドウ側に流れてしまうと思ったから、シルビはその変更地である刃武港の波止場をスルーして常陰港から出航する様に提案したのである。
なのに今ここに錦えもんがいて、船も沈められたらしい。船が沈められてしまったのが錦えもん達の策であったなら、シルビ達は逆に来ない方がいい場所へ来てしまったことになる。
百獣海賊団の船から、騙し合いに勝ったと誇る様に嘲笑が響いた。反逆者達は明日から片付けていくつもりらしい。船が無いので国外に逃げることも出来ず、それぞれの土地を繋ぐ橋も壊してしまった様で国内を逃げ回ることも難しいだろう。
「絶望を重ねる様で悪いが、今日の宴は百獣海賊団とかのビッグマム海賊団の『同盟』を記念する宴でもある!」
キッド海賊団やシルビの後ろで船内から出てきたクルー達がどよめいた。『四皇』同士が率いる海賊団が同盟を組むとなれば、その戦力は二倍なんて単純計算で済むものではないだろう。流石のシルビも単独で勝利を掴めるかと言われれば、勝利の定義と条件を確認したい。
「たった三隻の小せェ海賊船が侍達を助けに来たから何だ! 一度は全員『ワノ国』で捕まった“小物”共だろ!」
「――は?」
人の船長をよりにもよって『小物』扱いとはどういう了見か。
「『四皇』カイドウの名の下に! 全員沈めて終わりだ!」
戦艦に備え付けられた砲台がハートの船やサニー号に向けられる。そんなことよりも船長を小物扱いされて腹が立った。
「俺の船長になに――」
「ペンギンお前は下がれ。麦藁屋も下がれ!」
百獣海賊団の戦艦に飛び移ろうとしたシルビを後ろに押しやって、船長がオペオペの実の能力を使って戦艦に移動する。同時にルフィとキッドも戦艦へと飛びかかって行っていた。
向こうに行った船長三人が何か言い合いながら競う様に戦い出し、あっという間に一隻が爆発して沈没する。元はシルビと同じく“小物”と言われたことに怒っていた筈だが、いつの間にか海に沈めば泳げない衝動的な三船長達は浮いた瓦礫の上で互いを格下だの何だのと言い合っていた。
残る敵船は二隻。そっちこそ潰してもいいだろうかと考えていると、『狂』の字を帆に大きく書き込んだ船が近づいてくる。
「困ってそうだなお前達!」
その船からの声に反応したのは、一隻とはいえ味方の船を沈められたカイドウ側だった。
「狂死郎一家の船! 狂死郎親分だ! 助かった!」
新たな敵の増援に舌打ちをこぼす。敵が増えて良いことなどない。
最悪船長だけ船に回収して潜水し鬼ヶ島に単騎突っ込むかと考えているとしかし、狂死郎は錦えもん達がいるハートの船でも麦藁の一味がいるサニー号でもなく、同じ陣営である筈の戦艦を攻撃した。
一太刀で戦艦を分断、とはいえ沈めるのではなく大砲を使えなくしただけではあるが、そんな事をした狂死郎にカイドウの手下達が驚いている。
狂死郎が話しかけたのは錦えもんたちだった。
「赤鞘のお侍さん方! 拙者花の都のヤクザ者、人呼んで“居眠り狂死郎”と申す! ――我が狂死郎一家二百名。あんた方の討ち入りに助太刀させて頂きたい!」
「ウソだろ親分!」
カイドウの手下達の驚愕の悲鳴。
「義理も恩も『光月家』には計り知れずござんす! ――とかく思い出すのは“錦さん”! 四十年前に都で起きた『山の神事件』」
四十年前といえば錦えもん達がワノ国を出るよりも更に二十年は昔だ。
「世間はまるでおでん様の暴走と理解してたが、違うねアレは……! 欲の皮の突っ張った若ェあんたが起こした事件だった!」
そう言いながら狂死郎が被っていたカツラを脱ぎ捨てる。
「おぬし……! 傳ジローか!?」
身を乗り出して錦えもんが叫んだ。その周囲でお菊達も驚いているという事は、狂死郎は彼ら全員が知る人物だったのだろう。
「いかにも! ……見間違えたろうな。すぐにでも名乗り出たかったが万が一を考えて敵であり続けた。案の定名乗っていれば内通者に正体をバラされおれはオロチに消されていた」
波涛と強風の向こうから帆影がうっすらと覗いた。だんだんと近づいてくるそれに息を飲んだのは誰だったか。
「最後までオロチの信頼を得た事で、『羅刹町牢屋敷』の千人の侍達を解放する事ができた! 締めて千二百人の兵を足してくれ!」
背後に連なる船は一隻二隻なんてものではない。挙がる喚声も当然一人や二人程度のそれではなくて、シルビは先程の怒りも忘れてただ静かにその光景を見つめた。
絶望の底にも光は届く。二十年の時を経てようやく追い風が吹いたのかもしれない。
民衆が圧制に逆らおうとする光景は今までにも何度も見てきた。遙か昔なら故郷のイタリアで。少し前ならドレスローザで。
そのどれもをシルビは。
「――ぁ、船長のこと忘れてたぁ」
大荒れの海でこうも至近距離に船が集まれば波は不規則なものになる。瓦礫の上にいた筈の船長達を確認すればまだ沈んではいないようだった。
「しかし錦さん、さすが頭の切れる男!」
波の向こうではやっと再会出来た興奮もあってか狂死郎改め傳ジローが叫んでいる。
「康イエ様の判じ絵は『刃武港』を表す“ハブの腹に線二本”。二本の線は腹の絵を消す事を意味する“文字抜き”」
そこまではシルビも分かっていた。だからハブミナトの中にある“ブミナ”の字を消して“ハト”と考え、元から集合場所だった刃武港の“波止場”が新しく正しい集合場所だと判断したのである。
港から大きく変えるのは移動時間や人数の事を考えると難しい故、その周辺で変更したと思うのが普通だと思ったのだ。だからその裏をかいてハートの海賊団は常陰港から出航しようとした。
「誰もが『はぶみなと』の中を抜いて『はと』と読める故、皆には『線二本』とだけを連絡した。――しかしオロチの“内通者”がそばにいると察したあんたは、あえて身内にだけ『トカゲ港』と読み違いをしてみせた」
「は? そうなのかぁ?」
「“内通者”はまんまとオロチに『トカゲ港』と伝えた。――長く都にのさばった権力者の愚かしさ! オロチは土地の距離感を見誤り行動を起こしたのが昨夜!」
結果、オロチが『間に合うだろう』と甘く見ながらも動き出した時には既に行動は終わっており、反逆軍の総勢は皆船に乗ってそれぞれの場所を出発していたらしい。
オロチ軍が壊した船は必要が無かった船。それを残しておいたことすらもオロチ軍の裏をかく作戦の一つだったのか。だがお陰でオロチ軍は『船を壊せたから奴らの足はなくなった』と勘違いし余裕を持って追いかけてきた。
その余裕が反乱軍にとっての猶予になるとも知らないまま。
「あんた達が集めた四千二百の軍勢は作戦通り、康イエ様の愛した“もみじ林”の絶景がある刃波港の『波止』に身を隠し、この刻を迎えた!」
嵐の海に浮かぶ船の姿はどんどん増えていく。十や二十はもう越えた。
オロチ軍は元より船に乗せるつもりが無かったから船出の妨害方法こそ考えても、もし船が出てしまったらの事は考えていなかったのだろう。だから錦えもんを襲いにきた戦艦は少なく、しかも一隻は既に船長達によって壊されている。
残りの船ではいくら戦艦といえ、全てを止めるなんて真似は出来ないだろう。
「『鬼ヶ島』討ち入りの作戦は、何一つ狂っていない! 我ら千二百を新たに足して総勢約五千四百名! さァ皆行こうぞ! いざ! 『鬼ヶ島』!」
それらが全て計算の内であったならシルビは錦えもんへの評価を改めるべきだ。だがしかし、当の本人は神妙な顔で黙り込んでいただけだった。