ワノ国編
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夢主視点
宿に泊まろうと言ったのは自分だったが、だからといって流石に連れ込み宿へ泊まることになるとは思っていなかった。当たり前だが船長にそんなつもりがあった訳ではなく、単にワノ国の文化を知らなかっただけだろう。
食事が出る事もなくそこまで広くもない部屋に一組だけ敷かれた布団。シルビが何とも言えない気持ちになっている横で、船長は何故布団が一組しかないのか不思議そうだった。
「ワノ国は雑魚寝が一般的……じゃあなかったよな?」
「あー……説明したくねぇんですけど説明いりますぅ?」
「……いい。それよりさっさと治療して休むぞ」
さっさと一組しかない布団の上に座る船長に、宿に泊まることを拒否しなかったのは疲れていたからかと悟る。流石の船長も尋問を受けて疲れたのだろう。
なら布団は船長が使うべきだと考えつつ、手ぬぐいを出して船長に渡す。顔にこびりついた血を拭う姿に懐から持っているだけの治療道具を出していけば、船長は無言でそれらを使い出した。
「ドレーク屋には何を聞かれた」
「『死告シャイタン』とハートの海賊団の関係を。彼は内通者からの情報で『ハートの海賊団にシャイタンの関係者がいる』ことを知っていました。その上でドレスローザに貴方がいたことを含め、ドレークは『トラファルガー・ローにはシャイタンが関わろうとする何かがある』と考えていたようです」
だがそこで、ハートの船にシャイタンその者が乗っているとは考えなかったらしい。だから『トットランドでシャイタンが出現した』という情報を得てもトットランドにローはいなかったから関連付けることが出来なかったのだ。トットランドに向かったハートのクルーこそがシャイタンだとは予想すらしなかったのである。
当然、ワノ国へ情報を漏らした内通者もその事実を知らなかった。何故ならシルビはゾウで『シャイタンの関係者』と説明はしてもシャイタン本人だとは言っていない。内通者はそこまでしか知らなかったのだろう。
問題は、ドレークはドレスローザとゾウでの情報とトットランドでの情報を別々に考えていた。つまりドレークは、内通者とまた別の情報網からそれぞれ情報をリークされていたのだろう。
であればわざと船長を逃がしたことにも仮説が立てられる。ドレークは完全なカイドウ一派ではないのだ。かといって味方でもない。
「これは俺の憶測ですが、ドレークはまだ海軍と繋がりがあるのでしょう」
「根拠は」
「トットランドでの情報を持っていました。あの場にいたのはビックマムの関係者しかいませんでしたが、四皇相手に海軍の密偵が潜んでねぇとは思えません」
何せヴィンスモークにもフランが密偵として潜入していた。四皇相手であれば海軍だって密偵の一人や二人は送り込むだろう。
そう考えるとドレークが『元海軍』というのもフェイクなのだろうかと思えてきた。もしそうであるのなら、かつてシャボンディ諸島ですれ違った際に覚えた感覚にも納得が出来るのだが。
「トットランドでの事はカイドウ一派でも新聞を手に入れられなければ分かりません。ですがカイドウ一派がそういった情報を手に入れていた様子は無ぇのにドレークだけ知っているというのは、少なくともルフィ君達の側にいる内通者の他にワノ国外部に情報提供者がいるということになります」
「それが海軍だと? お前にしては浅い理由だな」
包帯を巻き終えた船長から視線を逸らす。
「えーと……これはただの経験則というか勘なので黙っていたのですが、シャボンディ諸島でドレークとすれ違った時、『元』海軍と言う割には彼、海軍特有の気配が濃すぎたんですよねぇ」
既に数年前のことなので船長は覚えていないかも知れないが、シャボンディ諸島ですれ違ったドレークにシルビは引っかかりを覚えたのである。あの時は勘違いかと思って気にしないことにしていたが、状況が変わって今になって思えばあの時点で既に彼は『海賊のフリをした海兵』だったのかも知れない。
ワノ国でカイドウに従っているのは、カイドウ一派に潜り込んで密偵となっているから。
「あっちでもこっちでも内通者、か」
「あくまで俺の憶測ですがぁ」
「お前の勘は当たるだろうが。何にせよ一週間後まではカイドウも麦わら屋達も動かねェだろうな」
ごろりと掛け布団の上に寝ころんだ船長に灯籠の灯りが揺れた。寝るのなら布団に入れと思いつつ、一人座っているのも変なのでシルビも布団の側で横になる。
すり切れた畳の匂い。
錦えもん達は康イエの遺志を汲んで、予定通り一週間後には討ち入りに向かうだろう。漁夫の利ではないが海賊同盟は解消していない以上、船長はそのタイミングに合わせてハートの海賊団も動かす筈である。
内通者が誰なのかはともかくその存在は分かっているのだから、錦えもん達は慎重に動かざるを得ない。となればハートが別行動になったのは僥倖だったのか。
康イエの遺志。
『――白澤さま。この絶景、美しきものでございましょう』
映像越しの顔を思い出す。磔にされてもなお真っ直ぐだった眼はオロチなんて見ていなかった。
『どうかご覧あれ。光月とその家臣が築きし我が国よ』
ぐ、と手に力を込める。白澤としての役目なんてもう長いこと放り投げたままだった。
その結果がこの有様だと――。
「ペンギン」
名前を呼ばれて何か用かと半身を起こせばしかし、船長は組んだ腕の上に頭を乗せたまま眼を閉じている。片膝を立てて足を組んでいるが、着流しでそういうことをしないで欲しい。
灯籠の灯り。薄い壁の向こうから他の客の嬌声とも寝息ともとれない生活音がひっそりと聞こえてくる。
再び寝そべりながらやはりここがどういう宿なのかバレたかと考えていると、船長が眠そうなまま口を開く。
「愚痴なら聞くぞ」
何かを察している訳ではないだろうに、この人は聡い。
「……ドレスローザから、かなぁ。貴方なんか俺に優しくなりましたねぇ」
船長が目を開けて天井を見つめる。
「しがらみが一つ解けたからな」
「しがらみ」
「少なくとも他に目を向ける余裕は出来た。宿に泊まる提案をしたのもアイツ等のとこにまだ戻りたくなかったからだろ」
どこか宿に泊まることを進言したのはシルビだ。その時確かに自分は何を考えているんだと思いはしたが、『まだ戻りたくない』と思っていたかどうかは船長に言われても分からない。
ただ、言われてみればベポ達の無事を確認したいと考えこそすれ、会いたいとは思っていなかったかもしれなかった。
理由は分かっている。
「……どうして、俺はいつも一言多かったり考えなしだったりするんだろぉ」
康イエとの会話もキラーとの会話も、それぞれあんな結果をもたらすと分かっていたらしなかっただろう。康イエは“白澤の再来”とモモの助達の復活を悟って信じ自らも行動した。
自らの命を犠牲にして。シルビは何の保証もしていなかったというのにだ。
キラーは騙されていたと分かっていた癖に“アマネ”の姿に動揺しゾロに負けている。鈴後でゾロの側にシルビがいなければあの時の結末は変わっていたかも知れない。
どちらもきっとシルビの存在は些細な切っ掛けにしか過ぎないだろう。人の運命を左右するのにシルビの存在など元から大それたものではない。
けれども、シルビ自身の自認はまた別だ。
蝶の羽ばたきより小さくても、大きな結果が生み出されてしまう時もあると知っているから余計に。
「イチジ君はこんな俺を好きだと言ってくれましたけど、やっぱりきっと、康イエさんやキラーの為には俺はいなかった方が良かったんじゃねぇかなぁと思って――」
「待て。なんでそこでヴィンスモークのヤツが出てくる」
被せる様に口を挟まれて瞬きをする。
「なんでって、今のところあの子以外に俺を好きな人の心当たりが無ぇからですけどぉ」
ベポやシャチ達、故郷の知人達は別だ。家族愛や友愛と個人的な恋愛感情は違うだろう。
「勝手な憶測ですけど、きっとイチジ君はいきなり俺の本性を見たとしても案外動じずに接してくれると思うんです。でなけりゃ何年も写真で見ただけの相手に片想いなんて出来ねぇでしょう」
というよりおそらく、ショコラタウンでイチジもおそらくあの姿を目撃してしまってはいただろう。何かを言うタイミングが無かっただけだ。
それでも彼は何も言うまい。彼に応えるなんてことはないのだろうけれど、その気持ちだけは素直に嬉しいと思っている。
けれど、それとこれは別の話だ。シルビは果たして存在していていいのか。
誰かがならなければならない犠牲の代わりになる為の命として生きているつもりだが、そんな命なら尚更誰かを傷つけていい訳が無い。
「誰も傷つけねぇでいるなんて無理ですけど、だからって俺は康イエさんが犠牲になる踏ん切りをつけさせたかった訳でも、キラーを傷つけたかった訳でも無ぇ」
「オレはたった今傷ついた」
「え、なんでです?」
思わず聞き返せば船長が深く息を吐いた。寝返りを打ってこちらを見る眼が僅かな光源に照らされている。
「オレだってお前の本性とやらを見ても動じねェ」
シルビを見ないようにじっと布団を見つめながら言う船長に、シルビは一瞬思考が止まった。
「――。いや、俺の本性の話はいいんですよ」
「よくねェだろ。なんでヴィンスモークなんて他人には見せられてお前の船長のオレには見せられねェんだ」
そうは言っても、船長にはいつか見せる事になってしまうだろうとは思っている。ラフテルへ着く直前か、彼か自分のどちらかが死にそうになった時かは不明だけれど。
「というより、お前のみっともない姿なんて康イエだとかよりも殺戮屋よりもヴィンスモークのヤツよりもオレが見てるだろうが」
「そ、れは、そう、ですけどぉ……」
「一言多いことより説教癖をどうにかしろ」
「説教癖なんてありません」
「お前がいなかったら、今のオレもハートの海賊団もなかった」
琥珀色の眼。
「お前がいなかったらオレはコラさんの笑顔を見れなかった。お前のお陰で、オレはコラさんとの最後の記憶が笑顔のあの人になったんだ」
シルビの、お陰。
「誰かを傷つけてるとしても、お前はその分オレを助けてんだ」
足し算と引き算の単純な計算式のような考え方だと思う。
ただ、まだ船長に恨まれていないのなら、シルビはここにいることを許されているのだろう。
「――船長」
「なんだ」
「このまま寝ようと思ってましたけど、やっぱり寒ぃので羽織を貸してくれるか布団に入れてください」
「は!? ……布団貰ってこい!」
「嫌ですよここ連れ込み宿ですよ? 布団持ってきてなんて言いにいったら『あそこの客の男は意気地なしだ』って出る時に思われますよ? この場合の男って船長ですけどぉ」
「っ……じゃあお前が布団――」
「船長を差し置いて布団は使えません」
「同じ布団で寝るのはいいのかっ」
「日頃甲板で一緒に寝てる人が今更何をぉ」
言葉に詰まった船長が苦虫を噛み砕いた様な顔をして、敷いていた掛け布団を掴んで投げてきた。頭まで覆ったそれから顔を出して船長を見れば、船長は敷き布団の上で自分の羽織を掛けて既にこちらに背を向けている。
「船長」
返事はない。
「ありがとうございます」
宿に泊まろうと言ったのは自分だったが、だからといって流石に連れ込み宿へ泊まることになるとは思っていなかった。当たり前だが船長にそんなつもりがあった訳ではなく、単にワノ国の文化を知らなかっただけだろう。
食事が出る事もなくそこまで広くもない部屋に一組だけ敷かれた布団。シルビが何とも言えない気持ちになっている横で、船長は何故布団が一組しかないのか不思議そうだった。
「ワノ国は雑魚寝が一般的……じゃあなかったよな?」
「あー……説明したくねぇんですけど説明いりますぅ?」
「……いい。それよりさっさと治療して休むぞ」
さっさと一組しかない布団の上に座る船長に、宿に泊まることを拒否しなかったのは疲れていたからかと悟る。流石の船長も尋問を受けて疲れたのだろう。
なら布団は船長が使うべきだと考えつつ、手ぬぐいを出して船長に渡す。顔にこびりついた血を拭う姿に懐から持っているだけの治療道具を出していけば、船長は無言でそれらを使い出した。
「ドレーク屋には何を聞かれた」
「『死告シャイタン』とハートの海賊団の関係を。彼は内通者からの情報で『ハートの海賊団にシャイタンの関係者がいる』ことを知っていました。その上でドレスローザに貴方がいたことを含め、ドレークは『トラファルガー・ローにはシャイタンが関わろうとする何かがある』と考えていたようです」
だがそこで、ハートの船にシャイタンその者が乗っているとは考えなかったらしい。だから『トットランドでシャイタンが出現した』という情報を得てもトットランドにローはいなかったから関連付けることが出来なかったのだ。トットランドに向かったハートのクルーこそがシャイタンだとは予想すらしなかったのである。
当然、ワノ国へ情報を漏らした内通者もその事実を知らなかった。何故ならシルビはゾウで『シャイタンの関係者』と説明はしてもシャイタン本人だとは言っていない。内通者はそこまでしか知らなかったのだろう。
問題は、ドレークはドレスローザとゾウでの情報とトットランドでの情報を別々に考えていた。つまりドレークは、内通者とまた別の情報網からそれぞれ情報をリークされていたのだろう。
であればわざと船長を逃がしたことにも仮説が立てられる。ドレークは完全なカイドウ一派ではないのだ。かといって味方でもない。
「これは俺の憶測ですが、ドレークはまだ海軍と繋がりがあるのでしょう」
「根拠は」
「トットランドでの情報を持っていました。あの場にいたのはビックマムの関係者しかいませんでしたが、四皇相手に海軍の密偵が潜んでねぇとは思えません」
何せヴィンスモークにもフランが密偵として潜入していた。四皇相手であれば海軍だって密偵の一人や二人は送り込むだろう。
そう考えるとドレークが『元海軍』というのもフェイクなのだろうかと思えてきた。もしそうであるのなら、かつてシャボンディ諸島ですれ違った際に覚えた感覚にも納得が出来るのだが。
「トットランドでの事はカイドウ一派でも新聞を手に入れられなければ分かりません。ですがカイドウ一派がそういった情報を手に入れていた様子は無ぇのにドレークだけ知っているというのは、少なくともルフィ君達の側にいる内通者の他にワノ国外部に情報提供者がいるということになります」
「それが海軍だと? お前にしては浅い理由だな」
包帯を巻き終えた船長から視線を逸らす。
「えーと……これはただの経験則というか勘なので黙っていたのですが、シャボンディ諸島でドレークとすれ違った時、『元』海軍と言う割には彼、海軍特有の気配が濃すぎたんですよねぇ」
既に数年前のことなので船長は覚えていないかも知れないが、シャボンディ諸島ですれ違ったドレークにシルビは引っかかりを覚えたのである。あの時は勘違いかと思って気にしないことにしていたが、状況が変わって今になって思えばあの時点で既に彼は『海賊のフリをした海兵』だったのかも知れない。
ワノ国でカイドウに従っているのは、カイドウ一派に潜り込んで密偵となっているから。
「あっちでもこっちでも内通者、か」
「あくまで俺の憶測ですがぁ」
「お前の勘は当たるだろうが。何にせよ一週間後まではカイドウも麦わら屋達も動かねェだろうな」
ごろりと掛け布団の上に寝ころんだ船長に灯籠の灯りが揺れた。寝るのなら布団に入れと思いつつ、一人座っているのも変なのでシルビも布団の側で横になる。
すり切れた畳の匂い。
錦えもん達は康イエの遺志を汲んで、予定通り一週間後には討ち入りに向かうだろう。漁夫の利ではないが海賊同盟は解消していない以上、船長はそのタイミングに合わせてハートの海賊団も動かす筈である。
内通者が誰なのかはともかくその存在は分かっているのだから、錦えもん達は慎重に動かざるを得ない。となればハートが別行動になったのは僥倖だったのか。
康イエの遺志。
『――白澤さま。この絶景、美しきものでございましょう』
映像越しの顔を思い出す。磔にされてもなお真っ直ぐだった眼はオロチなんて見ていなかった。
『どうかご覧あれ。光月とその家臣が築きし我が国よ』
ぐ、と手に力を込める。白澤としての役目なんてもう長いこと放り投げたままだった。
その結果がこの有様だと――。
「ペンギン」
名前を呼ばれて何か用かと半身を起こせばしかし、船長は組んだ腕の上に頭を乗せたまま眼を閉じている。片膝を立てて足を組んでいるが、着流しでそういうことをしないで欲しい。
灯籠の灯り。薄い壁の向こうから他の客の嬌声とも寝息ともとれない生活音がひっそりと聞こえてくる。
再び寝そべりながらやはりここがどういう宿なのかバレたかと考えていると、船長が眠そうなまま口を開く。
「愚痴なら聞くぞ」
何かを察している訳ではないだろうに、この人は聡い。
「……ドレスローザから、かなぁ。貴方なんか俺に優しくなりましたねぇ」
船長が目を開けて天井を見つめる。
「しがらみが一つ解けたからな」
「しがらみ」
「少なくとも他に目を向ける余裕は出来た。宿に泊まる提案をしたのもアイツ等のとこにまだ戻りたくなかったからだろ」
どこか宿に泊まることを進言したのはシルビだ。その時確かに自分は何を考えているんだと思いはしたが、『まだ戻りたくない』と思っていたかどうかは船長に言われても分からない。
ただ、言われてみればベポ達の無事を確認したいと考えこそすれ、会いたいとは思っていなかったかもしれなかった。
理由は分かっている。
「……どうして、俺はいつも一言多かったり考えなしだったりするんだろぉ」
康イエとの会話もキラーとの会話も、それぞれあんな結果をもたらすと分かっていたらしなかっただろう。康イエは“白澤の再来”とモモの助達の復活を悟って信じ自らも行動した。
自らの命を犠牲にして。シルビは何の保証もしていなかったというのにだ。
キラーは騙されていたと分かっていた癖に“アマネ”の姿に動揺しゾロに負けている。鈴後でゾロの側にシルビがいなければあの時の結末は変わっていたかも知れない。
どちらもきっとシルビの存在は些細な切っ掛けにしか過ぎないだろう。人の運命を左右するのにシルビの存在など元から大それたものではない。
けれども、シルビ自身の自認はまた別だ。
蝶の羽ばたきより小さくても、大きな結果が生み出されてしまう時もあると知っているから余計に。
「イチジ君はこんな俺を好きだと言ってくれましたけど、やっぱりきっと、康イエさんやキラーの為には俺はいなかった方が良かったんじゃねぇかなぁと思って――」
「待て。なんでそこでヴィンスモークのヤツが出てくる」
被せる様に口を挟まれて瞬きをする。
「なんでって、今のところあの子以外に俺を好きな人の心当たりが無ぇからですけどぉ」
ベポやシャチ達、故郷の知人達は別だ。家族愛や友愛と個人的な恋愛感情は違うだろう。
「勝手な憶測ですけど、きっとイチジ君はいきなり俺の本性を見たとしても案外動じずに接してくれると思うんです。でなけりゃ何年も写真で見ただけの相手に片想いなんて出来ねぇでしょう」
というよりおそらく、ショコラタウンでイチジもおそらくあの姿を目撃してしまってはいただろう。何かを言うタイミングが無かっただけだ。
それでも彼は何も言うまい。彼に応えるなんてことはないのだろうけれど、その気持ちだけは素直に嬉しいと思っている。
けれど、それとこれは別の話だ。シルビは果たして存在していていいのか。
誰かがならなければならない犠牲の代わりになる為の命として生きているつもりだが、そんな命なら尚更誰かを傷つけていい訳が無い。
「誰も傷つけねぇでいるなんて無理ですけど、だからって俺は康イエさんが犠牲になる踏ん切りをつけさせたかった訳でも、キラーを傷つけたかった訳でも無ぇ」
「オレはたった今傷ついた」
「え、なんでです?」
思わず聞き返せば船長が深く息を吐いた。寝返りを打ってこちらを見る眼が僅かな光源に照らされている。
「オレだってお前の本性とやらを見ても動じねェ」
シルビを見ないようにじっと布団を見つめながら言う船長に、シルビは一瞬思考が止まった。
「――。いや、俺の本性の話はいいんですよ」
「よくねェだろ。なんでヴィンスモークなんて他人には見せられてお前の船長のオレには見せられねェんだ」
そうは言っても、船長にはいつか見せる事になってしまうだろうとは思っている。ラフテルへ着く直前か、彼か自分のどちらかが死にそうになった時かは不明だけれど。
「というより、お前のみっともない姿なんて康イエだとかよりも殺戮屋よりもヴィンスモークのヤツよりもオレが見てるだろうが」
「そ、れは、そう、ですけどぉ……」
「一言多いことより説教癖をどうにかしろ」
「説教癖なんてありません」
「お前がいなかったら、今のオレもハートの海賊団もなかった」
琥珀色の眼。
「お前がいなかったらオレはコラさんの笑顔を見れなかった。お前のお陰で、オレはコラさんとの最後の記憶が笑顔のあの人になったんだ」
シルビの、お陰。
「誰かを傷つけてるとしても、お前はその分オレを助けてんだ」
足し算と引き算の単純な計算式のような考え方だと思う。
ただ、まだ船長に恨まれていないのなら、シルビはここにいることを許されているのだろう。
「――船長」
「なんだ」
「このまま寝ようと思ってましたけど、やっぱり寒ぃので羽織を貸してくれるか布団に入れてください」
「は!? ……布団貰ってこい!」
「嫌ですよここ連れ込み宿ですよ? 布団持ってきてなんて言いにいったら『あそこの客の男は意気地なしだ』って出る時に思われますよ? この場合の男って船長ですけどぉ」
「っ……じゃあお前が布団――」
「船長を差し置いて布団は使えません」
「同じ布団で寝るのはいいのかっ」
「日頃甲板で一緒に寝てる人が今更何をぉ」
言葉に詰まった船長が苦虫を噛み砕いた様な顔をして、敷いていた掛け布団を掴んで投げてきた。頭まで覆ったそれから顔を出して船長を見れば、船長は敷き布団の上で自分の羽織を掛けて既にこちらに背を向けている。
「船長」
返事はない。
「ありがとうございます」