ワノ国編
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夢主視点
夜も更けた頃合い。ゾロが寝入ったのを見てシルビはそっと借りた長屋から出ると枯れ井戸の縁へと腰を下ろした。本当は誰にも見られない様に神社にまで戻っても良かったのだが、いくら寝ているとはいえゾロを一人で長時間放置しておくのは怖かったのである。
「……船長?」
『ロロノア屋は見つかったか?』
いくらシルビ直通の電伝虫とはいえ、もう少し心配したとか気にしていたといった言葉は無いのかと思いつつ、シルビはここまでの経緯を報告した。
「ゾロ君は花の都城下のえびす町で発見しました。現在は町民に借りた長屋で寝ています」
『問題は起こしてねェだろうな?』
「問題は起こしても起きてもいませんが……ああ、ゾロ君を捜索中に最悪の世代の一人である“ドレーク”に遭遇しました」
ドレークの名前に船長が反応する。電伝虫越しなので表情までは分からないが、どうして彼がワノ国にいるのかを不可解に思っているのだろう。
シルビもそれは同様だ。
「様子からして無関係ではなくカイドウ側の一人の様に見受けられました。それ以上の情報は特にはありませんが、そちらはどうです?」
『“X・ドレーク”にならオレ達も遭遇した。ホーキンスともな。あと……ステルス・ブラックを見た』
「はぁ?」
『ステルス・ブラックだ! 黒足屋が変身したんだ!』
少々興奮気味な船長にしかし『ステルス・ブラック』とやらに心当たりはない。
黒足屋ことサンジが変身したというのであればおそらくジェルマの技術力の関係だろうと考えて、そう言えば彼がトットランドからの逃亡の最中にジェルマの兄達から何かを受け取っていたのだったと思い出した。
それがタネだろう。
『『悪の軍団ジェルマ66のNo.3!』ステルス・ブラックだぞ! 全身に背景を投影して完全に姿を消せる厄介な敵だ!』
「今は敵じゃありませんねぇ」
変身や戦隊物に憧れてしまうのは少年の心か。生憎シルビはそういう物に触れて育った少年時代が皆無なのでそこまでときめきは無かった。
「というか、それならイチジ君ってレッドでしたよ?」
『スパーキング・レッドか!?』
そこまでは知らないが。
フレバンスの生き残りで凄惨な幼少期を過ごしたであろう船長にもそういう記憶があるのかと、変な方向に感動したところで電伝虫の向こうで咳払いが聞こえる。
『今夜はオロチ城で宴会の予定だった。ナミ屋やニコ屋が潜入中の筈だ』
「俺も潜入した方がいいですか?」
『出来ねェだろ』
「ゾロ君が起きなければ行けます」
ゾロが起きなければ行ける、というよりゾロの行動が把握できていれば行けるというのが正しい。寝ていれば移動することがない筈だという話だ。夢遊病の気があるとも聞いていない。
オロチ城までの移動に関してもシルビなら問題はなかった。その事は船長も分かっている筈である。なにせゾウからドレスローザへまでほぼ一瞬で移動したのだ。
問題は本当にゾロの動向だけである。
『普通にロロノア屋に言ってから行くのじゃ駄目なのか』
「それでも構いませんけど、その場合ゾロ君も行くって言い出しません? 俺イヤですよ? オロチの前で刀を抜くゾロ君のフォローなんてぇ」
出来ないことはないがそれはもう反乱軍云々ではなくただの暗殺だ。船長もそれが分かったのか言い返してきたりはしなかった。
草履を履いた足を揺らす。
今回のワノ国来訪は、ハートの海賊団がラフテルを目指して船長が『海賊王』になる為には必要があるかどうかと言えば正直“必要がない”ものだ。シルビが航路を人知れず操作している以上、ラフテルに向かうことだけは出来る。
ただ船長がそれを良しとしているかは聞いたことがなかった。あえて聞いていなかったというのもあるし、そもそも船長が海賊王を目指しているともあまり思っていない。
だから船長の好きにさせている。そしてその船長が海賊同盟を組んでワノ国の問題解決に首を突っ込んでいるから、シルビも“副船長”として協力しているだけだ。
「“ロー君”、俺は別に暗殺でもいいんだぁ。俺なら余裕だしぃ。でも“船長”。貴方がそれじゃ嫌でしょう?」
船長は何も言わない。
懐から昼間受け取った横笛を取り出す。既に古く調律が合っているのかどうかも分からないそれ。石で出来ているからさほど狂ってはいないだろうが。
かつての過去に、友人がくれた横笛である。貰っても結局あまり演奏したことは無かったが、簡単な曲ならまだ吹けるだろう。
もう八百年以上前のことだ。奉納したのは八百年前。
それからもう、ずっとワノ国のことは忘れていた。
「貴方の嫌がることは出来ません」
『お前は、そういう奴だったな』
電伝虫の受話器越しの船長の声。
『一度潜伏しようと思ってえびす町に向かってる。速けりゃ明日の朝には合流出来る筈だ』
「アイアイ」
『……、……おやすみ』
たっぷり躊躇というか言うかどうかをギリギリまで悩んでやっと絞り出したような声に笑いたくなる。航海中は別に悩むことなく言っていたのに悩むということは、近くに麦わらの一味の誰かでも一緒にいるのかもしれない。
船長の性格上、ハートのクルー以外に聞かれるのは恥ずかしいのだろう。
「はい。おやすみなさい」
電伝虫の受話器を置いて空を見上げる。今日は三日月だった。
都の方からはなんとなく騒がしい気配がするがそれだけ。船長から聞いた通り城で宴が開かれていてその声が聞こえているという訳でもあるまい。
シルビが覚えているワノ国は八百年前のそれだけだ。
「ハイヨこんばんわ。眠れませんかい?」
楽しげな、それでも声量を押さえた声が聞こえて顔を向ければトの康がにこにこと立っていた。ほっかむりを外す姿はどこか少し疲れているようで、シルビは懐から花の都で買っていた飴を出して差し出す。
腹に貯まらないが無いよりはマシだ。
「良ければ」
「おや、こりゃありがとうございます! あはは!」
雨を口に入れてトの康がシルビを見た。相変わらず笑顔のそれはけれども、目は全く笑えていない。
「どこから聞いていました?」
「ハテ? 何のことでございましょう?」
「オロチを殺せばハイ終わり、とはいかねぇんですよ」
三日月に雲が掛かって月明かりが陰る。
「仮にそうであるのならこの二十年の間に誰かがやってる。それが成されなかったのは誰にも出来なかったからじゃねぇ。誰もが“出来ねぇ”と思い込む程思考が固まってたからだぁ」
トの康を見た。
ワノ国は鎖国国家だ。外の情報を入れることなく独自の文化を育てていったがそれはけれども、新鮮な思考や斬新な発想を潰しかねない危険をはらんでいる。
開国を主張した光月おでんは死んだ。出国は禁止。出る杭は打たれて終わり。決められた範囲でしか動けない民衆は範囲を決めた者に逆らう術を失うだろう。
そうして失った。外に出た錦えもん達が動かなければ脈打つことも出来なかったまま。内心にだけ燻らせて。
「そんな者達の前に『白澤』は現れねぇ。――そんな者達の前には」
腰を下ろしていた井戸の縁から立ち上がる。三日月の光を遮っていた雲が流れて夜が照らされていくのに、シルビは静かにトの康を“見上げ”た。
息を呑む音。流石に今ばかりは笑わずに白い獣を見やったトの康は、やがて握り拳から血を流しながら耐えきれなかった様に笑う。
「――あはは。ひどいお人だ」
シルビは人の姿に戻ってトの康の手の傷を治す。トの康の後ろを、刀をくわえた狐が駆け抜けていった。
刀をくわえた狐なんて珍しいなと思って見ていると狐は颯爽と町を出て行く。野良狐とはいえ周りに食べる物が無いから人の生活圏にまで忍び込んできたのだろう。それで刀を盗むというのも妙な話だが。
刀。
「――え?」
違和感に気付いた瞬間ゾロが長屋から飛び出してくる。
「え?」
「おい! 刀泥棒どこ行った!?」
「え?」
「刀を盗まれた! クソッ!」
言うなりゾロは狐が向かったのは逆の方向へ走り出そうとした。慌てて袂を掴んで狐の逃亡先を指さす。
「待ったぁ! あっち、あっちに行ったからそっちには行かねぇでぇ!」
狐を追って川を越えるとそこは雪が降る地だった。ワノ国の気候は川を越えるとだいぶ異なるとは聞いていたが、流石に桜の花が咲き乱れる都から川を越えた先が雪国だったのは予想外である。
いや、季節の流れを考えれば妥当なのか。
ともかくゾロの刀を盗んだ狐を追って川を越えた。その辺りから狐を追っていた筈が刀を持っているのが僧兵の姿になっていたが、ゾロは気付いていない。
そもそもゾロは前を走る僧兵を追いかけている筈なのに、途中でいきなり真横に方向転換したり百八十度カーブしたり謎の動きをするのだ。シルビが途中で何度も軌道修正しなければおそらく見失っていただろう。
軌道修正のせいで何度か僧兵を見失いもしたが、雪に残った足跡のお陰でどうにか追うことが出来た。ただ気付けば随分と長いこと僧兵を追いかけていたらしい。シルビがゾロの進路を修正しつつどうにか橋の上で追いついた時には既に夜が明けてしまっていた。
えびす町で船長と合流する予定もこれで叶わないだろう。
「寒いぃ……」
「煩せェな」
「俺精神的に寒ぃのは駄目なんですよぉ。嫌なことばっかり思い出すぅ」
肩に掛けていたストールをかき寄せて身を震わせる。ゾロは筋肉があるし羽織も羽織っているのでいいかも知れないが、シルビの装備は着物の他には自前のストールだけだ。筋肉もあまりない。
ゾロと退治する僧兵もそれなりに着込んでいる。背中には他にも盗んで集めたのか大量の刀や槍、金棒といった武器が背負われていた。あれを奪うことが出来たら討ち入りの時の助けになるだろうと思うものの、今あえてそれらを奪うのもゾロの邪魔になるだろうと考えて止める。
そういうのはゾロが僧兵を倒して自分の刀を取り返してからでいいだろう。
「名刀『秋水』はもうあるべき場所へ返し申した。アレなるはワノ国が伝説の侍リューマの墓より盗まれた逸品!」
「知ってるよ!」
「え、リューマの刀だったのあれぇ」
思わず呟くがその呟きは二人の耳には拾われなかったらしい。
リューマとはかつてワノ国に生きていた剣豪である。はるか昔に会って酒を奢ったことがあった。
けれどもそれも所詮昔の話。
「ならば黙って引き返せ! さもなくばお前の腰のその二本の刀も剥ぎ取るぞ!」
「武器のコレクターか? そんなに集めてどうすんだ」
世の中には集めるだけで満足するコレクターもいる。
「ちょうどおれ達も大量に武器が必要でね。いいご縁だ。お前の武器コレクション全部貰ってやる!」
「返り討ちにしてくれるわ山賊め!」
山賊ではなく海賊だ。
夜も更けた頃合い。ゾロが寝入ったのを見てシルビはそっと借りた長屋から出ると枯れ井戸の縁へと腰を下ろした。本当は誰にも見られない様に神社にまで戻っても良かったのだが、いくら寝ているとはいえゾロを一人で長時間放置しておくのは怖かったのである。
「……船長?」
『ロロノア屋は見つかったか?』
いくらシルビ直通の電伝虫とはいえ、もう少し心配したとか気にしていたといった言葉は無いのかと思いつつ、シルビはここまでの経緯を報告した。
「ゾロ君は花の都城下のえびす町で発見しました。現在は町民に借りた長屋で寝ています」
『問題は起こしてねェだろうな?』
「問題は起こしても起きてもいませんが……ああ、ゾロ君を捜索中に最悪の世代の一人である“ドレーク”に遭遇しました」
ドレークの名前に船長が反応する。電伝虫越しなので表情までは分からないが、どうして彼がワノ国にいるのかを不可解に思っているのだろう。
シルビもそれは同様だ。
「様子からして無関係ではなくカイドウ側の一人の様に見受けられました。それ以上の情報は特にはありませんが、そちらはどうです?」
『“X・ドレーク”にならオレ達も遭遇した。ホーキンスともな。あと……ステルス・ブラックを見た』
「はぁ?」
『ステルス・ブラックだ! 黒足屋が変身したんだ!』
少々興奮気味な船長にしかし『ステルス・ブラック』とやらに心当たりはない。
黒足屋ことサンジが変身したというのであればおそらくジェルマの技術力の関係だろうと考えて、そう言えば彼がトットランドからの逃亡の最中にジェルマの兄達から何かを受け取っていたのだったと思い出した。
それがタネだろう。
『『悪の軍団ジェルマ66のNo.3!』ステルス・ブラックだぞ! 全身に背景を投影して完全に姿を消せる厄介な敵だ!』
「今は敵じゃありませんねぇ」
変身や戦隊物に憧れてしまうのは少年の心か。生憎シルビはそういう物に触れて育った少年時代が皆無なのでそこまでときめきは無かった。
「というか、それならイチジ君ってレッドでしたよ?」
『スパーキング・レッドか!?』
そこまでは知らないが。
フレバンスの生き残りで凄惨な幼少期を過ごしたであろう船長にもそういう記憶があるのかと、変な方向に感動したところで電伝虫の向こうで咳払いが聞こえる。
『今夜はオロチ城で宴会の予定だった。ナミ屋やニコ屋が潜入中の筈だ』
「俺も潜入した方がいいですか?」
『出来ねェだろ』
「ゾロ君が起きなければ行けます」
ゾロが起きなければ行ける、というよりゾロの行動が把握できていれば行けるというのが正しい。寝ていれば移動することがない筈だという話だ。夢遊病の気があるとも聞いていない。
オロチ城までの移動に関してもシルビなら問題はなかった。その事は船長も分かっている筈である。なにせゾウからドレスローザへまでほぼ一瞬で移動したのだ。
問題は本当にゾロの動向だけである。
『普通にロロノア屋に言ってから行くのじゃ駄目なのか』
「それでも構いませんけど、その場合ゾロ君も行くって言い出しません? 俺イヤですよ? オロチの前で刀を抜くゾロ君のフォローなんてぇ」
出来ないことはないがそれはもう反乱軍云々ではなくただの暗殺だ。船長もそれが分かったのか言い返してきたりはしなかった。
草履を履いた足を揺らす。
今回のワノ国来訪は、ハートの海賊団がラフテルを目指して船長が『海賊王』になる為には必要があるかどうかと言えば正直“必要がない”ものだ。シルビが航路を人知れず操作している以上、ラフテルに向かうことだけは出来る。
ただ船長がそれを良しとしているかは聞いたことがなかった。あえて聞いていなかったというのもあるし、そもそも船長が海賊王を目指しているともあまり思っていない。
だから船長の好きにさせている。そしてその船長が海賊同盟を組んでワノ国の問題解決に首を突っ込んでいるから、シルビも“副船長”として協力しているだけだ。
「“ロー君”、俺は別に暗殺でもいいんだぁ。俺なら余裕だしぃ。でも“船長”。貴方がそれじゃ嫌でしょう?」
船長は何も言わない。
懐から昼間受け取った横笛を取り出す。既に古く調律が合っているのかどうかも分からないそれ。石で出来ているからさほど狂ってはいないだろうが。
かつての過去に、友人がくれた横笛である。貰っても結局あまり演奏したことは無かったが、簡単な曲ならまだ吹けるだろう。
もう八百年以上前のことだ。奉納したのは八百年前。
それからもう、ずっとワノ国のことは忘れていた。
「貴方の嫌がることは出来ません」
『お前は、そういう奴だったな』
電伝虫の受話器越しの船長の声。
『一度潜伏しようと思ってえびす町に向かってる。速けりゃ明日の朝には合流出来る筈だ』
「アイアイ」
『……、……おやすみ』
たっぷり躊躇というか言うかどうかをギリギリまで悩んでやっと絞り出したような声に笑いたくなる。航海中は別に悩むことなく言っていたのに悩むということは、近くに麦わらの一味の誰かでも一緒にいるのかもしれない。
船長の性格上、ハートのクルー以外に聞かれるのは恥ずかしいのだろう。
「はい。おやすみなさい」
電伝虫の受話器を置いて空を見上げる。今日は三日月だった。
都の方からはなんとなく騒がしい気配がするがそれだけ。船長から聞いた通り城で宴が開かれていてその声が聞こえているという訳でもあるまい。
シルビが覚えているワノ国は八百年前のそれだけだ。
「ハイヨこんばんわ。眠れませんかい?」
楽しげな、それでも声量を押さえた声が聞こえて顔を向ければトの康がにこにこと立っていた。ほっかむりを外す姿はどこか少し疲れているようで、シルビは懐から花の都で買っていた飴を出して差し出す。
腹に貯まらないが無いよりはマシだ。
「良ければ」
「おや、こりゃありがとうございます! あはは!」
雨を口に入れてトの康がシルビを見た。相変わらず笑顔のそれはけれども、目は全く笑えていない。
「どこから聞いていました?」
「ハテ? 何のことでございましょう?」
「オロチを殺せばハイ終わり、とはいかねぇんですよ」
三日月に雲が掛かって月明かりが陰る。
「仮にそうであるのならこの二十年の間に誰かがやってる。それが成されなかったのは誰にも出来なかったからじゃねぇ。誰もが“出来ねぇ”と思い込む程思考が固まってたからだぁ」
トの康を見た。
ワノ国は鎖国国家だ。外の情報を入れることなく独自の文化を育てていったがそれはけれども、新鮮な思考や斬新な発想を潰しかねない危険をはらんでいる。
開国を主張した光月おでんは死んだ。出国は禁止。出る杭は打たれて終わり。決められた範囲でしか動けない民衆は範囲を決めた者に逆らう術を失うだろう。
そうして失った。外に出た錦えもん達が動かなければ脈打つことも出来なかったまま。内心にだけ燻らせて。
「そんな者達の前に『白澤』は現れねぇ。――そんな者達の前には」
腰を下ろしていた井戸の縁から立ち上がる。三日月の光を遮っていた雲が流れて夜が照らされていくのに、シルビは静かにトの康を“見上げ”た。
息を呑む音。流石に今ばかりは笑わずに白い獣を見やったトの康は、やがて握り拳から血を流しながら耐えきれなかった様に笑う。
「――あはは。ひどいお人だ」
シルビは人の姿に戻ってトの康の手の傷を治す。トの康の後ろを、刀をくわえた狐が駆け抜けていった。
刀をくわえた狐なんて珍しいなと思って見ていると狐は颯爽と町を出て行く。野良狐とはいえ周りに食べる物が無いから人の生活圏にまで忍び込んできたのだろう。それで刀を盗むというのも妙な話だが。
刀。
「――え?」
違和感に気付いた瞬間ゾロが長屋から飛び出してくる。
「え?」
「おい! 刀泥棒どこ行った!?」
「え?」
「刀を盗まれた! クソッ!」
言うなりゾロは狐が向かったのは逆の方向へ走り出そうとした。慌てて袂を掴んで狐の逃亡先を指さす。
「待ったぁ! あっち、あっちに行ったからそっちには行かねぇでぇ!」
狐を追って川を越えるとそこは雪が降る地だった。ワノ国の気候は川を越えるとだいぶ異なるとは聞いていたが、流石に桜の花が咲き乱れる都から川を越えた先が雪国だったのは予想外である。
いや、季節の流れを考えれば妥当なのか。
ともかくゾロの刀を盗んだ狐を追って川を越えた。その辺りから狐を追っていた筈が刀を持っているのが僧兵の姿になっていたが、ゾロは気付いていない。
そもそもゾロは前を走る僧兵を追いかけている筈なのに、途中でいきなり真横に方向転換したり百八十度カーブしたり謎の動きをするのだ。シルビが途中で何度も軌道修正しなければおそらく見失っていただろう。
軌道修正のせいで何度か僧兵を見失いもしたが、雪に残った足跡のお陰でどうにか追うことが出来た。ただ気付けば随分と長いこと僧兵を追いかけていたらしい。シルビがゾロの進路を修正しつつどうにか橋の上で追いついた時には既に夜が明けてしまっていた。
えびす町で船長と合流する予定もこれで叶わないだろう。
「寒いぃ……」
「煩せェな」
「俺精神的に寒ぃのは駄目なんですよぉ。嫌なことばっかり思い出すぅ」
肩に掛けていたストールをかき寄せて身を震わせる。ゾロは筋肉があるし羽織も羽織っているのでいいかも知れないが、シルビの装備は着物の他には自前のストールだけだ。筋肉もあまりない。
ゾロと退治する僧兵もそれなりに着込んでいる。背中には他にも盗んで集めたのか大量の刀や槍、金棒といった武器が背負われていた。あれを奪うことが出来たら討ち入りの時の助けになるだろうと思うものの、今あえてそれらを奪うのもゾロの邪魔になるだろうと考えて止める。
そういうのはゾロが僧兵を倒して自分の刀を取り返してからでいいだろう。
「名刀『秋水』はもうあるべき場所へ返し申した。アレなるはワノ国が伝説の侍リューマの墓より盗まれた逸品!」
「知ってるよ!」
「え、リューマの刀だったのあれぇ」
思わず呟くがその呟きは二人の耳には拾われなかったらしい。
リューマとはかつてワノ国に生きていた剣豪である。はるか昔に会って酒を奢ったことがあった。
けれどもそれも所詮昔の話。
「ならば黙って引き返せ! さもなくばお前の腰のその二本の刀も剥ぎ取るぞ!」
「武器のコレクターか? そんなに集めてどうすんだ」
世の中には集めるだけで満足するコレクターもいる。
「ちょうどおれ達も大量に武器が必要でね。いいご縁だ。お前の武器コレクション全部貰ってやる!」
「返り討ちにしてくれるわ山賊め!」
山賊ではなく海賊だ。