ワノ国編
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夢主視点
シルビ達がおでん城跡へ到着する前。浜に打ち上げられて目を覚ましたルフィはそこから単独で動き回り、いったいどうすればそうなるのか分からないが既に一問題起こしていたらしい。
結果ルフィと船長、それにたまたま遭遇したゾロが敵に顔を見られてしまった。菊ともその騒動の際に出会い一緒に行動してきたという。
その後船長の案内でおでん城跡に向かう途中、狛犬に乗っていたというのにゾロは迷子になったらしい。
「どういうことぉ?」
「いや知らないよ」
シャチに教えてもらったとある場所に隠してあったハートの船内。トットランドに持っていた荷物の整理と新しくワノの国を歩き回る為の用意をしに船へ戻ると、久しぶりに会ったバンダナは船長より気安くハグをしてくれた。
「それにしても何で女物の着物なんだい? 似合ってはいるけどさ」
「俺骨格が女性寄りで和装は女物でないと着崩れが酷でぇんですよ。男物だと帯の幅が細いでしょう? 腰骨で巻くので普通なら下がらねぇんですけど、なんでかくびれがあるからぁ」
「帽子は?」
「似合わねぇから被らなくていいって船長がぁ」
「ふぅん。まぁ似合うに越したことはないさ」
船内の食堂で、自分で淹れたお茶を飲む。ワノ国で手に入れた茶葉ではなくハートが前々から備蓄していた茶葉だ。緑茶ではなく紅茶に近い。
「それで? ペンちゃんはなんでロロノアの捜索なんかに?」
「一応最初に問題を起こしたメンバーだっていうことでこれ以上騒ぎを大きくさせたりするなってのが一つと、迷子を放置して討ち入りの日に合流出来ねぇなんて真似を回避する為だそうです」
討ち入りは二週間後だが、少しの距離ではぐれて迷子になる相手が約束の日時に合流出来るのか不安になったらしい。それに加えてゾロは反オロチ一派の中で最初に問題を起こし手配されている。
要するにルフィと違って分かっていながら騒ぎを起こしたゾロは、どんな問題を起こしてしまうか云々ではなく、とりあえずどんな騒ぎを起こしてしまっても迅速に対処が出来る様に見張りを付けておきたいらしい。
なるほど転移能力を持っているシルビならどこへ行くとも分からないゾロについて行くのはそう難しくないだろうし、ある程度の問題ならフォローも出来るスキルを持っている。監視役にはうってつけだ。
ただ、船長はシルビが千里眼じみた能力を持っているかまでは知らない筈なので、既に行方不明のゾロを探す手段はどうするつもりだったのか分からない。
もしかして虱潰しに探して見つけろと言うつもりだったのだろうかと考えていると、食堂の外から響き渡る足音が響いてきた。軽快なそれではなく妙に重い響きのそれである。
何か問題でもあったのだろうかと腰を浮かしかければ、食堂の出入り口にトドが現れた。
トドは聞いたところによれば既に絵札配りを行っていた筈だ。全て配り終わって戻ってきたのかなと考えていると、シルビの姿を見たトドがいきなり鼻血と涙を流し始める。
「ト、トド!?」
「――……尊い」
「は?」
黙っていればなかなかの美人だというのに、今の有様は美人どころか女性としてどうかと思う。
トドも船長やシャチと同じくハートのジョリー・ロジャーが入った振り袖だった。日頃から野暮ったいツナギ姿でもスタイルの良さがはっきりしていたが、振り袖は振り袖でまた違う良さがある。
「麗しゅうございます、ペン兄様……。最の高。オレこれだけでメシ五杯は食える」
「トド、口調」
「というか任務はどうしたんだい? イルカと一緒だっただろ」
「ペン兄様がお帰りになられたと聞いて居ても立ってもいられず戻ってきました。嗚呼ペン兄様。お一人での奪還任務お疲れさまでございました!」
「うん。ただいまぁ。鼻血は大丈夫かぁ?」
「ペン兄様の為なら血の一リットルや五リットル」
そんなに出血すると流石にヤバい。
鼻に詰め物をしたトドがうっとりとした眼でシルビを見る。鼻血が出ていなければハグをお願いしただろうが、流石に今のトドとはしたくない。
とりあえず傍に来たトドの、血で汚れていない頭を撫でたところでやはり同じようにシルビの帰還を聞きつけたのだろう料理番達もやってきた。
「ペンギーン! おかえりィ!」
「うわっ、何この血!?」
「ただいまぁ」
ゾウからワノ国に来るまで程度なら怪我も何もないだろうが、全員元気そうで何よりである。
「お腹とかも壊してねぇ? この国は水も良くねぇって聞いたけどぉ」
「ああそれね。ちょっと困ってはいるけど少し我慢すれば問題はないかな」
「オレ、ちょっとココキツいかも……」
「カペリンはそっかぁ。無理そうだったら俺から船長に言っておくぜぇ」
「アレって濾過装置とかでどうにか出来ない? 」
この国の水不足は工場排水による河川の汚染が原因だ。排水を何の対処もせずにそのまま外へ放出しているせいで綺麗な筈の水も汚染され、その汚染された水を周囲の草木が吸収したり動物が飲むことでその体内で更に濃縮されている。
濃縮された汚染物質を取り込んだ動植物を人が摂取することで人間の体内に入り人体を傷つける。動植物の体内でも傷を付けていることに変わりはないが要はそういった状態だ。
いわゆる公害。
「排水の成分を調べればどういう処置で浄化が出来るのかは分かるだろうけど、今すぐって訳にはいかねぇかなぁ。今はとりあえず人体に蓄積されねぇように汚染物質の摂取を阻止するしかねぇよ」
無論それでも人体の汚染は避けられまい。船に戻ってくる前に見たワノ国には、空気をも汚しているだろう黒煙を立ち上らせる煙突が幾本も見えていた。水だけではなく空気までもが汚染されているとなれば防護マスクを装着でもしなければ完全に汚染から逃げる術は無いだろう。
一番はこの国を早急に出ることだがシルビ達はまだ出ていけないし、この国で生まれ育った者にとっては国を見捨てる事にもなる。それはきっと誰にとっても本意ではない。
シルビは胸元を押さえる。蓄積される毒。助けの手が届けられなかった『フレバンス』の事はまだ忘れてなどいない。
「オレらは食料も水も盗んでくるけど、町の人とか見ると辛いよね」
「“おこぼれ町”の人達なんか特にな」
「“おこぼれ町”?」
変な名前の町だと思って聞き返す。
「役人や金を稼げる奴らからの『おこぼれ』を貰って生きてる人達の町だよ。そんな町が何ヶ所かあって、大体働けなくなった老人や非力な女子供とかが住んでるんだ。歩き回るならペンギンも見ることになると思う」
言ってしまえば恥を忍んで他人の食い残しで生きる者の町。乞食の集団と言えばそれまでだが、そんな集団を作り上げたのはこの国だ。
シルビの故郷では絶対にそんな集団は作らないし作らせない。同じ世界政府非加入国だというのに、為政者の思想が違うとこうまでも違うのか。
「……『来たい』と思わねぇ訳だぁ」
「何か言った?」
「何でもねぇよ。さて、そろそろ準備をしようかなぁ」
トドの頭を最後にもう一撫でして立ち上がる。そんなに荷物はいらないが防寒の為にストールの一枚くらいは欲しい。
「ところでなんで女物なの? 似合ってるけど」
「船長には見せた?」
「なんで船長? 着替える時にはいたけどぉ」
「オレらは似合ってるって誉めてもらえたし」
シルビは『まぁ、いいんじゃねェか』としか言われていなかった。
それを誉め言葉と取るかは人それぞれだろう。シルビもそれなりの評価だと思っていたのだが、けれども『似合っている』とは言われていない。
別に女装が似合っていると言われるのも微妙な気分になるのでそこは構わないが。
支度を整えて、ワカメと一緒にこれから反乱軍の同志集めに赴く予定のシャチ達と合流する為におでん城跡へ戻る。将軍オロチのお膝元、城下町である『花の都』へ侵入し錦えもんが見せてくれた判じ絵を配り歩くのだという。
おでん城跡はカイドウの攻撃を退けたとはいえ、反乱軍の拠点として使い続ける訳にはいかなかった。あの時カイドウが何故おでん城跡を攻撃しようとしたのかは不明だが、今後いつあの様な攻撃を受けるのかも分からない上、下手にシルビが防いでしまったせいで『おでん城跡には何かある』と考えられて見回りが来るかも知れないからだ。
「そういう意味では申し訳ねぇ」
「でもお城がこれ以上壊れなくて良かったんじゃない? モモの助の家だったんでしょここって」
「家が壊れるのは悲しいもんな」
壊されなかった城跡を眺めながらベポとワカメが言う。この二人は家というか家族を失っている。
「ベポはもう腹痛てぇの治ったのかぁ?」
「まだちょっとグルグルする……」
「薬あげるから飲んでおきなさい」
船から持ってきた薬を渡す時に触れたベポの毛並みが少しゴワゴワしていた。
この気候が合っていないのか体調不良が原因か。早く落ち着いて手入れをしてやりたくなる。ベポは自分の毛並みを舐めて手入れをすることがあまり無いから余計に。
シルビも“人”の姿のままでは流石に舐めてやれない。
「船長。ルフィ君はカイドウに捕まってしまいましたがどうします?」
「ほっとけ。居場所が分かってるだけまだマシだ」
苦汁を嘗めさせられた事をしみじみと理解させる口調で言われる。ルフィの破天荒は今に始まった事ではないが、ハートの船長として比較的ワガママが許される立場にあった船長は逆に自分がワガママを聞く立場になって苦労しているのだ。
ロジャーもそういうところがあったし、海賊はワガママが多い。
シルビはシャチ達と一度一緒に花の都へと向かい、そこからゾロ探しを始めるつもりだった。船長の話ではおでん城跡に一緒に向かう途中で居なくなったらしいが、それから既に半日近く経っているので彼の動向は既に誰にも察せていない。
「難易度が高けぇ。最近俺こんな役回りばっかぁ」
「そもそも麦わら達はロロノアがいないの気にしてなくね?」
「あー、チョッパーに聞いたけど『ゾロは最終的には来る』からって本気で誰も気にしてないみたい」
その信頼の高さは尊敬する。
そろそろ花の都に向かって出発するというサンジ達の声にシャチやワカメが歩き出す。隣に立っていた船長もそれに続こうとしていたところで、シルビは船長の袖を引いた。
振り返った船長にシルビは袖の下から取り出した電伝虫を差し出す。
「なんだ」
「俺直通」
ハートの船でバンダナ預かりになっていた、どこであろうとシルビが持っている電伝虫に繋がる電伝虫だ。先程船に戻った時に回収してきた物でもある。
ワノ国では国外で使用されている電伝虫は殆ど普及していなかった。少なくとも二十年前の錦えもんが国にいた頃はまだそういった物はなかったらしい。
その後の二十年でカイドウが広めたか百獣海賊団が使っているのを見たワノ国の重鎮も使い始めたのか、現在のワノ国では『スマートタニシ』という電伝虫と似た性質を持つタニシが通称『スマシ』として使われている。
電伝虫より電波は悪いがワノ国の中だけなら特に問題はない上、電伝虫よりスマートで持ち運びが容易い代物だ。重い物の持ち運びに向いていない和装なら確かにスマシの方が便利だろう。
けれども、電波状況も何も気にせずに連絡を取り合いたいのであればシルビが改造してもらった電伝虫が確実である。そもそもシルビはスマシを持っていない。
「クルーのワガママだと思って持っていてはくれませんか? でねぇと俺だけ情報伝達が出来ませんしぃ」
シルビの掌の上の電伝虫は何も知らずに今は眠っている。この子は自分が異常なまでのハイスペックだという自覚もないだろう。
電伝虫を持ってもらわないと情報伝達が出来ないという他にもデメリットはあり、個人的な理由ではあるがシルビが疲れるからだ。
かつて魔法学校に在籍していた頃の話だが、友人の危機に必ず駆けつける為に『名前を呼ばれたら分かる』様に気を張っていたことがある。
今でもそれは出来なくはないが、あの時は周囲に警戒する必要の無い場所にいた為にストレスが少なかったという条件があった。しかし現在のワノ国は周囲が殆ど敵だという状況だ。それでいて船長やハートの皆と別れて別行動するとなれば、シルビが溜め込むストレスはあの時の比ではないだろう。
「名前を呼んでくれれば一瞬で駆けつける事も出来るんですけど、それだと実質貴方を常時監視してる様なモンですしぃ」
ストレスの事は言わずにそう説明すれば、船長が電伝虫を取り上げた。懐に突っ込む姿を見て、よく電伝虫とはいえ生き物を懐に入れられるなと思う。ヌメヌメしそうでシルビは出来ない。
船長がシルビを何か言いたげに見下ろしている。
「何です?」
「……お前のことだから、いつも監視してるもんだと思ってた――イデッ」
船長の向こう脛を蹴った。
シルビ達がおでん城跡へ到着する前。浜に打ち上げられて目を覚ましたルフィはそこから単独で動き回り、いったいどうすればそうなるのか分からないが既に一問題起こしていたらしい。
結果ルフィと船長、それにたまたま遭遇したゾロが敵に顔を見られてしまった。菊ともその騒動の際に出会い一緒に行動してきたという。
その後船長の案内でおでん城跡に向かう途中、狛犬に乗っていたというのにゾロは迷子になったらしい。
「どういうことぉ?」
「いや知らないよ」
シャチに教えてもらったとある場所に隠してあったハートの船内。トットランドに持っていた荷物の整理と新しくワノの国を歩き回る為の用意をしに船へ戻ると、久しぶりに会ったバンダナは船長より気安くハグをしてくれた。
「それにしても何で女物の着物なんだい? 似合ってはいるけどさ」
「俺骨格が女性寄りで和装は女物でないと着崩れが酷でぇんですよ。男物だと帯の幅が細いでしょう? 腰骨で巻くので普通なら下がらねぇんですけど、なんでかくびれがあるからぁ」
「帽子は?」
「似合わねぇから被らなくていいって船長がぁ」
「ふぅん。まぁ似合うに越したことはないさ」
船内の食堂で、自分で淹れたお茶を飲む。ワノ国で手に入れた茶葉ではなくハートが前々から備蓄していた茶葉だ。緑茶ではなく紅茶に近い。
「それで? ペンちゃんはなんでロロノアの捜索なんかに?」
「一応最初に問題を起こしたメンバーだっていうことでこれ以上騒ぎを大きくさせたりするなってのが一つと、迷子を放置して討ち入りの日に合流出来ねぇなんて真似を回避する為だそうです」
討ち入りは二週間後だが、少しの距離ではぐれて迷子になる相手が約束の日時に合流出来るのか不安になったらしい。それに加えてゾロは反オロチ一派の中で最初に問題を起こし手配されている。
要するにルフィと違って分かっていながら騒ぎを起こしたゾロは、どんな問題を起こしてしまうか云々ではなく、とりあえずどんな騒ぎを起こしてしまっても迅速に対処が出来る様に見張りを付けておきたいらしい。
なるほど転移能力を持っているシルビならどこへ行くとも分からないゾロについて行くのはそう難しくないだろうし、ある程度の問題ならフォローも出来るスキルを持っている。監視役にはうってつけだ。
ただ、船長はシルビが千里眼じみた能力を持っているかまでは知らない筈なので、既に行方不明のゾロを探す手段はどうするつもりだったのか分からない。
もしかして虱潰しに探して見つけろと言うつもりだったのだろうかと考えていると、食堂の外から響き渡る足音が響いてきた。軽快なそれではなく妙に重い響きのそれである。
何か問題でもあったのだろうかと腰を浮かしかければ、食堂の出入り口にトドが現れた。
トドは聞いたところによれば既に絵札配りを行っていた筈だ。全て配り終わって戻ってきたのかなと考えていると、シルビの姿を見たトドがいきなり鼻血と涙を流し始める。
「ト、トド!?」
「――……尊い」
「は?」
黙っていればなかなかの美人だというのに、今の有様は美人どころか女性としてどうかと思う。
トドも船長やシャチと同じくハートのジョリー・ロジャーが入った振り袖だった。日頃から野暮ったいツナギ姿でもスタイルの良さがはっきりしていたが、振り袖は振り袖でまた違う良さがある。
「麗しゅうございます、ペン兄様……。最の高。オレこれだけでメシ五杯は食える」
「トド、口調」
「というか任務はどうしたんだい? イルカと一緒だっただろ」
「ペン兄様がお帰りになられたと聞いて居ても立ってもいられず戻ってきました。嗚呼ペン兄様。お一人での奪還任務お疲れさまでございました!」
「うん。ただいまぁ。鼻血は大丈夫かぁ?」
「ペン兄様の為なら血の一リットルや五リットル」
そんなに出血すると流石にヤバい。
鼻に詰め物をしたトドがうっとりとした眼でシルビを見る。鼻血が出ていなければハグをお願いしただろうが、流石に今のトドとはしたくない。
とりあえず傍に来たトドの、血で汚れていない頭を撫でたところでやはり同じようにシルビの帰還を聞きつけたのだろう料理番達もやってきた。
「ペンギーン! おかえりィ!」
「うわっ、何この血!?」
「ただいまぁ」
ゾウからワノ国に来るまで程度なら怪我も何もないだろうが、全員元気そうで何よりである。
「お腹とかも壊してねぇ? この国は水も良くねぇって聞いたけどぉ」
「ああそれね。ちょっと困ってはいるけど少し我慢すれば問題はないかな」
「オレ、ちょっとココキツいかも……」
「カペリンはそっかぁ。無理そうだったら俺から船長に言っておくぜぇ」
「アレって濾過装置とかでどうにか出来ない? 」
この国の水不足は工場排水による河川の汚染が原因だ。排水を何の対処もせずにそのまま外へ放出しているせいで綺麗な筈の水も汚染され、その汚染された水を周囲の草木が吸収したり動物が飲むことでその体内で更に濃縮されている。
濃縮された汚染物質を取り込んだ動植物を人が摂取することで人間の体内に入り人体を傷つける。動植物の体内でも傷を付けていることに変わりはないが要はそういった状態だ。
いわゆる公害。
「排水の成分を調べればどういう処置で浄化が出来るのかは分かるだろうけど、今すぐって訳にはいかねぇかなぁ。今はとりあえず人体に蓄積されねぇように汚染物質の摂取を阻止するしかねぇよ」
無論それでも人体の汚染は避けられまい。船に戻ってくる前に見たワノ国には、空気をも汚しているだろう黒煙を立ち上らせる煙突が幾本も見えていた。水だけではなく空気までもが汚染されているとなれば防護マスクを装着でもしなければ完全に汚染から逃げる術は無いだろう。
一番はこの国を早急に出ることだがシルビ達はまだ出ていけないし、この国で生まれ育った者にとっては国を見捨てる事にもなる。それはきっと誰にとっても本意ではない。
シルビは胸元を押さえる。蓄積される毒。助けの手が届けられなかった『フレバンス』の事はまだ忘れてなどいない。
「オレらは食料も水も盗んでくるけど、町の人とか見ると辛いよね」
「“おこぼれ町”の人達なんか特にな」
「“おこぼれ町”?」
変な名前の町だと思って聞き返す。
「役人や金を稼げる奴らからの『おこぼれ』を貰って生きてる人達の町だよ。そんな町が何ヶ所かあって、大体働けなくなった老人や非力な女子供とかが住んでるんだ。歩き回るならペンギンも見ることになると思う」
言ってしまえば恥を忍んで他人の食い残しで生きる者の町。乞食の集団と言えばそれまでだが、そんな集団を作り上げたのはこの国だ。
シルビの故郷では絶対にそんな集団は作らないし作らせない。同じ世界政府非加入国だというのに、為政者の思想が違うとこうまでも違うのか。
「……『来たい』と思わねぇ訳だぁ」
「何か言った?」
「何でもねぇよ。さて、そろそろ準備をしようかなぁ」
トドの頭を最後にもう一撫でして立ち上がる。そんなに荷物はいらないが防寒の為にストールの一枚くらいは欲しい。
「ところでなんで女物なの? 似合ってるけど」
「船長には見せた?」
「なんで船長? 着替える時にはいたけどぉ」
「オレらは似合ってるって誉めてもらえたし」
シルビは『まぁ、いいんじゃねェか』としか言われていなかった。
それを誉め言葉と取るかは人それぞれだろう。シルビもそれなりの評価だと思っていたのだが、けれども『似合っている』とは言われていない。
別に女装が似合っていると言われるのも微妙な気分になるのでそこは構わないが。
支度を整えて、ワカメと一緒にこれから反乱軍の同志集めに赴く予定のシャチ達と合流する為におでん城跡へ戻る。将軍オロチのお膝元、城下町である『花の都』へ侵入し錦えもんが見せてくれた判じ絵を配り歩くのだという。
おでん城跡はカイドウの攻撃を退けたとはいえ、反乱軍の拠点として使い続ける訳にはいかなかった。あの時カイドウが何故おでん城跡を攻撃しようとしたのかは不明だが、今後いつあの様な攻撃を受けるのかも分からない上、下手にシルビが防いでしまったせいで『おでん城跡には何かある』と考えられて見回りが来るかも知れないからだ。
「そういう意味では申し訳ねぇ」
「でもお城がこれ以上壊れなくて良かったんじゃない? モモの助の家だったんでしょここって」
「家が壊れるのは悲しいもんな」
壊されなかった城跡を眺めながらベポとワカメが言う。この二人は家というか家族を失っている。
「ベポはもう腹痛てぇの治ったのかぁ?」
「まだちょっとグルグルする……」
「薬あげるから飲んでおきなさい」
船から持ってきた薬を渡す時に触れたベポの毛並みが少しゴワゴワしていた。
この気候が合っていないのか体調不良が原因か。早く落ち着いて手入れをしてやりたくなる。ベポは自分の毛並みを舐めて手入れをすることがあまり無いから余計に。
シルビも“人”の姿のままでは流石に舐めてやれない。
「船長。ルフィ君はカイドウに捕まってしまいましたがどうします?」
「ほっとけ。居場所が分かってるだけまだマシだ」
苦汁を嘗めさせられた事をしみじみと理解させる口調で言われる。ルフィの破天荒は今に始まった事ではないが、ハートの船長として比較的ワガママが許される立場にあった船長は逆に自分がワガママを聞く立場になって苦労しているのだ。
ロジャーもそういうところがあったし、海賊はワガママが多い。
シルビはシャチ達と一度一緒に花の都へと向かい、そこからゾロ探しを始めるつもりだった。船長の話ではおでん城跡に一緒に向かう途中で居なくなったらしいが、それから既に半日近く経っているので彼の動向は既に誰にも察せていない。
「難易度が高けぇ。最近俺こんな役回りばっかぁ」
「そもそも麦わら達はロロノアがいないの気にしてなくね?」
「あー、チョッパーに聞いたけど『ゾロは最終的には来る』からって本気で誰も気にしてないみたい」
その信頼の高さは尊敬する。
そろそろ花の都に向かって出発するというサンジ達の声にシャチやワカメが歩き出す。隣に立っていた船長もそれに続こうとしていたところで、シルビは船長の袖を引いた。
振り返った船長にシルビは袖の下から取り出した電伝虫を差し出す。
「なんだ」
「俺直通」
ハートの船でバンダナ預かりになっていた、どこであろうとシルビが持っている電伝虫に繋がる電伝虫だ。先程船に戻った時に回収してきた物でもある。
ワノ国では国外で使用されている電伝虫は殆ど普及していなかった。少なくとも二十年前の錦えもんが国にいた頃はまだそういった物はなかったらしい。
その後の二十年でカイドウが広めたか百獣海賊団が使っているのを見たワノ国の重鎮も使い始めたのか、現在のワノ国では『スマートタニシ』という電伝虫と似た性質を持つタニシが通称『スマシ』として使われている。
電伝虫より電波は悪いがワノ国の中だけなら特に問題はない上、電伝虫よりスマートで持ち運びが容易い代物だ。重い物の持ち運びに向いていない和装なら確かにスマシの方が便利だろう。
けれども、電波状況も何も気にせずに連絡を取り合いたいのであればシルビが改造してもらった電伝虫が確実である。そもそもシルビはスマシを持っていない。
「クルーのワガママだと思って持っていてはくれませんか? でねぇと俺だけ情報伝達が出来ませんしぃ」
シルビの掌の上の電伝虫は何も知らずに今は眠っている。この子は自分が異常なまでのハイスペックだという自覚もないだろう。
電伝虫を持ってもらわないと情報伝達が出来ないという他にもデメリットはあり、個人的な理由ではあるがシルビが疲れるからだ。
かつて魔法学校に在籍していた頃の話だが、友人の危機に必ず駆けつける為に『名前を呼ばれたら分かる』様に気を張っていたことがある。
今でもそれは出来なくはないが、あの時は周囲に警戒する必要の無い場所にいた為にストレスが少なかったという条件があった。しかし現在のワノ国は周囲が殆ど敵だという状況だ。それでいて船長やハートの皆と別れて別行動するとなれば、シルビが溜め込むストレスはあの時の比ではないだろう。
「名前を呼んでくれれば一瞬で駆けつける事も出来るんですけど、それだと実質貴方を常時監視してる様なモンですしぃ」
ストレスの事は言わずにそう説明すれば、船長が電伝虫を取り上げた。懐に突っ込む姿を見て、よく電伝虫とはいえ生き物を懐に入れられるなと思う。ヌメヌメしそうでシルビは出来ない。
船長がシルビを何か言いたげに見下ろしている。
「何です?」
「……お前のことだから、いつも監視してるもんだと思ってた――イデッ」
船長の向こう脛を蹴った。