トットランド編
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夢主視点
サニー号から飛び降りると同時にカカオ島へと転移すれば、カカオ島の広場には一台だけ鏡台が置かれていた。それを包囲しているのはビッグマム海賊団の面々だろう。いずれもそれなりの手練れか幹部格であることが窺える。
これらの殆どがビッグマムの産んだ子供達だと考えるとやはり驚愕だった。医療従事者としてはビッグマムの子宮やら卵子やらの診察をしてみたくなるところであるが、そんな機会はおそらく一生来ないだろう。別に無理して来て欲しくもないが。
どうやら広場に置かれている鏡台以外の島に存在する鏡は全て割った様だった。そうすることでルフィが出てこられる出入り口を限定し、出てきたところをタコ殴りにする作戦の様である。
となればやはりシルビも安易にその鏡から出入りするのは危険だろう。普通に考えれば実行しようとは思わない。
「鏡から出なかったら不意を突けるんだろうけどぉ。俺が囮になるのもアレだしなぁ」
作戦を考えたサンジと相談したくもあったが、彼はまだカカオ島に着いていなかった。仕方がないので独断で動くことにする。
指を鳴らして作った炎の輪を潜ればすぐに鏡の中の世界だ。
四方八方に鏡が飾られている空間へと入り込む。鏡のいくつかからは海水が入り込んだり海水を映したりもしており、おそらくはカカオ島の住人が鏡を海へ投げ込んだのだろう。ルフィは能力者なので海の中の鏡からは逃げられない。
鏡の世界の中には殆ど兵士もいないようだった。シルビの様に能力者でもないのに出入り出来る訳がないと思って警戒が薄いのだろう。その油断が有る意味ではこの状況を生みだしているのだが学びはしないのかそこまで思考が至っていないのか。
「ブリュレを捕まえておいて、彼女を囮にするのってどうだろうぅ?」
我ながらえげつない事を思いついてしまった。
ブリュレが居なければビッグマム海賊団も鏡の中を自由に出入りするという事は出来ない。シルビの能力を知らないのだからそれは当然なのだが、逆に考えればそれはつまりブリュレさえ押さえてしまえばどうとでも出来るということである。
例えばブリュレを捕まえ、彼女が捕まったことをわざと知らせるのだ。当然ミッグマム海賊団の面々は『捕まえたブリュレに無理矢理言うことを聞かせて鏡の中から出てくる』と考えるだろう。実際それは正しく、同時に彼らには『鏡の中から出てくるのは敵』という固定観念がある。
そんな状況で、ブリュレだけを鏡の中から押し出せばどうなるだろうか。
鏡の中から出てくるのは敵であるという固定観念があるのであれば、多少体格が違っていても確認せずに襲いかかろうとするかもしれない。鏡の中から妹だけが出てくるとは誰も思わないだろう。
鏡の出入りは彼女の能力なくしてはあり得ない。そんな考えを逆手に取るのだ。
「ああでも、ルフィ君は嫌がるだろうしサンジ君にも相談してねぇしなぁ」
シルビ一人であればそんな策だって使えるだろうが、ルフィはきっとそういう策は好まない。そう考え直した。
あの子は天真爛漫だ。人を騙すとかそういった行動は好きそうには思えなかった。そういうところもシルビがルフィを気に入る要因の一つではあるのだが、不便と言えば不便である。
ブリュレを進んで走り回っていた先で何かの声が聞こえた。距離が近そうだと警戒しつつ駆け寄ってみれば、どういう状況なのかマスクを着けたペコムズがブリュレを追いかけている。
いや分かるのだ。おそらくはペコムズが鏡の中へ出入りする能力を持つブリュレを捕まえようとしているだけである。とはいえ見た目がそれぞれ異様なせいで、魔女を追いかけるプロレスラーといった滑稽な光景にしか見えない。
何故ペコムズがブリュレを追いかけているのかという理由は不明だ。そもそもペコムズはお茶会より前のショコラタウンで居なくなったきり今まで何をしていたのかもシルビは知らなかった。
今まで姿を見せなかったこともあり現状において彼が敵なのか味方なのかも分からなくなっている。厄介だと言えば厄介だなと思いつつ、シルビは息を吐いて逃げるブリュレの前方へと転移した。
「ギャー!?」
「っと、あんまり大きな声はやめてくれるかぁ?」
いきなり現れたシルビに驚いて叫ぶブリュレを捕まえる。そうして幻覚の縄でその体から自由を奪えば息を切らせたペコムズが足を止めた。
「お、まえ。ペンギン、か」
「敵の前で名前を呼ぶのはどうかと思うけどそうだぜぇ。ペコムズはどうしてここにぃ?」
「! 何故オレがペコムズだと分かった!?」
分からないと思ったのか。
「まあいい。オレは麦藁が逃げる時にコイツが必要だと思ってな。捕まえようとしていたんだ」
どうやらシルビと考えていたことは同じらしい。縄で拘束されたブリュレは恨めしげにペコムズとシルビを見上げてきていた。
少しでも隙を見出せば逃げようとするだろう。思えば彼女は今回の騒動で最も敵や味方に振り回されっぱなしなのではないだろうか。
哀れと言えば哀れだが、もう少しつき合ってもらう。
無限かと思えるくらい広い鏡の世界を走る。目を疲れさせるような光景の中を他に敵が隠れてはいないかと警戒しながらブリュレを担いでルフィ達を探す。
担いでとはいうが一応横抱きである。ブリュレは未だにお茶会へ参加した時のドレス姿のままだということもあり、貴族の娘をさらう山賊の様な気分だった。
「山賊になったことは流石に無かったなぁ」
「お前は海賊だろうが」
ルフィがカカオ島で合流するのだと約束した時間まであと十分と少し。先ほどまで聞こえていた轟音は何があったのか聞こえなくなっていた。決着が着いたのかはたまた別の要因があって止まっているだけなのかも分からない。
ただとにかく今は約束の時間よりも先にルフィを見つけ、彼と共に鏡の外へ出られる様にすることが最優先である。
次第に周囲の崩壊が酷くなっている空間へとたどり着いた。他よりも広めのその場所では元は柱だったものが鏡と一緒に割れ砕け、大小様々な瓦礫がそこかしこへと転がっている。壁や床にも穴やら陥没の痕跡があり、ここで盛大な戦闘が行われたことはすぐに理解出来た。
おそらくはルフィとカタクリによるものだろうそれにしかし、動く者の姿が見当たらない。
「ル――」
「ガオッ!?」
ルフィの名を呼ぼうとしたところで穴の一つが内側から音を立て、何かが飛び出てくる。それが傷だらけのルフィだと気付くと同時に、傍で倒れていたカタクリがこちらも満身創痍の様子で立ち上がった。
そうしてルフィに歩み寄ったかと思うと何かを話しかける。
「勿論だ。おれは……海賊王になる男だ!」
二人の会話の、そのルフィの言葉だけが聞こえた。
カタクリが力尽きたように倒れる。その姿を暫く眺めたルフィが麦わら帽子に重ねていた黒いハットをカタクリの顔へと乗せて歩き出すのを待って、シルビはルフィの傍へと高い場所にあった足場から飛び降りた。
「ルフィ君!」
「んぁ……シルビか」
「ペンギンって呼んでくれるかぁ!?」
血の出ていないところがないといった負傷具合だというのにルフィは痛がる様子だけはない。
後ろからブリュレを担いだペコムズが駆けてくる。ブリュレは負けてしまった自身の兄を見て泣いていた。
「君を迎えに来たんだぁ」
「時間、守れなかったか?」
「ううん。まだ時間にはなってねぇ。でもその身体で船まで走るのは大変だろぉ?。それにブリュレがいねぇと君たちは鏡の外に出られねぇし」
「ペドロの兄貴が死んで守ったお前等の命! こんな所で失うなんておれが許さねェぞ!」
鏡の中から合流場所であるカカオ島に繋がる鏡は一つ。他の鏡はルフィが出入り出来ない様に割られるか海に沈められるといった対策がされている。
そして唯一の鏡の外にはビッグマム海賊団の幹部が大勢揃って待機していた。その包囲網を潜ってサニー号へ逃げるのは今のルフィでは不可能だろう。
必要なのはルフィが逃げる為の道を作ること。そして時間を稼ぐことだ。
「オレがスーロンになるガオ」
「スーロン……?」
「そうだガオ! 昔からおれはそいつが苦手で“月の御子”化はするものの――ただの暴走する怪物になる。誰の声も届かねェ状態だが、ある男の声だけ聞こえた」
背負っているルフィを揺すり上げる。隣でブリュレを担いで走っているペコムズの眼はサングラスに遮られて見えやしない。
「ペドロの兄貴だ。なぜだか兄貴の声だけが無意識のおれを鎮めることができた……。――つまり、もうこの世におれの暴走を止められる役はいねェんだ」
きっとシルビならスーロン化したミンク族も問題なく止められるのだろうが、そういう問題でも話でもなかった。最期に見たペドロの眼を思い出して眼を伏せる。
惜しい人を亡くしたとか、そんな簡単な言葉で話していいことでもないのだろう。
「いいか“麦わら”! 今夜は満月! おれが暴れ出したらその隙にカカオ島から脱出しろ!」
「バカね! 無駄よペコムズ! この裏切り者め! カカオ島には戦争レベルの戦力が集まってる! スーロン化してもすぐ抑えこまれて終わムグ――!」
喋っていたブリュレの口を塞ぐ。
「ペコムズ。本当にいいんだなぁ? 俺はルフィ君ほど優しくねぇから、例え君が死んでも置いていくぞぉ」
「ガオ! そうしてくれ。――ペドロの兄貴の犠牲は、絶対に無駄にするな!」
長い階段の先に傷一つ無い巨大な姿見があった。カカオ島の広場で見たのと全く同じデザインのそれこそ、カカオ島へ繋がる唯一の鏡だ。
ペコムズが息を切らせながらも階段を駆け上る。その鏡の先で自分が死んでしまうかも知れないと分かっていてもだ。
『犠牲』という言葉が好きではない。けれどもそれでも『犠牲』が必要な場面があるとしたら、その犠牲には自分がなろうと決めていたのに。
鏡越しに人の声が届き始めている。それだけでも鏡の外には大勢の敵がいるのだと分かるのにペコムズの足もシルビのそれも遅くなることはない。
遅くしてはいけない。既に払われてしまった犠牲にとって変わることは出来ない。
『自己犠牲は褒められたモノではありません』
『犠牲って言葉は好まねぇよ』
『ですが今回のサンジさんの行動はそれでした。同時に、トラ男さんもどこかで貴方に対してそう思ったのでしょう』
船長に会いたい。
サニー号から飛び降りると同時にカカオ島へと転移すれば、カカオ島の広場には一台だけ鏡台が置かれていた。それを包囲しているのはビッグマム海賊団の面々だろう。いずれもそれなりの手練れか幹部格であることが窺える。
これらの殆どがビッグマムの産んだ子供達だと考えるとやはり驚愕だった。医療従事者としてはビッグマムの子宮やら卵子やらの診察をしてみたくなるところであるが、そんな機会はおそらく一生来ないだろう。別に無理して来て欲しくもないが。
どうやら広場に置かれている鏡台以外の島に存在する鏡は全て割った様だった。そうすることでルフィが出てこられる出入り口を限定し、出てきたところをタコ殴りにする作戦の様である。
となればやはりシルビも安易にその鏡から出入りするのは危険だろう。普通に考えれば実行しようとは思わない。
「鏡から出なかったら不意を突けるんだろうけどぉ。俺が囮になるのもアレだしなぁ」
作戦を考えたサンジと相談したくもあったが、彼はまだカカオ島に着いていなかった。仕方がないので独断で動くことにする。
指を鳴らして作った炎の輪を潜ればすぐに鏡の中の世界だ。
四方八方に鏡が飾られている空間へと入り込む。鏡のいくつかからは海水が入り込んだり海水を映したりもしており、おそらくはカカオ島の住人が鏡を海へ投げ込んだのだろう。ルフィは能力者なので海の中の鏡からは逃げられない。
鏡の世界の中には殆ど兵士もいないようだった。シルビの様に能力者でもないのに出入り出来る訳がないと思って警戒が薄いのだろう。その油断が有る意味ではこの状況を生みだしているのだが学びはしないのかそこまで思考が至っていないのか。
「ブリュレを捕まえておいて、彼女を囮にするのってどうだろうぅ?」
我ながらえげつない事を思いついてしまった。
ブリュレが居なければビッグマム海賊団も鏡の中を自由に出入りするという事は出来ない。シルビの能力を知らないのだからそれは当然なのだが、逆に考えればそれはつまりブリュレさえ押さえてしまえばどうとでも出来るということである。
例えばブリュレを捕まえ、彼女が捕まったことをわざと知らせるのだ。当然ミッグマム海賊団の面々は『捕まえたブリュレに無理矢理言うことを聞かせて鏡の中から出てくる』と考えるだろう。実際それは正しく、同時に彼らには『鏡の中から出てくるのは敵』という固定観念がある。
そんな状況で、ブリュレだけを鏡の中から押し出せばどうなるだろうか。
鏡の中から出てくるのは敵であるという固定観念があるのであれば、多少体格が違っていても確認せずに襲いかかろうとするかもしれない。鏡の中から妹だけが出てくるとは誰も思わないだろう。
鏡の出入りは彼女の能力なくしてはあり得ない。そんな考えを逆手に取るのだ。
「ああでも、ルフィ君は嫌がるだろうしサンジ君にも相談してねぇしなぁ」
シルビ一人であればそんな策だって使えるだろうが、ルフィはきっとそういう策は好まない。そう考え直した。
あの子は天真爛漫だ。人を騙すとかそういった行動は好きそうには思えなかった。そういうところもシルビがルフィを気に入る要因の一つではあるのだが、不便と言えば不便である。
ブリュレを進んで走り回っていた先で何かの声が聞こえた。距離が近そうだと警戒しつつ駆け寄ってみれば、どういう状況なのかマスクを着けたペコムズがブリュレを追いかけている。
いや分かるのだ。おそらくはペコムズが鏡の中へ出入りする能力を持つブリュレを捕まえようとしているだけである。とはいえ見た目がそれぞれ異様なせいで、魔女を追いかけるプロレスラーといった滑稽な光景にしか見えない。
何故ペコムズがブリュレを追いかけているのかという理由は不明だ。そもそもペコムズはお茶会より前のショコラタウンで居なくなったきり今まで何をしていたのかもシルビは知らなかった。
今まで姿を見せなかったこともあり現状において彼が敵なのか味方なのかも分からなくなっている。厄介だと言えば厄介だなと思いつつ、シルビは息を吐いて逃げるブリュレの前方へと転移した。
「ギャー!?」
「っと、あんまり大きな声はやめてくれるかぁ?」
いきなり現れたシルビに驚いて叫ぶブリュレを捕まえる。そうして幻覚の縄でその体から自由を奪えば息を切らせたペコムズが足を止めた。
「お、まえ。ペンギン、か」
「敵の前で名前を呼ぶのはどうかと思うけどそうだぜぇ。ペコムズはどうしてここにぃ?」
「! 何故オレがペコムズだと分かった!?」
分からないと思ったのか。
「まあいい。オレは麦藁が逃げる時にコイツが必要だと思ってな。捕まえようとしていたんだ」
どうやらシルビと考えていたことは同じらしい。縄で拘束されたブリュレは恨めしげにペコムズとシルビを見上げてきていた。
少しでも隙を見出せば逃げようとするだろう。思えば彼女は今回の騒動で最も敵や味方に振り回されっぱなしなのではないだろうか。
哀れと言えば哀れだが、もう少しつき合ってもらう。
無限かと思えるくらい広い鏡の世界を走る。目を疲れさせるような光景の中を他に敵が隠れてはいないかと警戒しながらブリュレを担いでルフィ達を探す。
担いでとはいうが一応横抱きである。ブリュレは未だにお茶会へ参加した時のドレス姿のままだということもあり、貴族の娘をさらう山賊の様な気分だった。
「山賊になったことは流石に無かったなぁ」
「お前は海賊だろうが」
ルフィがカカオ島で合流するのだと約束した時間まであと十分と少し。先ほどまで聞こえていた轟音は何があったのか聞こえなくなっていた。決着が着いたのかはたまた別の要因があって止まっているだけなのかも分からない。
ただとにかく今は約束の時間よりも先にルフィを見つけ、彼と共に鏡の外へ出られる様にすることが最優先である。
次第に周囲の崩壊が酷くなっている空間へとたどり着いた。他よりも広めのその場所では元は柱だったものが鏡と一緒に割れ砕け、大小様々な瓦礫がそこかしこへと転がっている。壁や床にも穴やら陥没の痕跡があり、ここで盛大な戦闘が行われたことはすぐに理解出来た。
おそらくはルフィとカタクリによるものだろうそれにしかし、動く者の姿が見当たらない。
「ル――」
「ガオッ!?」
ルフィの名を呼ぼうとしたところで穴の一つが内側から音を立て、何かが飛び出てくる。それが傷だらけのルフィだと気付くと同時に、傍で倒れていたカタクリがこちらも満身創痍の様子で立ち上がった。
そうしてルフィに歩み寄ったかと思うと何かを話しかける。
「勿論だ。おれは……海賊王になる男だ!」
二人の会話の、そのルフィの言葉だけが聞こえた。
カタクリが力尽きたように倒れる。その姿を暫く眺めたルフィが麦わら帽子に重ねていた黒いハットをカタクリの顔へと乗せて歩き出すのを待って、シルビはルフィの傍へと高い場所にあった足場から飛び降りた。
「ルフィ君!」
「んぁ……シルビか」
「ペンギンって呼んでくれるかぁ!?」
血の出ていないところがないといった負傷具合だというのにルフィは痛がる様子だけはない。
後ろからブリュレを担いだペコムズが駆けてくる。ブリュレは負けてしまった自身の兄を見て泣いていた。
「君を迎えに来たんだぁ」
「時間、守れなかったか?」
「ううん。まだ時間にはなってねぇ。でもその身体で船まで走るのは大変だろぉ?。それにブリュレがいねぇと君たちは鏡の外に出られねぇし」
「ペドロの兄貴が死んで守ったお前等の命! こんな所で失うなんておれが許さねェぞ!」
鏡の中から合流場所であるカカオ島に繋がる鏡は一つ。他の鏡はルフィが出入り出来ない様に割られるか海に沈められるといった対策がされている。
そして唯一の鏡の外にはビッグマム海賊団の幹部が大勢揃って待機していた。その包囲網を潜ってサニー号へ逃げるのは今のルフィでは不可能だろう。
必要なのはルフィが逃げる為の道を作ること。そして時間を稼ぐことだ。
「オレがスーロンになるガオ」
「スーロン……?」
「そうだガオ! 昔からおれはそいつが苦手で“月の御子”化はするものの――ただの暴走する怪物になる。誰の声も届かねェ状態だが、ある男の声だけ聞こえた」
背負っているルフィを揺すり上げる。隣でブリュレを担いで走っているペコムズの眼はサングラスに遮られて見えやしない。
「ペドロの兄貴だ。なぜだか兄貴の声だけが無意識のおれを鎮めることができた……。――つまり、もうこの世におれの暴走を止められる役はいねェんだ」
きっとシルビならスーロン化したミンク族も問題なく止められるのだろうが、そういう問題でも話でもなかった。最期に見たペドロの眼を思い出して眼を伏せる。
惜しい人を亡くしたとか、そんな簡単な言葉で話していいことでもないのだろう。
「いいか“麦わら”! 今夜は満月! おれが暴れ出したらその隙にカカオ島から脱出しろ!」
「バカね! 無駄よペコムズ! この裏切り者め! カカオ島には戦争レベルの戦力が集まってる! スーロン化してもすぐ抑えこまれて終わムグ――!」
喋っていたブリュレの口を塞ぐ。
「ペコムズ。本当にいいんだなぁ? 俺はルフィ君ほど優しくねぇから、例え君が死んでも置いていくぞぉ」
「ガオ! そうしてくれ。――ペドロの兄貴の犠牲は、絶対に無駄にするな!」
長い階段の先に傷一つ無い巨大な姿見があった。カカオ島の広場で見たのと全く同じデザインのそれこそ、カカオ島へ繋がる唯一の鏡だ。
ペコムズが息を切らせながらも階段を駆け上る。その鏡の先で自分が死んでしまうかも知れないと分かっていてもだ。
『犠牲』という言葉が好きではない。けれどもそれでも『犠牲』が必要な場面があるとしたら、その犠牲には自分がなろうと決めていたのに。
鏡越しに人の声が届き始めている。それだけでも鏡の外には大勢の敵がいるのだと分かるのにペコムズの足もシルビのそれも遅くなることはない。
遅くしてはいけない。既に払われてしまった犠牲にとって変わることは出来ない。
『自己犠牲は褒められたモノではありません』
『犠牲って言葉は好まねぇよ』
『ですが今回のサンジさんの行動はそれでした。同時に、トラ男さんもどこかで貴方に対してそう思ったのでしょう』
船長に会いたい。