トットランド編
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夢主視点
「どこだ。ケーキを出せ! お腹が空いて死にそうだよ」
巨剣で船に隠されていると信じてやまないケーキを探し始めるビッグマムにシルビは持っていた槍を消し、代わりに立体機動装置を腰に装着して振り上げられた巨剣の軌道の下へと移動した。
ビッグマムが振り下ろして怖そうとしていた船室の中では、スーロン化から戻ったキャロットが眠っている。疲れ切っているあの子を起こして逃がす時間はなかった。
「――ッ!?」
双剣で受け止めた巨剣は思ったよりも重い。だがサニー号は優秀な船だ。巨剣の勢いを受け止める足場になったとしても壊れはしなかった。
交差した剣の間でシルビごと船室を斬り捨てようと競り合う巨剣。ジンベエは力負けしてしまったそれを、シルビは渾身の力を込めて押し返した。
「――ぁあああああああ!」
刃擦れの音を響かせて巨剣を弾き返す。その勢いに体勢を崩したビッグマムを見上げながらブレードを仕舞いつつ飛び上がった。
ビッグマムは甲板に立っている。それがバランスを崩したことで僅かだが海へと近付いた。僅かでもいい。少しでも海に近くなればいい。
そうすれば海へ落とすことが出来る。
空中で宙返りをする。立体機動が消えた。代わりにシルビの脚には“黒い靴”。
まだママは体勢を直せていない。けれども彼女の燃えさかる髪から帆に火が燃え移ってしまっている。
眼を閉じる。集中する。思い起こすのはかつての戦争で仲間だった少女の“武器”だ。
人の武器を使うのは好きではないとか、こんな風に能力を使うのは嫌だとかそんなことは言っていられない。誇り高き海賊の船が壊される危機なのだ。
ブルック達が帆に移ってしまった炎に慌てている。
船が燃えてしまうのは好きではない。
船が壊れていくのは好きではない。
シルビの優しく暖かく冷たい“父の様な”船は、最後まで“船長”とシルビを乗せ続けてくれていた。
シルビにとって生涯最高の船。サニー号はルフィや彼の仲間にとってそういうものだ。
「――円舞――」
目を開ける。限界まで、かの武器の戦い方を思い起こした。
「――『霧風』――」
蹴り回した脚から発生した突風がビッグマムへと直撃する。体勢を崩した状態で、バランスの悪い船上で、正気になりきれていない理性でその突風に抵抗するのは無理だったらしく、ビッグマムの身体がサニー号の甲板から海へと飛んでいった。
ジンベエが泳いで船へと戻ってくる。チョッパーやブルックが歓声を上げるのにしかし、シルビは甲板に着地すると同時にへたり込んだ。
黒い靴は霧散して消える。意識も下手をすれば手放しそうだった。
「ペンギンくん!」
ナミが駆け寄ってくるのに顔を上げるも目眩がした。
「船、は」
「無事よ! それより大丈夫!?」
大丈夫な訳がない。普段使わない方法をとったのだ。
ビッグマムの剣を受け止めて、『嗚呼これは単純な力だけでは退けるのは無理だな』と誘った。鍔競り合いに勝つだけなら難しくはなかったが、ママを船から降ろすには今の自分では力が足りない。正確には足場が足りない。そう考えた。
だから足場を必要としない方法を模索したのだ。そうしてかつての戦争で仲間だった少女の武器を思い出した。
足場など必要なく空中戦も可能で、けれども威力のある、神の武器。
ビッグマムは雷雲ゼウスが海に落下する前に助け上げていた。海に落ちていれば能力のいくつかは解除されていただろうかと思うがそれは皮算用か。
ジンベエがこの場から逃げる指示を出している。だがその前にゼウスの上で体勢を整えたビッグマムが、巨剣を更に長くして振りかぶっていた。
どうやら船を横薙ぎにスライスしてしまえば、流石にケーキが出てくるだろうと考えたらしい。縦と横なら横のほうがまだマシだが、それでも断固拒否したい問題だ。
もう一度何か策を講じるべきだろうかと思うも身体が動かない。せめてあと数分は休ませて欲しいと考えたところで、ブルックがゼウスによる雷撃を食らっていた。
とはいえ彼に雷は効かない。身がないから。
「おれとやる気かい? ソウルキング! お前の剣じゃおれにかすり傷もつけられなかったよなァ?」
「ですね! ではせめて……」
ブルックが仕込み杖を構える。
「パンツ見せてもらってもよろしいでしょうか!?」
決め台詞風に言われても反応に困った。決して格好良くはないし流石にビッグマムの下着を見るなどという趣味は世界の誰にもないだろう。
ブルックの姿が消えた、そう思った次の瞬間にはブルックの姿はビッグマムの背後にあった。
「“鼻唄三丁”……“魂の矢筈斬り”!」
ママを乗せていたゼウスが真っ二つに両断される。
「最初から我らの狙いはお前だけだゼウス!」
斬られて痛がるゼウスの周りに浮かぶ無数の黒い黒雲。雷をはらんだそれはナミによるものだ。
「“正電荷ブラックボール”。放電して楽になりなさい」
ママを巻き込んで放電する雷雲。ママが少しその身を焦がし落下するのにプロメテウスだったか炎の固まりが慌てて下へと回り込んでいく。
ブルックが海面を走って戻ってくる。それを回収して帆を張れば再び僅かだがママから離れることが出来た。
放電しきったゼウスがブルックによって捕らえられ、ナミへと渡されている。
「あんた勘違いしちゃったのね。私別に友達になろうって言ったんじゃないの。もう一度聞くわね。――私のしもべになる? それとも――しぬ?」
ゼウスは涙を貯めながら震えていた。
壁により掛かって力を抜く。それからゆっくり十を数えてから立ち上がれば、シルビが立ち上がった事に気付いたチョッパーとブルックが寄ってきた。
「ペンギンさん、ダイジョウブですか!?」
「……疲れたとか、言ってられねぇもん」
「おおおおおおオレたちが頑張るから、やややや休んでてもいいんだぞッ」
その言葉に甘えて休んでしまえたらどんなに楽か。せめて一人になって【白澤】の姿になれたらもう少し違うだろう。しかし船室ではキャロットが休んでいるしビッグマムに追われていることは変わらない現状、シルビだけが休んでいる訳にもいかない。
キャロットはいいのだ。彼女は女の子だし海賊ではない。
手摺りを掴んで見下ろせば、操舵をしながらこちらを見上げていたジンベエと目が合った。手摺りを乗り越えて甲板に降りたって歩み寄れば、ジンベエは進路へ向き直る。
「平気なんか」
「『ペンギン』としてはやり過ぎた。『シャイタン』としてもはっちゃけすぎたぁ」
「はっちゃけで済ますんか」
「船長に会いてぇ」
「――、それは知らん。じゃが」
「だが?」
「ここで死ななけりゃ会えるぞ」
背後からビッグマムの笑い声。振り返れば空を埋め尽くさんばかりの巨大な炎の固まりがビッグマムを乗せて追いかけてきていた。どこかで炎を吸収したのかママの力によるものなのか、プロメテウスはこれ以上ない程の大きさをしている。
この大きさではジンベエが海流を操って海水をぶっかけたところで意味など無いだろう。シルビが海水を転移させれば或いはだが、疲れていてそこまで巨大な炎は灯せそうにない。
ここで死ななければ船長に会える。確かにジンベエの言う通りだ。
『船長命令だ。自分の命も大事にしろ』
死ななければ会える。会いたいと思う。
唇を噛みしめ、腰に下げていたウォレットチェーンの飾りである匣に手を伸ばす。ふと甘い香りがした。
甘い匂いに気付いたのはシルビだけではなかったらしくビッグマムも反応している。匂いがどこから漂ってきているのかと周囲の海を見渡せば、前方からこちらへ向かってくる船影が一つ。
船首で何かが蠢いている。すわ都市伝説の一つである『クネクネ』を連想したがこの海原でクネクネである訳がない。
「船がきた! ケーキが乗ってる! サンジ君達がケーキを作って帰ってきた!」
攻撃が止んだ。息を吸い込めば胸がいっぱいになる様な幸せな匂いがしている。
ギャングベッジの船に乗せられた巨大なケーキ。あれがビッグマムの食いわずらいを治せる希望のケーキなのだろう。
ケーキに気付いたビッグマムがサニー号を追い抜かしてケーキの乗っているベッジの船を追いかけていく。それと入れ替わる様にプリンに連れられて戻ってきたサンジは、勢いでナミに抱きつかれてかグネグネと動いていた。もしかしたら先ほどのクネクネの正体は彼だったのかもしれないと思わせる程の動きである。
「サンジさん――なぜベッジの船に!?」
「――ケーキを食った後のマムの行動は予測不可能。だからあいつらが近くの島へケーキを運んでくれるんだ」
「え!? まるで囮! なぜそんな親切に!?」
「まだ暗殺を諦めていねェらしい。おれはこの船は助かればそれでいい。マムを引きつけてくれるなら万々歳だ」
短い共同戦線だった。せめてジャッジの船に乗っているボンゴレ出身のナリオへもう一度くらい挨拶をしたかったが、生きていればまた会えるだろう。
「しかし派手にやられたな」
「すまん。わしがおりながら……」
「俺も力及ばずぅ……」
「何言ってんだ! ジンベエとペンギンがいなかったらおれ達とっくに……」
「話は後だ。本当に無事で良かった。ペドロとキャロットちゃんはどこに?」
そう言えばサンジはペドロが死んでしまったことを知らない。ペドロが自身を犠牲にしてサニー号を逃がしてくれたのはサンジが別行動になってからである。
ブルックが『二人は部屋で休んでいる』と嘘を吐く。今この場でペドロの死を伝えて悲しんでいる場合ではないと判断したのだろう。ブルックより先にシルビが誤魔化せば良かったと思った。
ビッグマムと艦隊の半数がベッジの船を追いかけて進路を変更している。だが当然だが残りの半分はこのままサニー号を追いかけてくるつもりらしい。安心も油断もまだまだ出来そうにない中、手短に情報を共有する。
ルフィとはカカオ島で合流する予定だったが、どうやらその情報は既に敵に知られているらしい。既に艦隊が包囲して待ち伏せしているだろうというのがサンジからの情報だ。
「カカオ島までは?」
「三時間と少し。ちょうど約束の深夜一時到着予定」
「ルフィがカカオ島の『どこ』に『いつ』出てくるのか見当もつかねェし、危険を知らせる事もできねェな」
ミロワールドこと鏡の中でカタクリと対峙しているであろうルフィは、こちらの様子どころか自分が今鏡の外ではどこに当たる場所で戦っているのかも分かっていまい。
待ち合わせの時間だって分かっているかどうか。時間を覚えていても時計が無ければ時間は分からない。
「カカオ島を通過する策は、一つだけ考えてある」
サンジがそう告げるのに顔を上げる。
「オレがカカオ島までルフィを迎えに行く。その間にナミさん達はサニー号で島の沖合を通過してくれ」
「なるほどそれならわざわざカカオ島へ停泊する必要はありませんが……」
「でもそれじゃあ根本的な問題が解決できてない。ルフィがちゃんと鏡の中から出てこなくちゃ」
誰かが迎えに行ったとしても、鏡の中に出入りしているのはブリュレの能力によるものだ。サンジの作戦もルフィが出てくるという前提ありきなので不安が残る。
そう思ったところでジンベエが何かを思いついた様にシルビを見た。
「ペンギン。おんし、前に『空間系なら出入りできる』とか言っておらんかったか?」
「え? ――ああ、うん。言った覚えあるぅ」
ルフィとナミが捕まり囚人図書室に捕らわれていた時だ。ジンベエと合流後に向かった先で二人は本の中の牢屋に閉じこめられていて、それを燃やして助け出したのである。
「鏡の中はどうじゃ? あん時は本の中の話じゃったが鏡の中も『空間』ではあるぞ?」
「行けるぅ」
本の中も鏡の中も空間が広がっていた。
シルビは黄泉道守者だ。あの世とこの世の境界を守る役目を担った神は同時に、全ての境界線を曖昧にすることも出来るようになった。そうでなくともかつてはテレビの中だとか認識の中だとか様々な異空間を相手にしてきたのである。今更鏡の世界は無理なんですなんて事もない。
それに鏡の中は既に何度か出入りしている。認識している以上一度も行ったことがない場所よりは出入りも容易い。
「じゃあ俺がルフィ君を迎えに行きましょう。鏡の中に迎えに行って、外でサンジ君と合流。一緒にサニー号へ撤退すればいいでしょう」
「決まりだ」
サンジが紫煙を吐き出しながらプリンへと近付く。魂を入れられて空飛ぶ絨毯の上に乗っていたプリンは、サンジが近付くと顔を真っ赤にしていた。
相変わらずツンデレを拗らせすぎている。
「プリンちゃん。最後の頼みだ。聞いてくれるか?」
「フザケんな! 誰があんたの頼みなんか聞くって言うのよ! サンジ……さん」
「そうか、そうだよな……」
「べ、別に言うだけならいいんじゃないっ? 聞くかどうかは別だけどね! 聞くかどうかは!」
「俺先に出発していいぃ? ブリュレを探すのに時間掛けてぇしぃ」
一人で行くならどうとでもなるのでそう申し出れば、サンジとプリンの掛け合いを眺めていたジンベエも仕方ないという風に肩をすくめた。
「どこだ。ケーキを出せ! お腹が空いて死にそうだよ」
巨剣で船に隠されていると信じてやまないケーキを探し始めるビッグマムにシルビは持っていた槍を消し、代わりに立体機動装置を腰に装着して振り上げられた巨剣の軌道の下へと移動した。
ビッグマムが振り下ろして怖そうとしていた船室の中では、スーロン化から戻ったキャロットが眠っている。疲れ切っているあの子を起こして逃がす時間はなかった。
「――ッ!?」
双剣で受け止めた巨剣は思ったよりも重い。だがサニー号は優秀な船だ。巨剣の勢いを受け止める足場になったとしても壊れはしなかった。
交差した剣の間でシルビごと船室を斬り捨てようと競り合う巨剣。ジンベエは力負けしてしまったそれを、シルビは渾身の力を込めて押し返した。
「――ぁあああああああ!」
刃擦れの音を響かせて巨剣を弾き返す。その勢いに体勢を崩したビッグマムを見上げながらブレードを仕舞いつつ飛び上がった。
ビッグマムは甲板に立っている。それがバランスを崩したことで僅かだが海へと近付いた。僅かでもいい。少しでも海に近くなればいい。
そうすれば海へ落とすことが出来る。
空中で宙返りをする。立体機動が消えた。代わりにシルビの脚には“黒い靴”。
まだママは体勢を直せていない。けれども彼女の燃えさかる髪から帆に火が燃え移ってしまっている。
眼を閉じる。集中する。思い起こすのはかつての戦争で仲間だった少女の“武器”だ。
人の武器を使うのは好きではないとか、こんな風に能力を使うのは嫌だとかそんなことは言っていられない。誇り高き海賊の船が壊される危機なのだ。
ブルック達が帆に移ってしまった炎に慌てている。
船が燃えてしまうのは好きではない。
船が壊れていくのは好きではない。
シルビの優しく暖かく冷たい“父の様な”船は、最後まで“船長”とシルビを乗せ続けてくれていた。
シルビにとって生涯最高の船。サニー号はルフィや彼の仲間にとってそういうものだ。
「――円舞――」
目を開ける。限界まで、かの武器の戦い方を思い起こした。
「――『霧風』――」
蹴り回した脚から発生した突風がビッグマムへと直撃する。体勢を崩した状態で、バランスの悪い船上で、正気になりきれていない理性でその突風に抵抗するのは無理だったらしく、ビッグマムの身体がサニー号の甲板から海へと飛んでいった。
ジンベエが泳いで船へと戻ってくる。チョッパーやブルックが歓声を上げるのにしかし、シルビは甲板に着地すると同時にへたり込んだ。
黒い靴は霧散して消える。意識も下手をすれば手放しそうだった。
「ペンギンくん!」
ナミが駆け寄ってくるのに顔を上げるも目眩がした。
「船、は」
「無事よ! それより大丈夫!?」
大丈夫な訳がない。普段使わない方法をとったのだ。
ビッグマムの剣を受け止めて、『嗚呼これは単純な力だけでは退けるのは無理だな』と誘った。鍔競り合いに勝つだけなら難しくはなかったが、ママを船から降ろすには今の自分では力が足りない。正確には足場が足りない。そう考えた。
だから足場を必要としない方法を模索したのだ。そうしてかつての戦争で仲間だった少女の武器を思い出した。
足場など必要なく空中戦も可能で、けれども威力のある、神の武器。
ビッグマムは雷雲ゼウスが海に落下する前に助け上げていた。海に落ちていれば能力のいくつかは解除されていただろうかと思うがそれは皮算用か。
ジンベエがこの場から逃げる指示を出している。だがその前にゼウスの上で体勢を整えたビッグマムが、巨剣を更に長くして振りかぶっていた。
どうやら船を横薙ぎにスライスしてしまえば、流石にケーキが出てくるだろうと考えたらしい。縦と横なら横のほうがまだマシだが、それでも断固拒否したい問題だ。
もう一度何か策を講じるべきだろうかと思うも身体が動かない。せめてあと数分は休ませて欲しいと考えたところで、ブルックがゼウスによる雷撃を食らっていた。
とはいえ彼に雷は効かない。身がないから。
「おれとやる気かい? ソウルキング! お前の剣じゃおれにかすり傷もつけられなかったよなァ?」
「ですね! ではせめて……」
ブルックが仕込み杖を構える。
「パンツ見せてもらってもよろしいでしょうか!?」
決め台詞風に言われても反応に困った。決して格好良くはないし流石にビッグマムの下着を見るなどという趣味は世界の誰にもないだろう。
ブルックの姿が消えた、そう思った次の瞬間にはブルックの姿はビッグマムの背後にあった。
「“鼻唄三丁”……“魂の矢筈斬り”!」
ママを乗せていたゼウスが真っ二つに両断される。
「最初から我らの狙いはお前だけだゼウス!」
斬られて痛がるゼウスの周りに浮かぶ無数の黒い黒雲。雷をはらんだそれはナミによるものだ。
「“正電荷ブラックボール”。放電して楽になりなさい」
ママを巻き込んで放電する雷雲。ママが少しその身を焦がし落下するのにプロメテウスだったか炎の固まりが慌てて下へと回り込んでいく。
ブルックが海面を走って戻ってくる。それを回収して帆を張れば再び僅かだがママから離れることが出来た。
放電しきったゼウスがブルックによって捕らえられ、ナミへと渡されている。
「あんた勘違いしちゃったのね。私別に友達になろうって言ったんじゃないの。もう一度聞くわね。――私のしもべになる? それとも――しぬ?」
ゼウスは涙を貯めながら震えていた。
壁により掛かって力を抜く。それからゆっくり十を数えてから立ち上がれば、シルビが立ち上がった事に気付いたチョッパーとブルックが寄ってきた。
「ペンギンさん、ダイジョウブですか!?」
「……疲れたとか、言ってられねぇもん」
「おおおおおおオレたちが頑張るから、やややや休んでてもいいんだぞッ」
その言葉に甘えて休んでしまえたらどんなに楽か。せめて一人になって【白澤】の姿になれたらもう少し違うだろう。しかし船室ではキャロットが休んでいるしビッグマムに追われていることは変わらない現状、シルビだけが休んでいる訳にもいかない。
キャロットはいいのだ。彼女は女の子だし海賊ではない。
手摺りを掴んで見下ろせば、操舵をしながらこちらを見上げていたジンベエと目が合った。手摺りを乗り越えて甲板に降りたって歩み寄れば、ジンベエは進路へ向き直る。
「平気なんか」
「『ペンギン』としてはやり過ぎた。『シャイタン』としてもはっちゃけすぎたぁ」
「はっちゃけで済ますんか」
「船長に会いてぇ」
「――、それは知らん。じゃが」
「だが?」
「ここで死ななけりゃ会えるぞ」
背後からビッグマムの笑い声。振り返れば空を埋め尽くさんばかりの巨大な炎の固まりがビッグマムを乗せて追いかけてきていた。どこかで炎を吸収したのかママの力によるものなのか、プロメテウスはこれ以上ない程の大きさをしている。
この大きさではジンベエが海流を操って海水をぶっかけたところで意味など無いだろう。シルビが海水を転移させれば或いはだが、疲れていてそこまで巨大な炎は灯せそうにない。
ここで死ななければ船長に会える。確かにジンベエの言う通りだ。
『船長命令だ。自分の命も大事にしろ』
死ななければ会える。会いたいと思う。
唇を噛みしめ、腰に下げていたウォレットチェーンの飾りである匣に手を伸ばす。ふと甘い香りがした。
甘い匂いに気付いたのはシルビだけではなかったらしくビッグマムも反応している。匂いがどこから漂ってきているのかと周囲の海を見渡せば、前方からこちらへ向かってくる船影が一つ。
船首で何かが蠢いている。すわ都市伝説の一つである『クネクネ』を連想したがこの海原でクネクネである訳がない。
「船がきた! ケーキが乗ってる! サンジ君達がケーキを作って帰ってきた!」
攻撃が止んだ。息を吸い込めば胸がいっぱいになる様な幸せな匂いがしている。
ギャングベッジの船に乗せられた巨大なケーキ。あれがビッグマムの食いわずらいを治せる希望のケーキなのだろう。
ケーキに気付いたビッグマムがサニー号を追い抜かしてケーキの乗っているベッジの船を追いかけていく。それと入れ替わる様にプリンに連れられて戻ってきたサンジは、勢いでナミに抱きつかれてかグネグネと動いていた。もしかしたら先ほどのクネクネの正体は彼だったのかもしれないと思わせる程の動きである。
「サンジさん――なぜベッジの船に!?」
「――ケーキを食った後のマムの行動は予測不可能。だからあいつらが近くの島へケーキを運んでくれるんだ」
「え!? まるで囮! なぜそんな親切に!?」
「まだ暗殺を諦めていねェらしい。おれはこの船は助かればそれでいい。マムを引きつけてくれるなら万々歳だ」
短い共同戦線だった。せめてジャッジの船に乗っているボンゴレ出身のナリオへもう一度くらい挨拶をしたかったが、生きていればまた会えるだろう。
「しかし派手にやられたな」
「すまん。わしがおりながら……」
「俺も力及ばずぅ……」
「何言ってんだ! ジンベエとペンギンがいなかったらおれ達とっくに……」
「話は後だ。本当に無事で良かった。ペドロとキャロットちゃんはどこに?」
そう言えばサンジはペドロが死んでしまったことを知らない。ペドロが自身を犠牲にしてサニー号を逃がしてくれたのはサンジが別行動になってからである。
ブルックが『二人は部屋で休んでいる』と嘘を吐く。今この場でペドロの死を伝えて悲しんでいる場合ではないと判断したのだろう。ブルックより先にシルビが誤魔化せば良かったと思った。
ビッグマムと艦隊の半数がベッジの船を追いかけて進路を変更している。だが当然だが残りの半分はこのままサニー号を追いかけてくるつもりらしい。安心も油断もまだまだ出来そうにない中、手短に情報を共有する。
ルフィとはカカオ島で合流する予定だったが、どうやらその情報は既に敵に知られているらしい。既に艦隊が包囲して待ち伏せしているだろうというのがサンジからの情報だ。
「カカオ島までは?」
「三時間と少し。ちょうど約束の深夜一時到着予定」
「ルフィがカカオ島の『どこ』に『いつ』出てくるのか見当もつかねェし、危険を知らせる事もできねェな」
ミロワールドこと鏡の中でカタクリと対峙しているであろうルフィは、こちらの様子どころか自分が今鏡の外ではどこに当たる場所で戦っているのかも分かっていまい。
待ち合わせの時間だって分かっているかどうか。時間を覚えていても時計が無ければ時間は分からない。
「カカオ島を通過する策は、一つだけ考えてある」
サンジがそう告げるのに顔を上げる。
「オレがカカオ島までルフィを迎えに行く。その間にナミさん達はサニー号で島の沖合を通過してくれ」
「なるほどそれならわざわざカカオ島へ停泊する必要はありませんが……」
「でもそれじゃあ根本的な問題が解決できてない。ルフィがちゃんと鏡の中から出てこなくちゃ」
誰かが迎えに行ったとしても、鏡の中に出入りしているのはブリュレの能力によるものだ。サンジの作戦もルフィが出てくるという前提ありきなので不安が残る。
そう思ったところでジンベエが何かを思いついた様にシルビを見た。
「ペンギン。おんし、前に『空間系なら出入りできる』とか言っておらんかったか?」
「え? ――ああ、うん。言った覚えあるぅ」
ルフィとナミが捕まり囚人図書室に捕らわれていた時だ。ジンベエと合流後に向かった先で二人は本の中の牢屋に閉じこめられていて、それを燃やして助け出したのである。
「鏡の中はどうじゃ? あん時は本の中の話じゃったが鏡の中も『空間』ではあるぞ?」
「行けるぅ」
本の中も鏡の中も空間が広がっていた。
シルビは黄泉道守者だ。あの世とこの世の境界を守る役目を担った神は同時に、全ての境界線を曖昧にすることも出来るようになった。そうでなくともかつてはテレビの中だとか認識の中だとか様々な異空間を相手にしてきたのである。今更鏡の世界は無理なんですなんて事もない。
それに鏡の中は既に何度か出入りしている。認識している以上一度も行ったことがない場所よりは出入りも容易い。
「じゃあ俺がルフィ君を迎えに行きましょう。鏡の中に迎えに行って、外でサンジ君と合流。一緒にサニー号へ撤退すればいいでしょう」
「決まりだ」
サンジが紫煙を吐き出しながらプリンへと近付く。魂を入れられて空飛ぶ絨毯の上に乗っていたプリンは、サンジが近付くと顔を真っ赤にしていた。
相変わらずツンデレを拗らせすぎている。
「プリンちゃん。最後の頼みだ。聞いてくれるか?」
「フザケんな! 誰があんたの頼みなんか聞くって言うのよ! サンジ……さん」
「そうか、そうだよな……」
「べ、別に言うだけならいいんじゃないっ? 聞くかどうかは別だけどね! 聞くかどうかは!」
「俺先に出発していいぃ? ブリュレを探すのに時間掛けてぇしぃ」
一人で行くならどうとでもなるのでそう申し出れば、サンジとプリンの掛け合いを眺めていたジンベエも仕方ないという風に肩をすくめた。