原作前日常編
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
夢主視点
「あははははは!」
「ん、どうしたぁイルカ?」
船内の通路を歩いていたら船室の一つからイルカの笑い声が聞こえた。何かあったのかと声のする船室を覗き込めば、イルカがシルビに気付いて振り返る。
その手元が割れたガラスの欠片と血で汚れていて、シルビは内心で『嗚呼またか』と思った。
イルカの足元へは、割れたガラスの大半とそのガラスへ入っていた酒。それからイルカの血が数滴落ちている。そうしている間にも傷口から生まれる赤色に、シルビは意識してイルカへと微笑みかけた。
「痛てぇだろぉ。手当てしてあげるからおいでぇ」
きょとんと浮かべていた笑いを消したイルカが、再び今度は『弟が兄に褒められた時のような』笑みを浮かべる。
「うん」
海賊船としての体裁が出来上がってきた頃に矢先に船長がクルーにしたイルカは、船に乗る前から医者だった者だ。先祖代々医者の一族で、当然のようにイルカもその上にいた兄も医者。故郷の島ではイルカの一族は有名だったようである。
しかし始めて出会った時のイルカは、何を見ても反応しない生きたまま死んでいるような風体だった。
聞けばハートの海賊団が来る数年前に、兄と結婚した幼馴染の手術を失敗した為、家族には貶され兄には恨まれ幼馴染の子には憎まれていたのだという。幼少期から兄に一歩届かない実力で疎まれていたのが、その件を切っ掛けにイルカの親族関係、ついでに手術失敗の汚名に島民にも忌避されていた。
二度と手術はさせないと外科だったにも関わらず内科へ回され、それでも島民に嫌われてもいたからイルカの診察を受けようとする者はおらず。結局イルカは謝罪する事も何も『させてもらえない』まま、一人で死んだ様に暮らしていた。
船長にクルーへなれと言われた時も、シルビよりも酷く返事すらしなかったくらいだ。
だが噂は噂。
シルビが船長の命令でわざわざ病院にまで忍び込んで調べた結果、その『失敗した手術をしたのは兄』のほうだった。
つまりイルカの兄は、自分の失敗で妻を死なせてしまった罪をイルカへ被せたのである。
更に調べた結果、イルカと兄では実力も兄が結果を横取りしていただけでイルカの方があり、兄は自分の妻が死んだ件をイルカに擦り付けておきながら、その後の手術は全てイルカにやらせていた。いわゆる身代わり手術を行なわせていたのだ。
イルカが嫌がれば兄は周囲の勘違いしている者達を利用してイルカを貶め、最終的にはイルカから拒否する為の感情や思考を奪った。
真実がそんな虫唾の走るものだと知って、海賊という犯罪者集団の癖に憤ったのは船長であるローよりもクルー達だった。
同じ医者だから、どんなに手を尽くしても亡くなってしまう患者がいることを知っている。けれども海賊だから、自分達の理にそぐわない処遇には異を唱えるのも当然。
船長よりもクルーが『イルカをクルーにしよう。それが無理でもここから連れ出そう』と張り切り、いつだったかワカメをクルーにした時の様に一計を講じ、イルカを船へ乗せたのである。
ハートの潜水艦が出航した後のその島は、ニュースクーが運んできた新聞に寄れば過去に起こった大量の医療ミスや権力者との癒着の犯人が白日の元に晒され、大きい顔をしていた医者一族は裁判待ちの状態。
身代わり手術を行なっていたイルカの兄は、シルビの指示でわざと無事なままに残してきた。
彼の腕前では今まで以上に亡くなってしまう患者が増えたことだろう。彼は外科手術どころか内科の診察も出来なかったようなので、島民もそのうち何かがおかしい事に気付くはずである。
だが島民もそんな屑医者を崇めていたので、これからも診察されるのがお似合いだ。
弟を大切にしない奴はそれでも生ぬるいくらいだが、奴がイルカを貶めていなければクルーにはならなかったのかも知れないので、その部分だけは評価した。
手の傷から溢れる血を見つめているイルカを連れて医務室へ向かえば、医務室の掃除をしていたらしいシャチとワカメが何事かと振り返る。一目見て分かるイルカの怪我にシャチが寄ってきてイルカの手首を掴んだ。
「どうしたんだよこれ!」
「酒瓶落としたみてぇだぜぇ。ガラスの破片が入ってるかもしれねぇから洗わねぇと」
「痛い? 痛い?」
「シャ、シャチ慌てすぎだしっ、あはははははははは!」
笑われたシャチがシルビを見たので肩を竦めておく。無事な方の手で腹を押さえてまで笑うイルカは、クルーとして船に乗ってからも人らしい感情や思考が戻らなかった。
それをどうにかしようとハートのクルー全員が色々試行錯誤した結果、笑うところまでは復活したのである。ただし感情の制御がまだ上手く出来ないらしく、ふとした日常の中でいきなりハイテンションに笑い出したり、かと思えば話しかけない限り黙り込んだりするなどの副作用が起きていた。
きっと昔は良く笑う明るい子供だったのだろう。笑い上戸だったとは自分で言っていたが。
そういう状態になった時、落ち着かせる方法は今のところ一つしかない。
「イルカ、手当てするから座って座って」
「『兄ちゃん』がしてくれるって」
「そうなの? じゃあペンギンの手伝いするか。でも座れって」
ワカメがイルカを椅子へ座らせる。背後から怪我した手を掴んだワカメは傷を観察した。
「あー、痛いだろコレ」
「痛いけど我慢できるよ。オレ男だし」
「そうだなぁ。痛いの我慢してるもんなぁ。イルカは偉いなぁ」
ガーゼや包帯を用意して、イルカの前にある椅子へ腰を降ろしながら言えばイルカが嬉しそうに目を細める。洗ってガラス片が残っていないかを確かめて、ゆっくり治療していく。
そうして最後に丁寧に包帯を巻いてからシルビがイルカの頭を撫でれば、イルカは満足そうに包帯の巻かれた手を見つめた。
「ありがとう『兄ちゃん』」
「……どういたしましてぇ」
笑顔で『兄』に礼を言うイルカは、今は本気でシルビのことを『兄』として見ている。感情の制御が出来ずに少しおかしくなっているイルカを宥める方法は、そうして兄弟の『兄』の様に接してイルカを甘やかすだけしかない。
そもそもの副作用ともいえる『おかしくなる』理由が、その兄を思い出してフラッシュバックを起こしているからなのだ。何かが切っ掛けで思い出した兄に対してどう接すればいいのか分からず混乱して、おかしくなる。苦い記憶かただの思い出か、それはシルビでも『×××』を利用しなければ分からない。
ただ、兄のように接してその記憶を『上書き』してしまえば、同じ理由で思い出すことは無かった。だから弟妹がいた経験のあるクルーや面倒見のいい者が率先して兄の振りをする。シルビがやる事が多いが。
ハートには心療科の医者がいないのでこれが正しいのかは分からなかった。しかしだからといって、記憶を消してしまうという荒治療もいいとは言い切れまい。
「イルカ、食堂でココアでも飲もうかぁ」
「うん。『兄ちゃん』は仕事は?」
「休憩しようとしてたところだから大丈夫」
「あー、オレも休憩したい!」
「シャチとワカメは掃除終わらせたらなぁ」
立ち上がってついでとばかりにシャチの頭を撫でると、イルカとワカメまで笑ってシャチの頭を撫でる。
ココアを飲んでイルカの様子が落ち着いたようだったら、イルカがいた船室に残ったままの割れた酒瓶を片付けなければならない。休憩後の最初の仕事はそれかなと思いつつイルカと一緒に医務室を出て食堂へ向かう。
イルカは何も言わないし、自分が『おかしい』時のことをあまり自覚していない。けれどフラッシュバックする『何か』が全て『兄』絡みであることを考えると、イルカはきっと、あれだけ裏切られてもまだ兄が好きなのだ。
シルビから見たら『弟を貶めた最低な男』でしかないのだが、『弟』にそれだけ好かれている事を思うと。
「……妬けるなぁ」
「――? 何か言った『ペンギン』?」
「何でもねぇよ。ココアだけじゃなくて何か食べようか考えてたんだぁ」
「いいね。オレも何か食べようかな」
「あははははは!」
「ん、どうしたぁイルカ?」
船内の通路を歩いていたら船室の一つからイルカの笑い声が聞こえた。何かあったのかと声のする船室を覗き込めば、イルカがシルビに気付いて振り返る。
その手元が割れたガラスの欠片と血で汚れていて、シルビは内心で『嗚呼またか』と思った。
イルカの足元へは、割れたガラスの大半とそのガラスへ入っていた酒。それからイルカの血が数滴落ちている。そうしている間にも傷口から生まれる赤色に、シルビは意識してイルカへと微笑みかけた。
「痛てぇだろぉ。手当てしてあげるからおいでぇ」
きょとんと浮かべていた笑いを消したイルカが、再び今度は『弟が兄に褒められた時のような』笑みを浮かべる。
「うん」
海賊船としての体裁が出来上がってきた頃に矢先に船長がクルーにしたイルカは、船に乗る前から医者だった者だ。先祖代々医者の一族で、当然のようにイルカもその上にいた兄も医者。故郷の島ではイルカの一族は有名だったようである。
しかし始めて出会った時のイルカは、何を見ても反応しない生きたまま死んでいるような風体だった。
聞けばハートの海賊団が来る数年前に、兄と結婚した幼馴染の手術を失敗した為、家族には貶され兄には恨まれ幼馴染の子には憎まれていたのだという。幼少期から兄に一歩届かない実力で疎まれていたのが、その件を切っ掛けにイルカの親族関係、ついでに手術失敗の汚名に島民にも忌避されていた。
二度と手術はさせないと外科だったにも関わらず内科へ回され、それでも島民に嫌われてもいたからイルカの診察を受けようとする者はおらず。結局イルカは謝罪する事も何も『させてもらえない』まま、一人で死んだ様に暮らしていた。
船長にクルーへなれと言われた時も、シルビよりも酷く返事すらしなかったくらいだ。
だが噂は噂。
シルビが船長の命令でわざわざ病院にまで忍び込んで調べた結果、その『失敗した手術をしたのは兄』のほうだった。
つまりイルカの兄は、自分の失敗で妻を死なせてしまった罪をイルカへ被せたのである。
更に調べた結果、イルカと兄では実力も兄が結果を横取りしていただけでイルカの方があり、兄は自分の妻が死んだ件をイルカに擦り付けておきながら、その後の手術は全てイルカにやらせていた。いわゆる身代わり手術を行なわせていたのだ。
イルカが嫌がれば兄は周囲の勘違いしている者達を利用してイルカを貶め、最終的にはイルカから拒否する為の感情や思考を奪った。
真実がそんな虫唾の走るものだと知って、海賊という犯罪者集団の癖に憤ったのは船長であるローよりもクルー達だった。
同じ医者だから、どんなに手を尽くしても亡くなってしまう患者がいることを知っている。けれども海賊だから、自分達の理にそぐわない処遇には異を唱えるのも当然。
船長よりもクルーが『イルカをクルーにしよう。それが無理でもここから連れ出そう』と張り切り、いつだったかワカメをクルーにした時の様に一計を講じ、イルカを船へ乗せたのである。
ハートの潜水艦が出航した後のその島は、ニュースクーが運んできた新聞に寄れば過去に起こった大量の医療ミスや権力者との癒着の犯人が白日の元に晒され、大きい顔をしていた医者一族は裁判待ちの状態。
身代わり手術を行なっていたイルカの兄は、シルビの指示でわざと無事なままに残してきた。
彼の腕前では今まで以上に亡くなってしまう患者が増えたことだろう。彼は外科手術どころか内科の診察も出来なかったようなので、島民もそのうち何かがおかしい事に気付くはずである。
だが島民もそんな屑医者を崇めていたので、これからも診察されるのがお似合いだ。
弟を大切にしない奴はそれでも生ぬるいくらいだが、奴がイルカを貶めていなければクルーにはならなかったのかも知れないので、その部分だけは評価した。
手の傷から溢れる血を見つめているイルカを連れて医務室へ向かえば、医務室の掃除をしていたらしいシャチとワカメが何事かと振り返る。一目見て分かるイルカの怪我にシャチが寄ってきてイルカの手首を掴んだ。
「どうしたんだよこれ!」
「酒瓶落としたみてぇだぜぇ。ガラスの破片が入ってるかもしれねぇから洗わねぇと」
「痛い? 痛い?」
「シャ、シャチ慌てすぎだしっ、あはははははははは!」
笑われたシャチがシルビを見たので肩を竦めておく。無事な方の手で腹を押さえてまで笑うイルカは、クルーとして船に乗ってからも人らしい感情や思考が戻らなかった。
それをどうにかしようとハートのクルー全員が色々試行錯誤した結果、笑うところまでは復活したのである。ただし感情の制御がまだ上手く出来ないらしく、ふとした日常の中でいきなりハイテンションに笑い出したり、かと思えば話しかけない限り黙り込んだりするなどの副作用が起きていた。
きっと昔は良く笑う明るい子供だったのだろう。笑い上戸だったとは自分で言っていたが。
そういう状態になった時、落ち着かせる方法は今のところ一つしかない。
「イルカ、手当てするから座って座って」
「『兄ちゃん』がしてくれるって」
「そうなの? じゃあペンギンの手伝いするか。でも座れって」
ワカメがイルカを椅子へ座らせる。背後から怪我した手を掴んだワカメは傷を観察した。
「あー、痛いだろコレ」
「痛いけど我慢できるよ。オレ男だし」
「そうだなぁ。痛いの我慢してるもんなぁ。イルカは偉いなぁ」
ガーゼや包帯を用意して、イルカの前にある椅子へ腰を降ろしながら言えばイルカが嬉しそうに目を細める。洗ってガラス片が残っていないかを確かめて、ゆっくり治療していく。
そうして最後に丁寧に包帯を巻いてからシルビがイルカの頭を撫でれば、イルカは満足そうに包帯の巻かれた手を見つめた。
「ありがとう『兄ちゃん』」
「……どういたしましてぇ」
笑顔で『兄』に礼を言うイルカは、今は本気でシルビのことを『兄』として見ている。感情の制御が出来ずに少しおかしくなっているイルカを宥める方法は、そうして兄弟の『兄』の様に接してイルカを甘やかすだけしかない。
そもそもの副作用ともいえる『おかしくなる』理由が、その兄を思い出してフラッシュバックを起こしているからなのだ。何かが切っ掛けで思い出した兄に対してどう接すればいいのか分からず混乱して、おかしくなる。苦い記憶かただの思い出か、それはシルビでも『×××』を利用しなければ分からない。
ただ、兄のように接してその記憶を『上書き』してしまえば、同じ理由で思い出すことは無かった。だから弟妹がいた経験のあるクルーや面倒見のいい者が率先して兄の振りをする。シルビがやる事が多いが。
ハートには心療科の医者がいないのでこれが正しいのかは分からなかった。しかしだからといって、記憶を消してしまうという荒治療もいいとは言い切れまい。
「イルカ、食堂でココアでも飲もうかぁ」
「うん。『兄ちゃん』は仕事は?」
「休憩しようとしてたところだから大丈夫」
「あー、オレも休憩したい!」
「シャチとワカメは掃除終わらせたらなぁ」
立ち上がってついでとばかりにシャチの頭を撫でると、イルカとワカメまで笑ってシャチの頭を撫でる。
ココアを飲んでイルカの様子が落ち着いたようだったら、イルカがいた船室に残ったままの割れた酒瓶を片付けなければならない。休憩後の最初の仕事はそれかなと思いつつイルカと一緒に医務室を出て食堂へ向かう。
イルカは何も言わないし、自分が『おかしい』時のことをあまり自覚していない。けれどフラッシュバックする『何か』が全て『兄』絡みであることを考えると、イルカはきっと、あれだけ裏切られてもまだ兄が好きなのだ。
シルビから見たら『弟を貶めた最低な男』でしかないのだが、『弟』にそれだけ好かれている事を思うと。
「……妬けるなぁ」
「――? 何か言った『ペンギン』?」
「何でもねぇよ。ココアだけじゃなくて何か食べようか考えてたんだぁ」
「いいね。オレも何か食べようかな」