トットランド編
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夢主視点
新世界の海は変わりやすい。人という小さな存在が進んで行くのに海は大きく、自然というものは強大だ。その広い海を食料の殆ど無い状態で渡るのは、無茶を通り越して無謀というものだろう。
シルビが厨房を出ると甲板でルフィ達が干からびていた。正確には暑さで今にもミイラとなりそうになっている。
日陰に怪我人であるペコムズが仰向けに寝ており、その傍にナミとキャロットが暑さに呻いていた。シルビとペコムズを除いたルフィ達男衆四人は、船縁から釣り糸を垂らして魚を釣ろうと頑張っている。というより釣れなければ食料がない。
「この船は良いろ過装置を積んでるんですね。ただの氷水ですがどうぞぉ」
「冷たい水!」
ナミに膝枕をされてへばっていたキャロットが起き上がってグラスを奪うように取った。ゴクゴクと音を立てて飲むのに、早くも氷が溶けてしまいそうなグラスをナミへと渡す。
「ありがとう。氷はあったの?」
「水と酒なら何とかといったところです。やっぱり魚が釣れねぇと」
「アンタ達! 絶対に魚を釣って!」
振り返った先のルフィ達は既にミイラ直前だ。ブルックに関してはもう骨である。
確かにこの海域は暑い。暑すぎて海が煮えたぎってもいた。そんな熱湯も同然の海に船を浮かべていて平気なのだろうかと少し気にはなるが、ハートの船ではないのでシルビは口出ししないと決めている。
当然シルビだって皆と同じで暑いとは思っていた。だがそれが過去形である様に、実はこっそり自分の周りだけ鎮静の性質を持つ『雨の炎』で空気を冷ましている。
でなければ船長から借りたフワモコの帽子なんて被り続けていられない。髪を切ろうとは絶対に考えないがまとめ上げたいとは思うし、もう少し薄着になりたいとも思う。
寝そべって暑さ以外の意味でもへばっているペコムズの額へ氷水の入ったグラスの底を押しつけた。水滴がグラスを伝って額へと落ちるがすぐに蒸発していく。
「怪我人にこの暑さは心配だよなぁ」
「ありがとうよ。アンタは暑くねえのか」
「寒ぃと精神的に嫌になるけど、暑ぃのは別に平気かなぁ。今だって汗は掻いてねぇだろぉ?」
「暑いときは汗を掻かない方がアブねえだろ」
「ふふ、優しいなぁ」
笑えばペコムズは首を巡らせてそっぽを向いてしまった。
ルフィの釣り針へ魚が懸かったらしく騒がしくなる。振り返れば勢いよく海面へと飛び出してきた魚が中空で身を捩らせていた。
そのまま甲板へと引き上げられたその魚は、ここ数日の食料難に対して腹を満たすのには充分そうな大きさをしている。だが見た目は変な色をしていた。
「ちょっと待てよ! すぐこの魚調べるから!」
ルフィが釣り上げた魚が食べられるのかどうかを調べる為に、魚図鑑を探しにチョッパーが船内へと走っていった。流石というべきか当然というべきか、初めて見る物が食べられるのかどうかを調べる常識はあるらしい。医者だから当然といえば当然である。
ハートの船の場合は大抵シルビが選定してしまう。だからなのかシャチやベポは初めて見る食べ物は食べる前にシルビの元へ持ってくるし、それ以前に捌いたり焼いたりをシルビへ頼みに来る。確実だから良いが、あの子達がそれを見て学んでいるのかどうかは不明だ。
ともあれ今は目の前の魚である。
「変な色ぉ~」
「これは“ヨロイオコゼ”だなぁ。変な色だし表面はヌメヌメしてるがキチンと調理すれば美味しく食えるよ」
「知ってるの?」
「食えるなら食おう!」
「チョッパー船医が調べてくれるのならそれを確かめてからの方がいいとは思うけど、ヨロイオコゼは名前の通り表皮が堅くて捌くのが大変で――」
ナイフを取り出し、甲板へ打ち上げられて絶命したばかりのヨロイオコゼの、甲冑の様に堅い表皮の継ぎ目へと刃先を差し込んだ。そこから継ぎ目へ沿う様にナイフを滑らせれば、ベロリと表皮が一部はぎ取れる。はぎ取った皮は邪魔なので放り捨てれば、キャロットとルフィが興味津々といった様子でそれを拾っていた。
「――こうやって継ぎ目に刃を入れねぇと捌けねぇんだよ。ヨロイ系は皆そう」
「確かめてからってのは?」
「確かヨロイオコゼは毒が――」
「皮うんめ~!」
幸せそうな声にシルビとナミが振り返ると、ルフィが先程拾い上げていた皮へ食らいついている。その向こうから魚図鑑を調べてきたらしいチョッパーが走ってくるのが見えた。
「皮に気をつけろ! その魚、皮に“猛毒”があるぞ!」
その皮をルフィが食っている。
「――ルフィ君」
「ん? ――グエ!?」
振り返ったルフィの腹を武装色の覇気を込めた拳で殴りつけた。持っていたヌルヌルの皮を落とし、殴られた衝撃で飲みこんだばかりだったであろう皮も吐き出す。
そのまま白目を剥いて倒れるルフィに、シルビは落ちた皮を拾って海へと投げ捨てた。放置していて再び食べられても困る。
「食い物を粗末にするなとは言ったが口に入れられるモンと食えるモンは違げぇんだよぉおお! チョッパー船医! 解毒剤!」
「お、おう!」
シルビの勢いにチョッパーが踵を返して再び船内へと走っていった。魚を捌くのはペドロかブルックへやってもらったほうがいいだろう。
本当は調理したかったが、それもナミへ任せてシルビはチョッパーを手伝った方がいいかも知れない。とりあえず意識のないルフィを日陰へ運ぶことにした。
「ルフィがしん…しんじばうよーう!」
「はいはいお医者様なら患者より先に泣かねぇの」
「二人ともまず体力! 食べて」
「あ、ありがとうございます」
調理した魚を持ってきてくれたナミから皿を受け取り、泣いているチョッパーの口に放り込むと一瞬泣きやんで味わっている。そのチョッパーとシルビの傍では白目を剥いて口から泡を吹き始めたルフィが、意識もないのに匂いへ反応しているようだった。
ヨロイオコゼの皮にあった毒は見事にルフィへと当たり、ルフィはシルビが気絶をさせてから一度も目を覚ましていない。治療をしようにも解毒剤がこの船には足りなかった。
新しい解毒剤を作るにも材料が足りない。想定していなかった訳ではなく元々少し厄介な毒だ。そもそも巨人族でも即死の毒に解毒剤というのも難しい話である。
それを接種して即死していないルフィもおかしな話だが。
「でもホント、島を見つけて解毒剤かその材料を見つけねぇと困りますね」
「分かってるけど急に島なんて。――でも“即死”の猛毒って書いてあったんでしょ? でも生きてるんだから、ルフィは強い抗体を持ってるんじゃない?」
「逆です逆。抗体を持ってるから苦しんでるんです」
本当に変に抗体を持っているらしく、その抗体が体内で毒と拮抗しているから苦しんでいるのである。そのルフィは朦朧とした意識でありもしない川を見ているようだった。
チョッパーやナミのいない場所であったなら、シルビが毒だけを『分解』することも出来たのだが、こうも人目のある場所で『ペンギン』が大々的に『死ぬ気の炎』を使う訳にはいかない。同じ理由で解毒剤を増やすことも出来なかった。かといってやはり『×××』で治す訳にも『選択』で毒だけ排出させるのも無理だ。
それをやったところでペンギンは何者だという話になる。『シャイタン』ではない『ペンギン』がそれをやるわけにはいかないのだ。
空が曇り始めたかと思うと甘い雪が降ってくる。ペコムズが“わたあめ雪”だと教えるのにチョッパーとキャメロットが降ってくる雪を取ろうとしていた。
鳴り出す電伝虫にビッグマムのナワバリへ入ったらしい。降ってくるわたあめ雪の向こうに巨大な船の影が見えるのに、シルビは立ち上がって帽子を深く被り直した。
シルビ達の乗っているサウザントサニー号よりも、何倍も巨大なカタツムリの上へ形成された船が目の前に現れる。その船の上には当然だが何人もの船員がおり、その中でも一際態度が違う外套をまとった男が一人、こちらを見下ろしていた。
「『ジェルマ66』の船だ!」
一人だけ雰囲気や態度の違う男を見て、ナミやブルックが『サンジ』だと騒ぐ。けれども四皇の一人の娘との姻戚関係を結ぶ為に連れて行かれたという彼が、こんなところへいるとはシルビには考えられなかった。
確か魚人島で『シャイタン』として見た『サンジ』はグルグルした眉毛をした金髪の男だ。そして今ジェルマの船の上から見下ろしている男もグルグルの眉毛をしている。
となれば血の繋がりがあると仮定して、シルビの記憶ではジェルマの息子は『四人』だ。サンジが除かれるとするのならば、あれはサンジ以外の息子の誰かである。
「サンジサンジと、人違いだ! 似ていて同然だかな」
バサリと脱がれた外套の下から出てきた顔はしかし、『サンジ』へ似ていた。だが体格がこちらのほうがゴツい。
「私の名はヨンジ! お前達のよく知るサンジとの関係性は秘中だが」
「秘中も何もヴィンスモークの子供は一姫四太郎だろうがぁ」
「何故知って――ワーオ! カワイ子さーん!」
シルビやナミ達を見たヨンジが目をハートの形にして叫ぶ。近くにいたから一緒くたに叫ばれたのだろうが、ナミとキャロットを見ての感想だと思いたい。切実に。
姻戚関係の打診で見せられた写真は、サンジやヨンジへよく似ているが髪型が違う、イチジかニジという彼らのまだ残っている兄のどちらかだった筈だ。もう何年も前で子供も大人になっているからシルビの顔を写真で見ていたとしても忘れているだろうし、そもそもヨンジはシルビの顔さえ知らない可能性がある。
おそらくヨンジの乗っている船は、ビックママの元へ連れて行かれているサンジを迎えにきたところなのだろう。こちらの船にサンジが乗っていないのだと分かると、無駄足だと引き上げ始めた。
「待ってくれよサンジー!」
「ヨンジだ!」
そのヨンジへチョッパーが呼びかける。名前を間違えているが。
どうやら解毒剤を分けて欲しいらしい。ルフィは未だに白目を剥いて意識がないままに泡を吹いているが、だんだんとその全身に湿疹が現れ始めていた。体内の抗体が失われつつあるのだろう。
身体も小刻みに痙攣しており咳も出ている。これは早いうちに処置をしなければ今度こそ助からないかも知れない。
解毒剤を分けくれと叫ぶブルックに、ヨンジは無碍もなく拒否する。
「悪いな。私に人助けの趣味はない。――それとも薬を略奪してみるか? “海賊”らしくな……!」
「あ、いいの?」
好戦的な態度を取るヨンジの言葉に、シルビは甲板を蹴った“振り”をしてジェルマの船から見下ろすヨンジの目の前へと転移した。
いきなりシルビが目の前へ現れたことで驚き仰け反ったヨンジへ笑いかける。目が合ったヨンジが顔を赤くして目をハートにしかけるのに内心で『この野郎』と思いながら、手を伸ばそうとしたところでヨンジの背後から歩み寄ってきた人物に足場にしていた手摺りを横へ避けた。
「ケチくさい事言ってんじゃないよ!」
「ぐおォ!」
思い切り横っ面を蹴られたヨンジが、そのままシルビの横を飛んで海へと吹き飛ばされていく。
帽子を抑えながらそれが着水するのを眺めていれば、今度はヨンジを蹴り飛ばした女性が手摺りを飛び越えてサニー号へと降りていった。
「――あれ、今の」
「レイジュ様っ!」
船員達が慌てたように叫ぶ名前で納得する。サンジやヨンジと同じグルグル眉毛の女性。となればヴィンスモーク家の長女である『レイジュ』だ。
シルビの記憶ではシルビ同様姻戚関係を打診されたザンザスの相手となる女性だった。とはいえ年齢差やザンザスの好みではないこと、ヴィンスモークが故郷の島へ立ち入れないといった事を理由にやはりそれは叶っていない。写真で見たことはあるが母親似であったように思う。
当時の写真から比べれば、当然だがずいぶんと女性らしくなった。
「こんにちは。ごめんなさいね。弟は人情の欠片もない人でなしなの」
実の弟へよく言うものである。その弟であるヨンジは海面から自力で空へと飛び上がっていた。宙に立つヨンジを見てブルックが驚いている。
「『ジェルマ』は科学戦闘部隊だ。それこそがママの欲している力!」
その『科学戦闘部隊』故にシルビの故郷へ目を付けた。
「ペコムズさん。『ヴィンスモーク家』とは――確か“王族”の名じゃありませんでしたか? 大昔、“北の海”を武力で制圧した一族!」
ブルックが恐る恐るといった様に尋ねている。ヨンジが宙を飛んで戻って来るのに船員が慌ててタオルを用意していた。それからやっと『なんでここにいるんだ』とばかりの視線と警戒をシルビへ向けてくるのに、シルビは戻ってきたヨンジと入れ替わるようにサニー号へと戻る。
「ガイコツさん歴史に詳しいのね」
「長く生きてますので……死にましたけど」
ちょっとシルビも使いたい表現だ。
「ブルックさん。ヴィンスモークはまだ“王族”ですよ。国土を持たず船を連結させることで国の形を成している海遊国家です。『世界会議』への参加も認められてた筈」
「ええ。でもアナタ、よく知ってるわね」
不思議そうにシルビを見やるレイジュは、どうやら反故になった弟の見合い相手の顔など覚えていないらしい。故郷の事を話せば思い出すだろうが。
シルビの故郷は世界政府非加盟国家である。だから当然世界会議への参加は認められていない。あんな四年毎にマリージョアへ行かなければならない行事など、シルビの故郷の者は誰も行きたがらないのだ。
個人でなら忍び込んでみたことはある。王族も警備も誰一人シルビの存在に気付かず、少し寂しいと同時にこんなものかと思ったものだ。
確かもうすぐ今年の世界会議が開催する筈である。
だとしたらヴィンスモークがここにいていいのかと考えていると、毒に冒されているルフィへレイジュが近づいた。
いただきますと言ってルフィへキスをして吸い上げるのに、チョッパーが毒が移って死んじまうと混乱しているしブルックはキス自体に羨ましがっている。唇はないが。
だがそうして口付けているレイジュへと、ルフィの湿疹が移っていく。やがて口を離したレイジュが満足そうに立ち上がった。その頃にはルフィの全身へ浮かび上がっていた湿疹は綺麗に消えてなくなり、ルフィも苦しげに呻いてはいない。
「私は“ポイズンピンク”……ごち」
唇を舐めとるように舌を滑らせたレイジュにブルックが目をハートにしていた。
毒が消えた途端ルフィが飛び起きる。それにチョッパーとキャロットが泣きながら飛びつくのに、ルフィ自身は何が起こったのかすらも分かっていなさそうだった。レイジュに気付いてやはりサンジと間違えている。
「弟が“今まで”お世話になったわね」
その『今まで』という言い方に引っかかりがあった。
「へー。お前サンジの姉ちゃんか」
「ええ。小さい頃に生き別れたサンジを……父はずっと捜していたの」
レイジュの言葉に反応しかける。だがここでこれ以上知っていることを悟られるのはどうかと思って内心に隠す。
少なくともシルビが東の海にあった『バラディエ』へいった時、ヴィンスモークはサンジを捜してはいなかった。むしろその頃は『サンジ』という息子がいたという事さえ隠そうとしていたように見受けられる。
彼女の話だとここ数年になって、“麦わらの一味”の復活騒動でやっと手配書へ顔写真が掲載されたことで息子だと判明し、それで政府に手を回して生け捕りのみに替えさせたらしい。矛盾が無いようである話だ。
シルビの予想通りにサンジを出迎えに来たらしいが、レイジュ達もサンジが今何処へいるのかは分かっていないようだった。
「サンジの姉ちゃん。おれの恩人なのはありがとう。だけどサンジは返せよ!? あいつはおれの仲間だ!」
新世界の海は変わりやすい。人という小さな存在が進んで行くのに海は大きく、自然というものは強大だ。その広い海を食料の殆ど無い状態で渡るのは、無茶を通り越して無謀というものだろう。
シルビが厨房を出ると甲板でルフィ達が干からびていた。正確には暑さで今にもミイラとなりそうになっている。
日陰に怪我人であるペコムズが仰向けに寝ており、その傍にナミとキャロットが暑さに呻いていた。シルビとペコムズを除いたルフィ達男衆四人は、船縁から釣り糸を垂らして魚を釣ろうと頑張っている。というより釣れなければ食料がない。
「この船は良いろ過装置を積んでるんですね。ただの氷水ですがどうぞぉ」
「冷たい水!」
ナミに膝枕をされてへばっていたキャロットが起き上がってグラスを奪うように取った。ゴクゴクと音を立てて飲むのに、早くも氷が溶けてしまいそうなグラスをナミへと渡す。
「ありがとう。氷はあったの?」
「水と酒なら何とかといったところです。やっぱり魚が釣れねぇと」
「アンタ達! 絶対に魚を釣って!」
振り返った先のルフィ達は既にミイラ直前だ。ブルックに関してはもう骨である。
確かにこの海域は暑い。暑すぎて海が煮えたぎってもいた。そんな熱湯も同然の海に船を浮かべていて平気なのだろうかと少し気にはなるが、ハートの船ではないのでシルビは口出ししないと決めている。
当然シルビだって皆と同じで暑いとは思っていた。だがそれが過去形である様に、実はこっそり自分の周りだけ鎮静の性質を持つ『雨の炎』で空気を冷ましている。
でなければ船長から借りたフワモコの帽子なんて被り続けていられない。髪を切ろうとは絶対に考えないがまとめ上げたいとは思うし、もう少し薄着になりたいとも思う。
寝そべって暑さ以外の意味でもへばっているペコムズの額へ氷水の入ったグラスの底を押しつけた。水滴がグラスを伝って額へと落ちるがすぐに蒸発していく。
「怪我人にこの暑さは心配だよなぁ」
「ありがとうよ。アンタは暑くねえのか」
「寒ぃと精神的に嫌になるけど、暑ぃのは別に平気かなぁ。今だって汗は掻いてねぇだろぉ?」
「暑いときは汗を掻かない方がアブねえだろ」
「ふふ、優しいなぁ」
笑えばペコムズは首を巡らせてそっぽを向いてしまった。
ルフィの釣り針へ魚が懸かったらしく騒がしくなる。振り返れば勢いよく海面へと飛び出してきた魚が中空で身を捩らせていた。
そのまま甲板へと引き上げられたその魚は、ここ数日の食料難に対して腹を満たすのには充分そうな大きさをしている。だが見た目は変な色をしていた。
「ちょっと待てよ! すぐこの魚調べるから!」
ルフィが釣り上げた魚が食べられるのかどうかを調べる為に、魚図鑑を探しにチョッパーが船内へと走っていった。流石というべきか当然というべきか、初めて見る物が食べられるのかどうかを調べる常識はあるらしい。医者だから当然といえば当然である。
ハートの船の場合は大抵シルビが選定してしまう。だからなのかシャチやベポは初めて見る食べ物は食べる前にシルビの元へ持ってくるし、それ以前に捌いたり焼いたりをシルビへ頼みに来る。確実だから良いが、あの子達がそれを見て学んでいるのかどうかは不明だ。
ともあれ今は目の前の魚である。
「変な色ぉ~」
「これは“ヨロイオコゼ”だなぁ。変な色だし表面はヌメヌメしてるがキチンと調理すれば美味しく食えるよ」
「知ってるの?」
「食えるなら食おう!」
「チョッパー船医が調べてくれるのならそれを確かめてからの方がいいとは思うけど、ヨロイオコゼは名前の通り表皮が堅くて捌くのが大変で――」
ナイフを取り出し、甲板へ打ち上げられて絶命したばかりのヨロイオコゼの、甲冑の様に堅い表皮の継ぎ目へと刃先を差し込んだ。そこから継ぎ目へ沿う様にナイフを滑らせれば、ベロリと表皮が一部はぎ取れる。はぎ取った皮は邪魔なので放り捨てれば、キャロットとルフィが興味津々といった様子でそれを拾っていた。
「――こうやって継ぎ目に刃を入れねぇと捌けねぇんだよ。ヨロイ系は皆そう」
「確かめてからってのは?」
「確かヨロイオコゼは毒が――」
「皮うんめ~!」
幸せそうな声にシルビとナミが振り返ると、ルフィが先程拾い上げていた皮へ食らいついている。その向こうから魚図鑑を調べてきたらしいチョッパーが走ってくるのが見えた。
「皮に気をつけろ! その魚、皮に“猛毒”があるぞ!」
その皮をルフィが食っている。
「――ルフィ君」
「ん? ――グエ!?」
振り返ったルフィの腹を武装色の覇気を込めた拳で殴りつけた。持っていたヌルヌルの皮を落とし、殴られた衝撃で飲みこんだばかりだったであろう皮も吐き出す。
そのまま白目を剥いて倒れるルフィに、シルビは落ちた皮を拾って海へと投げ捨てた。放置していて再び食べられても困る。
「食い物を粗末にするなとは言ったが口に入れられるモンと食えるモンは違げぇんだよぉおお! チョッパー船医! 解毒剤!」
「お、おう!」
シルビの勢いにチョッパーが踵を返して再び船内へと走っていった。魚を捌くのはペドロかブルックへやってもらったほうがいいだろう。
本当は調理したかったが、それもナミへ任せてシルビはチョッパーを手伝った方がいいかも知れない。とりあえず意識のないルフィを日陰へ運ぶことにした。
「ルフィがしん…しんじばうよーう!」
「はいはいお医者様なら患者より先に泣かねぇの」
「二人ともまず体力! 食べて」
「あ、ありがとうございます」
調理した魚を持ってきてくれたナミから皿を受け取り、泣いているチョッパーの口に放り込むと一瞬泣きやんで味わっている。そのチョッパーとシルビの傍では白目を剥いて口から泡を吹き始めたルフィが、意識もないのに匂いへ反応しているようだった。
ヨロイオコゼの皮にあった毒は見事にルフィへと当たり、ルフィはシルビが気絶をさせてから一度も目を覚ましていない。治療をしようにも解毒剤がこの船には足りなかった。
新しい解毒剤を作るにも材料が足りない。想定していなかった訳ではなく元々少し厄介な毒だ。そもそも巨人族でも即死の毒に解毒剤というのも難しい話である。
それを接種して即死していないルフィもおかしな話だが。
「でもホント、島を見つけて解毒剤かその材料を見つけねぇと困りますね」
「分かってるけど急に島なんて。――でも“即死”の猛毒って書いてあったんでしょ? でも生きてるんだから、ルフィは強い抗体を持ってるんじゃない?」
「逆です逆。抗体を持ってるから苦しんでるんです」
本当に変に抗体を持っているらしく、その抗体が体内で毒と拮抗しているから苦しんでいるのである。そのルフィは朦朧とした意識でありもしない川を見ているようだった。
チョッパーやナミのいない場所であったなら、シルビが毒だけを『分解』することも出来たのだが、こうも人目のある場所で『ペンギン』が大々的に『死ぬ気の炎』を使う訳にはいかない。同じ理由で解毒剤を増やすことも出来なかった。かといってやはり『×××』で治す訳にも『選択』で毒だけ排出させるのも無理だ。
それをやったところでペンギンは何者だという話になる。『シャイタン』ではない『ペンギン』がそれをやるわけにはいかないのだ。
空が曇り始めたかと思うと甘い雪が降ってくる。ペコムズが“わたあめ雪”だと教えるのにチョッパーとキャメロットが降ってくる雪を取ろうとしていた。
鳴り出す電伝虫にビッグマムのナワバリへ入ったらしい。降ってくるわたあめ雪の向こうに巨大な船の影が見えるのに、シルビは立ち上がって帽子を深く被り直した。
シルビ達の乗っているサウザントサニー号よりも、何倍も巨大なカタツムリの上へ形成された船が目の前に現れる。その船の上には当然だが何人もの船員がおり、その中でも一際態度が違う外套をまとった男が一人、こちらを見下ろしていた。
「『ジェルマ66』の船だ!」
一人だけ雰囲気や態度の違う男を見て、ナミやブルックが『サンジ』だと騒ぐ。けれども四皇の一人の娘との姻戚関係を結ぶ為に連れて行かれたという彼が、こんなところへいるとはシルビには考えられなかった。
確か魚人島で『シャイタン』として見た『サンジ』はグルグルした眉毛をした金髪の男だ。そして今ジェルマの船の上から見下ろしている男もグルグルの眉毛をしている。
となれば血の繋がりがあると仮定して、シルビの記憶ではジェルマの息子は『四人』だ。サンジが除かれるとするのならば、あれはサンジ以外の息子の誰かである。
「サンジサンジと、人違いだ! 似ていて同然だかな」
バサリと脱がれた外套の下から出てきた顔はしかし、『サンジ』へ似ていた。だが体格がこちらのほうがゴツい。
「私の名はヨンジ! お前達のよく知るサンジとの関係性は秘中だが」
「秘中も何もヴィンスモークの子供は一姫四太郎だろうがぁ」
「何故知って――ワーオ! カワイ子さーん!」
シルビやナミ達を見たヨンジが目をハートの形にして叫ぶ。近くにいたから一緒くたに叫ばれたのだろうが、ナミとキャロットを見ての感想だと思いたい。切実に。
姻戚関係の打診で見せられた写真は、サンジやヨンジへよく似ているが髪型が違う、イチジかニジという彼らのまだ残っている兄のどちらかだった筈だ。もう何年も前で子供も大人になっているからシルビの顔を写真で見ていたとしても忘れているだろうし、そもそもヨンジはシルビの顔さえ知らない可能性がある。
おそらくヨンジの乗っている船は、ビックママの元へ連れて行かれているサンジを迎えにきたところなのだろう。こちらの船にサンジが乗っていないのだと分かると、無駄足だと引き上げ始めた。
「待ってくれよサンジー!」
「ヨンジだ!」
そのヨンジへチョッパーが呼びかける。名前を間違えているが。
どうやら解毒剤を分けて欲しいらしい。ルフィは未だに白目を剥いて意識がないままに泡を吹いているが、だんだんとその全身に湿疹が現れ始めていた。体内の抗体が失われつつあるのだろう。
身体も小刻みに痙攣しており咳も出ている。これは早いうちに処置をしなければ今度こそ助からないかも知れない。
解毒剤を分けくれと叫ぶブルックに、ヨンジは無碍もなく拒否する。
「悪いな。私に人助けの趣味はない。――それとも薬を略奪してみるか? “海賊”らしくな……!」
「あ、いいの?」
好戦的な態度を取るヨンジの言葉に、シルビは甲板を蹴った“振り”をしてジェルマの船から見下ろすヨンジの目の前へと転移した。
いきなりシルビが目の前へ現れたことで驚き仰け反ったヨンジへ笑いかける。目が合ったヨンジが顔を赤くして目をハートにしかけるのに内心で『この野郎』と思いながら、手を伸ばそうとしたところでヨンジの背後から歩み寄ってきた人物に足場にしていた手摺りを横へ避けた。
「ケチくさい事言ってんじゃないよ!」
「ぐおォ!」
思い切り横っ面を蹴られたヨンジが、そのままシルビの横を飛んで海へと吹き飛ばされていく。
帽子を抑えながらそれが着水するのを眺めていれば、今度はヨンジを蹴り飛ばした女性が手摺りを飛び越えてサニー号へと降りていった。
「――あれ、今の」
「レイジュ様っ!」
船員達が慌てたように叫ぶ名前で納得する。サンジやヨンジと同じグルグル眉毛の女性。となればヴィンスモーク家の長女である『レイジュ』だ。
シルビの記憶ではシルビ同様姻戚関係を打診されたザンザスの相手となる女性だった。とはいえ年齢差やザンザスの好みではないこと、ヴィンスモークが故郷の島へ立ち入れないといった事を理由にやはりそれは叶っていない。写真で見たことはあるが母親似であったように思う。
当時の写真から比べれば、当然だがずいぶんと女性らしくなった。
「こんにちは。ごめんなさいね。弟は人情の欠片もない人でなしなの」
実の弟へよく言うものである。その弟であるヨンジは海面から自力で空へと飛び上がっていた。宙に立つヨンジを見てブルックが驚いている。
「『ジェルマ』は科学戦闘部隊だ。それこそがママの欲している力!」
その『科学戦闘部隊』故にシルビの故郷へ目を付けた。
「ペコムズさん。『ヴィンスモーク家』とは――確か“王族”の名じゃありませんでしたか? 大昔、“北の海”を武力で制圧した一族!」
ブルックが恐る恐るといった様に尋ねている。ヨンジが宙を飛んで戻って来るのに船員が慌ててタオルを用意していた。それからやっと『なんでここにいるんだ』とばかりの視線と警戒をシルビへ向けてくるのに、シルビは戻ってきたヨンジと入れ替わるようにサニー号へと戻る。
「ガイコツさん歴史に詳しいのね」
「長く生きてますので……死にましたけど」
ちょっとシルビも使いたい表現だ。
「ブルックさん。ヴィンスモークはまだ“王族”ですよ。国土を持たず船を連結させることで国の形を成している海遊国家です。『世界会議』への参加も認められてた筈」
「ええ。でもアナタ、よく知ってるわね」
不思議そうにシルビを見やるレイジュは、どうやら反故になった弟の見合い相手の顔など覚えていないらしい。故郷の事を話せば思い出すだろうが。
シルビの故郷は世界政府非加盟国家である。だから当然世界会議への参加は認められていない。あんな四年毎にマリージョアへ行かなければならない行事など、シルビの故郷の者は誰も行きたがらないのだ。
個人でなら忍び込んでみたことはある。王族も警備も誰一人シルビの存在に気付かず、少し寂しいと同時にこんなものかと思ったものだ。
確かもうすぐ今年の世界会議が開催する筈である。
だとしたらヴィンスモークがここにいていいのかと考えていると、毒に冒されているルフィへレイジュが近づいた。
いただきますと言ってルフィへキスをして吸い上げるのに、チョッパーが毒が移って死んじまうと混乱しているしブルックはキス自体に羨ましがっている。唇はないが。
だがそうして口付けているレイジュへと、ルフィの湿疹が移っていく。やがて口を離したレイジュが満足そうに立ち上がった。その頃にはルフィの全身へ浮かび上がっていた湿疹は綺麗に消えてなくなり、ルフィも苦しげに呻いてはいない。
「私は“ポイズンピンク”……ごち」
唇を舐めとるように舌を滑らせたレイジュにブルックが目をハートにしていた。
毒が消えた途端ルフィが飛び起きる。それにチョッパーとキャロットが泣きながら飛びつくのに、ルフィ自身は何が起こったのかすらも分かっていなさそうだった。レイジュに気付いてやはりサンジと間違えている。
「弟が“今まで”お世話になったわね」
その『今まで』という言い方に引っかかりがあった。
「へー。お前サンジの姉ちゃんか」
「ええ。小さい頃に生き別れたサンジを……父はずっと捜していたの」
レイジュの言葉に反応しかける。だがここでこれ以上知っていることを悟られるのはどうかと思って内心に隠す。
少なくともシルビが東の海にあった『バラディエ』へいった時、ヴィンスモークはサンジを捜してはいなかった。むしろその頃は『サンジ』という息子がいたという事さえ隠そうとしていたように見受けられる。
彼女の話だとここ数年になって、“麦わらの一味”の復活騒動でやっと手配書へ顔写真が掲載されたことで息子だと判明し、それで政府に手を回して生け捕りのみに替えさせたらしい。矛盾が無いようである話だ。
シルビの予想通りにサンジを出迎えに来たらしいが、レイジュ達もサンジが今何処へいるのかは分かっていないようだった。
「サンジの姉ちゃん。おれの恩人なのはありがとう。だけどサンジは返せよ!? あいつはおれの仲間だ!」