ドレスローザ編
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夢主視点
バルトロメオの手配で東の港へ脱出用の船が用意されているらしい。さらには街の要所要所で、共に戦ったキャベンデッシュ達が逃亡の手助けの為に待機しているという。
それならばと先陣を切って家の外へ出れば、潜伏場所はバレていたのか海兵達が押し寄せてくる姿が既に見えていた。フードを深く被り直して、ランタンを下げた棒を一振りし――ようとしたところで腕を捕まれる。
「ぅおっ!? トラファルガー?」
東の港へ向かって走り出したルフィ達に続いて走るローがシルビの腕を掴んでいた。その掴んでいる方の腕が、切断されたのを繋げてまだ完治しきっていない右腕側だと気付き、慌ててシルビはその腕へ負担を掛けさせない様に走り出す。
残って足止めをしようと思ったのだが、どうやらそれをさせるつもりはないらしい。東の港へ向かう一行の中には、シルビにしか見えないがロシナンテの姿もある。そのロシナンテもローに掴まれたまま走るシルビに気付いて傍に来て、ニカリと笑ってみせてきた。
ルフィが足を止めて、用があるからと違う方向へ走っていく。その『用事』が何であるかは大方予想が出来た。
「トラファルガー手を離せぇ」
「何でだ」
「走り難ぃんだよ」
足止めに留まる意志は無くなった事を暗に示せば、ローは完全には信じられないといった様子ながらも手を離す。
万が一海兵へ捕まったとしてもシルビはそう簡単に捕まらない自信があるのだが、ロー達はそれでは納得できないのだろう。
ロシナンテが楽しそうに走っているのを確認してから、後ろを振り返りランタンをかざして指を鳴らす。地面から生えた巨大な植物の蔓に進路を阻まれる海兵に、先頭を走っていたバルトロメオやウソップ達から歓声が上がった。
「すげー!」
「すげー、ってのはいいから走りなさい! ゾロ君また違う方向向かってんぞぉ!」
一緒に走っているというのに、先程からどんどんゾロが違う方向へ行きそうになっている。その度に誰かが進路修正を行なっていた。
中心街の方からも何か騒ぎが聞こえる。ルフィが『王宮』へ到着したのだろう。
瓦礫の下をくぐり抜けたところで、足止め役として待機していたのだろうキャベンデッシュやサイ達が海兵との間に立ちはだかる。シルビも本来は残るべきだろうと足を遅くしたところで、サイの嫁に声を掛けられた。
「貴方も行って! 大将とかが来たらアタシ達じゃ止められないんだから!」
「俺大将の足止め役ぅ!? 別に良いけど先に言っておいてほしかったなぁ!」
通りで誰もシルビが足止めせずとも文句を言わない訳である。これから来るであろう将校格の相手をさせるつもりなのだ。
「先に言って欲しかったんだけどぉそういうのはぁ! 奥さん情報伝達についてちょっと旦那のサイ君を――」
「お、奥さんだなんて! キャー!」
顔に手を当てて興奮しているサイの嫁に、これはダメだと早々に理解する。旦那であるサイはサイで追いかけてきた海兵と戦闘に入っており、シルビが話しかけるのは無理そうだった。走っていた足だって既に止まっていて、ロビン達の姿は舞い上がる土埃のせいもあって見えない。
瓦礫の上へ昇って辺りを見回す。東の港の場所は分かっているが、またゾロがはぐれていたりしたら連れ戻しに行く必要もあるだろう。
そうして見回した視界の端に、東の港とは違う方向へ遠ざかっていく黒いモサモサの後ろ姿を見つけた。
「ロシナンテさん?」
「え? 今なんて?」
腕を銃口へ変化させて海兵へ向けていたサイの嫁が振り返る。
「ロシナンテって、ドフラミンゴ……の弟のこと?」
「知ってるのかぁ?」
「幹部だったもの。でも彼は、十三年前に死んでるわ」
確かにそうだ。シルビが彼に出会ったのだって彼が死んだ直後だった。
ベルベットルームで、兄がいたことや恩人とローの話をした彼は、シルビが思っていたより自分の人生へ満足していた事を覚えている。
「彼は……ドンキホーテファミリーへ潜伏していたスパイ、海兵だったのよ」
「海兵?」
「ええ。アタシももうあまり覚えてはいないけど」
実の兄の海賊団に潜伏していた海兵。海兵だったというのは初耳だ。ではあの時言っていた『恩のある人』というのは、ドフラミンゴとはまた別に海軍の誰かなのだろうかと考える。
となれば海軍内には彼の知り合いがいてもおかしくはない。
海兵全員の顔と名前を覚えているとは思わないが、足止めついでに前元帥だったセンゴクにでも聞いてみるかと思い、瓦礫の下へと飛び降りた。
センゴクへ会いに行くにしたって、先に港とは違う方向へ走っていたロシナンテを回収するべきだろう。何ならルフィ達を逃がして船が出航した後に戻ってきたって構わない。
東の港へ向かわずに、関係のない方向へ向かったロシナンテの姿を追いかけるように走り出す。東の港とも王宮の方とも違う、騒ぎとは関係のない瓦礫置き場の廃材の陰に、隠れているつもりなのだろうが隠れ切れていないロシナンテの姿を見つけて声を掛けた。
「ロシナンテさん! なんでこんなとこに寄り道――」
声を掛けた途端ロシナンテが驚いて振り返り、口の前に人差し指を立ててシルビを黙らせようとする。何かあるのかとロシナンテが隠れつつ眺めていたほうを見やれば、センゴクとローと、何故かゴリラがいた。
海兵に追われている状況だというのに、なんだってお前は先代とはいえ海軍元帥と顔を合わせているんだ、とツッコミを入れたい気分になった。呆れて気配を消すのを忘れてしまい、センゴクの傍にいたゴリラがシルビに気付いて近付いてくる。
「ウホウホ」
「ぁ、あ? くれんのかぁ? ありがとう」
「――シャイタン?」
何故か差し出されたおかきの一つを受け取ったところで、センゴクに気付かれて名前を呼ばれた。ゴリラが近付いてきた時点でバレると諦めていたので、覚悟を決めて瓦礫の陰から出て行けば案の定ローに睨まれる。
なんでここにいるのかとか、そう言った顔だろうか。
「えーと、久しぶりぃセンゴク君。少し見ねぇ間にだいぶ老けたなぁ」
「若返ってるキサマのがおかしいんだ」
「それは仕方ねぇよ。俺にだって色々あんだよ」
ゴリラからもらったおかきを口に運ぶ。後ろでロシナンテが羨ましげにおかきを見つめていたが、流石にあげることも出来ない。こういう時幽霊とは不便なものである。
二人は何を話していたのか、シルビが来てしまったせいでその会話も中断してしまったようだった。ここはロシナンテだけを回収してさっさと東の港へ向かうべきかと思ったところで、おかきの袋へ手を突っ込んだセンゴクが口を開く。
「シャイタン。――ロシナンテという男を知っているか?」
ローが驚いたようにシルビとセンゴクを見た。
「おいセンゴク――」
「俺にロシナンテと名乗った男なら一人いる」
「っ!?」
驚いてシルビを見つめるローの視線をあえて無視して、シルビはセンゴクとだけ話している体を作りながら続ける。
「死因は知らねぇ。聞いてねぇから。でもその時彼はもう死んでたよ。死んだ直後だったのだろうけど……二人は彼の知り合い?」
努めて他人行儀になるように訪ねれば、センゴクは俯きローはシルビを睨んだ。
「オレは――オレはあの人から『命』も『心』も貰った! あの人はオレの大恩人だ! だから彼に代わって、ドフラミンゴを討つ為だけに生きてきた」
分かっていたことだろうに、後ろでロシナンテが泣いている。自由をあげたつもりが今までローを縛り続けていたという事実は、彼にとってどんなものか。
だからこの期に及んでロシナンテは現れたのかも知れない。
でももう、それも終わりだ。
「――だが、これがコラさんの望む“D”の生き方なのか分からねェ」
「“D”?」
「“麦藁”と同じ様に、オレにもその隠し名がある」
聞いていない事実にローを見る。が、口を挟める雰囲気ではない。
「受けた愛に理由などつけるな」
ローへ背を向けて言ったセンゴクの言葉は、奇しくもシルビへも傷み入る言葉だった。けれどもそれはシルビとローだけではなく、ロシナンテにもセンゴク自身にも、ここにはいないルフィや他の者達にだって当てはまる言葉だろう。
無償の愛、というものはずっと昔からある。
フードの縁を摘んで俯いた。ロシナンテが今この場でシルビにしか見えないことが憎らしい。二人の愛した男がちゃんとここへ居るというのに、二人にはそれが決して見えないのだ。
生者と死者の壁がそこにある。
「ロシナンテの思い出を共有できる唯一の奴らが“海賊”と“賞金首”のお前らとはな。どうしても奴の為に何かしたいというのなら――互いにあいつを忘れずにいよう」
ローが帽子の陰に顔を隠していた。センゴクも遙か遠くの空を見上げている。ロシナンテはすぐ傍で泣いているというのに。
せめてセンゴクにだけでも、ロシナンテがちゃんと何も恨むことなく逝く事が出来たのだと教えたいと思うのは、完全にシルビの自己満足だ。けれども。
最後に一度だけ、と思うことは悪いことだろうか。
踵を返して後ろで泣きながら二人を見ていたロシナンテへ駆け寄る。体当たりをする様にその傍へ寄って、人目があるので掴めもしないその服を握るように手を握り締めた。
「……ロシナンテさん。笑って敬礼」
ロシナンテにだけ聞こえる様に呟いて、ロシナンテが目を瞬かせながらシルビを見るのに彼を見上げる。
視界にふわりと飛びかう青い蝶。
「――センゴク君!」
「なんだシャイタ――!?」
振り返ったセンゴクが、シルビの背後を見て息を呑む。ふわりとロシナンテの周りを飛び回る青い蝶に、見えているだろうかとだけ思った。
ローも不思議そうにシルビを見ていたが、彼には見えていない。
地響きが聞こえてきたと思うと周囲の瓦礫が空へと浮かび上がっていく。それに驚いてシルビ達も揃って瓦礫を追いかけるように空を見上げ、センゴクがはっとして視線を再びロシナンテへ戻した。
だがもうロシナンテのことは見えていないだろう。
呆然とした表情でロシナンテのいた場所を見つめていたセンゴクが、ややあってシルビを見る。
「今のは……」
「どうせ覚えてるなら、笑顔がいいだろぉ?」
「……ああ、そうだな。ありがとう」
空へと浮かび上がった国中の瓦礫が、日の光を遮ったせいで薄暗くなっていった。宙に浮かぶ瓦礫は重力を操る藤虎の能力によるものだろう。
「行こうトラファルガー」
言って、ローの手を掴む。
空には次々と瓦礫が浮き上がりつつあった。国中の瓦礫を浮かび上がらせるつもりかと東の港へ向かいながら空を見上げて思う。シルビでもそんなことをやろうとはあまり思わない。面倒臭くて。
だがいくらシルビが面倒臭がろうと、この瓦礫が一気に降ってくるとなればそれは脅威である。
一刻も早く船でルフィ達と合流し、出航してこの瓦礫の範囲から抜けるべきだろう。最悪シルビが船の上の範囲分だけでも転移させるべきか。
「ッペンギン!」
走っている最中に呼ばれて掴んでいた手を逆に引かれる。足を止めて振り返ればローは今にも怒鳴りたいのを堪えているような、低い声でシルビを睨んだ。
「コラさんを知らないって言ってただろ!」
「コラソンと『名乗った』知り合いはいねぇって言ったでしょう?」
「詭弁だ!」
「いやまぁ確かに詭弁なんですけどねぇ」
だがあの時、シルビが『知っている』と言ったところで何か変わっただろうか。
「俺にだって貴方と同じで事情があるんですよ。ハートの、貴方の部下であってもその役目をないがしろには出来ねぇ。でも決して貴方の枷になることはしない。そう言ったでしょう?」
「……詭弁だ」
「でも真実です。俺は『死告シャイタン』であっても、貴方の部下であることも変わりねぇんですよ」
そればかりは変えようのない事実にローを見れば、ローは何かを探るようにシルビを見つめていたが、港の入り口が見えてくると視線を逸らした。
東の港の入り口へと到着すれば、海兵の足止めをしていた兵士達が既に退避してきていた。シルビ達同様空に浮かぶ瓦礫を見上げている。
「先に行ってください」
「おい――」
「大丈夫」
引いていたローの手を離して先に行かせ、シルビは瓦礫へ向けて重力を操る為にか仕込み刀を掲げている藤虎へと対峙した。先に来て構えていたバルトロメオやキャベンデッシュ達にも手を振って船へ向かうように示して、シルビはフードの端を摘みながらランタンの提げられた棒を持ち直す。まだルフィが戻ってきていないらしい。
藤虎も見聞色の覇気によってか、シルビが来たことに気付いたようだった。僅かに眉間の皺を深くしてシルビの立っている辺りへ注意を送ってくる盲目将校に、時間稼ぎもかねて話しかける。
「邪魔をするのかぁ?」
「それが仕事ですから」
「なら俺も抵抗するぜぇ。俺の行動を邪魔する者には須く抵抗する。それは相手が海兵だろうが海賊だろうが顔面崩壊野郎共だろうが関係ねぇ。大空と大海を抜ける『風』を、お前ごときが止められるかぁ?」
出来るだけ不敵に不遜に言い放ったところで、藤虎の後方からルフィが走ってきた。
バルトロメオの手配で東の港へ脱出用の船が用意されているらしい。さらには街の要所要所で、共に戦ったキャベンデッシュ達が逃亡の手助けの為に待機しているという。
それならばと先陣を切って家の外へ出れば、潜伏場所はバレていたのか海兵達が押し寄せてくる姿が既に見えていた。フードを深く被り直して、ランタンを下げた棒を一振りし――ようとしたところで腕を捕まれる。
「ぅおっ!? トラファルガー?」
東の港へ向かって走り出したルフィ達に続いて走るローがシルビの腕を掴んでいた。その掴んでいる方の腕が、切断されたのを繋げてまだ完治しきっていない右腕側だと気付き、慌ててシルビはその腕へ負担を掛けさせない様に走り出す。
残って足止めをしようと思ったのだが、どうやらそれをさせるつもりはないらしい。東の港へ向かう一行の中には、シルビにしか見えないがロシナンテの姿もある。そのロシナンテもローに掴まれたまま走るシルビに気付いて傍に来て、ニカリと笑ってみせてきた。
ルフィが足を止めて、用があるからと違う方向へ走っていく。その『用事』が何であるかは大方予想が出来た。
「トラファルガー手を離せぇ」
「何でだ」
「走り難ぃんだよ」
足止めに留まる意志は無くなった事を暗に示せば、ローは完全には信じられないといった様子ながらも手を離す。
万が一海兵へ捕まったとしてもシルビはそう簡単に捕まらない自信があるのだが、ロー達はそれでは納得できないのだろう。
ロシナンテが楽しそうに走っているのを確認してから、後ろを振り返りランタンをかざして指を鳴らす。地面から生えた巨大な植物の蔓に進路を阻まれる海兵に、先頭を走っていたバルトロメオやウソップ達から歓声が上がった。
「すげー!」
「すげー、ってのはいいから走りなさい! ゾロ君また違う方向向かってんぞぉ!」
一緒に走っているというのに、先程からどんどんゾロが違う方向へ行きそうになっている。その度に誰かが進路修正を行なっていた。
中心街の方からも何か騒ぎが聞こえる。ルフィが『王宮』へ到着したのだろう。
瓦礫の下をくぐり抜けたところで、足止め役として待機していたのだろうキャベンデッシュやサイ達が海兵との間に立ちはだかる。シルビも本来は残るべきだろうと足を遅くしたところで、サイの嫁に声を掛けられた。
「貴方も行って! 大将とかが来たらアタシ達じゃ止められないんだから!」
「俺大将の足止め役ぅ!? 別に良いけど先に言っておいてほしかったなぁ!」
通りで誰もシルビが足止めせずとも文句を言わない訳である。これから来るであろう将校格の相手をさせるつもりなのだ。
「先に言って欲しかったんだけどぉそういうのはぁ! 奥さん情報伝達についてちょっと旦那のサイ君を――」
「お、奥さんだなんて! キャー!」
顔に手を当てて興奮しているサイの嫁に、これはダメだと早々に理解する。旦那であるサイはサイで追いかけてきた海兵と戦闘に入っており、シルビが話しかけるのは無理そうだった。走っていた足だって既に止まっていて、ロビン達の姿は舞い上がる土埃のせいもあって見えない。
瓦礫の上へ昇って辺りを見回す。東の港の場所は分かっているが、またゾロがはぐれていたりしたら連れ戻しに行く必要もあるだろう。
そうして見回した視界の端に、東の港とは違う方向へ遠ざかっていく黒いモサモサの後ろ姿を見つけた。
「ロシナンテさん?」
「え? 今なんて?」
腕を銃口へ変化させて海兵へ向けていたサイの嫁が振り返る。
「ロシナンテって、ドフラミンゴ……の弟のこと?」
「知ってるのかぁ?」
「幹部だったもの。でも彼は、十三年前に死んでるわ」
確かにそうだ。シルビが彼に出会ったのだって彼が死んだ直後だった。
ベルベットルームで、兄がいたことや恩人とローの話をした彼は、シルビが思っていたより自分の人生へ満足していた事を覚えている。
「彼は……ドンキホーテファミリーへ潜伏していたスパイ、海兵だったのよ」
「海兵?」
「ええ。アタシももうあまり覚えてはいないけど」
実の兄の海賊団に潜伏していた海兵。海兵だったというのは初耳だ。ではあの時言っていた『恩のある人』というのは、ドフラミンゴとはまた別に海軍の誰かなのだろうかと考える。
となれば海軍内には彼の知り合いがいてもおかしくはない。
海兵全員の顔と名前を覚えているとは思わないが、足止めついでに前元帥だったセンゴクにでも聞いてみるかと思い、瓦礫の下へと飛び降りた。
センゴクへ会いに行くにしたって、先に港とは違う方向へ走っていたロシナンテを回収するべきだろう。何ならルフィ達を逃がして船が出航した後に戻ってきたって構わない。
東の港へ向かわずに、関係のない方向へ向かったロシナンテの姿を追いかけるように走り出す。東の港とも王宮の方とも違う、騒ぎとは関係のない瓦礫置き場の廃材の陰に、隠れているつもりなのだろうが隠れ切れていないロシナンテの姿を見つけて声を掛けた。
「ロシナンテさん! なんでこんなとこに寄り道――」
声を掛けた途端ロシナンテが驚いて振り返り、口の前に人差し指を立ててシルビを黙らせようとする。何かあるのかとロシナンテが隠れつつ眺めていたほうを見やれば、センゴクとローと、何故かゴリラがいた。
海兵に追われている状況だというのに、なんだってお前は先代とはいえ海軍元帥と顔を合わせているんだ、とツッコミを入れたい気分になった。呆れて気配を消すのを忘れてしまい、センゴクの傍にいたゴリラがシルビに気付いて近付いてくる。
「ウホウホ」
「ぁ、あ? くれんのかぁ? ありがとう」
「――シャイタン?」
何故か差し出されたおかきの一つを受け取ったところで、センゴクに気付かれて名前を呼ばれた。ゴリラが近付いてきた時点でバレると諦めていたので、覚悟を決めて瓦礫の陰から出て行けば案の定ローに睨まれる。
なんでここにいるのかとか、そう言った顔だろうか。
「えーと、久しぶりぃセンゴク君。少し見ねぇ間にだいぶ老けたなぁ」
「若返ってるキサマのがおかしいんだ」
「それは仕方ねぇよ。俺にだって色々あんだよ」
ゴリラからもらったおかきを口に運ぶ。後ろでロシナンテが羨ましげにおかきを見つめていたが、流石にあげることも出来ない。こういう時幽霊とは不便なものである。
二人は何を話していたのか、シルビが来てしまったせいでその会話も中断してしまったようだった。ここはロシナンテだけを回収してさっさと東の港へ向かうべきかと思ったところで、おかきの袋へ手を突っ込んだセンゴクが口を開く。
「シャイタン。――ロシナンテという男を知っているか?」
ローが驚いたようにシルビとセンゴクを見た。
「おいセンゴク――」
「俺にロシナンテと名乗った男なら一人いる」
「っ!?」
驚いてシルビを見つめるローの視線をあえて無視して、シルビはセンゴクとだけ話している体を作りながら続ける。
「死因は知らねぇ。聞いてねぇから。でもその時彼はもう死んでたよ。死んだ直後だったのだろうけど……二人は彼の知り合い?」
努めて他人行儀になるように訪ねれば、センゴクは俯きローはシルビを睨んだ。
「オレは――オレはあの人から『命』も『心』も貰った! あの人はオレの大恩人だ! だから彼に代わって、ドフラミンゴを討つ為だけに生きてきた」
分かっていたことだろうに、後ろでロシナンテが泣いている。自由をあげたつもりが今までローを縛り続けていたという事実は、彼にとってどんなものか。
だからこの期に及んでロシナンテは現れたのかも知れない。
でももう、それも終わりだ。
「――だが、これがコラさんの望む“D”の生き方なのか分からねェ」
「“D”?」
「“麦藁”と同じ様に、オレにもその隠し名がある」
聞いていない事実にローを見る。が、口を挟める雰囲気ではない。
「受けた愛に理由などつけるな」
ローへ背を向けて言ったセンゴクの言葉は、奇しくもシルビへも傷み入る言葉だった。けれどもそれはシルビとローだけではなく、ロシナンテにもセンゴク自身にも、ここにはいないルフィや他の者達にだって当てはまる言葉だろう。
無償の愛、というものはずっと昔からある。
フードの縁を摘んで俯いた。ロシナンテが今この場でシルビにしか見えないことが憎らしい。二人の愛した男がちゃんとここへ居るというのに、二人にはそれが決して見えないのだ。
生者と死者の壁がそこにある。
「ロシナンテの思い出を共有できる唯一の奴らが“海賊”と“賞金首”のお前らとはな。どうしても奴の為に何かしたいというのなら――互いにあいつを忘れずにいよう」
ローが帽子の陰に顔を隠していた。センゴクも遙か遠くの空を見上げている。ロシナンテはすぐ傍で泣いているというのに。
せめてセンゴクにだけでも、ロシナンテがちゃんと何も恨むことなく逝く事が出来たのだと教えたいと思うのは、完全にシルビの自己満足だ。けれども。
最後に一度だけ、と思うことは悪いことだろうか。
踵を返して後ろで泣きながら二人を見ていたロシナンテへ駆け寄る。体当たりをする様にその傍へ寄って、人目があるので掴めもしないその服を握るように手を握り締めた。
「……ロシナンテさん。笑って敬礼」
ロシナンテにだけ聞こえる様に呟いて、ロシナンテが目を瞬かせながらシルビを見るのに彼を見上げる。
視界にふわりと飛びかう青い蝶。
「――センゴク君!」
「なんだシャイタ――!?」
振り返ったセンゴクが、シルビの背後を見て息を呑む。ふわりとロシナンテの周りを飛び回る青い蝶に、見えているだろうかとだけ思った。
ローも不思議そうにシルビを見ていたが、彼には見えていない。
地響きが聞こえてきたと思うと周囲の瓦礫が空へと浮かび上がっていく。それに驚いてシルビ達も揃って瓦礫を追いかけるように空を見上げ、センゴクがはっとして視線を再びロシナンテへ戻した。
だがもうロシナンテのことは見えていないだろう。
呆然とした表情でロシナンテのいた場所を見つめていたセンゴクが、ややあってシルビを見る。
「今のは……」
「どうせ覚えてるなら、笑顔がいいだろぉ?」
「……ああ、そうだな。ありがとう」
空へと浮かび上がった国中の瓦礫が、日の光を遮ったせいで薄暗くなっていった。宙に浮かぶ瓦礫は重力を操る藤虎の能力によるものだろう。
「行こうトラファルガー」
言って、ローの手を掴む。
空には次々と瓦礫が浮き上がりつつあった。国中の瓦礫を浮かび上がらせるつもりかと東の港へ向かいながら空を見上げて思う。シルビでもそんなことをやろうとはあまり思わない。面倒臭くて。
だがいくらシルビが面倒臭がろうと、この瓦礫が一気に降ってくるとなればそれは脅威である。
一刻も早く船でルフィ達と合流し、出航してこの瓦礫の範囲から抜けるべきだろう。最悪シルビが船の上の範囲分だけでも転移させるべきか。
「ッペンギン!」
走っている最中に呼ばれて掴んでいた手を逆に引かれる。足を止めて振り返ればローは今にも怒鳴りたいのを堪えているような、低い声でシルビを睨んだ。
「コラさんを知らないって言ってただろ!」
「コラソンと『名乗った』知り合いはいねぇって言ったでしょう?」
「詭弁だ!」
「いやまぁ確かに詭弁なんですけどねぇ」
だがあの時、シルビが『知っている』と言ったところで何か変わっただろうか。
「俺にだって貴方と同じで事情があるんですよ。ハートの、貴方の部下であってもその役目をないがしろには出来ねぇ。でも決して貴方の枷になることはしない。そう言ったでしょう?」
「……詭弁だ」
「でも真実です。俺は『死告シャイタン』であっても、貴方の部下であることも変わりねぇんですよ」
そればかりは変えようのない事実にローを見れば、ローは何かを探るようにシルビを見つめていたが、港の入り口が見えてくると視線を逸らした。
東の港の入り口へと到着すれば、海兵の足止めをしていた兵士達が既に退避してきていた。シルビ達同様空に浮かぶ瓦礫を見上げている。
「先に行ってください」
「おい――」
「大丈夫」
引いていたローの手を離して先に行かせ、シルビは瓦礫へ向けて重力を操る為にか仕込み刀を掲げている藤虎へと対峙した。先に来て構えていたバルトロメオやキャベンデッシュ達にも手を振って船へ向かうように示して、シルビはフードの端を摘みながらランタンの提げられた棒を持ち直す。まだルフィが戻ってきていないらしい。
藤虎も見聞色の覇気によってか、シルビが来たことに気付いたようだった。僅かに眉間の皺を深くしてシルビの立っている辺りへ注意を送ってくる盲目将校に、時間稼ぎもかねて話しかける。
「邪魔をするのかぁ?」
「それが仕事ですから」
「なら俺も抵抗するぜぇ。俺の行動を邪魔する者には須く抵抗する。それは相手が海兵だろうが海賊だろうが顔面崩壊野郎共だろうが関係ねぇ。大空と大海を抜ける『風』を、お前ごときが止められるかぁ?」
出来るだけ不敵に不遜に言い放ったところで、藤虎の後方からルフィが走ってきた。