原作前日常編
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少年視点
暗くなってきたことも、港じゃなくて木々が生い茂る森へ入ってしまった事もシャチにとっては不運だった。暗くなると何も見えないのに、森の中だと更に暗くて見えなくなるのが早くなる。
森の外じゃまだ夕日が見えるだろう時間でも、シャチは自分の伸ばした手の先がもう見えないことに悲しくなった。追ってきた海兵の足音や声が遠くに聞こえて、まだ諦めていないのかと隠れている茂みの陰で小さくなって息を殺す。
逃げても逃げても海兵は追ってきた。昔パンを盗んだ時の店主だったらもうとっくに諦めていただろう。それもこれも原因はハートの海賊団とその船長である『死の外科医』なんだろうなと思った。
シャチが着ているツナギにはハートのジョリーロジャーが入っている。だからきっと、シャチがいる間はハートの海賊団も居ると思われているのだ。ついでに言えば逃げた方角に船があるとも。だから追っ手はしつこい。
自分はただの患者かもしれないのにご苦労な事だと思うのが半分、患者だから助けになんて来てくれないだろうなというのが半分だった。だって患者なら他にも探せばたくさん居る。シャチと同じ様な者だって大勢居るだろう。
「……もう一度、太陽見たかったなぁ」
小さい頃に見た光景と、同じものはもう見えない。
それでも『目を治してやる』と言われて期待してしまうくらい、本当は太陽も夜も好きだった。
海兵の声が少し遠ざかる。今のうちに移動した方がいいだろうかと顔を上げて、もう何見えないほど真っ暗になっている視界にずっと息を殺していたほうがいいなと思った後、頭上で木の枝が揺れた。
直後何かが降ってくる。
「っ!?」
「静かにぃ」
暗くて何も見えないけれど、温かい感触と声にペンギンが木の上から降ってきて自分を覆い隠すように抱き締めているのだと分かった。
なんで木の上からとか、なんでここが分かったのかとか、気になることは色々あったがシャチはそれを問いただすよりも先にペンギンの服を必死になって掴む。置いていかれないようにという不安と、この暗闇でも本当に傍に誰かが居ると認識したかったのだ。
『誰かが来てくれた』事が酷く嬉しかった。
「……ぅ」
「シャチ?」
小声でペンギンがシャチを呼ぶ。返事の代わりに服を掴む手に力を込めると背中を優しく叩かれた。
「怖かったなぁ。この島の海兵の奴等、手柄が欲しいのか必死だもんなぁ」
「っ、違……」
「でもお前は船に向かって逃げて良かったんだぜぇ。今度からはそうしなさい」
「……で、でもオレ、患者だからっ。患者だから、いらないって――」
ペンギンがシャチから身を離す。そのまま居なくなるのかと思って服を引っ張れば頭を撫でられた。
「誰かがんな事言ったのかぁ?」
「い、言ってな……でも、みんな医者だって、医者、医者って患者欲しがるし」
「どんな偏見だぁそりゃ」
「だから、だからオレも、目を治すって、患者だから……患者だからっ」
目の前から溜息を吐く音が聞こえて、シャチは思わず首をすくめる。本当の事を知ったからと見放されるかと思った。
けれどもシャチの予想とは逆に、ペンギンはシャチの頬へ手を添えるとシャチの顔を覗きこんでくる。普段であればどれだけ近付いたってこの暗さでは見えない筈なのに、防寒帽の下の紫色の眼がはっきりと見えた。
「あのなぁシャチ。ただの患者だったら船長も流石に船へ乗せねぇし、俺も許さねぇよ」
「で、でも、ペンギン怒って……」
「相談も無しにクルー増やされたら、船旅だと食料計算とか狂うんだぁ。船長だからってわがままばっかりさせちゃいい船長にはなれねぇんだよ」
紫色の眼が、笑うように細められる。
「シャチは眼が悪くても患者なんかじゃなくてちゃんとクルーとして乗せたんだぁ。だからそう簡単には見捨てねぇよ。それとも――クルーにはなりたくねぇ?」
最後の問いには首を横に振った。
息を漏らすような笑い声がしてもう一度抱きしめて背中を撫でられる。ペンギンの肩が湿ってしまったが、ペンギンは何も言わなかった。
遠くで聞こえていた海兵のものだと思われる声が再び近付いてくる。ペンギンに腕を引っ張られる形で立ち上がるが、シャチの眼にはその海兵の姿どころか目の前に居る筈のペンギンの姿も傍の樹の場所も見えなかった。
手を引かれて逃げるにしても躓きそうだと思っていると、指を鳴らす音がして目の前でぼんやりと明かりが灯る。
「見えるかぁ?」
「……なに、これ?」
ペンギンの姿もぼんやりと照らすそれは、藍色の火で出来た蝶だ。燃えているのに何故か普通に羽ばたいている。
ふわりとペンギンが手を動かすとその蝶が飛び立った。シャチの眼にも痛くない程度の明るさで周囲を照らすそれに、シャチが恐る恐る手を伸ばす。熱くない。
「これについてくと崖に着くから、そこで待っててくれるかぁ。俺はあの海兵共をどうにかしてから行くからぁ」
「えっ!? 一人で!?」
蝶からペンギンへと視線を戻せば、ペンギンはこめかみを押さえていた。
「崖まで行ったらこれ消えるから、そしたら絶対勝手に動くなよぉ」
「……あたま、痛いの?」
「……酒飲み過ぎただけ。早く行きなさい」
少し突き放すように言って、ペンギンは蝶が飛んでいるのとは逆の方向へ走っていく。心配、というよりも不安になったが、目の前を急かすように蝶が横切ったので、シャチは心を決めて歩き出した。
暗くなってきたことも、港じゃなくて木々が生い茂る森へ入ってしまった事もシャチにとっては不運だった。暗くなると何も見えないのに、森の中だと更に暗くて見えなくなるのが早くなる。
森の外じゃまだ夕日が見えるだろう時間でも、シャチは自分の伸ばした手の先がもう見えないことに悲しくなった。追ってきた海兵の足音や声が遠くに聞こえて、まだ諦めていないのかと隠れている茂みの陰で小さくなって息を殺す。
逃げても逃げても海兵は追ってきた。昔パンを盗んだ時の店主だったらもうとっくに諦めていただろう。それもこれも原因はハートの海賊団とその船長である『死の外科医』なんだろうなと思った。
シャチが着ているツナギにはハートのジョリーロジャーが入っている。だからきっと、シャチがいる間はハートの海賊団も居ると思われているのだ。ついでに言えば逃げた方角に船があるとも。だから追っ手はしつこい。
自分はただの患者かもしれないのにご苦労な事だと思うのが半分、患者だから助けになんて来てくれないだろうなというのが半分だった。だって患者なら他にも探せばたくさん居る。シャチと同じ様な者だって大勢居るだろう。
「……もう一度、太陽見たかったなぁ」
小さい頃に見た光景と、同じものはもう見えない。
それでも『目を治してやる』と言われて期待してしまうくらい、本当は太陽も夜も好きだった。
海兵の声が少し遠ざかる。今のうちに移動した方がいいだろうかと顔を上げて、もう何見えないほど真っ暗になっている視界にずっと息を殺していたほうがいいなと思った後、頭上で木の枝が揺れた。
直後何かが降ってくる。
「っ!?」
「静かにぃ」
暗くて何も見えないけれど、温かい感触と声にペンギンが木の上から降ってきて自分を覆い隠すように抱き締めているのだと分かった。
なんで木の上からとか、なんでここが分かったのかとか、気になることは色々あったがシャチはそれを問いただすよりも先にペンギンの服を必死になって掴む。置いていかれないようにという不安と、この暗闇でも本当に傍に誰かが居ると認識したかったのだ。
『誰かが来てくれた』事が酷く嬉しかった。
「……ぅ」
「シャチ?」
小声でペンギンがシャチを呼ぶ。返事の代わりに服を掴む手に力を込めると背中を優しく叩かれた。
「怖かったなぁ。この島の海兵の奴等、手柄が欲しいのか必死だもんなぁ」
「っ、違……」
「でもお前は船に向かって逃げて良かったんだぜぇ。今度からはそうしなさい」
「……で、でもオレ、患者だからっ。患者だから、いらないって――」
ペンギンがシャチから身を離す。そのまま居なくなるのかと思って服を引っ張れば頭を撫でられた。
「誰かがんな事言ったのかぁ?」
「い、言ってな……でも、みんな医者だって、医者、医者って患者欲しがるし」
「どんな偏見だぁそりゃ」
「だから、だからオレも、目を治すって、患者だから……患者だからっ」
目の前から溜息を吐く音が聞こえて、シャチは思わず首をすくめる。本当の事を知ったからと見放されるかと思った。
けれどもシャチの予想とは逆に、ペンギンはシャチの頬へ手を添えるとシャチの顔を覗きこんでくる。普段であればどれだけ近付いたってこの暗さでは見えない筈なのに、防寒帽の下の紫色の眼がはっきりと見えた。
「あのなぁシャチ。ただの患者だったら船長も流石に船へ乗せねぇし、俺も許さねぇよ」
「で、でも、ペンギン怒って……」
「相談も無しにクルー増やされたら、船旅だと食料計算とか狂うんだぁ。船長だからってわがままばっかりさせちゃいい船長にはなれねぇんだよ」
紫色の眼が、笑うように細められる。
「シャチは眼が悪くても患者なんかじゃなくてちゃんとクルーとして乗せたんだぁ。だからそう簡単には見捨てねぇよ。それとも――クルーにはなりたくねぇ?」
最後の問いには首を横に振った。
息を漏らすような笑い声がしてもう一度抱きしめて背中を撫でられる。ペンギンの肩が湿ってしまったが、ペンギンは何も言わなかった。
遠くで聞こえていた海兵のものだと思われる声が再び近付いてくる。ペンギンに腕を引っ張られる形で立ち上がるが、シャチの眼にはその海兵の姿どころか目の前に居る筈のペンギンの姿も傍の樹の場所も見えなかった。
手を引かれて逃げるにしても躓きそうだと思っていると、指を鳴らす音がして目の前でぼんやりと明かりが灯る。
「見えるかぁ?」
「……なに、これ?」
ペンギンの姿もぼんやりと照らすそれは、藍色の火で出来た蝶だ。燃えているのに何故か普通に羽ばたいている。
ふわりとペンギンが手を動かすとその蝶が飛び立った。シャチの眼にも痛くない程度の明るさで周囲を照らすそれに、シャチが恐る恐る手を伸ばす。熱くない。
「これについてくと崖に着くから、そこで待っててくれるかぁ。俺はあの海兵共をどうにかしてから行くからぁ」
「えっ!? 一人で!?」
蝶からペンギンへと視線を戻せば、ペンギンはこめかみを押さえていた。
「崖まで行ったらこれ消えるから、そしたら絶対勝手に動くなよぉ」
「……あたま、痛いの?」
「……酒飲み過ぎただけ。早く行きなさい」
少し突き放すように言って、ペンギンは蝶が飛んでいるのとは逆の方向へ走っていく。心配、というよりも不安になったが、目の前を急かすように蝶が横切ったので、シャチは心を決めて歩き出した。