空白の二年間編2
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ロー視点
ノックをしても返事は無い。しかし鍵が掛かっていないので入っても平気だろうとドアを開けて、全身へぶつかってくるような匂いに息を止めた。
部屋の中に居た人物が振り返る。煙草を咥えてローを見るその姿が。
「コ――ッ」
吸い込んだ空気が煙くて思わず咳き込む。咳を治めて再び見ればそこに居たのはペンギンで、決して『コラさん』じゃない。
当たり前だ。彼は既に死んでいる。
けれども一瞬、確かにコラさんが居たように思えたのだ。
身長も雰囲気も全くペンギンとは違って、見た目だって服が黒い事以外は被り物を被っているところしか共通点が無いにも関わらず。
ローを振り返っていたペンギンの、防寒帽の下の眼がいつもとは違う碧眼になっていた気がした。
ペンギンが咥えていた煙草を摘んで口から離し、子供を見るように苦笑する。見つかってしまったか、とばかりの様子にやはり既視感を覚えた。コラさんもああして煙草を吸っていたのだ。
今のペンギンが喋れなくて、その事でコラさんのことを思い出していたからか余計に被って見える。しかし喉を痛めている者が煙草を吸っているという現状を思い出し、歩み寄って煙草を摘んでいる手首を掴んだ。
それから部屋へ充満する煙草の煙に医者として怒鳴りつけた。
「喉を怪我してんのに煙草吸ってんじゃねえ!」
至近距離で怒鳴られてペンギンは、何故か眼を見開いてローを見上げている。それからニッコリと、およそ普段のペンギンならしないであろう無邪気な笑みを浮かべて、ローの頭へと手を伸ばしてきた。
「……ペンギン?」
声の出ない唇が動かされる。けれどもローには読唇術の心得など無い。
あいいえうお、お。母音に直すとそんな感じだろうか。多分最後の『お』はローの名前を呼んだとかそういう事なのだろうが、何故このタイミングで名前を呼ばれたのかが分からない。
軽く掴んでいた方の手首を動かされ、離すと持っていた煙草を机の上に置かれていた灰皿代わりの容れ物の底へと押し付ける。見れば容器の中には既に何本かの歪んだ煙草が捨てられていて、だからこの部屋はこんなに煙いのかと納得した。一本だけであったなら流石にここまで白くならない。
煙草を押し付けた格好のまま、ペンギンの動きが止まる。ややあって再び動き出したペンギンは声が出ないので当然だが出ていたとしても無言で、摘んでいた煙草を八つ当たりのように容器の底へ押し付けた。もう煙草が押し付けられすぎて粉々になりかけている。
「ペンギン?」
もう一度声を掛ければ今度こそ煙草の吸殻から手を離したペンギンがスケッチブックとペンを手に取る。普通に喋るよりは時間を掛けて返ってきた返事は文章である事を差し抜いてもそっけない。
【なんですか】
「珍しいな、煙草」
【事情がありまして】
こんなに部屋が紫煙で白くなるほど煙草を吸わねばならない事情とはどんなものか。虫でも湧いて焙り出すつもりだったのだとしたら殆ど効果は無いだろうし、わざわざ喉を痛めている時にやるなとも思う。
ペンギンは何故か寝台の方を睨んでいたが、そちらから何かの気配がすることも無ければ何かが置いてあるという事も無かった。
「今なんて言ったんだ?」
【何も言ってませんが?】
「口を動かしただろ」
返事をスケッチブックへ書かずに笑って誤魔化すペンギンに言うつもりが無い事を悟る。だったらあんな意味深に言うなと思ったが、ペンギンの目付きが更に険しくなったので話を変えることにした。
正直換気の為にドアを開け放したいのを我慢しつつ、ペンギンが睨んでいた寝台へ腰を降ろす。やはり寝台に何かあるのかローが座った途端何とも言えない顔をしていた。
【それで、なんの用ですか】
「ああ……その、船を降りて単独行動をしようと思ってる」
ペンギンが腕組みをして視線を何もない寝台からローへと移す。
「やりてえ事が、あるんだ。海賊王になることも海賊やってる身としては大切だと思うんだがな、その前にどうしてもやっておきたい事がある」
膝へ肘を突いて手を組む。今のご時勢で海賊として海へ出ているからには、海賊王へなることを目指している者が殆どだろう。そうでなければ誇りも無く強奪行為を繰り返しているかだ。
ローには誇りがある。更に言うなら今のハートの海賊団で、ローを慕ってくれるあのクルー達とまだ旅がしたい。その為にもこの心残りを、彼の無念を晴らしたかった。
【その間この船はどうするんですか】
「……何処かで待ち合わせでもするしかねえだろ」
【どうして一人で行こうと?】
「私情だからだ」
これは『ハートの海賊団』では無くトラファルガー・ローの、ただの個人的な事情である。ペンギンは『死告シャイタン』としてローの知らないところで何かあるかもしれないが、少なくともシャチ達の様な他のクルーに関しては、一切の関わりが無い。
だから連れて行きたくないし、巻き込みたくなかった。
【前に、一人で行ったら帰ってきた後に正座させるみたいな事を言った覚えがあるんですが】
「覚えてないな」
嘘だ。ローはちゃんと覚えている。
一人で行かせるのは心配だからと、一緒に居た方が安心するからとあの時ペンギンは言っていた。
【なのに貴方は、また一人でいくんですね】
スケッチブックへ書かれた言葉がローを責める。ここへ来る前に話をしたバンダナとジャンバールは、ジャンバールはまだ付き合いが短いからともかくバンダナも今のペンギンと同じ様な態度だった。とはいえバンダナはペンギンほどしつこくなかったが。
溜息を吐いてペンギンがスケッチブックを置く。喉へ巻いた包帯へ触れて何かを考えるように口を噤み、それから意を決したように振り返ってローを睨んだ。
声が無くとも唇が動かされていく。さっきよりも早く怒鳴るように喋っているのだとは分かるが、何を伝えようとしているのかはサッパリだ。
むしろこれは伝わらないと分かっていてやっている気がする。
言いたいことを声の無いまま吐き出し終えたのかペンギンが一度深呼吸をして、スケッチブックへ手を伸ばした。
【ばか】
極々シンプルな罵倒の言葉である。スケッチブックをローへ向けて投げつけてくるのに腕を上げて防げば、スケッチブックは無様に床へと落下した。
何をするんだと腕を降ろしてペンギンを睨めば、ペンギンは首へ巻いていた包帯を解いているところで。
「――……『Può parlare』……ぁ、あ。よし」
喉を擦りながら何処の言語かも分からない発音をしたかと思うと、ペンギンはいつもと変わり無い声を発した。まだ怪我が治って声が出るようになるまでは確実に数日掛かる筈が、ペンギンはそんな医学的判断を無視して巻いていた包帯を纏めて机に置きながら口を開く。
「アンタ人が声が出ねぇタイミングで言って、責められるの避けようとか思ってねぇでしょうねぇ?」
「……お前、声」
「無理矢理出してるんで後でまた喋れなくなります。んなこたぁどうでもいいんです」
再び喋れなくなるのだと宣言して、ペンギンが座っているローの前へと詰め寄ってきた。
「責められるって分かってたでしょう?」
「……ああ」
「悪いと思ってんですか」
分かっているくせに聞くなと思う。溜息を吐いたペンギンが防寒帽を外して髪をかき混ぜた。
「……エースの時の事があるから、『私情』って言われたらあんま強く言えねぇです。あの時ワガママを聞いてもらったのは俺ですから」
「そんなつもりでああした訳じゃねえ」
「ええ。でも借りは借りでしょう。俺は貴方のように一ヶ月とか期限を決めはしませんから、下手を打って捕まったり海楼石で拘束されたり、牢屋に入れられたり俺がいねぇからって食わず嫌いをしたり、窮地に陥ったりしねぇでください」
「多い!」
「助けに行けねぇんだからこれでも少ない方ですよ。あとコレが一番重要ですが――」
声が半端に途切れたのでどうしたのかと見れば、ペンギンは頭が痛いのかこめかみを押さえている。
ノックをしても返事は無い。しかし鍵が掛かっていないので入っても平気だろうとドアを開けて、全身へぶつかってくるような匂いに息を止めた。
部屋の中に居た人物が振り返る。煙草を咥えてローを見るその姿が。
「コ――ッ」
吸い込んだ空気が煙くて思わず咳き込む。咳を治めて再び見ればそこに居たのはペンギンで、決して『コラさん』じゃない。
当たり前だ。彼は既に死んでいる。
けれども一瞬、確かにコラさんが居たように思えたのだ。
身長も雰囲気も全くペンギンとは違って、見た目だって服が黒い事以外は被り物を被っているところしか共通点が無いにも関わらず。
ローを振り返っていたペンギンの、防寒帽の下の眼がいつもとは違う碧眼になっていた気がした。
ペンギンが咥えていた煙草を摘んで口から離し、子供を見るように苦笑する。見つかってしまったか、とばかりの様子にやはり既視感を覚えた。コラさんもああして煙草を吸っていたのだ。
今のペンギンが喋れなくて、その事でコラさんのことを思い出していたからか余計に被って見える。しかし喉を痛めている者が煙草を吸っているという現状を思い出し、歩み寄って煙草を摘んでいる手首を掴んだ。
それから部屋へ充満する煙草の煙に医者として怒鳴りつけた。
「喉を怪我してんのに煙草吸ってんじゃねえ!」
至近距離で怒鳴られてペンギンは、何故か眼を見開いてローを見上げている。それからニッコリと、およそ普段のペンギンならしないであろう無邪気な笑みを浮かべて、ローの頭へと手を伸ばしてきた。
「……ペンギン?」
声の出ない唇が動かされる。けれどもローには読唇術の心得など無い。
あいいえうお、お。母音に直すとそんな感じだろうか。多分最後の『お』はローの名前を呼んだとかそういう事なのだろうが、何故このタイミングで名前を呼ばれたのかが分からない。
軽く掴んでいた方の手首を動かされ、離すと持っていた煙草を机の上に置かれていた灰皿代わりの容れ物の底へと押し付ける。見れば容器の中には既に何本かの歪んだ煙草が捨てられていて、だからこの部屋はこんなに煙いのかと納得した。一本だけであったなら流石にここまで白くならない。
煙草を押し付けた格好のまま、ペンギンの動きが止まる。ややあって再び動き出したペンギンは声が出ないので当然だが出ていたとしても無言で、摘んでいた煙草を八つ当たりのように容器の底へ押し付けた。もう煙草が押し付けられすぎて粉々になりかけている。
「ペンギン?」
もう一度声を掛ければ今度こそ煙草の吸殻から手を離したペンギンがスケッチブックとペンを手に取る。普通に喋るよりは時間を掛けて返ってきた返事は文章である事を差し抜いてもそっけない。
【なんですか】
「珍しいな、煙草」
【事情がありまして】
こんなに部屋が紫煙で白くなるほど煙草を吸わねばならない事情とはどんなものか。虫でも湧いて焙り出すつもりだったのだとしたら殆ど効果は無いだろうし、わざわざ喉を痛めている時にやるなとも思う。
ペンギンは何故か寝台の方を睨んでいたが、そちらから何かの気配がすることも無ければ何かが置いてあるという事も無かった。
「今なんて言ったんだ?」
【何も言ってませんが?】
「口を動かしただろ」
返事をスケッチブックへ書かずに笑って誤魔化すペンギンに言うつもりが無い事を悟る。だったらあんな意味深に言うなと思ったが、ペンギンの目付きが更に険しくなったので話を変えることにした。
正直換気の為にドアを開け放したいのを我慢しつつ、ペンギンが睨んでいた寝台へ腰を降ろす。やはり寝台に何かあるのかローが座った途端何とも言えない顔をしていた。
【それで、なんの用ですか】
「ああ……その、船を降りて単独行動をしようと思ってる」
ペンギンが腕組みをして視線を何もない寝台からローへと移す。
「やりてえ事が、あるんだ。海賊王になることも海賊やってる身としては大切だと思うんだがな、その前にどうしてもやっておきたい事がある」
膝へ肘を突いて手を組む。今のご時勢で海賊として海へ出ているからには、海賊王へなることを目指している者が殆どだろう。そうでなければ誇りも無く強奪行為を繰り返しているかだ。
ローには誇りがある。更に言うなら今のハートの海賊団で、ローを慕ってくれるあのクルー達とまだ旅がしたい。その為にもこの心残りを、彼の無念を晴らしたかった。
【その間この船はどうするんですか】
「……何処かで待ち合わせでもするしかねえだろ」
【どうして一人で行こうと?】
「私情だからだ」
これは『ハートの海賊団』では無くトラファルガー・ローの、ただの個人的な事情である。ペンギンは『死告シャイタン』としてローの知らないところで何かあるかもしれないが、少なくともシャチ達の様な他のクルーに関しては、一切の関わりが無い。
だから連れて行きたくないし、巻き込みたくなかった。
【前に、一人で行ったら帰ってきた後に正座させるみたいな事を言った覚えがあるんですが】
「覚えてないな」
嘘だ。ローはちゃんと覚えている。
一人で行かせるのは心配だからと、一緒に居た方が安心するからとあの時ペンギンは言っていた。
【なのに貴方は、また一人でいくんですね】
スケッチブックへ書かれた言葉がローを責める。ここへ来る前に話をしたバンダナとジャンバールは、ジャンバールはまだ付き合いが短いからともかくバンダナも今のペンギンと同じ様な態度だった。とはいえバンダナはペンギンほどしつこくなかったが。
溜息を吐いてペンギンがスケッチブックを置く。喉へ巻いた包帯へ触れて何かを考えるように口を噤み、それから意を決したように振り返ってローを睨んだ。
声が無くとも唇が動かされていく。さっきよりも早く怒鳴るように喋っているのだとは分かるが、何を伝えようとしているのかはサッパリだ。
むしろこれは伝わらないと分かっていてやっている気がする。
言いたいことを声の無いまま吐き出し終えたのかペンギンが一度深呼吸をして、スケッチブックへ手を伸ばした。
【ばか】
極々シンプルな罵倒の言葉である。スケッチブックをローへ向けて投げつけてくるのに腕を上げて防げば、スケッチブックは無様に床へと落下した。
何をするんだと腕を降ろしてペンギンを睨めば、ペンギンは首へ巻いていた包帯を解いているところで。
「――……『Può parlare』……ぁ、あ。よし」
喉を擦りながら何処の言語かも分からない発音をしたかと思うと、ペンギンはいつもと変わり無い声を発した。まだ怪我が治って声が出るようになるまでは確実に数日掛かる筈が、ペンギンはそんな医学的判断を無視して巻いていた包帯を纏めて机に置きながら口を開く。
「アンタ人が声が出ねぇタイミングで言って、責められるの避けようとか思ってねぇでしょうねぇ?」
「……お前、声」
「無理矢理出してるんで後でまた喋れなくなります。んなこたぁどうでもいいんです」
再び喋れなくなるのだと宣言して、ペンギンが座っているローの前へと詰め寄ってきた。
「責められるって分かってたでしょう?」
「……ああ」
「悪いと思ってんですか」
分かっているくせに聞くなと思う。溜息を吐いたペンギンが防寒帽を外して髪をかき混ぜた。
「……エースの時の事があるから、『私情』って言われたらあんま強く言えねぇです。あの時ワガママを聞いてもらったのは俺ですから」
「そんなつもりでああした訳じゃねえ」
「ええ。でも借りは借りでしょう。俺は貴方のように一ヶ月とか期限を決めはしませんから、下手を打って捕まったり海楼石で拘束されたり、牢屋に入れられたり俺がいねぇからって食わず嫌いをしたり、窮地に陥ったりしねぇでください」
「多い!」
「助けに行けねぇんだからこれでも少ない方ですよ。あとコレが一番重要ですが――」
声が半端に途切れたのでどうしたのかと見れば、ペンギンは頭が痛いのかこめかみを押さえている。