空白の二年間編2
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ロー視点
『北の海フレバンス “トラファルガー”』
その手紙の差出人は、ローの父親だった。十数年前に死んだその人の事を当然ローは忘れられる訳がない。
だが同時に、彼を外的要因で思い出すことも無いだろうと思っていた。ロー以外の全ては燃えて無くなってしまい、故郷以外に彼の存在を示すものなど無いと考えていたからだ。
それが北の海ではない偉大なる航路の後半に位置する、足を踏み入れる者すら少ないだろう島で、父の痕跡を渡されて。
驚かなかったといえば嘘になる。
その手紙は元々違う人物が書いたもので、フレバンスがなくなる切っ掛けだった病気に効く薬の事が書かれていて、その手紙を手に入れた島にその薬の材料がある事、そして書いた人物が、病気が蔓延する前から危惧していた事が書かれていた。父の手紙はその内容に関しての事が書いてある。
手紙を書いたのは頂上戦争後、約半世紀ぶりに姿を現した『死告シャイタン』だという。
手紙をローへ渡した老人は、『ペンギンへその手紙を見せれば泣いて謝るだろう』と言っていた。その意味は分からなかったが見せないほうがいいと判断して、受け取った手紙も隠していたつもりだったのだが。
今目の前に居るペンギンは、その手紙を掴んだまま顔を青褪めさせていた。
「……なんで、これがここにあるんですか」
震える声はペンギンがその手紙の存在を知っていたという事に他ならない。しかしそれ以上に青褪める理由は分からなかった。
「タルボの爺さんに渡されたんだ」
「……出されて、た? フレバンスはじゃあ、なんで」
「『間に合わなかった』んだろ。――おい?」
防寒帽の下の頬に水滴が伝っている。ローの声でそれに気付いたのか慌てて拭ったペンギンはしかし、手紙と封筒へ残された署名を見つめてまた動きを止めた。
一体ペンギンはこの手紙へどんな思い入れがあるのか。それすらローには分からない。
「……この、『トラファルガー』は、船長のお知り合いで?」
「――父親だ」
「それじゃあ、貴方はフレバンス出身?」
「そうなるな」
かさり、と手紙が乾いた音を立てる。力を込められた指先によってゴミの様に皺だらけにされていくそれを、取り返そうと手を伸ばした。
このままペンギンへ持たせていたら唯一の遺品にも似た名残がグシャグシャにされてしまう。今更惜しみはしないが、そのままゴミも同然にしてしまうのはローよりもペンギンにとって悪い事に思えた。
「――……何も出来なかった」
伸ばした手が手紙に触れるが、ペンギンは手紙を放さない。
「俺はあの時もう生きていて、内政なんて放って見に行けば良かったんだぁ。そしたらフレバンスの異変に気付けた。あの病気が伝染病じゃなくて鉱害であることも俺は知ってたのに」
声を掛けようとしてその口から発される内容に黙り込む。
「白蘭は俺は悪くねぇって言ってくれたけど、俺が何も出来なかったのは確かで、そのせいであの島が、あの島だけじゃなく、今までの色んな物が無くなってしまって、でもそれは何も出来なかったんじゃなくて何もやらなかったからじゃねぇのかって――ロー、俺は君に謝罪を」
「ペンギン」
迷走したような思考の果てか、ローのことをいつもらしくなく呼んだペンギンを遮るように呼べば、その肩が震えた。手紙を掴んでいた手を離して防寒帽を取り払うと黒髪が滑り落ちる。
目元に浮かんだ涙を乱雑に拭ってやってから紫の眼を見つめた。
「お前は何を知ってるんだ」
ペンギンは答えない。というより漠然としすぎた問いだったのだろう。
フレバンスが無くなったのは十数年前で、その頃はペンギンだってローより幼い子供だった筈だ。ペンギンの口ぶりからしてその頃から既に故郷で内政に携わってはいたようだが、たかが子供が公害病の蔓延した島へ向かって何かが出来る訳も無い。
実際、ローは何も出来なかった。だからペンギンのいう事は偽善で子供の夢で、少し腹立たしくもある。
ペンギンの故郷にあの病気の特効薬があろうと、『死告シャイタン』がそれらを見越して手紙を書いていたとしても、当時のローやペンギンには何も出来なかった筈だ。
「な、にを知ってるのか、というのなら」
まだ震えの残る声はしかし、先程の様に後悔で震えているのではない。
「俺は、フレバンスでいつか珀鉛病が流行ることを、知っていました。だから住民に注意喚起をした。のに、誰も聞いてくれなかった……っ」
手紙が床へ落ちる。掴まれた手が痛い。
「彼女へ手紙を渡しただけじゃ駄目だったんだぁ」
「……手紙は渡したんだろ。なら責任はお前には無い」
「手紙の信憑性が無ぇ事も考慮しとけば良かった。そうすりゃもう少し早く手紙は届いたかも知れねぇ。むしろあの時、もう薬を渡しておきゃあ良かったんだぁ」
「そうだとしても、お前は悪くない」
縋るように掴んでいたローの手を離してペンギンがその場へしゃがみこむ。ペンギンの話はまるでペンギンが手紙を書いた『死告シャイタン』本人だとばかりの言い方で、しかし年齢を考えればそれは有り得ない話の筈だ。
もしそれが本当だったとしても、注意喚起をして更に手紙を託して備えてもいた『死告シャイタン』に咎は無い。
それ以上に、『何かをしようとしたが出来なかった』者を、『何も出来なかった』ローが責められる訳が無かった。
『北の海フレバンス “トラファルガー”』
その手紙の差出人は、ローの父親だった。十数年前に死んだその人の事を当然ローは忘れられる訳がない。
だが同時に、彼を外的要因で思い出すことも無いだろうと思っていた。ロー以外の全ては燃えて無くなってしまい、故郷以外に彼の存在を示すものなど無いと考えていたからだ。
それが北の海ではない偉大なる航路の後半に位置する、足を踏み入れる者すら少ないだろう島で、父の痕跡を渡されて。
驚かなかったといえば嘘になる。
その手紙は元々違う人物が書いたもので、フレバンスがなくなる切っ掛けだった病気に効く薬の事が書かれていて、その手紙を手に入れた島にその薬の材料がある事、そして書いた人物が、病気が蔓延する前から危惧していた事が書かれていた。父の手紙はその内容に関しての事が書いてある。
手紙を書いたのは頂上戦争後、約半世紀ぶりに姿を現した『死告シャイタン』だという。
手紙をローへ渡した老人は、『ペンギンへその手紙を見せれば泣いて謝るだろう』と言っていた。その意味は分からなかったが見せないほうがいいと判断して、受け取った手紙も隠していたつもりだったのだが。
今目の前に居るペンギンは、その手紙を掴んだまま顔を青褪めさせていた。
「……なんで、これがここにあるんですか」
震える声はペンギンがその手紙の存在を知っていたという事に他ならない。しかしそれ以上に青褪める理由は分からなかった。
「タルボの爺さんに渡されたんだ」
「……出されて、た? フレバンスはじゃあ、なんで」
「『間に合わなかった』んだろ。――おい?」
防寒帽の下の頬に水滴が伝っている。ローの声でそれに気付いたのか慌てて拭ったペンギンはしかし、手紙と封筒へ残された署名を見つめてまた動きを止めた。
一体ペンギンはこの手紙へどんな思い入れがあるのか。それすらローには分からない。
「……この、『トラファルガー』は、船長のお知り合いで?」
「――父親だ」
「それじゃあ、貴方はフレバンス出身?」
「そうなるな」
かさり、と手紙が乾いた音を立てる。力を込められた指先によってゴミの様に皺だらけにされていくそれを、取り返そうと手を伸ばした。
このままペンギンへ持たせていたら唯一の遺品にも似た名残がグシャグシャにされてしまう。今更惜しみはしないが、そのままゴミも同然にしてしまうのはローよりもペンギンにとって悪い事に思えた。
「――……何も出来なかった」
伸ばした手が手紙に触れるが、ペンギンは手紙を放さない。
「俺はあの時もう生きていて、内政なんて放って見に行けば良かったんだぁ。そしたらフレバンスの異変に気付けた。あの病気が伝染病じゃなくて鉱害であることも俺は知ってたのに」
声を掛けようとしてその口から発される内容に黙り込む。
「白蘭は俺は悪くねぇって言ってくれたけど、俺が何も出来なかったのは確かで、そのせいであの島が、あの島だけじゃなく、今までの色んな物が無くなってしまって、でもそれは何も出来なかったんじゃなくて何もやらなかったからじゃねぇのかって――ロー、俺は君に謝罪を」
「ペンギン」
迷走したような思考の果てか、ローのことをいつもらしくなく呼んだペンギンを遮るように呼べば、その肩が震えた。手紙を掴んでいた手を離して防寒帽を取り払うと黒髪が滑り落ちる。
目元に浮かんだ涙を乱雑に拭ってやってから紫の眼を見つめた。
「お前は何を知ってるんだ」
ペンギンは答えない。というより漠然としすぎた問いだったのだろう。
フレバンスが無くなったのは十数年前で、その頃はペンギンだってローより幼い子供だった筈だ。ペンギンの口ぶりからしてその頃から既に故郷で内政に携わってはいたようだが、たかが子供が公害病の蔓延した島へ向かって何かが出来る訳も無い。
実際、ローは何も出来なかった。だからペンギンのいう事は偽善で子供の夢で、少し腹立たしくもある。
ペンギンの故郷にあの病気の特効薬があろうと、『死告シャイタン』がそれらを見越して手紙を書いていたとしても、当時のローやペンギンには何も出来なかった筈だ。
「な、にを知ってるのか、というのなら」
まだ震えの残る声はしかし、先程の様に後悔で震えているのではない。
「俺は、フレバンスでいつか珀鉛病が流行ることを、知っていました。だから住民に注意喚起をした。のに、誰も聞いてくれなかった……っ」
手紙が床へ落ちる。掴まれた手が痛い。
「彼女へ手紙を渡しただけじゃ駄目だったんだぁ」
「……手紙は渡したんだろ。なら責任はお前には無い」
「手紙の信憑性が無ぇ事も考慮しとけば良かった。そうすりゃもう少し早く手紙は届いたかも知れねぇ。むしろあの時、もう薬を渡しておきゃあ良かったんだぁ」
「そうだとしても、お前は悪くない」
縋るように掴んでいたローの手を離してペンギンがその場へしゃがみこむ。ペンギンの話はまるでペンギンが手紙を書いた『死告シャイタン』本人だとばかりの言い方で、しかし年齢を考えればそれは有り得ない話の筈だ。
もしそれが本当だったとしても、注意喚起をして更に手紙を託して備えてもいた『死告シャイタン』に咎は無い。
それ以上に、『何かをしようとしたが出来なかった』者を、『何も出来なかった』ローが責められる訳が無かった。