空白の二年間編2
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サカズキ視点
海軍へ届けられた海賊の心臓。それを送ったとされる億越え賞金首である『死の外科医』トラファルガー・ローの七武海就任に、サカズキは手元にあった書類を一瞥して息を吐いた。
トラファルガーを調べさせた報告書であったが、七武海へ加入したいという理由から心臓を送ってきたのは確からしい。現在の七武海が揃っていない為、この自薦を断る理由は特に無かった。
そんな事はどうでもいいのだ。世界政府の飼い犬に自らなろうとどうせいつかは滅すればいいだけの話。
「七武海に『死の外科医』を、ねぇ……」
「っ!?」
突然頭上から聞こえた声に振り返ると、黒衣の人物がサカズキの座っている椅子の背もたれの上からサカズキを見下ろしていた。
いつの間に部屋へ入り込んだのかとか、何者だとか、警戒して捕まえるべきであったのだろうが、その黒衣の人物はサカズキが敵意と警戒心を膨らませる前に、ごく自然に背もたれから降りてテーブルの向こう側へ回り込んだ。
そうして全貌が見えるようになったその人物には、一度だけ見覚えがあった。
「……おどれぁ、『死告シャイタン』か」
黒い外套に頭から全身をすっぽりと覆い隠し、腰にランタンを提げた姿。フードの縁を摘んで僅かに覗かせる目の色は、その二つ名の『もう一つの意味』を証明するように紫色をしている。
「元帥就任おめでとう『元大将赤犬』サカズキ君。本当は七武海も全員揃ってからと思ったのだがどうにも遅くてなぁ」
「……何故貴様がここにおるんじゃ」
「コングやセンゴク君から聞いてねぇ? 俺は『昔から生きてる時に』元帥が代替わりしたらことぶきの言葉を述べに来てるぜぇ」
「クズに言われても嬉しゅうないわ」
シャイタンは口元へ笑みを浮かべたまま、サカズキの言葉など意に介した様子も無く肩を竦めた。このままマグマで溶かし殺してやろうかと手を動かすと、指を鳴らすような音が響いてサカズキの頭上から海水が降ってくる。
悪魔の実の能力者である故に脱力する身体を支える為に、机へ手を突く。当然マグマも出せなくなりサカズキはせめて憎悪の感情を込めてシャイタンを睨んだ。
『世界政府の宿敵』である男は、そんなサカズキの視線を受け止めて笑みを消して真面目な声色を発する。
「そのクズを千年近く捕まえも殺せもしねぇ者の末裔のくせに、口だけは一人前だなぁ」
「……ほざけ」
「おお怖ぇ怖ぇ。――罵る権利が君にあると思ってんのかぁ?」
フードの下の紫の眼が、サカズキを射竦めた。
「俺はねサカズキ君。誰の考えもそう簡単に否定しねぇ代わりに、自分の考えを否定されるのがあまり好きじゃねぇ。妄信的な考えを無理に押し付けられるのが嫌いだってだけなんだけどなぁ、二元論も好きじゃねぇんだよ」
シャイタンは飄々と語りながらサカズキの執務机の上にあった書類を手に取る。
「つまり『正義か悪か』という話し合いは俺にとってナンセンスに等しいって話だけれど、君には是非俺の意見を『押し付けて』おこうと思う」
「矛盾しちょるな」
「そう、矛盾している。けれども自分の目的の為に手段を選ばねぇなんて話はよくある事だろぉ? “あの時君がそうしたように”」
男の言葉で思い出したのは、白ひげを仕留める為に唆した海賊の事。男はしかしそれは些細な事だとばかりに続けた。
「けれども君はその行動で一つ“罪を犯した”訳だぁ。人を騙すのは果たして善意なる行為か。答えは否と答えられるそれを、君は全くの罪悪感なく行なっただろぉ」
「……悪を滅ぼすのに手段など考えてられんわ」
「ふふ、手段の為に目的があるのか、目的の為に手段かあるのか分からねぇ子だね君は。年寄りの冷や水だが訊いてあげよう。『君が成し得た世界に残っているのは何人?』」
にこりと親しみの篭る笑みさえ浮かべて『敵対者』は問う。
サカズキが目指す正義の果てに、残っている善人は何人なのかなど分かる訳がない。分かる訳がないのにサカズキはその言葉に動揺してしまった。
邪魔をする者は排除する。悪は滅ぼす。その先に。
「正義っていうのはねサカズキ君。敵がいねぇと成立しない場合もあるんだぜぇ。まぁその定義は大分おかしかったり強引だったり歪んだりもしてるがなぁ」
持っていた書類に目を通し終えたのか机へ戻すシャイタンは、大して面白くも無さそうにフードのズレを直した。その視線は話している最中から既にサカズキへは向けられていないというのに、サカズキは動く事が出来ずにいる。
海水を被ったからではない。そんなものはとっくに乾ききっていた。
「俺は別に君が嫌いじゃねぇ。でも『世界政府の宿敵』として、少しだけ君の意識へ亀裂をいれてあげよう」
シャイタンが差し出した、手が。
カモメのけたたましい鳴き声にハッとして顔を上げると、シャイタンの姿は無かった。サカズキは中途半端に椅子から立ち上がった姿勢のまま呆然としていたらしい。
白昼夢でも見たのかと思ってしまいそうなほど曖昧な経験はしかし、服に残る蒸発した海水の跡が現実だったのだと知らしめていた。
海軍へ届けられた海賊の心臓。それを送ったとされる億越え賞金首である『死の外科医』トラファルガー・ローの七武海就任に、サカズキは手元にあった書類を一瞥して息を吐いた。
トラファルガーを調べさせた報告書であったが、七武海へ加入したいという理由から心臓を送ってきたのは確からしい。現在の七武海が揃っていない為、この自薦を断る理由は特に無かった。
そんな事はどうでもいいのだ。世界政府の飼い犬に自らなろうとどうせいつかは滅すればいいだけの話。
「七武海に『死の外科医』を、ねぇ……」
「っ!?」
突然頭上から聞こえた声に振り返ると、黒衣の人物がサカズキの座っている椅子の背もたれの上からサカズキを見下ろしていた。
いつの間に部屋へ入り込んだのかとか、何者だとか、警戒して捕まえるべきであったのだろうが、その黒衣の人物はサカズキが敵意と警戒心を膨らませる前に、ごく自然に背もたれから降りてテーブルの向こう側へ回り込んだ。
そうして全貌が見えるようになったその人物には、一度だけ見覚えがあった。
「……おどれぁ、『死告シャイタン』か」
黒い外套に頭から全身をすっぽりと覆い隠し、腰にランタンを提げた姿。フードの縁を摘んで僅かに覗かせる目の色は、その二つ名の『もう一つの意味』を証明するように紫色をしている。
「元帥就任おめでとう『元大将赤犬』サカズキ君。本当は七武海も全員揃ってからと思ったのだがどうにも遅くてなぁ」
「……何故貴様がここにおるんじゃ」
「コングやセンゴク君から聞いてねぇ? 俺は『昔から生きてる時に』元帥が代替わりしたらことぶきの言葉を述べに来てるぜぇ」
「クズに言われても嬉しゅうないわ」
シャイタンは口元へ笑みを浮かべたまま、サカズキの言葉など意に介した様子も無く肩を竦めた。このままマグマで溶かし殺してやろうかと手を動かすと、指を鳴らすような音が響いてサカズキの頭上から海水が降ってくる。
悪魔の実の能力者である故に脱力する身体を支える為に、机へ手を突く。当然マグマも出せなくなりサカズキはせめて憎悪の感情を込めてシャイタンを睨んだ。
『世界政府の宿敵』である男は、そんなサカズキの視線を受け止めて笑みを消して真面目な声色を発する。
「そのクズを千年近く捕まえも殺せもしねぇ者の末裔のくせに、口だけは一人前だなぁ」
「……ほざけ」
「おお怖ぇ怖ぇ。――罵る権利が君にあると思ってんのかぁ?」
フードの下の紫の眼が、サカズキを射竦めた。
「俺はねサカズキ君。誰の考えもそう簡単に否定しねぇ代わりに、自分の考えを否定されるのがあまり好きじゃねぇ。妄信的な考えを無理に押し付けられるのが嫌いだってだけなんだけどなぁ、二元論も好きじゃねぇんだよ」
シャイタンは飄々と語りながらサカズキの執務机の上にあった書類を手に取る。
「つまり『正義か悪か』という話し合いは俺にとってナンセンスに等しいって話だけれど、君には是非俺の意見を『押し付けて』おこうと思う」
「矛盾しちょるな」
「そう、矛盾している。けれども自分の目的の為に手段を選ばねぇなんて話はよくある事だろぉ? “あの時君がそうしたように”」
男の言葉で思い出したのは、白ひげを仕留める為に唆した海賊の事。男はしかしそれは些細な事だとばかりに続けた。
「けれども君はその行動で一つ“罪を犯した”訳だぁ。人を騙すのは果たして善意なる行為か。答えは否と答えられるそれを、君は全くの罪悪感なく行なっただろぉ」
「……悪を滅ぼすのに手段など考えてられんわ」
「ふふ、手段の為に目的があるのか、目的の為に手段かあるのか分からねぇ子だね君は。年寄りの冷や水だが訊いてあげよう。『君が成し得た世界に残っているのは何人?』」
にこりと親しみの篭る笑みさえ浮かべて『敵対者』は問う。
サカズキが目指す正義の果てに、残っている善人は何人なのかなど分かる訳がない。分かる訳がないのにサカズキはその言葉に動揺してしまった。
邪魔をする者は排除する。悪は滅ぼす。その先に。
「正義っていうのはねサカズキ君。敵がいねぇと成立しない場合もあるんだぜぇ。まぁその定義は大分おかしかったり強引だったり歪んだりもしてるがなぁ」
持っていた書類に目を通し終えたのか机へ戻すシャイタンは、大して面白くも無さそうにフードのズレを直した。その視線は話している最中から既にサカズキへは向けられていないというのに、サカズキは動く事が出来ずにいる。
海水を被ったからではない。そんなものはとっくに乾ききっていた。
「俺は別に君が嫌いじゃねぇ。でも『世界政府の宿敵』として、少しだけ君の意識へ亀裂をいれてあげよう」
シャイタンが差し出した、手が。
カモメのけたたましい鳴き声にハッとして顔を上げると、シャイタンの姿は無かった。サカズキは中途半端に椅子から立ち上がった姿勢のまま呆然としていたらしい。
白昼夢でも見たのかと思ってしまいそうなほど曖昧な経験はしかし、服に残る蒸発した海水の跡が現実だったのだと知らしめていた。